児童ポルノ・児童買春・児童福祉法・監護者わいせつ・不同意わいせつ・強制わいせつ・青少年条例・不正アクセス禁止法・わいせつ電磁的記録弁護人 奥村徹弁護士の見解(弁護士直通050-5861-8888 sodanokumurabengoshi@gmail.com)

性犯罪・福祉犯(監護者わいせつ罪・強制わいせつ罪・児童ポルノ・児童買春・青少年条例・児童福祉法)の被疑者(犯人側)の弁護を担当しています。専門家向けの情報を発信しています。

児童ポルノ販売罪におけるおとり捜査について

 こう言われると、違法捜査に思えませんか?
 児童ポルノの拡散が児童に対する性的虐待であって、その禁圧が法律の趣旨であれば、おとり捜査で買い受けるというのは、販売するのと同等の違法性=個人的法益の侵害があるからダメなんじゃないですか?
 少なくとも被害者の承諾が必要ではないか。

1 はじめに
 本件において捜査員が児童ポルノを買い受けた行為(甲1)は、違法な囮捜査である。
 また、被告人は警察からの購入希望を受けて販売したのであって、警察の行為が犯意を惹起させているという意味でも違法なおとり捜査である。
 最近の最高裁判決に照らしても、警察捜査によって、新たな被害児童の権利侵害の結果が生じている以上、適法と評価することは出来ない。

平成16年07月12日 第一小法廷決定 平成15年(あ)第1815号 大麻取締法違反,出入国管理及び難民認定法違反被告事件
2 以上の事実関係によれば,本件において,いわゆるおとり捜査の手法が採られたことが明らかである。おとり捜査は,捜査機関又はその依頼を受けた捜査協力者が,その身分や意図を相手方に秘して犯罪を実行するように働き掛け,相手方がこれに応じて犯罪の実行に出たところで現行犯逮捕等により検挙するものであるが,少なくとも,直接の被害者がいない薬物犯罪等の捜査において,通常の捜査方法のみでは当該犯罪の摘発が困難である場合に,機会があれば犯罪を行う意思があると疑われる者を対象におとり捜査を行うことは,刑訴法197条1項に基づく任意捜査として許容されるものと解すべきである。

 従って、本件捜査において、証拠はすべて違法収集証拠であるから証拠能力がない。
 土本教授も被害者無き犯罪を前提にしておとり捜査の限界を論じている。
土本武司「おとり捜査の許容条件」捜査研究'04.11

 第三者の権利を侵害している点で、弁護人が同意しても治癒できない瑕疵がある。
 これは名誉毀損罪でいえば、取締のために犯人に再度公然と名誉毀損するように促していたり、傷害罪でいえば、取締のために犯人が再度傷害するのを促したりするのと同じであって、警察の行為によって、被害者の被害が深まっているのである。
 これは本件捜査の端緒であって、捜査における重大な違法であるから、本件捜査の全体に影響を与える。
 このような捜査によって取得した証拠を用いる公訴提起は公訴権濫用と言わざるを得ない。
 従って、本件の公訴提起は違法であり、訴訟手続の法令違反により原判決は破棄を免れない。

2 児童ポルノ取得行為の違法性
 児童ポルノ販売行為の相手方の取得行為も違法である。
 わいせつ物の罪の場合に、譲り受けた者が処罰されないのは、わいせつ物の罪は反復継続性・営業犯性を予定しているが、譲受人には反復継続性・営業犯性が認められないこと、保護法益は社会的法益であるから多数回行われて初めて可罰的と評価されること、表現の自由に対する配慮したことによると解される。
 また、講学上は、必要的共犯の一方だけを処罰する規定がある場合には、他方には刑法総論の共犯処罰規定は原則として処罰されないとされるから、わいせつ物の取得者は販売・頒布罪の共犯にも当たらない。
 しかし、児童ポルノの場合は、児童ポルノに関する行為は、描写された者への性的虐待・商業的搾取(個人的法益の侵害)であるが故に処罰されるのである。被描写者の権利侵害と取得行為との因果関係も明白である。
 したがって、反復継続性・営業犯性は当罰性の要件とはならない。現に現行法では不特定多数に対する提供罪に加えて、不特定多数を要件としない提供罪(懲役3年)も設けられている。取得者には法定刑懲役3年程度の違法性がある。
 また、児童ポルノに関する行為は描写された児童に対する虐待であるから、表現の自由に対する配慮もさほど必要ではなく、取得行為を不処罰にする必要性は乏しい。
 従って、取得行為には当罰性が認められるし、現行法においても、販売・頒布罪の共犯ともなりうる。
 立法論としては、児童ポルノの害悪は、それが製造(撮影)されることによるものも著しいが、それが転転流通して拡散することによるものはさらに著しい。その意味では、法益保護の見地からは、流通を阻止することが強く求められているのであって、制定以来、立法者が譲受け行為を不処罰としていることは不徹底・児童ポルノの害悪を理解していないと言わざるを得ない。
 何かと議論の多い単純所持罪よりもよっぽど問題が少なく、有効な規制である。
 児童ポルノ取得行為は違法であるという場合の違法は、訴訟法的な違法ではなく、児童ポルノ法の保護法益に照らして違法なのである。必要的共犯(対向犯)であって、これが適法なら、販売も適法である。これを処罰しないのは、立法の過誤である。
曲田統「わいせつ物を購入する行為の可罰性について」現代刑事法2004年2月号

3 おとり捜査の必要性
 児童ポルノの場合、このような捜査方法はやむをえないのだろうか?
 実は、弁護人は本件児童ポルノについては、別件の所持事件(鳥取地裁H13.8.28)を扱ったことがあるので見覚えがある。同一の被害児童である。
本件甲1(捜査報告書)

鳥取地裁事件検察官請求証拠

 国歌公安委員会の議事録http://www.npsc.go.jp/report14/9_19.pdfによれば、警察庁は、「児童ポルノ画像自動検索システム」という被害児童のデータベースを持っている。そういう報道もある*2*3。それを使って、オークションに掲載されている写真を検索すれば、鳥取県警の事件と同一の児童ポルノであることは即座に判明した。
 弁護人が一見して同一と判るものを警察庁が世界に誇るデータベースに掛けても判らなかったとはいわせない

 本件捜査ではそのデータベースを用いていないことが明らかであり、おとり捜査の必要性はない。