児童ポルノ・児童買春・児童福祉法・監護者性交・強制わいせつ・青少年条例・不正アクセス禁止法・わいせつ電磁的記録記録被告事件弁護人 奥村徹弁護士の見解(弁護士直通050-5861-8888 hp@okumura-tanaka-law.com)

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木村光江「行為者の性的意図と強制わいせつ罪の成立要件」重要判例解説h29

木村光江「行為者の性的意図と強制わいせつ罪の成立要件」重要判例解説h29
 木村説のわいせつの定義は性欲要件入りでいいんですかね

http://okumuraosaka.hatenadiary.jp/entry/2018/03/25/000000
木村光江刑法4版p219
わいせつの意義
刑法上の「わいせつ」とは,徒に性欲を興奮または刺激せしめ,かつ普通人の性的羞恥心を害し,善良な性的道義観念に反すること(最判昭26.5.10刑集5.6.1026)をいう.ただ,この定義は,わいせつ物頒布罪に関して用いられたものであり,強制わいせつ罪は個人の性的自由を侵害する罪である以上,これより広いわいせつ概念を用いざるを得ない.例えば,反抗を抑圧してキスする行為は強制わいせつ罪に当たるが,映画や小説におけるキスシーンはわいせつではない.わいせつ行為は,必ずしも被害者の身体に触れる必要はなく,脅迫して裸にならせ写真を撮影する行為も含む(最判昭45.1.29刑集24.1.1参照).
【傾向犯】従来の判例は,強制わいせつ罪には,わいせつ行為を行っていることの認識に加え,犯人の主観的傾向としてわいせつの目的(性欲を刺激,興奮させ,または満足させるという性的意図)が必要であるとしてきた(傾向犯という.前掲・最判昭45.1.29(消極)).しかし,被害者に性的差恥心を抱かせるに足りる客観的行為を行っている以上,法益侵害性は認められ,その認識があれば故意も認められる.性的自由は,行為者の動機の如何にかかわらず害されているからである.最決平29.11.29(裁判所時報1688.1)は,昭45年最高裁判例を変更し,「被害者の受けた性的な被害の有無やその内容,程度」により判断すべきであって,「性的意図」は成立要件とすべきでないとした(→23頁参照).

木村光江「行為者の性的意図と強制わいせつ罪の成立要件」重要判例解説h29
7性的な意味があることが明確でない行為
もっとも,本判決はおよそ性的意図が意味を持たないとはしていない。
本判決は「わいせつな行為」自体の定義を示さず,「性的な意味がある」行為という表現を用いる。
そして,①行為そのものが持つ性的性質が明確で,当然に性的な意味がある行為と,②行為そのものが持つ性的性質が不明確で,当該行為が行われた際の具体的状況等をも考慮に入れなければ当該行為に性的な意味があるかどうかが評価しがたい行為に分け,①は他の事情を考慮するまでもなくわいせつな行為といえるが,②の場合の性的性質の有無は,「規範的評価として,その時代の性的な被害に係る犯罪に対する社会の一般的な受け止め方を考慮しつつ客観的に判断されるべき事柄」であって,その判断要素の一つとして「行為者の目的等の主観的事情」も含まれるとする。
ただ,行為の性的な意味は.あくまでも「客観的に判断されるべき」ものであるとしていることが重要で,客観的な「わいせつな行為」に当たるか否かの構成要件解釈に際して,行為者の主観が考慮されるに過ぎない。
昭和45年判例との決定的な違いは,行為者の主観を独立の成立要件としない点であり,②の行為であっても,他の事情から性的行為であることが判断できれば,行為者の性的意図を考慮する必要はないことになる。
強姦罪や強制性交等罪では,そもそも性的意図を問題としないが,それは上記①の,行為そのものの持つ性的性質が極めて明確な場合だからであろう。
改正前の強制わいせつ罪のうち,強制性交等罪の「性交等」に当たる行為は当然に①に当たることになるが,本判決の事案も,被告人は自己の陰茎を被害者の口にくわえさせているから,現行法では性交等に当たる行為である。
本判決も①に分類されるものとして,その他の事情を考慮するまでもなくわいせつ行為であるとする。

8社会の一般的な受け止め方
問題は,どのような行為が②に当たるかである。
そもそも①か②かは,本判決のいう「社会の一般的な受け止め方」を考慮して判断されることになるが,それは,詰まるところ「わいせつな行為」の構成要件解釈そのものであり,「性欲を刺激,興奮または満足させ,かつ,普通人の性的差恥心を害し,善良な性的道義観念に反する行為」(前田雅英編集代表『条解刑法〔第3版]j499頁)とは何かに尽きる。
当該被害者の個別具体的な被害感情そのものではあり得ず(もちろんそれも判断材料の1つとはなり得ようが),その時代の一般的な社会常識で決めざるを得ない。
行為者にこの行為の認識があれば,「性的意図」があるのではなく,故意があることになる。
身体的接触があれば①に当たることが多いであろうが.昭和45年判例や.前掲昭和62年判決のような「裸にして写真を撮る行為」は,その他の事情も考慮して判断せざるを得ず,②に当たることになる。
その場合には,当該行為の性質,被害者との関係,被害者の同意の有無四囲の状況等のほか,事案によっては医療上の必要性といった事情も考慮して判断されることになろう(たとえ衣服を脱がせる行為が診察上必要であっても,それを撮影することの必要性がなければわいせつ行為に当たる。
前掲広島高判平成23.5.26参照。
形式的には「衣服を脱がせる行為がわいせつか」は構成要件該当性の問題であり,「医療行為として正当化されるか」は違法阻却の問題であるともいえるが,わいせつ行為のような規範的判断において,これを区別することの実益は小さい)。
さらに,②の外枠(わいせつ行為としての処罰の限界)が問題となるのが,指を口内に差し込む行為や,(わいせつ目的で)被害者の所有物を窃取する行為である。
嘔吐させることに性的満足を覚える者が.性的意図を持って女子高校生の口内に指を差し入れ嘔吐させる行為は,客観的に「わいせつ行為」に当たらず,いかに性的意図があったとしても暴行罪にとどまる(青森地判平成18・3.16裁判所Web〔平17(わ)314号])。
また,性的意図をもって女性の定期券を奪う行為も,窃盗罪であってわいせつ行為ではない(東京高判昭和62.7.9〔昭62(う)641号〕。
不法領得の意思はある)。
昭和45年判例から本判例までは47年間の隔たりがある。
昭和55年刊行の解説書において,「着衣の上から臂,乳房などに触れるいわゆる痴漢行為」につき,判例(ここでは,前掲名古屋地判昭和48.9.28を指す)の基準からは,わいせつ性を具備しないことになるという記述があるが(西原春夫ほか編『判例法研究(5)」252頁[森井璋]),これがそのまま現在でも維持し得るかは疑問の余地がある。
わいせつ行為は,時代により「社会の一般的な受け止め方」が変わり,それに応じて変化するのである。
[参考文献]本文中に引用したもの。
木村光江首都大学東京教授
jurist_No.1518