児童ポルノ・児童買春・児童福祉法・監護者性交・不同意性交・不同意わいせつ・青少年条例・不正アクセス禁止法・わいせつ電磁的記録・性的姿態撮影罪弁護人 奥村徹弁護士の見解(弁護士直通050-5861-8888 sodanokumurabengoshi@gmail.com)

性犯罪・福祉犯(監護者わいせつ罪・強制わいせつ罪・児童ポルノ・児童買春・青少年条例・児童福祉法)の被疑者(犯人側)の弁護を担当しています。専門家向けの情報を発信しています。

児童買春は、「カイシュン」か「バイシュン」か

 児童買春は、「カイシュン」と読む。
 日本語としておかしいと言われていることは知っている。
http://www.nhk.or.jp/bunken/nl/n037-l.html
かいしゅん・回春の買春は改悛すべき
「カイシュン」は訓読みと音読みが交じる湯桶(ゆとう)読みになり、あまり好ましい読みではないというものもあります。また、既に「回春」「改悛」などの別の意味のことばがあり、「回春」「買春」がいずれも一般の人が口にするのをはばかるたぐいのことばであることを考えると、「カイシュン」は認めるべきではないという意見を持つ方も少なからずありました。

 しかし、法律上は「カイシュン」である。国会で決まったことである。
 ところが、地裁の裁判官・検察官には、まだまだ「バイシュン」と読んでくる人がいる。
  http://www.okumura-tanaka-law.com/www/okumura/tyosaku/VOW.html
 そんな時には、冒頭からこんな主張をして、裁判所・検察官を牽制するとよい。
 正しい法律が正しく適用されることが被告人にとって最大の利益であり、それを実現することが弁護人の最低限の使命である。

 横浜地裁の事件で、いちいち検察官が「バイシュン」、弁護人が「カイシュン」と主張するので、「カイシュン(バイシュンともいう)」と読んでいた裁判官がいたが、法律名も正しく発音できない裁判官だったので、弁護人につっこまれまくって、画期的判決が出ている。量刑も甘かった。



第1 定義の確認
 月 日の公判に臨んだ感想として、検察官も裁判所も、「売春」と「買春」の定義を知らないようなので、僭越ながら弁護人がご教授申し上げる。法律を知らない裁判所と検察官を相手にしていては、中身のある審理が期待できないからである。弁護人も、罪を犯した者が検察官や裁判所のミスで罪を逃れるというのは潔しと思わない。
 なお、検察官が「買春」を「バイシュン」と読んだことは、単なる誤読では済まない。検察官が売春防止法と児童買春法との区別が付いていないことを自白しているのであって、弁護人は法曹として情けない限りである。(特に「買春」という用語が用いられる趣旨については、国会の会議録*1*2か、現代刑事法3月号か、森山真弓「よくわかる児童買春児童ポルノ法」でも読んで下さい。)
売春防止法第2条(定義)
この法律で「売春」とは、対償を受け、又は受ける約束で、不特定の相手方と性交することをいう。

本法第2条(定義)
2 この法律において「児童買春」とは、次の各号に掲げる者に対し、対償を供与し、又はその供与の約束をして、当該児童に対し、性交等(性交若しくは性交類似行為をし、又は自己の性的好奇心を満たす目的で、児童の性器等(性器、肛門又は乳首をいう。以下同じ。)を触り、若しくは児童に自己の性器等を触らせることをいう。以下同じ。)をすることをいう。
 つまり、児童が売春(相手方が不特定であることが要件である)していなくても、買春罪は成立する。
第2 検察官は何を立証するのか?
 本件では、被害児童の売春防止法違反は問われていないのに、検察官は冒頭陳述書の数箇所で被害児童の「売春」に言及している。あえて児童が「売春」していたことを立証するのだという。
 何を立証するかは検察官の勝手だが、実務上、買春犯人が児童の売春に応じた場合は、買春犯の量刑は極めて軽いのである。買春犯人の働きかけが弱く買春犯人の帰責性が比較的薄いからである。冒頭からこのようなミスをする立会検察官にあたった被告人は幸運である。これは被告人の利益であるから弁護人も「売春」の立証に協力する。
 
 ところで、検察官のミスは検察官が責任を取ればいいとしても、被害児童にとっては、致命的なミスとなる。
 すなわち、本法は児童を「被害者」として保護する法律であって、被害者の名誉・尊厳保護について特別の規定がある。
第12条(捜査及び公判における配慮等)
第四条から第八条までの罪に係る事件の捜査及び公判に職務上関係のある者(次項において「職務関係者」という。)は、その職務を行うに当たり、児童の人権及び特性に配慮するとともに、その名誉及び尊厳を害しないよう注意しなければならない。
2 国及び地方公共団体は、職務関係者に対し、児童の人権、特性等に関する理解を深めるための訓練及び啓発を行うよう努めるものとする。
 しかるに検察官は、「児童が売春していた」という、被告人には極めて有利だが、公訴事実の立証には不要で、被害児童にとっては極めて不名誉な事実を、実名入りで、公判廷で朗読した。しかも傍聴席には示談交渉のために被害児童Fの両親も在廷していたのである。検察官のどこに配慮があるというのだろう?今からでも遅くないから、児童買春法を猛勉強すべきである。
 また「『売春』でいいじゃないですか」と述べた裁判所に、どこに配慮があるというのだろう?法を知らないことを公判廷で自白してしまった裁判所としては、今からでも遅くないから、児童買春法を猛勉強すべきである。
 参考文献は僭越ながら、弁護人のHPに紹介してあるし、謙虚に不勉強を反省するのであれば、資料を証拠として提出しても良い。
 http://www.okumura-tanaka-law.com/www/okumura/child/bunken.htm
 文献でわからないことは、学者なら園田寿教授、検事なら島戸純(法務省刑事局付)、弁護士なら弁護人に聞けば、少なくとも法解釈を誤ることはないであろう。
 法令の正しい解釈・適用ができなければ、法益保護・被害救済・被告人および社会の規範意識の覚醒などといった刑罰の目的は全く果たせないから、宣告した刑は全く有害無益なものとなるであろう。
注1
145回-衆-法務委員会-12号 1999/05/14
○円参議院議員 今の先生の御質問に直接お答えする前に、買春についてちょっとお話しさせていただきたいと思っております。
 先生が今、買春という言葉は余りなじみがないのではないか、また、御自身は余り賛成できない言葉であるというふうにおっしゃったように承りましたけれども、私ども、これは今まで、バイシュンといいますときは、漢字では売る春と書きます。今回、買う春という書き方をしておりまして、これもまたバイシュンとも読めるわけで、どう読むかということもあるかと思いますが、私どもは児童カイシュンと読むこととしております。
 なぜあえてカイシュンと読むことにしたかと申しますと、児童の売買春は、仲介する者が弱い児童を強制的に売買することが組織的に行われているなど、大人の優位な立場を利用して行われている点で、性を売る側の是非を問われがちな売春とは違い、買う側の是非を問う問題だと考えたからでございます。そのため、バイシュンと読みますと弱い児童自身を犯罪者あるいは逸脱者として扱う懸念があります。むしろ、子供が性的な対象物として売られ、買われることの問題性が現在問われているのだと思いまして、そこで、買う側の大人の責任を明確にするために買春と表現したものでございます。
 ぜひとも、今回、参議院衆議院でこうしてこの児童買春罪についての議論を進めておりますことが人々に広く知られ、カイシュンということの意義、そういう読み方をするその意味合い等をわかってもらい、性的搾取、性的虐待は本当に子供たちの権利を侵害するものであるということが広く伝われば本当にうれしいと思っております。
 さて、それで、先生が直接お尋ねの売春防止法と本法との関係でございます。これは基本法と特別法との関係かというお尋ねでございますけれども、売春防止法は、その第一条におきまして、その規定は、「売春が人としての尊厳を害し、性道徳に反し、社会の善良の風俗をみだすものであることにかんがみ、売春を助長する行為等を処罰するとともに、性行又は環境に照して売春を行うおそれのある女子に対する補導処分及び保護更生の措置を講ずることによつて、売春の防止を図ることを目的とする。」というふうに書かれております。もう先生御承知のことでございます。
 これに対し、この法案は、「児童に対する性的搾取及び性的虐待が児童の権利を著しく侵害することの重大性にかんがみ、児童買春、児童ポルノに係る行為等を処罰するとともに、これらの行為等により心身に有害な影響を受けた児童の保護のための措置等を定めることにより、児童の権利の擁護に資すること」を目的としております。
 そして、この法案では、金銭等の対償を供与し、また、その供与の約束をして児童に対し性交等をする児童買春は、児童買春の相手方となった児童の心身に有害な影響を与えるのみならず、このような行為が社会に広がるときには、児童を性欲の対象としてとらえる風潮を助長することになるとともに、身体的及び精神的に未熟である児童一般の心身の成長に重大な影響を与えるものであり、また、児童買春については国際的な対応が強く求められるところから、かかる行為を規制、処罰することとし、かつ、日本国民においては国内外を問わず罰則の適用を認めることとしたものでございます。
 このように、売春防止法とこの法案とは、基本的な趣旨、目的を異にするものでありまして、一般法と特別法との関係にはございません。

注2
145回-参-法務委員会-08号 1999/04/27
千葉景子君 私も、それから提案の趣旨説明でも、既に児童買春という言葉を使いながら今質疑を始めさせていただいているわけでございますけれども、この児童買春、よくいろいろな方から、何と読むのかという御質問があったり、あるいは多少耳なれないという御意見などもございます。これは、字で書きますと買う方の春ということになります。一方、売る方の春、これも読み方としてはバイシュンですね。買う方も読み方によってはバイシュンと読むこともできるわけです。しかし、この児童カイシュン、こういう読み方をもってこの法案の大きな基本にしているということはどういうことでしょうか。読み方を含めて改めて御説明をいただいておきたいと思います。
円より子君 千葉委員の御質問のとおり、ちょっと聞いていらっしゃる方は、カイシュンってどういう字を書くんだろうとか、売春と紛らわしいとお思いになるかもしれませんが、先ほどからずっと私も児童カイシュンと読ませていただいてまいりました。
 子供の性的搾取や性的虐待を大変憂えるNGOの方たちやさまざまな方たちは以前から、児童買春にかかわらず、売春ではなくて、よく売買春という言葉を使っていたと思います。そういう中からまた児童買春というような言葉が出てきたわけで、このあたりの、何と読むのかという御質問、大変いい質問をしてくださったと思います。私どもは、この法案の提案のときに、これを買う春と書きまして児童カイシュンと読むことといたしました。もちろん、これは児童バイシュンと読むことも可能でございますが、一般社会で用いられる際の売春と区別することができるように、あえてカイシュンと読むことといたしました。
 先ほどもちょっとお話しいたしましたけれども、児童の売買春は、仲介する者が弱い児童を強制的に売買することが組織的に行われているなど、大人の優位な立場を利用して行われているという点で、性を売る側の是非を問われがちな売春とは違いまして、買う側の是非を問う問題だととらえております。そのため、バイシュンと読みますと弱い児童自身を犯罪者として扱う懸念がございますので、私ども、買う側の大人の責任を明確にするために買春と表現いたしたものでございます。
 また、従来から、児童カイシュンという読み方をある程度されておりまして、これが定着しているとも考えられますので、法律においても児童カイシュンと読むこととしたというのが今のお答えでございます。