児童ポルノ・児童買春・児童福祉法・監護者性交・強制わいせつ・青少年条例・不正アクセス禁止法・わいせつ電磁的記録記録被告事件弁護人 奥村徹弁護士の見解(弁護士直通050-5861-8888 hp@okumura-tanaka-law.com)

性犯罪・福祉犯(監護者性交罪・強制わいせつ罪・児童ポルノ・児童買春・青少年条例・児童福祉法)の被疑者(犯人側)の弁護を担当しています。専門家向けの情報を発信しています。

深町晋也 [刑法入門]「性犯罪から学ぶ刑法」法学セミナー2018/04/no、759

 基本は性犯罪だそうです。
 監護者わいせつ罪の関係もあるので、「わいせつ」の定義書いてよ。

望ましい解釈とは何か?
はっきりしない文言を明確にする解釈は、人々の行動の予測可能性を担保するという点で極めて重要である。しかし、明確だからと言って、それが常に望ましい解釈であるとは限らない。そのことを教えてくれるのが、【事例1】のような事案を巡って示された最高裁判所の判断(これを「判例」という)である。
かつて、判例は、【事例1 】のような事案に対して、強制わいせつ罪の成立には「その行為が犯人の性欲を刺戟興奮させまたは満足させるという性的意図のもとに行なわれること」を必要とし、「婦女を脅迫し裸にして撮影する行為であっても、専らその婦女に報復し、または、これを侮辱し、虐待する目的に出たとき」は本罪が成立しない(ただし、強要罪には当たりうる) と判断した(最一小判昭45.1.29刑集24巻1号1頁。以下、昭和45年判決と略)。こうした「性的意図」が必要とされた背景には、医師による治療行為の際には、外形的には性的に見える行為が行われたとしても、(性的意図がない以上は)なお本罪の成立が否定されるべきとの理解がある2)O
性的意図が必要だとする理解は、処罰範囲を明確に限定化する解釈であると言えるし、また、医師による治療行為などを処罰対象から除外するという点では、十分に理解可能な解釈である3)。しかし、性的意図必要説のもたらす帰結が、現在の我々を取り巻く社会状況において望ましいものと言えるかはなお疑問がある。すなわち、昭和45年判決が出されてから既に50年近くが経過する問に、性犯罪の被害が極めて重大なものであり、被害者に対して取り返しのつかないダメージを与えるものとなることが社会において共有されるようになっている4)。そうした社会の変化をも考慮すると、強制わいせつ罪の成立に当たり、行為者の性的意図が必須であるとの理解は、もはや維持しがたい状況になっている。性的意図必要説に対するこうした批判は、実務上も学説上も強く主張されるようになり、最終的には判例変更という形で最高裁も認めるに至っている。
最大判平29・11.29裁判所ウェブサイト(以下、平成29年判決と略)は、性的意図を必要とした昭和45年判決を明示的に変更して、性的意図がなくても強制わいせつ罪が成立する余地を正面から肯定したのである51。この立場からは、【事例’ 】のような場合にも性的意図がないというだけで本罪の成立を否定することはできない。むしろ、「無理やり服を脱がして全裸の写真を撮る」という行為の性的意味につき、「当該行為が行われた際の具体的状況等の諸般の事情をも総合考慮」(平成29年判決)しつつ判断することになる。【事例, 】のXは、Aの性的差恥心を害するような方法でその全裸を撮影しており、また、XはAの性的差恥心を害していることを認識していると言える。こうした諸事情を総合的に考慮すれば、XはAに対して「わいせつな行為」をしたと言えよう。
こうした解釈は、性的意図必要説と比べるとその処罰範囲に関して不明確な部分があることは否定できない。しかし、明確性の原則に反しない程度の不明確さの中で、その時代ごとの社会における価値観に照らして、より望ましい解釈を選び取ることは、刑法学の重要な任務であると言える。他の法律学もそうであるが、刑法学もまた、一定の限界の中で、時代の要請に応えるための学問である。明確性の原則と時代の要請との緊張関係の中で、その時代におけるより望ましい解釈を模索することが重要と言える。
2)本決定に対する大谷實・法セミ179号(1971年) 116頁はこの点を指摘している。
3)仮に、医師による診察行為まで処罰可能とすると、過度に広汎な処罰を認める規定とされよう。「漠然不明確」と「過度の広汎性」との違いについては、「7文献紹介」の【文献①】180頁以下を参照。
4)なお、昭和45年判決には、入江俊郎裁判官による反対意見が付されており、長部謹吾裁判官もこれに同調している。入江反対意見は、性的意図不要説を主張するものであって、昭和45年(1970年の時点で既に、明治40年(1907年)の刑法典制定時と比べてより性的自由が保護に値する旨論じている。ちなみに、最高裁の判決・決定においては、個々の裁判官による補足意見や反対意見が付されることが珍しくない。
5)平成29年判決は、ドイツ法などの比較法的知見も援用しつつ、社会の意識の変化を繼々論じており、判例変更の持つダイナミズムを強く実感することができる。是非読者の皆さんにも一読してもらいたいところである。



。。。。。。。。。。。。。。。。

[2]監護者性交等・わいせつ本罪の保護法益
主体の限定
刑法179条の立法過程の議論や立法担当者の解説を見る限りでは、本条の保護法益は、強制わいせつ罪(刑法176条)や強制性交等罪(刑法177条) と同一であり、被害者の性的自己決定の自由が保護法益と考えられている。条文の文言としても、「第176条の例による」「第177条の例による」とあり、保護法益の共通性を基礎づけるものと言える。こうした立場からは、刑法179条の「現に監護する者」についても、被害者の性的自己決定を類型的に危殆化するような立場として理解することになろう。こうした解釈は、4で述べたように、刑法の体系的な解釈と言えよう。
しかし、刑法179条は、刑法典だけではなく、児童の性的成長・健全育成を保護するその他の法律や条例などとも整合的に解釈される必要があるとも考えられる。こうした理解からは、刑法179条は、被害児童の性的自己決定の自由だけではなく、被害児童の性的な成長・健全育成をも併せて保護しているのだという解釈が可能である。この立場からすると、本条の規定する「現に監護する者」とは、単に被害児童の性的自己決定を歪めるような立場にあるだけではなく、むしろ、親子関係や親子関係に類似した、被害児童の性的成長に包括的な責任を負うような立場、あるいは児童に対して全人格的な交流を行う立場にあることが必要と解されることになる。
こうした解釈もまた、刑法典のみならず他の法律や条例における関連諸規定との相互の関係に留意した体系的な解釈と言える12)。


12)本文中で解説した2つの立場のうち、どちらがより説得的かは読者の判断に委ねるより他ない。こうした議論に関心のある方は、深町晋也「家庭内における児童に対する性的虐待の刑法的規律一監護者性交等・わいせつ罪(刑法179条)を中心に」立教法学97号(2018年)掲載予定を参照されたい。インターネット上でアクセス可能となる予定である。なお、この2つの立場で結論が大きく変わりうるのは、以下のような事例である。Zに監護者性交等罪が成立するか否か、読者の皆さんにも考えてみてもらいたい。すなわち、Zは、インターネットで知り合ったC (16歳)から家出をしたいとの相談を受けたため、Cを自宅にひと月以上に渉って住まわせた。Cは自宅に戻る意思はなく、このまま長期間に渉ってZの元で生活を継続することを強く望んでいたため、Zからの性交の要求を拒むことが出来ずに、複数回に渉って性交をした。