児童ポルノ罪の検察官請求証拠をみていると、最近は医師の意見書を省略して、警察の「児童ポルノ判定表」などで立証している例を見掛けます。見た目が低年齢ならそれでもいけそうです。
そこで、実務家向けに児童ポルノの事実認定の特殊性について説明します。引用してある法文は改正前のものです。
構成要件上、児童ポルノの判断は、1人1人の被描写者ごとの判断になるということを覚えてください。
第3部 事実認定の手法〜何を認定するのか
児童ポルノの事実認定の方法について注意を喚起しておく。
個人的法益説ではもちろんのこと、保護法益、罪数論を離れても、児童ポルノの定義規定からみて、各画像の特定は、被描写者をもって特定せざるを得ない。その意味で本件の公訴事実は再構成が必要であり、公訴事実を丸写しにしたような事実認定は許されない。
つまり、年齢・実在等の要件は個々の被描写者の個別要素であり、被描写者毎に問題になるから、必然、画像を特定するにあたっても、被描写者をもって特定しなければならない。たとえば、被描写者A〜Cが撮影されているビデオ(検察官は包括一罪説だから何本にまたがっても同じ。個人的法益説でも児童ごとに考えるから、1本でも数本でも同じである。)があっても、次の表のように、被描写者の児童ポルノの客観要件が欠けていれば、そのビデオは客観的にみて、(いずれも、)児童ポルノではない。これは児童ポルノの定義からの当然の結論である。
人 年齢 実在性 その他
の要件
A ◯ × ×
B × ○ ×
C × × ○各号所定の要件をみたす実在する「児童の姿態」が構成要件である以上、
被描写者Bの年齢+Aのその他の要件+Cの実在性
を併せて児童ポルノと認定することは許されない(「団体戦」とか「合わせ技一本」は認められない!)。ABCの姿態を総合して、児童ポルノと認定することは、構成要件を逸脱しているというより、むしろ構成要件を創造している。1〜3号の要件を合成した構成要件(2条3項4号)を創造することになる。
本法2条3項4号(総合児童ポルノ)
被描写者のうち各人の姿態を総合して次の要件を充たすもの
饒児童を相手方とする又は児童による性交又は性交類似行為に係る児童の姿態を視覚により認識することができる方法により描写したもの
饌 他人が児童の性器等を触る行為又は児童が他人の性器等を触る行為に係る児童の姿態であって性欲を興奮させ又は刺激するものを視覚により認識することができる方法により描写したもの
饕 衣服の全部又は一部を着けない児童の姿態であって性欲を興奮させ又は刺激するものを視覚により認識することができる方法により描写したものこれは明らかに罪刑法定主義に反する。
これをみとめると、次の略図のように、従来の猥褻図画の一角に着衣の実在児童が撮影されていても児童ポルノになってしまう。これは、児童・その実在性の要件は充たすが、その児童についての所定の要件(1号ポルノなら性交・性交類似行為)が欠けるから児童ポルノではない。
少なくとも1名のある被描写者について、年齢・実在性・その他の要件が充たされなければ、児童ポルノには該当しない。それが誰なのか、どの被描写者であるのかが明らかにされない限り、審理のしようがない。
児童ポルノの認定というのは、このように精緻な事実認定である。
猥褻図画の場合のように図画全体からわいせつ性を判断するのとは全く違う事実認定作業が欠かせないのである。被告人が撮影に携わっていない場合など、場合によっては、被描写者の年齢・実在性が微妙で、鑑定が行われる可能性もある(研修634号P3参照)。その場合は各被描写者毎に鑑定が行われるのである。
被告人が争わないにしても、児童ポルノの事実認定には、被描写者毎に、事実認定が必要であることはいうまでもない。
従来の写真撮影報告書では、被描写者ごとに写真が分類されていないため、被描写者の人数がわからず、写真の枚数だけの被描写者が存在することになることにも注意すべきである。さらに、主観的要件を加えると、次のような被描写者A〜Fが出演するビデオを所持・販売・製造しても、児童ポルノの罪は成立しない。
これも、本法の定義規定および、刑法理論からは当然の結論である。
猥褻図画の場合のように図画全体からわいせつ性を判断するのとは全く違う事実認定作業が欠かせないのである。
したがって、審判対象である訴因においても、各被描写者について児童ポルノの要件を充たすことが主張されなければならない。さらに、児童の使用関係の点でも、個々の児童と犯人との関係が問題となる。
まず、本法9条により、児童を使用する者について、年齢を知らないことに過失あるときは故意に欠けないという規定が設けられている。
これは児童ポルノの罪は故意犯であるから、原則として児童の年齢の知情が必要であることを当然の前提にした規定である。
国会議事録でもそのように説明されている。
ここで、年齢や年齢の知情というものは、被描写者一人一人の問題であり、被描写者甲が児童であることを知情していたからといって、被描写者乙が児童であることを知情していたことにはならない。
使用関係(9条)というのも、犯人と児童甲は使用関係がある、犯人と児童乙は使用関係がないというふうに個々の児童について問題になる。
児童福祉法ではそのように解釈運用されている。判決例を挙げておく*1。ここでも、被描写者甲に対する児童ポルノ罪、被描写者乙に対する児童ポルノ罪の成否が論じられるべきであることが明かとなった。
つまり、児童ポルノ罪には、被描写者甲に対する児童ポルノ罪の故意、被描写者乙に対する児童ポルノ罪の故意が必要になるというのが本法9条の帰結である。社会的法益説であれば、漠然と被描写者の誰かが児童であるという認識で足りることになろうが、9条の規定に明らかに反する。
また、本法2条3号は児童及び児童ポルノを次のように定義する。第2条
1この法律において「児童」とは、十八歳に満たない者をいう。
2 省略
3 この法律において「児童ポルノ」とは、写真、ビデオテープその他の物であって、次の各号のいずれかに該当するものをいう。
一 児童を相手方とする又は児童による性交又は性交類似行為に係る児童の姿態を視覚により認識することができる方法により描写したもの
二 他人が児童の性器等を触る行為又は児童が他人の性器等を触る行為に係る児童の姿態であって性欲を興奮させ又は刺激するものを視覚により認識することができる方法により描写したもの
三 衣服の全部又は一部を着けない児童の姿態であって性欲を興奮させ又は刺激するものを視覚により認識することができる方法により描写したものつまり、児童ポルノというのは、
18歳未満の者の一定の姿態を描写したもの
であることは争いがない。
ここで、年齢というのは個々の被描写者を検討しないと認定できないから18歳未満であるかどうかは、被描写者一人一人の問題である。
当たり前のことだが、被描写者甲が幼く見えるからといって、甲が児童と認定されことはあっても、被描写者乙の年齢認定とは関係がない。したがって、児童ポルノの定義自体が、個々の被描写者に着目することを予定していることも明かである。
また、「姿態」という語の意味は、国語辞典では
したい【姿態・姿体】
(ある所作をしたときの)からだのすがた。容姿。「美しい―」と説明されている。
単に児童一般を保護の対象とするならば
児童ポルノ=「児童を性的搾取の対象と見ることを助長するような内容の描写」
となりそうなものであることを考えると、わざわざ「18歳未満の者の姿態」を要件としていることは、ここでも児童ポルノの定義が個々の被描写者に着目していることは明かである。さらに、大阪高裁判決H12が要件だとする「実在性」の要件も、同様に個々の被描写者について問題になる要件である。
つまり、児童ポルノの定義に含まれる
18歳未満
姿態
実在
年齢・実在性・姿態の認識
使用関係の各要件は、極めて個人的要素であり、個々の被描写者に着目したものなのである。
従って、結局、児童ポルノの罪の認定には、個々の被描写者について18歳未満
姿態
実在
年齢・実在性・姿態の認識
使用関係の各要件が争われることになる。つまり、個々の被描写者の個人的要素が審判対象となるのである。