児童ポルノ・児童買春・児童福祉法・監護者わいせつ・不同意わいせつ・強制わいせつ・青少年条例・不正アクセス禁止法・わいせつ電磁的記録弁護人 奥村徹弁護士の見解(弁護士直通050-5861-8888 sodanokumurabengoshi@gmail.com)

性犯罪・福祉犯(監護者わいせつ罪・強制わいせつ罪・児童ポルノ・児童買春・青少年条例・児童福祉法)の被疑者(犯人側)の弁護を担当しています。専門家向けの情報を発信しています。

強制わいせつ行為で慰謝料60万円を認容した事例(東京地裁H23.11.17)

 請求額は495万円

東京地裁平成23年11月17日
損害賠償請求事件
主文
 1 被告Y1は,原告に対し,60万円及び内金55万円に対する平成18年9月15日から,内金5万円に対する平成21年10月22日から各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
 2 原告の被告Y1に対するその余の請求及び被告Y2に対する請求をいずれも棄却する。
 3 訴訟費用は,原告と被告Y1との間では,原告と被告Y1が各2分の1の負担とし,原告と被告Y2との間では原告の負担とする。
 4 この判決の第1項は,仮に執行することができる。
第1 請求
 1 被告Y1(以下「被告Y1」という。)は,原告に対し,495万円及び内金440万円に対する平成18年9月15日から,内金55万円に対する平成21年10月22日から各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
 2 被告Y2(旧姓A,以下「被告Y2」という。)は,原告に対し,330万円及び内金110万円に対する平成18年9月15日から,内金220万円に対する平成18年11月1日から各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。


第3 裁判所の判断
 1 被告Y1による準強制わいせつ行為(第2の1(1)の請求)について
  (1)不法行為の認定
 証拠(甲12〜18)及び弁論の全趣旨によれば,請求原因事実のうち被告Y1の不法行為(第2の3(1)?)の事実が認められる。
 被告Y1は,自らの不法行為を認める旨の前記証拠の電子メールによる供述について,「正直に話せば法的処理を取らない」「正直に話せば警察沙汰にしない」というDの言葉を信じて,Dの想定する事実に沿ったメールをDに対して送らされたものであり,真実ではない事実が相当含まれていると主張・供述し(乙1,2,5,被告Y1本人),上記不法行為の事実を否認している。しかし,以下の理由により,上記メールによる自白供述の信用性を認める。
 確かに,上記メールのやりとりは,Dが被告Y1に対し,平成21年3月30日(鍋パーティの2年半後)に面談した際に,準強制わいせつ罪(刑法178条)により告発する可能性を示唆した上で,翌31日,被告Y1から告訴されないためにはどうしたらよいかと電話で相談された際,そのためには「正直にすべて話すことしかない」と言って事実を認める方向での供述を誘導し(甲39の11頁),平成21年4月3日付で被告Y1に対して事実関係を述べさせるレポート(乙6)を提出させ,更に同日から平成21年6月22日までの75日間に,原告とのメールも含めて合計904回もの早朝深夜にも度々及ぶ執拗なメールのやりとりをした上で(乙3,4),しかもそのメールのやりとりの中でDの想定する事実を認めるよう誘導しながら,原告に前記のとおり事実を認めるメールを作成させたことが認められる。妻もあり,当時リストラされて再就職先を求めており,告訴等をされた場合には,家庭生活・職業生活などの社会的な側面で決定的な打撃を受けかねない弱い立場にあった被告Y1にとって,このような追及の仕方は,告訴という決定的な社会的打撃を告知し,それを避ける目的でDに迎合するためにあえて真実と異なる自白を強要し誘導しかねないものと評価することができ,自白の信用性に対し相当の疑問を生じさせる。
 しかし,自白の内容は,行為態様においては被告Y1にとって自らの責任を重くする性器に直接さわるような悪質な行為は一貫して否認し,動機においても原告から「さわって」「下の方も」「あそこも」と言われたという言い訳も述べており,一方的にDの想定する事実に迎合する内容にはなっていない。更に,上記メールは原告にも送信される前提で送付されており,原告の了解も確実に得ていないのにDに迎合しさえすれば原告が告訴しないことが保障されるという状況にもなかった。これらの事情も勘案すれば,自己に不利益な事実について,被告Y1がDに迎合するためにあえてDの想定する事実を真実に反して認めるほどの事情があったとは認められない。
 被告Y1は,上記行為に際して,原告が被告Y1の首に腕を回して抱きつき,被告Y1の頬にキスをしてきたとか,原告から「さわって」「下の方も」「あそこも」と言われたなどと主張・供述するが(乙1,被告Y1本人),上記主張・供述は,採用できない。すなわち,被告Y1は,上記行為に際して,原告が自由意思で抵抗できる状態ではないことを認識していたと述べており(甲12),この点は,被告Y2及びBの目的状況とも一致する(甲2,甲43の1・2)。そのような酩酊状態にある原告が,上記のような発言を連続的かつ体系的に,かつ明確にするはずがないと考えられる。また,被告Y2やBは,原告が被告Y1の首に腕を回して抱きついているところまでは目撃しておらず,鍋パーティ当時の写真(丙7)もそのような状態になってはいないことからすると,原告が被告Y1の首に腕を回して抱きつくまでの行為をしたとも考えられないからである。
  (2)損害について
 原告は,上記行為を知ったことによって激しいショックを受け,食事もほとんどとれず,眠れない状態が続き,両腕等の身体に発疹が出て寝込み,精神的にうつ状態となったと主張する。たしかに,上記の不法行為は,若い独身女性であった原告が,職場の同僚であったに過ぎない被告Y1から,酔って分からない状態に乗じて性的な行為をされたものであって,記憶がないとはいえ,それを知ったときの精神的な衝撃は重大であったと認められる。なお,被告Y1の主張するように,原告においても,被告Y1の座っていたソファの横に座って被告Y1の腕を取り,体を寄せていたことが認められ(丙7),被告Y1の立場からすれば,このような原告からの接触により性的な行為が誘発されてしまった面もあるといえるが,このことは,一事情として考慮されるにすぎず,被告Y1が上記のような不法行為に及んだことまで正当化するものではない。
 しかし,原告の主張する上記の損害は,Bが,2年半も経ってから,酔って被告Y1に上記のような接触をしていた原告を非難し,これを鍋パーティの参加者でもないDにまで話したことによって必要以上に拡大させられた面があることは否定できない。原告は,被告Y1の性的な行為は当時全く知らなかったのに,鍋パーティの時の原告の行動についてBからDが聞いた話をDから伝え聞いた平成21年3月19日,Bの自分に対する仕打ちに強いショックを受け,Dの前で大粒の涙をぼろぼろと流したという(甲39の5頁)。
 そうすると,原告の主張する上記の損害は,それをすべて被告Y1の行為を原因とするものとして被告Y1の責任と評価するのは相当でない。そして,被告Y1の行為の態様・程度に照らして原告の主張する損害の内容を評価すれば,原告がその主張のとおりの損害を受けたとしたとしても,被告Y1の行為によって原告が受けた精神的身体的損害に対する慰謝料の額は,50万円が相当であると認める。弁護士費用の損害は,5万円を相当と認める。
  (3)まとめ
 以上によれば,被告Y1は,原告に対し,不法行為に基づき,55万円の損害賠償とこれに対する平成18年9月15日(不法行為の日)から支払済みまで民法所定年5分の割合による遅延損害金を支払うべき義務がある。
 2 被告Y2の幇助行為(第2の1(2)の請求)について
 原告が被告Y1にソファで体を寄り添わせ,その際原告が泥酔していたことを被告Y2が認識していたからといって,被告Y2とBの外出中に被告Y1が原告の泥酔状態を利用して性的な行為にまで及ぶことを被告Y2において予見できたとは認められない。
 したがって,被告Y2が外出したことで被告Y1の準強制わいせつ行為を幇助する結果となったとしても,そのことについて被告Y2に過失があったとはいえないから,被告Y1の準強制わいせつ行為によって生じた原告の損害について,被告Y2が不法行為による損害賠償責任を負うことはない。
 3 被告Y2による名誉毀損・侮辱行為(第2の1(3)の請求)について
 原告の主張によれば,発言?〜?は,いずれも独身女性であった被告Y2が独身男性であるBと2人だけの時にBに話したことであるという。その内容も客観的具体的な根拠を示して原告を中傷しているものではなく,根拠のない噂話程度と評価されるものにすぎない。そうであるとすれば,発言?〜?は,仮にそれが事実であったとしても,社会通念上,B以外の第三者が知ることのない状況において2人きりの間での根拠のない噂話をしたにすぎないと評価されるものである。それは原告の社会的な名誉ないし主観的な名誉感情を直接害するものではなく,不法行為として違法性を有しない。Bがそれを第三者に話したり,噂話に過ぎない発言を真に受けて原告に嫌がらせをしたりしたことが仮にあったとしても,それはBが責任を問われるべき問題であって,そのようなBの行為は,2人きりの間での根拠のない噂話に過ぎない被告Y2の発言とは無関係の行為と評価すべきである。したがって,発言?〜?ないしその発言に基づくBの行為によって原告が損害を被ったとしても,被告Y2が不法行為による損害賠償責任を負うことはない。
 発言?については,これを認めるに足る証拠はない。被告Y2がそのような発言をした旨のBの証言及び陳述書(甲2)並びに被告Y1の電子メール(甲19,20)は,2年半以上も前のことについてであって十分な記憶に基づくものとは認められない上に,同じ鍋パーティの参加者として原告からの責任追及を弱めるため,あいまいな記憶に基づいて被告Y2に責任を転嫁するように不確かな供述をした可能性もあるから,信用性を認めることができない。
 発言?〜?は,違法性がなく,発言?は,事実が認められないから,被告Y2は,これら発言について原告に対する不法行為による損害賠償責任を負わない。
 4 被告Y1による名誉毀損行為(第2の1(4)の請求)について
 被告Y1が原告主張の陳述・主張をしたことは,事実である。そして,上記1の認定判断によれば,原告は,被告Y1が陳述書で述べた言動により性的な行為を誘ったことはなく,「美人局」でもない。被告Y1は,これを知りながら故意に事実に反する陳述・主張をしたものと認められる。そして,性的な被害を受けた女性に対し,訴訟上の相手方に対する主張とはいえ,故意に事実に反して性的行為を誘ったかのように主張したり,「美人局」とまで表現して人格を貶めたりすることは,お互いに事実と信じる事柄を主張立証し合う民事訴訟の性質を考慮し,裁判制度の趣旨・目的に照らしてみても,著しく相当性を欠き,原告を侮辱する行為として不法行為としての違法性を有するものというべきである。しかし,その主張等は,元々裁判所において真偽を判断されることを予定し,裁判の中に限られたものとしてされたにすぎないから,原告の社会的な評価を損なうという意味での名誉を侵害するとまではいえない。
 そうすると,原告の損害は,侮辱により名誉感情を害されたことによる精神的苦痛に対する慰謝料の限度で認めるべきであり,その慰謝料額は,主張の内容・性質,訴訟経過等に鑑み,本件の一切の事情を考慮して4万円とするのが相当である。弁護士費用は,1万円が相当と認める。
 したがって,被告Y1は,原告に対し,不法行為による損害賠償として,上記損害額5万円とこれに対する平成21年10月22日(不法行為の日)から支払済みまで民法所定年5分の割合による遅延損害金を支払うべき義務がある。
 5 結論
 原告の被告Y1に対する請求は,準強制わいせつ行為による請求(第2の1(1))は,55万円の損害賠償とこれに対する平成18年9月15日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があり,名誉毀損行為による請求(第2の1(4))は,5万円の損害賠償とこれに対する平成21年10月22日から支払済みまで同様の遅延損害金の支払を求める限度で理由がある。
 原告の被告Y2に対する請求は,幇助行為による請求(第2の1(2))も名誉毀損・侮辱行為による請求(第2の1(3))も,いずれも理由がない。
 (裁判官 小林久起)