前科を履歴書に書く必要があるかという相談でした。
地位保全仮処分申請事件
東京地方裁判所判決昭和60年1月30日
労働関係民事裁判例集36巻1号15頁
判例タイムズ565号137頁
判例時報1144号148頁
労働判例446号15頁3 また、債務者会社の主張は、仮に債権者が採用面接の際に積極的に虚偽の事実を申告しなかつたとしても、債務者会社の事業内容の特殊性に照らし、成田事件に関連して逮捕、勾留、起訴された事実を秘匿したこと自体が信義則に反し解雇理由となり得るとの趣旨をも包含していると解せられるので、この点について考えてみる。
右の主張は、債権者が雇用契約の締結に際し、右の事実を債務者会社に積極的に告知すべき義務があることを前提とするものである。たしかに、雇用契約は、使用者と労働者との相互の信頼関係を基盤とする継続的契約関係であるから、労働者は契約の締結に際し、自己の経歴等労働力の評価に関する重要な事項を使用者に告知すべき義務を信義則上負うことがあるものと解される。そして、使用者としては雇用しようとする労働者の経歴についてできる限り多くの事項を知りたいと考えるのも無理からぬところである。しかし、そうであるからといつて、雇用契約の趣旨に照らし信義則上必要かつ合理的と認められる範囲を超えてまで労働者にその経歴の告知を求めることは、労働者の個人的領域への侵害として許されないことも、いうまでもない。労働者の経歴について、右の必要かつ合理的と認められる範囲は、使用者の事業の内容、当該労働者の予定された職務の内容等を総合勘案して、使用者の事業に対する社会的信用、労働者の労働力の評価に影響を及ぼすべき事項に限定されると解すべきであろう。
前記一の1及び2で認定したように、債務者会社の事業内容は航空機に関連する備品、器材の修理、分解整備を主たる業務とし、民間航空会社や防衛庁等の注文により業務を行つており、債権者は航空機のタイヤの修理の仕事に従事することが予定されていたものである。ところで、債権者がこれに関係して逮捕、勾留、起訴されたいわゆる成田事件は、前記のように成田空港の開港に反対する闘争に関して発生したものであるから、これにより逮捕、勾留、起訴されたことが債務者会社の事業の内容に関係がないとはいえないことは明らかである。しかし、右の闘争に参加した者が直ちに航空機産業の存在や業務自体に反対する思想を有し、そのための行動に出るものであるということにはならないし、その旨の疎明もない。更に、債権者は公共職業安定所の求人票により債務者会社に応募し、債務者会社工場の一作業員となることが予定されていたにすぎないのであるから、債権者が成田事件により逮捕、勾留、起訴されたことが債権者の労働力の評価とは直接関連を有するものでないことは明らかであり、また、債務者会社の事業の特殊性を十分考慮しても、債権者がその従業員の一員であることが直ちに会社の信用を傷つけ顧客の信頼を損うことにつながるものとはいえない。
そうであるとすれば、債権者は雇用契約の締結に際し、成田事件に関連して逮捕、勾留、起訴されたことを債務者会社に告知すべき義務を負つていたということはできないから、これを秘匿したこと自体をもつて解雇の理由とすることはできない。
4 また、刑事事件に関係して逮捕、勾留、起訴されたのは、債権者が債務者会社へ採用される以前の出来事であるから、就業規則四−三−(24)所定の「刑法上の処分を受け、又はこれに類する不法行為があつたとき」に該当するとはいえない。
5 よつて、本件解雇は、その余の点につき判断するまでもなく、理由の存在が認められないから、無効である。