児童ポルノ・児童買春・児童福祉法・監護者性交・強制わいせつ・青少年条例・不正アクセス禁止法・わいせつ電磁的記録記録被告事件弁護人 奥村徹弁護士の見解(弁護士直通050-5861-8888 hp@okumura-tanaka-law.com)

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「わいせつ」の定義はしないことにした~「いわゆる規範的構成要件である「わいせつな行為」該当性を安定的に解釈していくためには, これをどのように定義づけるかよりも, どのような判断要素をどのような判断基準で考慮していくべきなのかという判断方法こそが重要であると考えられる。本判決が, 「わいせつな行為」の定義そのものには言及していないのは, このようなことが考えられたためと思われる。」最高裁調査官馬渡香津子

 頼まれた原稿には「わいせつの定義、最高裁は先送りした」って書いちゃったけど、定義あきらめたようです。
 もう定義できないんですよ。
 そこで、わいせつ行為リスト方式ですよ。弁論で主張しましたよ。

強制わいせつ罪の成立と行為者の性的意図の要否
最高裁平成29年11月29日大法廷判決最高裁調査官馬渡香津子 ジュリスト1517 p78
V・「わいせつな行為」の定義,判断方法
1. 「わいせつな行為」概念の重要性性的意図が強制わいせつ罪の成立要件でないとすれば, 「わいせつな行為」に該当するか否かが強制わいせつ罪の成否を決する上で更に重要となり, 「わいせつな行為」該当性の判断に際して,行為者の主観を一切考慮してはならないのかどうかを含め, これをどのように判断し,その処罰範囲を明確化するのかが問題となる。
また,強制わいせつ致傷罪は,裁判員裁判対象事件であることも考えれば, 「わいせつな行為」の判断基準が明確であることが望ましい。
2 定義
(1) 判例,学説の状況
強制わいせつ罪にいう「わいせつな行為」の定義を明らかにした最高裁判例はない。
他方, 「わいせつ」という用語は,刑法174条(公然わいせつ), 175条(わいせつ物頒布罪等) にも使用されており, 最一小判昭和26.5. 10刑集5巻6号1026頁は, 刑法175条所定のわいせつ文書に該当するかという点に関し, 「徒に性慾を興奮又は刺激せしめ且つ普通人の正常な性的差恥心を害し善良な性的道義観念に反するものと認められる」との理由でわいせつ文書該当性を認めているところ(最大判昭和32.3・13刑集ll巻3号997頁〔チャタレー事件〕も,同条の解釈を示すに際して,その定義を採用している),名古屋高金沢支判昭和36.5.2下刑集3巻5=6号399頁が,強制わいせつ罪の「わいせつ」についても, これらの判例と同内容を判示したことから,多くの学説において, これが刑法176条のわいせつの定義を示したものとして引用されるようになった(大塚ほか編・前掲67頁等)。
これに対し,学説の中には,刑法174条, 175条にいう「わいせつ」と刑法176条の「わいせつ」とでは,保護法益を異にする以上, 同一に解すべきではないとして,別の定義を試みているものも多くある(例えば, 「姦淫以外の性的な行為」平野龍一.刑法概説〔第4版) 180頁, 「性的な意味を有する行為,すなわち,本人の性的差恥心の対象となるような行為」山口厚・刑法各論〔第2版] 106頁, 「被害者の性的自由を侵害するに足りる行為」高橋則夫・刑法各論〔第2版〕124頁, 「性的性質を有する一定の重大な侵襲」佐藤・前掲62頁等)。
(2) 検討
そもそも, 「わいせつな行為」という言葉は,一般常識的な言葉として通用していて,一般的な社会通念に照らせば, ある程度のイメージを具体的に持てる言葉といえる。
そして, 「わいせつな行為」を過不足なく別の言葉でわかりやすく表現することには困難を伴うだけでなく,別の言葉で定義づけた場合に,かえって誤解を生じさせるなどして解釈上の混乱を招きかねないおそれもある。
また, 「わいせつな行為」を定義したからといって, それによって, 「わいせつな行為」に該当するか否かを直ちに判断できるものでもなく,結局,個々の事例の積み重ねを通じて判断されていくべき事柄といえ, これまでも実務上,多くの事例判断が積み重ねられ,それらの集積から,ある程度の外延がうかがわれるところでもある(具体的事例については,大塚ほか編・前掲67頁以下等参照)。
そうであるとすると,いわゆる規範的構成要件である「わいせつな行為」該当性を安定的に解釈していくためには, これをどのように定義づけるかよりも, どのような判断要素をどのような判断基準で考慮していくべきなのかという判断方法こそが重要であると考えられる。
本判決が, 「わいせつな行為」の定義そのものには言及していないのは, このようなことが考えられたためと思われる。
もっとも,本判決は,その判示内容からすれば,上記名古屋高金沢支判の示した定義を採用していないし,原判決の示す「性的自由を侵害する行為」という定義も採用していないことは明らかと思われる(なお,実務上, 「わいせつな行為」該当性を判断する具体的場面においては,従来の判例.裁判例で示されてきた事例判断の積み重ねを踏まえて, 「わいせつな行為」の外延をさぐりつつ判断していかなければならないこと自体は,本判決も当然の前提としているものと思われる)。
3. 「わいせつな行為」の判断方法
(1) 性的な意味の有無強制わいせつ罪が性的自由ないし性的自己決定権を中核とする性にかかわる個人的法益に対する罪であることに照らせば, 「わいせつな行為」であるかどうかを判断するための核心部分は,当該行為に性的な意味があるか否かであると考えられる。
ところが, どのような行為に性的な意味があるといえるのかについて考えてみると,性交類似行為等のように,その行為の外形自体から直ちに性的意味があることが明らかな行為(以下,便宜上「第1類型」という)がある一方,幼児の裸の写真を撮影する行為(家族が記念撮影の一環として行っている場合もあれば,家族が児童ポルノを製造している場合もある)やキスする行為(欧米風の挨拶の場合もあれば,性的意味のある場合もある)のように,その行為の外形自体だけでは,性的意味があるかどうかを直ちに判断できない行為(以下,便宜上「第Ⅱ類型」という) とが考えられる。
そして,第Ⅱ類型の行為については,その行為が行われた際の具体的状況等(例えば,③行為者と被害者の関係性,⑥行為者及び被害者の各属性等,@行為に及ぶ経緯,周囲の状況等)をも考慮した上で,その行為に性的意味があるか否かを判断せざるを得ない。
本判決が, 「刑法176条にいうわいせつな行為と評価されるべき行為の中には,強姦罪に連なる行為のように,行為そのものが持つ性的性質が明確で, 当該行為が行われた際の具体的状況等如何にかかわらず当然に性的な意味があると認められるため,直ちにわいせつな行為と評価できる行為がある一方,行為そのものが持つ性的性質が不明確で, 当該行為が行われた際の具体的状況等をも考慮に入れなければ当該行為に性的な意味があるかどうかが評価し難いような行為もある」と判示しているのは,上記のようなことを明らかにしたものと思われる。
(2) 性的な意味合いの強さの程度次に,性的な意味を帯びているとみられる行為の全てが「わいせつな行為」に該当するとは考えられない点にも留意が必要である。
例えば,性的関心をもって手に触れるとか,性的関心に基づいて衣服を着けた者を撮影するといった行為(行為そのものが持っている性的性質がないか, あるとしても非常に希薄な行為,以下便宜上「第Ⅲ類型」という) も,性的な意味を帯びると考えられるが,いかに行為者が主観的に性的意図を込めて行ったものであったとしても, この程度の行為まで「わいせつな行為」として,強制わいせつ罪の処罰対象に含むことは, 同罪の法定刑の重さに照らして妥当性を欠くと思われる(第Ⅲ類型の中には,各都道府県で定められたいわゆる迷惑防止条例違反となり得るものはあるであろう)。
すなわち,強制わいせつ罪(刑176条前段,後段),準強制わいせつ罪(同178条1項),監護者わいせつ罪(平成29年改正で新設された同179条1項)は,それぞれに規定されている各態様(( i)暴行又は脅迫を用いる, (ii)13歳未満の者を相手とする, (Ⅲ)人の心神喪失もしくは抗拒不能に乗じ,又は心神を喪失させ,もしくは抗拒不能にさせる, (iv)18歳未満の者に対し,監護者であることの影響力があることに乗じる)によって「わいせつな行為」をした者を, これらの各規定によって重く処罰しているのであるから,性的な意味がある行為の中でも, このような各態様によって,その行為を行うことが,保護法益(性的自由を中核とする性に関わる個人的法益)に対する重い侵害となるような行為,すなわち,性的な意味合いの強さが刑法176条等による非難に相応する程度に達している行為に限定されるべきと考えられる。
本判決が「同条の法定刑の重さに照らすと,性的な意味を帯びているとみられる行為の全てが同条にいうわいせつな行為として処罰に値すると評価すべきものではない」と判示しているのは, このことを明らかにしたものと思われる。
(3) 判断基準したがって, ある行為が「わいせつな行為」に該当するというためには,①性的な意味があるか否か,②性的な意味合いの強さが刑法176条等による非難に相応する程度に達しているか否かを判断しなければならないと考えられるが, これらをどのような基準で判断すべきなのかが,更に問題となる。
これらの判断を当該被害者が実際に, 当罰性の高い性的意味を感じたか否かによるべきでないことは当然であり,他方で, 昭和45年判例の解釈を採用しない以上,行為者自身の性欲等を基準にすべきものでないことも明らかといえる。
結局,その判断は,社会通念に照らして客観的に判断されるべきと考えられる。
また,性的な被害に係る犯罪に対する社会の受け止め方は,前述のとおり時代によって変わり得るものであることからすれば,社会通念に照らして判断する際には,その時代の社会の受け止め方をも考慮しておく必要がある。
もっとも,犯罪規定の解釈においては,法的安定性が求められることも当然であるから,社会の受け止め方の変化を考慮する際には,慎重な姿勢も必要であり,従前の判例・裁判例の積み重ねを十分参酌する必要があろう。
本判決が, 「いかなる行為に性的な意味があり, 同条による処罰に値する行為とみるべきかは,規範的評価として,その時代の性的な被害に係る犯罪に対する社会の一般的な受け止め方を考盧しつつ客観的に判断されるべき事柄であると考えられる」と判示しているのは, このようなことを明らかにしたものと思われる。
(4) 具体的判断方法
そこで,その具体的判断方法を更に考えてみると, まずは,行為そのものが持つ性的性質の有無,程度に着目して,①性的な意味があるかどうか,②性的な意味合いの強さがどの程度かを検討すべきであって,それだけでは「わいせつな行為」該当性の判断がつかない場合(第Ⅱ類型の場合)には,次の段階として,行為そのものが持ち得る性的性質の程度を踏まえた上で, 当該行為が行われた際の具体的状況等の諸般の事情をも加えて判断していくことになろう。
本判決が「わいせつな行為に当たるか否かの判断を行うためには,行為そのものが持つ性的性質の有無及び程度を十分に踏まえた上で,事案によっては……」と判示しているのは, この点を明らかにしたものと思われる。
この場合には,事案ごとに様々な具体的状況(例えば,③行為者と被害者の関係性,⑥行為者及び被害者の各属性等〔性別.年齢.性的指向.文化的背景・宗教的背景等〕’@行為に及ぶ経緯,周囲の状況等〔行為が行われた時間,場所,周囲の状況,行為に及ぶまでの経緯,行為者及び被害者の各言動等〕)が考えられるところ,個別事案に応じた具体的事実関係に基づいて, 当該行為の「わいせつな行為」該当性の評価に必要と考えられる判断要素を抽出し,それらの各事情を総合考慮することによって,社会通念に照らして,①性的な意味があるか,②当該行為の性的な意味合いの強さが刑法176条等の非難に値する程度であるか, を判断していくほかないものと思われる。
本判決が「事案によっては, 当該行為が行われた際の具体的状況等の諸般の事情をも総合考盧し,社会通念に照らし,その行為に性的な意味があるといえるか否かや,その性的な意味合いの強さを個別事案に応じた具体的事実関係に基づいて判断せざるを得ない」と判示しているのは,以上のような点を明らかにしたものと思われる。
(5) 行為者の目的等の主観的事情多くの場合には, 当該行為そのものが持ち得る性的性質の強さに加えて,③行為者と被害者の関係性,⑥行為者及び被害者の各属性等,@行為に及ぶ経緯,周囲の状況等の諸要素を総合考慮することにより,性的な意味の有無やその性的な意味合いの強さを判断することができるものと思われる。
しかし, 中には,行為者がどのような目的でその行為をしたのかという主観的事情を総合判断の一要素として考慮せざるを得ない場面も,少ないとはいえ,あり得ると考えられる。
例えば,当該行為そのものが持ち得る性的性質がさほど強くなく,行為者の主観以外の具体的状況を考慮したとしても,性的な意味ではない別の社会的意味が想定され得るような行為(例えば,監護者が児童を入浴させたり, その裸体を撮影する行為)では,最終的には,行為者の目的等の主観的事情を考慮に入れて判断せざるを得ない場合があると考えられる。
もっとも,主観的事情として考慮すべき内容は,行為者自身の性欲を満たす性的意図に限られないであろう。
被害者に対して性的屈辱感を感じさせることによって復讐等を果たす目的や,第三者らの性欲を満たすための性産業に提供する目的等であっても,社会通念に照らせば,そのような目的によって, 当該行為に強い性的な意味が付与されると考えられるので,それらの目的の有無も含めた主観的事情は,判断要素になり得ると考えられる。
他方で,客観的には性的な意味を強く持ち得るような行為であったとしても,医療目的や養育目的で行われていることが認められれば,社会通念上,通常は,性的な意味のない行為というべきであるから, 「わいせつな行為」に該当しないと考えられる(医療行為等に名を借りているだけで,実際には性欲を満たすことを専ら目的としていた行為などでは, また別の結論となり得よう)○本判決は, 「そのような個別具体的な事情の一つとして,行為者の目的等の主観的事情を判断要素として考慮すべき場合があり得ることは否定し難い」と判示し, 「わいせつな行為」該当性の判断方法を示し,その判断をする際に必要な場合には,性的意図だけでなく, 目的等も含めた行為者の主観的事情を考慮すべき場合があり得ることを明確に示すことにより, 昭和45年判例を変更する射程を明らかにしたものと思われる。
なお, このような主観的事情は,純粋に内心を探り当てて認定されるべきものでないことは当然であって,行為者の主観的目的が外部的徴表として表れていなければ,行為者の目的を認定することは困難であり,その認定は慎重に行う必要がある(安易に自白に頼るような姿勢は厳に慎むべきであろう)。
結局,行為者の目的等の主観的要素を立証したり認定したりする上でも,行為者と被害者の関係性,行為者及び被害者の各属性,行為に至るまでの経緯,周囲の状況等を十分考慮すべきことになるから,実際上の判断要素はかなり重複する場合が多いようにも思われる。

Ⅵ、判例変更と憲法31条,39条との関係
ところで,本件の弁論において,弁護人は,判例を被告人に不利に変更して実刑に処すことは,憲法31条の定める適正手続違反であるし,遡及処罰を禁じた憲法39条に違反するから,本件において,上告審として,判例を変更して被告人に強制わいせつ罪の成立を認めることは許されないと主張した。