児童ポルノ・児童買春・児童福祉法・監護者わいせつ・不同意わいせつ・強制わいせつ・青少年条例・不正アクセス禁止法・わいせつ電磁的記録弁護人 奥村徹弁護士の見解(弁護士直通050-5861-8888 sodanokumurabengoshi@gmail.com)

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結婚詐欺は不同意性交罪にあたらない。法務省刑事局付梶美紗

結婚詐欺は不同意性交罪にあたらない。

法務省刑事局付梶美紗「刑法及び刑事訴訟法の一部を改正する法律」及び「性的な姿態を撮影する行為等の処罰及び押収物に記録された性的な姿態の影像に係る電磁的記録の消去等に関する法律」の概要(1)

(エ) 「行為がわいせつなものではないとの誤信」及び「行為をする者について人違い」(改正後の刑法第176条第2項及び第177条第2項)の意義
「行為がわいせつなものではないとの誤信」とは、現に行われようとしている行為(実行行為)が、わいせつなものではないとの錯誤があることを意味するものであり、例えば、
○真実はわいせつな行為であるのに、医療行為であると誤信している場合
などがこれに該当する。
「行為をする者について人違い」とは、行為者の同一性について錯誤があることを意味するものであり、例えば、
○真実は夫とは別の人物であるのに、暗闇の中で、行為者を夫と勘違いした場合などがこれに該当する。
これに対し、行為者の同一性は正しく認識した上で、その属性に関する誤信をしているにすぎない場合には、「人違い」には該当しない(注10)

(注10) 例えば、
○真実は無職であるのに金持ちの社長であると偽られ、そのように誤信した場合
○真実は既婚者であるのに、未婚者であると偽られ、そのように誤信した場合
については、相手方の職業、資力や婚姻関係の有無という属性に関する誤信があるにすぎないことから、いずれも、「行為をする者について人述い」している場合には該当しない。
このように、改正後の刑法第176条第2項及び第177条第2項において、行為の相手方の社会的地位等といった属性について誤信があるにすぎない場合を処罰の対象としていないのは、このような誤信は、言わば、性的行為をする動機に関する誤信であり、現時点において、そのような誤信があることのみをもって処罰対象とすべきであるとまでは必ずしもいえないと考えられることによるものである。

捜査研究No.876 (2023.9.5)
性犯罪規定の大転換~令和5年における刑法および刑事訴
訟法の改正の解説~(前)
昭和大学医学部教授(薬学博士) ・警察大学校講師
最高検察庁検事
城祐一郎
第4 刑法176条2項の構成要件
ここでは、行為がわいせつなものではないとの誤信をさせ、若しくは行為をする者について人違いをさせ、又はそれらの誤信若しくは人違いをしていることに乗じて、わいせつな行為をした者も、前項と同様とする。
と規定している。
これは被害者を欺同してわいせつ行為を行う場合などについて規定したものである。
ここでは、犯行の手段として、「行為がわいせつなものではないとの誤信をさせ、若しくは行為をする者について人違いをさせ、又はそれらの誤信若しくは人違いをしていることに乗じ」ることと規定されているが、ここでも柱書の部分と連携して読むことで、4通りの犯罪成立の場合が規定されていることが分かる。
それは、
①行為がわいせつなものではないとの誤信をさせることにより、同意しない意思を形成し、表明し若しくは全うすることが困難な状態にさせて、わいせつな行為をした場合
②行為をする者について人違いをさせることにより、同意しない意思を形成し、表明し若しくは全うすることが困難な状態にさせて、わいせつな行為をした場合
③被害者において行為がわいせつなものではないとの誤信をしていることで、同意しない意思を形成し、表明し若しくは全うすることが困難な状態にあることに乗じて、わいせつな行為をした場合
④被害者において行為をする者について人違いをしていることで、同意しない意思を形成し、表明し若しくは全うすることが困難な状態にあることに乗じて、わいせつな行為をした場合
の4つである。
これは今までの強制わいせつ罪や準強制わいせつ罪が、その実行行為としての手段について、暴行、脅迫や、意識不明にするなどの手段、いわば強行的なものを対象としていたところ、この条文により、それらの手段にとどまらず、欺岡行為による場合や、欺岡に陥ってしまっている状態を利用する場合をも対象にしたものである。
そもそも、審議会では、偽計・欺岡を手段とする場合を一般的に不同意わいせつ罪等に含めることも検討されていたところ、「「偽計・欺岡」については、例えば、お金を払って性交をするという契約、約束で性交をしたのだけれども、お金を払うつもりがないのに、あるいはお金を払う能力がないのに、お金を払いますと言って性交等をしたという場合も、拒絶する意思を形成することが困難であるということはいえると思います。
そういう場合に、民事の債務不履行という問題でなく、それが犯罪になるということでよいのか。あるいは、「自分が社長である」、『お金を持っている』、あるいは『交際をする」、|結婚をする」と言うことも「偽計・欺岡による誤信」に当たり得るのではないか、抵抗する意思を形成することが困難ということがいえるのではないかという問題意識もあります。そういたしますと、処罰されるべきでない、当罰性がそれほど高いとはいえない行為が(中略)適切に除外されないのではないかという問題意識があります。」80)との指摘や、「「偽計・欺間による誤信」について、この『偽計・欺罔』には、様々な態様や程度のものがあり得まして、拒絶困難に直結するものも、拒絶困難とはいえないものもあり得るのではないかと思われます。」、「例えば、成人に対して婚姻意思を偽って性交した場合などのように、多くの人から見て処罰の対象とすべきでないものや、処罰の対象とすべきかどうかについて現時点では必ずしも意見が一致するとは限らないものも含まれ得るというようになるかと思います。」と指摘し、「その上で、純粋に欺岡や誤信としてどのようなものを捉えるべきかについてですけれども、強制性交等罪や強制わいせつ罪は、性的行為を行うかどうか、誰を相手として行うかについての自由な意思決定を保護法益としていると考えられますところ、誤信で問題となる類型のうち、例えば、被害者が行為を医療行為と誤信している場合のように、行為の性的な意味を誤信している場合については、性的行為を行うかどうかの意思決定をするそもそもの前提を欠くことになります。
また、被害者が行為の相手方について人違いをしている場合については、行為の実際の相手方と性的行為を行うかどうかについて被害者が正しく判断するそもそもの前提を欠くことになると思われます。
そうすると、これらの類型については、性的自由、性的自己決定に対する法益侵害があるということが明らかだと思われます。
加えて、これらの類型は、現行法の下でも抗拒不能として刑法178条により処罰の対象となると解されており、当罰性があるということには異論はないと思われるところです。
そこで、これらの類型については、要件に該当する場合には直ちに拒絶困難といえる類型として、他の列挙事由とは別に取り扱うというようなことも検討してよいのではないかと思われました。」81)との指摘から、このような形で独立した条文とされたものである。
つまり、「被害者が何らかの事情について誤信して性行為に及んだ場合については、常に同意を無効として性犯罪の成立を肯定するのではなく、例えば治療のために必要であるとだますなど、わいせつなものではないとの誤信、また、相手を夫と誤信するような人違いの場合に限って、性犯罪の成立を肯定しています。
ここでは、性行為を行う際の誤信、誤解といっても多様なものがあり得るところ、その中には性犯罪として罰すべきではないものも含まれていることから、性的意思決定をする上で重要な事実について誤信している場合に限って犯罪の成立が肯定されています」82)ということである。
その意味で、ここでは、性的行為をするに当たって錯誤が生じている場合のうち、その錯誤があることで、性的行為に対する自由な意思決定が妨げられたという場合を限定的に列挙したものである。

https://okumuraosaka.hatenadiary.jp/entry/2023/08/26/083717
刑法及び刑事訴訟法の一部を改正する法律案【逐条説明】
3各条の第2項
性的行為が行われるに当たって、その相手方に何らかの錯誤が生じている類型については、同意の前提となる事実の認識を欠くものの、当該行為を行うこと自体について外形的には同意が存在するという特殊性があり、被害者が「同意しない意思を形成し、表明し又は全うすることが困難な状態」にあったかどうかで犯罪の成否を区別することとした場合には、犯罪の成否をめぐる評価・判断のばらつきを生じさせることとなりかねないことから、第1項に含めるのではなく、別途規定することとするものである。
その上で、相手方に錯誤が生じている類型の中には、その錯誤があることによっておよそ自由意思決定が妨げられる性質のものと、そうでないものが混在するため、それらを区別せずに包括的な形で規定した場合には、強制わいせつ罪・強制性交等罪として処罰すべきとはいえないものが処罰対象に含まれることとなり、相当でない。
そこで、強制わいせつ罪及び強制性交等罪の保護法益である性的自由・性的自己決定権が侵害されたといえる場合、すなわち、自由意思決定が妨げられたと一般に評価できる錯誤のみが処罰対象となることを明確にする観点から、第2項においては、
○その誤信があれば、自由意思決定が妨げられたといえる類型、すなわち、
・行為がわいせつなものではないとの誤信がある場合(注6)
・行為をする者について人違いがある場合(注7)
を限定的に列挙し、
○「その他これらに類する行為により同意しない意思を形成し、表明し若しくは全うすることが困難な状態にさせ」又は「その他これらに類する事由によりその状態にあることに乗じて」との包括的要件を設けない
こととしている。
なお、第176条第2項及び第177条第2項の「行為」は、いずれも行為者が行い、又は行おうとしているわいせつな行為又は性交等、すなわち、実行行為を指すものである。
(注6)行為がわいせつなものでないとの誤信があった場合には、被害者は、「行為」には同意しているものの、それが「性的」なものであるとすれば、そのような「性的行為」には同意していないのであるから、その意味で「性的行為をするかどうか」についての自由意思決定があったとはいえず、その誤信を利用して性的行為を行った場合、一般に性的自由・性的自己決定権の侵害が存するといえる。
(注7)行為をする者について人違いがある場合には、被害者は、その相手方との性的行為には同意していないのであるから、その意味で「誰と性的行為をするか」についての自由意思決定があったとはいえず、その誤信を利用して性的行為を行った場合、一般に性的自由・性的自己決定権の侵害が存するといえる。