原判決は懲役3年執行猶予5年保護観察で、検察官控訴の結果、A懲役6年6月,B懲役6年になった。
最近の量刑理由でも量刑DBとか量刑傾向とかが多用されています。
奥村の事件でも、同種事案の量刑傾向を示すと、その範囲内に収まっています。
(東京高裁平成28年6月30日判決)
【事案の概要】
本件は,被告人A及び被告人Bの両名が,共謀の上,深夜の路上において
第1 通行中の44歳の男性に対し,背後から体当たりをして転倒させ,左こめかみを拳で殴るなどして金品を強取しようとしたが,抵抗されてその目的を遂げず, その際, 同人に約2週間の加療を要する顔面打撲傷,両膝挫傷等の傷害を負わせ
第2第1の事案と同日,通行中の60歳の男性に対し,後方から肩付近をつかんで後方に引き倒し,預金通帳等在中のシヨルダーバッグ1個(時価合計約2550円相当)を強取し
第3第2の事案の1週間後,通行中の45歳の男性に対し,後方から肩をつかんで後方に引き倒し,仰向けに倒れている同人の顔面を拳で殴り,脇腹付近を足で蹴るなどして,現金約31万円及び財布等在中のビジネスバッグ1個(時価合計約4万4500円相当)を強取しその際同人に全治約5週間を要する左環指中節骨骨折及び右鼻部打撲の傷害を負わせたという強盗致傷2件及び強盗1件の事案である。
【原審における審理経過及び原判決の要旨】
1 原審における審理経過
被告人両名は,裁判員裁判で審理された原審において,前記第1な
いし第3の事実をいずれも認めたため,争点は量刑となった。そし
て,検察官は,被告人Aについては懲役9年を,被告人Bについて
は懲役8年をそれぞれ求刑し,被告人Aと被告人Bの各弁護人は,
いずれも執行猶予付きの判決を求めた。
【本判決の要旨】
原判決に対し,検察官が量刑不当を理由に控訴したところ,本判決は,原判決を破棄して,被告人Aを懲役6年6月に,被告人Bを懲役6年にそれぞれ処した上,その理由について,以下のように判示した。
・・・
そこで,本件のような,共犯による連続的な強盗致傷の類型の量刑のおおまかな傾向をみると,その具体的な量刑分布は,量刑検索システムの検索条件をどのように設定するかなどによって多少異なるにせよ,その中心的量刑は懲役4年6月以上8年以下の範囲に収まっており, これがほぼ本件の量刑の大枠に相当するとみることができる。
【参考事項】
裁判員裁判の判決が量刑不当として破棄された判例としては,両親による幼児に対する傷害致死の事案について,被告人両名につき,懲役10年の求刑を超えて懲役15年に処した第1審判決及びこれを是認した第2審判決を量刑不当として破棄した最高裁平成26年7月24日判決・刑集68巻6号925頁があり, 同最高裁判決は,本判決でも引用されている
本判決の判断は, 同最高裁判決の判断に沿ったものであるが,裁判員裁判の判決に対し,検察官が量刑不当のみを理由として控訴した事案は珍しく,実務の参考になると思われる。
また, 同最高裁判決については, 「あくまで量刑傾向を重い方向で踏み出す場合についての判断であり,量刑傾向を軽い方向で踏み出す場合についての判断ではない。」とする見解もあったが(間光洋「最高裁で量刑不当による破棄自判がされた事例」季刊刑事弁護80号73頁),本判決は,同最高裁判決の判断が,量刑傾向を軽い方向で踏み出す場合についても妥当することを明らかにした点でも実務の参考になると思われる。
(法務総合研究所教官水庫一浩)
裁判年月日 平成26年 7月24日 裁判所名 最高裁第一小法廷 裁判区分 判決
事件名 傷害致死被告事件
裁判結果 破棄自判 文献番号 2014WLJPCA07249002
理由
被告人Aの弁護人高山巌,被告人Bの弁護人木原万樹子,同間光洋の各上告趣意は,いずれも憲法違反,判例違反をいう点を含め,実質は単なる法令違反,事実誤認,量刑不当の主張であり,被告人A本人の上告趣意は,事実誤認の主張であって,いずれも刑訴法405条の上告理由に当たらない。
しかしながら,所論に鑑み,職権をもって調査すると,原判決及び第1審判決は,刑訴法411条2号により破棄を免れない。その理由は,以下のとおりである。
第1 事案の概要等
第2 当裁判所の判断
1 第1審判決の犯情及び一般情状に関する評価について,これらが誤っているとまではいえないとした原判断は正当である。しかしながら,これを前提としても,被告人両名を各懲役15年とした第1審判決の量刑及びこれを維持した原判断は,是認できない。その理由は,以下のとおりである。
2 我が国の刑法は,一つの構成要件の中に種々の犯罪類型が含まれることを前提に幅広い法定刑を定めている。その上で,裁判においては,行為責任の原則を基礎としつつ,当該犯罪行為にふさわしいと考えられる刑が言い渡されることとなるが,裁判例が集積されることによって,犯罪類型ごとに一定の量刑傾向が示されることとなる。そうした先例の集積それ自体は直ちに法規範性を帯びるものではないが,量刑を決定するに当たって,その目安とされるという意義をもっている。量刑が裁判の判断として是認されるためには,量刑要素が客観的に適切に評価され,結果が公平性を損なわないものであることが求められるが,これまでの量刑傾向を視野に入れて判断がされることは,当該量刑判断のプロセスが適切なものであったことを担保する重要な要素になると考えられるからである。
この点は,裁判員裁判においても等しく妥当するところである。裁判員制度は,刑事裁判に国民の視点を入れるために導入された。したがって,量刑に関しても,裁判員裁判導入前の先例の集積結果に相応の変容を与えることがあり得ることは当然に想定されていたということができる。その意味では,裁判員裁判において,それが導入される前の量刑傾向を厳密に調査・分析することは求められていないし,ましてや,これに従うことまで求められているわけではない。しかし,裁判員裁判といえども,他の裁判の結果との公平性が保持された適正なものでなければならないことはいうまでもなく,評議に当たっては,これまでのおおまかな量刑の傾向を裁判体の共通認識とした上で,これを出発点として当該事案にふさわしい評議を深めていくことが求められているというべきである。
3 こうした観点に立って,本件第1審判決をみると,「同種事犯のほか死亡結果について故意が認められる事案等の量刑傾向を参照しつつ,この種事犯におけるあるべき量刑等について議論するなどして評議を尽くした」と判示されており,この表現だけを捉えると,おおまかな量刑の傾向を出発点とした上で評議を進めるという上記要請に沿って量刑が決定されたようにも理解されないわけではない。
しかし,第1審判決は,引き続いて,検察官の求刑については,本件犯行の背後事情である本件幼児虐待の悪質性と被告人両名の態度の問題性を十分に評価していないとし,量刑検索システムで表示される量刑の傾向については,同システムの登録数が十分でなくその判断の妥当性も検証できないとした上で,本件のような行為責任が重大と考えられる児童虐待事犯に対しては,今まで以上に厳しい罰を科すことが法改正や社会情勢に適合するなどと説示して,検察官の求刑を大幅に超過し,法定刑の上限に近い宣告刑を導いている。これによれば,第1審判決は,これまでの傾向に必ずしも同調せず,そこから踏み出した重い量刑が相当であると考えていることは明らかである。もとより,前記のとおり,これまでの傾向を変容させる意図を持って量刑を行うことも,裁判員裁判の役割として直ちに否定されるものではない。しかし,そうした量刑判断が公平性の観点からも是認できるものであるためには,従来の量刑の傾向を前提とすべきではない事情の存在について,裁判体の判断が具体的,説得的に判示されるべきである。
4 これを本件についてみると,指摘された社会情勢等の事情を本件の量刑に強く反映させ,これまでの量刑の傾向から踏み出し,公益の代表者である検察官の懲役10年という求刑を大幅に超える懲役15年という量刑をすることについて,具体的,説得的な根拠が示されているとはいい難い。その結果,本件第1審は,甚だしく不当な量刑判断に至ったものというほかない。同時に,法定刑の中において選択の余地のある範囲内に収まっているというのみで合理的な理由なく第1審判決の量刑を是認した原判決は,甚だしく不当であって,これを破棄しなければ著しく正義に反すると認められる。
よって,刑訴法411条2号により原判決及び第1審判決を破棄し,同法413条ただし書により各被告事件について更に判決することとし,第1審判決の認定した罪となるべき事実に法令を適用すると,被告人両名の各行為は,いずれも刑法60条,205条に該当するので,各所定刑期の範囲内で,被告人Aについては,原判決が是認する第1審判決の量刑事情の評価に基づき検討を行って懲役10年に処し,さらに,被告人Bについては,実行行為に及んでいないことを踏まえ,犯罪行為にふさわしい刑を科すという観点から懲役8年に処することとする。そして,同法21条を適用して第1審における未決勾留日数中各400日をそれぞれその刑に算入し,第1審における訴訟費用は,刑訴法181条1項ただし書を適用して被告人両名に負担させないこととし,被告人Aに関する原審及び当審における訴訟費用は,同項ただし書を適用して同被告人に負担させないこととし,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。なお,裁判官白木勇の補足意見がある。
裁判官白木勇の補足意見は,次のとおりである。
1 量刑は裁判体の健全な裁量によって決せられるものであるが,裁判体の直感によって決めればよいのではなく,客観的な合理性を有するものでなければならない。このことは,裁判員裁判であろうとなかろうと変わるところはない。裁判員裁判を担当する裁判官としては,量刑に関する判例や文献等を参考にしながら,量刑評議の在り方について日頃から研究し,考えを深めておく必要があろう。評議に臨んでは,個別の事案に即して判断に必要な事項を裁判員にていねいに説明し,その理解を得て量刑評議を進めていく必要がある。
2 量刑の先例やその集積である量刑の傾向は,それ自体としては拘束力を持つものではないし,社会情勢や国民意識の変化などに伴って徐々に変わり得るものである。しかし,処罰の公平性は裁判員裁判を含む刑事裁判全般における基本的な要請であり,同種事犯の量刑の傾向を考慮に入れて量刑を判断することの重要性は,裁判員裁判においても何ら異なるものではない。そうでなければ,量刑評議は合理的な指針もないまま直感による意見の交換となってしまうであろう。
こうして,量刑判断の客観的な合理性を確保するため,裁判官としては,評議において,当該事案の法定刑をベースにした上,参考となるおおまかな量刑の傾向を紹介し,裁判体全員の共通の認識とした上で評議を進めるべきであり,併せて,裁判員に対し,同種事案においてどのような要素を考慮して量刑判断が行われてきたか,あるいは,そうした量刑の傾向がなぜ,どのような意味で出発点となるべきなのかといった事情を適切に説明する必要がある。このようにして,量刑の傾向の意義や内容を十分理解してもらって初めて裁判員と裁判官との実質的な意見交換を実現することが可能になると考えられる。そうした過程を経て,裁判体が量刑の傾向と異なった判断をし,そうした裁判例が蓄積されて量刑の傾向が変わっていくのであれば,それこそ国民の感覚を反映した量刑判断であり,裁判員裁判の健全な運用というべきであろう。私は,かつて,覚せい剤取締法違反等被告事件に関する判決(最一小判平成24年2月13日刑集66巻4号482頁いわゆるチョコレート缶事件判決)の補足意見において,「裁判員裁判においては,ある程度の幅を持った認定,量刑が許容されるべき(である)」と述べたが,それは以上のような適切な評議が行われたことを前提としているのである。
3 本件では,裁判官と裁判員との量刑評議が必ずしも在るべき姿に沿った形で進められていないのではないかという疑問があり,それが本件第1審の量刑判断につながったのではないかと考えられる。裁判官としては,重要な事柄は十分に説明し,裁判員の正しい理解を得た上で評議を進めるべきであり,そうすることが裁判員と裁判官との実質的な協働につながると思われる。評議を適切に運営することは裁判官の重要な職責であり,裁判員裁判を担当する裁判官は,その点を改めて考えてみる必要があることを指摘しておきたい。
検察官 藤本治彦 公判出席
(裁判長裁判官 白木勇 裁判官 櫻井龍子 裁判官 金築誠志 裁判官 横田尤孝 裁判官 山浦善樹)