準強姦無罪判決(さいたま地裁h29.10.26)
【判例番号】 L07250824
準強姦被告事件【事件番号】 さいたま地方裁判所判決/平成28年(わ)第1756号
【判決日付】 平成29年10月26日
【掲載誌】 LLI/DB 判例秘書登載主 文
被告人は無罪。
理 由
第1 本件公訴事実
本件公訴事実は,「被告人は,平成28年8月26日午後11時30分頃から同月27日午前1時39分頃までの間に,東京都(以下略)△△5Fにおいて,■■■(当時22歳。以下「A」という。)が泥酔していたため抗拒不能であるのに乗じ,同人を姦淫したものである。」というものである。
第2 争点
1 本件起訴の有効性
弁護人は,本件起訴に関し,①Aの告訴には要素の錯誤があってその意思表示は無効であり,親告罪において告訴が欠如する,あるいは,②親告罪における告訴権者の意思を蹂躙したものとして,公訴権の濫用があると主張し,いずれにせよ公訴棄却の判決がなされるべきとする。
2 被告人の犯人性
弁護人は,被告人がAを姦淫した事実は認められないから被告人は無罪であると主張し,被告人もそれに沿う供述をしている。Aが本件公訴事実記載の日時場所において同記載のとおり誰かに姦淫されたことは証拠上容易に認定できるから,本件公訴事実に関する争点は被告人がその犯人であるといえるかである。
第3 本件起訴の有効性について(以下,日付は平成28年とする。)
1 本件告訴の有効性
関係証拠によると,Aが,本件起訴前である12月9日,本件公訴事実に関する犯罪事実を申告し(内容としては,被告人を含む二人の者が共同して抗拒不能の状態にあるAを姦淫した旨の集団準強姦),被告人を厳重に処罰するよう求める旨の記載がある埼玉県吉川警察署長宛ての告訴状をC警察官(以下「C警察官」という。)に提出したことが認められる。そして,Aは,告訴状を提出した当時,被告人の処罰を求める気持ちであったこと自体は否定しておらず,当公判廷においてその旨の証言をした。
この点,弁護人は,Aは被害弁償を受けることを希望して本件の捜査を求めるに至っており,こうしたAの動機は捜査機関にも明示されていたところ,検察官も警察官も弁護人からの示談の申入れをAに伝えず,その結果Aは示談の申入れがないものとして告訴の意思表示をしたものであり,要素の錯誤があるから無効である旨の主張をする。しかし,弁護人の主張は,前提とする事実関係についての主張の当否はおくとして,要するに,Aが告訴をするに至った動機の形成過程に錯誤があった旨の主張と解すべきものであるところ,Aが告訴をするに至った動機等は告訴の効力に影響を及ぼすものではないというべきである。したがって,本件告訴は有効であるから,この点に関する弁護人の主張に理由はない。
2 検察官による本件起訴の有効性
(1) 関係証拠によれば,本件事件の捜査を担当した溝口修検察官(以下「溝口検察官」という。)が,12月5日頃,被告人の弁護人から,被害者の連絡先教示を求められたこと,溝口検察官は,Aの意向確認をするように警察官に依頼し,同月6日,Aの聴取等を担当していたC警察官がAにラインメッセージを送信して弁護人への連絡先教示の希望の有無を確認したこと,AはC警察官に対して連絡先教示をしないでほしい旨を回答し,C警察官が溝口検察官にその旨伝えたこと,12月9日,溝口検察官がAの取調べを行った際,被害状況の確認とともに処罰感情があることを確認し,その後にAが告訴したこと,本件起訴日である12月21日,溝口検察官が再度Aの取調べを行った際,Aに対して被告人を起訴する予定であることを告げた上で改めてAの処罰意思を確認したこと,以上の事実が認められる。
(2) 以上の事実関係のうち,C警察官がAに対して送信したラインメッセージは,具体的には,「弁護士から,『被害者の連絡先を教えろ』という連絡がありました」「2人共否認しているのに,何を話すつもりなのか分かりませんが」「こういう時,一応被害者の方の意思を確認するようになっていまして」「教えたらどうなるか,ということなんですけど,弁護士から電話が来ます」「示談の話をするのか,謝罪をするのか知りませんが,否認しているので…何がしたいのかは分かりません」などの内容を含むものであり,これによれば,弁護人が被害者の連絡先を教示するように求めてきていること,弁護人の意図としては,被害者に直接連絡を取って示談交渉を含む何らかの働きかけをすることにあるとの趣旨が十分に読み取れるものといえる。すなわち,溝口検察官において,Aに対して弁護人から示談の申入れがあったことを伝えたかどうか,C警察官に対して弁護人から示談の申入れがあった旨伝達したかどうかは明らかでないとしても,Aに対しては,示談交渉の可能性も前提に連絡先教示の希望の有無についての意思確認が行われたといえる。そうすると,A自身も認めるように,弁護人から示談の話がされる可能性があることを理解し得る状況にありながら,Aは弁護人に対する連絡先教示について消極的な態度を維持し続けたことが認められる。
しかるに,被害者が犯人に対する処罰を望みつつ,同時に犯人からの被害弁償を受けたいと考えることは両立し得ることであるし,本件でも,Aにおいて,本件起訴までの間に,溝口検察官に対して示談の成否と関連付けて告訴意思に変更があり得る旨の意向を示した形跡がないことも加味すると,弁護人の主張を考慮しても,本件起訴に至る判断が不合理であるとして告訴権者であるAの意思を蹂躙したとみるべき事情があったとまでは認められない。
(3) 以上によれば,検察官が公訴権を濫用したとみる余地はなく,この点に関する弁護人の主張も理由がない。
第4 被告人の犯人性
1 前提となる事実(以下,日付は平成28年とする。)
以下の各事実は,証拠上容易に認めることができる。
(1) Aと被告人らの関係,飲み会が開催された経緯等
8月26日午後9時頃から,本件公訴事実記載の場所(以下「△△」という。)において,被告人,D(以下「D」という。)及びE(以下「E」という。)の男性3人と,A及びAの会社の同僚仲間である女性(以下「B」という。)が参加する飲み会(以下「本件飲み会」という。)が開催された。
被告人,D及びEは,同じ大学医学部の先輩後輩の関係にあり,被告人とDは同い年で友人関係にあったが,被告人の方が医師としてのキャリアは長かった。Eは,被告人及びDの後輩として交遊する関係にあった。
本件飲み会は,被告人及びDと飲み会をすることになったEが,知り合いのBを誘い,AはBに誘われて参加することとなって,△△において開催された。Aは,本件飲み会に参加するまでB以外の参加者とは面識が一切なかった。
(2) △△は,Dが借りている部屋であったが,住居としては使用しておらず,Dらが飲み会を行う際に使用していた。
△△には,テーブルやソファを配置したリビング,バーベキューを行うことができるベランダ,トイレのほか,東側のトイレに向かう洗面所の南側に接して浴室を改造した小部屋(以下「本件小部屋」という。東西1.1メートル,南北に1.63メートル。床面はすのこの上にマットレス,更に毛布が敷いてある。北側の入口は壁面の棚を片開きドアとする構造となっており,ドアを開けないと本件小部屋の存在がわからない。)がある。
(3) 本件飲み会及びその後の状況等
本件飲み会開始後,被告人らはベランダで1時間程度バーベキューを行い,互いに自己紹介をするなどした。被告人らは,リビングに戻り,ゲームに負けた人が罰として酒を飲むというルールで山手線ゲーム等のゲームを行った。
Aは酒に弱く,Aがゲームに負けた際も気遣ったBが代わりに酒を飲むなどしていたが,酩酊したBが途中でトイレに行き戻らなかったため,EがBの様子を見に行くためリビングから移動した。Bは,トイレ内で酔いつぶれて意識を失って倒れた状態となっていた。
Aも飲酒したアルコールの影響で一旦意識を失う状態となった後,本件小部屋内で何者かに姦淫された。
Aは,8月27日午前1時39分頃にはリビングのソファ上に寝かされており,その様子をDが携帯電話機で撮影した。
Aは,一人で帰宅できる状態でなく,Dが同乗するタクシーに乗って帰宅したが,DもA方に入り,Aは抵抗できない状態において同所でDに姦淫された。
2 A供述の信用性
(1) Aの公判供述の概要
Aは,当公判廷において,△△で姦淫した犯人は被告人である旨供述するので,その信用性を検討する。Aの供述の要旨は,以下のとおりである。
EがBの様子を見にトイレに行って以降の記憶が途切れており,その後記憶があるのは,あおむけの状態で誰かの顔が目の前にあり,キスをされている場面である。キスをしている相手は,私の上に覆いかぶさる状態で,「Aちゃん,かわいいね」と3回位私の名前を呼びながらキスをしてきて,陰部に手を触れて,その後陰茎を陰部の中に入れた。キスと姦淫行為は一連の動きで,途中で相手が入れ替わったようなことはなかった。姦淫を拒んで抵抗しているつもりであったが,酒が強く回っていたので体が動かず抵抗することができなかった。
姦淫行為をしている相手について,暗くて顔を見ることはできなかったが,私の名前を「ちゃん付け」で呼んでいたことや,雰囲気や声のトーン,話し方からして本件飲み会でゲームをしているときに隣に座っていた被告人であると思った。Dからはその日「Aちゃん」と言われたことがなかったし,話し方や接し方からしてDではなかった。Eからは「Aちゃん」と呼ばれていたが,雰囲気や話し方からEではないと思った。姦淫された後に再び意識を失い,次に意識が戻ったのは,Eに身体を揺さぶられて起きたときで,リビングのソファーに横たわった状態であった。
(2) 検討
ア Aが本件飲み会の途中から泥酔状態に陥り,抵抗できない状態において姦淫されたこと自体は,本件飲み会におけるAの状態に整合し,本件飲み会後にBに連絡を取り始めた8月27日午後から△△で泥酔状態下で姦淫された旨伝えるメッセージを送信するなど,直後からその認識で一貫していることなどに照らせば,この点の証言の信用性に疑問を差し挟む余地はない。また,Aは,姦淫された場所について,リビングではない狭い部屋であったと公判廷で供述するところ,これが本件小部屋であったことも本件の証拠関係に照らして疑う余地がない。
イ しかしながら,△△で姦淫した犯人が被告人であったとするAの供述については,Aの当時の状態や犯人を特定した根拠として述べるところに鑑みると,その信用性や被告人以外の者が犯人である可能性を排除するに足る内容を備えているか,特に慎重に評価すべきものである。すなわち,A自身が述べるように,酩酊状態に陥って記憶が途切れた後,一時的に意識を少し戻したときに姦淫されていることがわかったとするものの,依然として意識は清明といい難い状態のままであり,実際,姦淫された後再び意識を失ったというのであるから,姦淫されたときも相当強い酩酊状態にあったと認められる。そして,そのようなAの状態を前提にする限り,そもそもAが自らの身に起こっている状況を正しく認知し,かつ,認知した状況を正しく記銘しておくこと自体,相当に困難なことというべきであり,他に被告人が犯人であることを具体的に裏付ける客観証拠もないのに,専らそのような状況下でのAの供述に依拠して犯人を特定することは特に慎重に行う必要がある。その上で,Aが姦淫行為の犯人を被告人として特定した根拠として述べるところをみても,当時△△にいた可能性がある被告人以外の者が犯人であることを排除し得るような排他性を備えた顕著な特徴や手掛かりを挙げるようなものでなく,出会ってわずか数時間という状況で,しかも複数いた男性のうちの一人のものであったとする相手の声や雰囲気から判断したという,相当強い酩酊状態下において識別し得たというには,曖昧かつ漠然とした内容にとどまっている。印象論の域を出ない,十分な説得力に乏しい内容といわざるを得ず,その信用性,確実性には疑問が残る。
ウ 加えて,Aは,8月27日午後以降,Bと本件飲み会での出来事について,互いにメッセージを送り合って,その時点における自己の率直な認識や感情等についてのやり取りを重ねているところ,仮にAにおいて当初から姦淫した犯人が被告人であると識別できるほどの記憶を保持していたのであれば,Bに対して早い段階からその旨告げていてもおかしくないのに,実際には,「昨日記憶ないんだけど,中だしされてないか心配~~」「普通に2人くらいにやられてる。」「ホントきおくない。」「馬鹿だから何も記憶ないんだよね。ただ,入れられたのは記憶ある。」など,姦淫された相手を特定しないメッセージの内容であった。これらのメッセージの内容に照らすと,Aは,Bと本件飲み会後にメッセージのやり取りを始めた時点では,何者かに姦淫された記憶はあったものの,姦淫された相手が誰であったのかを特定し得る確たる記憶はなかったとみざるを得ない。
Aは,その後のBとのメッセージのやり取りの中で,姦淫された相手について,「お店(△△のこと)で,Y1さん(被告人のこと)かEさん(Eのこと)」などのメッセージを送信したところ,BがEに対してAを姦淫したか確認したものの,Eから「俺はやっていない」というメッセージが返されたことを受け,Aは,「恐らくお店(△△のこと)はY1さんみたい!」「(被告人に)ちゅーしたの記憶ある?って聞かれたし」とBに対して送信している。Aは,こうした一連のやりとりの中で得た情報も加わり,姦淫された相手が被告人であったと考えるに至った可能性が否定できない。
エ この点,検察官は,直前までAが声を聞いていた者の声であること,比較対照する者が男性3名だけの限定された人数であったことから,Aが話し方や声の特徴から姦淫した犯人が被告人であったと判断することができたなどと主張する。しかし,姦淫されている最中に聞いたという「Aちゃん,かわいいね」という極めて短く,取り立てて特徴のない文言の話し方やその声の特徴のみで相手を特定したというのであるから,既に検討したAと被告人らとの関係,本件飲み会の経緯,当時のAの状態等を考慮すると,検察官の主張に照らしても人違いの可能性がないとはいい切れないというべきである。また,「Aちゃん」というさして特徴のない呼び方では犯人との結び付きを判断することは困難であり,犯人が犯行の場面で本件飲み会のときとは別の呼び方をすることも十分あり得るのであるから,本件飲み会で被告人らがAをどう呼んでいたかによって結論は左右されないというべきである。
(3) 以上によれば,△△で姦淫した犯人が被告人であったとするA供述には疑問が残るといわざるを得ない。
3 犯人が他にいることを疑わせる事実
Dは,自身の捜査段階における取調べの中で△△内でAを姦淫した旨を録取した供述調書の内容を確認した上で署名押印しているところ,証人として出廷した当公判廷においても,△△においてAを姦淫していないと明確に否定せず,曖昧な供述をしている。この点,Dは,自身の捜査段階の供述について,タクシーで送っていったA方でAを姦淫した行為と混同していたとも述べるが,一方でA方での姦淫行為について今も状況的に記憶に強く残るものであったとの供述をしており,姦淫した場所を混同して供述していたとする説明は不自然である。しかるに,このようなDの供述等に照らすと,確かに検察官が主張するように△△においてAを姦淫した者が複数いる可能性も否定できないとはいえ,Aが同所で認識している姦淫被害は1回であり,Dが同所においてもAを姦淫し,かつ,それが本件の場面におけることであった可能性を否定するのは困難といわざるを得ない。
4 被告人供述について
最後に,被告人供述についてみても,曖昧な部分もあるものの,Aとキスしたことはあったが,それはリビングでAと二人きりになった際であったこと,Dが本件小部屋のある洗面所の方から出てきたのを目にし,Dと一緒に洗面所の方に戻って本件小部屋内を見たところ下半身を露出した状態のAが横たわっており,DがAに対して性的行為をしたと思ったことなどを述べるところは,Eの公判供述とも矛盾せず,関係証拠に照らしてこれを排斥することはできないのであって,もとより被告人の犯人性を積極的に裏付ける証拠とはなり得ない。
第5 結論
以上を総合すれば,被告人が公訴事実記載の犯行を行ったとするにはなお合理的な疑いが残るというべきであり,結局本件公訴事実については犯罪の証明がないことになるから,刑訴法336条により被告人に対し無罪の言渡しをする。
(求刑 懲役4年6月)
平成29年10月26日
さいたま地方裁判所第4刑事部
裁判長裁判官 佐々木直人
裁判官 四宮知彦
裁判官 片山嘉恵