児童ポルノ・児童買春・児童福祉法・監護者わいせつ・不同意わいせつ・強制わいせつ・青少年条例・不正アクセス禁止法・わいせつ電磁的記録弁護人 奥村徹弁護士の見解(弁護士直通050-5861-8888 sodanokumurabengoshi@gmail.com)

性犯罪・福祉犯(監護者わいせつ罪・強制わいせつ罪・児童ポルノ・児童買春・青少年条例・児童福祉法)の被疑者(犯人側)の弁護を担当しています。専門家向けの情報を発信しています。

(請求額1280万円・認容額440万円)強制わいせつ罪・刑事損害賠償命令(東京地裁平成21年12月7日) 

「被告は,個人レッスンの際に,原告に対し,キスをする,全裸にさせる,乳房をもむ,乳首をなめる,陰部付近を触る,陰部に指を入れる,全裸の写真を撮るなどのわいせつ行為を繰り返した。(甲7,8,13) (3) 平成18年10月中旬ころ,被告の自宅での個人レッスンの際,被告は,原告を怒鳴るなどして脅して全裸にさせた上で,原告に対し,乳房をもむ,乳首を触る,乳首をなめる,陰部付近を触る,陰部に指を入れる,自己の陰茎を原告に握らせるなどのわいせつ行為を行った」という一連のわいせつ行為について440万円認容されています。

主文
 1 被告は,原告に対し,440万0600円及びこれに対する平成18年10月31日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
 2 原告のその余の請求を棄却する。
 3 訴訟費用はこれを3分し,その1を被告の負担とし,その余を原告の負担とする。
 4 この判決は,第1項に限り,仮に執行することができる。
 
 
事実及び理由

第1 請求
 被告は,原告に対し,1280万9360円及びこれに対する平成18年10月31日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
 1 事案の要旨
 本件は,原告が,平成17年12月から平成18年10月までの間,クラリネットの個人レッスンの講師である被告から,個人レッスンの際に,キスをする,着衣を脱がせて全裸にする,乳房をもむ,乳首をなめる,陰部付近を触る,陰部に指を入れる,被告の陰茎を握らせるなどのわいせつ行為を受けたなどとして,不法行為に基づき1280万9360円及びこれに対する不法行為日の後である平成18年10月31日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めている事案である。
 なお,本件は,刑事損害賠償命令事件が,民事訴訟に移行した事件であるが,原告は,本件訴訟において,請求の原因を変更し,刑事被告事件の訴因となった事実以外の事実を含めた被告の一連のわいせつ行為について不法行為に基づく損害賠償を請求している。
 2 前提事実(以下の各事実は,当事者間に争いがないか,掲記の各証拠及び弁論の全趣旨により容易に認められる。)
  (1) 当事者
   ア 原告は,平成18年当時,神奈川県立a高校(以下「a高校」という。)の高校生であり,吹奏楽部に在籍していた。(甲7,弁論の全趣旨)
   イ 被告は,b音楽大学を卒業し,ハンガリーの音楽院への留学経験もあるプロのクラリネット奏者であり,原告がa高校吹奏楽部に在籍していた当時,同部の外部講師を務めていた。(甲4,7)
  (2) 原告は,音楽大学へ進学するために,平成17年11月から平成18年11月までの間,被告からクラリネットの個人レッスンを受けていたが,被告は,個人レッスンの際に,原告に対し,キスをする,全裸にさせる,乳房をもむ,乳首をなめる,陰部付近を触る,陰部に指を入れる,全裸の写真を撮るなどのわいせつ行為を繰り返した。(甲7,8,13)
  (3) 平成18年10月中旬ころ,被告の自宅での個人レッスンの際,被告は,原告を怒鳴るなどして脅して全裸にさせた上で,原告に対し,乳房をもむ,乳首を触る,乳首をなめる,陰部付近を触る,陰部に指を入れる,自己の陰茎を原告に握らせるなどのわいせつ行為を行った(以下,上記(2)及び(3)の被告の一連のわいせつ行為を指すときは「本件各わいせつ行為」という。)。(甲1,2,4,7,8,13)
  (4) 平成18年11月,原告は被告の個人レッスンを止め,音楽大学の受験をすることもあきらめ,高校卒業後は短期大学に進学した。(甲8,10)
  (5) 平成19年12月10日,原告は,原告の父親に対し,被告から本件各わいせつ行為を受けていたことを打ち明け,平成20年10月ころ,警視庁昭島警察署長に対し,前記(3)の被告の行為が強制わいせつ罪に当たるとして被告を告訴した。その後,被告は逮捕・勾留され,平成21年2月10日,同行為について,強制わいせつ罪で東京地方裁判所八王子支部に起訴された。被告は,公訴事実について認め,同年4月21日,東京地方裁判所立川支部において懲役3年の実刑判決を受け,同判決は確定した。
 なお,原告は,平成21年3月27日,犯罪被害者等の権利利益の保護を図るための刑事手続に付随する措置に関する法律17条1項に基づき,東京地方裁判所八王子支部に対し,損害賠償命令の申立てを行った(同支部平成21年(損)第4号)が,第2回審尋期日において,4回以内の審理期日では審理を終結することが困難であるとして,同法32条1項により,同事件を終了させる旨の決定がされ,本件訴訟へ移行した。(以上につき,甲1ないし4,10,弁論の全趣旨)
 3 争点
  (1) 損害額
  (2) 過失相殺の可否
 4 争点についての当事者の主張
  (1) 争点(1)(損害額)について
 (原告の主張)
   ア 慰謝料 1000万円
 本件各わいせつ行為によって原告が負った精神的損害は甚大であり,その額は1000万円を下らない。
   イ 財産的損害
 (ア) 個人レッスン代 55万6000円
 原告は,平成17年11月から平成18年11月まで被告の個人レッスンを受けていたが,被告が行ったのはわいせつ行為であり,個人レッスンとはいえないから,被告に支払った個人レッスン代は原告の被った損害である。そして,原告は,平成17年は1か月3回ないし4回のペースで,平成18年は平均すると1か月5回のペースで個人レッスンに通い,1回の個人レッスンにつき,平成17年は8000円,平成18年は1万円を被告に支払っていた。したがって,原告の支払った金額の合計(なお,平成18年11月分の個人レッスン代は除く)は,8000円×7(平成17年11月は3回,同年12月は4回で計算)+1万円×5×10か月=55万6000円であり,これは原告の被った損害である。
 (イ) クラリネット代 40万円
 原告は,本件各わいせつ行為により,クラリネットを吹くことはもちろん,見ることもできなくなってしまった。
 したがって,クラリネットの購入代金40万円は原告の被った損害である。
 (ウ) クラリネットパーツ(リード)代 36万円
 クラリネットを演奏するにはリードと呼ばれる部品が必要で,原告は,1箱2000円以上するリードを1か月に少なくとも5箱以上購入していた。しかし,これらのリード代は,原告がクラリネットを吹くことができなくなってしまったため,すべてが無駄になった。
 したがって,3年分のリード代36万円(2000円×5×12×3=36万円)は原告の被った損害である。
 (エ) 交通費 8万4360円
 被告のレッスンは,被告の自宅又は厚木市内のカラオケボックスで行われた。原告の自宅から被告の自宅までの往復交通費は1回当たり1560円であり,厚木市内のカラオケボックスまでの往復交通費は1回当たり800円である。被告の自宅での個人レッスンは合計51回,カラオケルームでの個人レッスンは合計6回であったから,個人レッスンに通うための交通費の合計は,1560円×51+800円×6=8万4360円である。
 そして,前記(ア)のとおり,被告が行ったのは個人レッスンとはいえないのであるから,レッスンに通うために要した往復交通費は原告の被った損害である。
 (オ) カラオケボックス使用料 9000円
 カラオケボックスでの個人レッスンは合計6回行われたが,カラオケボックス使用料は1回当たり1500円ないし2000円であり,原告は少なくとも合計9000円の使用料を支払った。この使用料も交通費と同様の理由から原告の被った損害である。
   ウ 弁護士費用 140万円
 原告は,本件各わいせつ行為について,告訴,刑事裁判への被害者参加,損害賠償命令の申立て,本件訴訟の追行等を原告訴訟代理人弁護士に依頼し,損害額の1割を弁護士費用として支払うことを約した。よって,上記損害額の合計の約1割である140万円は原告の被った損害である。
 (被告の主張)
 いずれも争う。
   ア 慰謝料について
 原告は,本件各わいせつ行為の結果,重度の精神障害を負ったという事情もない。強制わいせつ行為よりも法定刑が重く,かつ,肉体的・精神的苦痛もはるかに大きいと評価される強姦の事案であっても,慰謝料は300万円程度であり,強姦の事案でもない本件各わいせつ行為について,慰謝料が1000万円というのは極めて高額にすぎる。本件各わいせつ行為による精神的苦痛に対する慰謝料としては,弁護士費用を含め高くとも200万円程度であると評価するのが相当である。
   イ クラリネット代について
 原告は,被告の個人レッスンを開始する以前にクラリネットを購入していたのであるから,本件各わいせつ行為と原告のクラリネット購入との間に因果関係はなく,クラリネットの購入代金は,本件各わいせつ行為により生じた損害ではない。
   ウ 個人レッスン代,交通費,カラオケボックス使用料について
 原告は,本件各わいせつ行為が継続している間も,自らの意思で個人レッスンを受けることを希望し,被告から個人レッスンを受けていたのであるから,本件各わいせつ行為と個人レッスン代等との間に因果関係は認められない。
 仮に,本件各わいせつ行為と個人レッスン代等との間に因果関係があると評価されるとしても,被告が原告に対し個人レッスンを行った回数は,約30回程度であったのであるから1か月につき5回程度のレッスンを行っていたことを前提としてレッスン代を計算することは誤りである。
   エ 弁護士費用について
 本件訴訟は刑事裁判の証拠を援用して行われるのであり,弁護士が行うべき特段の作業はないのであるから,本件各わいせつ行為と相当因果関係のある弁護士費用は高く見積もっても20万円程度が相場であり,140万円は高額にすぎる。
  (2) 争点(2)(過失相殺の可否)について
 (被告の主張)
 被告は,個人レッスンにおいて,原告に対し,被告から本件各わいせつ行為をされるのが嫌であればレッスンを止めてもいいこと,その場合は他の指導者を紹介することを伝えていた。原告は当時高校生であり,十分に常識的な行動をとることができる年齢であったのであるから,被告の本件各わいせつ行為を受け入れたくなければ,別の指導者を紹介してもらうなどして被告の個人レッスンを拒否することは十分に可能であった。
 原告は,被告に対して個人的な恋愛感情を抱いたことから本件各わいせつ行為に至ったのであるが,原告が明確に拒否の意思表示をしなかったために,被告は,本件各わいせつ行為を継続することになってしまったのである。
 原告と被告との間の師弟関係は,原告が被告から完全に支配されていたというものではなく,わいせつ行為を拒否することが不可能であったというような特段の事情もないのであるから,原告にも落ち度があったというべきであり,その原告側の過失割合としては3割が相当である。
 (原告の主張)
 被告は,原告に対し,最初の個人レッスンの際に,「音大を目指すなら俺の言うことを全部聞け」,「俺の言うことが聞けないなら止めろ」などと述べ,個人レッスン中は,最初から最後まで怒鳴り,譜面台を蹴り,譜面を破り,原告のふくらはぎを蹴り,胸ぐらをつかみ,髪の毛をわしづかみにするなどの暴行を加えていた。また,被告は,レッスンの際,原告に対し,自らの携帯電話に保存していた原告の全裸の写真を突きつけ,練習をしなければ他人に同写真を見せると脅迫もしていた。さらに,被告は,音大受験に迷いが生じたと打ち明けた原告に対し,憤慨し,「俺がお前と費やした時間を無駄にするのか」と怒鳴り続けた。
 かかる状況の下で,原告は,被告に止めたいと申し出たら被告からまた怒鳴られるという恐怖心,原告を応援して高いレッスン代を払ってくれる両親に対する罪悪感,被告のレッスンをやめたら吹奏楽部にすら所属していられないかもしれないという孤独感や絶望感から,止めたいという気持ちを押し殺し,被告の個人レッスンを受け続けていたのである。
 したがって,原告に,本件各わいせつ行為を拒否する選択肢などなかったことは明らかであり,原告に何ら落ち度は存在しない。
第3 当裁判所の判断
 1 認定事実
 掲記の各証拠及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。
  (1) 被告による個人指導を受けるようになる経緯
   ア 原告は,中学時代に吹奏楽部でサックスを担当し,このころからプロの音楽家になりたいと考えるようになった。そのため,吹奏楽部が盛んであったa高校を受験して,平成16年4月,同校に入学した。原告は,同校に入学後すぐに吹奏楽部に入部し,当時,同部の外部講師を務めていた被告から部活動の際に指導を受けるようになった。被告は,吹奏楽部において非常に厳しい指導をしており,生徒がミスをすると,怒鳴る,譜面台を蹴飛ばす,指揮棒を投げる,楽譜を破るなどの行為を行っており,吹奏楽部の部員から怖れられていた。
 なお,原告は,吹奏楽部に入部後,サックスの担当を希望したが,当時,吹奏楽部のサックスの定員に空きがなかったため,クラリネットを担当することとなり,このころクラリネットクランポンRC prestige)を約40万円で購入した。(以上につき,甲7,10,13,18,19,弁論の全趣旨)
   イ 平成17年の秋ころ,a高校吹奏楽部内でサックスのオーディションがあり,原告は,元々サックスの担当を希望していたことから,同オーディションに参加した。同オーディションで審査員を担当していた被告は,原告がサックスを演奏しているのを聞いて,原告に音楽大学を目指さないかと声をかけ,サックスで目指すなら他の指導者を紹介するし,クラリネットで目指すのであれば被告が個人レッスンをする旨伝えた。
 原告は,サックスよりもクラリネットの方が上手く演奏できると思っていたこと,プロのクラリネット奏者である被告から音楽大学を目指さないかと勧誘を受けたことなどから,クラリネット音楽大学を目指そうと考え,その旨を被告に伝え,同年11月ころから,被告の個人レッスンを受けるようになった。(以上につき,甲7,10,13)
  (2) 被告による本件各わいせつ行為
   ア 平成17年11月下旬,原告は,被告の自宅において,被告から最初の個人レッスンを受けた。その際,被告は,原告に対し,本当に音大を目指すのであれば俺の言うことを全部聞け,俺の言うことが聞けないなら止めろ,今までの先輩で音大の入試の前に緊張してうまく吹けない先輩がいたが,裸になって吹けといって,裸にして吹かせたらうまくいった,体を売って演奏会に出ている人もいるなどと述べた。(甲7,17)
   イ 平成17年12月上旬ころ,厚木市内のカラオケボックスにおいて個人レッスンが行われた際,被告は,原告に対し,ブラジャーがきついから呼吸がうまくできないと述べ,ブラジャーを外すようにと指示し,原告は,その被告の言葉を信じて,その日はブラジャーを外してレッスンを受けた。(甲7)
   ウ 平成17年12月末,厚木市内のカラオケボックスでの個人レッスンの際,被告は,クラリネットを吹くときは唇を柔らかくする必要があり,キスをする感じでやる必要があるなどと述べ,原告に対し,キスをした経験があるか尋ねた。これに対し,原告が経験がないと答えると,被告は,今からキスをすると述べ,原告に対しキスをした。その後,被告は,被告の自宅やカラオケボックスでのレッスンの際,原告と二人きりになると,原告に対しキスをするようになった。原告は,被告とキスをすることに苦痛を感じていたが,キスを拒否すれば,個人レッスンが受けられなくなり,音楽大学への進学もできなくなると考えて我慢していた。(甲7,12,13)
   エ 平成18年2月ころ,被告の自宅でのレッスン中に,被告は,原告に対しパジャマに着替えるように指示し,原告が被告から渡されたパジャマに着替えると,被告は,腹式呼吸の練習をすると述べ,原告を上半身裸にさせた上で,原告の腹部等を触るなどした。(甲7,13)
   オ 平成18年3月ころになると,被告は,被告の自宅での個人レッスンの際(被告の家族が在宅していないとき)には,原告が演奏を間違えると服を脱げと怒鳴り,服を脱がせて全裸にした上で原告に演奏させるようになった。そして,同月下旬ころのレッスンの際,全裸にさせられた原告が演奏していると,被告が,原告に対し,異性と交際したことがあるかと尋ねてきたことから,原告が異性と交際した経験はないと答えたところ,被告は,異性と交際した経験がないのがいけない,女性ホルモンを出さないといけないなどと述べて,原告の陰部付近を触り,陰部に指を入れて動かすなどした。また,このころから,被告は,全裸にした原告の乳房をもんだり,乳首をなめたりするようにもなった。
 原告は,被告から上記のようなわいせつ行為をされるようになってから,そのことが苦痛で被告の個人レッスンを止めたいと思っていたものの,音楽大学に進学するためには,被告に指導をしてもらうことが必要であると考えたことに加え,個人レッスンを止めると言って被告から怒鳴られるなどして怖い思いをすることや個人レッスンを止めてa高校の吹奏楽部に在籍できなくなる事態を回避したかったことから,個人レッスンを止めると言い出すことはできず,被告のわいせつ行為を我慢して個人レッスンを受けていた。(以上につき,甲7,13)
   カ 平成18年夏ころになると,被告は,原告に対するレッスンをより厳しく行うようになり,原告に対し,「下手くそ」などと怒鳴る,譜面台を蹴飛ばす,楽譜を破って投げつけるといった行為をより頻繁に行うようになった。なお,このころは,被告の自宅ではなく,a高校で個人レッスンが行われることが度々あった。(甲7,13)
   キ 平成18年9月上旬ころ,原告が被告に対し個人レッスンを止めたいと伝えたところ,被告は,原告が個人レッスンを止めるのであれば,当時,原告を含めた吹奏楽部8人で組んでいたクラリネットアンサンブルの指導も行わないと述べた。この被告の言葉を聞いて,原告は,他のアンサンブルのメンバーに迷惑をかけることは避けたいと考え,被告に対し,個人レッスンをこのまま続けると述べた。
 しかし,その後,個人レッスンを止めたいという気持ちはより強くなり,同年9月下旬ころ,被告の自宅での個人レッスンの前に,原告は,被告に対し,音楽大学へ進学したいのかどうかわからなくなってしまったと述べた。被告は,この原告の言葉を聞いて激怒し,原告に対し,俺がお前に費やした時間を無駄にするのかなどと怒鳴った。原告は,被告から怒鳴られて恐怖を感じ,泣きながら音楽大学を目指す旨述べた。
 それからレッスンが開始されたが,泣きながら演奏した原告が演奏を失敗すると,被告は,ペナルティーだと言って原告に服を脱ぐように命じて原告を全裸にさせ,原告の全裸の姿を被告の携帯電話で写真に撮った。そして,被告は,原告に対し,練習しないとこの写真を他人に見せるぞなどと述べた。(以上につき,甲8,13)
   ク 平成18年10月上旬,被告は,a高校で原告の個人レッスンを行った際,原告がうまく演奏できなかったとして,原告の胸ぐらをつかむ,原告の髪の毛を片手でつかんで原告の頭を揺さぶる,原告の目の前の譜面台とともに原告のふくらはぎを蹴るなどの暴行を加えた。さらに,被告は,原告に対し,前記キの原告の全裸の写真を見せ,これを他人に見せると述べた。(甲8,13)
   ケ 平成18年10月中旬ころ,被告の自宅でのレッスンの際,原告が演奏を何度も間違えたところ,被告は,舌打ちをして,「下手くそ。何だその汚い音は。なぜ言われたとおりにできないんだ。服を脱げ」などと怒鳴って原告を脅した。原告は,被告から怒鳴られて恐怖を感じたことに加え,以前のように暴行を受けることや被告が以前撮影した原告の全裸の写真が第三者の目にさらされる事態をおそれ,被告のいうとおり服をすべて脱いで裸になった。被告は,裸になった原告に対し,乳房をもむ,乳首を触る,乳首をなめる,陰部付近を触る,陰部に指を入れるなどのわいせつ行為を行った上,さらに,自らも服を脱ぎ,右手で原告の左手首をつかんで無理矢理自らの陰茎に引き寄せ,露出した陰茎を握れと怒鳴って原告を脅し,原告に自己の陰茎を握らせた。(甲1,8,13)
   コ 平成18年10月下旬,原告が被告の自宅での個人レッスンに遅刻したところ,被告は,原告に対し,土下座して謝れと怒鳴り,原告が土下座をすると,原告の頭を足で踏みつけ,さらに,原告に対し,原告が遅刻したために無駄になった時間の代償を払え,払えないのであれば体で払えなどと怒鳴った。(甲8,13)
  (3) 個人レッスンの中止
   ア 前記(2)コのレッスンの後,原告は,a高校において,被告のレッスンを2,3度受けたが,被告の行為に耐えられなくなり,平成18年11月,被告に対し,電話で個人レッスンを止める旨を伝えた。(甲8,13)
   イ 原告は,被告の個人レッスンを止めた後,吹奏楽部での活動は継続したものの,音楽大学を受験することはなく,高校卒業後は短期大学に進学した。(甲4,8,10,13)
  (4) 被告の本件各わいせつ行為の発覚
   ア 短期大学に進学後,原告は当時の交際相手に対し,被告から本件各わいせつ行為を受けたことを打ち明け,その交際相手から原告の両親に対しても同事実を話すようにと説得を受けたことから,平成19年12月10日,原告の父親にも同事実を告白した。原告の父親は,原告の話を聞き,平成20年1月下旬,原告訴訟代理人の弁護士に同事実について相談した。(甲4,10)
   イ そうしたところ,平成20年3月12日ころ,被告から原告の携帯電話にメールがあり,原告は,両親や弁護士と相談の上,被告との間でメールで連絡を取るようになった。
 そのメールのやり取りの中で,被告は,当初,原告が個人レッスンを止めたことについて「君は僕との約束を一方的に破りました」,「僕はこの件でとても傷つきました」などと述べ,原告に対するわいせつ行為について,「純粋に表現者の世界へ導くものであった」,「なぜ裸になるかは羞恥に慣れ,自分を隠さなくなるようにするため」,「何故身体に触れるかは音楽表現のほとんどは,SeXの感覚の移し替えなので,身体を触られる感覚,それもSeXに関係した場所を触られる感覚を知ると,自分が表現する側にまわった時,人と人との間に存在する間や緊張感,相手を壊さずに刺激を与える際の手加減の度合い等を上手くコントロール出来るようになる」,「基礎的な音楽力が未開発なのに短期で結果を出さなければいけない状況の君にはもっとも効果的と考えた」などと述べていたが,最終的には,個人レッスン中に原告に対しセクシャルハラスメントを行ったとして謝罪した。(甲9,10)
 2 争点(1)及び(2)(損害額及び過失相殺の可否)について
  (1) 慰謝料
 原告は,当時,高校生という多感な時期にあり,異性と交際した経験もなかったにもかかわらず,指導者として信頼していた被告から約10か月という長期間にわたり,個人レッスンの際に何度も前記1(2)ウないしオ,キ,ケのようなわいせつ行為を受けたのであり,本件各わいせつ行為によって原告が被った精神的苦痛は察するに余りあるものがある。これに加え,前記1(4)イのとおり,被告は,原告が本件各わいせつ行為に耐えきれず個人レッスンを止めた後も,自己の卑劣な行為を正当化し,悪いのは原告であると言わんばかりの内容の電子メールを原告に対し送信するなど,事後の対応も極めて不誠実であること,前記1(3)イのとおり,本件各わいせつ行為により,原告は音楽大学を受験することすらあきらめ,音楽とは無関係の進路に進まざるを得なくなったことなど,その他本件に現れた一切の事情も考慮すると,本件各わいせつ行為によって原告が被った精神的苦痛に対する慰謝料としては,350万円が相当である。
  (2) 財産的損害
   ア クラリネットレッスン代
 (ア) 前記1(2)イ,ウのとおり,被告は,原告の個人レッスンを開始して1か月も経たないうちに,原告に下着を外すように指示をしたり,原告にキスをするなど,わいせつ行為ないしそれに類する行為を行ったものと認められるものの,その後も継続的に原告に対し本件各わいせつ行為を行い,その内容は徐々に悪質になっている。こうした経過にかんがみると,被告の原告に対する個人レッスンは,当初から,クラリネットの指導というよりも,原告に対しわいせつ行為を行うことを主たる目的としたものといわざるを得ない。被告は,わいせつ行為を行う目的で個人レッスンを行い,実際に,被告は,原告に対し,個人レッスンの際に何度もわいせつ行為を行っていることに加え,個人レッスンの際に原告が覚えた恐怖心等は重大なものであり,クラリネットの指導の実質があったとは認められないことを考えれば,被告が原告に対し行った個人レッスンは,わいせつ行為を行わなかった個人レッスンも含め,金銭を支払うに値しないものというべきである。したがって,原告が被告に対し支払ったレッスン代は原告の被った損害であるといえる。
 (イ) ところで,原告は,平成17年11月分から平成18年10月分まで合計57回(平成17年11月は月3回,同年12月は月4回,平成18年は各月5回)の個人レッスン代を損害として請求している。
 しかし,平成17年11月については,前記(3)アのとおり,個人レッスンが初めて行われたのが同月下旬であることからして,1回を超えて個人レッスンが行われたと認めることはできない。また,平成17年12月以降については,原告は,平成21年2月5日の時点では,個人レッスンの回数について,基本的に週に1回,月に3回か4回,土曜日か日曜日,時には祝日にレッスンをしたと述べていること(甲7),原告の父親も週に1回の割合であったと述べていること(甲10)などからすると,月に平均4回の割合で行われていたと認めるのが相当であり,これを超える回数が行われたと認めるに足りる証拠はない。(なお,被告は個人レッスンの回数は合計で30回以上であると述べるが,内訳を具体的に述べているわけではなく,上記認定を左右するものではない。)
 (ウ) 上記の個人レッスンの回数を前提とすると,1回あたりのレッスン代は平成17年が8000円,平成18年が1万円であったと認められること(甲19)から,原告が被告に対し平成17年11月から平成18年10月までに支払ったレッスン代は,8000円×5(平成17年11月が1回,同年12月が4回)+1万円×4回×10か月=44万円であり,これは原告の被った損害である。
   イ クラリネット
 原告は,クラリネットの購入代金40万円は,被告のわいせつ行為により原告が被った損害であると主張する。
 しかしながら,原告は,平成16年4月に吹奏楽部に入部した後の高校1年時にクラリネットを購入し(甲19),本件各わいせつ行為後も平成19年3月の卒業時まで吹奏楽部での活動を続けていたこと(甲8),本件各わいせつ行為により原告所有のクラリネットが毀損したなどの事情はないこと,クラリネットを使用しなくなったとしても,原告においてクラリネットを売却することは何ら妨げられないことなどからすると,原告にクラリネット購入代金相当額の損害が発生したとは認めることはできない。
 よって,原告の上記主張は採用することができない。
   ウ クラリネットパーツ(リード)代
 原告は,クラリネットのリード購入代金についても本件各わいせつ行為により原告が被った損害であると主張する。
 しかしながら,本件各わいせつ行為によりリードが毀損したわけではなく,リードは,被告の個人レッスンを受けなくとも,原告がクラリネットを演奏する際に使用して費消したと考えられることからすると,原告にクラリネットのリード購入代金相当額の損害が発生したと認めることはできない。
 よって,原告の上記主張は採用することができない。
   エ 交通費
 原告は,被告からクラリネットの個人レッスンを受けるために交通費を支出したものであるが,前記アのとおり,被告が原告に対し行ったのは個人レッスンの名に値しないものであり,原告が支出した交通費はすべて無駄になったというべきであるから,これは,本件各わいせつ行為により原告が被った損害といえる。
 ところで,前記アのとおり,原告は,被告から計45回の個人レッスンを受けたと認められるが,後記オのとおり,その内6回は厚木市内のカラオケボックスで行われたものである。また,前記1(2)カ,(3)アのとおり,個人レッスンは,a高校においても度々行われていたと認められるところ,被告が,被告の自宅での個人レッスンの回数は3分の2程度であるとの趣旨の供述をしていること(甲17)にかんがみると,被告の自宅での個人レッスンは,30回と認めるのが相当である。そして,原告の家から被告の自宅までの往復交通費は1560円であり,厚木市内のカラオケボックスまでの往復交通費は800円である(甲19)。
 よって,1560円×30+800円×6=5万1600円が原告の被った損害である。
   オ カラオケボックス使用料
 上記エの交通費と同様の理由から,カラオケボックスの使用料として支払った金額も原告の被った損害といえる。
 原告は,カラオケボックスを使用した個人レッスンの回数について,警察から聞いた回数として6回であると述べており(甲19),被告からこれに対する特段の反論もない。したがって,カラオケボックスを使用した個人レッスンの回数については,原告の主張どおり,6回と認めるのが相当である。そして,1回あたりのカラオケボックスの使用料は1500円程度であったと認められる(甲19)ことから,1500円×6=9000円が原告の被った損害である。
  (3) 過失相殺
 被告は,原告が本件各わいせつ行為を拒否できる状況にあったにもかかわらず,これを明確に拒否しなかったことから,被告が本件各わいせつ行為を継続することになったのであるから,原告にも落ち度があり,3割の過失相殺をすべきであると主張する。そこで,以下過失相殺の可否について検討する。
   ア 平成18年9月以後について
 前記1(2)キのとおり,原告は,平成18年9月上旬及び同年9月下旬ころに,被告に対し個人レッスンを止めたいと訴えている。この行動が被告のわいせつ行為を拒否する原告の意思表示であることは誰の目にも明らかであり,原告が被告のわいせつ行為を明確に拒否しなかったとの被告の主張はその前提を欠く。
 したがって,平成18年9月以後については,原告に何ら落ち度は認められない。
   イ 平成18年8月以前について
 (ア) 平成18年8月以前,原告は,被告の個人レッスンを止めたいと述べるなどの行動はとっていない。
 しかしながら,原告が,上記のような行動をとることなく,被告のわいせつ行為を我慢していたのは,前記1(2)ウ,オのとおり,原告に対する恐怖感や被告の個人レッスンを止めると音楽大学の進学が困難になることを怖れていたためである。前記1(1)アのとおり,被告は,指導の際には,日常的に,怒鳴る,譜面台を蹴飛ばす,指揮棒を投げる,楽譜を破るなどの行為を行っていたことから,原告を含む吹奏楽部員からは怖れられていたのであり,そのような被告に対し,当時高校生であった原告が,怒鳴られたり暴力的な行為を受けることを覚悟して,自己の意思を明確に示すことは非常に困難なことであったといえる。また,原告は,目標とする音楽大学の進学のためには,被告から指導を受ける必要があると信じ,被告の理不尽な個人レッスンを耐えなければならないと思い込んでいたものであり,冷静な判断をすることは難しい状態にあったものと認めることができる。
 こうしたことからすると,原告が,被告に対し,被告の個人レッスンを止めると述べたり,わいせつ行為を行う被告に対して明確に拒否の意思を示すなどの行動をとらなかったとしても,それはやむを得ないというべきであり,そのことをもって原告の落ち度ということはできない。
 (イ) なお,被告は,個人レッスン開始後も被告による個人レッスンが嫌であれば他の指導者を紹介すると述べていたと主張するが,これを認めるに足りる証拠はない。仮に,そのような事実が認められるとしても,原告が被告に対し,被告の個人レッスンを止め,別の指導者を紹介してほしいと申し出ることができない状態にあったことは上記(ア)と同様である。したがって,いずれにしても原告に落ち度は認められない。
   ウ 小括
 以上のとおり,原告には何ら落ち度は認められないのであるから,過失相殺をすべきとする被告の主張は採用することができない。
  (4) 弁護士費用
 原告が損害賠償命令申立て及び本件訴訟の提起・追行を原告訴訟代理人弁護士に依頼したことは当裁判所に顕著である。そして,本件事案の性質・内容,本件訴訟の経過,原告の被った損害等に照らせば,被告の本件各わいせつ行為と相当因果関係のある弁護士費用は,40万円と認めるのが相当である。
  (5) 合計
 以上の合計440万0600円が,被告の本件各わいせつ行為により生じた原告の損害である。
 3 結論
 以上のとおり,原告の請求は,440万0600円の限度で理由があるからこれを認容し,その余は理由がないから棄却することとして主文のとおり判決する。
 (裁判長裁判官 本間健裕 裁判官 田口治美 裁判官 小野本敦)