【判決日付】昭和53年3月20日
【判示事項】覚せい剤譲受罪の実行の着手がないとされた事例
【参照条文】覚せい剤取締法41の2−3
覚せい剤取締法41の2−1
覚せい剤取締法17−3
刑法43
【参考文献】高等裁判所刑事裁判速報集2297号
刑事裁判月報10巻3号200頁
東京高等裁判所判決時報刑事29巻3号48頁
判例時報912号106頁
記録を調査し、当審における事実取調の結果を加えて検討してみても、以上の認定を左右するに足りる証拠は存在せず、原判決には、所論の指摘するような事実の誤認は認められないから、論旨は理由がない。検察官の控訴趣意第一の三(法令の解釈適用の誤り)について、
所論は、原判示無罪部分につき、原判決は、覚せい剤譲り受けの実行の着手の意義を、「覚せい剤の所持の移転行為自体を開始することを要せず、所持の移転のための準備行為を開始することで足りる。」としながら、さらに、「その準備行為は所持の移転に密接したものでなければならない。」と解釈したうえ、被告人の本件所為がいまだ実行の着手に該らないとして、覚せい剤の譲り受け未遂の罪の成立を否定したが、覚せい剤取締法に定める覚せい剤の譲り受け未遂の罪における譲り受けの実行の着手とは、当該覚せい剤の所有権の移転又は処分権の付与に伴う所持の移転と解すべきで、その犯罪の実行の着手は、必ずしも所持の移転行為自体を開始することを要せず、所持の移転のために必要な準備行為を開始したときと解するのを相当とするから、原判決が認定した事実関係を前提としても、被告人が、覚せい剤を買い受ける金員を所持して、売り渡し人である蒋芳耀の部屋を訪れ、同人と対面した行為は、まさしく覚せい剤の買入れに伴う所持の移転のために必要な準備行為を開始したもので、覚せい剤譲り受けの実行に該当するものといい得るのであって、原判決は、ひっきょう右実行の着手の意義を不当に限定して解釈し、本件覚せい剤の譲り受け未遂の罪の成立を否定したものであるから、明らかに法令の解釈、適用を誤った違法をおかしたものであるというのである。
覚せい剤取締法に定める覚せい剤の譲り受け未遂の罪(同法四一条の二、三項、一項二号、一七条三項)における譲り受けの実行の着手とは、当該覚せい剤の所有権の移転又は処分権の付与に伴う諸事の移転行為自体を開始することを要せず、所持の移転のために必要な準備的行為を開始することで足りるものと解すべきことは、所論のとおりであるが、同法が覚せい剤の譲り受けの予備罪まで処罰する趣旨ではないことを考慮すると、右準備行為が不当に拡張されることは相当ではないといわなければならないから、原判決が、右準備行為は所持の移転に密接したものに限る旨判示したのは相当であり、原判決が、この点で覚せい剤譲り受けの罪の実行の着手の意義を不当に限定して解釈したものとは認めることはできない。そして、被告人が前記認定のような経緯のもとに、覚せい剤を買い入れるため、その購入資金を持って、売り人である蒋芳耀方を訪れ、同人においても、被告人に売り渡すべき覚せい剤を用意したうえ、被告人を自己の居室に招じ入れ、両者が相対面しただけで、他に特段の事情が認められない本件においては、未だこれをもって、被告人において本件覚せい剤を蒋より譲り受ける実行行為を開始したものとは認め難く、原判決が、被告人に対し、覚せい剤譲り受け未遂罪の成立を否定したのは相当であり、法令の解釈、適用を誤ったものとはいえないから、論旨は理由がない