【判例番号】 L06920607
準強姦被告事件
【事件番号】 福岡高等裁判所宮崎支部判決/平成26年(う)第20号
【判決日付】 平成26年12月11日
【掲載誌】 LLI/DB 判例秘書登載
主 文
本件控訴を棄却する。
理 由本件控訴の趣意は,検察官の職務を行う指定弁護士大脇通孝及び同田中佐和子連名作成の控訴趣意書に記載のとおりであり,これに対する答弁は,主任弁護人上山幸正,弁護人河口友一朗,同宮路真行連名作成の答弁書に記載のとおりであるから,これらを引用する。
論旨は,要するに,本件公訴事実は優に認定でき,被告人には準強姦罪が成立するから,被告人を無罪とした原判決には,刑法178条にいう「抗拒不能」の解釈を誤った法令適用の誤り及び判決に影響を及ぼすことが明らかな事実誤認がある,というのである。
そこで記録を調査して検討する。
第1 本件公訴事実
被告人は,自ら主宰する少年ゴルフ教室の生徒である被害者(当時18歳)が,両者の間に存在する厳しい師弟関係から被告人に従順であり,かつ被告人を恩師として尊敬し,同女に対し劣情を抱いて卑わいな行為をするはずがないと信用していることに乗じ,ゴルフ指導の一環との口実で,同女をホテルに連れ込み姦淫することを企て,平成18年12月9日午後2時30分頃,鹿児島市(以下略)リゾートホテル□□に同女を車で連行した上,同ホテル駐車場において,同女に対し,「度胸がないからいけないんだ。こういうところに来て度胸をつけないといけない」等と言葉巧みに申し向けて同女を同ホテルの1室に連れ込み,同所において,同女に対し,「お前は度胸がない。だからゴルフが伸びないんだ。」「俺とエッチをしたらお前のゴルフは変わる。」等とゴルフの指導にかこつけて被告人と性交するよう申し向け,さらに同女をベッド上で仰向けに倒して覆い被さった上,強引にせっぷんをするなどし,同日午後3時頃,恩師として信頼していた被告人の上記一連の言動に強い衝撃を受けて極度に畏怖・困惑し,思考が混乱して抗拒不能の状態に陥っている同女を,その旨認識しながら姦淫し,もって同女を抗拒不能にさせて姦淫した。
第2 原判決の概要
原判決は,本件の争点を,①被害者が性交時に抗拒不能状態であったか否か,②そのことを被告人が認識していたかであると整理し,①被害者が性交時に抗拒不能状態であったとは認められないから,本件公訴事実は認められない,と判示している。原判決は,被害者が性交時に抗拒不能状態であったとは認められない理由として,被害者が被告人との性交を拒否しなかった原因に,信頼していた被告人から突然性交を持ちかけられたことによる精神的混乱のあったことが認められるが,その程度は抗拒不能に陥るほどではなく,これまでの被告人との人間関係を壊さないようにすることを考えるなどして,自分から主体的な行動を起こさなかった可能性,すなわち,被告人との性交を拒否することが著しく困難な精神状態には陥っていなかったが,そのまま流れに任せるに留まった可能性を排斥できないとしている。
なお,原判決は,仮に,被害者が抗拒不能状態にあったとしても,被害者が客観的にした抵抗はキスの際に口をつぐむという程度であり,抗拒不能であることを被告人が認識することは極めて困難であるといわざるを得ないし,被害者が被告人からのおよそ理不尽な要求に逆らえないほどの人間関係上の問題があったと被告人が認識することも困難であって,②被告人がそのことを認識したのかについて合理的な疑いが残るとも判示している。
第3 当裁判所の判断
1 関係証拠によれば,以下の事実関係が認められる。
(1) 被害者は,中学3年生当時から,被告人の経営するゴルフ練習場で,被告人から指導を受けるようになった。被害者は,ゴルフ部の特待生として高校に進学したが,高校生になってからは,ほぼ毎日,数時間の被告人の指導を受け,高校における部活動より被告人の指導を受けることを優先するようになり,高校3年生になると,高校の部活には朝の練習にだけ参加し,放課後は被告人が高校まで迎えに来て,被告人のゴルフ練習場で練習するようになった。被害者のゴルフの成績は上昇し,特に高校2年生から3年生にかけ,大会で優勝するなど,プロゴルファーを目指すことが現実的な目標となるほどの成績を上げるようになった。
被告人の被害者に対する指導には,熱心で厳しいものがあり,手やゴルフクラブ等で頭を叩く体罰を加えることもあった。被告人は,ゴルフをするのに支障があるとして,自分で被害者の前髪を切ったことが複数回あったほか,被害者がピアスをつけていたり,男性と交際していることを知ると,激怒してこれらをやめさせたりしたことがあった。また,被告人は,日頃から,ゴルフについての被害者の問題点として,度胸がないこと,メンタル面が弱いことを指摘して被害者に説教することがたびたびあった。さらに,被告人は,被害者の面前で,自分の長男に暴力を含む厳しい指導をしたり,被害者の高校のゴルフ部の顧問と口論をして乱暴な発言をしたり,その後その顧問のいないところで同人を罵倒したり,被告人から指導を受けていたがその後離れていった者について悪口を言ったりすることなどがあった。
他方,被告人は,本件当時,被害者の38歳年上であり,被害者の父親よりも5歳年上であり,被告人と被害者は,被告人の内妻及び小学生の長男,被害者の両親と,家族ぐるみでのつきあいがあった。また,被告人は,本件より前に,ゴルフの試合に出場した際の帰途において,被告人のキャンピングカー内で,被害者と2人きりで仮眠を取ったことがあったり,被害者がゴルフの試合に出場するため2人で遠征した際に,宿泊先のビジネスホテルで,就寝前に,翌日の試合の計画を立てるためとして,被害者を被告人の部屋に呼んで2人きりで打合せをしたりしたことがあった。被告人は,それらの機会を含めて,本件当日に至るまで,被害者に対し,被害者を性的な対象や恋愛の対象として扱うような言動や,被害者に対して性的な欲望や恋愛感情等を抱いていることをうかがわせるような言動をしたことはなかった。
被害者においても,本件に至るまでは,そのような被告人を,ゴルフの指導者という立場を離れた1人の男性としてみることはなかった。
(2) 被告人は,土曜日であった本件当日昼,高校3年生であった当時18歳の被害者の自宅に電話を架け,車で迎えに行って二人で被告人のゴルフ練習場に行く旨誘い,その了承を得た。
(3) 被告人は,被害者を車に乗せ,あえて,被告人のゴルフ練習場とは反対方向かつ本件の現場となったラブホテルの方向に,用事があると言って被害者を連れて行き,所用を済ませ,また,ファストフード店に立ち寄って,食べ物を購入し,その後,ドライブに行こうかなどと告げ,さらに車を走らせ,本件ラブホテルの直近にあり,その周囲のラブホテルが見える公園の駐車場に車を止めて,被害者に食事をさせながら話をした。被告人は,運転中,被害者に対し,宮里藍のポルノを見たことがあるかなどという話題を振ったが,被害者は,ないと答え,それ以上のやりとりはなかった。
被告人は,本件ラブホテルの駐車場に車を止めて,車を降り,それに引き続いて,被害者も車を降りた。被告人は,被害者を連れて本件ラブホテルに入った。被告人は,その前後に,被害者に対し,「こういう所,来たことあるか。」「度胸がないから,こういう所に来てみた。」などと述べた。
なお,被害者としては,本件ラブホテルに入った時点において,ラブホテルという建物の性質を十分理解しており,強い嫌悪感と不安を感じ,一時満室であったことから,入室せずに済むのではないかとほっとしたり,入室しないように,と祈るような気持ちになったりしていたが,その旨を被告人に言葉や態度で示したり,入室を拒絶したりすることはなかった。
被告人と被害者は,ラブホテルの一室に入ると,ソファに並んで座り,30分程度ゴルフについて会話をした。被告人は,その中で,被害者に対し,いつもメンタル面が弱いなどと話し,「こういう所で性行為の体験をしたことはないんじゃないか」などとも発言した。
被告人は,被害者に対し,「お前は,メンタルが弱いから」「俺とエッチをしたらお前のゴルフは変わる」などと言った。被害者は,身体を後ろに引くようにして「いやあ」あるいは「いやいや」などと発言したりしたが,それ以上具体的な言葉は述べなかったし,明確に性交を拒絶するような態度も取らなかった。被告人は,被害者をベッドに連れて行き,被害者を押し倒して寝かせ,その上に乗る体勢になった。
被告人は,被害者にキスをしようとしたところ,被害者は,顔を横に背け,口をつぐんでこれを拒絶したが,被告人は,被害者の顔を両手で挟んで強引に元に戻し,キスをして,被害者の口に舌を入れた。
被告人は,被害者の胸を触るなどした上で,被害者の着衣を脱がせ,被害者の性器を触り,被害者の横に寝て自らの性器を触らせたりし,再び被害者の上に乗って,性交した。
被害者は,この間,ほぼ無反応であり,被告人との性交を拒絶する旨を述べていないし,上記のとおりキスを拒絶した以外,被告人に対し,性交を拒絶するような仕草等はしていない。
被害者は,性交後,無表情であり,被告人車両に乗って,ホテルから練習場に移動したが,被告人において容易に認識できるほど,険しい,深刻そうな表情であり,車内では全く会話はなく,被害者は,その後,体調不良を理由に親に迎えに来てもらって早退した。
被害者は,その週明けの平成18年12月11日,学校で異常を察知した友人から尋ねられて,本件被害を告白し,その友人から事情を聞いた被害者の両親にも,同日中に,被害に遭ったことを打ち明けた。
2 以上の事実関係を前提に,被害者が抗拒不能状態にあったか検討する。
(1) 被害者は,当時18歳になったばかりの高校生であり,社会経験や男性との交際経験が豊富であったことをうかがわせる事情はない。被害者は,それまで数年間にわたって,被告人の厳しくも熱心な指導の下,ゴルフに打ち込んできたもので,被告人の粗野な振る舞いや厳しい指導を恐れる面もあったが,被告人との間には深い信頼関係があると感じ,かつ,自分の父より年長の被告人が自分を異性としてみているとは全く考えていなかった。
このような被害者が,被告人にゴルフの指導にかこつけて自宅から連れ出され,さらに,ゴルフとの指導と関係があるかのような発言をされ,しかも,これまでも繰り返し弱点とされてきた自分のメンタル面の弱さにかこつけて,ラブホテルに一緒に入ったのであるから,被害者においては,当時,被告人の意図が理解できずに混乱し,半信半疑ながらも,被告人からまさか本当に性的関係を迫られることまではないのではないかという希望的観測を抱き,また,ゴルフの指導ではなく性行為を目的にしていると被告人を疑って,ラブホテルに入ることを断れば,これまでゴルフの指導に専念してきた被告人を怒らせるのではないかと考えてこれを断ることを躊躇するという複雑な心情にあったものと推認される。他方で,被害者において,不承不承であれ,被告人との性交に応じてもよいという心情にあったことをうかがわせる事情は全く見当たらない。
そのような被害者が,ラブホテルの一室に2人きりでいる状況で,被告人から現実に性交を求められ,ベッドに寝かされ,被告人から順次性的な接触を深められていったのであり,被害者の受け取り方としては,ついに,逃げようのない深刻な状況に直面したわけであって,被害者が,信頼していた被告人から裏切られて,精神的に大きな混乱を来していたことは優に認められる。
被害者が,キスについて消極的に抵抗するにとどまり,そのほかに具体的な拒絶の意思表明をしなかったのも,このような精神的な混乱のためにそれらができなかったものと考えられ,被害者は,強度の精神的混乱から,被告人に対して拒絶の意思を示したり,抵抗したりすることが著しく困難であったことは,明らかである。
(2) 原判決は,被害者は性交を持ちかけられることは,それまでに全く予期できなかった出来事ではなく,漠然とした不安という程度には予期できた出来事であるのに,性交をもちかけられたことをきっかけとして著しく驚愕し,思考停止に陥るほどの精神的混乱状態を来したということは,被害者の年齢を考慮しても不自然である,被害者が,捜査段階において性交を拒否しなかった理由として,精神的混乱に加えて,今後の被告人との関係が悪化し,ゴルフを教えてもらえなくなったり,悪口を言いふらされたりするのではないかと考えた,気の弱い性格から自分が少し我慢すれば済むと思ってしまったなどと供述していることから,これまでの被告人との人間関係を壊さないようにすることを考えるなどして,自分から主体的な行動を起こさなかった可能性,すなわち,そのまま流れに任せるに留まった可能性があるなどと判示する。
しかしながら,被害者は,遅くともラブホテルに入った時点において,いわば最悪の事態として,性行為を求められる可能性を予期できていたものではあるが,他方で,ゴルフの指導の一環として被告人に同行していたことから,これまでの被告人と同様,ゴルフの指導の枠内にとどまるのではないかとの希望的観測も有していたところ,実際に,最もそうであって欲しくない事態が,2人きりのラブホテルの一室といういわば逃げ場のない状況で現実化したのであるから,被告人から性交を求められて,著しく驚愕するとともに,精神的に大きな混乱を来したとみるのがごく自然である。
また,上記に述べた被害者と被告人の本件までの関係,被害者の年齢等に照らせば,被害者が精神的な混乱を来していない状況であれば,原判決の判示する事情があったからといって,被害者が被告人の求めに応じて,被告人との性交を承諾しようとか,性交されてもかまわないから流れに任せようと判断するとは到底考えられない。精神的に混乱する中で,今後の被告人との関係悪化等が被害者の頭に浮かんだ場面があったとしても,それらは,精神的に大きな混乱を来していた状況において,その混乱に拍車をかけ,適切な対応を妨げるべき一事情にすぎないのであって,被害者がそのようなことを考えたことがあったとしても,被害者が抗拒不能状態にあったこととは矛盾しない。原判決がその説示で引用する被害者の捜査段階の供述も,被害者が頭が真っ白になって性交を拒絶できなかった理由として被告人との関係や自己の性格等を挙げているのであって,性交に応じた理由としているわけではない(原審弁12)。
以上の検討によれば,被害者が,本件当時抗拒不能の状態にあったものと認められ,これを否定した原判決には事実の誤認がある。
3 次に,被告人が被害者の抗拒不能状態を認識していたか否かについて検討する。
既に述べたとおり,被害者は,性交に当たって,被告人に対して拒絶の意思を示したり,抵抗したりすることが著しく困難な状態にあり,キスについて消極的に抵抗するにとどまり,そのほかに手を振り払ったり,嫌だと明言するなど,具体的に拒絶の意思を表明することはなかった。したがって,外形的には,被害者の明確な拒絶の意思は示されていない。
また,被害者が異常な精神的混乱状態にあることが外部から見て判別できるような状況にあったとは認められないし,それを疑わせるような徴表があった様子も見当たらない。
被告人のホテルに連れ込むまでの行為は,ゴルフを長期間厳しく指導してきた被害者に対し,指導者としての地位と,まさか性的な交渉を求めてこないであろうという被害者の信頼を逆手にとって,ゴルフの指導を口実にラブホテルに連れ込み,逃げ場のない状態で性交を求めるという卑劣きわまりないものであるが,最後までゴルフの指導にかこつけて性交を求めているところや,ホテル内においても,取り立てて暴力的な手段に訴えていないこと,被告人が本件性交後,被害者の無表情な様子等を見て不安を覚えたこと(原審弁3)などに照らすと,あくまでも,被害者の(少なくとも消極的な)同意を取り付けつつ,性交に持ち込もうとしていた可能性が否定できない。
本件において,被害者が上記のような異常な精神的混乱状態を呈して抵抗できない状況に陥るということについては,被告人があらかじめ想定していたと認めるに足りる証拠がない。被告人において,自分の行動がそのような異常な精神的混乱状態を招く可能性があると理解していなかった可能性は否定できない。
被告人は,犯行当時56歳の社会人男性であるが,心理学上の専門的知見は何ら有しておらず,かえって,女性の心理や性犯罪被害者を含むいわゆる弱者の心情を理解する能力や共感性に乏しく,本件後の被害者の両親に対する言動等に照らしても,むしろ無神経の部類に入ることがうかがわれる。
このような被告人において,上記のとおり,性交に当たって被害者から具体的な拒絶の意思表明がなく,精神的混乱状態を示すような異常な挙動もない状況において,被害者が,本心では性交を拒絶しているが,何らかの原因によって抵抗できない状態になっているため抵抗することができない,というある種特殊な事態に陥っていると認識していたと認めるについては合理的な疑いが残るといわざるを得ない。
かえって,被告人は,被害者との間では,約5年間にわたり,ゴルフの指導を通じて密接な関係をもっていたものの,これまで,被害者とは性交どころか,何ら性的な関係を結んだりしたことはなく,したがって,初めて性的関係を結ぶに当たって,被害者の反応がないことを,緊張や羞恥心から来るものと軽く考えていた可能性もまた,否定できない。
以上に対し,所論は,被害者は,着衣を脱がされる際,脚を閉じて脱がされないようにした,という事実も認められる,という。
しかしながら,そもそも,そのような事実があったとしても,被告人において,緊張や羞恥心のあらわれなどと考えて,これを性交に対する拒絶の意思表示とまでは認識しなかった可能性は否定できない。
加えて,被害者は着衣を脱がされる際,脚を閉じて脱がされないようにしたという事実については,捜査段階において全く供述していない。原審証人Aは,本件被害がトラウマ体験であり,そのような経験をした場合,その後に必ずしも最初から全てのことを自由に語れたりするわけではないことが多い旨や被害者にはとても緊張しやすいという特徴がある旨を供述しているが,同証人の供述を踏まえても,本件において,上記部分について,変遷後の公判供述が信用できるとまではいえない。
かえって,被害者は,原審公判廷においては,連れ込まれた先がラブホテルであるという認識がなかった,あるいはラブホテルという場所がどのような場所かわからず,なにかいかがわしいところなのかなという程度の認識しかなかった旨を供述しているが,捜査段階においては,警察官に対し,ラブホテルがセックスをするところだと思っているので,こんな場所に連れてくるなんて何を考えているか全くわからず,言葉を失い黙っていた旨の供述をしている(原審弁8)ところ,被害者は,事件直後,両親に対し,本件被害を打ち明けるに当たって,被告人とホテルに入る時,満室で,ああよかったと思った,その後すぐに2分位で部屋に空きが出た,とか,入りませんように入りませんようにと手を合わせて祈っていた,などと述べていたことがうかがわれ(原審被害者供述,原審甲22,23),その発言に顕れた被害者の当時の強い嫌悪感と不安感からは,被害者がラブホテルにつき,「何かいかがわしい場所」という認識にとどまらず,捜査段階供述のとおり,セックスをするところであると理解していたとしか考えられない。この点について被害者の公判供述は採用できない。そうすると,被害者の公判供述等は,それが意識的なものであるかはともかくとして,捜査段階供述後,被告人につき不起訴処分がされるなどした中で,犯行当時の状況につき,より自己防衛的にゆがめられていった可能性は否定できない。被害者供述は,A証人に対する供述や公判供述に至って正確な供述がなされるようになったものばかりとも考えられないのであって,上記各点については,被害者の公判供述を信用するには足りない。
以上の検討によれば,関係証拠によっても,被告人は,本件性交当時,被害者が抗拒不能状態にあったことを認識して,これに乗じて性交したとまでは認められない。
所論は,被害者と被告人との関係は,持続する支配-服従的な師弟関係であり,被告人は,そのような関係を認識していたから,被害者が心理的に自分に反抗できないと見越して,被害者をホテルに連れ込み,約30分間にわたってゴルフの指導の話をし,被害者が抗拒不能状態に陥ったのを見計らって,ゴルフの指導として性交を持ちかけて,姦淫行為に及んだのであり,また,性交中,被害者が被告人から顔を背け,無表情で目を合わせない状態でいたことを見ていて,被害者が放心状態にあって,心理的・精神的に抵抗できない状態にあると認識していた,という。しかしながら,関係証拠によっても,被害者が抗拒不能状態に陥った直接のきっかけかつ最大の要因は,被告人から性交を求められたことにあり,性交を持ちかけられる前の段階において被害者が抗拒不能状態にあったとまでは認められないし,被告人が事前にその抗拒不能状態を想定していたと認めるに足りる証拠もない。また,性交中における一時的な被害者の表情から,被害者が上記のようないわば特殊な状況にあったと認識できたと認めるに足りる証拠もない。所論は理由がない。
以上の次第で,結局,被告人を無罪とした原判決は結論において正当であるから,論旨は理由がない。
よって,刑訴法396条を適用して主文のとおり判決する。
平成26年12月11日
福岡高等裁判所宮崎支部
裁判長裁判官 岡田 信
裁判官 増尾 崇
裁判官 高橋心平