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受刑者の選挙権、認めないのは違憲 大阪高裁判決
受刑中の選挙権を認めない公職選挙法11条の規定が憲法に違反するかどうかが争われた訴訟の控訴審判決が27日、大阪高裁であった。小島浩裁判長は「受刑者の選挙権を一律に制限するやむを得ない理由があるとは言えない」と指摘。「規定は違憲」とする判断を示した。
訴えたのは、受刑中のため2010年7月の参院選で投票できなかった元受刑者の男性=大阪市西成区。公職選挙法11条では、禁錮以上の刑を受け、執行が終わるまでの人には選挙権や被選挙権がないと定めている。男性は、この規定に基づいて違法に選挙権を否定され、精神的苦痛を受けたとして国に100万円の国家賠償を求めていた。
判決で小島裁判長は、受刑者には公正な選挙権の行使を期待できないとする国側の主張について、「受刑者であることのみから、ただちに法を守る意識が著しく欠けるとはいえない」として退けた。そのうえで、憲法改正の国民投票については受刑者にも投票権が認められているとし、「不在者投票で選挙権を行使させることが実務上、難しいとはいえない」と指摘。受刑者であることを理由に制限するのは違憲との判断を示した。
一方で国家賠償については、「(公職選挙法の)規定を廃止しなかったことが、国家賠償法上違法とはいえない」として、請求を退けた。
コンメンタールをみても、受刑者の選挙権がないことについては、特段の理由が記載されていません。大阪地裁の理由も取って付けたような感じです
逐条解説公職選挙法上巻(2010年、ぎょうせい)P89
本条は、選挙権及び被選挙権の消極的要件に関する規定である。
選挙権については法第九条で、被選挙権については法第十条で、それぞれの取得のための積極的要件について規定されているが、たとえこれらの要件を具備する場合であっても、本条に掲げる事項に該当する場合は、選挙権及び被選挙権を有し得ないこととなるのである。本条に掲げる欠格事項は、選挙権及び被選挙権に共通であり、かっ、法の適用を受けるすべての選挙に共通である
欠格事項の内容(1)成年被後見人とは、家庭裁判所から後見開始の審判を受けた者をいう
法制定(昭和二十五年)前は、禁治産者及び準禁治産者について選挙権及び被選挙権を有しないこととされていたが、法の制定とともに、禁治産者だけに限定された。元来、禁治産や準禁治産の制度は、私法上財産保護の観点から設けられている制度であって、これらの宣告を受けるかどうかということと、国又は地方公共団体の行政に参加するに適するかどうかということは、自ら別個の性質を有する問題である。
ただ、禁治産者については、その要件が心身の喪失の常況にあるものであるから、行政上の行為をほとんど期待できないため、選挙権及び被選挙権を有しないこととされていた
平成十一年の民法改正により従来の禁治産及び準禁治産の制度が補助、補佐及び後見の制度(法定後見制度)に改められたことから、禁治産者は成年被後見人と呼称が変わり、その定義は「心神喪失の常況に在る者」から「精神上の障害により事理を弁識する能力を欠く常況に在る者」に改められたが、その対象者は一致することから、従来の禁治産者と同様、成年被後見人についても選挙権及び被選挙権を有しないこととされた。
民法改正に伴う整備法においては、欠格条項の見直しが行われ、個別的な能力審査手続が整備されているものについては、欠格条項が削除されているが、十分な個別的能力審査手続を有しないものや資格等の性質上欠格条項による一律の審査を必要とするものについては、欠格条項として存置されているところであり、選挙権及び被選挙権についても、この基本的な考え方に則り、欠格条項が存置されたものである(2)禁錮以上の刑に処せられその執行を終わるまでの者
禁鋼以上の刑とは、死刑、懲役及び禁錮の刑である。刑に処せられその執行を終わるまでの者とは、刑の言い渡しを受け、その刑が確定したときから、刑の執行が終わるまでの期間内にある者をいう。仮釈放(刑法二人)中の者は、所定の刑期が終わっていないから、これに該当し、欠格者となる(3)禁錮以上の刑に処せられその執行を受けることがなくなるまでの者(刑の執行猶予中の者を除く。)
禁錮以上の刑に処せられた者で、その刑の執行中は選挙権及び被選挙権を有しないことについては、前記(1)で述べたとおりであるが、刑に処せられながら、その執行を受けず、又は刑期満了前にその執行を免除されることがある。本号は、執行の免除その他の理由により刑の執行を受けることがなくなるまでの者は、選挙権及び被選挙権がないものとしているが、これは裏を返せば、刑の執行を受けることがなくなった後は、たとえ言い渡された刑の執行が終わらなくとも欠格としないという意である。なお、本号の場合は、刑の執行猶予中の者は除かれる。
本号に該当するものは、次のような場合である。
・・・
選挙権剥奪違法確認等請求事件
大阪地方裁判所判決平成25年2月6日
主 文1 本件訴えのうち,公職選挙法の違憲確認を求める部分及び次回の衆議院議員の総選挙において投票することができる地位にあることの確認を求める部分を却下する。
2 原告のその余の請求を棄却する。
3 訴訟費用は原告の負担とする。事実及び理由
第1 請求
1 公職選挙法(昭和25年法律第100号)は,禁錮以上の刑に処せられてその執行を終わるまでの者に選挙権及び被選挙権の行使を認めていない点において違憲であることを確認する。
2 原告が次回の衆議院議員の総選挙において投票することができる地位にあることを確認する。
3 被告は,原告に対し,100万円及びこれに対する平成22年7月12日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
1 事案の骨子
本件は,原告が,公職選挙法11条1項2号が憲法に違反していることの確認及び原告が次回の衆議院議員の総選挙において選挙権を有していることの確認を求めるとともに,選挙権を違法に否定されたことにより精神的苦痛を受けたとして,国家賠償法1条1項に基づき,損害賠償を請求した事案である。
2 前提となる事実(当事者間に争いのない事実及び証拠等により容易に認められる事実。以下,書証番号は特に断らない限り枝番号を含む。)
(1) 原告は,大阪市A区の選挙人名簿に登録されている者である(甲1)。
(2) 原告は,公職選挙法11条1項2号に該当するとして,平成22年7月11日に実施された参議院議員通常選挙において,選挙権を有しないものとされた(甲1)。
(3) 上記当時,原告は,懲役刑の執行を受けていたところ,平成22年11月25日,仮釈放により刑務所を出所し,平成23年1月29日にその刑の執行を受け終わった(弁論の全趣旨)。
第3 争点
1 本案前の争点
(1) 法令の違憲確認の訴えの適法性(請求1項関係,争点?)
(2) 選挙権確認の利益の有無(請求2項関係,争点?)
2 本案の争点
(1) 公職選挙法11条1項2号の合憲性並びに同号の立法行為及び廃止立法不作為の国家賠償法上の違法性(争点?)
(2) 原告の損害額(請求3項関係,争点?)
第4 争点に関する当事者の主張
1 争点?(法令の違憲確認の訴えの適法性)について
(被告の主張)
原告は,その主張によれば,既に懲役刑の執行を受け終わっているというのであるから,公職選挙法11条1項2号に該当しないにもかかわらず,その違憲確認を求めているところ,これは具体的紛争を離れて抽象的,一般的に公職選挙法の違憲性に関する判断を求める訴えにほかならないから,法律上の争訟に該当せず,不適法である。
(原告の主張)
公職選挙法11条1項2号が,禁錮以上の刑に処せられその執行を終わるまでの者である原告に対し,選挙権及び被選挙権又はこれらの行使を認めない点で違憲であり,これは法律上の紛争である。そして,その違憲を確認することが紛争を直接かつ抜本的な解決のため適切かつ必要であるから,違憲確認請求が認められるべきである。
2 争点?(選挙権確認の利益の有無)について
(被告の主張)
原告は,次回の衆議院議員の総選挙において投票することができる地位にあることの確認を求めているところ,今後原告が公職選挙法11条1項各号の要件に該当することなく,選挙権を行使できるかは現段階で確定できないが,被告としても,原告が現在公職選挙法11条1項2号に該当しない以上,原告が投票し得る地位にあることを殊更否定するものではない。
そうすると,この点に関し原告の権利又は法的地位に現に不安,危険が存在するとはいえず,即時確定の現実的利益があるとはいえない。
よって,地位確認請求に係る訴えは,確認の利益がない。
(原告の主張)
公職選挙法11条1項2号について所要の改正がなされなければ,原告は,今後直近になされる衆議院議員総選挙において投票をすることができず,選挙権を侵害されることになる。そのような事態を防止するために,選挙権を有することの確認をあらかじめ求める必要がある。
3 争点?(公職選挙法11条1項2号の合憲性並びに同号の立法行為及び廃止立法不作為の国家賠償法上の違法性)について
(原告の主張)
(1) 憲法は,国民主権の原理に基づき,両議院の議員の選挙において投票をすることによって国の政治に参加することができる権利を国民に対して固有の権利として保障しており,その趣旨を確たるものとするため,国民に対して投票をする機会を平等に保障しているものと解するのが相当である。憲法の以上の趣旨に鑑みれば,自ら選挙の公正を害する行為をした者等の選挙権について一定の制限をすることは別として,国民の選挙権又はその行使を制限することは原則として許されず,国民の選挙権又はその行使を制限するためには,そのような制限をすることがやむを得ないと認められる事由がなければならないというべきである。そしてそのような制限をすることなしには選挙の公正を確保しつつ選挙権の行使を認めることが事実上不能ないし著しく困難であると認められる場合でない限り,上記のやむを得ない事由があるとはいえず,このような事由なしに国民の選挙権の行使を制限することは,憲法15条1項及び3項,43条1項並びに44条ただし書に違反するといわざるを得ない(最大判平成17年9月14日民集59巻7号2087頁。以下「平成17年最判」という。)。
禁錮以上の刑を執行されている者について,選挙権について「制限をすることなしには選挙の公正を確保しつつ選挙権の行使を認めることが事実上不能ないし著しく困難であると認められる場合」に該当するとは到底いえない。
したがって,禁錮以上の刑に処せられその執行を終わるまでの者について,選挙権の行使を制限する公職選挙法11条1項2号は,憲法15条1項及び3項,43条1項並びに44条ただし書に違反するものである。
(2) また,公職選挙法11条1項2号は,受刑者という社会的身分に基づき,選挙権という政治的関係において差別するものであるから,憲法14条1項にも違反する。
(3) 市民的及び政治的権利に関する国際規約(以下「自由権規約」という。)は,国内法的効力を有しているところ,25条において,いかなる差別もなく,かつ不合理な制限なしに,普通かつ平等の選挙権に基づき投票する権利及び選挙される権利を保障している。
そして,近年,受刑者に対して選挙権を否定する規定を違法,無効とする諸外国の判断が相次いでおり,また,自由権規約委員会は,判決によって自由を奪われた者の選挙権及び被選挙権を制約する規定が自由権規約25条に違反するとの見解を示している。
したがって,受刑者に対し,合理的理由なくしてその選挙権を否定する公職選挙法11条1項2号は,自由権規約25条にも違反している。
(4) 被告は,平成17年最判の判示する厳格な違憲審査基準は本件には適用されないと主張する。しかし,平成17年最判のいう「自ら選挙の公正を害する行為をした者」とは,選挙犯罪により禁錮以上の刑に処せられた者を指すと解されるところ,これらの者のうち,選挙権を否定する者の範囲及び制限期間をどのように定めるかについては,一定の立法裁量が認められる余地があることから,厳格な審査基準で判断することは相当ではないとしたものと思われるのであり,そのような事情のない受刑者一般に対する選挙権の制限については,平成17年最判の示した厳格な基準によって審査をすべきである。
(5) 被告の主張は,選挙権の本質に関する二元説に依拠し,選挙権の公務的性格を強調して選挙人資格の立法裁量を幅広く容認するものであり,判例,学説上も見られない国家主義的発想であり,憲法の趣旨に反するものといわざるを得ない。
被告は,禁錮以上の刑に処せられた者が一般社会とは厳に隔離されるべき者であるとか,重大な犯罪行為を行った者であるなどと主張するが,刑事施設は,受刑者の人権を尊重しつつ,これらの者の状況に応じた適切な処遇を行うことを目的とする施設であり,およそ全ての受刑者が重大な犯罪行為を行ったものと評価できるものでもなく,被告の主張は失当である。
また,被告は,禁錮以上の刑に処せられた者について,民主的意思形成に参加する能動的市民としての資格・適正が疑われるとか,著しく遵法精神に欠け,公正な選挙権の行使を期待できないなどと主張するけれども,禁錮以上の刑に処せられた者について一律に遵法精神に欠けると断定することはできないし,公正な選挙権の行使を期待できないなどということは到底出来ない。受刑者の処遇は,改善更生の意欲喚起及び社会生活に適応する能力の育成を図ることを旨として行うものであって,そのためには,社会の様々な状況に注意を向けさせ,選挙権を行使させることがむしろ必要であって,選挙権を否定する理由とはなり得ないというべきである。
(6) そして,立法の内容又は立法不作為が国民に憲法上保障されている権利を違法に侵害するものであることが明白な場合や,国民に憲法上保障されている権利行使の機会を確保するために所要の立法措置をとることが必要不可欠であり,それが明白であるにもかかわらず,国会が正当な理由なくこれを怠る場合などには,国会議員の立法行為又は立法不作為は,国家賠償法1条1項の適用上,違法の評価を受けるべきものである。被告は,最一小判昭和60年11月21日民集39巻7号1512頁(以下「昭和60年最判」という。)を引用するが,同判決は平成17年最判によって実質的に修正されたと見得るのであり,被告の主張は誤りである。
上記のとおり,公職選挙法11条1項2号が憲法上保障されている選挙権を違法に侵害するものであることは明白である。そして,法改正が必要不可欠であり,それが明白であるにもかかわらず,国会が公職選挙法制定以来今日まで,また前記平成17年最判からも5年以上の長期にわたって放置し,監獄法改正による受刑者の位置づけの変化,日本国憲法の改正手続に関する法律が投票権者から受刑者を排除する規定を置いていないこと,世界的に受刑者に選挙権を認める流れが生じてきたこと等にもかかわらず,法改正を怠ってきたのであるから,国会議員の立法不作為は,国家賠償法1条1項の適用上違法の評価を受けるものというべきである。
(被告の主張)
(1) 原告は,平成17年最判の射程が本件に及ぶと主張するけれども,同最判も「自ら選挙の公正を害する行為をした者等の選挙権について一定の制限をすること」は別としており,本件とは全く事案が異なるから,同最判の示した厳格な違憲審査基準は,公職選挙法11条1項各号による選挙権の制限には適用されないというべきである。
(2) 選挙権は,人権の一つとされるに至った参政権の行使という意味において権利であることに疑いはないが,公務員という国家の機関を選定する権利であり,純粋な個人権とは違った側面をもっているので,そこに公務としての性格が付加されていると解するのが相当である。このような選挙権の性格からすれば,その保障も絶対的なものではなく,憲法が定める基本原則を確保するために必要不可欠な場合には,これに制約を加え,あるいは一定の場合にこれを奪うことも憲法の許容するところというべきである。
そして,憲法は,両議院の議員及びその選挙人の資格も法律で定めると規定している(44条)ことに鑑みると,選挙人の資格の具体的な決定は国会の裁量に委ねられており,選挙人の資格をいかに制限するかは立法政策によるものである。
したがって,国会が具体的に定めたところがその裁量権の行使として合理性を是認し得るものである限り,それによって一定の者の選挙権を奪うこととなっても,憲法違反の問題は生じないというべきである。
(3) 禁錮以上の刑に処せられた者は,確定判決の効力によって拘禁されているものであり,一般社会とは厳に隔離されるべき者として拘禁されているのであるから,その拘禁目的及び性質に照らし合理的な限度で基本的人権に対する制限を加えることが許されると解される。
そして,選挙権の制限に合理性が認められるのは,選挙の公正さが阻害される相当の蓋然性が認められる場合であると解されるところ,およそ犯罪を行い禁錮以上の刑に処せられた者は違法性の極めて高い反社会的行為を行った者であり,著しく遵法精神に欠け,公正な選挙権の行使を期待できないと認められるのであるから,刑の執行が終わり,あるいは執行を受けることがなくなるまで,その選挙権の行使を制限することには合理的な理由が認められるというべきである。
このように,禁錮以上の刑に処せられその執行が終わるまでの者は,民主的意思形成に参加する能動的市民としての資格・適正が疑われる者であるから,その者の選挙権の行使を制限することには合理的な理由がある。公職選挙法11条1項2号の合憲性は,学説もほぼ一致して認めるところである。
(4) 原告は,公職選挙法11条1項2号が自由権規約25条に違反すると主張するけれども,自由権規約25条は,合理的な理由に基づく制限を許容していると解されるのであり,公職選挙法11条1項2号は,上記のとおり,合理的理由に基づく制限であるから,同規約に違反するものではない。また,公職選挙法11条1項2号は,有罪判決を受けた者の中でも,死刑確定者,懲役刑及び禁錮刑の受刑者について,刑に処せられその執行を終わるまでの期間に限って選挙権及び被選挙権を有しないものとしたものであって,刑の内容及び量刑に応じたものとなっており,規制内容は合理的である。
(5) よって,公職選挙法11条1項2号は合理的な理由に基づいて選挙権に関する制限を規定したものであり合憲であるから,原告との関係で,選挙権の制限に係る国会議員の立法行為又は立法不作為が国家賠償法1条1項の適用上,違法の評価を受けることはないというべきである。
(6) 国会議員の立法行為又は立法不作為が国家賠償法1条1項の適用上違法の評価を受けるのは,立法の内容が憲法の一義的な文言に違反しているにもかかわらず国会があえて当該立法を行うような容易に想定し難い例外的な場合に限られるというべきである(昭和60年最判)。
原告の主張する監獄法の改正は,その改正点が受刑者に選挙権を認めることに直ちに結びつくものではないから,禁錮以上の刑に処せられその執行を終わるまでの者に選挙権を認めるべき契機となるものであったとはいえない。また,外国の選挙制度が我が国の選挙制度に当然に当てはまるものでないことは明らかであるから,仮に世界的に受刑者に選挙権を認める流れなどが生じてきたとしても,そのことをもって禁錮以上の刑に処せられその執行を終わるまでの者に選挙権を認めるべき契機となるものであったとはいえない。原告の主張する事情から,立法不作為が違法となるような例外的な場合に当たるということはできない。
また,禁錮以上の刑に処せられその執行を終わるまでの者に選挙権を認める旨の法律案が国会で審議されたことは一度もない上,在外選挙制度と比べて立法を求める世論等の動きは明らかに乏しいのであるから,かかる観点からも,本件は平成17年最判とは事案を異にするというべきである。
4 争点?(原告の損害額)について
(原告の主張)
原告は,平成22年7月11日に行われた参議院議員選挙において投票することができなかった。原告は,国民の基本的権利であり,一定の年齢に達した国民の全てに平等に与えられるべき選挙権の行使が認められなかったことにより精神的苦痛を受けたものであり,これに対する慰謝料は100万円を下回るものではない。
(被告の主張)
否認ないし争う。
第5 当裁判所の判断
1 争点?(法令の違憲確認の訴えの適法性)について
前記前提事実のとおり,原告は,懲役刑に処せられていたが,平成23年1月29日にその刑の執行を終了した。
そうすると,公職選挙法11条1項2号が違憲であることの確認を求める訴えは,原告が同号に該当する者ではない以上,当事者間に具体的な法律関係についての紛争はなく,抽象的に法令の違憲確認を求めているものといわざるを得ない。そのような訴えは法律上の争訟に該当せず,かかる訴えを許容する法律の定めもない。
したがって,公職選挙法の違憲確認を求める訴えは,不適法である。
2 争点?(選挙権確認の利益の有無)について
原告が次回衆議院議員総選挙において選挙権を有していることの確認を求める訴えは,公法上の権利関係に関する確認の訴えと解されるところ,上記のとおり,原告は,既に懲役刑の執行を受け終わっており,被告も,原告が現時点で公職選挙法11条1項2号に該当しないことは特段争っていない。
そうすると,原告が次回衆議院議員総選挙において選挙権を有しているか否かについて,原告の地位に現に不安が生じているとは認められず,当該権利関係について即時確定の必要があるとはいえない。
したがって,原告が次回衆議院議員総選挙において選挙権を有していることの確認を求める訴えは,確認の利益を欠き,不適法である。
3 争点?(公職選挙法11条1項2号の合憲性並びに同号の立法行為及び廃止立法不作為の国家賠償法上の違法性)について
(1) 合憲性の判断枠組みについて
ア 憲法は,国民主権の原理を人類普遍の原理とし(前文),公務員の選定罷免権を国民固有の権利と定め(15条1項),公務員の選挙について成年者による普通選挙を保障する(同条3項)。そして,国会の両議院は,全国民を代表する選挙された議員で組織するものとされている(43条1項)。
また,両議院の選挙人の資格は法律で定めるものとされ,人種,信条,性別,社会的身分,門地,教育,財産又は収入によって差別することが禁止されている(44条)。
イ 上記の憲法の定めによれば,両議院の議員の選挙人の資格をどのように定めるかについては法律事項とされているものの,少なくとも,成年に達した国民であれば原則として選挙権を有するものと定めなければならないことは明らかである。
他方,選挙は,基本的人権である選挙権としての性質のほか,公務としての性質をも有しており,憲法が,選挙人の資格を法律の定めに委ねていることからすれば,選挙人の資格(欠格条項)を定めること自体が憲法上一切禁止されているものとは解されない。公務員の選挙においては,その公正を確保する必要があり,憲法が成年者による選挙と定めているのは,その意思表明能力を問題にする趣旨であると解されることからして,公正な方法で政治的な意思を表明し得る能力及び適性を有していることが,選挙人の資格を認める前提となるものと解される。
そうであれば,選挙の公正の確保や意思表明能力の観点など憲法上考慮することができる正当な目的に照らし,公正妥当な選挙制度を確立するため,合理的な範囲で選挙人の資格(欠格条項)を定めることは,憲法上許容されているものと解するのが相当である。そして,上記のような欠格条項の定めは,これに該当する者にとっては選挙権の制限に当たるところ,このような制限は,合理的理由に基づくもので,憲法14条1項,15条1項及び3項,43条1項並びに44条ただし書に違反しないというべきである。
ウ さらに,選挙権は,選挙の際に多数の有権者によって同時に行使されるものであり,選挙後は速やかにその効力を確定させて法律関係の安定を図る必要性もあることなどからすると,個別の国民について,それぞれの個別的な事情を考慮して選挙権の有無を判定するような制度とすることは困難である。そのような選挙権の性質に照らせば,選挙権の欠格条項の定めについては,画一的にその該当性について判断することができる基準とせざるを得ない。
そうだとすれば,選挙権の欠格条項を定めるに当たっては,憲法の定めに照らして自ずと限度があるものの,一定の範囲で国会の裁量が認められるというべきである。したがって,国会の定めるところが合理性を欠き,その裁量権の範囲を逸脱又は濫用するものと認められる場合に,当該立法が選挙権を侵害するものとして違憲となるものと解するのが相当である。
エ 以上に対し,原告は,平成17年最判を根拠に,選挙権の制限は,制限をすることがやむを得ないと認められる事由がなければならないというべきであり,制限をすることなしには選挙の公正を確保しつつ選挙権の行使を認めることが事実上不能ないし著しく困難であると認められる場合でない限り,違憲と解すべきであると主張する。
しかしながら,平成17年最判は,日本国内に住所を有していないことを理由に選挙権を行使することができないとされたことの憲法適合性が問題となった事案であり,選挙権の欠格事由の定めの憲法適合性が問題となる本件とは事案を異にするというべきである。また,平成17年最判は,「自ら選挙の公正を害する行為をした者等の選挙権について一定の制限をすることは別」としていることからすると,欠格条項として禁錮以上の刑に処せられた者の選挙権を制限することについて,厳格な基準によって判断しなければならない趣旨であるとは解されないのであり,原告の主張は採用することができない。
オ また,原告は,公職選挙法11条1項2号が,自由権規約25条に違反すると主張する。しかし,自由権規約25条は,その文言からして,合理的理由のある選挙権の制限まで禁止するものとは解されない。
したがって,選挙権の欠格事由を定める法律の規定に合理性が認められる限り,自由権規約25条に違反しないものというべきであって,憲法の定めるところ以上に選挙権に対する制限を禁止する趣旨ではないものと解するのが相当である。
(2) 公職選挙法11条1項2号の憲法適合性について
ア 被告は,公職選挙法11条1項2号に定める者に対して選挙権を否定する根拠として,これらの者が一般社会とは厳に隔離されるべき者として拘禁されているのであるから,その拘禁目的及び性質に照らし合理的な限度で基本的人権に対する制限を加えることが許されると解されること,およそ犯罪を行い禁錮以上の刑に処せられた者は違法性の極めて高い反社会的行為を行った者であり,著しく遵法精神に欠け,公正な選挙権の行使を期待できないと認められるのであるから,刑の執行が終わり,あるいは執行を受けることがなくなるまで,その選挙権の行使を制限することには合理的な理由が認められるなどと主張する。
イ この点,禁錮以上の刑に処せられた者は,執行猶予が付されることなく,あるいはこれが取り消されて受刑している者であることを意味するから,このような者は,重大な犯罪を行った者であるか,又は違法行為を繰り返した者であるといえるから,法秩序に対する違反の程度が著しいということができる。もっとも,禁錮以上の刑に処せられた者の中には,過失犯によって受刑するに至った者も含まれるなど,受刑の原因となった犯罪行為は,選挙権の行使と無関係なものが大半であると考えられることなどからすると,これらの者について,当然に公正な選挙権の行使を期待できないとは認められないし,選挙権を行使した場合に,選挙の公正が直ちに害されるとも認められない。
したがって,被告の主張のうち,禁錮以上の刑に処せられた者について,著しく遵法精神に欠け当然に公正な選挙権の行使を期待できないとする部分については,採用することができない。
ウ(ア) 他方,禁錮以上の刑に処せられた者は,その効果として,一般社会から隔離された刑事施設において処遇を受けることとなるのであるから,その刑の性質に照らし,受刑中の社会参加が一定の範囲で禁止,制限されることはやむを得ないことといえ,このような刑罰の存在は,憲法上も予定しているものと解される。
このような刑罰の効果及び性質の観点からすれば,選挙権の重要性を考慮しても,一定の刑罰を受けた者に対し,法秩序に対する違反が著しいことを理由に,政治的意思を表明する資格がない,すなわち選挙権を認めるにはふさわしくないとして,禁止すべき社会参加の範囲に選挙権の行使を含めることは,一定の正当性が認められるというべきである。
(イ) さらに,禁錮以上の刑に処せられた者は,一定期間,社会から隔離された刑事施設において処遇を受けることから,適正な選挙権行使の基礎,前提ともいうべき社会や政治情勢等に関する情報の入手が制限され,社会の構成員としての各種の社会参加活動が禁止されることになり,選挙権を適正に行使できる環境が実質的に保障できないおそれがあるといわざるを得ない。
このように,禁錮以上の刑に処せられた者に選挙権を認める場合,公正妥当な選挙制度を確立する観点から一定の問題が生じ得るといえ,かかる点も,欠格事由を定めるに当たって考慮できる事項というべきである。
(ウ) 以上の点を考慮すれば,一定の刑に処せられたことを選挙権の欠格条項として定めることは,それが合理的な範囲内にとどまる限り,憲法上許容されるものと解するのが相当である。
エ そして,公職選挙法11条1項2号によって選挙権を否定されるのは,禁錮以上の刑に処せられた者であるところ,前記のとおり,これらの者は,法秩序に対する違反の程度が著しいということができるから,選挙権の行使を制限する範囲として不当に広汎であるとはいえない。
また,選挙権が否定される期間は,その刑の執行を受け終わるまでの期間であり,刑罰の軽重に対応した期間が定められているものといえる。
これに加え,前記のとおり,選挙権の欠格事由を定めるに際しては,画一的な基準とする必要性があることをも考慮すれば,禁錮以上の刑に処せられた者全てについて受刑期間中の選挙権を否定することが,上記の観点から定める欠格事由の範囲及び欠格期間として,合理的な範囲を逸脱したものとは認められない。
オ これに対し,原告は,受刑者の処遇が改善更生の意欲喚起や社会生活に適応する能力の育成を図ることを旨として行うものであることから,むしろ受刑者に選挙権を認める必要があると主張するけれども,かかる主張について憲法上の根拠は見いだし難いから,選挙権の欠格事由の定め方に関する国会の裁量権を限定する理由とはならないものというべきである。
(3) したがって,公職選挙法11条1項2号は憲法に違反するとはいえず,その立法行為及び改正をしなかったことが,国会の裁量権を逸脱又は濫用するものであったとは認められないから,その余の点について判断するまでもなく,原告の損害賠償請求は理由がない。
4 結論
以上のとおりであるから,本件訴えのうち公職選挙法の違憲確認を求める部分及び原告が選挙権を有していることの確認を求める部分については,いずれも不適法であるから却下することとし,原告のその余の請求は理由がないからこれを棄却することとして,主文のとおり判決する。
大阪地方裁判所第2民事部
裁判長裁判官 山田 明
裁判官 吉野内謙志
裁判官 栢分宏和