最高裁はそんな定義は採用していません。
定義はありません。
向井香津子「最高裁判例解説 強制わいせつ罪の成立と行為者の性的意図の要否」 法曹時報第72巻第1号
ア 判例
「わいせつ」という用語は,刑法174条(公然わいせつ),175条(わいせつ物頒布等)にも使用されているところ,昭和26年判例が,刑法175条所定のわいせつ文書に該当するかという点に関し,「徒に性欲を興奮又は刺激せしめ且つ普通人の正常な性的差恥心を害し善良な性的道義観念に反するものと認められる」との理由でわいせつ文書該当性を認め,最大判昭和32年3月13日・刑集11巻3号997頁(チャタレー事件)もその定義を採用しており,これが「わいせつ」の定義であるとされている。
さらに,前掲名古屋高裁金沢支部判【裁判例①】は,「刑法第176条にいわゆる「猥せつ』とは徒らに性欲を興奮又は刺戟せしめ,且つ普通人の正常な性的蓋恥心を害し,善良な性的道義観念に反することをいうものと解すべき」とし,刑法176条の「わいせつ」についても,刑法175条に関して判示された上記定義と同内容の定義を採用し,【裁判例①】は,多くの文献等で刑法176条のわいせつの意義を示した高裁判例として引用されている。しかし,刑法176条の「わいせつな行為」の定義を示した最高裁判例はない。
岡山地方裁判所倉敷支部
令和3年(わ)第147号
令和03年12月22日
理由
(罪となるべき事実)
被告人は、●●●(当時6歳)が13歳未満であることを知りながら、同人にわいせつな行為をしようと考え、令和2年11月14日頃、●●●教室内において、同人に対し、その左手をつかんで引き寄せた上、開いた状態のその左手を自己の着衣の上からその陰茎部分に置き、その左手の上に自己の両手を重ねて置くなどして、同部分を触らせる姿態を続けてとらせ、もって13歳未満の者に対し、わいせつな行為をした。
(証拠の標目)
(事実認定の補足説明)
本件公訴事実の要旨は、被告人が、被害者に着衣の上から自己の陰茎を握らせたというものであるところ、被告人及び弁護人は、被告人は、被害者の手を着衣の上から自己の陰茎部分に置いたに留まり、自己の陰茎を握らせたことはない旨主張する。
本件時の被害者及び被告人の各手指の状況については、幼い被害者から詳細な供述までは得られていないことや、被告人の捜査段階での供述と当公判廷での供述との間に変遷が見られることなどから、具体的なところまでは明らかでなく、少なくとも、被告人が被害者の手にあえて強い力を加えるなどしたという意味においてその陰茎を握らせたと認めるに足りる証拠があるとはいえないものの、関係証拠によれば、少なくとも、被告人が、自己の右手で、右隣に座っていた被害者の左手首を握って自分のほうへ引き寄せ、被害者の開いていた左手を自己の着衣の上からその陰茎部分に置き、その左手に自己の開いた右手を乗せ、更にその上に自己の開いた左手を乗せて、その姿態を約1分間にわたって続けてとらせた事実は、優に認定でき、かつ、そう認定することが、弁護人の指摘する自白の証拠力に係る規律を含む憲法及び刑事訴訟法の諸規定と抵触することはないものと判断した。
(法令の適用)
1 罰条 刑法176条後段
2 刑の執行猶予 刑法25条1項
(争点に対する判断)
1 弁護人は、被告人の行為は、刑法176条後段にいう「わいせつな行為」には当たらない旨主張する。
2 刑法176条後段にいう「わいせつな行為」とは、一般に、いたずらに性欲を興奮、刺激又は満足させ、かつ、普通人の正常な性的羞恥心を害し、善良な性的道義観念に反する行為をいうものと解されるところ、これに当たるか否かについては、行為そのものが持つ性的性質の有無及び程度を踏まえた上で、必要に応じて当該行為が行われた際の具体的状況等の諸般の事情をも総合考慮し、社会通念に照らし、その行為に性的な意味があるといえるか否かや、その性的な意味合いの強さを、個別具体的に判断して、同条による処罰に値する行為とみるべきかどうかを含め、規範的評価として、客観的に判断されるべきである。
3 本件についてみると、判示行為は、被害者に被告人の着衣の上からその陰茎部分に触れることを余儀なくさせ、かつ、それを相応の時間にわたって行ったというものである上、それは触らされている部分を見ていない被害者をして陰茎を触らされているのではないかと知覚できるほどのものであったのだから、その触らせていた場所が被告人着用に係るジーンズの前面中央にあるチャックの付近であったことといった弁護人が指摘する点を考慮しても、それ自体として相応に高いわいせつ性を持つというべきである。これに加え、被告人は、当時6歳の被害者が利用する判示施設の支援員であり、被害者ら施設利用児童を監督等する立場であったのに、同施設利用中の被害者に対して、周囲に他の施設利用児童も多数居る中、自身の性欲を昂進させて判示行為をしたものであるところ、こうした被害者の年齢や被告人との関係等によれば被害者において判示行為の意味を踏まえて抵抗等することが困難なことは明らかであるし、当時の周囲の状況もこの種の性的な行為が許容されるような場面では到底ない。
弁護人が指摘する裁判例や諸見解を検討しても、本件は、犯人が被害者の性的部位に同人の着衣の上から触れるなどしたケースとは問題となる行為の態様や場面等において事案を異にするものというべきである。
4 以上により、被告人のした判示行為は刑法176条後段の「わいせつな行為」に該当し、その故意等その余の要件に欠けるところもないものと判断した。
(量刑の理由)(検察官 藤原弥都、弁護人[私選] 板垣和彦 各出席)
(求刑 懲役1年6月)
(裁判官 横澤慶太)