【判決日付】昭和28年10月5日
【判示事項】窃盗未遂罪の成立する一事例
【判決要旨】すり犯人が他人のズボンの右ポケツト内に金品のあることを知り、これを窃取しようとして右手をそのポケツトの外側に触れたところを発見取押えられ、その目的を遂げなかつたときは、更に進んでポケツト内に指先を突込む等の程度に至らなくとも、右は窃盗罪の実行に著手し遂げなかつたものと解し窃盗未遂罪を以て論ずるのが相当である。
【参照条文】刑法235
刑法43
【参考文献】最高裁判所刑事判例集8巻5号641頁
高等裁判所刑事判例集6巻9号1261頁
一、検察官の控訴趣意第一点について原判決は本件の公訴事実第二に対し所論のように説示して、これに無罪の言渡をしていることは所論のとおりである。
ところで、刑法第四三条にいわゆる「犯罪の実行に著手し」の意義については、主観説客観説等解釈上種々の説があり、或は犯意がその遂行的行為によつて確定的に認められるときとか、或は実行行為の一部又はこれに密接する行為が行われたときとか、或は法益侵害の危険が現出したときとか、その他種々説明されているけれども、結局各個の事件について具体的に如何なる方法行為によつて犯罪を遂行するかを広く観察し、行為が結果発生のおそれある客観的状態に到つたかどうかを考慮し、如何なる段階までは準備行為即ち、予備と認むべきか、如何なる段階に達した場合構成要件に該当する行為の開始即ち実行の著手と認め得るかを決定するのである。
これを本件について見るに、原判決が公訴事実第二の窃盗未遂に対する判断中に指摘する証拠によると、被告人は広本輝一のズボンの右ポケット内に金品のあることを知りこれを窃取しようとして右手を同ポケットの外側に触れたが、三浦茂に発見されてその目的を遂げなかつたことが認定できるから更に進んでポケット内に指先を突込む等の程度に至らなくとも、右は窃盗罪の実行に著手したと解するのが相当である。
尤もすり犯人が普通人込み中において予め犯行の相手方を物色するため犯人のポケット等に手を触れ金品の存在を確めるいわゆる「あたり」行為は、普通に家屋に侵入して金品を物色するのとは異り、単にそれだけでは未だ実行の著手とは解し難い場合もあろうけれども、本件は右「あたり」行為と解することはできない。
然るに原判決が単にポケットの外側に手を触れた程度では未だ犯罪の実行に著手したものとは解し難いとしてこれに対し無罪を言渡したのは法令の解釈適用を誤つた違法があるものというべく、右の違法は判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、原判決は破棄を免れない。論旨は理由がある。