保護法益を性的自由に純化すると、意思能力がない場合には、強制わいせつ罪の対象から外れます。
判例が傾向犯説から脱せないのはそのためじゃないかと推察します。
部位別に論じられているものはあっても、乳幼児だから強制わいせつ罪の客体には含まないという見解は見つかりません。
中津川彰「強制わいせつ罪におけるわいせつ行為について(捜査研究50年4月号61頁)
なお女子でも、乳房が全然発達していない幼児の場合はどうであろうか。幼児にも性的自由を保護する必要.かあり、その行為の程度如何によっては、一般人の正常な性的羞恥心を害する場合もあるので、積極に解したい
注釈刑法(4)各則(2) 148条〜198条 S40初版P293
(ロ〉乳房女子の乳房を弄ぶのは猥褻行為である〈大阪地堺支判昭36・4・12下級刑集3・3=4・319)。男子の乳房については同様に言うことができない。女子でも乳房の全然発述していない幼児のぱあいには問題があろう〈前掲大阪地堺支判昭36・4・12の被官者は小学校6年生〉。着衣の上からでもよいのは陰部のぱあいと同様であろう(ただし着衣が厚いぱあいには別論か)。
裁判例を見ると「右A子は、性的に未熟で乳房も未発達であって男児のそれと異なるところはないとはいえ、同児は、女性としての自己を意識しており、被告人から乳部や臀部を触られて羞恥心と嫌悪感を抱き、被告人から逃げ出したかったが、同人を恐れてこれができずにいた」という事情を重視していますが、こういう事情が全く無い乳幼児ならどうなるのか、非傾向犯説で処罰できるのかという問題があります。
強制わいせつ被告事件
新潟地方裁判所判決昭和63年8月26日
(罪となるべき事実)
被告人は、昭和六三年五月三一日午後三時ころ、新潟県墓地内において、A子(7歳)を籾穀袋の上に座らせ、同女のポロシャツの前ボタン三つを全部外した上、そこから手を差し入れて、同女の右乳部を多数回撫でまわし、更に、スカートの中に手を差し入れてパンツの上から同女の臀部を撫で、もって、一三歳未満の女子に対しわいせつの行為をしたものである。
(証拠の標目)《略》
(強制わいせつ罪の成否について)
弁護人は、「小学校一年生の女児は、その胸(乳部)も臀部も未だ何ら男児と異なるところなく、その身体的発達段階と社会一般の通念からして、胸や臀部が性の象徴性を備えていると言うことはできず、かかる胸や臀部を触ることは、けしからぬ行為ではあるが、未だ社会一般の性秩序を乱す程度に至っておらず、また、性的羞恥悪感を招来するものであると決め付けることは困難であるから、被告人の本件行為をもってわいせつ行為ということはできず、従って、被告人は無罪である。」旨主張する。
記
「(一) (被告人の行状等)
(二) (本件犯行状況等)
被告人は、昭和六三年五月三一日午後二時ころ、肩書き借家近くの小学校のグランドへ行き、判示被害者であるA子(当時七歳)が遊んでいるのを認めるや、同児が小学校一年生にしては背も高くて体格が良く(身長約一二五センチメートル、体重約二五キログラム)、可愛い子供であったことから、同児に悪戯しようと考え、「おじさんとザリガニ採りに行こう。」と誘いかけて同児を含め四名の児童を連れて判示犯行場所へ行った。
被告人は、同所に着くや、他の子供達をザリガニ採りに追いやって、一人になった右A子に対し、「ここに座りなさい。」と言って、同児を抱き抱えて籾穀の入っている袋が積んである真ん中付近に座らせ、同児のポロシャツの前ボタン三つを全部外した上、そこから手を差し入れて、同児の右乳部を手のひらで多数回撫でまわした後、同児のスカートの中に手を差し入れてパンツの上からその臀部を撫でた。右犯行により、被告人の胸はどきどきして、陰茎も勃起し、更に同児の陰部に手指を挿入したいとの欲求に襲われたが、そこまですると、刑務所に行くことになると考えて、これを思いとどまった。
一方、右A子は、ザリガニ採りに連れられて行ったのに、籾穀袋の上に座らせられたことから、いぶかしく思っていたところ、被告人が突然同児のポロシャツのボタンを外して乳部を手で触ってきたため、気持ちが悪く、恐ろしくて泣き出したくなり、臀部を触られたときには、嫌で嫌で仕方がなかったが、逃げたり泣いたりすると、被告人が怒り出すかも知れないと考えて我慢していたところ、被告人が、同児の身体を触るのを止めたため、同児は籾穀袋から降りてザリガニ採りに逃げて行った。
(三) (犯行の発覚状況)
右A子は、祖母B子においてA子らが被告人に連れられて行くのを見ていたことから、同日午後五時すぎころ、B子が帰宅するや、同女に対し、「あのおじさんエッチなおじさんなんよ。」と報告した。被告人の素振りに不審を抱いていたB子が、「何された。」と聞き返したところ、A子は「墓場のところで、シャツのボタンを外され、おっぱいを触られたし、スカートの下に手を入れられてパンツの上からお尻も触られた。」と恥ずかしそうに話した。
これが右A子の担任教諭Cの知るところとなり、同教諭において、同年六月一日午後四時ころ、小学校に巡回に来た新潟西警察署所属司法警察員巡査部長吉田光一に通報した。
そこで、同巡査部長は、被害者らから事情聴取をするなどした結果、被告人には、前記のごとく多数の同種犯歴があることから、このまま放置するわけにはいかないとして捜査に乗り出すことにし、翌二日、右A子の父Dから告訴状の提出を受けた。」
右認定事実によれば、右A子は、性的に未熟で乳房も未発達であって男児のそれと異なるところはないとはいえ、同児は、女性としての自己を意識しており、被告人から乳部や臀部を触られて羞恥心と嫌悪感を抱き、被告人から逃げ出したかったが、同人を恐れてこれができずにいたものであり、同児の周囲の者は、これまで同児を女の子として見守ってきており、同児の母E子は、自己の子供が本件被害に遭ったことを学校等に知られたことについて、同児の将来を考えて心配しており、同児の父親らも本件被害内容を聞いて被告人に対する厳罰を求めていること(E子の検察官に対する供述調書、B子の司法警察員に対する供述調書及びD作成の告訴状)、一方、被告人は、同児の乳部や臀部を触ることにより性的に興奮をしており、そもそも被告人は当初からその目的で右所為に出たものであって、この種犯行を繰り返す傾向も顕著であり、そうすると、被告人の右所為は、強制わいせつ罪のわいせつ行為に当たるといえる。
従って、弁護人の主張は採用できない。
(裁判官 奥林 潔)