児童ポルノ・児童買春・児童福祉法・監護者わいせつ・不同意わいせつ・強制わいせつ・青少年条例・不正アクセス禁止法・わいせつ電磁的記録弁護人 奥村徹弁護士の見解(弁護士直通050-5861-8888 sodanokumurabengoshi@gmail.com)

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性的同意能力三分説(176条3項、177条3項)

 こういう思想によるものです。裁判官も知らないと思うので、機会があれば「知ってたか?」って聞いてみます。
 13~15歳の不同意性交罪・不同意わいせつ罪については、被害者の承諾能力の程度によっては、量刑に影響がありうるでしょう。
 16~17歳の青少年淫行罪については、承諾能力は完全(権利侵害はない)という主張に使えそうです。

刑法及び刑事訴訟法の一部を改正する法律案【逐条説明】令和五年二月法務省
各条の第3項
(1) 総説
自由意思決定を有効にすることができるための能力の内実は、
○ 行為の性的な意味を認識する能力(以下「意味認識能力」という。)
○ 相手方からの影響にかかわらず、性的行為をすることによる自己の心身への影響について理解した上で、状況に応じて自律的に判断して対処する能力(以下「性的理解・対処能力」という。)
と整理することができる。
その上で、これらの能力は、年齢とともに心身が成長し、社会的な経験を積み重ねることによって向上していくものと考えられるところ、子供の発達段階に関する調査・研究や若年者を対象とした意識調査の結果等を踏まえると、これらの能力が十分に備わるとみることができる年齢は、早くとも16歳であると考えられる。
すなわち、16歳未満の者は、これらの能力の全部又は一部が十分でなく、有効に自由意思決定をする能力が十分に備わっているとはいえないため、有効に自由意思決定をすることが困難な場合があり、そのような場合には、性的行為が行われることによって、性的自由・性的自己決定権の侵害が生じ得ると考えられる。
第3項は、そのような場合における性的行為を処罰することとするものである。
(2) 13歳未満の者について
13歳未満の者は、思春期前の年代の未熟な子供であり、一般に、性的な知識は乏しく、意味認識能力が備わっていないと考えられ、したがって、性的理解・対処能力も備わっていないと考えられることから、13歳未満の者は、有効に自由意思決定をすることが困難であり、性的行為が行われることによって、性的自由・性的自己決定権の侵害が生じると考えられる。
そこで、13歳未満の者に対して性的行為をした場合には、現行の刑法第176条後段及び第177条後段と同様、一律に処罰の対象としている。
(3) 13歳以上16歳未満の者について
13歳以上16歳未満の者は、
○ 思春期に入った年代であり、性的な知識は備わりつつあると考えられることから、意味認識能力が備わっていないものとして取り扱うことは相当でない
と考えられる一方、性的理解・対処能力に関しては、
○ 自らを客観視したり将来のことを予測する能力が十分に備わっておらず、また、他者からの承認を求めたり、他者に依存しやすいなど精神的に未成熟である上、身体的にも未熟であることから、相手方の言動の意味を表面的に捉えて軽信し、自己の心身への影響を見誤ったり、萎縮してどのような行動を取るべきかの選択肢が浮かばなくなったりするなど、相手方がいかなる者であっても、相手方からの影響にかかわらず、その相手方と性的行為をすることによる自己の心身への様々な影響について理解し、自律的に判断して対処することができるには至っていない
と考えられる。
そのため、性的行為をするかどうかの意思決定の過程において、相手方がそれに与える影響の大きい者である場合には、その相手方と性的行為をすることによる自己の心身への影響について自律的に考えて理解した上で、状況に応じて自律的に判断して対処することは困難になると考えられる。
そして、一般に、性的行為の相手方が5歳以上年長の者である場合には、年齢差ゆえの能力や経験の格差があるため、本年齢層の者にとって、相手方と性的行為をすることによる自己の心身への影響について理解した上で、状況に応じて自律的に判断して対処することは困難となるほどに相手方が有する影響力が大きいといえる。
したがって、そのような場合には、13歳以上16歳未満の者は、有効に自由意思決定をすることが困難であり、性的行為が行われることによって、性的自由・性的自己決定権の侵害が生じると考えられる。
そこで、13歳以上16歳未満の者に対して、その者より5歳以上年長の者が性的行為をした場合を処罰の対象としている(注8)。
(注8)以上のような考え方を前提とした場合、13歳以上16歳未満の者にとって、相手方が5歳以上年長の場合には、
○ 13歳以上16歳未満の者において、5歳以上年長の者を脅迫するなどし、同意しない意思を形成し、表明し又は全うすることが困難な状態にさせて性的行為を強いた場合
を除いては、有効に自由意思決定をすることができないということができる。
そして、そのような場合における5歳以上年長の者の行為については、正当防衛(刑法第36条第1項)などとして違法性が阻却されると考えられることから、そのような場合を処罰対象から除外するための実質的要件を設けることとはしていない

 深町論文に説明があります。

深町晋也「性交同意年齢の引上げを巡る諸問題」法律時報2023年10月号(95巻11号)77頁
第6回会議において、性的同意能力を
①行為の性的な意味を認識する能力、
②行為が自己に及ぼす影響を理解する能力、及び
③性的行為に向けた相手方からの働きかけに的確に対処する能力
という3つの能力に分析して検討する見解が主張されたことである(以下、この見解を「能力三分説」とする)16)。
同会議においては、この見解に依拠しつつ、①及び②のみでは性交同意年齢の引上げに同年代間の者同士の性交等についての例外を設ける理由を説明しがたい一方、③の能力を考慮することでそれが可能になる、との意見が主張された17)。
更に、第8回会議においては、能力三分説を前提に性交同意年齢の引上げが論じられるようになり18)、
13歳未満の者であれば①の能力を一律に欠くと言えても13歳以上の者についてはそうとは言い難いのに対して、②及び③の能力まで含めて十分に備わる年齢については、13歳よりは上であると言い得るとの見解が主張された19)。
なお、第12回会議においては、能力三分説を主唱する立場から、②の能力に関して、被害者に生じる
妊娠や性感染症のリスクといった短期的影響のみならず、その後の精神的な負荷といった長期的影響をも含めて理解する能力であるとされ、②の能力と③の能力とは不可分のものだとする見解が主張された20)。
以上の議論をまとめると、部会において示された能力三分説は、従来明確に区別されていなかった①~③の能力を区別しつつ、特に(②の理解能力及び③の対処能力を強調することで、一方では性交同意年齢の引上げを正当化しつつ、他方では、(年齢が引き上げられた範囲において)行為者と被害者との年齢差が5歳以上であれば両者の対等性が否定されて(②及び)③の能力が一律に否定されるという形で年齢差要件をも正当化するという機能を有するものと言えよう。
3 性交同意年齢を巡る議論の検討
(1) 比較法的観点からの分析22)
能力三分説は、日本においてこれまで明確な形で議論対象とされたことは殆どないものの、ドイツにおける被害者(本稿との関係では未成年者)の同意能力を巡る議論にほぼ対応するものと言って良い。
未成年者の同意能力に関するドイツの学説は、未成熟さを有する未成年者という人的グループに属する者が、その未成熟さにより法益処分に関して認識若しくは判断できず、又は認識・判断に従って行動を制御することができない場合には、同意能力を認めることができないとする点で概ね一致している。このうち、認識・判断・制御の各能力は、前述の⑪~③に対応するものと言える23)。また、①~③の各能力を判断する際に考慮される事情は、ドイツにおいて認識・判断・制御能力の有無を判断する際に考慮される事情と相当程度重なっている。
①については「行為の性的な意味」が問題となっているが、こうした意味が問題とされるのは、当該行為が性的自由・性的自己決定権を侵害する行為だからである。ドイツにおいては、いかなる保護法益を処分するのかに関する認識能力が問題とされており、①で問題とされているのはそうした保護法益に関連する認識能力と言える。
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16) 法制審議会刑事法(性犯罪関係)部会第6回会議(令和4 [2022]年3月29日)議事録24頁〔佐藤〔陽〕幹事〕
○佐藤(陽)幹事 先ほど小島委員と北川委員から年齢を引き上げる理論的根拠に関する御意見が述べられたかと思いますので、私の方からも、これについて幾つか述べさせていただければと思います。
現在の刑法176条後段及び177条後段に関する年齢を、例えば対象年齢と呼ぶとしますけれども、この対象年齢の引上げに関して理論的根拠を検討しようと思った場合には、まず、現行法の対象年齢の趣旨を整理する必要があるのではないかと思います。刑法176条前段及び177条前段の保護法益を、通説的に、性的自由、性的自己決定権であると解し、かつ、近年は児童の健全育成を併せて考慮に入れる見解もありますけれども、一応後段も同じ保護法益で自己決定権を保護しているのだということを前提に考えますと、強制わいせつ罪や強制性交等罪については、次のような説明ができるのではないかと思います。
つまり、13歳以上の者は、基本的には自由な意思決定をすることができるはずなのだけれども、何らかの理由で、それは内在的な理由だったり外在的な理由だったりするわけですが、それが困難な状況にあるときに、わいせつな行為又は性交等をされると法益が侵害されるのに対して、13歳未満の場合には、その年齢ゆえに一般に自由な意思決定をすることが困難だとみなされているため、それらの行為がなされると、すぐに、一律、法益が侵害されるという説明です。
確かに、13歳未満の者であっても、あるいは13歳以上の者であっても、人間は個性がありますから、それぞれ意思決定能力に差はあると思うのですけれども、ここでは、人が年齢を重ねるにつれて精神的に成熟していって、一定年齢以上になると有効な自由な意思決定をするための能力が備わるのだということを前提にして、刑事政策的に、その年齢が一律13歳に定められたと考えることができるのだと思われます。
この「13歳」という年齢を引き上げるとした場合の考え方としては、このような通説的な保護法益に基づく処罰根拠の説明をやめて、新たな処罰根拠に基づく説明を取り入れる方法、例えば、先ほど北川委員もおっしゃいましたけれども、健全育成の視点を取り入れた形で説明するというのが、一つあり得ると思います。ただ、この場合には、北川委員もおっしゃっていたとおり、今まで健全育成を保護する規定の場合には、いろいろな制約をした上で「10年以下の有期懲役」となっていたものが、いきなりそういう制約を取り払って、「5年以上の有期懲役」という重い処罰になることになりますので、この点で少し飛躍があるように思われます。そうだとすると、極力、これまでと同じように、性的自由や性的自己決定権という保護法益が侵害されるのだということを前提に説明をした方がいいのではないかと思います。
そこで、性的自己決定権を根拠にして年齢を引き上げることができるかについて考えますと、自由な意思決定をするのに必要な能力は、論理的に何歳だと定まるものではなくて、社会情勢も踏まえて刑事政策的に決するものだと思われますから、どのような能力が必要とされるべきかという、能力の内実を改めて整理し直した上で、一般に何歳に達すればその能力が備わると言えるかという観点から、検討することができるのではないかと思います。
では、その能力の内実は何かというのを更に考えますと、まず、性的な事項に関する認識や理解がなければ自由な意思決定をする前提を欠くのだという観点から、これまでの議論の中で指摘されているとおり、行為の性的な意味を認識する能力や行為が自己に及ぼす影響を理解する能力といったものがその内実になると思われます。
また、例えば、性的行為に向けた相手方からの働き掛けに対処することができなければ、相手方からの影響力の作用を適切に排除しながら自分で決定するということが難しくなると考えますので、性的行為に向けた相手方からの働き掛けに的確に対処する能力といったようなものもその内実として考えられるのではないかと、現在考えているところです。
そういった能力の内実を手掛かりにして、改めて年齢は何歳だろうかと考えていく作業を進めるというのが、一つの手段として有効ではないかと思うところです。では、一体何歳なのかと言われると、皆様の御意見を聴きたいと思っているところですので、よろしくお願いします。
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(19) 前掲・第8回会議議事録37頁以下〔佐藤〔拓〕幹事〕。
○佐藤(拓)幹事 対象年齢を引き上げる理論的根拠については、これまでの議論において、現行法上、13歳未満の者に対して性交等をすれば強制性交等罪を構成するとされているという根拠を、配布資料22に記載されているとおり、「性的行為をするかどうかに関する能力を欠くため、性的自由・性的自己決定権を侵害する」ことに求めた上で、その能力の内実を整理し直し、それを踏まえて検討するという視点が示されたと理解しております。そして、その能力の内実として、配布資料22に記載されている「①」から「③」までの三つの能力が検討対象となっていると考えております。このような検討の方向性は、現行法との関係でも、整合的な説明が可能ではないかと考えられます。能力の捉え方についても、これまでの議論において、異論はなかったように思われます。
そこで、このような考え方に沿って検討してみますと、
13歳未満の者は、おおむね小生の年次に当たり、一般的に性的な知識は乏しいと考えられますことから、「①」の能力を欠いていると見ることができる一方で、
13歳になると、中学生の年次に入ることから、恐らく「①」の能力を一律に欠くと評価することは困難ではないかと思われます。これに対して、「②」及び「③」の能力は、「①」の能力が備わったからといって直ちに備わるものではないと考えられ、これらを含めて三つの能力が全て十分に備わる年齢は、13歳よりは上だということができるのではないかと思われます。仮にこのような考え方が、実態としても裏付けられるのであれば、それを根拠として対象年齢を引き上げることは、理論的にあり得るように思われます。
これに対して、若年者の「健全な育成を害する」ことを根拠として対象年齢を引き上げることについては、更に検討すべき課題があるように思われます。すなわち、仮に、現行法上13歳未満の者に対して性交等をすれば強制性交等罪を構成するとされている根拠として、「健全な育成を害する」ことが含まれていると考える場合には、現在でも、これを考慮した上で、13歳未満が対象年齢として定められていることとなりますが、「健全な育成を害する」ことがなぜ対象年齢を引き上げる根拠になるのかを説明する必要が出てくるように思われます。他方、仮に、現行法上、「健全な育成を害する」ことは考慮されていないと考える場合には、なぜ新たにこれを加えることとするのかについて、その根拠とともに説明をする必要が生じてくるように思われます。
もっとも、いずれにしても、「健全な育成を害する」ことのみを根拠として5年以上の懲役という重い違法性を根拠付けることは困難であり、配布資料22は正にそのとおりの形になっていますけれども、対象年齢を引き上げる場合には、性的行為をするかどうかに関する自由な意思決定をするために必要な能力の不足という観点から説明するほかないのではないかと考えております。
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法制審議会刑事法(性犯罪関係)部会
第8回会議配布資料22
補足的検討課題②
(第1-2 刑法第176条後段及び第177条後段に規定する年齢を引き上げること)
〔補足的検討課題〕
1 客体となる者の年齢(以下「対象年齢」という)を引き上げる理論的根拠。
○現行法上、対象年齢の者に対して性交等をすれば、強制性交等罪を構成して処罰するとされている理由をどのように考えるか。
・性的行為をするかどうかに関する能力を欠くため、性的自由・性的自己決定権を侵害する
・健全な育成を害する
○現行法上の処罰理由を踏まえ、対象年齢を引き上げる理論的根拠は何か。
・性的行為をするかどうかに関する能力として、
①行為の性的な意味を認識する能力
②行為が自己に及ぼす影響を理解する能力
③性的行為に向けた相手方からの働きかけに的確に対処する能力を要し、これらの能力を一律に欠く年齢を対象年齢とする