児童ポルノ・児童買春・児童福祉法・監護者性交・強制わいせつ・青少年条例・不正アクセス禁止法・わいせつ電磁的記録記録被告事件弁護人 奥村徹弁護士の見解(弁護士直通050-5861-8888 hp@okumura-tanaka-law.com)

性犯罪・福祉犯(監護者性交罪・強制わいせつ罪・児童ポルノ・児童買春・青少年条例・児童福祉法)の被疑者(犯人側)の弁護を担当しています。専門家向けの情報を発信しています。

児童淫行罪と監護者性交罪・監護者わいせつ罪との関係~深町晋也「家族と刑法 家庭は犯罪の温床か?第4回 児童が家庭の中で性的虐待に遭うとき(その2)」書斎の窓 第654号

 先月 このテーマで原稿書きましたが、強姦罪・強制わいせつ罪=性的自由に対する罪という単純な理解では、監護者○○罪が説明できないので、学説紹介してごまかしておきました。
 深町先生は176後段、177後段も福祉犯だという理解のようです。

深町晋也「家族と刑法 家庭は犯罪の温床か?第4回 児童が家庭の中で性的虐待に遭うとき(その2)」書斎の窓 第654号
こうした立法例と比較すると直ちに思い浮かぶ疑問は、監護者性交等・わいせつ罪の行為主体が親子関係又はそれと同視しうる関係を有する者に限定されたとして、なぜ強制性交等・わいせつ罪と同等の不法性あるいは悪質性が肯定されるのか、である。というのは、従来の地位利用型の性犯罪やドイツ語圏各国などの立法例においても、親子関係又はそれと同視しうる関係に基づく性的行為という、最も悪質性の高い事例について想定をした上でその法定刑(特にその上限)が設定されているからである。親子関係又はそれと同視しうる関係に限定したというだけでは、強制性交等・わいせつ罪と同等の不法性を有する性犯罪としての類型化が十分になされていると言えるのかはなお疑問である(16)。
監護者性交等・わいせつ罪の重罰化根拠
それでは、親子関係又はそれと同視しうる関係に限定することにより、いかなる意味で本罪が強制性交等・わいせつ罪と同等の不法性・悪質性を有するのか、その実質的な
根拠が問題となる。こうした根拠づけを巡っては、大きく分けて、
①当該関係が、被害児童の意思自由又は性的自由(性的自己決定)を類型的に害することを理由とするアプローチと、
②当該関係を有する者に課せられた特別な保護責任を理由とするアプローチがある(17)。
①のアプローチは、法制審議会刑事法(性犯罪関係)部会において、法務省の担当者によって言及されていたものであり、その後の立法解説でより明示的に述べられている。すなわち、「現に監護する者であることによる影響力」とは、「被監護者が性的行為等に関する意思決定を行う前提となる人格、倫理観、価値観等の形成過程を含め、一般的かつ継続的に被監護者の意思決定に作用を及ぼし得る力」が含まれるとして、被害児童の意思決定に対する作用(の可能性)が問題とされている。
しかし、こうしたアプローチが、あくまでも被害児童の個々の性的自己決定(個々の性的行為に関する意思決定)に対する影響・作用を問題とする以上、こうした影響・作用につき、.般的・継続的」な力が必要とされる理由は存在しないように思われる。強制性交等・わいせつ罪がまさに、暴行・脅迫という「当該」性的自己決定を歪める力を問題にしていることとパラレルに考えれば、雇用関係や教育関係においても、ある一定の局面においては、被害児童の「当該」性的自己決定に与える影響が極めて強い場合は容易に想定しうる。したがって、このような個々の性的自己決定に焦点を合わせるだけでは、本罪の主体を親子関係又はそれと同視しうる関係を有する者に限定する理
由は必ずしも存在しない。それにもかかわらず、このアプローチが敢えて「一般的・継続的」な力を問題とし、被害児童の「人格、倫理観、価値観等の形成過程」までも視野に入れて、その影響力を論じるのは、単に被害児童の当該性的自己決定を超えた観点、すなわち、当該児童の健全な性的発達それ自体をも考慮しているからに他ならない
ように思われる。
こうした観点を直裁に考慮することが可能なのが、②のアプローチである。そもそも、こうしたアプローチの萌芽は既に、法制審議会刑事法(性犯罪関係)部会においても
示されていた(翠)ところであるが、②のアプローチによれば、監護者とは、被害児童の個々の性的自己決定が自由になされるように保護すべき立場にあるのみならず、むしろ、被害児童の健全な性的発達が阻害されないように一般的・継続的に保護すべき立場にある者と言える。こうした理解は、本罪の保護法益との関係でも十分に説得的なものであるように思われる。ここで読者の皆さんに想起してほしいのは、既に前号で論じたように、刑法一七六条後段・一七七条後段の保護法荒は、(絶対的保護年齢に属する)一三歳未満の児童の性的自己決定の自由のみならず、児童の性的な健全育成をも併せて保護する規定と解されるということである。そして、本罪もまた、一般的に見てなお精神的に未熟である。一八歳未満の児童を保護する規定であることに鑑みれば、単に児童の性的自己決定の自曲のみならず、その性的な健全育成を保護する規定と解するべきであろう。このような保護法益の理解からすれば、児童の性的な健全育成という本罪の法益を特に保護すべき責任を負っているのが、本罪における監護者であることになる。
以上の理解からすると、前回検討した児童福祉法上の児童淫行罪と本罪とは、実は連続的な関係にある。前号においては、児童福祉法上の児童淫行罪の主体は、親や学校の教師など、被害児童の心身の健全な発達に重要な役割を果たす地位を有する者である旨を論じた。学校の教師のように、児童の心身の健全な発達に対して包括的・継続的に保護を委ねられていない者であってもなお、その役割の重要さに鑑みれば、一定の保護的な立場にあると解することができ、したがって、児童淫行罪の行為主体たりうる。
これに対して、そうした重要な役割を果たす者の中でも、特に被害児童の健全な性的発達に対して包括的かつ継続的に保護を行うべき地位を有する者こそが、本罪における監護者である。したがって、本罪は、児童淫行罪と比べて更に加重された保護責任を有する者としての監護者のみを行為主体とする犯罪と考えることができる。
以上の見解からすると、監護者性交等罪は、児童淫行罪よりも更に保護責任が加重されているからこそ、児童淫行罪よりも法定刑が重く規定されていることになる。また、
監護者わいせつ罪は、児童淫行罪における「淫行」に包摂されないようなわいせつ行為についても、監護者という重大な保護責任が課される者によるものとして、強制わいせつ罪と同様に処罰するものとした規定と言える。