児童ポルノ・児童買春・児童福祉法・監護者性交・強制わいせつ・青少年条例・不正アクセス禁止法・わいせつ電磁的記録記録被告事件弁護人 奥村徹弁護士の見解(弁護士直通050-5861-8888 hp3@okumura-tanaka-law.com)

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最高裁判例解説「強制わいせつ罪の成立と行為者の性的意図の要否」平成28年(あ)第1731号平成29年11月29日大法廷判決棄却第1審神戸地裁第2審大阪高裁刑集71巻9号467頁 法曹時報72巻1号(向井香津子)

 わいせつの定義はありません。

(後注) 本判決の評釈等として知り得た主なものとして,以下のものがある。
松木敏明=奥村徹園田寿「強制わいせつ罪の成立と行為者の性的意図の要否」法学セミナー758号48頁,
奥村徹最高裁大法廷平成29年11月29日判決の背景」判例時報2366号131頁

判例
「わいせつ」という用語は,刑法174条(公然わいせつ), 175条(わいせつ物頒布等)にも使用されているところ,昭和26年判例が,刑法175条所定のわいせつ文書に該当するかという点に関し, 「徒に性欲を興奮又は刺激せしめかつ普通人の止常な性的差恥心を害し善良な性的道義観念に反するものと認められる」との理由でわいせつ文書該当性を認め,最大判昭和32年3月13日・刑集11巻3号997頁(チャタレー事件) もその定義を採用しており, これ
が「わいせつ」の定義であるとされている。
さらに, 前褐名古屋高裁金沢支部判【裁判例①】は, 「刑法第176条にいわゆる「猥せつ』とは徒らに什欲を興奮又は刺戟せしめ, 且つ普通人の正常な性的蓋恥心を害し,善良な性的道義観念に反することをいうものと解すべき」とし,刑法176条の「わいせつ」についても,刑法175条に関して判示された上記定義と同内容の定義を採用し, 【裁判例①】は, 多くの文献等で刑法176条のわいせつの意義を示した高裁判例として引用されている。しかし,刑法176条の「わいせつな行為」の定義を示した最高裁判例はない。
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(5) 「わいせつな行為」の定義、判断方法
ア「わいせつな行為」の定義
以上のとおり,性的意図が強制わいせつ罪の成立要件でないとすれば,「わいせつな行為」に該当するか否かが強制わいせつ罪の成否を決する上で更に重要なものとなってくるが, 「わいせつな行為」該当性の判断に|際して,行為者の主観を一切考慮してはいけないのかどうかを含め, これをどのように、判断しし,その処罰範閉を明確化するのかが問題となる。
また,強制わいせつ致傷罪は,裁判員裁判対象事件であることも考えれば, 「わいせつな行為」の判断基準が明確であることが望ましい。
ところが,強制わいせつ罪にいう「わいせつな行為」の定義を明らかにした当審判例はなく,前記のとおり,学説上は様々な説があって,未だ議論が成熟しているとはいい難い状況にある。
しかし,そもそも, 「わいせつな行為」という言葉は,一般的な社会通念に照らせば,ある程度のイメージを具体的に持つことができる。
そして,「わいせつな行為」を過不足なく別の言葉でわかりやすく表現することには附難を伴うだけでなく,別の言葉で定義づけた場合に,かえって誤解を生じさせるなどして解釈上の混乱を招きかねないおそれもある。
また, 「わいせつな行為」を定義したからといって,それによって, 「わいせつな行為」に該当するか否かを直ちに判断できるものでもなく,結局,個々の事例の積み重ねを通じて判断されていくべき事柄といえるところ, これまでも実務上,多くの事例判断が積み重ねられており(前掲大コメ67頁以下等) ,それらの集積からある程度の外延がうかがわれるところでもある。
そうであるとすると,いわゆる規範的構成要件である「わいせつな行為」該当性を安定的に解釈していくためには, これをどのように定義づけるかよりも, どのような考慮要素をどのような判断基準で判断していくべきなのかという、'1断方法こそが重要であると考えられる。
本判決は, 「わいせつな行為」の定義に言及していないが, このようなことが考えられたものと思われる。
もっとも,本判決は,その判示内容からすれば, 【裁判例①】が示した定義を採用していないし,原判決の示す「性的自由を侵害する行為」という定義も採用していないことは明らかと思わ(注12)れる。
なお,実務上, 「わいせつな行為」該当性を判断する具体的場面においては、従来の判例・裁判例で示されてきた事例判断の積み重ねから「わいせつな行為」の外延を踏まえて判断していなければならないこと自体は,本判決も当然の前提としているものと思われる。
(注12) 私見によれば, 【裁判例①】及び原判決の各定義が妥当でない理由として,次のような点を指摘できると考える。
まず,原判決の定義「性的自由を侵害する行為」についてみると, 「わいせつな行為」が強制されたり, 13歳未満の者等に対して「わいせつな行為」が行われたりすることによって,性的自由が侵害されるのであって, 「わいせつな行為」自体が直ちに性的自巾を侵害する行為とはいえないし, また,性的自由を侵害し得るような行為と捉え直した場合には,その範囲は無限定に広がりすぎてしまい, 「わいせつな行為」の処罰範囲を画する定義としては不適当であるように思われる。
次に, 【裁判例①】が示す定義「徒らに性欲を興奮又は刺戟せしめ,且つ普通人の正常な性的董恥心を害し,善良な性的道義観念に反すること」についてみると,社会的法益を保護法益とする174条等とは異なり,強制わいせつ罪が個人的法益に対する罪であることに照らせば, 「善良な性的道徳観念に反するか」という観点は不要であろう。
そもそも, 「わいせつな行為」を暴行・脅迫を用いて他人に強制することや, 13歳未満の者等に対して「わいせつな行為」をすることは性的道徳観念に反することではあるが, 「わいせつな行為」とされる性的行為そのものに不道徳性が備わっているのではなく,性的行為自体は,本来的には価値中立的な行為と考えられる。
また, 「道徳」という言葉は多義的で不明確との批判を招くおそれもある(なお,究極的なわいせつ行為ともいえる姦淫行為の意義に関しても,その字義から不道徳な性交を連想させるとしながらも,単なる性交と解するのが通説であって,性交が不道徳なものかどうかは問われないと解されてきた。前掲大コメ76頁,前掲条解504頁,前掲注釈刑法(4)296頁)。
さらに, 「徒に性欲を興奮又は刺戟せしめ, 」「普通人の正常な件的蓋恥心を害する」という部分についても,それぞれ,誰の性欲を問題にしているのか, どのような性的羞恥心を問題にしているのかが必ずしも明らかではなく,誤解を招きかねない上(例えば,性的差恥心を想定しにくい幼児に対する行為の判断などで混乱を生じさせかねない。
また, 行為者の性欲を問題にするとすれば,性的意図を一律に要求しないことと矛盾を生じさせかねない。
),一般人を基準に考えるというのであれば,結局は「性的意味があるか否か, その程度はどのくらいか」という評価に収數されていくように思われる。
なお,公衆に著しく迷惑をかける暴力的不良行為等の防止に関する条例(昭和40年北海道条例第34号) 2条の2第1項4りにいう「卑わいな言動」の意義については,最三小決平成20年11月10日・刑集62巻10号2853頁が, 「社会通念上,性的道義観念に反する下品でみだらな言語又は動作をいう」としているが, 同条例の構成要件は, 「卑わいな言動をしたこと」であって,暴行脅迫要件も年齢要件もないことから, 「卑わいな言動」を価値中立的に理解すべきでないことは当然であり, 「わいせつな行為」とは自ずと異なる解釈になるべきと考えられる。