児童ポルノ・児童買春・児童福祉法・監護者わいせつ・不同意わいせつ・強制わいせつ・青少年条例・不正アクセス禁止法・わいせつ電磁的記録弁護人 奥村徹弁護士の見解(弁護士直通050-5861-8888 sodanokumurabengoshi@gmail.com)

性犯罪・福祉犯(監護者わいせつ罪・強制わいせつ罪・児童ポルノ・児童買春・青少年条例・児童福祉法)の被疑者(犯人側)の弁護を担当しています。専門家向けの情報を発信しています。

不正アクセス行為の禁止等に関する法律違反被告事件東京高裁H15.6.25

 これが唯一の判例だというのですが、
 原田さんは、
「ネットワーク社会において,ネットワークを通じてコンピュータを利用する者を正しく識別できなければ,侵害行為に対する抑止力が失われ,アクセス制御機能により保護を図ることとしている業務の円滑な遂行や関係者の権利・利益に対し具体的な侵害の危険が生じるからこそ,法により不正アクセス行為に対する罰則が定められているのであって,具体的,現実的に権利・利益が侵害される前の段階において処罰しようとするのが法の趣旨である。」
というのですが、これでは予備罪になるから、立法趣旨を逸脱しています。資料としては、法文+想像でしょうね。裁判所の情報収集能力からしてやむをえないか。
 国選弁護人には無理かも知れませんが、逐条解説とか、国会会議録とか、資料を積んで、法定解釈の誤りを防ぐのも弁護人の仕事だと思いますね。じゃないと、次も間違うから、不幸な被告人が減りません。ましてそんな理解で実刑なら気の毒です。

(目的)
第一条
 この法律は、不正アクセス行為を禁止するとともに、これについての罰則及びその再発防止のための都道府県公安委員会による援助措置等を定めることにより、電気通信回線を通じて行われる電子計算機に係る犯罪の防止及びアクセス制御機能により実現される電気通信に関する秩序の維持を図り、もって高度情報通信社会の健全な発展に寄与することを目的とする。

東京高等裁判所判決平成15年6月25日平成15年(う)第401号
判決
上記の者に対する不正アクセス行為の禁止等に関する法律違反被告事件について,平成14年12月25日東京地方裁判所が言い渡した判決に対し,被告人から控訴の申立てがあったので,当裁判所は,検察官佐藤崇出席の上審理し,次のとおり判決する。
主文
本件控訴を棄却する。
理由
本件控訴の趣意は,事実誤認,法令適用の誤り及び量刑不当の主張である。
第1 事実誤認の論旨について
所論は,(1)被告人には不正アクセスの故意がなく,(2)被告人の行為には,刑罰をもって対処すべき法益侵害も存せず,また,業務行為としての目的の正当性及び目的達成の社会的相当性もあり違法性がないのに,被告人を有罪とした原判決には事実の誤認がある,というのである。
しかしながら,原判決の挙示する関係証拠によれば,原判決の認定判断は,「争点に関する判断」の項の説示も含め,概ね正当として是認することができるから,原判決に所論の事実誤認は認められない。
以下,所論にかんがみ,若干補説する。
(1)不正アクセスの故意について
関係証拠によれば,被告人は,勤務先の株式会社S社(以下「S社」という。)において親会社の株式会社C社(以下「C社」という。)が開発する「V」と呼ばれる携帯電話の受信を知らせる音声のプログラムの開発担当者であったが,業務上使用していたサーバ内に,従前のVプログラムの開発担当者Wが使用していたと思われるサーバからのアクセス履歴が残っているのを発見し,その解析したログにあったドメイン名,ユーザー名を利用してWが利用権者となっている本件サーバへのアクヤスを試み,パスワードを適当に入力し,ユーザー名と同一のパスワードを入力した際にログインすることができたものの,インターネット上からのアクセスには失敗し,自宅に戻ってから再びパソコンでインターネット上からアクセスを試みたところ,これに成功したことから,表示されたディレクトリのファイルの中身も確かめずに,これらを全てダウンロードする設定にして再び出勤し,Vに関するファイルやWがプライベートに収集したファイルを含め,多数のファイルを自分のパソコンのハードディスクにダウンロードしたことが認められ,被告人が,勤務先や親会社の上司,担当者から,本件サーバヘアクセスすることの許可を予め得たとかIDやパスワードを教示してもらったという事実はなかったことも認められる。
被告人は,前任者の作成したソースコードが会社に残っていなかつたために,そのソースコードを入手するためにアクセスした旨供述するが,前記経緯からすれば,被告人が本件サーバにアクセスする権限をその管理者から付与されていたと誤解する積極的な根拠は何ら存在せず,アクセスが制限されていることを知りながら,管理者の承諾を得ずに入手したIDと勝手に推測したパスワードを使用してアクセスしているのであるから,被告人の不正アクセスの故意に欠けるところはない。
所論は,次のように主張する。すなわち,Vの著作権はC社に帰属するものであり,開発担当者のWがそのソースコードを会社に残さずに退社したことは許容されないことである。当時S社やC社には統括的ネットワーク管理者は置かれておらず,Vのプログラムのリニューアル作業は全面的にS社が引き受け,コンテンツサヤバ及びそれに関連づけられたC社所有のサーバのアクセス管理も全面的にS社が受け継ぎ,リニューアル作業の担当責任者である被告人がこのサーバのほぼ唯一の利用者であったから,前任者が業務の引継ぎをせずに退社した以上は,その者の承諾を得なくても使用していた業務資料やネットワークシステムに関し,しかるべき処置をとることが社会的に許容されなければならない。したがって,被告人が,C社及びS社の許可の下に,業務の引継ぎを行う目的又は業務遂行という正当な目的のために,Wの承諾を得ず,Wが在職当時に事実上管理していた(コンテンツサーバに関連した)C社所有のサーバに,Wが利用している識別符号を利用してアクセスしたとしても,その方法が社会的に相当と認められる限り,その行為は法的に禁じられるものではない。
本件では,そのサーバは個人宅に設置されていたサーバであったが,被告人は,本件サーバからのコマンド履歴がコンテンツサーバに残つていたこと等から,本件サーバがC社が所有しアクセス管理をしていたサーバであると誤認したもので,被告人には不正アクセスの認識がなかった,などというのである。
 しかしながらまず,Vのプログラムの著作権については,Wが退職する際に,そのプログラムを個人的に持ち出して会社内に残さないことをC社の代表者が容認し,Wにメンテナンスをさせることも約束していたことや,Vのプログラムの更新に当たっては,Wの作ったプログラムに変更を加えるのではなく,最初から新たなプログラムを作成する予定であったことなどに照らすと,Wの言い分を十分聞かずに,その帰属を誰定することはできない上,被告人の不正アクセスの故意がそのことによって左右されるものでもない。すなわち,不正アクセス行為の禁止等に関する法律により禁止されている不正アクセス行為に必要な故意は,本件でいえば,同法3条2項1号に係る「他人の識別符号を入力して当該特定電子計算機を作動させ」ることを認識,認容していれば足りるのであって,当該アクセス管理者又は当該識別符号に係る利用者の承諾があると認識している場合には,その故意が阻却されるにすぎないのである。そこで,本件サーバがS社又はC社の管理するサーバであり,外部のサーバでないと認識しているというような事情が認められる場合には,当該故意を欠く余地があるのである。
これに対し,当該サーバに保管されている本件ソースコード著作権が,仮にその利用権者になく,行為者においてそのことを認識していたとしても,不正アクセスの故意に欠けるところはない。不正アクセスの構成要件は,前記の同法3条2項1号に規定する記述的な要素に尽きるのであって,それに付加して,不正であることの認識・認容を要するものではなく,当該ソフトの著作権の帰属の問題、さらにはその権利の行使問題と関連する余地はないのである。
次に,外部サーバの認識の点については,前記の不正アクセスの経緯に加え,①被告人は,前任者がVのソースコードやソーステキストを残さずに退職していたことを知っていたことが認められ,会社が管理するサーバにはソースコードが保存されていないことを認識していたこと(乙5,9。なお,原判決が「争点に関する判断」の3で説示するとおり,これに反する被告人の原審公判供述は信用できない。),②C社の代表者の供述によれば,通常はプロジェクトの担当者には上司が担当者にそのプロジェクトに使用するサーバにアクセスするためのIDやパスワードを渡してサーバを使用させており,原則として他のプロジェクトで使用しているサーバへはアクセスできないこと,③本件サーバのドメイン名は,本件以前に被告人がS社において使用していたサーバのドメイン名異なり,末尾が「・CX」という珍しいものである上,被告人は,Wが退職後に送ってきたメールのアドレスとコマンド履歴に記されているサーバのドメイン名の共通性から,本件サーバがWに関係するサーバであると判断しているのであって,Wが退職後にも利用していることからすれば,それは外部のサーバであると考えるのが普通であること,④Wによるコンテンツサーバのアクセス履歴にづいても,それが不正アクセスではないかと疑って,本件犯行の4日後に上司に報告しており(当審弁3),Wが外部のサーバから無断でアクセスした疑いを抱いていたことがうかがわれること,⑤被告人は,人気の少ない休日明けの未明に勤務先のコンピュータからアクセスをレた上,自宅に帰ってから,自分のパソコンを使って加入するプロバイダのサーバを介してインターネットに接続して,再び本件サーバにアクセスし,サーバ内のファイルを一括ダウンロードしていること(被告人は,会社のサーバに負担をかけるおそれがあったなどと供述するが,ダウンロードするファイルを選別すれば,そのようなおそれがあるとは考えられない。),(被告人はダウンロードしたファイルの中にVに関するファイルも含まれていることを認識しながら,これを勤務先のコンピュータに保存したりせず,入手したことを他の開発担当者らに伝えた形跡もなく,却ってその後もソースコードを入手していないように振る舞っていたこと等に腐らせば,被告人が,本件サーバが,S社又はサクセスの管理する関連サーバではないことを知っていたことは優に認定できる。
所論は,そのサーバが個人宅に設置されたものであることは予想できないというが,サーバの設置場所の詳細は認識していなくても,前述のとおり,本件サーバがS社又はC社の管理するサーバではなく,外部のサーバであることの認識があったことは否定できない。また,所論は,被告人は,顧客情報のディレクトリを探る作業をしており,推測しながら作業を進めざるを得ない状況であったともいうが,そのことと,アクセスが制限されているサーバへの侵入を試みることは到底同一視できるものではない。また,前記②の事実に照らすと,被告人がVのリニューアル作業のためにはサン又はC社の管理するネットワーク内に自由にアクセスすることが許されていたなどという事実も認め難い。所論はまた,コマンド履歴の再現を試みることは携帯電話の発信履歴を見て再発信するようなもので,パスワードを入力する点に差異があるにすぎないともいうが,通常は接続コ_マンドの履歴を解析する必要はないはずであり,その解析によりアクセス制御機能のあるサーバのIDを探り出していることからすれば,携帯電話の発信履歴を利用した通信と同視できるような行為でないことは明らかである。
さらに,所論は,被告人がS社のコンピュータや自宅のパソコンから直接本件サーバにアクセスしているのは,不正アクセスの認識がなかった証拠であるともいうが,被告人は,当審において,当時はIPアドレスの検索が容易にできるとは知らなかったと供述している上,自宅からは,プロバイダのサーバを介してアクセスしているため,Wが独力でその発信元を突き止めるのは困難であったから,所論のようにいうことはできない。
その他,所論を逐一検討しても,被告人が,アクセス制御がされている外部のサーバにその管理者の承諾を得ずにアクセスすることの認識があったことは疑いを入れる余地がなく,原判決に所論のような事実誤認があるとは認められない。
(2)正当業務行為の主張について
所論は,本件サーバに被告人が不正アクセスしたことによって具体的・実質的な被害は生じておらず,目的やその手段中正当性も認められ,本件アクセスは正当業務行為であり,犯罪は成立しないというのである。.
しかしながら,ネットワーク社会において,ネットワークを通じてコンピュータを利用する者を正しく識別できなければ,侵害行為に対する抑止力が失われ,アクセス制御機能により保護を図ることとしている業務の円滑な遂行や関係者の権利・利益に対し具体的な侵害の危険が生じるからこそ,法により不正アクセス行為に対する罰則が定められているのであって,具体的,現実的に権利・利益が侵害される前の段階において処罰しようとするのが法の趣旨である。そこからさらに進んで,アクセス制御により保護されている情報を勝手に利用したり,業務を妨害したりすれば,それは業務妨害罪等の別罪を構成する可能性が高く,現実的損害があったとの立証がない限りは不可罰であるなどとはいえない。本件においても,ファイルの改変等が行われた形跡はないが,ダウンロードしたファイルを利用していないというのは被告人の供述にすぎず,目的のソースコード以外のファイルも被告人のパソコンに保存されていたのであるから,そのファイルを閲覧されたことによるノウハウや著作権の侵害や,プライベートな情報を見られた可能性があることによる精神的な損害がなかったとも断じ難い。さらに,前述したように,当該ソースコード著作権が仮にC社にあったとしても,そのことは,本件不正アクセス行為を正当化するものではない。
また,被告人がVのプログラム作成作業を命じられたのは平成14年2月末ころであり,それから1か月も経たないうちに不正アクセスをしているのであって,ソースコードを入手するために相当な努力を尽くしたともいえず,Vのソースコードを不正な手段を使って入手しようとしたことに,業務としての正当性は何ら認められない。本件不正アクセス行為が正当業務の範囲外の行為であることは明白であって,所論は採用できない。
事実誤認をいう論旨は理由がない。
第2法令適用の誤りの論旨について
所論は,原判決は,原判示第1の罪と同第2の罪を併合罪としているが,両者の行為は客観的に行為態様及び侵害した法益の点で共通性を有し,時間的にも接着し,主観的にみても「V」のソースコードファイルを探すという共通した目的が継続した状態で行われており,侵害法益の個数は実質的に1個といえるから包括一罪と評価すべきであるという。
しかしながら,原判示第1の行為は勤務先のコンピュータから不正アクセスをしたもので,同第2の行為は自宅のパソコンから同一サーバへのアクセスをしたもので,時間的接着性や犯意の継続性はあるとしても,犯行場所やアクセスの経路が異なり,自宅での不正アクセスは,自宅のパソコンにファイルをダウンロードする目的で行われており,不正アクセスによる法益侵害の程度,態様が同一とはいえず,これを併合罪と評価した原判決の判断に誤りはない。
法令適用の誤りをいう論旨も理由がない。
第3 量刑不当の論旨について
被告人の行為は,コンピュータ・ネットワークが社会の基盤としての役割を果たすようになった高度に発達したネットワーク社会において,いわば鍵の掛かった他人の家を勝手に開けて入り込む行為であり,ネットワークの秩序を乱し,ひいては高度情報通信社会の健全な発展を阻害しかねない悪質な行為で奉る。被告人は,コンピユータのソフトウェア開発というコンピュータネットワークと密接に関連する業務に従事しながら,接続口グを解析し,パスワードを推理してアクセス制御がされているサーバに不正アクセスをしたものである。その業務の性質から,他の企業の機密情報に触れたり,コンピュータに保存されている各種の情報に接する機会もあるはずであり,情報管理やアクセス制御に最も注意を払わなければならない立場の被告人が,敢えて不正アクセスを行ったのであるから,これを一般的なパソコンマニアがいたずら半分で行った行為などと同視することはできず,被告人には,プログラマーとしての倫理感が欠けていたといっても過言ではなく,被告人の刑事責任を軽くみることは許されない。前記のとおり,不正アクセスによりファイルが改変されるなどの被害はないが,被告人はダウンロードしたファイルを全て自分のパソコンに保存していたのであり,サーバ内に侵入された方の立場から見れば,不正アクセスによって,プライバシーを侵害されたり,プログラムのノウハウ等を盗まれたのではないかとの危慎を抱くのは当然であって,結果が軽微であるとはいい切れない。
もっとも,被告人の勤務先企業やその親会社は,大手企業からプログラムの開発等を受託し,企業秘密,情報の不正流出に最も神経を使わなければならない立場にあるはずであるのに,従来から社内の情報管理がルーズで,開発したプログラムの権利関係の明確化も図られておらず,従業員らに対する教育が行き届いていない面が見られ,情報社会を担う企業としての安易な姿勢が顕著である。また,著作権の帰属の問題を別としても,C社の一従業員であるWが自己が開発を担当した「V」のソースコードを退職する際に会社に残さなかったこと自体,社長の事実上の承諾があったとしても,問題があったといわざるを得ない。C社の前記の情報管理のルーズさともあいまって,これらの背景事情が被告人の犯行を誘発したという側面も否定できない。また,被告人は2度不正アクセスしただけで,他に同様の行為を繰り返していたような形跡はなく,その手口も不正アクセスの経路が捜査官に容易に判明する程度の比較的単純なものである。被告人は,逮捕,勾留され,事件がマスコミに広く報道されたため,それなりの社会的制裁も被っている。このように被告人にとって酌むべき点も少なくないが,これらの点を考慮してみても,本件は罰金を相当とする事案とは認められず,被告人を懲役6月に処し,2年間その刑の執行を猶予した原判決の量刑は,まことに相当であり,これが重過ぎて不当であるとは認められない。
量刑不当の論旨も理由がない。
よって,刑訴法396条により本件控訴を棄却し,当審における訴訟費用については,刑訴法181条1項ただし書を適用して被告人に負担させないこととし,主文のとおり判決する。
平成15年6月25日
東京高等裁判所第9刑事部
裁判長裁判官原田国男
裁判官池本寿美子
裁判官大島隆明