児童ポルノ・児童買春・児童福祉法・監護者性交・強制わいせつ・青少年条例・不正アクセス禁止法・わいせつ電磁的記録記録被告事件弁護人 奥村徹弁護士の見解(弁護士直通050-5861-8888 hp@okumura-tanaka-law.com)

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横浜市の教育公務員である控訴人(一審原告)が、女性2名に対して痴漢行為を行ったとして、県条例違反により罰金40万円の刑に処せられたところ、これを理由として、横浜市教育委員会が控訴人に対して懲戒免職処分をしたため、横浜市人事委員会に対し審査請求を申し立てたが、棄却するとの裁決を受けたことから、被控訴人(横浜市。一審被告)に対し、処分の取消し等を求め、原審が請求を棄却した事案において、懲戒処分は、非違行為に対する評価として重きに失し、明らかに合理性を欠き、かつ、判断の過程において考慮すべき事情を考慮しない点に

控訴人 P1
同訴訟代理人弁護士 岡田尚 西村紀子 穂積匡史 野澤哲也
控訴人 横浜市
同代表者兼処分行政庁 横浜市教育委員会
同代表者委員長 P3
同臨時代理者教育長 P10
同訴訟代理人弁護士 栗田誠之

3 争点〔2〕(本件処分が処分行政庁の裁量権の範囲を逸脱し,又は濫用したことにより違法となるか)について
(1)教育委員会が本件処分の理由として掲げる控訴人の行為が,地公法29条1項1号及び3号に該当するものであることは明らかである(以下,地公法29条1項1号及び3号に該当する当該行為を「本件非違行為」という。)。
(2)地方公務員につき,地公法29条1項1号ないし3号所定の懲戒事由がある場合に,懲戒処分を行うかどうか,懲戒処分を行うときにいかなる処分を選ぶかは,平素から庁内の事情に通暁し,職員の指導監督の衝に当たる懲戒権者の裁量に任されているものというべきである。すなわち,懲戒権者は,懲戒事由に該当すると認められる行為の原因,動機,性質,態様,結果,影響等のほか,当該公務員の上記行為の前後における態度,懲戒処分等の処分歴,選択する処分が他の公務員及び社会に与える影響等,諸般の事情を総合的に考慮して,懲戒処分をすべきかどうか,また,懲戒処分をする場合にいかなる処分を選択すべきかを,その裁量的判断によって決定することができるものと解すべきである。したがって,裁判所が上記の処分の適否を審査するに当たっては,懲戒権者と同一の立場に立って懲戒処分をすべきであったかどうか又はいかなる処分を選択すべきであったかについて判断し,その結果と懲戒処分とを比較してその軽重を論ずべきものではなく,懲戒権者の裁量権の行使に基づく処分が社会通念上著しく妥当を欠き,裁量権の範囲を逸脱し,これを濫用したと認められる場合に限り,違法であると判断すべきものである(最高裁判所昭和59年(行ツ)第46号平成2年1月18日第一小法廷判決・民集44巻1号1頁,最高裁判所昭和47年(行ツ)第52号昭和52年12月20日第三小法廷判決・民集31巻7号1101頁参照)。
(3)ところで,教育委員会は,前記のとおり,教育公務員の懲戒処分を行うに際しての基本的な方針として本件量定一覧及び本件指針を定めているが,わいせつ等行為に関するものは次のとおりである。 
ア 本件量定一覧(丙1)においては,「わいせつ等行為」を,その行為類型によって,強制わいせつ,淫行,痴漢行為,その他わいせつな行為(盗撮・のぞき等),ストーカー行為の5つに区分した上で,それぞれの処分量定を定めているが,強制わいせつ及び淫行については処分を免職のみとしているのに対し,痴漢行為については,その他わいせつな行為(盗撮・のぞき等),ストーカー行為と同様に,停職又は免職の二つの処分のいずれかとすることと定め,免職よりも軽い停職も予定している(ただし,児童・生徒に対する行為については,原則として免職)。
イ また,本件指針においては,わいせつ行為のうち,児童・生徒及び保護者以外の者に対する行為であって法律・条例等に違反する行為の標準例として,停職又は免職と定めている。
 そして,本件指針は,基本的事項として,具体的な処分等の量定に当たっては,当該行為の動機,態様,結果等や司法判断,児童・生徒,保護者,地域,社会及び教育公務員に与える影響等,過去における不適切行為若しくは違法な行為又は処分等の有無を総合的に考慮して判断することを定めた上で,量定の加重事由として,〔1〕児童・生徒の良好な教育環境や市民・保護者の信頼を著しく損なう事態を招いたとき,〔2〕教育公務員が行った行為の態様等が極めて悪質であるとき,〔3〕教育公務員が違法行為を継続した期間が長期に渡るとき,〔4〕教育公務員が管理又は監督の地位にあるなど,その占める職制の責任の度が高いとき,〔5〕教育公務員が過去に処分等を受けたことがあるとき,〔6〕自らの不適切若しくは違法な行為を隠ぺいしたときの各事由を明らかにし,他方,量定の軽減事由として,〔1〕教育公務員の日頃の勤務態度又は教育実践が極めて良好であるとき,〔2〕教育公務員が自らの行為が発覚する前に自主的に申し出るなど,非違行為に対する深い反省が顕著に見られるとき,〔3〕教育公務員が行った行為の非違の程度が軽微である等特別な事情があるときの各事由を明らかにし,これらのいずれかの事由(以下,単に「軽減事由」という。)があるときは,処分等の量定を軽減し,又は処分等をしないことができると定めている。
ウ このように,教育委員会においては,教育公務員の行った痴漢行為に対する処分は,軽減事由のいかんによっては処分を行わないという対応から懲戒処分まで幅の広い対応が予定されており,標準的な場合における2つの懲戒処分を比べてみても,停職処分は,1日以上1年以下の範囲で職務に従事できないものの,その職は保有されるのに対し,懲戒免職処分は,その職を失わせるにとどまらず,当該公務員は退職手当の支給を受けられない上,教育公務員の免許状が効力を失うという重大な不利益を伴うものであることからすれば,この場合における処分の選択のもたらす結果には,極めて大きな差異が存在するというべきである。
 教育委員会が,教育公務員の非違行為について,前記のとおり,本件量定一覧及び本件指針を設けて非違行為を類型化し,各類型ごとに標準的な処分を定めるとともに,本件指針において,基本的な考慮事項及び加重的事由・軽減事由を細かく定めているのも,これらの処分の選択における裁量権の行使を適正妥当なものとし,併せて公平性を確保しようとする趣旨に基づくものと解される。
(4)そして,本件指針に示された前記(3)イ記載の各事項は,その内容に鑑みれば,当該懲戒処分が,社会通念上著しく妥当を欠き,裁量権の範囲を逸脱したものであるか否かを判断する上においても,当然に考慮されるべきことがらであるから,以下においては,上記の(3)イ記載の各考慮事項に沿って,順次検討することとする。
ア まず,本件指針において,行為の動機,態様,当該行為が与える影響など,具体的な処分の量定に当たって基本的に考慮されることとされている事項について検討する。
 本件非違行為は,本件高裁判決が説示するとおり,白昼,デパートの地下食品売場において,通行中の第一被害者に対し,すれ違いざまに第一被害者が着用していたジーンズの上からその股間付近を手で触り,さらに,その直後に,第二被害者に対し,すれ違いざまに第二被害者のスカートの上からその臀部を手で触ったというものである。
 その犯行は,大胆で悪質なものというほかなく,第一被害者及び第二被害者の羞恥心や不安感は大きかったというべきであり,控訴人の刑事責任を軽くみることはできない(乙7の3)。
 また,地方公務員は,全体の奉仕者として公共の利益のために勤務しなければならず(憲法15条2項,地公法30条),また,その職の信用を傷付け,又は地方公務員の職全体の不名誉となるような行為をしてはならない義務がある(地公法33条)など,その地位の特殊性や職務の公共性があるところ,我が国の将来を担う児童・生徒の健全な育成を図るべく,同人らに社会一般のルールやモラルを教え導く立場にあり,公務員の中でも高度の倫理的責任を負うことを期待されている教育公務員が,白昼堂々,痴漢行為を行い,有罪判決が確定したという事実は,生徒や保護者のみならず,市民にも少なからぬ衝撃を与えたことが窺われ,控訴人のみならず,横浜市の教職員全体に対する信頼を損なったものとして,社会に与えた影響も決して小さくなく,とりわけ,教育公務員は,日常的に女子児童及び生徒と接する機会の多いことから,男性の教育公務員の女性への痴漢行為が,女子児童及び生徒及びその保護者らに与える不安感は大きいというべきである。
 一方で,痴漢行為は,本件量定一覧において「わいせつ等行為」と分類される非違行為の類型の中では軽い部類に属するものであるところ,本件非違行為(本件痴漢行為)は,計画的にされたものとはみられないこと,その態様も,着衣の上から一瞬触るという程度のものであって執拗なものではないこと(乙7の3)からすれば,痴漢行為としてみても比較的軽微なものにとどまるというべきである。
 また,控訴人には,本件刑事事件以外に前科はなく,教員として任用された後,本件処分以外に懲戒処分を受けた経歴もない。
イ 次に,本件方針の定める加重事由の有無について検討する。
〔1〕の「児童・生徒の良好な教育環境や市民・保護者の信頼を著しく損なう事態を招いたとき」に関しては,本件非違行為が生徒,保護者,市民の信頼を損なう事態を招いたとは認められるものの,本件高裁判決の確定後も,生徒,卒業生,保護者,同僚その他の学校関係者,友人,近隣住民等の相当数が,控訴人に対する信頼を失っておらず,支援,協力等を申し出るなどしていること(甲10の1ないし19,15,27の2及び3,28の1及び2,29,31ないし33,36ないし39,乙7の33ないし35,乙7の43及び44,乙7の49,原審における控訴人本人,弁論の全趣旨)からすれば,少なくとも,本件非違行為のような行為一般に想定されている影響以上に「信頼を著しく損なう事態を招いた」とまでは認められない。
 また,〔2〕の「教育公務員が行った行為の態様等が極めて悪質であるとき」に関しては,本件非違行為(本件痴漢行為)は,大胆で悪質なもので,控訴人の刑事責任を軽くみることはできないことは前記のとおりであるが,他方で,アに認定した行為の態様からすれば,「極めて悪質」ということはできない。
〔3〕の「教育公務員が違法行為を継続した期間が長期に渡るとき」,〔4〕の「教育公務員が管理又は監督の地位にあるなど,その占める職制の責任の度が高いとき」及び〔5〕の「教育公務員が過去に処分等を受けたことがあるとき」に関しては,いずれも該当するとは認められず,〔6〕の「自らの不適切若しくは違法な行為を隠ぺいしたとき」に関しても,控訴人が本件非違行為(本件痴漢行為)を一貫して否認していることが直ちに「隠ぺい」に該当するということはできない。
 そうすると,本件非違行為については,本件指針に想定されている加重事由が存在するとは認められない。
ウ さらに,本件方針の定める軽減事由(不処分事由)の有無について検討する。
 前記1において引用する原判決の第3の2(1)認定のとおり,控訴人は,昭和52年4月に横浜市公立学校教員として任用され,以後,逮捕されるまでの約29年間,同市内の公立高校において社会科教諭として勤務してきたものであるが,この間,教科指導の指導能力につき良い評価を得ていたことが窺われる(乙7の33)とともに,同認定のとおり,社会科の教科書や教材の編集に携わり,定時制高校存続のために新聞への論稿の投稿や記録ビデオの編集に関与するなど,研究活動や社会的な活動等にも取組み,公務内外において実績を積み重ねていたことが認められる。
 また,その勤務態度や指導能力等から,上司や同僚,教え子である生徒から一定の信頼を得ていたことは,本件審査請求及び本件で提出されている,多数の陳述書等からも窺うことができ,少なくとも〔1〕の「教育公務員の日頃の勤務態度又は教育実践が極めて良好であるとき」に該当するということができる。
エ したがって,上記に認定した本件非違行為の態様,その具体的な影響,控訴人には,本件刑事事件以外に前科前歴がないことなどに加え,前記の軽減事由も認められることに照らせば,教育公務員の痴漢行為が,一般的に,横浜市の教職員全体に対する信頼を損なうとともに,社会に大きな影響を与え,とりわけ,女子児童及び生徒並びその保護者らに与える不安感は大きいことを考慮に入れても,教育委員会が,本件非違行為に対する処分として,控訴人に重大な不利益をもたらす懲戒処分を選択したことは重きに失し,その内容は社会通念上著しく妥当性を欠くと認めるのが相当である。
オ なお,証拠(甲9,乙7の27,28及び32,丙10,11)によれば,神奈川県内における教育公務員の懲戒処分について,〔1〕電車内で痴漢行為を行い逮捕され,停職処分とされた事例が2件,〔2〕電車内で痴漢行為を行い逮捕された後,被害者との示談が成立し処分保留となったが,3年前にも同様の行為を行っていたことが発覚し懲戒免職処分とされた事例が1件,〔3〕書店内で女子中学生の下半身を3回にわたり触ったとして神奈川県迷惑防止条例違反で逮捕され,起訴猶予処分後,懲戒免職処分とされた事例が1件認められる。また,他県の事例において,電車内等の公共の場所で痴漢行為を行い停職処分とされたものが9件,懲戒免職処分とされたものが10件あることが認められる。
 しかし,これによれば,痴漢行為を行った教育公務員に対する懲戒処分として,免職が選択された事例の方が,停職が選択された事例よりも多いと認められるが,停職が選択された事例も相当数あるということができ,さらに,個々の事案の詳細な内容や被懲戒者の経歴等が明らかではなく,単純に比較することは相当でないから,上記のような懲戒処分の状況は,前記エの判断を左右しないというべきである。
(5)ア ところで,被控訴人の主張によれば,本件処分は,〔1〕平成19年11月21日に開催された分限懲戒審査委員会において,事案の概要及び処置案等が記載された処分案(丙5),処分量定一覧(丙1)及び類似事案の処分例(丙2)が配布され,本件刑事事件の経過,控訴人の言い分,処分を相当とする理由や他の類似案件との均衡等が説明され,これらの点について議論を経た上で,教育委員会に対して懲戒免職処分を提案することが決定され,〔2〕同月27日の臨時教育委員会において,各委員に対し,辞令書,処分説明書及び事案説明のための資料である「戸塚高校定時制教諭の迷惑防止条例違反について」と題する書面(丙7。本件資料)が配布され,教職員人事課担当職員から,控訴人が否認していることや本件刑事事件の経緯,判決内容に加え,提案する処分量定の理由や他の処分事例との均衡等の詳細が口頭で説明され,全員一致で控訴人に対する懲戒免職処分が決定されたというものである。
イ しかしながら,上記の分限懲戒審査委員会において類似例として配布された「わいせつ・セクハラ行為により懲戒処分を受けた事件の概要」(丙2)には,わいせつ・セクハラ行為により懲戒処分を受けた8件の事例が紹介され,その処分内容は,7件が懲戒免職,1件が停職となっていることが示されているが,そのうちの4件は,本件量定一覧において免職しか予定されていない「淫行」の事例であり,他の4件は「その他わいせつな行為(盗撮・のぞき等)」の事例であって,これらの8件のうちの3件については,同種行為の反復も併せて指摘されている。
 このように、類似例とされた上記の事例には,本件非違行為のような痴漢行為の事例は1件もなく,また,本件指針に示されたいずれかの軽減事由が存在するとされた事例も全く含まれていない。 
ウ また,上記のその他の各資料をみても,本件量定一覧及び本件指針に定められた基準による加重事由及び軽減事由の存否や上記基準に照らして類似すると認められる事例との処分の均衡について,検討が加えられたものとは認められない。
エ したがって,本件処分は,その判断の過程において,教育委員会が自ら考慮すべきものと定めた軽減事由の存在や適切な類似事例との均衡などを考慮していないといわざるを得ず,その内容は社会通念に照らし著しく妥当性を欠くものと認められる。
(6)以上によれば,本件懲戒処分は,本件非違行為に対する評価として重きに失し,明らかに合理性を欠き,かつ,判断の過程において考慮すべき事情を考慮しない点において,その内容が社会通念に照らし著しく妥当性を欠くものと認められ,裁量権の範囲を逸脱し,これを濫用したものとして違法というべきである。
4 結論
 よって,その余の争点について判断するまでもなく,本件処分の取消しを求める控訴人の請求は理由があるから,第二事件につき原判決を取り消すこととし,主文のとおり判決する。
東京高等裁判所第7民事部
裁判長裁判官 市村陽典 裁判官 團藤丈士 裁判官 菅家忠行

別紙