児童ポルノ・児童買春・児童福祉法・監護者性交・不同意性交・不同意わいせつ・青少年条例・不正アクセス禁止法・わいせつ電磁的記録・性的姿態撮影罪弁護人 奥村徹弁護士の見解(弁護士直通050-5861-8888 sodanokumurabengoshi@gmail.com)

性犯罪・福祉犯(監護者わいせつ罪・強制わいせつ罪・児童ポルノ・児童買春・青少年条例・児童福祉法)の被疑者(犯人側)の弁護を担当しています。専門家向けの情報を発信しています。

隣接都県にまたがる迷惑防止条例違反事件の罪数

この本に詳しく出ています。電車の痴漢が県境にまたがるというのは多いようです。
 隣接都県にまたがる青少年条例違反事件の罪数という論点も時々出てきます。東京湾横断道路経由で千葉県と神奈川県にまたがった事件がありました。

略式手続の理論と実務
東京簡易裁判所判事  三好 一幸 著
128ページ(本文109ページ)
定 価 2,200円(本体2,096円)
発 行 平成24年9月
 刑事事件の約8割が簡易裁判所における略式手続によって処理されている中,実際に裁判官として略式手続による裁判を担当している著者が,経験と実績に基づき裁判官の視点から問題意識をもって著述したものです。
 裁判実務を行う上での指標となる判例を満遍なく紹介しているため,略式手続を担当する裁判官,書記官等の裁判所職員,検察,警察等の裁判実務の担当者,更に法学の研究者,学生等多くの方々の参考書としても有用な書となっています。
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6隣接都県にまたがる迷惑防止条例違反事件の罪数
隣接した複数の都県にまたがる迷惑防止条例違反事件(痴漢行為)の罪数及び法令の適用については,判例が確立しているとはいえない。

(1)成立する犯罪の個数
進行中の電車内で,2つの県(A県とB県)にまたがる痴漢行為に及んだ場合,そもそも何個の犯罪が成立するだろうか。
ア構成要件基準説

犯罪の個数の基準(第3の5(1)ケ,60頁)について構成要件基準説に立てば,A県条例違反とB県条例違反の2つの構成要件を充足することになるから,2個の犯罪が成立すると考えられる。

法益基準説
これに対し犯罪の個数の基準について法益基準説に立てば,迷惑防止条例の保護法益は生活の平穏であるから,法益侵害もl個であり,1個の犯罪のみが成立すると考えることになる。

しかしl個の犯罪のみが成立するとする考え方については,条例によって構成要件が異なる場合(例えば東京都条例と埼玉県条例)や法定刑が異なる場合(例えば東京都条例と神奈川県条例)があり,また,地方公共団体の自治立法権(条例制定権)を疎かにすることになるとも考えられる。
犯罪の成立の個数に関する事案ではないが,次の裁判例がある。
[判例50]地方公共団体に自治立法権(条例制定権)を認めた趣旨からすると,地域を異にする別個の条例に違反する各罪を常習ー罪として問う余地はない。(東京高判平17・77高刑集58巻3号l頁,判タ1281号338頁)
成立する犯罪の個数としては,判例・通説である構成要件基準説に従い,A県条例違反とB県条例違反の2個の犯罪が成立するものと考える。

なお,犯罪の個数の基準について法益基準説をとった場合には,競合的単純一罪,包括的単純一罪又は単純一罪として処理することになり,刑法10条を適用することはない。(72頁の表参照)

(2)成立した2個の犯罪の罪数
成立したA県条例違反とB県条例違反の2個の犯罪の罪数については,次のような考え方に分かれている。
併合罪

判例52 53が出されるまでは,観念的競合説とともに有力であった。
併合罪とした場合,罰金について,各罪について定めた罰金の多額を合算しこの額を多額として処断される(刑法48条2項)から,被告人に不利益といえる。併合罪説が有力でなくなった原因の一つも,そこにあるように思われる。
ただし痴漢行為の中断がある場合等は,併合罪と考える余地もある。
イ観念的競合説
観念的競合において実行行為が重なる必要がないことについては,次の判例がある。

[判例51]両罪の実行行為が全く重なり合わなくても観念的競合を認めた事例
(最l小判昭58.9.29刑集37巻7号1110頁判時1092号37頁判タ509号88頁)

ただし判例解説昭和58年度324頁では「本件の趣旨を,連続的,継
続的な行為の一個性を認めたものとして安易に拡張解釈することは妥当ではなかろう。」とされている。

観念的競合の場合,その最も重い刑により処断される(刑法54条l項)ことになるから,ウの包括ー罪の場合と同じであり,被告人に不利益であるとはいえない。

A県条例違反とB県条例違反を包括ー罪としないことは,それぞれの自治立法権(条例制定権)を尊重することにもなると考えられる。
ウ包括一罪説
2個の犯罪が成立するが,構成要件行為又は罪質が同一であることから,一罪としての評価のみで十分であることを理由とする。

なお,数個の犯罪が成立し,異なる罪名にまたがり数個の法益侵害がある場合に,具体的妥当性から一個の処罰でまかなってよい場合を,混合的包括ー罪と呼ぶことがある。

(3)隣接都県にまたがる迷惑防止条例違反事件の裁判例
[判例52}検察官は,埼玉県内及び東京都内の双方での痴漢行為につき,包括してー罪としての処罰を求めているものと解されるところ,その罪数解釈は正当として是認することができる。(東京高判平13・2・23東高刑時報52巻1~12号9頁)

[判例53]神奈川県から東京都に至る聞を走行中の電車内における痴漢行為について,神奈川県迷惑防止条例違反の罪と東京都迷惑防止条例違反の罪のいわゆる包括ー罪が成立する。(東京高判平19・3・14高検速報集平成19年145頁)

(4)判決における法令の適用
上記(3)の裁判例の包括ー罪説によった場合,判決における法令の適用はどのようになるだろうか。
最高裁が混合的包括ー罪を認めたとされる次の判例が参考となる。


[判例54]詐欺罪又は窃盗罪と二項強盗の混合的包括ー罪を認めた事例(最1小決昭61・11・18刑集40巻7号523頁,判時1216号142頁,判タ626号93頁)「(混合的)包括ー罪の法令の適用は科刑上ー罪の場合のそれに近いものにすべきように思われる。」(判例解説昭和61年度310頁)
包括ー罪説によった場合,法令の適用は,
ア法定刑が異なる場合
「A県条例違反の罪とB県条例違反の罪は,いわゆる包括ー罪として,刑法10条により重いA県条例違反の罪の刑で処断することとし」
イ法定刑が同じ場合
「A県条例違反の罪とB県条例違反の罪は,いわゆる包括ー罪として,刑法10条により犯情の重いA県条例違反の罪の刑で処断することとし」
となる。
なお,犯情については,通常は被害の大きいものが重く,ほぼ同じならば,後の犯行が重いとされている。

(5)略式命令における適用した法令
第4量刑について
包括ー罪説によった場合,略式命令における適用した法令では,刑法10条を挙げるだけでもよいだろう。
以上の(1)乃至(5)をまとめると次の表のようになる。なお,犯罪論(罪数論)刑罰論(犯罪競合論)の分類は,大コン刑法第4巻164頁以下(中山善房著)によっている。