児童ポルノ・児童買春・児童福祉法・監護者わいせつ・不同意わいせつ・強制わいせつ・青少年条例・不正アクセス禁止法・わいせつ電磁的記録弁護人 奥村徹弁護士の見解(弁護士直通050-5861-8888 sodanokumurabengoshi@gmail.com)

性犯罪・福祉犯(監護者わいせつ罪・強制わいせつ罪・児童ポルノ・児童買春・青少年条例・児童福祉法)の被疑者(犯人側)の弁護を担当しています。専門家向けの情報を発信しています。

強制わいせつ罪(176条後段)と3項製造罪が併合罪となる理由

 原則は併合罪なんだから、「併合罪じゃ。ばか」と切り捨てれば良さそうなものですが、東京高裁からして口数が多く歯切れが悪い。
 非公開の高裁判決でも併合罪だという判示がありますが、「俺の法廷で観念的競合にしたら責任とられへん。わからんから事例から重ならないところを細かく挙げて併合罪にしとけ」ということで場当たり的に併合罪にしてる感じです。
 観念的競合にしてスッキリしましょうよ。

 奥村としては、強制わいせつ罪(176条後段)1+3項製造罪1という罪数処理で処断刑期が変わってくる事件を待って、両説の判例を蓄積しています。
 こういう論点は、実刑になりそうな事案の1審で指摘するといいんです。地裁レベルではわかんないからな。

東京高裁H24.11.01
 確かに,所論のいうとおり,一般に上記撮影行為自体も刑法176条後段の強制わいせつ罪を構成すると解されている上,直接的なわいせつ行為の姿態をとらせる行為が児童ポルノ法7条3項の構成要件的行為であることからすると,本件において,刑法176条後段に触れる行為と児童ポルノ法7条3項に触れる行為とは重なり合いがあるといえる。しかし,本件では,被告人は,撮影行為自体を手段としてわいせつ行為を遂げようとしたものではないから,撮影行為の重なり合いを重視するのは適当でない。また,直接的なわいせつ行為の姿態をとらせる行為は,上記のとおり構成要件的行為ではあるが,児童ポルノ製造罪の構成要件的行為の中核は撮影行為(製造行為)にあるのであって,同罪の処罰範囲を限定する趣旨で「姿態をとらせ」という要件が構成要件に規定されたことに鑑みると,そのような姿態をとらせる行為をとらえて,刑法176条後段に触れる行為と児童ポルノ法7条3項に触れる行為とが行為の主要な部分において重なり合うといえるかはなお検討の余地がある。
 そして,直接的なわいせつ行為と,これを撮影,記録する行為は,共に被告人の性的欲求又はその関心を満足させるという点では共通するものの,社会的評価においては,前者はわいせつ行為そのものであるのに対し,後者が本来意味するところは撮影行為により児童ポルノを製造することにあるから,各行為の意味合いは全く異なるし,それぞれ別個の意思の発現としての行為であるというべきである。そうすると,両行為が被告人によって同時に行われていても,それぞれが性質を異にする行為であって,社会的に一体の行為とみるのは相当でない。
 また,児童ポルノ製造罪は,複製行為も犯罪を構成し得る(最高裁平成18年2月20日第三小法廷決定・刑集60巻2号216頁)ため,時間的に広がりを持って行われることが想定されるのに対し,強制わいせつ罪は,通常,一時点において行われるものであるから,刑法176条後段に触れる行為と児童ポルノ法7条3項に触れる行為が同時性を甚だしく欠く場合が想定される。したがって,両罪が観念的競合の関係にあるとすると,例えば,複製行為による児童ポルノ製造罪の有罪判決が確定したときに,撮影の際に犯した強制わいせつ罪に一事不再理効が及ぶ事態など,妥当性を欠く事態が十分生じ得る。一方で,こうした事態を避けるため,両罪について,複製行為がない場合は観念的競合の関係にあるが,複製行為が行われれば併合罪の関係にあるとすることは,複製行為の性質上,必ずしもその有無が明らかになるとは限らない上,同じ撮影行為であるにもかかわらず,後日なされた複製行為の有無により撮影行為自体の評価が変わることになり,相当な解釈とは言い難い。
 以上のとおり,本件において,被告人の刑法176条後段に触れる行為と児童ポルノ法7条3項に触れる行為は,その行為の重なり合いについて上記のような問題がある上,社会的評価において,直接的なわいせつ行為とこれを撮影する行為は,別個の意思に基づく相当性質の異なる行為であり,一罪として扱うことを妥当とするだけの社会的一体性は認められず,それぞれにおける行為者の動態は社会的見解上別個のものといえるから,両罪は観念的競合の関係にはなく,併合罪の関係にあると解するのが相当である。

某高裁H25
そこで検討するに,上記の各強制わいせつ罪ないし準強制わいせつ罪は,被告人が被害児童の陰茎を手指で弄ぶなどのわいせつ行為を行ったというものであり,上記各児童ポルノ製造罪は,被害児童にそのようなわいせつ行為に係る姿態をとらせたものを撮影・記録したというものであって(なお,撮影行為自体も,本件では強制わいせつ罪等の公訴事実として明示されていないものの,わいせつ行為に該当する),上記各強制わいせつないし準強制わいせつに触れる行為と上記各児童ポルノ製造に触れる行為とは,それぞれ一部において重なりあっていることが明らかである。
しかしながら,強制わいせつないし準強制わいせつ罪における行為と児童ポルノ製造罪における行為とが通常伴う関係にあるとはいえないことや,前者の罪の核心的部分はわいせつ行為にあるのに対し,後者の罪のそれは児童ポルノの製造行為にあって,両方の行為の性質等には違いがあることなどにかんがみると,それぞれにおける行為者の動態は社会的見解上別個のものと評すべきものであるから,両罪は,刑法54条1項前段の観念的競合の関係にはなく,同法45条前段の併合罪の関係、にあると解するのが相当である。原判決に所論の法令適用の誤りは存しない。

某高裁H24
なお,原判示第4の準強制わいせつ罪と児童ポルノ製造罪は,両行為の性質等に鑑みると,それぞれにおける行為者の動態が社会的見解上別個のものといえるので,併合罪の関係にあるというべきであり,両者を観念的競合の関係にあるとした原判決には,法令適用の誤りがあるが,その誤りは,処断刑の範囲に差異を生じさせるものではないので,判決に影響を及ぼすものではない。

某高裁H22
3 なお、原判示第1の強制わいせつ罪と3項製造罪の罪数関係について、原判決は、「法令の適用」の項において、「デジタルカメラで撮影した画像が瞬時に電磁的記録媒体であるSDカードに記録・保存されることにも照らせば、下着姿を引き下げ、陰部を露出させる姿態をとらせて、その姿態をデジタルカメラで撮影するという本件わいせつ行為が本件児童ポルノの製造行為とほぼ完全に重なり合っていると認められ、1個の行為が2個の罪名に触れる場合に当たる」と説示して、刑法54条1項前段の観念的競合になるとする。
 しかし、強制わいせつ罪は、わいせつ行為をしたことを構成要件要素とするのに対し、3項製造罪は、児童に児童ポルノに該当するような姿態をとらせ、これを写真、電磁的記録に係る記録媒体その他の物に描写することにより児童ポルノを製造したことを構成要件要素とするものである。わいせつ行為に伴ってこれを撮影するのが通常であるとはいえないし、撮影に当たってわいせつ行為が必ず必要というわけでもないのであって(児童ポルノには、その定義上、刑法のわいせつには該当しないものも含みうるから、児童ポルノに該当するような姿態をとらせることが常にわいせつ行為に該当するわけではない。)、両行為は通常伴う関係にあるとはいえない。また、両行為の性質を見ても、わいせつ行為は、その場の行為で終了するのに対し、児童ポルノ製造は、その後の編集、現像等のいわば第二次、第三次製造も製造罪を構成し、行為者に犯意の継続性があれば包括一罪と解されるのであって(最3小決平成18年2月20日・刑集60巻2号216頁参照)、時間的、行為的な広がりを有する性質の行為である。これらの点にかんがみると、強制わいせつ罪と3項製造罪は、たまたま行為が重なるように見えても、それぞれにおける行為者の動態は社会見解上別個のものというべきであり、両罪は、刑法54条1項前段の観念的競合の関係にはなく、同法45条前段の併合罪の関係にあると解するのが相当である(最1小決平成21年10月21日・刑集63巻8号1070頁参照)。
 そうすると、原判決には、原判示第1の強制わいせつ罪と3項製造罪との関係を観念的競合に当たるとし、両罪についての併合罪処理等を行っていない点で法令適用の誤りが認められる。しかし、正当な処断刑の範囲は6月以上30年以下の懲役であるところ、原判決の罪数判断による処断刑の範囲は6月以上24年以下の懲役であって、両者の下限は同じであり、いずれの上限も下限との間にかなり幅があること、宣告刑の懲役2年6月は正当な処断刑の範囲内で、しかもその上限よりもかなり下限側に近いところに位置すること等を考慮すれば、この誤りが判決に影響を及ぼすことが明らかとはいえない。

某高裁H14
児童ポルノ製造罪の保護法益は上記第1記載のとおりであり, この処罰の目的は,個人の性的自由を保護法益とする強制わいせつ罪のそれとは異なることは明らかであり,児童ポルノ製造罪が強制わいせつ罪の構成要件の一部とはいえず,また,児童ポルノ製造罪が親告罪とされなかったのは,親告罪とすると,加害者やその背後の組織からの報復を恐れて告訴できなかったり,あるいは保護者に対する金銭的な示談で告訴を取り下げさせたりすることが通常の性犯罪以上に予想され,所期の目的が達成ができないためであり,従って,本件において,被害児童の保護者に被告人を告訴する意思がないのに本件公訴を提起したことは,強制わいせつ罪が親告罪とされている趣旨を潜脱することにはならない

某高裁H22
そこで,検討すると.(1)については,本件においては,被告人は,被害児童にその陰部を露出させる姿態,をとらせるなどしてその姿態をデジタルビデオカメラで撮影しながら,被害児童の陰部を手指で弄び,舐め回すなどし,画像データを,デジタルビデオカメラ内に設置されたDVD−RWに記憶させた上,その後,その画像データをパーソナルコンピュータ内蔵のハードディスクに記憶・蔵置させ,児童ポルノであるハードディスク1台を製造しているのであり,原判示第1のわいせつ行為と原判示第2の3項製造行為とは,一部重なる点はあるものの,両行為が通常伴う関係にあるとはいえないことや,両行為の性質等にかんがみると,それぞれにおける行為者の動態は社会的見解上別個のものといえるから,両罪は,刑法54条1項前段の観念的競合の関係にはなく,同法45条前段の併合罪の関係にあるというべきである。
なお,弁護人は,事実取調べの結果に基づく弁論において,被害児童に陰部を露出させる姿態をとらせてこれを撮影する行為は,わいせつ行為であるとともに,3項製造罪の実行行為でもあり,とりわけ,撮影行為がなければ,その点の強制わいせつ罪も成立せず,3項製造罪も成立しないという表裏一体・不可分一体の関係にあり,1個の行為といわざるを得ず,また,社会的見解上1個か否かの判断において,3項製造罪の「姿態をとらせ」という行為も考慮に入れるのであれば,原判示第2の「上記のとおり,その陰部を露出させる姿態をとらせ」という3項製造罪に該当する事実も,原判示第1の「同女の陰部を手指で弄び,舐め回すなどし」という強制わいせつ罪の事実と重なり合うと評価されるべきことになり,この部分についても社会的見解上1個の行為と評価すべきであると主張する。
しかし,被害児童に陰部を露出させる姿態をとらせてこれをデジタルビデオカメラで撮影する行為は,刑法176条後段に触れる行為であるとともに,児童ポルノ法7条3項に触れる行為でもあるが,社会的見解上,わいせつ行為に伴い,これを撮影するのが通常であるとはいえないことに加え,本件において,被告人は,原判示第1のとおり,被害児童の陰部を手指で弄び,紙め回すなどのわいせつ行為にも及んでいるところ,これらの行為は原判示第2の3項製造罪の実行行為ではなく,他方,原判示第2の児童ポルノであるハードディスク1台を製造した行為が,原判示第1のわいせつ行為と社会的,自然的事象として同一のものでないことも明らかであることからすると,両者が観念的競合の関係に立つということはできず,両者を併合罪として処理した原判決に法令適用の誤りはなく,もとより理由不備の違法もない。


 判例は、「刑法五四条一項前段にいう一個の行為とは、法的評価をはなれ、構成要件的観点を捨象した自然的観察のもとで、行為者の動態が社会的見解上一個のものとの評価をうける場合をいうと解すべき」というのですが、保護法益とか一事不再理効の範囲とか言い出していて、全く「法的評価をはなれ、構成要件的観点を捨象した自然的観察」ではなくなってるですよ。

最高裁判所第1小法廷判決平成4年10月15日
最高裁判所裁判集刑事261号161頁
       判例タイムズ805号57頁
       判例時報1442号151頁
法学新報100巻3〜4号375頁
原略式命令の確定した事実に法令を適用すると、被告人の所為のうち、酒気帯び運転の点は道路交通法一一九条一項七号の二、六五条一項、同法施行令四四条の三に、運転免許証不携帯の点は同法一二一条一項一○号、九五条一項にそれぞれ該当するところ、右は一個の行為で数個の罪名に触れる場合であるから、刑法五四条一項前段、一○条により、重い道路交通法一一九条一項七号の二の罪の刑で処断することとし、所定刑中罰金刑を選択し、その金額の範囲内で被告人を罰金五万円に処し、換刑処分につき刑法一八条を適用し、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

・・・
最高裁判所大法廷判決昭和51年9月22日
【掲載誌】  最高裁判所刑事判例集30巻8号1640頁
       最高裁判所裁判集刑事201号439頁
       裁判所時報698号1頁
       判例タイムズ340号114頁
       判例時報825号3頁
       刑事裁判資料256号709頁
【評釈論文】 警察研究48巻7号62頁
       警察公論31巻12号144頁
       警察時報34巻6号124頁
       研修341号53頁
       ジュリスト626号79頁
       ジュリスト臨時増刊642号156頁
       別冊ジュリスト57号224頁
       別冊ジュリスト82号200頁
       別冊ジュリスト94号250頁
       別冊ジュリスト111号208頁
       判例評論220号43頁
       法曹時報29巻7号165頁
       法律のひろば29巻12号43頁
       八幡大学社会文化研究所紀要4号51頁

       主   文

 本件各上告を棄却する。
 当審における訴訟費用は被告人の負担とする。

       理   由

 (検察官の上告趣意について)
 一 所論は、原判決は、被告人が普通乗用自動車を運転して歩行者に傷害を負わせる交通事故を起こしながら、負傷者の救護もせず、事故を警察官に報告することもせず現場から逃走したといういわゆるひき逃げの事実について、道路交通法七二条一項前段、後段に違反する各罪が観念的競合の関係にあるとした第一審判決を是認したものであつて、右は最高裁判所昭和三七年(あ)第五〇二号同三八年四月一七日大法廷判決・刑集一七巻三号二二九頁の判断に違反するというものである。
 たしかに、所論引用の判例は、車両等の運転者がいわゆるひき逃げをした場合において不救護、不報告の各罪は併合罪となる旨判示したものであつて、本件と事案を同じくすると認められるから、原判決は右判例と相反する判断をしたものといわなければならない。
 二 ところで、刑法五四条一項前段にいう一個の行為とは、法的評価をはなれ構成要件的観点を捨象した自然的観察のもとで行為者の動態が社会的見解上一個のものと評価される場合をいい(当裁判所昭和四七年(あ)第一八九六号同四九年五月二九日大法廷判決・刑集二八巻四号一一四頁参照)、不作為もここにいう動態に含まれる。
 いま、道路交通法七二条一項前段、後段の義務及びこれらの義務に違反する不作為についてみると、右の二つの義務は、いずれも交通事故の際「直ちに」履行されるべきものとされており、運転者等が右二つの義務に違反して逃げ去るなどした場合は、社会生活上、しばしば、ひき逃げというひとつの社会的出来事として認められている。前記大法廷判決のいわゆる自然的観察、社会的見解のもとでは、このような場合において右各義務違反の不作為を別個の行為であるとすることは、格別の事情がないかぎり、是認しがたい見方であるというべきである。
 したがつて、車両等の運転者等が、一個の交通事故から生じた道路交通法七二条一項前段、後段の各義務を負う場合、これをいずれも履行する意思がなく、事故現場から立ち去るなどしたときは、他に特段の事情がないかぎり、右各義務違反の不作為は社会的見解上一個の動態と評価すべきものであり、右各義務違反の罪は刑法五四条一項前段の観念的競合の関係にあるものと解するのが、相当である。
・・・
東京高等裁判所判決昭和51年6月28日
【掲載誌】  高等裁判所刑事判例集29巻2号316頁
       高等裁判所刑事裁判速報集2169号
       東京高等裁判所判決時報刑事27巻6号77頁
       刑事裁判資料256号699頁
【評釈論文】 法学研究(慶応大)52巻1号103頁
 本件控訴の趣意は、弁護人中村鉄五郎作成名義の控訴趣意書、および弁護人江尻平八郎作成名義の補充陳述書にそれぞれ記載されたとおりであるから、ここにこれらを引用する。
 所論は量刑不当の主張であるが、所論に対する判断に先だち職権をもつて原判決の法令の適用の当否を検討すると、原判決は、その認定にかかる被告人の酒酔い運転の罪と、免許証不携帯の罪との関係を刑法五四条一項前段の観念的競合ではなく、併合罪であるとして処断している。しかしながら、刑法五四条一項前段にいう一個の行為とは、法的評価をはなれ、構成要件的観点を捨象した自然的観察のもとで、行為者の動態が社会的見解上一個のものとの評価をうける場合をいうと解すべきところ(最高裁判所昭和四九年五月二九日昭和四六年(あ)第一、五九〇号大法廷判決、刑集二八巻四号一五一頁参照)、これを本件事案についてみると、被告人が同一の日時場所において、運転免許証を携帯せず、かつ、酒に酔つた状態で自動車を運転したことは、前記の自然的観察のもとで社会的見解上一個のものと評価すべきであつて、それが道路交通法六五条一項、一一七条の二第一号および同法九五条一項、一二一条一項一〇号の各罪に同時に該当するものであるから、右両罪は刑法五四条一項前段の観念的競合の関係にあると解するのが相当である。したがつてこれを併合罪として処断した原判決には、法令適用の誤りがあつて、右の違法が判決に影響を及ぼすことは明らかであるから、原判決はこの点で破棄を免れない。
・・・
最高裁判所第2小法廷決定昭和49年10月14日
【掲載誌】  最高裁判所刑事判例集28巻7号372頁
       最高裁判所裁判集刑事194号11頁
       裁判所時報652号4頁
       判例タイムズ316号252頁
       判例時報761号123頁
       刑事裁判資料256号613頁
【評釈論文】 神奈川法学11巻2〜3号99頁
       警察研究47巻11号71頁
       法曹時報27巻6号150頁
 しかしながら、職権をもつて調査すると、自動車の運転者が一時停止をすべき旨の信号に従わない罪と自動車の運転の業務に従事する者が一時停止をして左右の安全を確認すべき業務上の注意義務を怠つて一時停止をしないで漫然交差点に進入した過失による三名に対する業務上過失傷害罪とが同一の機会に発生した本件事案において、信号機の表示する信号に従わないで一時停止をすることなく漫然交差点に進入し人身事故を発生させた被告人の動態は、自然的観察のもとにおける社会的見解上一個のものと評価すべきものであつて、それが昭和四六年法律第九八号による改正前の道路交通法一一九条一項一号、四条二項、昭和四六年政令第三四八号による改正前の道路交通法施行令二条一項の罪及び刑法二一一条前段の各罪に同時に該当するのであるから、以上の罪は刑法五四条一項前段の観念的競合の関係にあると解するのが相当である(当審昭和四六年(あ)第一五九〇号昭和四九年五月二九日大法廷判決、昭和四七年(あ)第一八九六号昭和四九年五月二九日大法廷判決参照)。また、本件無免許運転の罪と酒酔い運転の罪とは、同一の運転の機会に行われたものであるから、観念的競合の関係にあると解すべきである(前示当審昭和四六年(あ)第一五九〇号大法廷判決)。以上と結論を異にする原判決及び第一審判決には、法令の解釈、適用を誤つた違法がある。しかし、原判決の支持する第一審判決の被告人に対する懲役六月の科刑は正当な処断刑の範囲内にあり、本件犯罪事実及びその情状等本件事案の具体的事情を検討すれば、右違法は、いまだこれによつて原判決を破棄しなければ著しく正義に反するものとは認められない。
 よつて、刑訴法四一四条、三八六条一項三号、一八一条一項本文により、主文のとおり決定する。


・・・
最高裁判所大法廷判決昭和49年5月29日
【掲載誌】  最高裁判所刑事判例集28巻4号168頁
       最高裁判所裁判集刑事192号481頁
       裁判所時報643号6頁
       判例タイムズ309号246頁
       判例時報739号36頁
       刑事裁判資料256号667頁
【評釈論文】 警察研究48巻11号66頁
       判例タイムズ311号2頁
       法曹時報27巻3号152頁
 検察官の上告趣意は、原判決は、被告人が同一の日時場所において、無免許で、かつ、自動車検査証の有効期間が満了した普通乗用自動車を運転した所為につき、右は一個の行為であるから、右無免許運転の罪と自動車検査証の有効期間が満了した車両を運行の用に供した罪とは観念的競合の関係にあると判示しているが、この判断は所論引用の判例に違反するというのである。
 所論引用の判例最高裁昭和三九年(あ)第一二六三号同四〇年一月二九日第二小法廷決定・刑集一九巻一号二六頁)は、無免許で、制限乗車人員を超えて乗車させた第一種原動機付自転車を運転したという事案につき、無免許運転の所為と、乗車制限違反の所為とが、たまたま同一の運転の機会に行なわれたとしても、両者の罪は観念的競合の関係にあるものでなく、併合罪の関係にあるものと解するのが相当であるとしたものであるが、これを本件事案と対比すると、運転者が無免許者であり、しかも行為としては運転行為以外にないことは両者に全く共通であり、ただ、一方は運転した車両が制限乗車人員超過の者の乗車している第一種原動機付自転車であるのに対し、他方は運転した車両が自動車検査証の有効期間が満了した自動車であるといういわば運転した車両の具体的状況を異にするにすぎないものであるから、両者は同種の事案というほかなく、したがつて、所論のとおり、原判決は右判例と相反する判断をしたものといわなければならない。
 しかしながら、刑法五四条一項前段の規定は、一個の行為が同時に数個の犯罪構成要件に該当して数個の犯罪が競合する場合において、これを処断上の一罪として刑を科する趣旨のものであるところ、右規定にいう一個の行為とは、法的評価をはなれ構成要件的観点を捨象した自然的観察のもとで、行為者の動態が社会的見解上一個のものとの評価をうける場合をいうと解すべきである。
 これを本件についてみると、被告人が本件自動車を運転するに際し、無免許で、かつ、自動車検査証の有効期間が満了した後であつたことは、車両運転者又は車両の属性にすぎないから、被告人がこのように無免許で、かつ、自動車検査証の有効期間が満了した自動車を運転したことは、右の自然的観察のもとにおける社会的見解上明らかに一個の車両運転行為であつて、それが道路交通法一一八条一項一号、六四条及び昭和四四年法律第六八号による改正前の道路運送車両法一〇八条一号、五八条の各罪に同時に該当するものであるから、右両罪は刑法五四条一項前段の観念的競合の関係にあると解するのが相当であり、原判決のこの点に関する結論は正当というべきである。以上の理由により、当裁判所は所論引用の最高裁判所判例を変更して、原判決の判断を維持するのを相当と認めるので、結局、判例違反の論旨は原判決破棄の理由とはなりえないものである。