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準強姦無罪判決(高崎支部h15.2.7)

westlaw
裁判年月日 平成15年 2月 7日 裁判所名 前橋地裁高崎支部 裁判区分 判決
事件番号 平13(わ)39号
事件名 準強姦被告事件
裁判結果 無罪 上訴等 確定 文献番号 2003WLJPCA02070008
   主  文

 被告人は無罪。
   理  由

第1 本件公訴事実の要旨
 本件公訴事実の要旨は、「被告人は、薬物を使用してA(当時18歳)を抗拒不能にさせて姦淫しようと企て、平成12年7月11日午後11時15分ころ、群馬県X市ab番地B店駐車場に駐車中の普通乗用自動車内において、同女に対し『はい、ウーロン茶だよ、もっと飲まないの、もっと飲んだ方がいいよ。』などと虚言を申し向け、睡眠作用のある薬物トリアゾラムを混入したウーロン茶を飲用させて意識もうろうの状態に陥らせ、翌12日午前0時30分ころ、同県碓氷郡c町大字deC店駐車場に駐車中の前記普通乗用自動車内において、上記薬物の影響により抗拒不能の状態にあった同女を姦淫した」というものである。
第2 検察官及び弁護人の各主張
 検察官は、(あ)被告人は、Aを抗拒不能の状態に陥らせて、姦淫する目的で、Aに薬物トリアゾラムを混入したウーロン茶を飲用させた、(い)Aは、性交時、薬物の影響により、意識がもうろうとし、体に思うように力が入らず、抵抗できない状態(抗拒不能の状態)にあった、(う)Aが、被告人との性交について合意したことはない旨主張する。
 これに対し、弁護人は、被告人が、Aに上記ウーロン茶を飲用させたこと、及び、被告人とAが、公訴事実のとおりの日時、場所において、性交したことは認めるが、(あ)被告人は、Aを姦淫する意図で、上記ウーロン茶を同人に飲用させたものではない、(い)Aは、性交時、薬物の影響による抗拒不能の状態にはなかった、(う)被告人とAは、合意の下に性交した、として、準強姦罪は成立せず、被告人は無罪である旨主張し、被告人もこれに沿う供述をする。
 そこで、まず、争点判断の前提となり、関係各証拠から容易に認定しうる事実を摘示した上で(第3)、上記(い)(Aが、性交時、抗拒不能の状態にあったか)について判断し(第4)、その後、上記(あ)(被告人は、薬物を混入したウーロン茶をAに飲用させた際に、準強姦の犯意を有していたか)について判断する(第5。ここで、上記(う)(被告人とAが、合意の下に性交したか)についても判断する。)。
第3 前提事実
 被告人及びAの一致する供述により認められる事実、被告人の不利益供述から認められる事実、その他関係各証拠により容易に認められる事実は、次のとおりである(なお、以下、公判手続更新の前後を問わず、公判廷における供述は公判期日における供述と表記する)。
 1 Aは、本件当時、群馬県立d高等学校3年在学中であったが、その友人であり、同級生のDとともに、平成12年7月11日、アルバイトの採用面接を受け、その後、知人と落ち合ったが、知人が帰ってしまったため、帰りの足がなくなり、同日午後10時30分ころ、群馬県高崎市f町g番地E駅ビル前(F店の出入り口付近)にしゃがんでいた。
 被告人は、上記F店から出てきた際、Aらの姿を認め、同人らに声を掛け、被告人が、付近に駐車していた同人の普通乗用自動車(2ドア)で、Aらを自宅へ送ってやることとなった。
 2 被告人は、Aを助手席、Dを後部座席に乗車させ、前記車両を運転し、国道17号線から国道18号線に入り、同県X市方面に向かった。
 被告人は、車内で、自分は「G」であると偽名を名乗り、「コンパニオンの仕事をしている。年は33歳だ。バツイチで高崎に家がある。」などと出任せの話をした。途中、被告人が小用を済ませるため、同県X市hij番k号所在のコンビニエンスストアhバイパス店に立ち寄り、その後、国道18号線を同県碓氷郡c町方面に走行した。
 車内で、被告人が、Aらに、「お腹が空かないか。おじさんはお腹が空いちゃった。何か食べたいものがあればおごってやるよ。」などと言ったところ、Dが「ハンバーガーがいい。」などと答えたので、同日午後11時ころ、方向転換して、同県X市ab番地所在のB店に到着し、その駐車場に停車した。
 被告人は、Dから「メニューを見たいから店内に付いていく。」などと言われたが、「おじさんが女子高生といると援交と間違えられるから嫌だよ。」などと言って同行を断り、Aらから注文を聞いて、Aらが車内に残り、被告人が1人で店内に入った。
 3 被告人は、同店内で、AとDから頼まれていたGドリンク2個、自分用のウーロン茶1個及びハンバーガー類を注文したが、店員から、Gドリンクが1個しかないと言われ、飲み物類の注文をウーロン茶2個及びGドリンク1個に変更した。
 同日午後11時8分ころ、被告人は、Gドリンク1個、ウーロン茶(容量が約190ミリリットルのSサイズであり、ウーロン茶及び細かく砕かれた氷が入っているもの。)2個及びハンバーガー類を購入した。
 被告人は、ズボンのポケット内に睡眠導入剤であるハルシオン0.25ミリグラム錠(以下「本件錠剤」という。)を所持していたところ、上記ウーロン茶2個のカップ蓋のストロー差込口(十文字の切込み部分)から、本件錠剤を1錠ずつ入れ、氷の下に落ちるようにするため紙コップを何回か横に揺すった。
 4 同日午後11時15分ころ、被告人は、同店内で購入した飲食物をB店駐車場に持ち帰り、車内でAらと飲食した。Dは、ハンバーガーを全部食べ、ストローでウーロン茶を半分位飲み、Aは、太ったりむくんだりすることを防ぐため夜間飲食しないように心掛けており、ハンバーガーを2口程度食べて残し、ストローでウーロン茶を少し飲んだ。
 被告人車両は、同日午後11時30分ころ、上記駐車場を出発し、国道18号線をc町方面に走行したが、途中で、Dが激しい眠気に襲われ、「眠い、眠い。」などと言い出した。被告人は、「眠気覚ましに冷たいものを飲んだ方がいいよ。」などと言って、さらにウーロン茶を飲むことを勧め、Dは、後記同町l付近に至るころまでには、自分のウーロン茶を飲み終わった。
 被告人の運転する車両は、Aの自宅への曲がり角に差し掛かったが、これを通り過ぎ、l方面に走行した後、同県碓氷郡c町大字mn番地所在の食堂H西方交差点において、車を脇道に乗り入れ、その脇道が再び国道18号線に合流するところで方向転換して、Aの自宅の方向に走行した。l付近を走行中に、Dが「ここはどこ」などと尋ねたところ、Aが即座に「l」と答えた。
 5 被告人は、Aの誘導に従って、同県X市op番地所在のA宅前に到着し、路上に停車した。Dは、降車してA宅に入ったが、Aは車内に残った。Dが降車する際、Aは、被告人車両が2ドア車であったことから、助手席側のドアを開けて降車し、助手席の背もたれを前方向に倒し、後部座席にいたDを降ろした後、上記背もたれを戻し、助手席に戻った。その際、Aは、自宅の鍵及び自分の鞄と携帯電話機をDに渡し、自分の携帯電話機を充電するように頼んだ。
 Dは、A宅に入り、Aの母親に挨拶をして、3階(屋根裏部屋)にあるAの部屋に行った。
 6 被告人とAは車内に残っていたが、Aが、被告人の車両に近づいてくる車両を認め、「あ、パパだ。」と言い、被告人が「まずいから、移動しようか、顔を見られてしまったよね。」などと言って車を発進させ、走行した後、同県碓氷郡c町大字de所在のC店駐車場(以下「C店駐車場」という。)に車を停めた。
 7 同月12日午前0時30分ころ、被告人とAは、C店駐車場に停車中の被告人車両内で性交した。
 そのころ、被告人は、Aに対し、「(自分は)パイプカットをして、精子が出ないようになっている。」などと説明した。
 8 性交後、被告人の携帯電話機からAの携帯電話機(DがAの自宅に持っていったもの)に電話をかけることにより、被告人の携帯電話の番号をAの携帯電話機の着信履歴に残すこととなった。当初、Aが自分の携帯電話の番号を言い、被告人が携帯電話機を操作していたが、被告人が、Aが言うとおりの番号を押さず、でたらめの番号を押していたところ、Aがこれに気付き、被告人から携帯電話機を取り上げて、自分で番号を押して、自分の携帯電話機に電話をかけて、着信履歴を残した。
 9 被告人は、Aを同人自宅前まで車で送り、Aは、食べ残していたハンバーガーの入った紙袋を手に持って車を降り、自宅に入った。
 Aは、自宅に入って直ぐに、トイレに行き、その後自室に入った。
 10 Aは、被告人の携帯電話の番号の着信履歴が残っているAの携帯電話機で、被告人の携帯電話機に2、3回電話をかけたが、被告人は出なかった。
 Aは、知り合いのI、当時、交際していたJや、Jの友人で自己の携帯電話機に着信記録があったKに電話をかけて(Jに電話をかけたのは同日午前1時26分ころ)、「変なオヤジにエッチされた。」、「高崎駅でナンパされて、B店でおごってもらったジュースを飲んだ後、頭がくらくらしてきた。」、「薬を使われたみたいだ。」などと話した。
 11 同日午前2時前ころ、JとKが自動車でA宅前に到着し、Aを携帯電話で呼び出し、Aが、寝込んでいたDを起こし、2人で降りてきた。同人らは、車でI宅前のゲームセンターの駐車場に行き、D以外の者は下車し、Iらとともに、地面にしゃがみこみ、当日の出来事や、今後どうするかなどについて話し合い、病院に行くことになった。この間、Dは車中で寝ていた。
 12 A、D、J、K及びIは、同日午前3時ころ、同県富岡市qr所在のL病院に到着し、AとDが医師の診察を受けたが、医師がなかなか診療しないとしてAは怒り、Jらと騒いだ。
 13 同日午前4時10分ころ、上記病院の職員が、警察に通報した。これを受けて警察官が上記病院に赴き、午前4時30分ころ、Aらを群馬県富岡警察署に同行して、事情を聴取し、Aは「知らない男に薬を飲まされてエッチされた。」などと申告した。Aの母親が警察官から連絡を受けて、同警察署に到着したが、まず医師の治療を受けたいとの意向であったため、同県高崎市所在のM病院に赴いて診察を受けたところ、Aの膣内に精子の存在が認められた。
 Aが、警察官に対し、被告人と同日午後4時に自宅近くのコンビニエンスストアで会う旨約束していると説明したため、警察官は、Aを伴って、同日午後4時に上記コンビニエンスストアに赴いたが、被告人は現れなかった。
 14 Aは、同月13日付けで、本件公訴事実に係る告訴状及び被害届を警察に提出し、同月15日、20日、同年8月1日、同年9月15日には警察官による、平成13年1月21日には検察官による取調べを受け、それぞれ供述調書が作成された。
 15 Aは、同月20日、警察官が実施した現場確認及び実況見分に立ち会い、警察官に対し、Aが被告人から声をかけられたE駅ビル前から、B店駐車場、A宅方向に方向転換するために脇道に入った地点、A宅前、C店駐車場及び再びA宅前に至るまで、各場所及び走行経路を再現して説明し、C店駐車場において停車した駐車スペースについても説明した。
 16 捜査段階の鑑定の結果、Dが、同年7月12日午前5時ころに、Aが、同日午前5時40分ころにそれぞれ提出した尿から、麻薬及び向精神薬取締法に定める向精神薬トリアゾラム代謝物である、1-ヒドロキシメチルトリアゾラムが検出された。
 A、Dはこれまで睡眠薬を使用したことがなかった。
 17 被告人は、同年8月1日に準強姦の被疑事実について通常逮捕されたが、同日、釈放された。被告人は、同日、警察官を現場に案内し、当日立ち寄った場所や経路を説明したが、これらは、同年7月20日にAが行った説明とほぼ一致した。
 18 被告人は、平成11年11月ころ、腎臓病により重篤状態となって入院し、平成12年1月に退院し、以降週3回の人工透析治療を受けている。
第4 Aが、性交時、抗拒不能の状態にあったか
 1 本件錠剤の特徴等
  (1) 効果・副作用
 本件錠剤の販売元製薬会社作成の照会事項回答書によると、本件錠剤は睡眠導入剤ハルシオンであり、その組成、薬効等は次のとおりである。すなわち、その有効成分は「トリアゾラム」というベンゾジアゼピン系化合物であり、1錠中に、上記化合物0.25ミリグラムが含有されている。実験結果によれば、健康な成人が本件錠剤1錠を服用した場合、安定した睡眠に移行するまでの時間は平均14.7分であり、効果の持続時間は平均7時間半である。ただし、上記実験は、外界から遮断された睡眠実験において実施されたものであり、また、本件錠剤による作用・副作用は、非常に個人差が大きく、薬効が現れる最低量等も個々のケースにより異なる。同剤の副作用の主なものは、めまい、ふらつき、眠気、倦怠感、頭痛・頭重等であり、頻度は低いものの、一過性前向性健忘中途覚醒時の出来事を覚えていない等)、もうろう状態があらわれることがある。
 薬剤師であるNは、本件錠剤1錠を飲んだ場合、一般に、約10分から15分くらいで睡眠薬の効果が発現され、服用後30分も経てば完全に睡眠薬の効果が効いている状態になり、約8時間経過しなければ、効果は消滅しないが、効果の発現時間等には個人差があること、副作用として、全身の筋肉に脱力感が生じ、頭がもうろうとしたり、舌がもつれてろれつが回らなくなることがある、睡眠薬を初めて使用する者が常用している者に比べて睡眠の効果が早く出るのは間違いない旨供述している。(第4回公判期日における供述、平成13年2月16日付検察官調書(甲51))
  (2) ウーロン茶への溶解性等
 前記製薬会社作成の照会事項回答書によれば、本件錠剤は、水に入れ攪拌すると崩壊し、青色に懸濁するが、ハルシオンの有効成分であるトリアゾラム自体の水に対する溶解性は摂氏24ないし26度条件下で10×10-5g/ml以下であり、水にはほとんど溶けず、したがって、ウーロン茶に対しても、錠剤は崩壊し、懸濁するが、ほとんど溶けないと推測されるものである。なお、崩壊実験の報告書は、室温、水温、細かく砕いた氷の不存在、薬物混入後の振動の有無や程度等の前提条件が実際と異なり、直ちには参考にすることができない(証人Nの第4回公判期日における供述)。
 2 Aが摂取した薬物の量
  (1) 検察官は、Aが、本件錠剤が混入したウーロン茶を、B店駐車場に停車中及び発車後の車内において、合計約70ミリリットル飲んだ旨主張する。
 これに対し、弁護人は、Aは、本件錠剤1錠の数分の1程度が溶解していた可能性のあるウーロン茶を、B店駐車場で1、2口程度飲んだにすぎず、抗拒不能の状態が生じるか極めて疑わしい量であった旨主張する。
  (2) Aが飲用したウーロン茶の量等
   ア A及び被告人の各供述
 Aは、「(ウーロン茶を)そんなには飲んでいないと思う。」、「B店での飲食後、被告人にウーロン茶を飲むように勧められた際に、飲んでいないと思うけれども、飲んだような気もするし、分からない。」旨供述する(第2回公判期日における供述)。
 被告人は、「Aは、B店の駐車場で、2、3口飲んだだけで、その後は飲んでいなかったと思う。」(平成12年9月6日付警察官調書)、「B店の駐車場で1、2口飲み、その後は飲まなかった。カップに街灯等の光が当たったとき、ほとんど減っていないことが分かった。」(第5回公判期日における供述)旨供述する。
   イ 検察官の主張する量について
 Aは、平成12年7月15日、警察官から、ウーロン茶を飲んだ量を確認された際、Mサイズのカップ(容量約500ミリリットル)を選んだ上、飲んだ量を示し、計量の結果約100ミリリットルを飲んだ旨確認されたが(警察官作成の「ウーロン茶の量について」と題する書面)、同月25日、改めてSサイズのカップを示され、飲んだ量を指示した結果、約70ミリリットル飲用したとの結論に至ったというのであり(捜査報告書)、A自身もはっきりわからないまま大体でいいといわれて指示したにすぎず(Aの第2回公判期日における供述)、また、前記アのA及び被告人の供述に照らしても、検察官主張の「約70ミリリットル」との数量は、採用できない。
   ウ 以上によれば、Aが飲んだウーロン茶の量について、数量的に認定することは困難であるが、被告人とAの各供述からすると、Aは、B店駐車場においてウーロン茶を飲んだが、それほどの量までは飲んでおらず(多くともストローで2、3口程度)、同駐車場を出発した後は、ほとんど飲んでいないことが認められる。
  (3) Aが摂取した薬物の量
 Aの尿からトリアゾラム代謝物である1-ヒドロキシメチルトリアゾラムが検出されており(前提事実)、また、被告人が、本件錠剤を入れた後、氷上に残らないようにカップを何回か振ったり、袋を2、3回横方向に振ったりしており(被告人の平成12年9月6日付警察官調書、平成13年2月6日付検察官調書)、本件錠剤はある程度崩壊したものと考えられることから、Aが本件錠剤を摂取したことは認められるが、Dがウーロン茶を全部飲んだのに対し、Aは、ストローを使って2、3口程度を飲んだにすぎず、摂取した薬物の量は、Dに比して相当程度少なかったであろうということができる。
 3 A及び被告人の各供述
 Aの意識状態、体調等に関して、A及び被告人は、次のように供述する。
  (1) Aの供述(以下、第2回公判期日における供述)
   ア B店駐車場を出発し、A宅前に着くまでの間
 「携帯の字とかがはっきり見えなくて、それがすごい印象深くて、でもいつもコンタクトを入れているので、目が悪いので。コンタクトがすごく霞んでいるのかなみたいな感じで思ったから、すごい変な感じはしました。」、「目が回るというのではないのかもしれないけど、(字が)ぼやけている感じ。」、「細かいものは余りはっきり見えなくて。」、「すごく眠いというか、くらくら、くらくらしていて・・・・」、「目が回るというか、すごくぼうっとしていて、考えるのが面倒くさいというか、何もする気が起きないと言うのではないけれども、すごくぼうっとしていました。」
   イ C店駐車場での性交前後
 右側にいた被告人を、自分の右手で払いのけようとしたが、払いのけられなかった、「(払いのけることができなかった理由について)力もだから本当に入らなかったから、ただここに手がぶるんって動くぐらいで、力を入れてどかしたのではなくて、ただ手が動くみたいな感じで。」、「ここまで力を入れたら、がっと、手がただ落ちるというのではないけれども、力が抜けるとふっとなるではないですか。それくらいのような感じがしたから、あっ、力が入らないのだなってその時に思った気がします。」、「体がすごく重いというか、だるいというか。」、「普通振り払う時って、最後まで力入れると思うのですけれども、そういうのではなくて、ここまで上がるのだけれども、手が落ちるというか。」、「力が抜けてしまうみたいな感じ。」
   ウ 自宅に戻った後
 自室に向かう際、階段も立って歩けなくて、「はいはい」のような感じで上った気がする。
 真っ直ぐ歩けなかったので、Iにおぶってもらい、病院や警察に行った。ふらふらして、手に力が入らなかったのと同様に、足に力が入らない状態だった。
  (2) 被告人の供述
 ウーロン茶を飲んだ後、一緒にいたDは、確かにおとなしくなり、眠いと言っていたが、Aは、私と普通に会話をしており、私との愛人契約の値段の交渉や、当日のセックスについての代金の交渉などからは、とても意識がもうろうとしていたとは思えなかった。セックスの前にDを家に帰したときや、私の携帯の番号を控えるための行動からも、とても意識がもうろうとしていたとは考えられなかった。Aが抗拒不能な状態になったことはなかった。(第1回公判期日における被告事件に対する陳述)
 Dは、眠い眠いと何度も言っていたのに対し、Aは、眠いなどと一言もいわず、被告人と冗談を言い合っていた。薬が効いて意識がもうろうとしたなどということは決してなかった。声を掛けても返事をしないなどということは一切なく、Aの家に着くまで、会話はとぎれず続いていた。性交後、Aが被告人の車から降りて自宅に向かう途中の足取りも、ふらつくことはなかった。(平成13年1月30日付検察官調書、第5回公判期日における供述)
  (3) これらの供述の信用性については、後記5で検討する。
 4 関係人の供述
 J及びKはAの友人であり、同人と電話で会話し、その後、A宅前から、I宅前、L病院、警察まで同行した者、OはL病院でAらの受付を担当した職員、Pは同病院でAらを診察した医師、Qは上記病院からの通報を受けて臨場した群馬県富岡警察署の警察官、RはAを診察したM病院の医師である。
  (1) Jの供述
 JがA宅に着いたとき、Aは半分眠った状態で口もきいてくれなかった。
 Aには、だるそうな感じとしゃべり方が普通の人が酒に酔ったような感じというのはあったが、意識がないとか、眠ってしまうとか、体が動かないということはなかった。Aの話し方は、酒を飲んだ場合に比べて、舌が回っておらず、ろれつが回っていなかった。
 Aは、支えないと、真っ直ぐスムーズに歩けない様子だったが、支えるというのは、腰の辺りを上に引っ張ってあげるということである。Dは本当に1人では歩いていられなかったが、Aは歩けるが、支えてやるという感じであった。L病院において、警察官が臨場する前に、Aはウーロン茶を飲んだら頭がボーッとしてきた、C店駐車場で私は嫌だ嫌だと男に言ったが、体に力が入らなくてやられちゃったと言った。(第4回公判期日における供述、平成13年2月2日付検察官調書、J作成の陳述書)
  (2) Kの供述
 Aの口調は、だるそうにむにゃむにゃとなることもあったが、「高崎駅で足がなかったのでオヤジに送ってもらった。車は赤だった、途中のB店で買ってもらったジュースに薬を入れられたらしい。明日の4時にコンビニエンスストアでまた会うことになっている。」ということは聞き取れた。話している単語は十分聞き取ることができるが、時々口調があやふやになるという程度で、話している内容は十分理解できた。Aの様子は、だるそうな感じがあったが、身体の自由がきかないということはなかった。(K作成の陳述書)
  (3) Oの供述
 Aらはふらふらして男性にフォローされながら待合室に入ってきた。Aは、自分の問いに答えており、ゆっくり物を考えれば答えを出せる状態であった。半分寝そうな雰囲気だった。診察室に行くときには、受付の時に比べて、足取りはしっかりしていたような気がする。男性が抱えていったのではなくて、1人で行った気がする。ふらついているというのに近い状態だった。(第4回公判期日における供述)
  (4) Pの供述
 Aらは、千鳥足でふらふらしながらゆっくり歩いて来た。ナンパされて薬を飲まされたとの申し出があったが、言葉が話せる2人の状態から、既に薬の影響がさめかけているのではないかと判断した。(平成13年10月1日付警察官調書)
  (5) Qの供述
 L病院及び群馬県富岡警察署におけるA、Dは、意識がもうろうとしており、言語、態度はしどろもどろで陽気な状態、まっすぐ歩行できず、直立できなかった。(同人作成の捜査報告書、平成13年10月30日付警察官調書)
  (6) Rの供述
 Aは意識が明瞭であるが、反応及び動作が緩慢であり、全身に倦怠感を訴えていた。(警察官作成の捜査報告書)
  (7) 上記各供述の信用性について検討するに、O、P、Q、Rは、被告人やAと利害関係のない第三者であり、その供述の信用性は高いといえる。次に、JとKは、Aの知り合いであるが、とりたててAを庇うような供述もしておらず、互いに矛盾する点もなく、特に信用性を疑うべき点は見受けられない。
 5 以上を前提として、Aが、性交時、抗拒不能の状態にあったかについて、判断する。
  (1) まず、Aが本件錠剤を摂取したこと(前記2)、Aが、自宅に戻った後、他の者とのやり取りにおいて、その程度は甚だしいものではないものの、酒に酔った場合よりろれつが回らないしゃべり方をし、だるそうな感じで、足がふらついており、1人では、真っ直ぐスムーズに歩けない様子だったこと(前記関係人の各供述)から、少なくともAが自宅に戻った以降には、Aに薬物の影響がある程度発生していたことは否定できない。
  (2) しかしながら、他方で、本件においては、次の各点を指摘することができる。
   ア Aが、l付近を走行中に、Dから「ここはどこ」と尋ねられ、即座に「l」と答えたこと、A宅前まで被告人運転車両を誘導したこと、及び、被告人が通常逮捕されて事情聴取を受ける以前の段階(したがって、捜査官による誘導等も考えられない。)において、B店駐車場を出発してl方面に走行し、途中脇道に入って方向転換し、A宅前を経て、C店駐車場に停車し、再びA宅前に至るまでの場所及び走行経路を正確に再現したこと(前提事実)からすると、Aは、深夜で、日中に比べ周囲の様子が分かりづらい状況にもかかわらず、B店駐車場を出発してから自宅に入るまでの間の周囲の状況、場所や道順を正確に認識し、記憶していたと認められる。
 Aは、よく通る道なので、場所等は何となく分かっていた旨供述するが(第2回公判期日における供述)、脇道に入って方向転換した場所や、C店駐車場で停車した位置等は、本件当日に特有の場所であり、本件当日の記憶の正確さを裏付けるものである。
   イ また、Aは、自宅前で、乗降のしづらい被告人車両の助手席から一旦降りて、助手席の背もたれを倒し、D(本件錠剤1錠分を摂取し、強度の眠気に襲われており、その動作は緩慢であった。)を後部座席から降ろして、背もたれを戻し、助手席に戻り、その際、鞄、鍵及び自分の携帯電話機をDに渡して、自分の携帯電話機を充電するようにDに頼むなどしており(前提事実)、この時点で、判断ができなかったり、手や足に力が入らないような状態にあったとは認められない。
   ウ のみならず、被告人と2人で車中に残っていたAが、近づいてくる車両を認めて「あ、パパだ。」と言い、これを聞いた被告人が「まずいから、移動しようか、顔を見られてしまったよね。」などと言って、車を発進させ、走行した後、C店駐車場に車を停めた(前提事実)のであるから、(あ)当時Aは目ざとい反応ができる状態にあったと考えられ、(い)また、いずれはA宅前以外のところで性交するのであったとしても、本件性交場所であるC店駐車場に行くことになったきっかけはAの言動にあり、被告人が初めから計画して本件性交場所に赴いたものではないと考えられ、(あ)の点は、当時のAの明確な感受力を示すものであり、(い)の点は、後記第5における被告人の準強姦の犯意を否定する事情になるものと考えられる。
   エ さらに、性交後、被告人の携帯電話の着信履歴をAの携帯電話機に残す際に、Aが、被告人においてでたらめの番号を押していることに気付き、被告人から携帯電話機を取り上げて、自分で番号を押して電話をかけ、着信履歴を残しているところ(前提事実)、被告人の行動を把握した上での的確かつ力強い行動であるといえ、この時点でも、身体の動きが不自由であったり、意識がもうろうとしていたとは認め難い。
 なお、この点につき、検察官は、強姦の被害にあった被害者が、何としても犯人の携帯電話番号を知りたいと考え、自己の携帯電話の合計11桁の番号を押すことは、日常的に携帯電話を使用している者であればほとんど無意識に行える範囲のことであって、Aの意識が清明であったことの根拠にはなり得ない旨主張する。しかしながら、Aは、上記のとおり、単に番号を押すにとどまらない判断・行動を行っているのであり、無意識に行える範囲内とはいい難い。
   オ Aは、自室に戻った後、自己の携帯電話機に残っていた無名の着信履歴が、被告人の番号であると判断して、2、3回被告人の携帯電話機に電話をかけるとともに、I、Jや、着信履歴のあったKにも電話をかけているところ(前提事実、J、Kの各供述)、IやJに架電するには、メモリーを呼び出すか、番号を打ち込む必要があり、Kへ架電するには、上記同様の操作を行うか、被告人からの着信履歴以外の着信履歴を調べる必要があり、それなりの判断や操作を行っていたと言える。
   カ 他方、本件錠剤1錠分を摂取したと考えられるDは、JR高崎駅前において、被告人車両に乗車したときには、既に眠気を訴えていたものではあるが(Aの平成12年7月15日付警察官調書)、ウーロン茶を飲んでからは、急激に眠気が強まり、その後はときに目覚めるもののもっぱら寝ている状態となり、殆ど断片的な記憶しか有していないものであり(Dの平成12年7月20日付警察官調書、第3回公判期日における供述)、Aの状態は明らかにこれとは異なる。
  (3) Aと被告人の各供述の信用性
 Aの前記「自宅に到着するまでの車中で、すごくぼうっとし、くらくら、くらくらしていた。携帯電話の字がぼやけてはっきり見えなかった。性交前後に、被告人を右手で払いのけようとしたが、手に力が入らず、力が抜けてしまい、払いのけることができなかった。」旨の供述は、(2)で指摘したとおりの同人の動作、行動、意識状態等と明らかに反するものであり、信用し難い。(なお、その他の観点からみても、A供述の信用性が概して低いことについては、後記第5のとおりである。)
 これに対して、被告人の前記供述は、(2)で指摘した各事実と矛盾するところはなく、Aの供述に比べて、信用性が高いといえる。
  (4) 以上を総合して判断するに、Aが、性交前後の接着した時期において、場所や状況を的確に把握して、行動していること((2)アウエ)、自発的な行動も行い((2)イエオ)、特に、Dを降車させる際や携帯電話機を被告人から取り上げた際に、的確で力強い動作を行っていること((2)イエ)、複数回にわたり、携帯電話機を用いてそれなりの操作を行っていること((2)エオ)、眠気の度合いがAとDとで明らかに異なっていること((2)カ)に照らし、自宅に帰った後、薬物の影響がある程度現れていたことを考慮しても、Aが、性交時、薬物の影響により、抗拒不能、すなわち、抵抗することが不可能又は極めて困難な状態にあった事実は認め難い。
 6 以上によれば、Aが、性交時、薬物の影響により抗拒不能の状態にあった事実を認めることはできない。
第5 被告人が、薬物を混入したウーロン茶をAに飲用させた際に、準強姦の犯意を有していたか
 1 第4で判示したとおり、Aが、性交時に抗拒不能の状態にあったことを認定することはできないので、準強姦既遂罪の成立は否定されるが、被告人が、Aに上記ウーロン茶を飲用させた際に、準強姦の犯意を有していたとすると、準強姦罪の未遂罪が成立する余地がある。
 そこで、まず、これまで認定した事実以外の事実経緯を認定した上で、上記の点について判断する。
 2 本件当日以降の事実経緯
本件当日以降の経緯について、Aの第10回公判期日における供述、被告人の第11回、第12回公判期日における供述等関係各証拠及び一件記録によれば、以下の事実が容易に認められる。
  (1) Aは、第2回公判期日(平成13年6月1日)に、証人として、本件当日の事実経緯等について証言した。
  (2) Aは、同年夏ないし秋ころ、友人から、被告人がAについて調べているなどと聞いたことなどをきっかけとして、事件を早く終わりにしてしまいたいなどと思うようになった。
 平成13年12月初旬ころ、Jが被告人を呼び出し、A、J及び被告人は、JR高崎駅前のビルの前で立ち話をした。その際、Aは、被告人に対し、裁判を終わりにしたい、自分のことを調べるのを止めてもらいたいなどと言ったが、被告人から、弁護人と話をするように言われ、弁護人と連絡を取り、同月5日に弁護人の事務所に赴いた。ここで、Aが、弁護人に対し、事件を終わりにしたい、被告人に協力したいなどと述べたところ、弁護人から、協力するということは、検察官から再度事情を聞かれたり、法廷で再度証言をするようなことになるのであり、ちゃんと考えてくるように言われ、帰された。この際、Aは、弁護人から、今度事務所に来る際に、被告人が同席していても平気かどうか尋ねられ、「別にいいです。」などと答えた。
  (3) Aは、同月21日に、弁護人の事務所に赴き、弁護人及び被告人と話をし、その場で弁護人がAの供述を録取した陳述書に署名、指印し、また、同様に作成された確認書について、弁護人から内容をかみ砕いて説明された上、署名、指印し、弁護人から和解金として5万円を受領し、領収書に署名、指印した。上記確認書には、本件告訴については、Aが間違っていたものであり、陳謝する、Aは、虚偽告訴について、被告人から訴えられたり、お金を取られることはないとの内容が含まれており、Aはこのような内容を理解していた。
  (4) Aは、平成14年3月1日に実施された証人尋問において、上記和解金は、仲良くするという意味の金員であると思っていた、なぜ5万円という金額になったかは覚えていない、今は、上記確認書を作らなかった方が(裁判が)早く終わったかもしれないし、裁判所に出廷したり、検察官と話をしないで済んだかもしれないから、上記確認書に署名し、5万円を受け取ったことを後悔している旨証言するに至り、同日、上記5万円を被告人に返還した。
 3 本件当日の経緯
 本件当日の経緯については、以下のとおり、被告人とAの各供述は大きく相反する。
  (1) 被告人の供述
   ア B店駐車場を出発した後、車内での経緯
 Aがパトロンになる、月々お金を渡して愛人関係になるという話をしており、月に10万円、15万円、週に1回、月に3回といったような話が出た。Aが月2回といい、被告人が最低週1回でないと高いなどと言っていた。被告人がアパートを借りてやるとの話も出た。Aは、これまでは援助交際をしたことはないと言っており、新しい携帯電話が欲しいなどとも言っていた。(第5回公判期日における供述)
   イ A宅前での経緯
 AはDに帰っていなよと言い、Dが下車した後、エッチ(性交)の相性の話になり、Aと性交することになった。被告人は、腎臓病のため、平成11年冬ころから本件当日まで、性的に不能であり、性交したことも、陰茎が勃起したこともなく、陰茎が勃起するかどうか不安があったので、しゃぶってくれるようにAに頼んだ。被告人が、運転席のシートを倒し、ズボンとパンツを下ろすと、Aが、助手席の上に四つんばいになり、被告人の陰茎をしゃぶってくれた。被告人もAの胸と陰部を触った。被告人の陰茎が「半立ち」の状態(通常よりは大きいが、やわらかく立ったままになっていないような状態)になった。
 近くまで車が来たため、被告人が、「ここじゃまずいよね。」と言うと、Aが「場所を変えよう。」と言い、車を発車させて適当な場所を探した。(平成12年9月6日付警察官調書、第5回、第6回公判期日における供述)
   ウ 性交前後の経緯
 被告人は、C店の駐車場に車を止め、ライトを消し、Aに陰茎をしゃぶってくれるように頼み、ズボンとパンツを途中まで降ろすと、Aは、自分でシートを倒して、四つんばいになって被告人の陰茎を口淫し、その間、被告人も、Aの下着の上から陰部を触った。被告人が、「いいかな。」などといったところ、Aが助手席の方で仰向けになり、パンツを脱いだので、被告人が助手席に四つんばいになって、陰部をなめた。Aが「コンドームあるの。」と聞き、被告人が「ない。」と答えたところ、Aが「子供ができちゃうから駄目だ。」などと言った。被告人は、自分はパイプカットしていると嘘を言ったが、Aが意味が分からないようだったので、精子が出ないようになっていると説明した。Aは、以前に妊娠したことがあるから心配であるなどと被告人に説明した。このようにやり取りをしているうちに、被告人が不能になってしまったので、被告人が一旦運転席に戻り、Aが再び被告人の陰茎を口淫した。(平成12年9月6日付警察官調書、第6回公判期日における供述)
 その後、Aが助手席で仰向けの状態になり、被告人がAの体の上に覆い被さり、陰茎を挿入したが、すんなり挿入することができた。被告人は、10回程度腰を動かして、性交できたことに満足したことなどから止めたが、射精した覚えはなかった。性交後、Aが「中出ししていないよね。」と尋ねてきたので、被告人は、「時間的にもこんなに短くて、出すわけないじゃん。」などと答えた。(平成12年9月6日付警察官調書、第6回公判期日における供述)
 Aは、自分で、下着やブラウスを身に付けた。(第6回公判期日における供述)
 その後、A宅前でAが被告人に対し、「しちゃったからお金をもらいたい。」と性交の代償を求めてきた。被告人は、金を支払うつもりはなかったが、今日持ってくると返事をしたところ、Aが「コンビニエンスストアに持ってきて。学校が終わってから、午後4時なら間に合う。」などと待ちあわせの時間・場所を指定してきたので、被告人は了承したが、行くつもりはなかった。(平成12年9月6日付警察官調書)
   エ 援助交際の金額の約束について
 この点について、被告人の供述は、以下のとおり変遷している。
   (ア) 平成12年9月6日付警察官調書
 A宅前で、Aとのセックスの話が進み、最終的には、お金でセックスすることになった。被告人が5万とか10万円を払うということでセックスをする話がまとまった。性交後、A宅前でAがセックスしたことの代償を求めてきたので、今は持っていないけど、今日持ってくるからと嘘の返事をした。Aは多分5万円と言っていたような気がする。
   (イ) 平成13年1月30日付、同年2月6日付各検察官調書
 A宅前で、Aと2人で車の中で話をし、その際、Aと援助交際をして、被告人が5万円くらいのお金を渡すことで話が付いた。
   (ウ) 第1回公判期日における被告事件に対する陳述
 Aに対し、セックスをしてくれた代金として、5万円を払うと約束した。5万円の報酬の約束でセックスした。
   (エ) 第6回公判期日における供述
 事前に性交の対価の話はなく、性交した後、A宅前に戻った車内で、Aから「今日幾らくれるの。」と言われて、Aにいくらが良いのか尋ねたら、4、5万円と言われた。被告人は、早く帰りたかったので、「払うよ。ついでに携帯も買ってやるよ。」などと答えた。
   (オ) 第7回公判期日における供述
 A宅前で、Dが降車した後、援助交際をする話が決まった。被告人の陰茎が勃起するか分からなかったので、勃起したら5万円を支払う旨の話をした。
   (カ) 第8回公判期日における供述
 (弁護人からの質問に対し)
 A宅前で、4、5万円で試しに口淫をしてもらうという話はしていない。その前に、一般論として、Aが話していた援助交際の金額が4、5万円だったが、そのような話の後、時間を空けずに勃起するか試してみる話になったので、性交前に4、5万円支払う約束をしたと思い込んでいた。当日の性交の対価の話になったのは、性交後、A宅前に戻ってきた時である。
 (裁判官からの質問に対し)
 
 
 口淫の前に、5万円で何かしてもらえないかといった話をした。(さらなる尋問の後)性交前に、当日の性交の金額について、合意や申出はなかった。
  (2) Aの供述
   ア B店駐車場を出発した後、車内での経緯
 援助交際を求められるような話はされていない。被告人が「彼女になる。月に15万円くらい小遣いあげる。彼氏作っちゃだめだよ。」というような話をし、自分はよく考えられないような状態で「なるなる。」と答えてしまった。(平成12年9月15日付警察官調書、平成13年1月21日付検察官調書)
 l付近でUターンした後、ぼうっとしていた。寝ていたのかどうかは分からないが、記憶が飛び飛びである。自分がどのようなことをしていたかは分からない。(被告人の彼女になる、小遣いを上げる等の会話があったかとの質問に対し)はっきり話をしたとは言えなくて、ただ話をしたような気がするみたいな感じである。彼女になると言ったと思う。自宅への経路を説明した覚えはないが、説明したのだと思う。(第2回公判期日における供述)
   イ A宅前での経緯
 Dが降車した際の状況は、覚えていない。自分が何を考えていたのかはっきり分からない。(第2回公判期日における供述)
   ウ 性交前後の経緯
 C店駐車場で、被告人が、Aに対し、「彼女にならないか。携帯を買ってあげる。」などと言った後、Aのベストのボタンを外し、ブラウスのボタンを外して胸をなめたり手で揉んだりした。右側にいた被告人を、右手で、1、2回払いのけようとしたが、力が入らず、力が抜ける感じで、手が落ちてしまった。振った手が被告人に当たったかは覚えていない。被告人に、何回か「やめて」と言った。被告人からいろいろ触られたと思う。陰部をなめられたような気がする。
 助手席に倒された状態のAのところへ、被告人が来て、「精子の出るところを切ったから、何も出ないんだ。大丈夫だよ。」などと言いながら、その陰茎をAの陰部に入れてきた。はっきりと、強姦されるのだ、というのではなく、ああされるのかな、みたいな感じだった。被告人が腰を動かしていた回数や、時間等は覚えていない。
 助手席の背もたれがどうやって倒されたかは覚えていない。
 ブラウスやパンティーを脱いだ記憶も、身に付けた記憶もない。自分でブラウスのボタンをはめた記憶はない。
 性交の前か後かは覚えていないが、午後4時に被告人がA宅近くのコンビニエンスストアに来るという約束をしたことは覚えている。何のために会うのかは覚えていない。携帯を買ってあげるから来ると言っていたのかもしれない。(第2回公判期日における供述)
   エ 自宅に戻った後の経緯
 トイレに行き、被告人に膣内で精子を出されたことが分かり、性交した実感が沸き、性交されたことと中出しされたことにむかついてきた(平成13年7月20日付警察官調書、第2回公判期日における供述)。
  (3) 上記各供述の信用性
   ア Aの供述
 以下のような諸点から、Aの供述の信用性は低いといわざるを得ない。
   (ア) 事実に反する供述
 Aの意識状態や体調についての供述が、実際の事実経過と相反し、信用性が低いことは、第4で指摘したとおりである。
   (イ) 特定の事柄についてのみ、供述が曖昧になること
 前記のとおり、ハルシオンの副作用には、一過性前向性健忘があり、薬理作用のために部分的に記憶を欠くことがありうるものである。
 しかしながら、Aは、性交に至るまで同人が立ち寄った場所や道順、自宅に帰った後の経緯等については、相当程度正確に供述あるいは再現しており、記憶がない、あるいは曖昧であると供述する部分は、自宅前でDを降車させて車中に残った経緯、愛人契約や援助交際についてのやりとり、性交時の経緯(被告人がAに対しどのような行為をしたか、着衣の脱着の様子等)であって、ことさらにこのような部分についてのみ、記憶がないというのは不自然である。
 この点、Aよりも会話が聞き取りにくい後部座席におり、前記のとおり、睡眠薬の効果が強く現れていたDですら、車内で、「愛人がどうのこうの、愛人になると40万円くれるからなどの話をみんなでしていた。」、「(40万円で愛人になるとの話に)AやDが、『そんなうまい話ないよ』などと言っていた。」、「被告人の話し方がやけにリアルで、細かかった。マンションで一人暮らしをさせてあげて、おじさんにはそんなに会わなくていい、月に1、2回でいいよなどと言われて、AとDはそこまで真剣に話されてもというので、受けていた。」などと具体的な会話内容を再現しながら供述しており(第3回公判期日における供述)、助手席におり、薬物の影響も少なかったAが覚えていないというのは、にわかに信用し難い。
 加えて、Aは、本件当日以降の経緯についても、友人とのやり取り等については、比較的詳細に供述する一方で、弁護人の事務所を2度訪れた際のやりとり、特に、弁護人から受けた説明の内容や、和解金の額が5万円になった理由等については、記憶がない旨の供述や曖昧な供述に終始する(第10回公判期日における供述)。また、Aは、自分は、国語が苦手である、物事を忘れてしまう方である、確認書の文言が難しかったなどと供述するが(第10回公判期日における供述)、その他の事柄については比較的よく記憶をし、供述しているものであり、薬物の影響下にもなかった、尋問の約3か月前のやりとりについて、上記のような記憶しかないというのはにわかに信じ難く、記憶に従って、誠実に証言しようとする姿勢は見受けられないと評価せざるを得ない。
   (ウ) 供述の不自然さ
 Aは、当公判廷において、(Aの自宅前から発車するまでの間に、援助交際をして5万円をもらうとの話がまとまっていたのではないかとの質問に対し)「まとまらない。そこまで、そんなちゃんとした話はしていないと思う。」、(援助交際をしてお金をもらう話が決まっていたから、自宅前から車で移動したのではないか、との質問に対し)「それは、ないと思う。幾らばかでも、そこまではしないと思うから。そういうのは絶対したくないから、だからそういう話はまとまっていないはず。そんなに細かく話は出ていない。」などと供述する(第2回公判期日における供述)。
 この点、記憶があやふやなために自信を持って答えられないという可能性も考えられるが、(イ)のとおり、同人の記憶が曖昧であるとの供述自体、信用性が低いものであり、今まで1回も援助交際をしたことがなく、嫌だと言っているにもかかわらず被告人に強姦されたと供述する一方で、上記のような歯切れの悪い供述をしていることは、不自然である。
   (エ) 意思に反する性交であったことに疑問を抱かせる経緯
 Aの供述の骨子は、「やめて」と何回も言い、自分は承諾していないのに、被告人に姦淫されたというものである。
 しかしながら、(あ)Aが、自宅前まで送ってもらい、Dとともに自宅に帰ることが可能だったにもかかわらず、鞄、携帯電話機及び鍵を渡して、Dだけを自宅に帰した後、自らの意思で被告人運転車両に乗り込み、被告人と2人きりの車内に戻っていること、(い)被告人とAが性交時に避妊を話題とし、被告人が精子が出ないようになっているなどと説明して性交についての承諾を暗に求めているのに対し、Aも以前妊娠して困ったことをわざわざ被告人に教えていること(この点、Aは、以前妊娠して困ったことがあると被告人に話した覚えはない旨供述するが、妊娠して後始末で苦労したことがあったとも供述しているところ(第2回公判期日における供述)、被告人は、Aから聞かされなければ、このような事情を知り得ないものである。)、(う)被告人が性交後Aを自宅前まで送り届けていること、(え)被告人とAは、性交後A宅近くのコンビニエンスストアで再会する約束をしたことなどの事情は、被告人の言うような援助交際であったとすれば、納得のいくものであるが、意思に反した姦淫を前提とすると、合理的に理解することは困難である。
   (オ) 本件当日以降の行動の不自然さ
 Aは、本件当日以降、路上で被告人と会ったり、弁護人事務所で被告人と同席することにも躊躇を見せず、また、それなりに内容を理解して、Aの虚偽告訴等をも内容とする確認書に署名し、被告人から和解金5万円を受領しているところ、Aが友人のことを調べられるのが嫌で、事件を早く終わらせたかったという点を考慮しても、なお、強姦被害者のとる言動としては理解に苦しむ行動である。
   イ 被告人の供述
 どのような経緯で援助交際の金額を決めたかについて、供述が変遷している点は、被告人の供述の信用性を減殺するものである。
 しかしながら、それ以外の点については、被告人の供述は概ね一貫し、内容も詳細かつ具体的であり、前提事実やDの供述とも矛盾するところはないものであり、Aの供述に比べて、信用性が高いといえる。
  (5) 以上によれば、Aの供述の信用性は低いのに対し、被告人の供述の信用性は高いといえ、事実 経過については、ほぼ被告人の供述のとおりと認められる。
 4 準強姦の犯意の有無
 以上を前提として、準強姦の犯意の有無を判断する。
  (1) 被告人の供述について
   ア 被告人は、薬物を混入したウーロン茶をAに渡した理由、動機については、捜査、公判を通じ、姦淫目的を一貫して否定し、「Aらが制服をミニスカートにしたり、化粧をしている格好の割りに、自分や友達の親から信用されているといったり、被告人に対して丁寧な言葉や敬語を使ったりしており、格好と言っていることとのギャップが大きく、不良なら不良っぽくすればいいのにと思い、かなり小生意気な感じを受け、睡眠薬ハルシオンを所持していることを思い出し、Aらに飲ませることを思いついた。ハルシオンを飲ませ、眠らせることで懲らしめてやろうという気持ちといつも自分が飲んでいるハルシオンがどのくらいきくのか確かめたい気持ちから飲ませることにした。いたずら心で衝動的にやってしまった。」(平成12年9月6日付警察官調書、平成13年2月6日付検察官調書)、「話をしているうちに生意気なことを言っているように感じ、こらしめてやろうといういたずら心がわきハルシオンがどれ位きくのか試してみたいという気持ちになった。」(平成12年8月1日付警察官調書)、「AとDが、髪を染め、スカートの丈を短くして太股をあらわに出していたので、何という生意気な女の子だと思うようになった。そこで、小生意気な2人を懲らしめようと言う気持ちになり、持っていたハルシオンをウーロン茶に入れて内緒で飲ませてやろうと思うようになった。睡眠薬の効果がどのようにして効くのか試してみたいという気持ちもあった。」(平成13年1月30日付検察官調書)、「ハルシオン入りのウーロン茶を飲ませた時点では、性交関係を持とうという気持ちまではなかった。最初からセックスする目的で薬物入りのウーロン茶を飲ませていない。」(第1回公判期日における被告事件に対する陳述)、「Aが敬語を使い、DがAはDの母に信用があるなどと言うのを聞いて、言っていることとやっていることがずいぶん違うのではないかと思い、小生意気であるなどと思い、いたずら心で睡眠薬を入れてしまった。睡眠薬の効果がどのようにして効くのか試してみたかった。どういった表情になるか見たかった。」(第5回、第7回、第8回公判期日における供述)旨供述する。
   イ 被告人の上記供述は、Aらが生意気だと思うようになった理由も判然とせず、また、睡眠薬の効果がどのようにして効くのか試してみたかった、どういった表情になるか見たかった、と言う一方で、Aらが車内で眠ってしまった際にどうするつもりであったかについては、そこまで考えていなかった(平成12年9月6日付警察官調書)、あるいは、無理に起こしてでも自宅に送るつもりだった(平成13年2月6日付検察官調書)などと供述するが、被告人は本件錠剤の効能を熟知しており、その効果をいまさら確認するというのは不合理である上、Aらが眠ることなく睡眠薬の効果を見ることなどそれ自体矛盾であり、不自然である。本件錠剤を飲ませることがなぜAらの懲らしめとなるのかも理解しがたい。
  (2) そもそも、いわば密室状態にある自動車内で、女性に、密かに睡眠導入剤を摂取させること自体、社会通念上、何らかの性的犯罪を行う目的があったと推認させる有力な事実といえるものである。
 加えて、被告人が、偽名を用い、身元等について出任せを言っていること、B店内に同行したいとのDの申し出を断って1人で店内に入っていること、ポケットに睡眠薬を持っていたこと、当初、Aにでたらめの電話番号を教えようとしたことなど、被告人の行動には不審な点が多いといわざる得ない。また、被告人は、腎臓病により性的不能となり、性欲もなくなっていた旨供述するが、女性に対する性的興味が全く失われているわけではなく、平成12年5月か6月ころには、結局性交には至らなかったものの、居酒屋で知り合った女性と性交渉を試みており(平成12年9月6日付警察官調書、第5回公判期日における供述)、本件当日には、車内で愛人契約の話をしきりにAに持ち掛けたり、当日にAと性交渉を持つに至っていることからすれば、被告人が、Aに異性としての興味を抱いていたことは明らかである。
  (3) しかしながら、他方、本件では、(あ)抗拒不能状態に陥れた上で姦淫する目的であるなら、愛人契約や援助交際の約束等を取り付ける必要もなく、また、性的な話題を避けてもしかるべきなのに、被告人は、B店駐車場を出発した直後から、Aらに積極的に愛人契約や援助交際の話題を持ち掛けていること、(い)別の場所まで走行することができたにもかかわらず、わざわざ方向転換をして、Aの自宅前に行き、性交後も、Aを自宅まで送り届けていること、(う)Aとの性交も、合意の上で行われたことが認められる。
 そして、腎臓病のため平成11年冬ころから本件当時まで性的に不能であったとの被告人の供述は、Aが被告人の求めに応え、積極的にこれに応じる行為をしたことからAとの性交が可能になるに至った経緯なども含め、具体的で、迫真性に富み、それなりの信用性が認められる。また、被告人は、本件以前の平成12年5月か6月ころ、性交の合意があった相手と性交を試みるも、果たせなかったものである。とすると、本件当時、被告人が、相手の合意も協力もないような状況下において、性交が可能な状態となる可能性は低かったと解され、被告人も自分のそのような状態を認識していたであろうから、上記のような状況下において、あえて、姦淫するつもりがあったかについては、疑問が残る。
 加えて、本件では、2名の女性に対して、薬物を混入したウーロン茶を飲用させており、両者の飲むウーロン茶の量も、発生する薬理作用の程度も異なるであろうから、女性1名に対する場合と比べると、抗拒不能状態に陥れた上で姦淫することは難しい場面にあったといえ、女性1名に対する犯行とは別の考慮が必要である。
 さらに、前記第4の5(2)ウで述べたように、C店駐車場に赴いた経緯も被告人の準強姦の犯意を否定する事情になるものと考えられる。
  (4) 以上を総合すると、被告人の供述((1)ア)は全体としては直ちに信じ難く、かつ、被告人の取った行動には不審な点が多々見受けられるが、(3)で指摘した点も軽視することはできず、結局、被告人が、Aに薬物の混入したウーロン茶を飲用させた際に、抗拒不能に陥らせて姦淫する目的があったと認定するには、なお、合理的な疑いを差し挟む余地があるといわざるを得ない。
  (5) なお、被告人には、姦淫目的が認められないとしても、わいせつ行為を行う意図があったとすれば、本件公訴事実と同一性のある範囲内で縮小認定しうる準強制わいせつ未遂罪が成立する余地があるが、この点についても、(3)で挙げた諸点からして、やはり、認定することはできない。
第6 まとめ
 以上によれば、本件公訴事実については、犯罪の証明がないことになるから、刑事訴訟法336条により被告人に対し無罪の言渡しをする。
 (裁判長裁判官 大島哲雄 裁判官 渡邊英敬 裁判官 園部直子)