児童ポルノ・児童買春・児童福祉法・監護者性交・不同意性交・不同意わいせつ・青少年条例・不正アクセス禁止法・わいせつ電磁的記録・性的姿態撮影罪弁護人 奥村徹弁護士の見解(弁護士直通050-5861-8888 sodanokumurabengoshi@gmail.com)

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不同意わいせつ罪・不同意性交罪の説明~刑法及び刑事訴訟法の一部を改正する法律案【逐条説明】令和五年二月法務省

不同意わいせつ罪・不同意性交罪の説明~刑法及び刑事訴訟法の一部を改正する法律案【逐条説明】令和五年二月法務省
法務省内閣法制局に提出した解説です
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○第176条(不同意わいせつ)及び第177条(不同意性交等)【説明】
1趣旨及び概要
現行の刑法第176条から第178条までの罪は、性的自由・性的自己決定権を保護法益としており、これらの罪の本質は、性的行為を行うかどうか及び誰を相手方として行うかについての自由な意思決定(以下「自由意思決定」という。)が困難な状態でなされた性的行為を処罰することにある。
現在の実務は、「暴行又は脅迫を用いて」や「心神喪失」・「抗拒不能」といった要件に該当するかどうかの判断の中で、自由意思決定が困難な状態でなされた性的行為といえるかどうかを判断していると考えられるが、成立範囲が限定的に解されてしまう余地があるとの指摘等がなされていることを踏まえると、○現行の刑法第176条から第178条までの罪の本質的な要素である「自由意思決定が困難な状態でなされた性的行為かどうか」という点を「暴行又は脅迫を用いて」や「心神喪失」・「抗拒不能」という要件の中に読み込むのではなく、より分かりやすい文言を用いて整理して規定することとすることが必要かつ相当であると考えられる。
具体的には、まず、
○自由意思決定が困難な状態でなされたという本質的な要素を条文上明確にするため、これを示す要件として、「同意しない意思を形成し、表明し若しくは全うすることが困難な状態にさせ」又は「その状態にあることに乗じて」と規定する
こととする。
その上で、現行法の下において積み重ねられた処罰範囲を前提として、当該状態にあることの要件該当性の判断を容易にし、安定的な運用を確保する観点から、
○当該状態の原因行為又は原因事由をより具体的に例示列挙する(注1・2)こととする。
以上の構成をとることに加えて、現行の刑法第176条から第178条までの罪は、その本質が共通することなどから、
○強制わいせつ罪(同法第176条前段)と準強制わいせつ罪(同法第178条第1項)
○強制性交等罪(同法第177条前段)と準強制性交等罪(同法第178条第2項)をそれぞれ統合して再構成することとする。
これに伴い、「強制わいせつ」、「強制性交等」との見出しについても、性的行為に同意していないにもかかわらず、その意思を形成し、表明し又は全うすることが困難な状態で行われた性的行為を処罰するものであることを表すものとして、「不同意わいせつ」、「不同意性交等」に改めることとしている。
(注1)「暴行又は脅迫」や「心神喪失」・「抗拒不能」を認定した裁判例のほか、性犯罪被害者の心理等に関する心理学的・精神医学的知見を踏まえると、現時点において想定される原因行為・原因事由としては、第176条第1項各号に掲げる行為・事由又はこれらに類する行為・事由で必要かつ十分である。
そこで、これらを列挙するとともに、これとは別に第176条第2項及び第177条第2項の誤信(行為がわいせつなものでないとの誤信及び行為をする者についての誤信)を掲げることにより、性的自由・性的自己決定権の侵害を生じさせる性的行為の類型を全て列挙することとしている。
(注2)このような構成とすることにより、「抗拒不能」等の原因行為又は原因事由が定められていない現行の刑法第178条に比して、法文の文言上は処罰の要件が限定されることとなるものの、安定的な運用を確保するため、判断にばらつきが生じない規定ぶりとする必要があり、そのためには、原因行為又は原因事由に当たり得るものとそうでないものが明確となる規定ぶりとする必要がある。
他方、本改正により規定を明確化することによって、これまで現行法の下でも十分な当罰性が認められるにもかかわらず、性犯罪に直面した被害者の心理や行動に関する理解が十分に深まっていなかったことともあいまって、実務上、起訴や有罪の認定をちゅうちょすることがあり得た事案が処罰されやすくなるという意味においては、実際に処罰される事案が多くなる可能性があり、このことは、刑事司法に対する国民の信頼を確保することに資するものと考えている。
2各条の第1項(注3)
(1)「同意しない意思を形成し、表明し若しくは全うすることが困難な状態」の意義
刑法上の性犯罪の本質は、自由意思決定が困難な状態で性的行為を行うことにより、性的自由・性的自己決定権を侵害することにあると考えられる。
そこで、被害者において自由意思決定が困難な状態、すなわち、
○性的行為に同意しないかどうかの判断をする契機や能力が不足し、性的行為に同意しないという発想をすること自体が困難な場合など、同意しない意思を形成することが困難な状態
○性的行為をしない、したくないという意思を形成すること自体はできたものの、恐怖によりそれを外部に表すことができない場合など、同意しない意思を表明することが困難な状態
○性的行為をしない、したくないという意思を形成・表明したものの、暴行を加えられたことによりその意思のとおりにならない場合など、同意しない意思を全うすることが困難な状態
を意味するものとして、「同意しない意思を形成し、表明し若しくは全うすることが困難な状態」と規定することとしている。
(2)「婚姻関係の有無にかかわらず」の意義
現在の実務では、配偶者間においても強制性交等罪等の性犯罪が成立し得るとの見解に基づいた運用がなされているが、学説上、配偶者間における性犯罪の成立を限定的に解するような見解がなお存在する。
このような見解の背景には、民法上、婚姻における性関係の重要性に鑑み、性的不能や性交渉の拒否が「婚姻を継続し難い重大な事由」(民法第770条第1項第5号)に当たるとされていることなどから、法律上の配偶者には常に性交に応じる義務があるとの考え方があるものと思われる。
そこで、強制わいせつ罪及び強制性交等罪について、こうした民法上の解釈に基づいて配偶者間におけるこれらの罪の成立範囲が限定的に解される余地をなくし、刑事司法に対する国民の信頼を確保する観点から、強制わいせつ罪及び強制性交等罪について、「婚姻関係の有無にかかわらず」と規定するものである。
なお、「・・・の有無にかかわらず」との文言は、刑法第230条(名誉毀損)においても用いられているところ、同条における「その事実の有無にかかわらず」とは、公然と事実を摘示して人の名誉を害する行為について、その摘示された事実が真実であるか否かにかかわらず同罪が成立することを明らかにしたものであるとされている(条解刑法〔第4版〕700頁)。
(3)膣又は肛門に身体の一部(陰茎を除く。)又は物を挿入する行為であってわいせつなものを強制性交等罪として処罰する趣旨(第177条第1項)
膣又は肛門に陰茎以外の身体の一部又は物(以下、まとめて「異物」という。)を挿入する行為は、現行法上、強制わいせつ罪(刑法第176条)による処罰の対象とされているが、そのような行為については、近時の心理学的・精神医学的知見等を踏まえると、
○一般的に他人にその内側に入り込まれたくない身体的部位の内側に入り込む行為であって、性的な意味合いが強いものであり、これを強制されると、被害者は、性交、肛門性交及び口腔性交を強制された場合と同様の重大な精神的ダメージを負う
ものであって、性交、肛門性交及び口腔性交に匹敵する当罰性を有する行為で
あると考えられることから、これを性交等と同等に取り扱い、刑法第177条の罪として処罰することとするものである。
その上で、膣又は肛門に異物を挿入する行為であっても、例えば、医療行為のように、行為の状況等も考慮すると性的性質がなく、わいせつな行為とはいえないものが含まれ得ることから、そのような例外的な場合を除く趣旨で、「わいせつなもの」に限定することとしている。
(4)各号に列挙する行為又は事由の意義
ア第1号(暴行若しくは脅迫を用いること又はそれらを受けたこと)第1号は、
○行為者自身が、被害者に対して、性的行為の手段として暴行・脅迫をする行為
○被害者が、行為者又は第三者から、行為者による性的行為の手段としてではなく暴行・脅迫を受けた場合
を同意しない意思を形成し、表明し又は全うすることが困難な状態の原因行
為・原因事由(以下「原因行為・原因事由」という。)として定めるものである。
イ第2号(心身の障害を生じさせること又はそれがあること)第2号は、例えば、
○行為者自身が、被害者に対して、脅迫に至らない程度の言辞を用いて、急性ストレス反応などの一時的な精神症状を引き起こさせる行為
○被害者が、身体障害、知的障害又は精神障害(発達障害を含む。)を有している場合
を原因行為・原因事由として定めるものである。
ウ第3号(アルコール若しくは薬物を摂取させること又はそれらの影響があ
ること)
第3号は、
○行為者自身が、被害者に対して、アルコール又は薬物を摂取させる行為
○被害者が、第三者によって飲酒させられたり薬物を摂取させられ、ある
いは、自ら飲酒したり薬物を摂取して、それらの影響を受けている場合を原因行為・原因事由として定めるものである。

エ第4号(睡眠その他の意識が明瞭でない状態にさせること又はその状態にあること)
第4号は、
○行為者自身が、被害者に対して、催眠術を用いるなどして、完全に眠らせたり、意識不明瞭の状態にする行為
○被害者が完全に眠っている場合のほか、完全な睡眠状態ではないものの半覚醒状態で意識がもうろうとしていたり、極度の過労により意識がもうろうとしているなど、意識が明瞭でない状態にある場合
を原因行為・原因事由として定めるものである。
オ第5号(同意しない意思を形成し、表明し又は全うするいとまがないこと)第5号は、例えば、
○すれ違いざまに突然胸を触ったり、サウナで目を閉じて横になっている被害者に対して口腔性交をするなど、被害者において、同意しない意思を形成し又は表明する時間的なゆとりがない場合
○荷物を両手で抱えている被害者の臀部を触るなど、被害者において、同意しない意思を形成・表明する時間的ゆとりがないとはいえないものの、よけたりしてその意思を全うするだけの時間的なゆとりはない場合
を原因事由として定めるものである(注4)。
その上で、「同意しない意思を形成し、表明し又は全うするいとまを与えないこと」といった原因行為は、規定しないこととしている。
これは、そのような原因行為に該当し得るものとしては、例えば、
○突然、性的行為に及ぶ場合
○被害者が油断している隙に性的行為に及ぶ場合
が考えられるが、「いとまを与えない行為」といっても、性的行為をすることに向けた何らかの行為を指しているわけではなく、性的行為がなされたときに被害者が虚をつかれた状態にあることを指しているものであって、結局、被害者において「同意しない意思を形成し、表明し又は全うするいとまがない」ことを言い換えているにすぎず、第5号においては、原因行為により、同意しない意思を形成し、表明し又は全うすることが困難な状態に「させ」て性的行為を行う類型は観念し難いためである。
カ第6号(予想と異なる事態に直面させて恐怖させ、若しくは驚愕させること又はその事態に直面して恐怖し、若しくは驚愕していること)
第6号は、例えば、
○行為者自身が、性的行為をすることを求められるとは予想していない被害者に対し、二人きりの密室で執拗に性的行為を迫ることで被害者を激しく動揺させ、平静を失わせる行為
○人気のない夜道で、脇道から人が出てくるとは思っていなかった被害者が、脇道から出てきた行為者と不意に出くわしたことにより、激しく動揺して平静を失っている場合
など、いわゆるフリーズの状態にさせ、又はその状態にあることを原因行為・原因事由として定めるものである(注5)。
キ第7号(虐待に起因する心理的反応を生じさせること又はそれがあること)第7号は、例えば、
○行為者自身が、被害者に対して、例えば、最終的に性交する目的で、わいせつな行為を繰り返す性的虐待を加え、性的行為をすることに順応させたり、無力感を植え付ける行為
○被害者が、行為者又は第三者から、性的行為の手段とは別の虐待を受けたために恐怖心を抱いている場合
を原因行為・原因事由として定めるものである。
ク第8号(経済的又は社会的関係上の地位に基づく影響力によって受ける不利益を憂慮させること又はそれを憂慮していること)
第8号は、
○行為者自身が、被害者に対して、自己の言動によって、行為者との性的行為に応じなければ、行為者の経済的・社会的関係上の地位に基づく影響力によって、自らやその親族等に、身体上、精神上又は経済上の不利益が及ぶのではないかとの不安を抱かせる行為
○被害者が、行為者の言動によらずにそのような不安を抱いている場合を原因行為・原因事由として定めるものである。
(注3)改正後の刑法第176条第1項及び第177条第1項においては、客体を「16歳以上の者」に限定しないこととしている。
現行の刑法第176条及び第177条は、前段で「13歳以上の者に対し」と規定し、後段で「13歳未満の者に対し」と規定していることから、13歳未満の者に対して暴行又は脅迫を用いて性的行為をした場合において、仮に、行為者が、被害者が13歳以上の者であると誤信していた場合には、前段の罪を犯す意思で後段の罪を犯したという錯誤
の問題を生じるはずであるが、判例において、いずれにしても強制わいせつ罪・強制性交等罪は成立するのであり、法定刑も同じであるから、その区別をする実益に乏し
いとして、13歳未満の者に対し、その反抗を著しく困難にさせる程度の暴行又は脅迫を用いてわいせつな行為をした場合には、前段・後段の区別なく各条に該当する一罪が成立するとされており(最判昭和44年7月25日刑集23巻8号1068頁)、現在の実務はこれに沿って運用されている。
このように、13歳未満の者に対して暴行又は脅迫を用いて性的行為をした場合の適用関係については、刑法第176条前段及び第177条前段が「13歳以上の者に対し」と規定しているにもかかわらず、被害者が13歳未満の者であっても各条の前段も適用するものとされており、これを否定すべき実質的な理由もないため、あるべき適用関係と条文の文言とにそごが生じている状況にあることから、これを解消する必要がある。
その上で、
○13歳未満の者に対しては、暴行又は脅迫を用いなくても犯罪が成立するとした立
法趣旨は、年少者は性的知識に乏しく同意能力を欠くというところにあるから、暴行又は脅迫を用いることにより相手方の意思を最初から無視してかかっている場合に被害者の年齢を問題にする必要はない(最高裁判所判例解説刑事篇昭和44年度293頁〔海老原震一〕参照)
と考えられることから、本法律案では、「16歳以上の者に対し」との規定ぶりとはせず、暴行・脅迫を用いるなどすることにより同意しない意思を形成し、表明し又は全うすることが困難な状態で性的行為をした場合には、客体の年齢を問わず、第1項が適用されることを明確にすることとしている。
(注4)改正後の刑法第176条第1項の本質は、同意していないのに、その意思を形成し、表明し又は全うすることが困難な状態でなされる性的行為を処罰することにあり、同項においては、性的行為の時点で当該状態にあるか否かが犯罪の成否を分けるものとした上で、同項第1号から第8号までの行為又は事由は、そのような状態となり得る原因行為・原因事由を列挙するものである。
そして、同項第5号は、いわゆる不意打ちの事案を捉えようとするものであるところ、前記のような本質との関係において、不意打ちの事案は、
○いとまがないことによって同意しない意思を形成し、表明し又は全うすることが困難な状態にあることを利用して性的行為を行う事案
であると捉えるべきものと考えられることから、「同意しない意思を形成し、表明し又は全うすることが困難な状態」となる原因事由として、「同意しない意思を形成し、表明し又は全うするいとまがないこと」を記載しているものである。
「いとま」は、一般に、必要な時間のゆとりを意味する文言として用いられており(広辞苑〔第五版〕175頁)、同号の「いとまがない」とは、被害者において、性的行為がされようとしているのを認識してから性的行為がされるまでの間に、同意する意思を形成し、表明し又は全うするための時間のゆとりがないことを意味するものとして用いている。
「いとまがない」かどうか自体が幅のある評価的な概念であることから、「いとまがない」に該当する場合としては、
○被害者において、性的行為がされようとしていることを認識すると同時に(あるいはそのような認識をする間もなく)性的行為が行われる場合のように、「いとまがない」ことに該当することにより、直ちに「同意しない意思を形成し、表明し又は全うすることが困難な状態」にあるといえる場合
がある一方で、
○被害者において、性的行為がされようとしていることを認識してから、性的行為がされるまでに、時間のゆとりがあったとはいえない(「いとまがない」)ものの、短時間とはいえある程度の時間がある場合
も考えられ、後者の場合の中には、被害者において、その短時間の間に、回避するためにとることができる手段があったとしても、精神的な要因も含めて様々な理由もあいまって、その手段をとることが困難な場合もあれば、それが困難でない(のに手段をとらない)という場合もあり得る。
そうすると、犯罪の成否を適切に決するためには、時間的な要因としての「いとまがないこと」だけでなく、それ以外の状況も加味した上で、「同意しない意思を形成し、表明し又は全うすることが困難な状態」にあったといえるかどうかを判断するものとすべきであると考えられる。
仮に、「いとまを与えずに性的行為をしたこと」といった要件とした場合には、
○「同意しない意思を形成し、表明し又は全うすることが困難な状態」にさせ、又は当該状態に乗じて性的行為をする行為とは別に、これとは異なる要件(すなわち、「いとま」がなかったといえるかどうか)によって犯罪の成否を決する類型を新設することとなり、現行法の下で処罰対象とされている行為を超えて処罰対象を拡大することとなりかねない
○前記のとおり、「いとま」がないかどうか自体が幅のある評価的な概念であることから、犯罪の成否を決するためには、「いとま」が与えられていたかどうかという要件の中で、刑法第176条第1項の本質、すなわち、「性的行為に関する自由な意思決定が困難な状態でなされた性的行為かどうか」を判断することとなり、現行法の「暴行又は脅迫を用いて」に対する指摘と同様の指摘がなされることとなりかねないと考えられる。
以上のとおり、同項第5号についても、同号以外に列挙した行為・事由が原因となる場合と同様の規定ぶりとするのが適切であると考えられる。
(注5)「予想と異なる」には、性的行為が行われるかどうかに関する被害者の予想が、実際に生じた事態と異なった場合に限らず、行為者の態度や言動、周囲の状況、性的行為が持ちかけられたタイミングなどについて予想と異なる点がある場合などを広く含むものであるところ、そのような点が全くなく、かつ、ほかの列挙行為・列挙事由にも該当しないのに、被害者が恐怖・驚愕することは想定できないと考えている。
3各条の第2項
性的行為が行われるに当たって、その相手方に何らかの錯誤が生じている類型については、同意の前提となる事実の認識を欠くものの、当該行為を行うこと自体について外形的には同意が存在するという特殊性があり、被害者が「同意しない意思を形成し、表明し又は全うすることが困難な状態」にあったかどうかで犯罪の成否を区別することとした場合には、犯罪の成否をめぐる評価・判断のばらつきを生じさせることとなりかねないことから、第1項に含めるのではなく、別途規定することとするものである。
その上で、相手方に錯誤が生じている類型の中には、その錯誤があることによっておよそ自由意思決定が妨げられる性質のものと、そうでないものが混在するため、それらを区別せずに包括的な形で規定した場合には、強制わいせつ罪・強制性交等罪として処罰すべきとはいえないものが処罰対象に含まれることとなり、相当でない。
そこで、強制わいせつ罪及び強制性交等罪の保護法益である性的自由・性的自己決定権が侵害されたといえる場合、すなわち、自由意思決定が妨げられたと一般に評価できる錯誤のみが処罰対象となることを明確にする観点から、第2項においては、
○その誤信があれば、自由意思決定が妨げられたといえる類型、すなわち、
・行為がわいせつなものではないとの誤信がある場合(注6)
・行為をする者について人違いがある場合(注7)
を限定的に列挙し、
○「その他これらに類する行為により同意しない意思を形成し、表明し若しくは全うすることが困難な状態にさせ」又は「その他これらに類する事由によりその状態にあることに乗じて」との包括的要件を設けない
こととしている。
なお、第176条第2項及び第177条第2項の「行為」は、いずれも行為者が行い、又は行おうとしているわいせつな行為又は性交等、すなわち、実行行為を指すものである。
(注6)行為がわいせつなものでないとの誤信があった場合には、被害者は、「行為」には同意しているものの、それが「性的」なものであるとすれば、そのような「性的行為」には同意していないのであるから、その意味で「性的行為をするかどうか」についての自由意思決定があったとはいえず、その誤信を利用して性的行為を行った場合、一般に性的自由・性的自己決定権の侵害が存するといえる。
(注7)行為をする者について人違いがある場合には、被害者は、その相手方との性的行為には同意していないのであるから、その意味で「誰と性的行為をするか」についての自由意思決定があったとはいえず、その誤信を利用して性的行為を行った場合、一般に性的自由・性的自己決定権の侵害が存するといえる。
4各条の第3項
(1)総説
自由意思決定を有効にすることができるための能力の内実は、
○行為の性的な意味を認識する能力(以下「意味認識能力」という。)
○相手方からの影響にかかわらず、性的行為をすることによる自己の心身への影響について理解した上で、状況に応じて自律的に判断して対処する能力(以下「性的理解・対処能力」という。)
と整理することができる。
その上で、これらの能力は、年齢とともに心身が成長し、社会的な経験を積み重ねることによって向上していくものと考えられるところ、子供の発達段階に関する調査・研究や若年者を対象とした意識調査の結果等を踏まえると、これらの能力が十分に備わるとみることができる年齢は、早くとも16歳であると考えられる。
すなわち、16歳未満の者は、これらの能力の全部又は一部が十分でなく、有効に自由意思決定をする能力が十分に備わっているとはいえないため、有効に自由意思決定をすることが困難な場合があり、そのような場合には、性的行為が行われることによって、性的自由・性的自己決定権の侵害が生じ得ると考えられる。
第3項は、そのような場合における性的行為を処罰することとするものである。
(2)13歳未満の者について
13歳未満の者は、思春期前の年代の未熟な子供であり、一般に、性的な知識は乏しく、意味認識能力が備わっていないと考えられ、したがって、性的理解・対処能力も備わっていないと考えられることから、13歳未満の者は、有効に自由意思決定をすることが困難であり、性的行為が行われることによって、性的自由・性的自己決定権の侵害が生じると考えられる。
そこで、13歳未満の者に対して性的行為をした場合には、現行の刑法第176条後段及び第177条後段と同様、一律に処罰の対象としている。
(3)13歳以上16歳未満の者について
13歳以上16歳未満の者は、
○思春期に入った年代であり、性的な知識は備わりつつあると考えられることから、意味認識能力が備わっていないものとして取り扱うことは相当でない
と考えられる一方、性的理解・対処能力に関しては、
○自らを客観視したり将来のことを予測する能力が十分に備わっておらず、
また、他者からの承認を求めたり、他者に依存しやすいなど精神的に未成熟である上、身体的にも未熟であることから、相手方の言動の意味を表面的に捉えて軽信し、自己の心身への影響を見誤ったり、萎縮してどのような行動を取るべきかの選択肢が浮かばなくなったりするなど、相手方がいかなる者であっても、相手方からの影響にかかわらず、その相手方と性的行為をすることによる自己の心身への様々な影響について理解し、自律的に判断して対処することができるには至っていない
と考えられる。
そのため、性的行為をするかどうかの意思決定の過程において、相手方がそれに与える影響の大きい者である場合には、その相手方と性的行為をすることによる自己の心身への影響について自律的に考えて理解した上で、状況に応じて自律的に判断して対処することは困難になると考えられる。
そして、一般に、性的行為の相手方が5歳以上年長の者である場合には、年齢差ゆえの能力や経験の格差があるため、本年齢層の者にとって、相手方と性的行為をすることによる自己の心身への影響について理解した上で、状況に応じて自律的に判断して対処することは困難となるほどに相手方が有する影響力が大きいといえる。
したがって、そのような場合には、13歳以上16歳未満の者は、有効に自由意思決定をすることが困難であり、性的行為が行われることによって、性的自由・性的自己決定権の侵害が生じると考えられる。
そこで、13歳以上16歳未満の者に対して、その者より5歳以上年長の者が性的行為をした場合を処罰の対象としている(注8)。
(注8)以上のような考え方を前提とした場合、13歳以上16歳未満の者にとって、相手方が5歳以上年長の場合には、
○13歳以上16歳未満の者において、5歳以上年長の者を脅迫するなどし、同意しない意思を形成し、表明し又は全うすることが困難な状態にさせて性的行為を強いた場合を除いては、有効に自由意思決定をすることができないということができる。
そして、そのような場合における5歳以上年長の者の行為については、正当防衛(刑法第36条第1項)などとして違法性が阻却されると考えられることから、そのような場合を処罰対象から除外するための実質的要件を設けることとはしていない。