事案こそ児童ポルノ罪の事例ですが、刑法典の論点なんです。が、論者もおらず、刑法学会では関心薄いようでした。
情報処理学会の論文集に出すことにしました。
学会の性格を考慮して、ユーザーがプロバイダーのサーバーに児童ポルノを保存すると、媒体所有者であるプロバイダーを第三者没収手続に参加させることになって、他のユーザーは参加できない。プロバイダーが対応を誤ると、他のユーザーのデータは保全できない・参加の機会もない・バックアップの機会もないということを強調します。
電子媒体上の第三者のデータの没収について
(東京高裁判決平成15年6月4日の事例を基に)ISPの巨大サーバーにユーザによって一片の違法データが記録された場合にサーバー全体を没収できるか?
(中略)6 現在の実務とその問題点
(1)設例
ある電子媒体上に、犯人(A)が支配する違法のデータ(児童ポルノ画像等)と、無関係のBが支配する合法なデータとが存在する場合。
押収され没収されなかったPCのHDDに児童ポルノが記録されている場合、検察官からは、被告人に対して、任意に児童ポルノ部分の消去に応じることを求めている。
なお、東京高裁H14.12.17(東京高裁判例速報3186号*15)によれば、メールを没収するためにはPC全体を没収するするしかないという。(同速報の「備考」が実務家の問題意識を示している。)
(2)媒体の所有権がA(犯人)であるとき
現行実務では、没収の対象は有体物を単位とするから、媒体全体が没収対象となる。
没収対象に権利を有する第三者がいるかどうかを媒体の所有権をもって決するとすれば、この場合は媒体の所有者=犯人であって「第三者」は存在しないから、Bは「第三者」に該当せず、第三者没収手続によらず、合法データを含めて媒体全体を没収できる。
(問題点)
媒体所有者AはBの代理人ではないから、Bのデータの価値は把握できないし、Aはせいぜい媒体の所有権のみを確保すれば満足するであろうから、Bのために最善の防御を行うことは期待できない。
Bの権利保護は、事後的に、Aへの損害賠償か、国家賠償によることになる。
Bは重大な利害関係があるにもかかわらず没収手続には一切関与できない、Bのデータが不代替性のものである場合など、金銭賠償では済まされない損害を受けるおそれもある。
(3)媒体の所有権がB(犯罪に関係がない者)であるとき
現行実務では、没収の対象は有体物を単位とするから、Bの合法データを含む媒体全体が没収対象となる。
第三者がいるかどうかは媒体の所有権をもって決するから、Bは「第三者」に該当する。データを含めて媒体全体が「第三者所有」となるので、第三者没収手続によらなければ、媒体どころか違法部分すら没収できない。
(問題点)
実はBは違法部分については支配していないにもかかわらず、第三者没収手続に参加して適切な防御をしないと、媒体全部を没収されることになる。
また、違法部分が媒体の規模に比較して極めて小さい場合にも、第三者没収手続によらなければ、媒体どころか違法部分すら没収できない。
(4)媒体の所有権がC(犯人Aとも、Bとも関係がない者)であるとき
現行実務では、没収の対象は有体物を単位とするから、データを含む媒体全体が没収対象となる。
第三者がいるかどうかは媒体の所有権をもって決するから、Cは「第三者」に該当する。第三者没収手続によらなければ、媒体どころか違法部分すら没収できない。
また、違法部分が媒体の規模に比較して極めて小さい場合にも、第三者没収手続によらなければ、媒体どころか違法部分すら没収できない。
(問題点)
実はCは違法部分については支配していないにもかかわらず、第三者没収手続に参加して適切な防御をしないと、媒体全部を没収されることになる。
CはBの代理人ではないから、データの価値は把握できないし、Cは媒体の所有権のみを確保すれば満足するであろうから、Bのために最善の防御を行うことは期待できない。
また、Bは「第三者」に該当せず、第三者没収手続に参加できない。Bの権利保護は、事後的に、A・Cへの損害賠償か、国家賠償によることになる。
Bは重大な利害関係があるにもかかわらず没収手続には一切関与できない、Bのデータが、不代替性のものある場合など、金銭賠償では済まされない損害を受けるおそれもある。
(5)私見
立法論としては、いずれの場合も、データの一部が消去可能な場合には、データのうち違法の部分のみを没収の対象として、部分没収するという制度を設けるべきである。これによって没収の目的は達成されるし、犯人以外の財産権侵害も最少に抑えることができる。
この場合、第三者没収の手続きも不要である。(文書の偽造部分のみの没収について大コンメンタール刑法第1巻P342)
他方、データの一部消去ができない場合は、媒体+データを没収するしかない。その場合、犯人以外の媒体所有者やデータの支配者がいる場合には、全員に対して第三者没収手続を取るべきである。
さらには、データの支配者については、検察官の裁量によって、事実上、データバックアップの機会を与えるのが便宜であろう。