WEP鍵は、無線通信の内容として送受信されるものではなく、無線通信の秘密にあたる余地はないから、WEP鍵の利用は犯罪を構成せず、結局前記公訴事実については罪とならないから、同部分につき、被告人を無罪とした事例(東京地裁h29.4.27)
東京地裁平成29年 4月27日
事件名 不正アクセス行為の禁止等に関する法律違反、電子計算機使用詐欺、私電磁的記録不正作出・同供用、不正指令電磁的記録供用、電波法違反被告事件
主文被告人を懲役8年に処する。
本件公訴事実中,平成27年7月1日付け追起訴状記載の公訴事実第1の電波法違反の点については,被告人は無罪。
理由
(罪となるべき事実)
(一部無罪の理由)
第1 無線通信の秘密の窃用の公訴事実等
平成27年7月1日付け追起訴状記載の公訴事実第1は,「被告人は,Q方に設置して運用する小電力データ通信システムの無線局である無線LANルータのアクセスポイントと同人方に設置の通信端末機器で送受信される無線局の取扱中に係る無線通信を傍受することで,同アクセスポイント接続に必要なパスワードであるWEP鍵をあらかじめ取得し,平成26年6月11日午前11時26分頃,松山市 ab 丁目 c 番 d 号被告人方において,同所に設置のパーソナルコンピュータを使用し,前記WEP鍵を利用して前記アクセスポイントに認証させて接続し,もって無線局の取扱中に係る無線通信の秘密を窃用したものである。」というものである。
被告人が,同日時頃,Q方無線LANアクセスポイントにかかるWEP鍵を利用して,同アクセスポイントに接続していたことは,証拠上認められるものの,当裁判所は,WEP鍵は電波法109条1項にいう「無線通信の秘密」にはあたらず,それを利用することが同項違反にはならないと判断したので,以下補足して説明する。
第2 WEP等
1 WEPは,無線通信を暗号化する国際的な標準形式である。その際に用いられる暗号化鍵がWEP鍵である。
暗号化の過程は概ね以下のとおりである。平文(暗号化したい情報)に,104ビットのWEP鍵と24ビットのIV(誰にでもわかるようになっている数字)を組み合わせた128ビットの鍵をWEPというシステムに入れることでできる乱数列を足し込んで暗号文を作成する。復号するためには,平文に足し込まれた乱数を引く必要があるが,その乱数を知るためには,WEP鍵が必要になる。
WEP方式の無線LAN通信において,WEP鍵自体は無線通信の内容そのものとして送受信されることはない。
2 前記(事実認定の補足説明)第2の3に認定のとおり,被告人は,1号パソコンからRに収録されているSを用いて,Q方無線LANのWEP鍵情報を取得している。Sの攻撃手法はARPリプライ攻撃と言われるものであり,WEP鍵を計算で求める前提として,通信している者が出しているパケットが少ない場合に,大量のパケットを発生させることで大量の乱数を収集するというものである。
第3 検討
1 電波法109条1項の「無線通信の秘密」とは,当該無線通信の存在及び内容が一般に知られていないもので,一般に知られないことについて合理的な理由ないし必要性のあるものをいうと解される。
2 前記のとおり,WEP鍵は,それ自体無線通信の内容として送受信されるものではなく,あくまで暗号文を解いて平文を知るための情報であり,その利用は平文を知るための手段・方法に過ぎない。
WEP鍵は,大量のパケットを発生させて乱数を得ることにより計算で求めることができるという点では,無線通信から割り出せる情報ではあるものの,WEP鍵が無線通信の内容を構成するものとは評価できない。このことは,WEP鍵を計算によって求めるためには,必ずしも無線LANルータと端末機器との間で送受信されるパケットを取得する必要はなく,ARPリプライ攻撃によってパケットを発生させることでも足りることからもいえる。すなわち,WEP鍵は,無線LANルータと端末機器との間で送受信される通信内容の如何にかかわらず,取得することができるのであり,無線通信の内容であるとはいえない。
3 そうすると,WEP鍵は,無線通信の内容として送受信されるものではなく,無線通信の秘密にあたる余地はない。
したがって,WEP鍵の利用は犯罪を構成せず,結局前記公訴事実については罪とならないから,刑訴法336条により,被告人には無罪の言渡しをする。
(求刑 懲役12年,主文同旨の没収)
東京地方裁判所刑事第16部
(裁判長裁判官 島田一 裁判官 島田環 裁判官 髙野将人)