「わいせつな行為とは、個人の身体に向けられた重大な性的干渉をいう」松原芳博刑法各論[第2版]
初版とは違う説明になっています
単なる撮影行為は、わいせつ行為とは言えないそうです。
刑法各論(初犯)
2016年3月20日第1版第1刷発行
著者一松原芳博
判例によれば、本罪の「わいせつな行為」とは、公然わいせつ罪のそれと同じく、「徒に性欲を興奮または刺激せしめ、且つ、普通人の正常な性的差恥心を害し、善良な性的道義観念に反する」行為である(名古屋高金沢支判昭和36年5月2日下刑集3巻5=6号399頁)。もっとも、本罪では個人の性的自由が保護法益であるから、第三者からみた行為の意味ではなく被害者からみた行為の意味が重要となるため、「わいせつな行為」の範囲は公然わいせつ罪よりも広くなる。したがって、唇にキスする行為は公然わいせつには当たらないとしても強制わいせつ罪には当たりうる。もっとも、現在の性意識に照らせば、頬にキスする行為(東京地判昭和56年4月30日判時1028号145頁はこれも本罪に当たるとする)に性的意味は認め難いであろう。このほか、「わいせつな行為」の例としては、乳房や陰部に触れる行為(名古屋高金沢支判昭和38年5月2日下刑集3巻5=6号399頁)、裸にして写真を撮る行為(東京高判昭和29年5月29日判特40号138頁)、肛門に異物を挿入する行為(東京高判昭和59年6月13日刑月16巻5=6号414頁)がある。
松原芳博刑法各論[第2版](法セミLAWCLASSシリーズ)2021年3月23日
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2強制わいせつ罪
13歳以上の者に対し、暴行または脅迫を用いてわいせつな行為をした者は、6月以上10年以下の懲役に処せられる。
13歳未満の者に対し、わいせつな行為をした者も同様である(176条)。
これらの未遂も罰せられる(180条)。
わいせつな行為とは、個人の身体に向けられた重大な性的干渉をいう。29)30)29) 判例・通説(団藤490頁など)は、本罪の「わいせつな行為」を、公然わいせつ罪のそれと同じく、「徒に性欲を興奮または刺激せしめ、且つ、普通人の正常な性的差恥心を害し、善良な性的道義観念に反する」行為(名古屋高金沢支判昭和36年5月2日下刑集3巻5=6号399頁)と定義してきた。
しかし、本罪では、第三者からみた行為の意味ではなく被害者からみた行為の意味を問題とすべきであり、また、被害者の身体に向けた加害性が要求されるべきである。
30) わいせつな行為の諸類型につき、嘉門優「強制わいせつ罪におけるわいせつ概念」立命375=376号(2017年)116頁以下参照。
わいせつな行為の判断基準につき、佐藤陽子「強制わいせつ罪におけるわいせつ概念について」法時88巻11号(2016年)62頁以下参照。
身体の接触のないわいせつな行為の類型につき、橋爪隆「非接触型のわいせつ行為について」研修860号(2020年)3頁以下参照。その典型は、陰部や乳房などの性的部位に直接触れる行為(最決平成23年9月14日刑集65巻6号949頁、さいたま地判平成26年5月21日LEX/DB25504089など)である。
唇(東京高判昭和32年1月22日高刑特4巻l~3号16頁)や頬(東京地判昭和56年4月30日判時1028号145頁)に無理やり接吻する行為も本罪に当たるとされるが、現在の社会の意識に照らせば、少なくとも後者に性的な意味は認め難いように思われる。
着衣の上から性的部位に触れる行為は、性的干渉の重大性の見地から、乳房を操む行為(函館地判平成27年5月18日LEX/DB25447301)や霄部を撫で回す行為(京都地判平成26年5月21日LEX/DB25504092)のような執拘な態様のものに限って本罪を構成し、そうでないものは、本罪の予定する不法内容に達しないことから、卑わい行為として迷惑防止条例で罰せられる。
被害者に行為者の性的部位、特に性器を直接さわらせる行為(熊本地判平成27年6月12日LEX/DB25540876)も、本罪に当たる。被害者に自慰行為をさせる行為(神戸地尼崎支判平成26年7月30日「LEX/DB25504574)や女性を無理やり裸にして写真撮影する行為(東京地判昭和62年9月16日判タ670号254頁)は、身体的接触を伴わないものの、性的な意味をもつ身体的態度を被害者に強いていることから、被害者の身体の重大な性的収奪として本罪を構成しうる。32) 裁判例には、医師が診療中に性的意図をもって女児の胸を盗撮した聿案で児童ポルノ製造罪とともに強制わいせつ罪の成立を認めたもの(広島高判平成23年5月26日LEX/DB25471443)がある。しかし、非接触型のわいせつ行為については、何らかの強制的契機を伴うか、または少なくとも行為を被害者が認識していることを要すると解すべきであろう。そうでなければ、迷惑防止条例や軽犯罪法で罰せられている覗きや盗撮も準強制わいせつ罪に当たることになってしまう。
行為者の自慰行為を被害者に見せつける行為(大津地判平成24年6月1日LEX/DB25481694)については、被害者の身体への侵襲性がさらに希薄になるが、行為者との性交類似行為への参加を被害者に強いていると評価しうる限度で本罪の成立を認めうるように思われる。
判例は、かつて、本罪の成立には性欲を刺戟興奮させまたは満足させる意図(性的意図)を要するとし、報復のために女性を裸にして写真を撮った被告人を本罪ではなく強要罪に処した(最決昭和45年1月29日刑集24巻1号1頁)が、近時、被害者の受けた性的被害を重視すべきとの見地から、行為者の性的意図は本罪の必須の成立要件ではないとする立場に転じ、〔事例8〕金を借りようとした相手の要求に応じ、7歳の女児に自己の男性器を触らせたり口に畦えさせたりしている写真を送った事案で、本罪の成立を肯定した(最大判平成29年11月29日刑集71巻9号467頁一強制性交等罪新設前の事件)。
性的意図は、もともと、性犯罪を淫らな性欲の発散として捉える立場から、行為の背徳性を基礎づける事情として要求されたものと考えられる。
これに対して、性犯罪を被害者の性的自由の侵害とみる立場からは、行為者に性的意図はなくとも、被害者にとって性的意味をもつ行為を受忍させれば性犯罪の不法内容は充足されよう。
また、段棄罪との区別のために利用・処分意思(第10章Ⅳ2)が要求される領得罪とは異なり、性犯罪については、特別の責任要素がなくても、不法内容の相違によって強要罪との刑の違いを説明しうる。
それゆえ、性的意図を本罪の必須の成立要件から外した点で平成29年判決は支持することができる。
もっとも、平成29年判決は、行為の性的な意味が明確ではない場合において性的意図を含めた行為者の主観面を考慮する余地を認めている。
この場合の性的意図は、さしあたり、構成要件要素としての「わいせつな行為」の認定における考盧事項とされているが、性的意図と行為の法益侵害性や行為者の責任との関連性は明らかではない。
また、客観的にみて稀薄な性的性質を性的意図によって補うことによって意思処罰に陥ってはならない。
性的意図の補充的な考盧は、それが被害者に認識されることを通じて被害者にとっての性的侵襲度を高めるような場合に限って許されるべきではないだろうか。
また、外形的にみて被害者の立場に置かれた通常人にとって性的意味を有し34)ない行為について、性的意図の存在を理由に本罪の成立を認めるべきではないであろう。