児童ポルノ・児童買春・児童福祉法・監護者わいせつ・不同意わいせつ・強制わいせつ・青少年条例・不正アクセス禁止法・わいせつ電磁的記録弁護人 奥村徹弁護士の見解(弁護士直通050-5861-8888 sodanokumurabengoshi@gmail.com)

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援助交際の機会の強制性交の無罪判決(大津地裁R5.2.3)

 被害者の調書だけですね。

強盗・強制性交等、児童買春、児童ポルノに係る行為等の規制及び処罰並びに児童の保護等に関する法律違反、強制性交等、強姦被告事件
津地方裁判所判決令和5年2月3日
【判示事項】 1 適応障害のため公判廷に出廷できないとされた被害者の検察官調書が刑訴法321条1項2号前段の書面に該当するとされた事例
       2 上記調書の信用性が否定された事例
【参照条文】 刑事訴訟法321-1
       刑事訴訟法318
【掲載誌】  LLI/DB 判例秘書登載
【一部無罪の理由】
第1 E事件の公訴事実の概要等
 令和3年10月1日付け起訴状記載の公訴事実(以下「E事件の公訴事実」という。)は、「被告人は、E(当時21歳)と強制的に性交をしようと考え、令和元年12月5日、滋賀県長浜市(以下略)K2東側駐車場に停車させた自動車内において、Eに対し、「ごめんな、俺、実はヤクザやねん。」「君らみたいなお金をもらってパパ活とか援交する子がいると、ヤクザが営業している風俗店の売上げが落ちるから、やめさせなアカン。」「お金はあげんけど、今から俺とやってもらう。」「動画も撮らせてもらう。」「個人情報を全部書いてもらう。」などと言って脅迫してその反抗を抑圧し、強制的にEと性交をした。」というものである。
 この公訴事実を立証する主たる証拠は、Eの検察官に対する供述調書抄本(甲A57、以下「E調書」という。)である。当裁判所は、E調書につき、刑事訴訟法321条1項2号前段により採用した上で、E調書の信用性を直ちに認めることは困難であり、被告人が、E事件の公訴事実記載の行為に及んだと認めるには、合理的な疑いが残ると判断した。以下、その理由を説明する。
第2 E調書の証拠能力
 1 弁護人は、E調書は、同条1項2号前段の要件を満たさず証拠能力がないから、証拠排除すべきである旨主張する。
 2 当裁判所は、証人尋問を採用後、その日程調整の過程で、検察官が、Eが証人尋問の出廷を拒み、Eを診察した医師が、Eが適応障害であり、証人出廷期日をEに伝えると適応障害の症状が悪化する旨の意見を述べていることなどを理由にあげ、E調書につき、同条1項2号前段に該当する書面として取調べを請求したのに対し、Eを診察したL2医師の証人尋問、検察官作成の捜査報告書(甲A89)の取調べの結果を踏まえ、同条1項2号前段によりE調書を採用した。
 捜査報告書(甲A89)によれば、Eは、検察官らからの証人出廷の依頼に対し、強い不安感を抱き、吐き気や手の震え等の身体症状を呈するほど精神状態が悪化し、そのことなどを理由に出廷に応じず、何度も警察官らの連絡を拒むなどして、出廷を拒絶する態度を示していた。そして、警察の紹介によりEを診察した精神科医である証人L2の公判供述によれば、Eは裁判に出廷して被害事実を思い出して話すことをストレス因とする適応障害であると診断し、無理をして出廷させると症状が重くなり、場合によっては、日常生活を送ることができなくなる可能性があるというのである。
 そうすると、Eは、精神の故障により、裁判所に出廷し、公判期日等において供述することができないものと認められ、Eの適応障害の主たる原因である出廷して被害事実を思い出すという状況は、証人尋問の方法や時間の経過によって解決できる見込みのないものであるから、同条1項2号前段の供述不能に該当すると認められる。弁護人は、供述できるような外的状況を作り出して確認することを要する旨主張するが、前記のような経過からすれば、Eが任意に証人として出頭することは期待できないし、出頭を拒む正当な理由があり、召喚した上で勾引するなど強制的手段をとるのも相当ではなく、弁護人の主張は採用できない。
第3 E調書の信用性
 1 E調書の概要
 E調書において、令和元年12月、ツイッターのダイレクトメッセージを送ってきた犯人から、2万円か3万円かをもらって性交等する約束で会うことになった旨、犯人の運転する車に乗り、犯人は、周囲が真っ暗の空き地に車を止め、E事件の公訴事実記載の文言を告げた旨、Eは犯人から渡された紙に個人情報を書いた旨、犯人に指示されて後部座席に移動し、服を脱いでと言われて指示に従い、その後、陰部に指を入れられたり、性交されたりした上、撮影された旨、Eの実家近くで解放された旨のEの供述が録取されている。
 2 E調書の信用性
 検察官は、E調書が具体的かつ詳細であり、その内容に不自然な点は見当たらないこと、当時の心境を交えながら供述されており、迫真性に富むものであること、被告人のアプリ内に保存された客観的な証拠と合致していること、虚偽供述をした可能性は皆無であることなどをあげて、E調書が信用できる旨主張する。そして、実際、E調書では、なぜ当初の約束になかった撮影をしての性交に至ったのかといった経緯についても、当時の心境を交えて具体的に供述されており、性交に至る経緯について格別不自然、不合理な点があるわけではない。
 しかしながら、E事件では、Eと被告人が会って性交したことや、被告人がやくざなどと言って脅したこと自体は争いがないのであるから、その点の内容が具体的であったり、迫真性があったりすることや、客観証拠と合致していることは、信用性を支える重要な要素とはいえ、決め手となるわけではない。
 また、E調書は、事件発生から1年10か月近く経過して作成されたものであるため、信用性判断のためには、事件発生から調書作成時点まで記憶を正確に保持できていたのかが重要であることに加え、Eは周囲の期待に何とか応えようとする性格で、本件の捜査に当たった捜査関係者に協力しようとする姿勢が非常に強いと指摘されていること(前記L2医師の公判供述)からしても、捜査機関による誘導等の有無については特に慎重な吟味が必要である。それにもかかわらず、E調書では、他の前記7事件と同様に警察の捜査によって被害者に接触したことが契機なのかといった被害申告の経緯や、捜査機関による記憶喚起の有無・程度やその過程等が示されておらず、信用性を吟味するための前提がない。加えて、E調書では、一連の被害の再現状況の説明において「順番が少し違っているかもしれない」とあるが、どの部分についてなのかが明確でなく、出来事の順序が争点となっている本件ではこの点に関する吟味は不可欠である。以上の点は、本来、他の前記7事件でなされたように証人尋問、とりわけ反対尋問を経て検証され吟味されるものであるところ、これがないままにE調書が信用できるとの確信を抱くことができない。被告人の供述が信用できないからといって、E調書の信用性が高まるというものでもない。
 3 結論
 そうすると、被告人がE事件の公訴事実記載の行為に及んだとのE調書の信用性に疑問が残り、本件においては、E調書以外にはこれを立証する証拠は存在しないのであるから、被告人がE事件の公訴事実記載の行為に及んだことについては、合理的な疑いが残るというべきである。
 よって、E事件の公訴事実については犯罪の証明がなく、刑事訴訟法336条により被告人に対し無罪の判決の言渡しをしなければならない事由があるから、裁判員の参加する刑事裁判に関する法律79条により、部分判決でその旨の言渡しをすることとする。