児童ポルノ・児童買春・児童福祉法・監護者性交・強制わいせつ・青少年条例・不正アクセス禁止法・わいせつ電磁的記録記録被告事件弁護人 奥村徹弁護士の見解(弁護士直通050-5861-8888 hp@okumura-tanaka-law.com)

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]浴槽内に正座させた同人の頭からシャワーの水をかけ、途中で同人の服を脱がせて全裸にし、その肩付近まで水を溜めるなどの暴行を加え、よって、同人に硬膜下血腫等の傷害を負わせ、同日午前一一時三七分ころ、同市本郷〈番地略〉所在の病院において、同人を硬膜下血腫を伴う脳腫脹により死亡するに至らしめた。傷害致死の犯罪事実(土浦支部H21.2.18)

 強制わいせつ罪の雰囲気ではないですよね。

       傷害致死被告事件
水戸地方裁判所土浦支部判決平成12年2月18日
【掲載誌】  判例タイムズ1072号257頁
       理   由

 (被告人の身上・経歴及び犯行に至る経緯等)
 被告人は、大阪府に住む両親のもとで育てられたが、小さいころから短気な性格で、小学校五、六年生のころから中学生を相手に喧嘩をするようになり、また、中学校時代は真面目に登校せず、午前中喫茶店で時間をつぶしてから登校するといった生活を送っていた。その後、被告人は、昭和五二年四月、大阪府立高校に進学し、在学中に、窃盗事件を起こしたり、暴走族に所属したりしたため退学処分になりかけたことがあったが、何とか同校を卒業した。
 高校卒業後、被告人は、大阪市内でホテルの調理師などとして稼動していたが、昭和六〇年八月に最初の結婚をし、そのころから工員として会社に勤めるようになったものの一年位で辞め、その後パチンコなどをして遊び暮らしているうちに知り合った的屋から紹介されて、芸人や歌手等を全国の劇場等に斡旋派遣する興行師として働くようになった。そして、被告人は、最初の妻との間に二人の娘をもうけたものの、平成四年四月に協議離婚し、長女の花子(以下、「花子」という。)を引き取り育てることとなった。
 その後、平成八年一二月ころ、被告人は、興行先で丙野冬子(以下、「冬子」という。)と知り合って交際を始め、平成九年一月ころから、大阪府大阪狭山市内において、同女とその長男の一郎(平成五年一〇月八日生。以下、「一郎」という。)及び花子とともに暮らすようになり、同年一二月には冬子との婚姻届をするとともに、一郎と養子縁組をし、しばらくの間、被告人の母親のマンションで生活したが、その後妻子とともにここを出て、母親と別れて生活するようになった。
 ところで、被告人は、再婚して母親のマンションで生活するようになったころから、当時三歳の一郎が寝小便をしたり、言い付けを守らなかったりすると怒ったり体罰を加えたりしていたが、母親と別居するようになってからは、子供を厳しくしつけると称して、主に一郎に対して、前よりいっそう叩いたり殴ったりするようになり、そのため、同人の身体には火傷や痣等の生傷が絶えない状態であった。また、被告人は、一郎のみならず妻の冬子に対しても些細なことから度々暴力を振るっていたため、耐えかねた同女は、一郎の通っていた保育所に保護を求めたり、富田林子ども家庭センターのケースワーカーに相談するなどし、同年一一月に被告人から家を追い出された際には、一郎とともに八尾母子ホームに避難したが、一〇日余り経ってから被告人が迎えに来たため、一郎とともに帰宅することにした。このようなことがあってから、被告人は、しばらく暴力を控えていたが、半年ほど経つと、再び一郎に対し、殴る蹴るの暴力を振るい始めたほか、べランダに正座させたり食事を与えなかったりするようになった。
 また、被告人は、いわゆるサラ金から借金をして、競輪、競馬、パチンコなどのギャンブル等に使い、借金の額が冬子名義の分と合わせて約二〇〇万円位になり、その返済に窮したことから、平成一〇年夏ころ、一家で夜逃げ同然に大阪を離れて関東方面に移り住むことにしたが、その移動中に宿泊したホテルにおいて、言うことをきかない一郎を水風呂の中に入れて折檻し、同人を溺れかけさせたことがあった。被告人は、以前から、一郎が自分になつかず、言うことを聞かないため、自分の娘の花子と比べて可愛くないと思っていたが、右の水風呂の一件があった後は、一郎がますます被告人になつかなくなったため、被告人も、一郎を憎らしく思うようになった。
 こうして、被告人は、同年九月ころから、茨城県水戸市内のマンションに妻子とともに住み、同市内で新聞拡張員として働くようになったが、そのころから、被告人の一郎に対する虐待行為は激しさを増していった。そして、同月中旬ころ、被告人が、言うことをきかない一郎をまたもや水風呂の中に入れて正座させた後、居室内に連れていって殴打し、その弾みで家具に身体をぶつけるなどして気を失った同人の頭部にポットの熱湯をかけるなどの暴行を加えて、同人に急性硬膜下血腫等の傷害を負わせ、このため、同人は、同市内の病院に九日間入院した。その際、親による幼児虐待の疑いを抱いた医師らの通報により、水戸児童相談所が、被告人に対して一郎を虐待していたとしてその一時保護を申し出たが、被告人はそのような事実はないとして、右申し出を拒否した。
 被告人は、同年一一月ころ、勤務先を変え、同県土浦市内で新聞拡張員として働くことにし、一家で同県取手市白山〈番地略〉所在の△△マンション三〇一号室に転居したが、このころから被告人の一郎に対する虐待行為は更に激しくなり、ことに食事に関しては、家族そろって夕食を食べるときにも、同人にだけは子供部屋で残り物を一人で食べさせたり、時には一日中何も食事を与えない場合もあった。そのため、一時は二〇キロ近くあった同人の体重は十四、五キロにまで減少し、空腹に耐えかねた同人が近所の食料品店でパンを万引きしたことさえあった。また、被告人は、家族で外食などに出かける際にも、一郎一人を子供部屋に残し、留守中に同人が冷蔵庫の中の物を食ベることができないようにするため、子供部屋に鍵をかけて出られないようにしていた。
 母親である冬子は、このような状況に胸を痛めていたものの、被告人に逆らって一郎を庇うと、自分まで暴力を振るわれるばかりか、被告人の一郎に対する虐待行為がより激しいものになることを恐れ、それよりも同人が被告人の言うことをきくようになればよいのだという気持ちから、結果的に被告人に同調して一郎を叱りつけるようになっていった。
(犯罪事実)
 被告人は、平成一一年四月五日午前八時過ぎころ、一郎及び冬子との間にもうけた生後約三か月の子を前記△△マンション三〇一号室の自宅に残し冬子や花子らとともに外出したが、いつもは子供部屋に鍵をかけて一郎が出られないようにしておくのを、この時はたまたま鍵をかけ忘れたため、同人は、被告人らがいなくなると、空腹の余り台所に行って冷蔵庫の中を漁り、レトルト食品のカレー等を見つけてこっそりと食べた。
 被告人は、同日午前九時一五分ころ帰宅し、一郎が留守中に盗み食いをした痕跡を認めるや立腹して、台所において、「何でそんなことしたんや。何で言うこと聞かんのや。」などと同人を怒鳴りつけながら、力をこめてその顔面を数回にわたり平手で殴打し、その弾みで同人を転倒させて後頭部等を床面に強く打ち付けさせた上、腹部付近を足蹴にし、さらに、泣きながら「お父さんごめんなさい。」と謝る同人を浴室に連れてゆき、その身体を持ち上げて空の浴槽内に放り投げ、その頭部等を浴槽内壁面等に打ち付けさせた上、その顔面を数回にわたり平手で殴打した後、浴槽内に正座させた同人の頭からシャワーの水をかけ、途中で同人の服を脱がせて全裸にし、その肩付近まで水を溜めるなどの暴行を加え、よって、同人に硬膜下血腫等の傷害を負わせ、同日午前一一時三七分ころ、同市本郷〈番地略〉所在の取手協同病院において、同人を硬膜下血腫を伴う脳腫脹により死亡するに至らしめた。