児童ポルノ・児童買春・児童福祉法・監護者わいせつ・不同意わいせつ・強制わいせつ・青少年条例・不正アクセス禁止法・わいせつ電磁的記録弁護人 奥村徹弁護士の見解(弁護士直通050-5861-8888 sodanokumurabengoshi@gmail.com)

性犯罪・福祉犯(監護者わいせつ罪・強制わいせつ罪・児童ポルノ・児童買春・青少年条例・児童福祉法)の被疑者(犯人側)の弁護を担当しています。専門家向けの情報を発信しています。

画像掲示板管理者の刑事責任は破棄差し戻し(名古屋高裁H18.6.26)

差し戻されることは極めて稀。

差し戻しの率
H12 0.0417%
H13 0.0918%
H14 0.1198%
H15 0.1127%
H16 0.1418%

   訴因 共謀共同正犯・作為犯
      ↓
   判決 幇助・不作為犯
というのは、不意打ち(弁護人もびっくり!)だということです。
   作為義務の根拠
   作為義務の内容
   作為義務の存否
   作為義務違反の有無
について、審理を尽くせと。
 ということで、名古屋でやり直し。
 控訴理由13個の1個が当たって、他は判断なし。
 結論は不作為犯・幇助ということでいいんですか?

裁判所法第4条(上級審の裁判の拘束力)
上級審の裁判所の裁判における判断は、その事件について下級審の裁判所を拘束する。

だいたい、
  横浜地裁・東京高裁で正犯・作為犯
  名古屋地裁で共謀共同正犯・作為犯
というのがびっくりであって、
  単独犯・不作為犯
というのが一番妥当だとおもうんですがね。


追記
 この分野は法令適用がバラバラですから。裁判例を集めると、「弁護人の見解」を展開するまでもなくそれだけで控訴理由が書けます。
判例一覧表みたいな控訴趣意書になってますが、昨年末からの高裁レベルの結果では
  東京 破棄→上告棄却
  東京 破棄→上告中
  名古屋 棄却→上告中
  名古屋 破棄差戻
となっています。

追記
 この関係の控訴理由はわずか5頁(全体は313頁)

事件名:児童買春、児童ポルノに係る行為等の処罰及び児童の保護に関する法律違反
名古屋高等裁判所第2刑事部 御中
弁護人弁護士 奥  村   徹  
控訴趣意書
 弁護人の控訴の趣意は下記の通りである。
 なお、第2部は資料編であって、控訴理由(第1部)の前提知識として控訴理由と一体をなすものである。
 また、弁護人には児童ポルノを肯定する思想はなく、本件についてもそのような主張はしていない。

控訴理由第3 訴訟手続の法令違反 訴因不特定 作為義務の不特定
1 はじめに
 本件公訴事実2は共謀共同正犯で起訴され、不作為による幇助で有罪となった。
 これを、予備的主張として「不作為犯」があって、その一部認定と理解するにしても、作為義務の内容・発生根拠が全く特定されていない。本件起訴は訴因不特定により無効であるから、公訴棄却しなかった原判決には訴訟手続きの法令違反がある。原判決は破棄を免れない。

2 掲示板管理者の作為義務とその特定
 作為義務の選択肢としては、

①画像管理人たる者は、違法画像の投稿を阻止すべく配慮する義務があるにもかかわらず注意義務を怠り児童ポルノ画像が投稿される危険性を認識しながら画像掲示板を開設した責任
② 管理者は違法画像を発見したら即時に削除する義務があるにもかかわらず、自己が管理する画像掲示板に児童ポルノ画像が存在することを認識しつつ放置した責任
③ 管理者たる者常時掲示板を監視して違法画像が掲載されないよう配慮する義務があるにもかかわらず、それを怠り、違法画像が掲載された責任

などがありうるところであり、いずれの義務違反について責任を問うのかを明らかにしなければならない。(①は幇助であり、②は状態犯の事後従犯であり、③は過失責任である)

 そもそも、不真正不作為犯が成立するためには、「結果発生を阻止すべき作為義務を有する者が、結果発生ほぼ確実に阻止し得たにもかかわらず、これを放置し、かつ、要求される作為義務の程度及び要求される行為を行うことの容易性等の観点からみて、その不作為を作為による実行行為と同視し得ること」が必要なのであるから、訴因上も「結果発生を阻止すべき作為義務を有する者が、結果発生ほぼ確実に阻止し得たにもかかわらず、これを放置し、かつ、要求される作為義務の程度及び要求される行為を行うことの容易性等の観点からみて、その不作為を作為による実行行為と同視し得ること」が具体的事実をもって記載されていなければならない。
 また、不真正不作為犯は過失犯と同様に「開かれた構成要件」であるから、「罪となるべき事実」では、既に見たように、作為義務の内容、作為義務の発生根拠、作為可能性、作為犯と同視すべき事情が適示されていることを考えると、訴因においても、それらを特定しなければならない。

 少なくとも、過失犯と同程度の特定が必要である。さらに(それだけではあたかも過失犯の訴因にしかみえないから)、作為義務と同視しうる注意義務違反であることを示す必要があるから、過失犯以上の特定が必要である。
大阪高等裁判所判決平成2年1月23日
札幌高等裁判所判決平成12年3月16日

 しかし、検察官は表面上、共謀共同正犯という主張を貫いており、作為義務の内容等を一切明らかにしていない。

 これでは、裁判所はいかなる作為義務をいかなる根拠で認定するかどうかがわからないから審判対象が全く特定されていない。

 例えば、上記札幌高裁事件の原判決(釧路地裁)をみれば、公訴事実として、被告人の地位、違法行為の認識、制止して保護する可能性・義務、義務違反の行為が明示されている。
釧路地方裁判所判決平成11年2月12日
 さらに、殺人被告事件の不真正不作為犯では、犯行に至る経緯から始まって、延々と、罪となるべき事実として、被告人の地位、違法行為の認識、保護する可能性・義務、義務違反の行為が明示されている。
東京地方裁判所八王子支部判決昭和57年12月22日
 放火罪の例
東京地方裁判所判決昭和57年7月23日
 殺人未遂の例
 浦和地方裁判所判決昭和45年10月22日

 これらの不真正不作為犯の公訴事実が単純に作為犯として記載されているはずがなく、それと比べると、本件の公訴事実はあまりに無限定である。

3 防御上の支障
 また、実質的にも被告人の防御にも重大な支障を生じる。
 すなわち、公訴事実はどうみても作為犯の記載である。

 しかも、作為義務の内容や根拠に対しては、公訴事実にも釈明にも出てこないから、認否のしようがない。
 しかも、審判対象となっているかどうかわからないから

① 共謀共同正犯については否認
② 画像管理人たる者は、違法画像の投稿を阻止すべく配慮する義務があるにもかかわらず注意義務を怠り児童ポルノ画像が投稿される危険性を認識しながら画像掲示板を開設した責任
③ 管理者は違法画像を発見したら即時に削除する義務があるにもかかわらず、自己が管理する画像掲示板に児童ポルノ画像が存在することを認識しつつ放置した責任
④ 管理者たる者常時掲示板を監視して違法画像が掲載されないよう配慮する義務があるにもかかわらず、それを怠り、違法画像が掲載された責任

という、広範囲かつ際限のない防御を強いられることになった。

 しかも、結果として、原判決がいかなる作為義務を認めたのかも判然としないのである。

4 文献
 不真正不作為犯の場合、作為義務は訴因として明示されなければならない。
公判法体系p133 p136

5 作為義務の変更に関する判例について
 不作為犯の典型である過失犯において、注意義務(適法行為の作為義務)に変更がある場合には訴因変更を要するというのが判例である
東京高等裁判所平成 5年 9月13日/
 作為義務が特定されていなければ、変更の要否も可否も論じる余地がなくなるから、当然、判例上も作為義務の特定が必須である。

6 まとめ
 本件起訴は、作為義務の内容・発生根拠が特定されていない。本件起訴は訴因不特定により無効であるから、公訴棄却しなかった原判決には訴訟手続きの法令違反がある。原判決は破棄を免れない。

控訴理由第2 訴因逸脱認定・訴訟手続の法令違反(不作為犯は起訴されていない)
1 はじめに
 原判決は作為犯(共謀共同正犯)として記載された公訴事実(公訴事実2)について、不作為犯を認定している。
 しかし、作為犯から不作為犯への変更は、審判対象の点でも、被告人の防御の点でも重要な事実及び法的構成の変化であって、訴因変更によるべきであるにもかかわらず、訴因変更請求手続も訴因変更許可も行われていない。
 したがって、訴因変更は行われておらず、原審は、当初訴因(作為犯)について、判断をしなければならない。
 不作為による公然陳列罪については、「審判の請求を受けない事件について判決をした」に他ならないから、原判決は破棄を免れない。

2 公訴事実
 児童ポルノ公然陳列罪は、故意・作為犯を予定しているし、本件公訴事実も、それにそって記載されており、公訴事実はどうみても作為犯の記載である。

公訴事実
2 (他人がUPした画像について)
別紙一覧表2記載のとおり,「ABCDと共謀の上」、同年月16日ころから同年3月3日ころまでの間,ほか3か所において,上記4名が,こもごも,衣服の全部又は一部を着けない児童の姿態であって性欲を興奮させ又は刺激するものを視覚により認識することができる方法により描写したものである児童ポルノ画像合計11画像を,上記電子掲示板に送信して記憶・蔵置させ,不特定多数のインターネット利用者に対し,上記画像の閲覧が可能な状況を設定し,同年月28日及び同年月7日,上記画像情報に接続したMら不特定多数の者に対し,上記情報を送信して再生閲覧させ,
もって児童ポルノを公然と陳列したものである。

 特に「記憶・蔵置させ」「上記情報を送信して」の記載は、作為にしか読めない。不作為の要素は微塵もない。
 予備的訴因として「不作為による幇助」という主張を読み取ることもできない。

3 文献
 いずれの文献も、作為犯→不作為犯への変更は訴因変更手続が必要だと述べている。
(1)大コンメンタール 第4巻P760
(2)注釈刑事訴訟法第4巻P378過失犯について
 不真正不作為犯も作為義務については法文上特定されていない開かれた構成要件であるから、過失犯における注意義務の特定と訴因変更の要否の議論はそのまま当てはまる。
(3)注釈刑事訴訟法第4巻P380 不作為犯について
4 まとめ
 本件では、不作為犯への有効な訴因変更は行われておらず、原審は、当初訴因(作為犯)について判断をしなければならない。すなわち共謀共同正犯の訴因に対しては、無罪を宣告しなければならない。
 不作為による公然陳列罪については、「審判の請求を受けない事件について判決をした」に他ならないから、原判決は破棄を免れない。


追記(この控訴審判決は確定しましたので、地裁に戻りました。)
 判決です。
 共謀共同正犯の訴因に対して、弁護人が弁論要旨で、先走って、不作為犯構成にするとしても・・・という防御線を張ったことが問題になりました。

名古屋高裁平成18年6月26日
主文
原判決を破棄する。
本件を名古屋地方裁判所に差し戻す。
理由
本件控訴の趣意は,弁護人奥村徹作成の控訴趣意書(平成18年4月18日付け),控訴趣意補充書(要約)及び控訴趣意補充書各記載のとおりであり,これに対する答弁は,検察官作成の答弁書記載のとおりであるから,これらを引用する。
論旨は,多岐にわたるが,(1)理由不備,(2)訴訟手続の法令違反,(3)事実誤認,(4)法令適用の誤り及び(5)量刑不当を主張するものである。
1 訴訟手続の法令違反の論旨について訴訟手続の法令違反をいう諭旨の一つは,検察官は,本件起訴状記載の公訴事実2において作為犯の共同正犯を訴因として主張していたのに,原審が,訴因変更の手続をとることなく,原判決の(罪となるべき事実)第2において不作為犯の幇助犯を認定したのは,訴訟手続の法令違反に当たり,その違反が判決に影響を及ぼすことは明らかである,というのである。
 そこで検討するのに,本件起訴状記載の公訴事実2に記載された訴因は,被告人が開設したホームページの電子掲示板に児童ポルノ画像を送信して記憶・蔵置させた者ら(以下,「投稿者ら」という。)と共謀の上,当該ポルノ画像合計11画像を公然と陳列した,というもので,共同正犯(作為犯)を内容とするものである。
 これに対して,原判決が認定した(罪となるべき事実)第2の事実は,投稿者らが当該ポルノ画像を上記電子掲示板に送信して記憶・蔵置させ,公然陳列しようとした際,上記電子掲示板を管理しうる立場にあった被告人が,違法画像が上記電子掲示板に受信・掲載されているのを発見した場合には,不特定多数の者に閲覧等されるのを防止すべき義務があるのに,敢えてこれを放置し,もって,これを幇助した,というもので,幇助犯(不作為犯)を内容とするものである。そして,原審訴訟手続においては,判決に至るまで,訴因変更の手続は一切とられなかった。 
 一般に,共同正犯の訴因に対し,幇助犯を認定する場合には,いわゆる縮小認定として,訴因変更の手続を必要としないこともあるといえるが,その認定の変更(ずれ)が,被告人の防御方法につき抜本的な変更を生ぜしめるような場合には,訴因変更手続を経ないまま変更した事実を認定すれば,披告人の防御に実質的な不利益を生じるのであり,訴因変更の手続を経る必要があると解される。
 以上の解釈は,作為犯を想定してのものであるが,本件は,作為犯である共同正犯の訴因につき,同じく作為犯の幇助犯を認定するという場合とは異なり,作為犯である共同正犯の訴因につき,不作為犯の幇助犯を認定する場合に該当するのであり,更なる検討を要する。この場合,作為犯と不作為犯の両者の行為態様は基本的に異質であり,被告人の防御の重点も,当然に,共謀の存否,作為犯における作為の存否などから,不作為犯における作為義務の存否,作為義務違反の存否などに移行することになると思われる。披告人の防御方法が抜本的に修正を余儀なくされることは明白であり、本件は、訴因変更の手続が必要とされる場合に当たるというべきである。
 なお、本件では、原審において、原審弁護人から本件は幇助犯に該当する旨の主張もなされており、具体的には、ある程度の防御権の行使があったことが窺われるが、本件は、前述のように、作為犯である共同正犯の訴因につき、不作為犯の幇助犯を認定する場合に該当し、一般的にいって、防御の観点から訴因変更が必要と解される場合である上、現実にお、審理対象を不作為による幇助犯と明確にしなかったことから、十分な防御活動が展開されなかったように思われる。例えば、原審弁護人は、弁論要旨において、「なにをもって幇助とするか」という表題の下に、「不真正不作為犯の成立要件」、「不真正不作為犯に関する裁判例」、「作為義務の特定」という項目をもうけてそれぞれ論じてはいるが、あくまで一般論を述べるにとどまり、本件について、不作為犯の幇助犯であるとしたときに、それを争う趣旨であるのか、争うとしてどの点について争うのかは明示されていない。更に、「作為義務の特定」の項目においては、幇助犯については、作為義務の内容・発生根拠が特定されなければ本件起訴は訴因不特定により向こうである、とも主張しているのである。いずれにしても、原審において、具体的にある程度の防御が行われていたことは、訴因変更手続が必要であるとの前記の判断を左右するものではないと解される。
 そうすると、訴因変更手続をしないで、原判示第2の事実を認定した原審の訴訟手続には法令違反があり、その違反が判決に影響を及ぼすことは明らかである。
 論旨は理由がある。

2 破棄差戻し
 以上のとおり、原判示第2の事実(本件起訴状記載の公訴事実2の事実)の審理に関して、原審の訴訟手続には法令違反があり、その違反が判決に影響を及ぼすことは明らかであるが、原判決は、上記事実と原判示第1の事実(同公訴事実1の事実)とを併合罪として一個の刑を科しているから、原判決は全部につき破棄を免れない。
 そこで、その余の弁護人の論旨に対する判断を省略し、刑訴法397条1項、379条により原判決を全部破棄し、本件については、訴因変更の点を含めて、原裁判所で更に審理するのが相当であるから、同法400条本文により本件を名古屋地方裁判所に差し戻すこととし、主文のとおり判決する。
平成18年6月26日
名古屋高等裁判所刑事第2部