姦淫未遂の動機について中止未遂的な主張が出ています。
無職 P1 昭和37年○月○○日生
上記の者に対する強姦致傷被告事件について,当裁判所は,検察官岡本直也及び同岡崎真弓並びに私選弁護人宗川雄己(主任),同横野崇司及び同武田宗久各出席の上審理し,次のとおり判決する。
主 文
被告人を懲役3年に処する。
この裁判が確定した日から5年間その刑の執行を猶予する。
理 由
【罪となるべき事実】
被告人は,■(以下「A」という。)を強姦しようと考え,平成26年1月18日午後6時頃,被告人の別宅である岡山市■所在のコーポ■号室内において,被告人から学習指導を受けていたA■に対し,いきなりその背後から抱きついて,A着用のセーター及びブラジャー内に右手を差入れて左乳房をもんだ上,床に転倒したAに対し,「1回でいいからやらせて。」と言い,そのセーターを左手でまくり上げて露出した乳房をもみ,右手でA着用のズボンとパンツを膝まで引き下げ,Aの陰部を直接手で触る暴行を加え,その反抗を抑圧して強いてAを姦淫しようとしたが、Aが足をばたつかせたり大声を上げたりするなどして抵抗したことをきっかけとして,姦淫を思いとどまったため,その目的を遂げず,その際,前記一連の暴行により,Aに全治約1週間を要する見込みの左上腕打撲及び右下腿打撲の傷害を負わせたものである。
【証拠の標目】《略》
【事実認定の補足説明】
第1 争点
本件の争点は,〔1〕被告人が意図的にAの陰部を触ったか否か,〔2〕被告人が強姦の故意を有していたか否か,〔3〕被告人が犯行をやめた理由がAから抵抗を受けて犯行の発覚を恐れたからであるか否かである。
第2 当裁判所の判断
1 争点〔1〕について
Aは,当公判廷において,判示のとおりの被害状況を供述しているところ,Aは被告人の処罰を望んでおらず,関係証拠によっても,Aが被告人に不利な虚偽供述をしなければならないような事情は何らうかがわれない。また,下着を脱がされた状況で陰部を直接触られるというのはAにとって記憶に残りやすい事実である上,Aは,被告人がおそるおそる手を近づけてくるのを見た,陰部に手を押し当てられた感触があったなどと,被告人に陰部を触られた際の状況について具体的に供述しており,この点に関してAの勘違い等があるとは考えにくい。そして,Aの供述内容に特段不自然な点も見当たらないことからすると,Aの供述の信用性は高い。
これに対し,被告人は,当公判廷において,Aの陰部を意図的に触ったことを否定し,手を動かす際にAの陰毛に触れたかもしれないなどとAと食い違う供述をしている。そして,被告人は,当公判廷において,犯行当時,Aの「乳房」を触るなどすることしか考えておらず,Aと性交する意図は全くなかったなどと供述する一方で,Aに「1回でいいから」と言ったり,Aのズボンとパンツを脱がせたりしたとも供述しており,全体として不自然な内容であるといわざるを得ない上,捜査段階では,Aと性交したい気持ちを抑えきれなかったなどと供述していたところ,当公判廷で供述を自己に有利に変遷させている理由を全く説明できていないことからすると,被告人の公判供述は信用し難く,Aの供述の信用性に合理的な疑いを生じさせるものではない。
以上によれば,被告人が意図的にAの陰部を直接手で触った事実を優に認めることができる。
2 争点〔2〕について
信用できるAの供述によれば,被告人は,一貫して抵抗していたAに対し,判示のとおり,「1回でいいからやらせて。」と言ったり,パンツを脱がせて陰部を直接手で触ったりしている。これらの被告人の言動に加え,被告人も,捜査段階では,Aと性交したかった旨供述していたことを併せ考慮すると,被告人が強姦の故意を有していたことは明らかである。
3 争点〔3〕について
信用できるAの供述によれば,Aが足をばたつかせたり大声を上げたりするなどして抵抗したことが認められ,被告人とAの位置関係等からすると,被告人もAの抵抗を当然認識していたものといえる。しかしながら,Aの供述によると,被告人はAが大声を上げるのを制止したりはしておらず,Aの声に気付いた第三者が犯行現場に来る具体的なおそれがあったことを認めるに足りる証拠もないことからすると,検察官の主張するように,被告人は,Aが激しく抵抗したことから,犯行の発覚を恐れ仕方なく犯行を断念した,と言い切ることはできない。そして,関係証拠によれば,犯行現場である被告人の別宅室内には被告人とAしかおらず,被告人が犯行を継続することが客観的に困難な状況であったとはいえないし,Aの供述によれば,Aが大声で叫ぶと,被告人は我に返ったようになって犯行をやめ,その後,正座して謝罪の言葉を述べていることからすると,被告人が,Aの抵抗をきっかけとして,わいせつ行為を継続してAを姦淫することを自ら思いとどまったという可能性を排斥することはできない。
【法令の適用】
罰条 刑法181条2項(177条前段)
刑種の選択 有期懲役刑を選択
酌量減軽 刑法66条,71条,68条3号
執行猶予 刑法25条1項(5年間)
【量刑の理由】
被告人は,好意を抱いていたAが自己の別宅を訪れた際,性的欲求を抑えきれずに犯行に及んだものと認められ,身勝手な犯行といわざるを得ず,動機や経緯に酌量の余地はない。また,Aが犯行により被った恐怖感や屈辱感等の精神的苦痛も軽視することはできない。しかしながら,被告人は,Aに対し,凶器を用いたり殴打したりするような強度の暴行は加えておらず,被告人が思いとどまったことから姦淫自体は未遂に終わっており,Aの負った傷害の程度も軽いものといえる。以上の事情に,本件が見ず知らずの女性を襲った事案ではないことや,被告人に前科前歴がないことを併せ考慮し,同種事案の量刑傾向も踏まえると,本件は,強姦致傷罪の中では比較的軽い部類に属する事件であり,執行猶予を付すことも十分に考えられる。
そして,Aとの間で金250万円を支払うことで示談が成立しており,Aも,当公判廷で,被告人の処罰を望まない旨述べていることからすると,Aの被った精神的苦痛は相当に回復されているものといえ,これは被告人のために大きく酌むべき事情といえる。以上に加えて,被告人の当公判廷における供述からすると,被告人は,自己の行為に十分に向き合っているとはいえず,真摯な反省の情まではうかがえないものの,事実関係はおおむね認めた上で反省と謝罪の弁を述べ,更生を誓約していること,示談金を準備した被告人の親族が情状証人として出廷し,今後の被告人の監督を誓約していること,自らの行為が招いたことではあるが,長年勤務してきた地方公務員を懲戒免職となるなど一定の社会的制裁を受けたものと評価できることなどの事情も考慮すると,今回に限り,執行猶予を付して,社会内での更生の機会を与えるのが相当である。そこで,被告人に対しては,酌量減軽をした上で,懲役3年に処し,保護観察に付するまでの必要性は認められないが,その猶予の期間は最長の5年間とした。
(当事者の科刑意見 検察官 懲役5年 弁護人 刑の執行猶予)
平成26年10月3日
岡山地方裁判所第1刑事部
裁判長裁判官 松田道別 裁判官 國井香里 裁判官 豊岡慎也