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歯科医師免許の取消処分取消請求事件(東京地裁r3.10.19)

「本件犯行の態様についてみると,原告は,本件クリニックの歯科助手という立場にあった被害者に対し,夜間における本件マンションの敷地内において,抱き付いて壁に押し付けた上,その唇や頚部に接吻し,約10分間にわたり被害者の陰部を直接触るというわいせつ行為に及ぶとともに,被害者を執拗に本件マンションに連れ込もうとし,これらの際に被害者を転倒させるなどして傷害を負わせたというものであって,相当に悪質で,違法性の程度が高いものであり,本件有罪判決においても懲役3年,執行猶予4年の刑に処せられ,比較的長期間の執行猶予が付されている。」だと、歯科医師免許取消になるようです。

「ア 本件処分を比較的近年の同種事案と比較すると,強制わいせつ致傷の事案において,実刑判決を受けた2件(懲役2年6月の事案及び懲役4年6月の事案)が免許取消しとなっているが,執行猶予付判決を受けた1件(懲役3年,執行猶予3年の事案)は医業停止(4年)にとどまっている。」という処分相場。

 刑事処分の有無・量刑によって行政処分は決まってしまうので(刑事処分は匿名であっても、行政処分で実名公表されるので)、罰金の事案であっても、捜査弁護を尽くして、できる限り刑事処分を避けることでしょうね。

歯科医師免許の取消処分取消請求事件
東京地方裁判所令和元年(行ウ)第368号
令和3年10月19日民事第51部判決
口頭弁論終結日 令和3年5月13日

       判   決
被告 国
代表者法務大臣 B
処分行政庁 厚生労働大臣 C
指定代理人 別紙1指定代理人目録記載のとおり
       主   文

1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。


       事実及び理由

第1 請求
 厚生労働大臣が原告に対して令和元年6月27日付けでした,歯科医師免許を取り消す旨の処分を取り消す。
第2 事案の概要
 本件は,歯科医師の免許を有し,矯正歯科クリニック(以下「本件クリニック」という。)を経営していた原告が,同クリニックの歯科助手であった女性(以下「被害者」という。)に対する強制わいせつ致傷の罪により有罪判決を受けたことを理由に,厚生労働大臣(処分行政庁)から,歯科医師法(令和元年法律第37号による改正前のもの。以下同じ)7条2項3号に基づき歯科医師免許を取り消す旨の処分(以下「本件処分」という。)を受けたことから,被告を相手に,本件処分の取消しを求める事案である。
1 関係法令の定め
 本件に関係する歯科医師法の定めは別紙2に記載したとおりである。
2 前提事実(争いのない事実,顕著な事実並びに掲記の証拠及び弁論の全趣旨により容易に認められる事実)
(1)原告について
 原告(昭和49年○月○○日生)は,平成15年5月21日,厚生労働大臣から,歯科医師法2条,6条に基づき歯科医師免許(以下,単に「免許」ということがある。)を付与され,医療法人会の理事長として,市内に歯科クリニック(本件クリニック)を開設し,その院長として矯正歯科診療を行っていた(甲2,4,13)。
(2)原告が受けた有罪判決及び被害者との示談について(甲2,8)
ア 原告は,平成27年7月2日,地方裁判所において,強制わいせつ致傷罪により懲役3年,執行猶予4年の有罪判決(以下「本件有罪判決」といい,この刑事事件を「本件刑事事件」という。)を受け,同月16日に同判決は確定した。
 本件有罪判決において認定された罪となるべき事実は,原告が,平成25年9月29日に本件クリニックでの仕事を終えた後,同クリニックの歯科助手であった女性(被害者)と午後6時30分頃から午後11時過ぎ頃までの間,2件の飲食店で飲酒するなどし,その後,本件クリニックが所在するマンション(以下「本件マンション」という。)の敷地まで戻った同日午後11時20分頃,同敷地内において,被害者に抱き付いて壁に押し付けた上,その唇や頚部に接吻し,着衣内に手を差し入れて被害者の陰部を直接触り,その際,抵抗する被害者をその場に転倒させ,全治約10日間を要する頚部挫傷,右股関節挫傷,右下腿挫傷,左膝関節挫傷の傷害を負わせた(以下「本件犯行」という。)というものである。
 本件有罪判決では,原告は,本件犯行の際,約10分間にわたり被害者の陰部を直接触った上,執拗に被害者を本件マンションに連れ込もうとしていたものであり,被害者は,これらの際に原告から逃げようとして転倒したものと認定されている。
イ 原告は,平成27年7月16日,本件刑事事件に関して被害者との間で示談をし,300万円の慰謝料を支払った。
(3)本件処分及び本件訴えに至る経緯等
ア 厚生労働大臣は,歯科医師法7条5項に基づき,平成31年4月17日,滋賀県知事に対し,原告に対する意見聴取を行うよう求め,同知事は,令和元年5月15日に原告に対する意見聴取を実施し,その結果を踏まえ,同月20日,同大臣に対し,意見の聴取に係る報告書を提出した。同報告書には,原告が被害者との間で示談したことについての記載がある。(甲5,乙1,2)
イ 厚生労働大臣は,歯科医師法7条4項に基づき,令和元年6月26日,原告に対する処分について,医道審議会(医道分科会。以下同じ)に諮問し,医道審議会は,同月27日,原告に対しては免許の取消しが相当である旨の答申をした(乙3~5)。
ウ 厚生労働大臣は,令和元年6月27日付けで,原告に対し,歯科医師法7条2項3号に基づき免許を取り消す旨の処分(本件処分)をした。本件処分に係る命令書(以下「本件命令書」という。)は,理由欄に「強制わいせつ致傷により,懲役3年,執行猶予4年の刑が確定したため」と記載されていたほか,原告の免許を「平成31年2月13日をもって」取り消すとの記載(以下「本件始期の定め」という。)があった。本件命令書は,令和元年7月3日に原告に到達した。(甲1)
 一方,厚生労働大臣は,令和元年6月27日に厚生労働省のホームページに掲載した本件処分に係るプレスリリース(以下「本件プレスリリース」という。)においては,本件処分の効力発生日につき同年7月11日と記載していた(乙14)。
エ 原告は,令和元年7月16日,本件訴えを提起した(顕著な事実)。
オ 厚生労働大臣は,令和元年8月7日付けで,原告に対し,本件命令書の記載のうち「平成31年2月13日をもって」と記載されていた部分(本件始期の定め)については明白な誤りであり,「令和元年7月11日をもって」が正しい記載であるので補正する旨の書面(以下「本件補正書」という。)を送付した(乙6)。
3 争点
 本件の争点は,本件処分の適法性であり,具体的には,〔1〕本件命令書に本件始期の定めが記載されていたこと(以下「本件記載」ということがある。)は,本件処分を取り消すべき瑕疵に当たるか否か,〔2〕原告に対して歯科医師免許取消処分(以下「免許取消処分」ということがある。)を選択したことにつき,厚生労働大臣がその裁量権の範囲を逸脱し,又はこれを濫用したものといえるか否かである。
4 当事者の主張
 争点に関する当事者の主張の要旨は,別紙3記載のとおりである。なお,別紙で定義した略語は本文においても用いる。
第3 当裁判所の判断
 当裁判所は,本件始期の定めに係る本件記載は本件処分を取り消すべき瑕疵には当たらず,また,原告に対して免許取消処分を選択したことにつき,厚生労働大臣による裁量権の範囲の逸脱又はその濫用があるとは認められないから,本件処分は適法であって,原告の請求は理由がなく棄却すべきものと判断する。その理由の詳細は以下のとおりである。
1 争点1(本件記載は本件処分を取り消すべき瑕疵に当たるか否か)について
(1)ア 歯科医師法上,同法7条2項3号に基づく免許取消処分の効力発生時期について定めた規定はなく,同処分をする場合にその効力発生時期につき別段の定めを設けるか否か,設けるとした場合にどのように定めるかは,厚生労働大臣の裁量に委ねられているものと解される。そこで,厚生労働大臣が効力発生時期を定めずに免許取消処分をした場合には,その効力は同処分に係る命令書が被処分者に到達した時点において発生するが,特定の時点を効力発生時期と定めて免許取消処分をした場合には,その効力は同時点において発生することとなる。
 ところで,本件においては,本件処分に係る命令書(本件命令書)に効力発生時期の定め(本件始期の定め)が記載されているものの,その定めは本件命令書の作成日付である令和元年6月27日よりも4か月以上前の平成31年2月13日とされていることから,本件始期の定めの効力及びこれに伴う本件処分への影響が問題となる。
イ 歯科医師法7条2項3号に基づく免許取消処分は,歯科医師が同法4条各号に定める欠格事由のいずれかに該当し,又は歯科医師としての品位を損するような行為のあったときに,当該歯科医師に与えた免許を取り消すものであり,免許を取り消された者は同法17条により歯科医業を行うことができない。また,その者がこれに違反して歯科医業を行う場合には,同法29条1号に定める罰則の適用対象となる。
 このような免許取消処分の内容・性質に鑑みると,同処分は将来に向かって免許の取消しの効力を発生させるものであり,厚生労働大臣は,命令書の作成日付より前に遡って免許取消処分の効力発生時期を定める権限を有するものではない。したがって,本件命令書の作成日付より前の日付を効力発生時期とする本件始期の定めは明らかな誤記であり,無効であるというべきである。
ウ そうすると,本件処分は,効力発生時期を定めずにされた免許取消処分というべきであるから,同処分の効力は,上記アに説示したところに照らし,本件命令書が原告に到達した時点(令和元年7月3日)において生じたものと解するのが相当である。
(2)効力発生時期に関する被告の主張について
 被告は,行政庁の意思決定と表示が一致しない場合に,その誤りが外形上明らかなときは,行政庁の真意に従って行政処分の効力が認められると解すべきであるから,本件処分の効力発生時期は厚生労働大臣の真意である令和元年7月11日と解すべきである旨主張する。
 しかしながら,上記(1)ウに説示したとおり,本件始期の定めが無効である以上,本件処分は効力発生時期を定めずにされたものと解するべきであって,本件始期の定めと異なる効力発生時期の定めがあったものと解することはできない。そもそも,本件命令書の作成日付より前の日を効力発生時期として定める旨の本件記載が明らかな誤記であるとしても,本来記載すべき効力発生時期の日付が被告の主張する令和元年7月11日であったことは本件命令書の記載から読み取ることができない。被告は,被処分者への便宜のため処分告知から効力発生時期までの間に若干の猶予期間を設ける行政実務の運用や,本件処分についても同運用に従って令和元年7月11日を効力発生時期とすることが企図され,本件プレスリリースでもその旨の公表がされたことを挙げるが,上記(1)イに説示したような免許取消処分の内容・性質に鑑みれば,厚生労働大臣が効力発生時期を定めて免許取消処分をする場合には,その定めは同処分に係る命令書の記載上明確でなければならないというべきである。
 したがって,本件処分の効力発生時期に関する被告の主張は採用することができない。
(3)本件処分の効力に関する原告の主張について
 原告は,本件始期の定めが無効である以上,本件処分もこれと不可分一体のものとして,あるいは,効力発生時期の特定を欠く処分となることによって,違法,無効となる旨主張する。
 しかしながら,上記(1)アに説示したとおり,歯科医師法7条2項3号に基づく免許取消処分において効力発生時期につき別段の定めを設けることは必要的ではなく,効力発生時期を定めるか否かは厚生労働大臣の裁量に委ねられているのであるから,本件始期の定めが無効となったことで効力発生時期の定めが欠けることになったとしても,これにより本件処分自体の効力に影響を及ぼすこととなるものとは解されない。また,上記(1)アのとおり,厚生労働大臣が効力発生時期を定めずに免許取消処分をした場合には,その効力は同処分に係る命令書が被処分者に到達した時点において生ずるのであるから,本件処分が効力発生時期の定めを欠くことによりその効力がいつ発生するかの特定ができないこととなるものでもない。
 なお,このように解した場合には,本件命令書に記載された日付とは異なる時点で本件処分の効力が生ずることとなるが,本件命令書の作成日付より前の日付を効力発生時期とする本件始期の定めが明らかな誤記であり,無効であることは上記(1)イに説示したとおりであるから,これにより被処分者である原告に不測の損害をもたらすものということはできない。
 以上によれば,本件処分の効力に関する原告の主張は採用することができず,本件始期の定めが無効であることによって本件処分を取り消すべき瑕疵が生ずるものと解することはできない。
2 争点2(原告に対して免許取消処分を選択したことにつき,厚生労働大臣がその裁量権の範囲を逸脱し,又はこれを濫用したものといえるか否か)について
(1)原告は,本件有罪判決により懲役3年,執行猶予4年の刑に処せられ,歯科医師法4条3号の欠格事由に該当することとなった(前提事実(2)ア)。
 歯科医師法7条2項は,歯科医師が「罰金以上の刑に処せられた者」(同法4条3号)に該当するときは,厚生労働大臣は,〔1〕戒告,〔2〕3年以内の歯科医業の停止又は〔3〕免許の取消しをすることができる旨定めている。この規定は,歯科医師が同法4条3号の規定に該当することから,歯科医師として品位を欠き人格的に適格性を有しないものと認められる場合には歯科医師の資格を剥奪し,そうまでいえないとしても,歯科医師としての品位を損ない,あるいは歯科医師の職業倫理に違背したものと認められる場合には,一定期間歯科医業の停止を命ずるなどして反省を促すべきものとし,これによって歯科医業が適正に行われることを期するものであると解される。
 したがって,歯科医師歯科医師法4条3号の規定に該当する場合に,免許を取消し,又は歯科医業の停止を命ずるかどうかということは,当該刑事罰の対象となった行為の種類,性質,違法性の程度,動機,目的,影響のほか,当該歯科医師の性格,処分歴,反省の程度等,諸般の事情を考慮し,同法7条2項の規定の趣旨に照らして判断すべきものであるところ,その判断は,医道審議会の意見を聴く前提のもとで歯科医師免許の免許権者である厚生労働大臣の合理的な裁量に委ねられているものと解するのが相当である。それゆえ,厚生労働大臣がその裁量権の行使としてした免許取消処分は,それが社会観念上著しく妥当を欠いて裁量権を付与した目的を逸脱し,これを濫用したと認められる場合でない限り,その裁量権の範囲内にあるものとして,違法とならないものというべきである(最高裁昭和63年判決参照)。
(2)そこで検討すると,本件犯行の罪名である強制わいせつ致傷罪は,法定刑が無期又は3年以上の懲役であり(刑法181条1項),性犯罪の中でも特に重い法定刑が定められている(同法第22章参照)。
 本件犯行の態様についてみると,原告は,本件クリニックの歯科助手という立場にあった被害者に対し,夜間における本件マンションの敷地内において,抱き付いて壁に押し付けた上,その唇や頚部に接吻し,約10分間にわたり被害者の陰部を直接触るというわいせつ行為に及ぶとともに,被害者を執拗に本件マンションに連れ込もうとし,これらの際に被害者を転倒させるなどして傷害を負わせたというものであって,相当に悪質で,違法性の程度が高いものであり,本件有罪判決においても懲役3年,執行猶予4年の刑に処せられ,比較的長期間の執行猶予が付されている。
 これらの犯行は計画的に行われたものではないものの,原告の経営する医療法人が雇用する被害者に対し,原告からの誘いを断りにくい状況下で長時間の飲食を共にし,飲酒の影響もあって犯意を生ずるに至ったものである(甲2)から,犯行に至る経緯に照らしても非難の程度が減ずるような事情は見られない。また,本件有罪判決に示された証拠関係や犯行当時の状況に照らすと,原告は,被害者が履いていたスキニーズボンのボタンを外し,ズボン及び下着の中に手を差し入れて陰部を直接触ったものと認められ,また,抵抗する被害者を本件マンションに連れ込もうとして被害者を転倒させたものと認められるところ,このような行為自体が,被害者の身体及び心情を著しく軽視するものとをいわざるを得ない。
 このように,原告は,患者の身体を直接預かる資格である歯科医師という立場にありながら,上記のとおり悪質な犯行に及び,その社会的信用を失墜させ,また,他人の身体及び心情を著しく軽視した行為をしたといえるのであるから,歯科医師として求められる品位を欠き,人格的に適格性を有しないとの評価を受けてもやむを得ない。
 そうすると,原告の主張する原告に有利な諸事情(本件犯行が計画的であったとは認められないこと、被害者の致傷結果が比較的軽微なものであったこと,本件有罪判決宣告後に被害者との間で示談が成立し,300万円の慰謝料が支払われたこと,原告に前科や処分歴がないこと,原告が本件犯行について反省の態度を示していること,複数の歯科医師等から原告の免許取消しに関する嘆願書が提出されていること〔甲9~16〕など)を踏まえても,厚生労働大臣医道審議会の意見を踏まえて免許取消処分を選択したことについて,社会観念上著しく妥当性を欠くとはいえず,その裁量権の範囲を逸脱し,又はこれを濫用したものと認めることはできない。
(3)原告の主張について
ア 原告は,本件始期の定めがあることにより,本件処分は社会観念上著しく妥当性を欠くものであり,厚生労働大臣裁量権の範囲を逸脱し,又はこれを濫用したものである旨主張する。 
 しかしながら,前記1(1)に説示したとおり,本件始期の定めが無効であるからといって,本件処分自体が違法となるものではなく,無効な本件始期の定めがあることは裁量権の範囲の逸脱又は濫用を基礎付けるものとはならないから,原告の上記主張は採用することができない。
イ 原告は,本件犯行につき,凶器を用いていないことから暴行は軽微であり,致傷結果も軽微であり,計画性もなかったこと,被害者との間で示談が成立しているが本件有罪判決の後であったためその量刑には織り込まれていないこと,原告が飲酒をやめ反省していること,前科や処分歴がないこと等の事情を踏まえると,原告に対する処分は歯科医業の停止で十分である旨主張する。
 しかしながら,原告が本件犯行に凶器を用いていないからといって,その犯行が軽微なものとはいえないことは,前記(2)の説示に照らし明らかである。
 また,被害者との示談は本件有罪判決の後に成立しているものの,同判決では,原告が被害者に対する賠償金の支払のために300万円を準備していることも考慮して原告に対し刑の執行を猶予するものとしているのであり,他方,本件犯行の犯情に照らせば酌量減軽をして法定刑の下限を下回る刑を選択すべきではなく執行猶予期間も比較的長期間とするのが相当であるとして懲役3年,執行猶予4年という量刑が定められたものである。そうすると,仮に,被害者との示談が本件有罪判決前に成立し,量刑において考慮されていたとしても,上記と異なる量刑とはならない可能性も十分に考えられ,本件処分において,厚生労働大臣が,本件有罪判決の量刑を前提としつつ,同判決後の示談成立等の事情も考慮した上で免許取消処分を選択したことが,裁量権の範囲の逸脱又は濫用を基礎付けるものとはいえない。
 そのほかに原告が主張する事情は,いずれも前記(2)に説示したとおり,本件犯行の違法性の程度等の事情を踏まえてもなお原告に対し免許取消処分を選択したことが社会通念上著しく妥当性を欠くものとするに足りるものとはいえない。
 よって,原告の上記主張は採用することができない。
ウ また,原告は,医師・歯科医師が強制わいせつ致傷罪又は強制わいせつ罪(準強制わいせつ罪を含む。以下同じ)を犯した場合の行政処分例と比較すると,本件処分は不当に重い処分であって,平等原則に反する旨主張する。
 しかしながら,そもそも事案の異なる行政処分例を単純に比較して処分の軽重を論ずることは困難である。この点をおき,原告が指摘する他の行政処分例と比較してみても,原告が強制わいせつ致傷罪で懲役3年,執行猶予4年の有罪判決を受けていることや,前記(2)に説示した本件犯行の違法性の程度等に照らせば,本件処分が不当に重いということはできず,平等原則違反をいう原告の主張は採用することができない。
エ 原告は,免許取消処分は歯科医師にとって最も重い処分であるところ,本件指針(甲6)において,「診療の機会に医師,歯科医師としての立場を利用したわいせつ行為などは,国民の信頼を裏切る悪質な行為であり,重い処分とする。」と記載されていることからすれば,上記類型の行為に該当しない本件犯行に対しては,免許取消処分以外の処分が選択されるべきであり,本件処分は比例原則に反する旨主張する。
 しかしながら,本件指針(甲6)は,医道審議会行政処分に関する意見を決定するに当たっての基本となる一定の考え方を示したものであり,そこには「わいせつ行為は,医師,歯科医師としての社会的信用を失墜させる行為である」とあるところ,本件指針における該当部分は,強制わいせつ,売春防止法違反,青少年保護育成条例違反等のわいせつ行為一般についての考え方を示したものであり,原告の指摘する記載部分は上記わいせつ行為一般について特に重い処分にすべき場合を例示したものにすぎず,「基本的には司法処分の量刑などを参考に決定する」とも記載されていることにも照らせば,本件指針において,原告主張のように診療の機会に直接,歯科医師としての立場を利用してされた行為に当たらない場合は免許取消処分以外の処分を選択するという考え方が示されているとはいえない。
 したがって,比例原則違反をいう原告の上記主張は,その前提を欠くものであって採用することができない。
3 まとめ
 以上によれば,本件記載は本件処分を取り消すべき瑕疵には当たらず,また,原告に対して免許取消処分を選択したことにつき,厚生労働大臣による裁量権の範囲の逸脱又はその濫用があるとも認められないから,本件処分は適法である。
第4 結論
 よって,原告の請求は理由がないから,これを棄却することとして,主文のとおり判決する。
東京地方裁判所民事第51部
裁判長裁判官 清水知恵子 裁判官 横地大輔 裁判官 定森俊昌

(別紙1)指定代理人目録《略》
(別紙2)歯科医師
(別紙3)当事者の主張の要旨
第1 争点(1)(本件記載は本件処分を取り消すべき瑕疵に当たるか否か)について
(被告の主張)
1 本件処分の効力は,当初から厚生労働大臣の真意どおりに令和元年7月11日を始期として生じていると解すべきこと
(1)本件処分には,処分の効力発生の始期が定められているところ(本件始期の定め),これは行政行為の効果を到来することの確実な事実にかからしめる意思表示であり,行政行為の附款に該当する。附款は,行政行為の効果を制限するために意思表示の主たる内容に附加される従たる意思表示である。
 免許取消処分の始期の定めは附款であることに加え,書面によって表示される行政行為については,書面の作成によって成立し,その書面の到達によってその効力を生ずるものと解されている(最高裁昭和25年(オ)第168号同29年9月28日第三小法廷判決・民集8巻9号1779頁〔以下「最高裁昭和29年判決」という。〕参照)ことから,歯科医師免許取消処分に始期を定めることは不可欠ではない。
 一方,歯科医師法7条2項には,免許取消処分に期限などの附款を付すことを禁じる規定もなく,同項の文言からすれば,免許取消処分をするか否かのみならず,いつ処分を行うか,その効力発生時期をどの時点にするかについても厚生労働大臣の裁量に委ねられているものと解される。この点,厚生労働大臣は,行政実務上,被処分者への便宜の観点から,処分告知から処分の効力発生時期までの間に若干の猶予期間を設定する扱いをしている。
 しかしながら,免許取消処分は,免許付与後に生じた欠格事由を理由として当該免許の効力を将来的に無効にするものであり,歯科医師法7条4項が当該処分に先んじて医道審議会の意見聴取を行うことを必要的と定めていることからしても,免許取消処分の効力の始期を処分の告知より前の時期,しかも医道審議会の意見聴取手続よりも前の時期とすることは法制度上予定されていない。したがって,本件命令書に記載された「平成31年2月13日」という日付は,本件処分の告知前であり,かつ原告に対する医道審議会の意見聴取手続が実施されるよりも前の時期であるから,本件始期の定めは明白な誤記である。厚生労働大臣は,本件処分をするに当たり,本件命令書が作成された令和元年6月27日から2週間後の同年7月11日を本件処分の始期とすることを想定していたものであり,このことは,本件プレスリリースからも明らかである。
(2)行政庁の意思決定と表示が一致しないことは表示の錯誤であり,その場合には,原則として表示されたところに従って行政処分の効力が発生すると解される(最高裁昭和29年判決参照)。しかしながら,処分の告知は,処分の相手方に処分内容を知らせることを目的としているものであるから,その相手方が誤りを正しく解釈できる程度の過誤であれば,処分の効力が害されることはないといえる。したがって,行政庁の意思決定と表示が一致しない場合に,その誤りが外形上明らかなときは,行政庁の真意に従って行政処分の効力が認められるべきである(最高裁昭和38年(オ)第824号同40年8月17日第三小法廷判決・民集19巻6号1412頁参照)。この場合,当該行政処分は当初から行政庁の真意どおりの効力が生ずるから,行政庁はその効力に合わせるための補正をいつでもすることができるというべきである。
 そして,上記(1)のとおり,本件始期の定めが誤記であることは外形上明らかであるから,本件処分の効力は,当初から厚生労働大臣の真意どおり,令和元年7月11日から発生したというべきである。なお,本件補正書による補正は,誤記を事実上訂正したものであり,本件補正書自体が,本件処分の効力発生時期を確定・変更する法的効果を持つものではない。
2 仮に令和元年7月11日を始期とする効力の発生が認められないとしても,本件処分の適法性には何ら影響を及ぼさないこと
 上記1の点をおき,仮に,厚生労働大臣の真意どおりに令和元年7月11日を始期として本件処分の効力が発生していると解することができないとしても,本件処分の適法性には何ら影響を及ぼさない。
 すなわち,免許取消処分が将来に向かって効力が生じることを踏まえると,本件始期の定めは,その始期が特定できない場合には無効なものということになるが,附款が無効であっても当該附款が行政行為の重要な要素でないときは,当該附款のみが無効となるだけで,行政行為の主たる内容(以下「主たる行政行為」ということがある。)は,附款の付かない行政行為として効力が生ずるものと解すべきである。その場合には,附款の付かない行政行為は,その書面が被処分者に到達した時点を始期として効力が生ずることとなる。
 免許取消処分は,始期を定めずともその通知書面の到達によって将来に向かって効力が生ずるものであり,厚生労働大臣が実務上始期を付しているのは,あくまで被処分者への便宜の観点から猶予を設ける趣旨にすぎないから,始期についての附款は免許取消処分の重要な要素ではない。
 そうすると,仮に,厚生労働大臣の真意どおりに令和元年7月11日を始期として本件処分の効力が発生していると解することができないとしても,本件始期の定めはその重要な要素ではないから,当該附款のみが無効になり,本件処分は,附款の付かない行政行為として,本件命令書の到達日である同月3日を始期として効力が生じているものといえる。
3 以上によれば,本件記載は本件処分の効力に影響を与えるものではない。
(原告の主張)
1 本件始期の定めが無効であること
 一般に,歯科医師免許取消処分は,将来に向かって免許を取り消す旨の処分であると解されるところ,本件始期の定めは,本件命令書が原告に到達した日(令和元年7月3日)よりも前の日を始期とする点において不合理であるだけでなく,原告に対する意見聴取日(同年5月15日)よりも前の日とする点において不合理極まりない。なぜなら,歯科医師法7条5項等により,厚生労働大臣が免許取消処分を行うに当たっては,被処分者に対する意見聴取を行わなければならないとされており,これが行われていない時点で免許の取消しを行うことは,同項や行政手続法13条等に反する重大な違法といえるからである。したがって,本件始期の定めは無効である。
2 本件始期の定めは,本件処分と不可分一体であり,本件処分における重要な要素であるから,本件処分全体が違法,無効となること
(1)本件始期の定めは,行政処分の期限を定めるものであり,行政処分の附款(従たる意思表示)であると解される。
 ここで,一般に,瑕疵ある行政行為について,その効果を裁判上否定するには取消訴訟によらなければならないと解される(取消訴訟の排他的管轄)。
 そこで,附款の効力を否定するために,附款の取消訴訟又は無効確認訴訟を提起することが考えられるが,これらの各訴訟を提起するためには,取消しや無効確認の対象に処分性が認められることが前提となる。
 そうすると,附款自体に処分性が認められる場合には,附款のみに対する取消訴訟等を提起することができるから,附款の違法性と主たる行政行為の違法性とは別個に考えることができる。これに対して,附款に処分性が認められない場合には,附款のみに対する取消訴訟等を提起することはできないから,附款の違法性と主たる行政行為の違法性を別個に判断することは不可能である。そこで,かかる場合には,主たる行政行為と附款は,不可分一体のものとして捉えるべきであり,1個の附款付き行政行為全体について司法審査がされることになるのである。
 本件始期の定めは,単に本件処分の期限を示すものであり,期限はそれ自体が直接国民の権利義務を形成し又はその範囲を確定するものではないから,処分性は認められない。したがって,本件始期の定めには処分性が認められないから,本件処分の本体と不可分一体であると解すべきである。
(2)本件始期の定めが無効であるとすると,本件処分の内容としては,無効な日付をもって歯科医師免許を取り消す旨の処分ということになり,始期を特定することができない処分となる。
 免許取消処分は,将来に向かって取消しの効力を生じさせる処分と解されることからすれば,始期が特定できない場合には無効と解すべきである。
 また,歯科医師免許が取り消されれば,歯科医業をすること及び歯科医師の名称を用いることが禁じられる(歯科医師法17条,18条)。この場合,原告は,治療中の患者を他院に紹介するための紹介状の作成や,患者に対する助言行為も禁じられる。これらの禁止行為に及んだ場合には罰則がある(同法29条,31条の2第1号)。
 こうした歯科医師免許取消処分の重大性からすれば,原告の立場を不安定なものとしないため,始期を明確にしておくことは重要である。したがって,本件始期の定めは,本件処分の重要な要素であるから,本件始期の定めが無効である以上,本件処分全体が違法,無効なものとなる。
3 本件記載は補正の許されない瑕疵であること(不利益処分の補正が認められるための要件と本件への当てはめについて)
(1)最高裁昭和29年判決は,〔1〕行政行為が書面によって表示されたときは,書面の作成によって行政行為は成立し,その書面の到達によって効力を生ずること,〔2〕この場合,書面による表示が当該行政庁の内部的意思決定と相違していても,表示行為が正当な権限のある者によってされたものである限り,当該書面に表示されているとおりの行政行為があったものと認めなければならないことを判示している。
 このことからすれば,本件処分は,その表示どおり,平成31年2月13日を始期とする免許取消処分として成立しており,書面によってされた行政処分について,表示が誤記であることを理由に軽々に補正を認めることは許されない。本件処分が,原告の歯科医師免許を取り消す重大な不利益処分であることにも鑑みれば,本件処分の補正が許されるのは,刑事訴訟手続において判決の更正が認められるような明白な誤記がある場合に限定されると解すべきである。
(2)そして,刑訴法には,民訴法と異なり判決の更正に係る規定がないものの,高松高裁昭和48年2月27日判決は,刑事事件の判決に係る更正決定が許される要件として,〔1〕誤記又は脱字があることが極めて明白であること,〔2〕判決をした裁判所の意図した真意を誤りなく把握できることを挙げている。また,最高裁昭和53年(あ)第22号同53年6月16日第三小法廷決定・刑集32巻4号645頁は,刑事事件の判決において,更正が許される「明白な誤記」があるといえるためには,判決書自体又は記録に照らし,当該記載が単なる表現上の誤りであることが明らかであるとともに,判決裁判所の意図した記載が一義的に明確であることを要すると解すべきである旨判示している。
 以上を踏まえると,本件処分のような不利益処分の補正が認められるのは,〔1〕補正の対象となる記載が単なる表現上の誤りであることが明らかであり,〔2〕処分行政庁の意図した記載が一義的に明確で,被処分者が処分行政庁の真意を誤りなく把握できることを要すると解すべきである。
(3)これを本件処分についてみると,前記1のとおり,本件始期の定めは極めて不合理であるから,上記〔1〕の「当該記載が単なる表現上の誤りであることが明らか」であることは認められる。
 しかしながら,本件命令書の記載からは,厚生労働大臣が意図した記載(始期を令和元年7月11日とすること)は一義的に明確でなく,原告が厚生労働大臣の意図した真意を誤りなく把握することはできないから,上記〔2〕の要件は満たさない。
 したがって,本件記載を補正することは許されないというべきであり,本件補正書による補正は認められない。
(4)加えて,本件補正書は,本件処分の始期について,補正書の作成日(令和元年8月7日。以下「補正書作成日」という。)より前の日に補正することを内容とするものである。不利益処分の始期について補正が行われると,被処分者は,当該始期を補正によって初めて知ることになる。不利益処分の始期について,補正書作成日よりも遡った日付を始期とする補正を認めると,被処分者の権利義務は極めて不安定なものとなり,法的安定性を害することとなるし,法の不遡及の一般原則に鑑みても,そのような補正は認められるべきではない。行政庁が,不利益処分の始期について,自らの過誤により変更する必要がある場合は,当初の処分を職権で取消した上,新たな処分を行うべきである。
第2 争点(2)(原告に対して免許取消処分を選択したことにつき,厚生労働大臣がその裁量権の範囲を逸脱し,又はこれを濫用したものといえるか否か)について
(原告の主張)
1 判断枠組み
 最高裁昭和61年(行ツ)第90号同63年7月1日第二小法廷判決・集民154号261頁(以下「最高裁昭和63年判決」という。)は,医師法7条2項に基づく行政処分の選択について,医道審議会の意見を聴く前提のもとで,厚生大臣(当時)の合理的な裁量に委ねられていると解するのが相当であり,医業の停止を命ずる旨の処分は,それが社会観念上著しく妥当を欠いて裁量権を付与した目的を逸脱し,これを濫用したと認められる場合でない限り,その裁量権の範囲にあるものとして違法とならない旨判示している。この判旨は,歯科医師法7条2項に基づく行政処分の選択についても当てはまるものであり,厚生労働大臣がその裁量権の範囲を逸脱し,又はこれを濫用した場合には,当該処分は違法となる。
 そして,最高裁昭和63年判決からすれば,歯科医師に対する行政処分をするに当たっては,刑事罰の対象となった行為の種類,性質,違法性の程度,動機,目的,影響のほか,当該歯科医師の性格,処分歴,反省の程度等,諸般の事情を考慮し,歯科医師法7条2項の趣旨に照らして判断がされなければならない。
 医道審議会においては,「医師及び歯科医師に対する行政処分の考え方について」と題する文書(平成31年改正後のもの。甲6。以下「本件指針」という。)をとりまとめており,これが行政処分に関する判断の指針となっている。
 本件指針には,〔1〕医師,歯科医師の免許の取消し又は業務の停止の決定については,基本的には,その事案の重大性,医師,歯科医師として求められる倫理上の観点や国民に与える影響等に応じて個別に判断されるべきものであり,かつ,公正に行われなければならないこと,〔2〕わいせつ行為の事案について,行政処分の程度は,基本的には司法処分の量刑などを参考に決定するが,特に,診療の機会に医師,歯科医師としての立場を利用したわいせつ行為などは,国民の信頼を裏切る悪質な行為であり,重い処分とすることが記載されている。
2 本件始期の定めがあること自体が厚生労働大臣による裁量権の範囲の逸脱又はその濫用であること
 第1に述べたとおり,本件処分は,処分告知や意見聴取の日よりも前の日である平成31年2月13日を始期とする極めて不合理な内容であり,この点において,社会観念上著しく妥当性を欠くから,厚生労働大臣による裁量権の範囲の逸脱又はその濫用がある。
3 本件処分には,平等原則違反・比例原則違反等があること
(1)本件処分が,厚生労働大臣裁量権の範囲を逸脱した違法なものといえるか否かについては,最高裁昭和63年判決のいう諸般の事情を考慮するとともに,本件指針との整合性を勘案し,平等原則違反及び比例原則違反の有無を検討する必要がある。
(2)諸般の事情の考慮(本件指針との整合性)
ア 暴行の程度が軽微であること
 本件有罪判決によれば,原告は,被害者に対して強度の暴行・脅迫を加えたわけではなく,壁際で被害者に抱きついたり,帰ろうとする被害者を引き留めようとしたところ,たまたまバランスを崩した被害者が転倒してしまったというもので,比較的強度の低い有形力の行使をしたにすぎない。強制わいせつ致傷罪で,暴行・脅迫の際に凶器を用いない事案は,同種事案の中では類型的に軽微な事案であり,本件刑事事件は,その中でも特に悪質とまではいえない事案である。
イ 致傷の程度が軽微であること
 本件刑事事件の致傷の程度は,キス行為によっていわゆるキスマークが付き(頸部挫傷),被害者が嫌がるはずみで同人を転倒させてしまったことによって,右股関節・右下腿・左股関節の各挫傷を負わせてしまったというものであり,本件有罪判決においても,比較的軽微なものにとどまっていると判示されている。
ウ 計画的な犯行ではなかったこと
 本件有罪判決において,原告は,被害者とともに飲食等をした後,飲酒の影響もあって犯意が生ずるに至ったと認定されており,計画的に犯行に及んだような事案に比して非難の程度は小さいと判示されている。
エ 被害者と示談が成立していること
 原告と被害者は,本件有罪判決宣告後に示談をしている。個人的法益に対する罪の量刑においては,被害者に対する慰謝の措置が講じられたか否かが極めて重要な情状であり,示談結果を踏まえて本件有罪判決に対する控訴がされていれば,控訴審の量刑判断(執行猶予期間の長さを含む。)に影響していたというべきである。
 本件有罪判決は,示談未了の状態で宣告されたものであるが,その量刑は法定刑の下限である懲役3年(執行猶予付き)であった。これよりも軽い量刑をするためには,酌量減軽(刑法66条)をする必要があるところ,本件有罪判決は,酌量減軽をすべきとまではいえないと判断したが,これは,原告が被害弁償の意向を示しているという良情状のみならず,示談成立未了という悪情状も織り込んだものである。
 行政処分に際しては,本件有罪判決の量刑の数字を外形的に見るのではなく,上記のような事情も考慮される必要がある。
オ その他の事情
 原告は,平成15年に歯科医師免許を取得した後,17年近くにわたり,矯正歯科について研さんを積み重ね,真摯に歯科医業に従事してきた。原告の歯科医師としての能力が信頼に足りるものであることについては,多くの歯科医師から嘆願書が寄せられたことからも十分に認められる。
 また、原告は,本件刑事事件が飲酒の機会におけるものであったことから,以後,飲酒を止め,その旨を同事件の公判廷においても供述し,現在も継続している。このことは,原告の本件刑事事件に対する強い反省の態度を示すものであるとともに,今後,同種の過ちを繰り返すおそれのある状況を排除することができていることを示している。 
 さらに,原告は,本件有罪判決以外には,刑事処分の前科,歯科医師法に基づく行政処分歴はない。
カ 以上の事情を考慮すれば,原告について,免許を剥奪しなければならないほどに歯科医師として品位を欠き,人格的に適格性を有しないとまではいえない。むしろ,一定期間,歯科医業の停止を命じて反省を促せば十分な事案であるといえる。
(3)平等原則違反
ア 本件処分を比較的近年の同種事案と比較すると,強制わいせつ致傷の事案において,実刑判決を受けた2件(懲役2年6月の事案及び懲役4年6月の事案)が免許取消しとなっているが,執行猶予付判決を受けた1件(懲役3年,執行猶予3年の事案)は医業停止(4年)にとどまっている。
 なお,上記医業停止(4年)の事案については,平成18年の医師法改正により医業停止の上限が3年とされる前の事案であるが,その上限を超える事案であるからといって,現在の免許取消処分に相当する事案であるとは限らない。
イ 本件有罪判決における量刑は,致傷の程度が軽微であったこともあってか,過去の強制わいせつ致傷の事案の量刑とは一線を画している。さらに,暴行を構成要件とする強制わいせつの犯行態様においては,ごく軽微なものも含めれば致傷結果を伴うことは往々にしてあり得ることであり,検察官がこれを致傷罪として起訴するか否かは主に立証との関係で判断されるものということができる。すなわち,強制わいせつ罪で起訴された事案でも,およそ致傷結果を伴っていないとは限らないのである。
 以上を踏まえると,本件については,強制わいせつ又は準強制わいせつの事案と比較して検討することが合理的である。
 強制わいせつ又は準強制わいせつ事案のうち,医師又は歯科医師が診療の機会を利用したもの,患者が被害者となったものを除いた事案7件についてみると,免許取消しとなったのは,実刑判決を受けた1件(懲役3年4月の事案)と,研究医が研究室内において自己の研究室に所属する学生に対してわいせつ行為に及んだ事案1件(強制わいせつ罪。懲役2年6月,執行猶予3年)である。後者は,臨床医が患者に対してわいせつ行為に及んだ事案に比肩し得るものといえる。その余の5件については,わいせつ行為の態様や時間の長さ等が本件刑事事件より悪質と考えられる事案も含めて,医業停止又は歯科医業停止処分にとどまっている。
 上記7件のうち,免許取消処分となった上記2件は,本件刑事事件よりも非難の程度が高いというべきである。また,本件刑事事件は,医業停止又は歯科医業停止処分となった上記5件と比べると,非難の程度が同等かそれより低い事案とみることができる。
 したがって,本件処分において免許取消処分が選択されたことは,同種事案との均衡を失し,平等原則に違反したものであり,厚生労働大臣裁量権の範囲を逸脱した違法なものである。
(4)比例原則違反
 本件指針には,「診療の機会に医師,歯科医師としての立場を利用したわいせつ行為などは,国民の信頼を裏切る悪質な行為であり,重い処分とする。」と記載されている。免許取消処分は,歯科医師にとって最も重い処分なのであるから,上記記載の類型(診療の機会の犯行等)と同等の悪質性がない限り,免許取消処分を選択することは許されないというべきである。
 本件刑事事件においては,原告は診療の機会に歯科医師の立場を利用して犯行に及んだものではない上,前記(2)のとおり,行為態様,わいせつ行為及び致傷の程度等が比較的軽微であり,計画性もなく,示談未了のまま酌量減軽のない量刑がされたこと,本件有罪判決宣告後に示談が成立し,そのことが量刑上未評価であることなどに鑑みると,診療の機会の犯行等と同等の悪質性のある事案とはいい難い。
 したがって,本件指針は免許取消処分の対象事案として本件よりも重い事案を想定しているにもかかわらず,原告に対し免許取消処分を選択した本件処分は,比例原則に反し,厚生労働大臣裁量権の範囲を逸脱した違法なものである。
(被告の主張)
1 歯科医師法7条2項に基づく処分については,厚生労働大臣がその裁量権の範囲を逸脱し,又はこれを濫用したと認められない限り違法とはならないというべきである(最高裁昭和63年判決参照)。
 なお,原告は,本件処分がその効力発生の始期を平成31年2月13日としている点において著しく不合理であり,厚生労働大臣がその裁量権の範囲を逸脱し,又はこれを濫用したものである旨主張するが,前記第1において述べたとおり,本件処分は当初から令和元年7月11日を始期として有効に成立しており,本件補正書によって補正済みであるから,原告の主張は前提を欠くものである。
2 原告は,強制わいせつ致傷罪により本件有罪判決を受け,懲役3年,執行猶予4年の刑に処せられたところ,本件指針においては,「国民の健康な生活を確保する任務を負う医師,歯科医師は,倫理上も相応なものが求められるのであり,猥せつ行為は,医師,歯科医師としての社会的信用を失墜させる行為であり,また,人権を軽んじ他人の身体を軽視した行為である」とされている。
 本件犯行の種類,性質は悪質であり,影響も大きいといえる。そして,原告が本件有罪判決を受けた当時,強制わいせつ罪が親告罪とされていたのに対し,強制わいせつ致傷罪は,非親告罪とされていた。同罪は,法定刑も重く,わいせつ行為の類型の中でもより悪質で,違法性の程度が大きいことは明らかである。
 したがって,本件処分をした厚生労働大臣の判断につき,その裁量権の範囲を逸脱し,又はこれを濫用したとは認められない。
3(1)この点,原告は,本件犯行において暴行の際に凶器を用いていないこと,被害者の致傷結果が軽微であったことなどから,本件犯行が罪名に比して軽微な事案であったこと等を主張する。しかしながら,本件有罪判決によれば,原告は,被害者に対し,約10分間にわたり直接陰部を触るなど,その行為態様は執拗かつ悪質であって,被害者が大きな精神的苦痛を感じたことは明らかであったとされている。また,原告が雇用する医療関係者に対する犯行という点で歯科医師としての社会的信用を失墜させる行為であるといえる。
 また,原告は,判決後の示談成立が本件有罪判決で未評価であること等を主張するが,本件有罪判決においては,被害者との示談が成立していないことを不利な事情として考慮した旨の記載はなく,原告なりに反省を述べていることや被害者に対する賠償金の支払のために300万円を準備していること等の原告に有利な事情を考慮していることからすれば,原告に有利にしんしゃくすべき事情は本件有罪判決に織り込まれていたというべきである。
 そもそも,個人的法益に対する罪に係る刑事事件においては被害者との示談の有無は量刑上重要な情状であるが,歯科医師法に基づく行政処分歯科医師法の目的を達成するという観点から行われるものであり,示談の有無は考慮要素として重要なものとはいえない。もっとも,原告と被害者との示談が成立したことについては,滋賀県知事からの報告書等に記載されており,厚生労働大臣は,これもしんしゃくした上で本件処分をしたものである。
(2)原告は,本件処分が過去の類似事例に対する行政処分例と比べて不相当に重く,平等原則に違反したものである旨主張する。しかしながら,厚生労働大臣は,被処分者及び医道審議会の意見を聴いた上,事案ごとの個別具体的な事情を考慮して判断しているものであって,他の処分との比較により本件処分が違法になる旨の原告の主張は理由がない。
 なお,原告が指摘する事案の中で,医師が強制わいせつ致傷罪で有罪となり執行猶予付判決を受けたものが医業停止4年の処分にとどまっている例が1件あるが,これは,平成18年の医師法改正(医業停止処分の上限を3年とする旨の改正)前の事案であり,同改正後においては,現行の医師法7条2項に基づく免許取消しに相当するものである。
(3)原告は,本件指針が歯科医師免許取消処分の対象事案について本件刑事事件よりも重い事案を想定しているにもかかわらず,原告に対して最も重い処分をしている点で,比例原則に違反する旨主張する。
 しかしながら,本件指針においては,「わいせつ行為は,医師,歯科医師としての社会的信用を失墜させる行為であり,また,人権を軽んじ他人の身体を軽視した行為である」、「医師,歯科医師は,患者の生命・身体を直接預かる資格であることから,業務以外の場面においても,他人の生命・身体を軽んずる行為をした場合には,厳正な処分の対象となる。」とされている。
 したがって,業務外であっても,悪質で違法性の程度が大きい本件犯行に及んだ原告に対し本件処分をしたことが比例原則に反するとの原告の主張に理由はない。 
以上