児童ポルノ・児童買春・児童福祉法・監護者わいせつ・不同意わいせつ・強制わいせつ・青少年条例・不正アクセス禁止法・わいせつ電磁的記録弁護人 奥村徹弁護士の見解(弁護士直通050-5861-8888 sodanokumurabengoshi@gmail.com)

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不同意堕胎致傷被告事件の控訴審で、「自らの手で医師免許を返納したことは,医師による医事に関する犯罪について社会的な責任をとったともいえ,相応に被告人に有利に考慮すべき事情である。」として2項破棄した事例(広島高等裁判所岡山支部令和3年7月14日

不同意堕胎致傷被告事件の控訴審で、「自らの手で医師免許を返納したことは,医師による医事に関する犯罪について社会的な責任をとったともいえ,相応に被告人に有利に考慮すべき事情である。」として2項破棄した事例(広島高等裁判所岡山支部令和3年7月14日)
 原判決の量刑理由にも批判的です。

不同意堕胎致傷被告事件
広島高等裁判所岡山支部判決令和3年7月14日
       主   文
 原判決を破棄する。
 被告人を懲役2年6月に処する。
 この裁判確定の日から5年間その刑の執行を猶予する。
       理   由
第1 弁護人の控訴理由
  被告人を懲役2年の実刑に処した原判決の量刑は重すぎて不当であり,被告人については刑の執行猶予を付すべきである。
第2 控訴理由に対する判断
 1 本件は,外科医である被告人が,被害者である妊娠中の交際相手の嘱託を受けず,かつ,承諾を得ないで,被害者を堕胎させようと考え,病院内において,被害者に対し,全身麻酔薬等を投与して昏睡させ,その意識を消失させて,下腹部を穿刺針で刺した上,子宮の胎嚢内に無水エタノールを注入し,妊娠約9週の胎児を死亡させるとともに,被害者に治癒まで約9日間を要する腹部刺傷及び約3時間30分間にわたる意識障害等を伴う急性薬物中毒の傷害を負わせた不同意堕胎致傷の事案である。
  まず,犯行に至る経緯,動機をみると,被告人は,婚約者がいながら,割り切った関係として付き合っていた被害者から妊娠したことを告げられ,堕胎を提案したものの被害者から断られ,このまま被害者が出産することになった場合の困難に思いをはせ,自らの手で堕胎させることを決意して犯行に及んだものと認められ,身勝手かつ自己中心的であって酌むべき点はない旨の原判決の説示は相当である。この点,弁護人は,被害者において被告人に婚約者がいることを認識しながら被告人との交際を続け,避妊を行おうとしなかったという事情があり,被告人は,被害者の妊娠が判明して精神的に追い詰められて犯行に及んだものであり,自己保身の目的で行った狡猾な犯行ではない点を斟酌すべきである旨主張するが,そのように追い詰められた原因を被告人が自ら生み出したことを等閑視する主張というべきであって,採用できない。
  次に,犯行態様をみると,被告人は,堕胎させる方法を検討する中で,外科医として6年以上の経験を有し,診療行為として腹部に針を刺す手技を多数行っていたことから,母体にとって自分が単独で行い得るものの中で最も危険が少なく,堕胎を確実に行えるものとして,下腹部を穿刺して胎嚢内に無水エタノールを注入する方法によることとし,被害者に対して胎児の状態を病院のエコーで確認したいなどといって,当直勤務体制中の勤務先病院に被害者を呼び出したこと,被告人は,あらかじめ必要と思われる薬剤等を準備した上で,被害者に全身麻酔薬等を投与して昏睡させ,非常に細い穿刺針を使用し,エコー(超音波機器)を利用して胎嚢の位置を確かめながら下腹部を穿刺したが,穿刺針が真っすぐ進まず他の臓器に当たる危険を考慮したため,穿刺針を刺したものの皮膚の表層辺りでうまくいかないと判断して抜くことを2回繰り返したこと,2回目の穿刺針を抜いた後に被害者に原因不明のけいれんが起こったため,たまたまロッカーに保管していた抗けいれん薬を投与した上で,3回目の穿刺で胎嚢内に無水エタノールを注入し,堕胎させたことが認められる。被告人は,医師として人命を尊重すべき重責を担い,経験を重ねて知識や手技等を高めながら,公衆衛生の向上及び増進に寄与することが期待される立場であったのに,その知識や手技等を悪用して本件犯行を遂行したのであって,厳しい非難に値するというべきである。計画的犯行であり,被害者の信頼を裏切った点も看過できない。この点,原判決は,被告人が被害者を病院に誘い出した上,全身麻酔薬等を投与して,被害者において抵抗もできず,意識を失った状態で堕胎されたことをもって,被害者の人格を踏みにじるものと非難するが,やや過剰な評価である。
  そこで,犯行態様の危険性等について検討する。被告人の行為は,被害者の皮膚の上から体内に向けて針を刺すという外科的侵襲を伴うものであり,また,麻酔管理の方法も,現在の医療体制や技術を前提とすると到底そのレベルに達しておらず,母体である被害者の身体に様々な危険が生じるおそれが具体的にあったと認められる。しかしながら,被告人が被害者の生命身体にいかなる危険が生じようとも意に介さないまま本件犯行を行ったとまでは認められず,むしろ,被告人のこれまでの外科医としての経験を踏まえ,上記のような方法であれば被害者の身体に重大な結果が生じない状態で堕胎が行えると判断し,それなりの準備と方法で行ったともいえるのであって,被害者に生じた傷害結果も重大なものとはいい難い。これに関して,本件犯行途中で被害者がけいれんを起こしたことは上記のとおりであるが,その原因は不明であり,そのような事態に至る可能性が高かったといえる事情も認められないし,その後被告人は抗けいれん薬を被害者に投与した後に穿刺を再開したのであるから,けいれんの発生をもって誤穿刺の危険性が高いとの原判決の説示は相当ではない。加えて,本件犯行が救急医療体制の整った病院内で行われたことを併せ考慮すると,本件犯行に際し,実際に母体である被害者の身体自体に重大な傷害結果を生じさせる具体的な危険性が高かったとはいい難いのであって,被告人の一連の行為態様が被害者の身体の安全を軽視した悪質なもので,その違法性は高い旨の原判決の説示も相当ではない。
  被害者は,出産を望んでいたのに,信頼していた被告人にだまされた形で堕胎させられたのであり,被害者の悲嘆等の精神的苦痛も大きかったというべきである。これに対し,被告人は,被害者に対して謝罪するとともに,本件犯行による一切の損害賠償として800万円の支払義務を負うことなどを内容とする示談を被害者との間で成立させ,その後同額が被害者に支払われたことが認められるところ,事後的かつ金銭的な被害回復であるとはいえ,相応に被告人に有利な事情になるというべきである。この点,堕胎罪は,胎児を生育中の生命体として,その生命,身体の安全を保護法益としていると解されるところ,胎児に関して生じた様々な損害の補填を受けるのは母体である被害者しかいないのであるから,被害者が上記金額の支払をもって示談に応じたことは,死亡した胎児を含めた被害全体に関する一般情状として相応に考慮すべきなのであって(被害者と被告人との示談書には「失った子に対する損害の補てんの趣旨」を含むことが明記されている。),胎児が出生していれば被告人は養育費等として支払が必要となる可能性があったとか,回復不能な胎児の生命も保護法益に含まれているとして,被告人による示談金の支払をさほど重視することはできない旨の原判決の説示は相当ではない。
  以上によれば,原判決が指摘する被告人に有利なその他の事情を考慮しても,本件は刑の執行を猶予すべき事案であるとはいえないとの原判決の判断は,いささか被告人に酷に過ぎるとも考えられる。他方,人命を尊重すべき立場にある医師という職責の重要性,また,それ故に社会内において高い信頼を受けていることに鑑みれば,それをないがしろにした被告人は厳しく非難されるべきであり,本件犯行が社会に与えた衝撃も大きかったことは容易に推察されるのであって,被告人に実刑を科すことも選択肢の一つとして首肯できる。そうすると,懲役2年の実刑に処した原判決は,その言渡しの時点において重すぎて不当であるとまではいえない。
 2 もっとも,当審における事実取調べの結果によれば,被告人は,原判決後,厚生労働大臣宛てに医師籍登録抹消を申請し,その申請書に医師免許の再交付の意思がないことを明言する旨の自筆の文書と医師免許証を添付して提出したことが認められ,公判でも今後医師免許を取得するつもりがない旨供述している。被告人については厚生労働大臣が本件を理由に医師免許の取消処分を行う可能性はあるものの,自らの手で医師免許を返納したことは,医師による医事に関する犯罪について社会的な責任をとったともいえ,相応に被告人に有利に考慮すべき事情である。これらの事情と先に指摘した情状を併せ考慮すると,原判決の量刑は,現時点では重きにすぎることとなったというべきであり,これを破棄しなければ明らかに正義に反すると認められる。
第3 破棄自判
  そこで,刑訴法397条2項により原判決を破棄することとし,同法400条ただし書を適用して被告事件について更に判決する。
(罪となるべき事実及び証拠)
  原判決の記載と同じ。
(法令の適用)
  原判決と同一の法令を適用した刑期の範囲内で被告人を懲役2年6月に処し,刑法25条1項によりこの裁判確定の日から5年間その刑の執行を猶予することとする。
(量刑の理由)
  本件は上記のとおりの事案であるところ,犯情を中心に据えて一般情状事実を併せ考慮すると,現時点では被告人に対して刑の執行猶予を付すのが相当であると認め,主文掲記の量刑をしたものである。
  令和3年7月14日
    広島高等裁判所岡山支部第1部
        裁判長裁判官  片山隆夫
           裁判官  秋信治也
           裁判官  重高 啓

不同意堕胎致傷被告事件
岡山地方裁判所判決令和3年2月24日

       主   文

 被告人を懲役2年に処する。

       理   由

(罪となるべき事実)
 被告人は,別紙記載の被害者(当時26歳)の嘱託を受けず,かつ,その承諾を得ないで,同人を堕胎させようと考え,令和2年5月17日午後1時45分頃から同日午後3時25分頃までの間に,勤務先病院である別紙記載の場所において,同人に対し,同人の左腕に留置させた点滴ルートの三方活栓から鎮静薬であるミダゾラム及び全身麻酔薬であるプロポフォールを投与するとともに,鎮静薬であるジアゼパムを同人の下腹部から皮下注射して投与し,これら全身麻酔薬及び鎮静薬の薬理作用により同人を昏睡させてその意識を消失させ,穿刺針を同人の下腹部に複数回穿刺し,同穿刺針の針先を妊娠約9週の胎児がいる子宮の胎嚢内又はその付近で複数回動かした上,同胎嚢内に挿入し,同穿刺針に無水エタノールを入れたシリンジを装着して無水エタノール約2ないし3シーシーを同胎嚢内に注入し,よって,その頃から同月19日午前10時22分頃までの間に,同胎児を死亡させ,もって同人の嘱託を受けず,かつ,その承諾を得ないで堕胎させるとともに,同人に治癒まで約9日間を要する腹部刺傷及び同月17日午後1時50分頃から同日午後5時20分頃までの約3時間30分にわたる意識障害等を伴う急性薬物中毒の傷害を負わせた。
(証拠の標目)
(法令の適用)
 被告人の判示所為は,刑法216条に該当するので,同法10条により同法215条1項所定の刑と同法204条所定の刑とを比較し,重い傷害罪について定めた懲役刑(ただし,短期は不同意堕胎罪の刑のそれによる。)により処断することとし,所定刑期の範囲内で被告人を懲役2年に処することとする。
(量刑の理由)
 本件は,外科医である被告人が,妊娠中の当時の交際相手に対し,その同意なく,全身麻酔薬等を投与して昏睡状態にした上,穿刺針で胎嚢内に無水エタノールを注入し,胎嚢内で妊娠約9週の胎児を死亡させ,被害者に傷害を負わせた不同意堕胎致傷の事案である。
 被告人は,勤務する病院において,予め麻酔薬や穿刺針等を入手して準備し,エコーで胎児の様子を詳しく見たいと被害者を同院内に誘い出し,つわり抑制薬を点滴した後,隙を見て堕胎する目的で鎮静薬ミダゾラム及び全身麻酔プロポフォールを投与し,被害者を昏睡状態にしている。被害者は麻酔薬の作用により意識を失い,自己や胎児が危険にさらされた状況を理解できず,抵抗することも全くできないまま堕胎されることとなったもので,その態様は被害者の人格を踏みにじるものである。被告人は,被害者の生殖機能の中心部である子宮内部の胎嚢へ穿刺し薬剤を注入しており被害者の身体への侵襲の程度は相当に高い。
 被告人は堕胎の方法等を調べ,自己の職場を利用して周到な準備をし,医師であることによる被害者からの厚い信頼や好意に付け込んで誘い出し,消化器外科を専門として経験が豊富で確実に実行できる腹部への穿刺の方法を選択しており,生命を尊重すべき医師としての立場を悪用しているといえる。
 犯行態様の危険性についてみると,全身麻酔薬の使用量は概ね安全な量であったといえるものの,全身麻酔薬を投与して意識を消失させた状態での穿刺は,刺激への反応や麻酔が切れて覚醒することで体が動いてしまう可能性もあり,現に被害者は複数回の穿刺のうちに痙攣を起こしており,誤穿刺の危険性が高い行為であったと認められる。そして,全身麻酔薬や鎮静薬は,麻酔科医師が管理し,看護師や医師が複数いる体制において,患者の呼吸状態等を連続的に観察し,緊急時に十分な措置が可能な施設においてのみ使用しなければ,患者が副作用により呼吸抑制に至るなど容態が急変した場合に対処できず死亡または低酸素脳症に至る症例もあるところ,被告人は,被害者の痙攣時に必要な抗痙攣薬等を室内に準備しておらず,一旦被害者を残して同室を出るなど,十分な体制ではなく,被害者は危険にさらされた。さらに,被告人は,全身麻酔薬の投与直前に被害者に飲料を飲ませたり,拮抗薬フルマゼニルを使い覚醒させた後,眠気を訴え,明らかに全身麻酔薬の効果が残っている状態の被害者を放置して病院を後にするなど,麻酔薬投与の前後に必要な注意もしていないことに照らせば,一連の行為態様は,被害者の身体の安全を軽視した悪質なもので,その違法性は高く,強い社会的非難に値する。
 本件犯行の経緯について,被告人は,本件犯行以前,被害者から避妊薬を服用していると聞いていたが,その後,被害者から,妊娠したものの流産して自殺を図ったと打ち明けられたのに対し,落ち着かせるため甘言を用いて,避妊することなく性交渉を継続し,被害者が妊娠したものであった。そして,婚約者と入籍する直前に,被害者からこの妊娠を告げられ,認知や養育費を求められると,中絶するよう懇願したものの拒絶され,被害者に胎児をエコーで見れば気持ちが変わるかもしれないと告げた。しかし,被害者が子供を産めば,関係が一生続くことを恐れ,婚約者との将来や職場での立場などを優先し本件犯行に及んだもので,上記の経緯や動機は身勝手かつ自己中心的であって,酌むべき点はない。
 被告人はエコーを見ながら無水エタノールを胎嚢に確実に注入した後,エコーで胎児の心拍が明らかに弱まっているのを確認するなど,強固な犯意に基づき堕胎を行い,妊娠約9週まで順調に発育していた胎児の尊い生命が失われた結果は重大で回復不能なものである。被害者に生じた傷害の結果は,腹部刺傷と約3時間30分間にわたる意識障害等を伴う急性薬物中毒であるが,そればかりか,被害者は母子健康手帳の交付を受ける予定でいたところ,医師として尊敬する胎児の父である被告人から,大切な胎児の生命を奪われたのであって,その精神的苦痛は察するに余りあり,示談後も,なお厳しい処罰感情を述べるのも当然である。そうすると,被告人の刑事責任は重いと言わざるを得ない。
 一方,被告人が本件犯行を認めて謝罪文を作成し,反省の言葉を述べ,被害者に対し被害弁償として800万円を支払い示談が成立し,これにより被害者に生じた損害がある程度填補されている。しかし,本件前に被告人は被害者に対し,慰謝料もしくは養育費を支払う旨話をしていた経緯からすれば,胎児が出生していれば養育費等として支払が必要となる可能性があったことや,回復不能な胎児の生命も保護法益に含まれていることからすれば,この支払をさほど重視することはできない。また,被告人の姉が出廷して監督を誓っていること,被告人に前科前歴がないこと,医師免許については医道審議会の処分を待ちつつも,勤務先を懲戒解雇されるなどの社会的制裁を受けていること等の被告人に有利な事情を考慮しても,本件は,刑の執行を猶予すべき事案であるとはいえず,上記の有利な事情は刑期において考慮することとし,主文の刑を量定した。
(求刑:懲役5年)
  令和3年2月24日
    岡山地方裁判所第2刑事部
        裁判長裁判官  御山真理子
           裁判官  五十部隆
           裁判官  松浦絵美