児童ポルノ・児童買春・児童福祉法・監護者性交・強制わいせつ・青少年条例・不正アクセス禁止法・わいせつ電磁的記録記録被告事件弁護人 奥村徹弁護士の見解(弁護士直通050-5861-8888 hp@okumura-tanaka-law.com)

性犯罪・福祉犯(監護者性交罪・強制わいせつ罪・児童ポルノ・児童買春・青少年条例・児童福祉法)の被疑者(犯人側)の弁護を担当しています。専門家向けの情報を発信しています。

チャットで知り合った強制性交・強盗被告事件(無罪・確定)(前橋地裁H30.5.23)

「確かに,動かし難い事実のうち,〔1〕初対面で会ってすぐに本件性交に至っていること,〔2〕本件性交が,昼間に,本件車両内で行われたものであること,〔3〕本件性交時,被告人は避妊具を着けずに膣内に射精していること,〔4〕Aが本件当日に警察への通報を希望していることの各事実は,被告人とAとの間には本件性交に関する合意はなく,ひいては本件暴行・脅迫を用いて本件性交がなされたことを一応推認させるものといえる。」ということです。
 児童買春事件では〔1〕~〔3〕は普通ですが、対償供与約束を隠され、強制性交罪を疑われることもあります。

前橋地方裁判所
平成30年5月23日刑事第2部判決
       判   決
 上記の者に対する強盗・強制性交等被告事件について,当裁判所は,検察官吉川和秀及び同井上恵理子並びに国選弁護人鈴木克昌(主任),同町田祐助及び同稲毛正弘各出席の上審理し,次のとおり判決する。
       主   文
被告人は無罪。
       理   由

第1 本件公訴事実の要旨
 被告人は,インターネットアプリケーションソフト「微信(ウィシン)」(以下「ウィチャット」という。)を通じて知り合った■(当時19歳)(以下「A」という。)と強制的に性交をしようと考え,平成29年7月30日(以下「本件当日」という。)午後零時20分頃から同日午後零時45分頃までの間,群馬県■郡■町■番地■(以下「本件現場」という。)に駐車中の自動車内において,助手席に座っていたAに対し,その両肩を押さえ付けた上,助手席シートを倒し,同人に覆い被さってその下着を脱がし,「殺さないから怖がらないで。動かないで。」などと言って暴行・脅迫(以下「本件暴行・脅迫」という。)を加え,その反抗を抑圧した上,Aと性交をし,さらに,Aが前記一連の暴行・脅迫により反抗を抑圧されているのに乗じてAから現金を強取しようと考え,その頃,同所において,Aに対し,「口でして。口でしてくれないなら20万円払ってよ。」などと言い,現金を強取しようとしたが,Aが隙を見て逃げたため,その目的を遂げなかった。
第2 本件の争点
1 本件公訴事実に対し,被告人は,本件公訴事実記載の日時場所でAと性交したこと(以下「本件性交」という。)は間違いないが,〔1〕Aに本件暴行・脅迫を加えてその反抗を抑圧したことはない,〔2〕Aが一連の暴行・脅迫により反抗を抑圧されているのに乗じて,その頃,同所において,Aに対し,「口でして。口でしてくれないなら20万円払ってよ。」などと言って現金を強取しようとしたこともない旨述べ,弁護人も,〔1〕本件性交は,被告人とAとの間の合意に基づくものであって,本件暴行・脅迫を用いて行われたものではない,〔2〕被告人は,Aから20万円を奪おうとしたことはないし,Aに現金を要求したこともなかったとして,被告人は無罪である旨主張する。
2 したがって,本件の争点は,〔1〕本件性交は,本件暴行・脅迫を用いて行われたものであるのか,〔2〕本件性交後,被告人がAに対して現金の支払を要求した(以下「本件要求行為」という。)のかの2点である。
第3 当裁判所の判断
1 判断の枠組み
 本件暴行・脅迫及び本件要求行為の存在を直接証明する客観的な証拠はない。本件暴行・脅迫及び本件要求行為を直接証明する証拠はAの証言であり,これを直接否定する証拠は被告人の供述である。そこで,当裁判所は,まず,証拠上動かし難い事実を認定し,続いて,Aの証言の信用性を検討し,さらに,被告人の供述の信用性を検討した。その結果,〔1〕本件性交は,常識に照らして間違いなく,本件暴行・脅迫を用いて行われたものであるとは認められず,また,〔2〕本件性交後,常識に照らして間違いなく,被告人がAに対して本件要求行為をしたとは認められないと判断した。以下,その理由を説明する(括弧内の「甲」「乙」の番号は証拠等関係カードにおける検察官請求証拠番号,「弁」の番号は同カードにおける弁護人請求証拠番号,「職」の番号は同カードにおける職権による取調べの証拠番号を示す。なお,Aの証言と被告人の供述は,特に必要な場合を除いて記載を省略している。)。
2 証拠上動かし難い事実
(1)動かし難い事実の認定
 本件の2つの争点を理解,判断するために必要で,検察官並びに被告人及び弁護人も特に争っておらず,かつ,証拠上明らかに認定できる事実(以下「動かし難い事実」という。)は,以下のとおりである。
ア 被告人と被害者の関係
 被告人は,平成27年(2015年)9月,留学の在留資格で日本に入国し,1か月余り埼玉県草加市に居住した記録もあるが,おおむね長野市内に居住している(乙5)。被告人は,本件当日頃,30歳で,身長は約173センチメートル,体重は約82キログラムであった。
 Aは,平成28年(2016年)6月,技能実習生として日本に入国した後,群馬県内の会社に勤務し,本件当日は群馬県■郡■町■所在の■店(以下「本件スーパーマーケット」という。)の近くに住んでいた。Aは,本件当日頃,19歳で,身長は約165センチメートル,体重は約53キログラムであった。
 被告人とAは,平成29年(2017年)5月か6月頃,ウィチャットを通じて知り合い,本件当日までの間,ウィチャットでメッセージ等のやり取りをしていた。被告人とAは,本件当日の1週間前に初めて会うことになり,Aは,被告人に対し,本件当日の待ち合わせ場所として本件スーパーマーケットを指定し,被告人も,これを了承した。
イ 本件性交に至る経緯
 Aは,本件当日午前11時13分頃,本件スーパーマーケットに到着したが,被告人を見つけることができず,少なくとも約17分間,本件スーパーマーケットの内外を歩き回って被告人を探していた(弁2)。
 被告人は,軽四輪自動車(以下「本件車両」という。)を運転して本件スーパーマーケットに向かった。Aは,被告人が自動車で来ることを知っており,本件当日午後零時頃までの間に被告人と会い,自ら,被告人が運転する本件車両の助手席に乗り込んだ。
ウ 本件性交の状況
 被告人とAは,本件当日午後零時頃,被告人が運転する本件車両で,本件現場に到着した。本件現場には,本件現場に駐車した本件車両の運転席及び助手席を正面から撮影できる位置と方向に,ダミーの防犯カメラが設置されていた(職3)。
 被告人は,本件性交前,小用のために本件車両から出たことがあった。Aは,本件車両が本件現場に到着してから本件現場を去るまでの間,本件車両の中にいた。
 被告人とAは,被告人が本件車両の運転席に,Aが助手席に座った状態で会話をした後,本件車両の助手席で本件性交をした。本件性交時,被告人は,避妊具を着けず,Aの膣内に射精した。被告人は,本件性交後,被告人の下半身等をティッシュで拭き,そのティッシュを本件車両の外へ投げ捨てた。
エ 本件性交後の被告人とAの行動
 本件性交後,被告人とAは,本件車両で,群馬県■郡■町■銀行■支店(以下「本件銀行」という。)に向かった。
 Aは,本件銀行に到着後,先に一人で本件車両を降り,そのまま,被告人に断ることなく本件銀行から立ち去った。本件当日午後1時29分頃にAが,同32分頃から34分頃までの間に被告人が,それぞれ一人で本件銀行ATMコーナーの前を歩く姿が,本件銀行のATMコーナーに設置された防犯カメラの映像に記録されている(弁2)。その後,被告人とAは,それぞれのウィチャットのメッセージ等を消去し,お互いに会うことも連絡を取ることもなかった。
 被告人は,Aと出会ってから別れるまでの間,Aのバッグやその中にある財布,現金,銀行のキャッシュカード,在留カードなどを取ることはなかった。
オ 110番通報に至る経緯
 Aは,本件銀行を立ち去った後,本件銀行の近くにある自宅に帰ると,普段から親しくしていたAの勤務先の同僚女性■(以下「B」という。)に対し,強姦と強盗の被害に遭った旨話した。
 Aの話を聞いたBは,A及びBの勤務先に技能実習生を派遣する会社で普段からA及びBを含む技能実習生の面倒を見る立場の男性■(以下「C」という。)に対し,Aが強姦と強盗の被害に遭った旨報告した。Cは,Bからの報告を聞いた際,AとBに対し,証拠を集めるように指示した。AとBは,同日午後5時30分頃,自転車に乗って本件現場を訪れ,そこで,被告人が本件性交後に被告人の下半身等を拭いたティッシュを拾い,持ち帰った。Aの勤務先のチーフマネージャーの男性は,同日午後9時57分,Cからの情報を基に110番通報をした(甲23)。
(2)動かし難い事実による推認
ア 本件暴行・脅迫及び本件要求行為を肯定する方向に働く事情の検討
 検察官は,「争いのない事実」,すなわち,〔1〕被告人とAは,知り合って約1か月ほどであり,本件当日は初対面であったこと,〔2〕被告人は,人気のない場所に駐車された車内で,避妊具を着けずにAの膣内に射精したこと,〔3〕本件当時,被告人は身長173センチメートル,体重82キログラム,30歳で,Aは,身長165センチメートル,体重53キログラム,19歳であったことという事実のみでも,Aが被告人と性交することを合意していたとは到底言えない旨主張しているので,検討する。
 確かに,動かし難い事実のうち,〔1〕初対面で会ってすぐに本件性交に至っていること,〔2〕本件性交が,昼間に,本件車両内で行われたものであること,〔3〕本件性交時,被告人は避妊具を着けずに膣内に射精していること,〔4〕Aが本件当日に警察への通報を希望していることの各事実は,被告人とAとの間には本件性交に関する合意はなく,ひいては本件暴行・脅迫を用いて本件性交がなされたことを一応推認させるものといえる。
 しかし,世間では,初対面ですぐに,また,昼間に車両内で,性交に至ることもないわけではなく,また,Aは,本件性交後,膣内に射精されたことについて特に不平や不安を述べたという証拠も見当たらない。そうすると,これら〔1〕から〔4〕までの事実から,本件性交に関する合意がなかったことが強く推認されるわけではない。
 また,年齢差や体格差は暴行の程度においては十分考慮すべきであるが,年齢差や体格差があるから性交が暴行・脅迫を用いて行われるという経験則はないし,合意のある性交でも人気のない場所で行われることはあるものと考えられるから,これらの事実は,本件暴行・脅迫の存在を推認させるものではない。
 したがって,「争いのない事実」のみでもAが被告人と性交することを合意していたとは到底言えないという検察官の主張は,採用できない。
イ 本件暴行・脅迫及び本件要求行為を否定する方向に働く事情の検討
 第1に,弁護人は,被告人とAは,ウィチャットを通じて知り合い,本件当日までの間,ウィチャットでメッセージ等のやり取りをしていたこと,また,Aは,本件当日,少なくとも約17分間,本件スーパーマーケットの内外を歩き回って被告人を探していたことから,被告人とAは,性交渉に同意していたといえる旨主張する。
 しかし,ウィチャットは他人とメッセージ等をやり取りするものにすぎず,本件におけるCのように,派遣先の中国人実習生との業務連絡に使用されている例も認められる。そうすると,常識的に考えて,被告人とAがウィチャットを使用していることから,被告人とAが交際することを目的としていたとはいえず,Aが,被告人と出会う前に本件スーパーマーケットの内外を歩き回って被告人を探していた事実を併せ考慮しても,性交渉の同意には結びつかないといえる。
 第2に,弁護人が指摘するとおり,Aは,本件当日午後5時30分頃,本件現場を女性であるBのみと一緒に再度訪れ,証拠物として被告人の精液がついているとAが考えていたティッシュを自ら採取していることが,動かし難い事実として認められる。Aに対する本件暴行・脅迫及び本件要求行為が存在し,かつ,Aが被告人に対して強い恐怖心を抱いていたとすると,AとBの女性2人のみで本件現場を再度訪れるというのは,証拠の確保という意味があったことを考慮しても,不自然といわざるを得ない。そうすると,AとBが本件当日に本件現場を再訪した事実は,本件暴行・脅迫及び本件要求行為を否定する方向に働く事情であるといえる。
ウ 動かし難い事実による推認の評価
 以上のように,動かし難い事実を全体として評価すると,本件暴行・脅迫及び本件要求行為を否定する方向に働く事情が優勢であるとはいえるが,本件暴行・脅迫及び本件要求行為の存否を直接証明するのは,Aの証言であるから,その信用性について検討する必要がある。
3 Aの証言の信用性の検討
(1)Aの証言の要旨
 Aは,公判廷において,〔1〕被告人から何回も誘われ,被告人と会うのは不安で断り続けたが,これ以上会わないと「罪人みたいな許し難い人間」になってしまうと感じて,被告人と会うことになった,〔2〕本件当日,被告人が運転する本件車両で,本件現場に連れて行かれた,〔3〕本件車両内で被告人から手を触れられた際,被告人の手をはねのけたが,被告人は,本件現場に駐車した本件車両の助手席に座っていたAに対し,両手で両肩をつかみ,助手席シートを倒して,被告人の上半身をAの上半身に密着させた,〔4〕被告人は,Aのワンピースを脱がせようとし,抵抗するAに対し,「おとなしくしろ,俺はあなたを殺さないから」と言い,両手でAのパンツを脱がせて後ろの座席に投げ,Aの上に覆いかぶさってキスをし,胸を触って,避妊具を着用せずに被告人の生殖器を膣内に挿入して射精した,〔5〕被告人は,助手席の前のダッシュボードからティッシュを取って,Aの下半身と被告人の下半身を拭き,運転席の窓から外に投げた,〔6〕被告人は,本件性交後,再度性交や口淫を要求し,Aが拒否すると,「そうしてくれなくてもいいんだけど,20万円ちょうだい」と言い,Aがお金はないと答えると,「かばんの中にカードがあるんだろう、下ろしてきて」と言われた,〔7〕被告人の運転する本件車両で本件銀行に到着した後,「ここで待ってるからお金を下ろしてきて」と言われ,かばんを持って本件車両から降り,ATMの方向に向かい,降りたところからATMまでは歩いて行って,その時点で被告人がついてきてなかったことを確認できたので,そこから走って帰ったなどと,本件性交前後の状況を交えて,本件暴行・脅迫及び本件要求行為があった旨証言している。
(2)Aの証言の信用性を高める方向に働く事情の検討
ア B及びCの各証言による裏付け
 検察官は,Aの証言内容は,B及びCの各証言など他の証拠から裏付けられており,信用性が高い旨主張する。 
 確かに,B及びCの各証言内容は,Cの携帯電話に残されたAらとの間のメッセージや通話履歴からも裏付けられており,また,B及びCには虚偽の証言をする動機も見当たらないから,その信用性は高いといえる。
 しかし,Bが直接見聞きしたのは,Aが帰宅した後の事情であり,Cが直接見聞きしたのも,AやBからウィチャットで連絡を受けた後の事情であるから,Aが強姦や強盗の被害に遭ったというB及びCの各証言内容は,Aの話を前提としているものである。したがって,B及びCの各証言は,Aの帰宅後に関する証言を裏付けてはいるものの,本件暴行・脅迫及び本件要求行為の存在を直接裏付けるものではない。
 もっとも,Bの証言のうち,Aが午後2時頃に二人きりになると泣き崩れて被害を打ち明けたという内容の証言は,Bが直接見聞きしたものであり,本件暴行・脅迫及び本件要求行為に関するAの証言を裏付けているとはいえる。しかし,Bが証言する,帰宅後にAが泣き崩れて強姦の被害を訴える様子と,本件性交後に本件銀行のATMコーナーに設置された防犯カメラ映像に記録されているAの様子,すなわち,本件銀行のATMコーナーの前をAが一人で歩いて去っていく姿には隔たりがあり,Bの上記証言は,本件暴行・脅迫及び本件要求行為を強く推認させるものではない。
 さらに,Aの証言とBの証言の一致の程度という観点から検討すると,Bは,Aが震えている様子で白い車に後をつけられたと言っていたと証言しているが,Aはそのような証言はしていない上,ほかにAが白い車で追いかけられたという証拠は見当たらず,むしろ,本件銀行のATMコーナーに設置された防犯カメラの映像では,Aが白い車に追いかけられることなく,歩いて行く様子が記録されている。
 したがって,少なくとも本件暴行・脅迫及び本件要求行為の存在についてのAの証言内容は,B及びCの各証言などの他の証拠によって裏付けられているとはいえない。
イ Aの証言内容の合理性・具体性等
 検察官は,Aの本件性交に関する証言内容は,争いのない事実とも合致する,自然で合理的な内容であり,かつ,想像で話すことが困難で,現実に体験していなければ証言が困難なほど,具体的・迫真的で生々しい内容であり,このことはAの証言の信用性を高める事情といえる旨主張する。
 確かに,Aの証言内容は,特に本件性交に関しては,具体的で生々しい内容となっている。
 しかし,本件性交が被告人とAとの間で行われたことは動かし難い事実のとおりであって,被告人も争っていないから,被告人が「奥さん」と言い続けたことなどの本件性交の場面に関する証言が具体的であるからといって,本件暴行・脅迫及び本件要求行為が裏付けられるわけではない。
 本件で重要なのは,本件性交前のAの抵抗の様子,本件暴行・脅迫の有無,再度の性交や口淫の拒否と本件要求行為に関する証言内容が合理的であるかという点である。このような観点からみると,「被告人が体の上に覆いかぶさってきたとき,それまで明るい表情だった被告人の顔が怖くなった。性交中,泣いて抵抗しても,被告人はまったく気にせず,「奥さん」と言い続けながら性交してきた」という検察官が引用する証言も,本件暴行・脅迫及び本件要求行為について,現実に体験しなければ証言が困難であるほど具体的で迫真性があるとはいえない。
ウ Aが虚偽の証言をする動機
 検察官は,被告人とAは本件当日が初対面であり,Aは被告人に対して個人的な恨みなどなく,嘘の話を作り上げて被告人を陥れようとする動機はなく,このことはAの証言の信用性を高める事情といえる旨主張する。
 確かに,Aは,被告人とは本件当日の約1か月前にウィチャットを通じて知合い,メッセージ等のやり取りをしていただけの関係であり,本件より前に被告人に対して個人的な恨みがあったという事情は特に見当たらない。
 しかし,Aは,本件当日に初めて会った被告人について,「ただのおじさんという,ちょっと清潔感が欠けていたという感じ」であり,「太っていて,顔も大きいし,おなかも大きかった」と証言しており,本件性交についても,「痛いからもうどいて」とすごい声で叫んだと証言しているから,被告人に対して好印象を抱いていなかったことが認められる。また,被告人は,Aが金を貸してくれというまでは雰囲気は悪くなかった旨供述している。そうすると,男女間の気持ちのずれや金銭関係のもつれなど,本件性交以後に,被告人に対する怒りや恨みの感情がAに生じた現実的可能性は否定できない。
 そうすると,公判廷における証言当時,Aに虚偽の証言をする動機がなかったとまではいえない。
(3)Aの証言の信用性を低める方向に働く事情の検討
ア 他の証拠との不一致
 第1に,Aは,被告人から何回も誘われ,被告人と会うのは不安で断り続けたが,これ以上会わないと「罪人みたいな許し難い人間」になってしまうと感じて,被告人と会うことになった旨証言する。
 しかし,〔1〕Aは,見知らぬ異性同士が出会える機能も有するウィチャットを通じて,被告人と知り合っていること,〔2〕待ち合わせ場所に本件スーパーマーケットを指定したのはAであること,〔3〕Aは,本件当日,本件スーパーマーケットにおいて少なくとも約17分間被告人を探し回っていたことが認められる。これらの動かし難い事実によれば,Aは,被告人と会うことに積極的であったともいえる。そうすると,被告人と会うことに消極的であったとするAの上記証言内容は,動かし難い事実と一致しないものであり,Aの証言の信用性を低めるものといえる。
 第2に,Aは,Aのワンピースを脱がせようとする被告人に抵抗した,被告人にパンツを脱がされて後ろの座席に投げられたなど本件性交前の様子を証言している。
 しかし,Aのパンツの所在は明らかではない上,Aが本件性交時に着用していた衣服に破損等があるといった証拠はなく,Aが本件当日軽傷を含めてけがをしていたという証拠もない。このような本件暴行・脅迫を直接裏付ける証拠がないことは,本件暴行・脅迫が存在しなかった可能性をうかがわせる事情ということができ,Aの証言の信用性を低めるものである。
 第3に,Aは,本件性交後,被告人が運転する本件車両で本件銀行に向かい,本件銀行に到着後,本件車両から降り,本件銀行のATMの入口の前で,被告人がついてきてないことを確認してから走り始めて帰った,本件銀行に被告人を案内したのは,被告人にもう一度強姦されないよう,誰かに助けてもらうためであった旨証言している。
 しかし,本件銀行のATMコーナーに設置された防犯カメラの映像によれば,Aは,本件銀行のATMコーナーの前を通り過ぎる際,前だけを見ながらまっすぐ歩いており,振り返って被告人の様子をうかがったり,ATMコーナーの中を見て人を探すなど,誰かに助けを求めるような素振りは認められない。
 このようにAの証言は,客観的な証拠と一致していない。
イ Aの証言内容の不合理性や不自然さ等
 第1に,Aは,本件スーパーマーケットの周辺において本件車両に乗り込んだ際の状況について,最初に被告人の運転する本件車両に乗り込むことには少し抵抗があったが,道路上であり,後ろの車の妨げになることから乗った旨証言する。
 しかし,動かし難い事実のとおり,Aは,被告人と待ち合わせをしたときから,本件スーパーマーケットに被告人が自動車を運転して現れることを知っていたのだから,本件車両に乗り込むことに抵抗を感じるという証言は,動かし難い事実と矛盾するといえる。
 第2に,Aは,本件当日,被告人が運転する本件車両で,本件現場に連れて行かれた旨証言している。
 確かに,本件当日は被告人が本件車両を運転していたのであるから,被告人が行き先を決めることができる立場にあったといえる。
 しかし,本件現場は,幹線道路沿いではなく,土地勘がない人間にはその場所を認識するのが容易ではない場所である。しかも,動かし難い事実のとおり,本件当日,本件現場には,本件現場に駐車した本件車両の運転席及び助手席を正面から撮影できる位置と方向に,ダミーの防犯カメラが設置されていた。被告人は,長野市在住で,群馬県内の本件現場付近に土地勘があったという証拠はなく,被告人が本件現場付近を事前に調べたという証拠もないことからすれば,被告人が本件現場を性交する場所として知って本件現場にAを連れて行ったと認定するには疑問が残る。
 他方,Aは,本件現場から自転車で10分程度の距離に住んでおり,本件スーパーマーケットを待ち合わせの場所にしたり,本件現場まで自転車で行くことができるなど,本件スーパーマーケットや本件現場付近の状況に詳しいことが認められる。
 そうすると,本件現場を案内したのはむしろAであると考えるのが自然で合理的であり,被告人の運転で本件現場に連れて行かれたというAの証言は,不自然・不合理といわざるを得ない。
(4)Aの証言の信用性の評価
 ところで,性犯罪の危機に瀕した被害者に加えられた暴行,脅迫といった衝撃は,被害者から合理的な行動の自由まで奪ってしまうことがある。したがって,性犯罪に直面した被害者の心理等にも十分留意することが必要である。
 しかし,本件では,Aの証言は,本件暴行・脅迫及び本件要求行為の存在そのものについて,B及びCの証言によって裏付けられているとはいえないし,その内容においても,現実に体験しなければ証言が困難であるほど具体的で迫真性のある内容が含まれているとはいえない。また,Aに虚偽の証言をする動機がないとも言い切れない。かえって,Aの証言内容には,性犯罪に直面した被害者の心理等では説明が困難なほどの不自然,不合理な点や他の証拠と一致しない点が多くみられる。したがって,Aの証言は,間違いなく信用できるとまでは評価できない。
4 被告人の供述の信用性の検討
(1)被告人の供述の要旨
 被告人は,公判廷において,〔1〕被告人が本件車両を運転し,Aの案内で本件現場に到着した,〔2〕本件現場に防犯カメラがあることは知っていたが,Aから壊れていると言われた,〔3〕避妊具を着けずに,膣内で射精したが,Aから不平や不満はなかった,〔4〕本件性交後,Aに対して本件要求行為を行ったことはなく,Aは,服を着た後,被告人に対して,10万円を貸して欲しいと言ってきた,〔5〕Aは,被告人の財布の中の三,四万円を受け取ってくれず,Aに対して金がないことを示すため,銀行のキャッシュカードを確認してもらうように言ってAの案内で本件銀行に向かった,〔6〕本件銀行に到着した後,Aがトイレに行くと言って一人で本件車両を降り,そのまま戻ってこなかったなどと,本件暴行・脅迫及び本件要求行為は行っておらず,本件性交は同意に基づいたものであった旨供述する。
(2)被告人の供述の信用性を低める事情の検討
 検察官は,〔1〕被告人の供述内容が,Aの証言と矛盾すること,〔2〕被告人の供述内容が,不自然・不合理であること,〔3〕被告人の弁解内容が合理的な理由なく変わっていることを挙げて,被告人の供述は到底信用できない旨主張する。
 まず,上記〔1〕について,確かに,被告人の供述は,Aの証言と矛盾するものであるが,前述のとおり,Aの証言は間違いなく信用できるものとはいえない。本件では,被告人とAが本件暴行・脅迫及び本件要求行為の有無をめぐって矛盾・対立する供述をしており,このような矛盾・対立の状況が被告人供述の信用性を直ちに否定するものとはいえない。
 次に,上記〔2〕について,被告人の供述内容のうち,初対面のAと合意の上で本件性交をしたという点は,被告人とAがウィチャットにより本件性交の約1か月前から連絡を取り合っていたことからすれば,必ずしも不自然とまではいえない。また,被告人が避妊具を着けずに膣内で射精したが,Aから不平や不満がなかったとする点は,Aも,Aから強姦の被害を聞いたというBもCも,Aの妊娠の可能性について問題にしたり,不安を述べたりする証言をしていないのであるから,不自然であるとはいえない。さらに,被告人とAが本件銀行に行った経緯に関する供述については,被告人がキャッシュカードの暗証番号を教えようとしたという点などやや不自然な点もあるが,本件銀行のATMコーナーの防犯カメラ映像に記録されている,被告人がAを探し回っている様子は,被告人の供述内容と整合する面があり,不自然であると断定することはできない。
 さらに,上記〔3〕について,確かに,被告人は,逮捕翌日にはAと性交したことを否定していたが,公判ではAと性交したことは認めているから,捜査段階と公判段階では供述に変遷がある。しかし,交際相手がいるという被告人が逮捕翌日の段階で他の女性との性交を認めることに抵抗があったことは十分考えられる。また,本件では被告人とAが性交したことは争いがない以上,この供述の変遷が,本件暴行・脅迫及び本件要求行為の存否に関する被告人の供述の信用性を低めるものとはいえない。
(3)被告人の供述の信用性を高める事情の検討
 第1に,既に検討したとおり,被告人が本件車両を運転し,Aの案内で本件現場に到着したという供述は,動かし難い事実による事実関係とも一致する。
 第2に,被告人は,本件性交以前に,Aに対し,ウィチャットで,自己紹介をした上,被告人の顔写真まで送り,被告人の下半身等を拭いたティッシュを本件現場に投げ捨てており、仮に被告人が強制性交等の犯罪を行えば被告人が犯人であると容易に結びついてしまうような痕跡を残している。このような被告人の行動は,暴行・脅迫を用いてまでAと性交する意思がなかったことを示すものであり,本件暴行・脅迫を否定する被告人の供述を裏付けるものといえる。
 第3に,被告人は,本件性交前,本件現場には防犯カメラが設置されているのが見え,そのカメラについて,Aがダミーであると教えてくれた旨供述している。この供述内容は,本件現場の状況という客観的証拠と合致し,かつ,実際に本件現場で性交をした者でなければ供述困難な具体的な内容を含んでいる。 
 第4に,本件銀行のATMコーナーの前のAや被告人の行動は,被告人の供述内容に沿うものである。
 第5に,被告人は,Aと出会ってから別れるまでの間,Aのバッグやその中にある財布,現金,銀行のキャッシュカード,在留カードなどを取ることはなかったことが動かし難い事実として認められる。この事実は,被告人が本件当日Aの金品を奪う意思がなかったことを推認させるものであり,本件要求行為を否定する被告人の供述の信用性を高める事情といえる。
(4)被告人の供述の信用性の評価
 以上を総合すれば,被告人の供述は,不自然さを感じさせる点がないとはいえないものの,動かし難い事実と特に矛盾する点はなく,かえって,動かし難い事実と整合し,また,その供述内容には体験したものでなければ供述できないような具体的な事実関係を含んでいる。したがって,被告人の供述は信用できないとはいえない。
第4 結論
 以上検討したとおり,動かし難い事実のうち,〔1〕初対面で会ってすぐに本件性交をしていること,〔2〕本件性交が,昼間に,本件車両内で行われたものであること,〔3〕本件性交時,被告人は避妊具を着けずに膣内に射精していること,〔4〕Aが本件当日に警察への通報を希望していることの各事実は,被告人とAとの間には本件性交に関する合意はなく,本件暴行・脅迫を用いて本件性交がなされたことを一応推認させるものといえるが,その推認の程度は高くはない。
 そして,本件暴行・脅迫及び本件要求行為に関する中心的な証拠であるAの証言は,間違いなく信用できるものとはいえない一方で,本件暴行・脅迫を行っておらず,本件要求行為もしていないとする被告人の供述は信用できないとはいえない。
 そうすると,本件暴行・脅迫及び本件要求行為があったと認定するには,合理的な疑いが残るといわざるを得ない。
 よって,本件公訴事実については犯罪の証明がないことになるから,刑事訴訟法336条により被告人に対し無罪の言渡しをする。
(求刑 懲役10年)
(弁護人の意見 無罪)
平成30年5月25日
前橋地方裁判所刑事第2部
裁判長裁判官 國井恒志 裁判官 中野哲美 裁判官 谷山暢宏