児童ポルノ・児童買春・児童福祉法・監護者わいせつ・不同意わいせつ・強制わいせつ・青少年条例・不正アクセス禁止法・わいせつ電磁的記録弁護人 奥村徹弁護士の見解(弁護士直通050-5861-8888 sodanokumurabengoshi@gmail.com)

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「かねてから、自己の腹部をシャツの上からクラフトナイフ等で刺し、これが血に染まるのを見ながら、少女が腹部から血を流しているのを想像して性的興奮を覚え、自慰行為を行うという特異な性癖を有していたが、本件前に、腹部を刺しすぎて入院し、医師からもう刺すことはできない旨告げられたことから、これ以上自傷が不可能なら、現実の少女の腹部を刺したいと考えるようになり、好みの女子中学生を探してその腹部を刺そうと決意して、本件犯行に及んだ。」という動機の殺人未遂事件(神戸地裁姫路支部H28.5.18)

 これは性的意図であってもわいせつ行為としては評価しませんよね。
 

神戸地方裁判所姫路支部
平成28年05月18日

主文
被告人を懲役12年に処する。
未決勾留日数中160日をその刑に算入する。

理由
(認定事実)
 1 犯行に至る経緯
 (1) 被告人は、少女が腹部から血を流している姿を見たいなどの思いから、女子中学生の腹部をナイフで刺そうと考え、平成27年5月11日午後2時頃、クラフトナイフを携帯し、軽自動車に乗って兵庫県A市内の自宅を出た。
 (2) 被告人は、同日午後2時23分頃、軽自動車を同県B市内にあるショッピングセンターに駐車し、かねてから同所に駐輪してあった自転車に乗り換え、対象となる女子中学生を探すために、市街地を徘徊し始めた。
 徘徊を始めて2時間ほど経った頃、被告人は、B市a町の交差点付近で、徒歩で下校途中であった制服姿の女子中学生を発見し、同女を追い掛け、側を通過して好みの顔立ちであることを確認し、同女の腹部をクラフトナイフで刺すことを決意した。
 (3) 被告人は、同女を約15分間追尾した後、同女が細い路地に近付いて行くのを見て、その路地に入るものと予想し、路地の奥に先回りして待ち伏せしたところ、同女が路地に入ってくるのを確認したことから、ポケットからクラフトナイフを取り出し、その刃を引き出して、右手で自転車のハンドルと一緒に握り、同女に近付いた。
 (4) 被告人は、被告人からみて路地の右側を歩いてくる同女の左側に自転車を止め、自転車にまたがったままハンドルを右に曲げ、同女を路地の壁と自転車の間に挟むようにして逃げられないようにし、同女に対し、「ちょっといい。」と声を掛け、やにわに左手で同女の右腕を強く掴んだ。
 2 罪となるべき事実
 被告人は、同日午後4時55分頃、兵庫県B市b町c丁目d番e号付近路上において、歩行中の被害者(当時14歳)に対し、殺意をもって、その腹部付近を目掛けて、同女が両腕で防御するのにも構わず、所携のクラフトナイフを数回突き出して、その両腕、腹部及び胸部を突き刺したが、同女が大声で助けを求めたため、検挙を恐れてその場から逃走し、同女に加療約1か月間を要する胸部刺創・腹部刺創及びこれらによる右血気胸、左前腕切創、右前腕切創(肘付近のもの)並びに右前腕切創(手首付近のもの)及びこれによる右手指伸筋腱断裂の傷害を負わせたにとどまり、死亡させるには至らなかったものである。
(法令の適用)
 被告人の判示所為は刑法203条、199条に該当するが、所定刑中有期懲役刑を選択し、前記の前科があるので同法56条1項、57条により同法14条2項の制限内で再犯の加重をした刑期の範囲内で被告人を主文掲記の懲役に処し、同法21条を適用して未決勾留日数中主文掲記の日をその刑に算入し、訴訟費用は、刑訴法181条1項ただし書を適用して被告人に負担させないこととする。
(量刑の理由)
 本件は、少女の腹部を刺してシャツが血で染まるのを見たいという特異な性癖に基づき女子中学生を無差別に狙いナイフで刺したという通り魔事犯である。
 1 犯情について
 (1) 被告人は、かねてから、自己の腹部をシャツの上からクラフトナイフ等で刺し、これが血に染まるのを見ながら、少女が腹部から血を流しているのを想像して性的興奮を覚え、自慰行為を行うという特異な性癖を有していたが、本件前に、腹部を刺しすぎて入院し、医師からもう刺すことはできない旨告げられたことから、これ以上自傷が不可能なら、現実の少女の腹部を刺したいと考えるようになり、好みの女子中学生を探してその腹部を刺そうと決意して、本件犯行に及んだ。
 身勝手極まる犯行動機に酌量すべき点は全くないし、検挙を免れるために変装し防犯カメラを避けようとするなど計画性が高く、また、ナイフを用いて腹部を執拗に狙った犯行態様も悪質である。被害者を発見するまで、対象者を探して2時間以上も徘徊するなど、犯行に向けた姿勢も強固であったが、他方、被告人は、当初、腹部を刺して血が見たいと考えていたにとどまり、相手方の生命を奪うことそのものを目的としていたのではない。むしろ、死んだら困ると考えて、クラフトナイフの刃を目一杯出すことはしていないし、そのナイフもその大きさや機能からして包丁等に比べれば殺傷能力が高いとまではいえない。自転車にまたがったままの体勢もやや中途半端で、明確に殺意が認定できるのは、被害者が前屈みになって、このまま刺し続ければ心臓等を刺してしまうかもしれないと認識しながら、それでも構わないと考えて更に刺した時点以降である。
 (2) 他方、被害者は、たまたま現場付近を通りがかっただけの、被告人とは全く無関係の人物で、本件被害に遭うについて何らの落ち度がないのはもとより、これを予測することも回避することもおよそ不可能な状況にあった。被害者は、本件により緊急手術・入院を要する加療約1か月の重傷を負い、大量の出血等により生命の危険もあったし、被害に際しては死を覚悟するほどの恐怖を味わい、その恐怖は今なお続いていて、貧血にも苦しんでいる。深刻な後遺症こそ残っていないものの、胸腹部の手術痕や腕の傷跡は若い女性である被害者にはとても辛いものであるし、医療費その他による経済的損失も、被害弁償その他何らの補填を得られていない。被害者及びその家族が厳罰を希望しているのも当然というべきである。
 犯行が近隣住民に与えた不安も大きいが、取り分け、本件は通り魔事犯の性格上、被告人が犯人として逮捕されるまで地域社会は実際にかなりの緊張を強いられたようである。
 (3) 本件は、通り魔事犯として殺人未遂の中ではかなり犯情の悪い類型に属するというべきである。また、生じた傷害等も重大ではあるけれども、他方で、これが未遂事犯の結果として極めて重大とまではいえない。通り魔事犯に多く見られる殺害そのものを目的とするものでもない。後記のとおり、被告人には上記の性癖に基づく類似の前科が2犯あるが、これを考慮しても、通り魔事犯の中にあって最も犯情の悪い部類に属するとの検察官の主張には直ちに賛同することができない。
 (4) 他方、弁護人は、被告人の上記性癖は、もともと学校におけるいじめや家庭内における厳しいしつけにより形成されたもので、これについては被告人を非難できないから、量刑上この点を考慮すべきである旨主張する。
 しかしながら、学校や家庭内でのストレスにより行われるようになったのは自傷行為のみで、これに性的な要素が付け加わってくるのは、少女が登場するアニメ等に強い関心を持つようになった高校生の頃以降であり、さらに、現実の少女の腹部を刺したいと思うようになったのは、更にその後のことである。被告人は、その後、平成12年、10歳前後の少女数名に対し、その腹部等を拳骨で殴る暴行や、パンツの中に手を入れるなどして陰部を触る等の強制わいせつにより保護観察付き執行猶予の懲役刑に処され、その後、精神科に通院し、投薬治療を受けたこともあったが、自己判断で通院を止めてしまった。さらに、平成22年には、再び、少女の腹部を拳骨で殴ったり、ドライバーの先で突いたりする傷害、暴行により懲役4年に処せられて服役している。
 このように見ると、弁護人が指摘するいじめ等の事情は、本件犯行の直接の原因となった特異な性癖の一部分を形成するについて、その契機となったものにすぎないし、さらに、その後、これを矯正する又は他害行為に結び付けないためのスキルを獲得するなどの努力は十分になされていなかったというほかなく、弁護人の上記主張は採用の限りではない。
 2 一般情状について
 (1) 被告人は、自己の刑責を素直に認めて反省し、被害者に対する謝罪の弁を述べ、社会復帰後、被害弁償をしていく意向を示している。もっとも、これまで被害者に直接謝罪等の申入れをした形跡はうかがわれず、現時点では被害弁償の具体的な見込みも立っていない。
 (2) 本件の原因である被告人の性癖、性格については、元来の素質ともあいまって、20年以上の歳月をかけて形成されたものであり、被告人の年齢等も考慮すれば、今後それ自体を根本的に変えることはかなり困難であろうが、他方で、他害行為に結び付けないためのスキルを学び、社会に適応することはなお不可能ではないと思われる。この点、被告人は、これまで精神科を受診したり、前刑の服役中に性犯罪者処遇プログラムを受講したりしたものの、その必要性や有用性を十分に自覚することができず、効果を上げるに至らなかったが、本件の審理を通じて、本件が自己の特異な性癖による性犯罪であると自覚し、これに対処しなければならないという思いを持ち始め、改めて、これらを受ける意向である。もっとも、他害行為への衝動も、長年にわたって形成され、前科を見てもその犯行態様は徐々にエスカレートしており、相当根深いものであること、被告人自身の危機感や改善への主体的な意欲という点にはいまだ物足りなさも残ることなどを考慮すると、改善には相当の長期間を要すると思われる。
 (3) さらに、周囲の指導、監督環境等をみると、被告人の父が情状証人として出廷し、社会復帰後は妻と共に被告人と同居して監督していく旨を述べるが、いずれも相当な高齢であり、長期の服役後になお同人らの支援がどれほど期待できるかは甚だ疑問であるし、年長の実姉も遠方に居住し疎遠であって、他に頼れる親族等もいない。
 (4) そうすると、被告人は、更生への最低限の意欲を有しているとはいえるが、更生に向けた資質、環境等には心もとなさが残り、量刑上余り大きく評価することはできない。
 3 以上によれば、被告人については、主文の刑は免れないものと判断した。
(求刑―懲役15年、弁護人の科刑意見―懲役5年)
刑事部
 (裁判長裁判官 木山暢郎 裁判官 郄畑桂花 裁判官 谷良美)