厳しいなぁ
町野 朔・安村 勉「特別刑法と罪数」上智法学論集 第39巻1号
法益相互の関係がはっきりしないため、観念的競合か法条競合かが問題になることの多いことについては前述した。法条競合でない場合行為の重なり合いが認められる以上観念的競合を認めないことはできない。一個の行為か否かの判断に法的評価をも持ち込むべきでない以上、法益の違い、故意犯と過失犯の差は関係がない。
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他方、観念的競合は構成要件の対象となる行為が重なることが必要である以上、そうでない行為が重なっても、牽連犯の成否は別にして、同一際会に行われたというだけで観念的競合とすることはできない
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牽連犯の要件である「通常性」が犯罪学的類型性につきるとするなら、極めて多-の事例で牽連犯が認められるべきことになろう。だが.すでに述べたように,「通常性」とは、反対動機形成に対する期待可能性の観点からの判断である。すなわち 一方の犯罪が当然に他方の犯罪の手段または結果として犯されるものとして設けられた場合には「通常性」が肯定されるであろうが、そのような関係で犯されることのあることが十分予測されながら、あえてその違反行為の重大性ゆえに別個の犯罪とされた行為の場合には、むしろ「通常性」が否定されることが多いであろう。法が、手段行為原因行為を行った後,さらに目的行為・結果行為を行わないように期待しているからである。判例が行政犯について牽連犯の成立を認めることが極めて少ないのもこの意味で理解できる。