第1 はじめに多数人を被害者とする詐欺事件については,一般に,公訴を提起するに当たり,各被害者の人定事項を特定した上で,各欺同行為が行われた日時,場所,欺同行為の内容.被害金額を明らかにする必要があるoしかし事案によっては,上記各事項を特定することが困難な場合もあり,その場合に,特定されたごく少数の被害者についてのみ公訴を提起することは,実態、に即した処理とは言い難い場合もあるo本件は,第108回検事専門研修において,研修員から発表されたものであり,いわゆる街頭募金詐欺で一部の被害者についてしか,欺同行為の日時,場所等を明らかにすることができなかった事案において.罪数に関し包括ー罪として全体を公判請求し裁判所もこのような検察官の~ 主張を容れた判決をしたというものであるoこのような処理及び判決結果については.同種事案の処理について,参考になるべき点が多いと思われることから,紹介する次第である。なお,本稿中,意見にわたる部分は,もとより私見である(注1)。
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3 本件の射程距離について本件処理及び最高裁決定については肯定的に評価することができると思われるが.本件処理及び最高裁決定の射程距離については限定的に理解すべきではないかと思われるoなぜならば,あくまでも詐欺罪の保護法益は,各個人の財産権であり.詐欺罪の成立を認めるためには,個別の被害者がいずれも錯誤に基づいて処分行為に及んだことが立証されなければならないという原則が,最高裁の決定によって変更されたものではないからである
本件のように. 1個の犯意に基づいて.一定の期間.近接する地域内において,組織的かつ画一的な態様で継続的に欺同行為がなされ,しかも.被害者は被告人とは何ら人的関係を有しない不特定多数の通行人であり,被告人の真意を知っていればおよそ処分行為に及ばなかったであろうことが強く推認できるといった特殊性のある事案については.本件のような処理が妥当するとしても,そのような推認が働かないような事例については本件のような処理をそのままあてはめることはできないというべきである。したがって.本件のような処理方法をほかの事案に広く適用することについては慎重であるべきで,本件の射程距離は限定的に解するべきであろう