児童ポルノ・児童買春・児童福祉法・監護者わいせつ・不同意わいせつ・強制わいせつ・青少年条例・不正アクセス禁止法・わいせつ電磁的記録弁護人 奥村徹弁護士の見解(弁護士直通050-5861-8888 sodanokumurabengoshi@gmail.com)

性犯罪・福祉犯(監護者わいせつ罪・強制わいせつ罪・児童ポルノ・児童買春・青少年条例・児童福祉法)の被疑者(犯人側)の弁護を担当しています。専門家向けの情報を発信しています。

電子媒体上の第三者のデータの没収について(東京高裁判決平成15年6月4日の事例を基に)

 論文、書いてみたんだけど、注釈が長くて、論文集の投稿規定にまとまらないですよ。整理して本文に入れましょう。未公開の判決文の引用も省略。
 多様な社会的責任を担うコンピュータセキュリティ技術」という特集ですが、セキュリティとデータ没収というのもどうなのかな?
http://www.ipsj.or.jp/08editt/journal/tokushu/csec.html

 万一、プロバイダーのサーバーが没収されたら、データ置いている人はみんなで参加しようというお気楽な論調です。
 もとが弁護士ですので、書く度に結論が微妙に違います。
 普通、弁護人は没収なんて気にしていません。しょせん、附加刑で財産刑。
 検事さんが、没収事務に絡めて書くと、もっと説得力があると思います。

 上告中の未公開判決を、上告審の弁護人が批判しているわけですが、裁判長の悪口じゃないですよ。

電子媒体上の第三者のデータの没収について
(東京高裁判決平成15年6月4日の事例を基に)

奥 村  徹(大阪弁護士会
http://www.okumura-tanaka-law.com/www/top.htm
ot@okumura-tanaka-law.com

 ISPの巨大サーバーにユーザによって一片の違法データが記録された場合、現行刑法においては、データのみの没収は許されない。没収しようとすれば、ISPを没収手続に参加させた上でサーバーのうち違法データが記録された部分を「有体物」として没収することになる。
 他方、適法なデータを保管しているその他大勢のユーザーは没収手続に参加することができない。
 一片の違法データのためにサーバーごと没収されてしまうというISPの負担を軽減しつつ第三者のデータを適切に保護する方法はないだろうか?
 本稿では、児童ポルノ製造罪によって生成された児童ポルノである「光磁気ディスク(MO)」に児童ポルノの画像データ以外に,被告人が第三者から預かった合法なデータも記録されている場合についてMOそのもの全部の没収を認めた事例(一審:新潟地裁長岡支部平成14年12月26日 控訴審:東京高裁平成15年6月4日 被告人上告 いずれも公刊物未掲載)を参考に,電子媒体の上に没収の対象となりうる違法な電子データとともに,第三者から預かった適法な電子データが保存されている場合に電子媒体を丸ごと没収せざるを得ないのか,またその際に第三者の権利保護が図られるかを検討した。
1 関係法条
第三者所有の物は通常手続では没収できず(刑法19条2項*1),第三者没収手続を行わなければならない(刑事事件における第三者所有物の没収手続に関する応急措置法 以下「応急措置法」)。
2 事件
(1)事案(新潟地裁長岡支部平成14年12月26日*2)
 児童ポルノ製造罪によって生成された児童ポルノである「光磁気ディスク(MO)」(被告人所有)に,児童ポルノの画像データの他に,被告人がweb作成のために第三者から預かった児童ポルノ以外の合法なデータ(顧客から預かった素材)も記録されていた。
(2)一審判決(新潟地裁長岡支部平成14年12月26日公刊物未掲載)
 MOに児童ポルノ画像が記録されたという公訴事実には争いがない事件であり,MOの没収が求刑され,判決でもMOの没収が宣告された。一審弁論終結後に弁護人がMOに第三者のデータが記録されていることを発見した。
(3)控訴審判決*3(東京高裁平成15年6月4日被告人上告 東京高裁判例速報3202号 以下「東京高裁判決」)
 控訴審判決は,「所論のとおり,本件MOには,ホームページのバックアップデータと推認されるファイルも記録されているが,本件MOが没収されることによって被告人の請負ったホームページの作成,管理が不可能になったとしても,被告人が債務不履行責任を負い,発注者が,被告人や第三者に対し本件MOに保存されている発注者が提供したファイルを無断で使用しないよう請求することはできても,本件MO自体は被告人の所有物であり,発注者等が本件MOについて物権的な権利を有しているとは認められない。また,没収は,物の所有権を観念的に国家に帰属させる処分にすぎず,帰属した物の処分は別個の問題である。仮に国に帰属した後に,国が本件MOを発注者等の権利を害するような使用や処分をしようとした場合には,その行為の差し止めやファイルの複写,消去などを求め得る可能性はあるとしても,そのような可能性があることは没収の言い渡しを何ら妨げるものではない。」と判示して,第三者没収手続に依らなくても第三者のデータも没収できるとした。
3 問題の背景
 そもそも,刑法は没収の対象について「有体物」のみを想定しており,犯人に属するかどうかは「有体物」の「所有権」の帰属のみを基準にしている。
 そして,応急措置法制定の契機となった最高裁判所大法廷判決昭和37年11月28日(以下「大法廷判決」)の事例は,「有体物」たる第三者の「所有物」の場合であったことから,応急措置法も応急的に「有体物」たる第三者の「所有権」に関してのみ立法されたのである。
 ところが,今日では,電子媒体が登場し媒体が安価であるために,生の媒体(FD,HDD,MO)よりも,データの価値の方がはるかに大きいことが珍しくない。
 同時に,技術的には,オンラインストレージに代表されるように他人の媒体の上に保管されたデータに対する物権的支配(自由に使用・収益・処分できる権能)を及ぼすことも可能となった。
 他方、構成要件に「電磁的記録」が含まれるに至り、電子データが犯罪に供用されたり、電子データが犯罪によって生成されたりすることも想定されるところとなり、ここでデータを没収の対象とする場合の手続や執行方法が問題となったのである。
4 大法廷判決の射程範囲
 応急措置法制定の契機となった大法廷判決の趣旨は第三者の「財産権」保護であって,第三者の「有体物」の「所有権」に限って保護するというものではない。有体物以外の場合,所有権以外の権利については,解決されない宿題として放置されている*4*5*6。
5 私見
(1)没収の対象の「有体物性」・第三者の権利の「物権性」について
 記録媒体が法的評価を受ける場合,良きにせよ悪きにせよ,実際に評価されるのはその上に記録されたデータの価値である。
 ところで,没収制度の趣旨については,財産の剥脱という財産刑的側面のほかに,目的物の社会的危険性を除去する・犯罪による利得を保持させないという保安処分的な側面もあると説明されているが,かかる制度趣旨からすれば,今日「没収の対象は有体物でなければならない」とか「第三者の権利が物権でなければ保護されない」という理由はない。
 実際,最近の立法例においては有体物でない場合や物権でない場合にも没収が及んでおり,理論的な支障はないことが立法者によっても明らかにされている。例えば,国際的な協力の下に規制薬物に係る不正行為を助長する行為等の防止を図るための麻薬及び向精神薬取締法等の特例等に関する法律16条では,債権も没収の対象になっているし,債権が第三者へ帰属する場合の第三者も手続への参加を認められている。つまり,第三者の「債権」が保護されているのである。また,組織的な犯罪の処罰及び犯罪収益の規制等に関する法律15条では,第三者が「地上権,抵当権その他の権利」(非所有権)を有する場合にも第三者が保護されている。さらには改正刑法草案80条*7でも,第三者の非所有権まで保護されているのである。
 だとすれば,データが違法な存在であるかぎりデータのみを没収すれば,没収は目的を満たすことができるというべきであり、他方、データを支配する第三者を保護するために第三者没収手続が取られる必要があるということになる。
(2)データの「支配権」概念
 では、前提として、媒体の所有者が,第三者からデータを預かっている場合の,第三者のデータに対する支配権をどう理解すべきだろうか。
 本件の場合,被告人は第三者からweb作成を請負って,注文主(第三者)が提供したデータ・写真・商標等を利用して,完成したものを注文者に納入していたのであるから,その権利は注文者(第三者)に帰属する。
 この場合の支配権は,そのデータを排他的に使用・収益・処分する権限であって,まさに「所有権」と名付けるにふさわしい。
 なお,刑法163条の4第2項*8及び犯罪の国際化及び組織化並びに情報処理の高度化に対処するための刑法等の一部を改正する法律案の刑法175条2項*9では,情報ないしデータの「保管」という概念を用いている。媒体は第三者所有,データは犯人が支配するというデータと媒体の支配が分離した状態を予定した規定である。
(3)第三者に帰属するデータの没収
 私見としては,手続としては、データの支配者は、第三者没収手続における「第三者」として扱うこととして、データの一部が消去可能な場合には,データのうち違法部分のみを没収の対象として「部分没収」を行うべきものと考える。
 また,消去による部分没収が不可能な場合に備えて,データの「複写」(バックアップ)という方法による第三者の権利保護を図るべきである。
 なぜなら、これで没収の目的は達成されるし,犯人以外の者の財産権侵害も最小限に抑えることができるからである。
 今日では,電子媒体が登場し,媒体が安価であるために,生媒体(FD,HDD,MO)よりも,データの価値の方がはるかに大きいことが通常であって,その支配権を物権というかどうかは別として財産権として憲法上の保障を受けることは間違いない。
 また,データを故意に破壊する行為が電子計算機損壊等業務妨害罪*10該当するという意味ではデータは刑法上保護されるべき存在である。
 これらの要請を充たすには,データの支配者を手続に参加させた上で、一部消去という執行方法や複写という第三者保護方法を導入することが最も妥当である。
(4)東京高裁判決について
 データについては憲法上の「財産権」として保障され,刑法上は「電磁的記録」として厚く保護されているにもかかわらず,東京高裁判決が「電磁的記録」に対する支配権を単なる「請求権」としたことは,没収という局面においてはデータを全く保護しないことを意味し,刑法解釈の統一性を欠く。
 また,これでは,第三者の「有体物」を没収する場合でも,「帰属した物の処分は別個の問題である。仮に国に帰属した後に,国が本件「有体物」を発注者等の権利を害するような使用や処分をしようとした場合には,その行為の差し止めやファイルの複写,消去などを求め得る可能性はあるとしても,そのような可能性があることは没収の言い渡しを何ら妨げるものではない。」といえば,第三者没収手続によらなくてもいいことになってしまい,大法廷判決の趣旨にも反する。
6 現在の実務とその問題点
(1)設例
 ある電子媒体上に,犯人(A)が支配する違法なデータ(児童ポルノ画像等)と,無関係のBが支配する合法なデータとが存在する場合(図1)を想定する。
図1




 実際には、証拠物として押収されたものの没収されなかったPCのHDDに児童ポルノ等の違法データが記録されている場合は,押収物還付の際に検察官から被告人に対して,任意に違法データの消去に応じることを求めているようである。押収・没収という強制がない以上被告人が応じなければ違法データも返還せざるを得ないというのが原状である。
 なお,東京高裁H14.12.17(東京高裁判例速報3186号*11)はストーカーメールを没収するためにはPC全体を没収するするしかないという。(同速報の「備考」が実務家の問題意識を示している。なお、略式命令では電子データを没収した事例も見受けられる*12)
(2)媒体の所有権がA(犯人)であるとき
 現行実務では,没収の対象は有体物を単位とするから,媒体全体が没収対象となる。
 没収対象に権利を有する第三者がいるかどうかを媒体の所有権をもって決するとすれば,この場合は媒体の所有者=犯人であって「第三者」は存在しないから,Bは「第三者」に該当せず,第三者没収手続によらず,合法データを含めて媒体全体を没収できる。
(問題点)
 媒体所有者AはBの代理人ではないから,Bのデータの価値は把握できないし,Aはせいぜい媒体の所有権のみを確保すれば満足するであろうから,Bのために最善の防御を行うことは期待できない。
 Bの権利保護は,事後的に,Aへの損害賠償か,国家賠償によることになる。
 Bは重大な利害関係があるにもかかわらず没収手続には一切関与できない,Bのデータが不代替性のものである場合など,金銭賠償では済まされない損害を受けるおそれもある。
(3)媒体の所有権がB(犯罪に関係がない者)であるとき
 現行実務では,没収の対象は有体物を単位とするから,Bの合法データを含む媒体全体が没収対象となる。
 第三者がいるかどうかは媒体の所有権をもって決するから,Bは「第三者」に該当する。データを含めて媒体全体が「第三者所有」となるので,第三者没収手続によらなければ,媒体どころか違法部分すら没収できない。
(問題点)
 実はBは違法部分については支配していないにもかかわらず,第三者没収手続に参加して適切な防御をしないと,媒体全部を没収されることになる。
 また,違法部分が媒体の規模に比較して極めて小さい場合にも,第三者没収手続によらなければ,媒体どころか違法部分すら没収できない。
(4)媒体の所有権がC(犯人Aとも,Bとも関係がない者)であるとき
 現行実務では,没収の対象は有体物を単位とするから,データを含む媒体全体が没収対象となる。
 第三者がいるかどうかは媒体の所有権をもって決するから,Cは「第三者」に該当する。第三者没収手続によらなければ,媒体どころか違法部分すら没収できない。
 また,違法部分が媒体の規模に比較して極めて小さい場合にも,第三者没収手続によらなければ,媒体どころか違法部分すら没収できない。
(問題点)
 実はCは違法部分については支配していないにもかかわらず,第三者没収手続に参加して適切な防御をしないと,媒体全部を没収されることになる。
 CはBの代理人ではないから,データの価値は把握できないし,Cは媒体の所有権のみを確保すれば満足するであろうから,Bのために最善の防御を行うことは期待できない。
 また,Bは「第三者」に該当せず,第三者没収手続に参加できない。Bの権利保護は,事後的に,A・Cへの損害賠償か,国家賠償によることになる。
 Bは重大な利害関係があるにもかかわらず没収手続には一切関与できない,Bのデータが,不代替性のものある場合など,金銭賠償では済まされない損害を受けるおそれもある。
(5)私見
図2






 立法論としては,いずれの場合も,データの一部が消去可能な場合には,データのうち違法な部分のみ(図2)を没収の対象として,部分没収するという制度を設けるべきである。これによって没収の目的は達成されるし,犯人以外の財産権侵害も最少に抑えることができる。
 この場合,第三者没収の手続きも不要とも解しうるが(文書の偽造部分のみの没収について大コンメンタール刑法第1巻P342)、第三者のデータに影響を与えない執行方法を検討したりバックアップによるデータ保護の機会を与えるためには、第三者没収の手続が必要となると考える。
 他方,データの一部消去ができない場合は,媒体+データを没収するしかない。その場合,犯人以外の媒体所有者やデータの支配者がいる場合には,全員に対して第三者没収手続を取り、バックアップの機会を与える必要がある。
 現行実務についても、没収制度と第三者のデータ保護との調和を図るために、応急措置法2条の「所有」「物」の概念を緩やかに解して、データを支配する第三者に対して第三者没収手続を行い、かつ、証拠物を保管する捜査機関や検察官の裁量により第三者にデータのバックアップの機会を与えるように運用を改めることは可能である。
7 改正動向
(1)刑事訴訟法改正案*13
 差押の段階で差押えを受けた者に対して媒体の交付・複写という制度を設け,没収の段階で電磁的記録については「消去」という没収方法を設けたが,データバックアップの機会を与えるなどデータの所有者を保護する制度は設けられていない。
(2)刑事事件における第三者所有物の没収手続に関する応急措置法の改正案
 犯罪の国際化及び組織化並びに情報処理の高度化に対処するための刑法等の一部を改正する法律案には「被告人以外の者に帰属する電磁的記録は,その者の所有に属するものとみなす」との規定が設けられている*14。
8 課題 
(1)「被告人以外の者に帰属する」(応急措置法1条の2)とはどのような状態か?
 電磁的記録不正作出罪では「効用の帰属先」が重視されるが,没収の段階では,データの財産性が重視されるから「帰属する」というのも財産権保護の観点から理解されるべきであるといえる。
 そういう意味では、個人情報や会社の機密情報についての情報の主体に支配権はあるのかという問題も生じるであろう。
(2)データが帰属する者からの「複写」が認められていない。
 刑事訴訟法123条3項の複写の規定は差押を受ける者についてのみ認められたものであって,「データが帰属する者」を保護する規定ではない。データの支配者の財産権保護としては作用しない。
 技術的には電子媒体の「複写」が可能であることは条文上も確認されているのであるから,没収対象物上のデータに権利を有する者も,「複写」による権利保護の手続を設ける必要がある。
以上