児童ポルノ・児童買春・児童福祉法・監護者わいせつ・不同意わいせつ・強制わいせつ・青少年条例・不正アクセス禁止法・わいせつ電磁的記録弁護人 奥村徹弁護士の見解(弁護士直通050-5861-8888 sodanokumurabengoshi@gmail.com)

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監護者性交・児童淫行罪の無罪判決(郡山支部H30.9.20)

被告人のタイムラインの位置情報と被害者の供述が合わないということで、被害者供述の信用性を否定しています。被害者には「司法面接」が行われています。
 

■28264636
福島地方裁判所郡山支部
平成29年(わ)第182号
平成30年09月20日
 上記の者に対する監護者性交等、児童福祉法違反被告事件について、当裁判所は、検察官北迫恵子及び国選弁護人三上将史各出席の上審理し、次のとおり判決する。

主文
被告人は無罪。

理由
第1 本件公訴事実(以下、人名については別紙のとおり)
 本件公訴事実は、「被告人は、自己の養子であるA(当時13歳)と同居してその寝食の世話をし、その指導・監督をするなどして、同人を現に監護する者であるが、同人が18歳未満の児童であることを知りながら、同人と性交しようと考え、平成29年10月24日頃、福島県G市又はその周辺に駐車中の自動車内において、同人と性交し、もって同人を監護する者であることによる影響力があることに乗じて同人と性交等をするとともに児童に淫行をさせる行為をした」というものである。
第2 本件の争点及び証拠構造等
 1 争点
  検察官は、公判廷において、公訴事実記載の「平成29年10月24日頃」とは平成29年10月23日から同月25日までの期間を指し、本件公訴事実にかかる性交は同期間のうち、Aが被害申告する前の最後の1度の性交のことである旨釈明している。これに対して、弁護人は、被告人がAの監護者であることは争わないものの、検察官の釈明により特定された期間内に限らず、被告人がAと性交した事実はないから無罪であると主張し、被告人もこれに沿う供述をしている。したがって、本件の争点は、前記期間内に被告人がAと性交をしたと認められるか否かである。
 2 証拠構造等
  本件当時Aが通学していた中学校の教諭であるEの証言によれば、平成29年10月25日にAがEに対して前日の同月24日夜に被告人から性交された旨供述したことが認められるところ、検察官は、論告においてこのAのEに対する供述(以下、単に「Aの供述」などということがある。)を公訴事実立証の中核と位置付け、当該供述は十分信用できることから、被告人が本件公訴事実記載の犯行を行ったことは明らかであると主張している(なお、Aの供述に関するEの証言は、伝聞証言に当たるが、この点について弁護人は異議を申し立てておらず、Eの証言に至るまでの打合せの経過からしても、弁護人はEの伝聞証言に黙示の同意をしたものと認められるから、証拠能力に問題はない。)。
  しかし、当裁判所は、平成29年10月24日夜に被告人から性交されたとするAのEに対する供述の信用性には大きな疑問があり、他に検察官が主張する期間内に被告人がAと性交したと認めるに足りる証拠もないことから、同期間内に被告人が本件公訴事実記載の犯行を行ったと認めるには合理的な疑いが残ると判断した。
  以下、その理由を補足して説明する。
第3 判断
 1 前提事実
  以下の事実は、当事者も争っておらず、関係証拠により優に認定することができる。
  (1) 被告人は、平成24年9月10日、Aの母であるBと婚姻し、Aとも養子縁組をした。平成26年6月以降は現在の被告人の住居である●●●アパート(以下「●●●アパート」という。)に被告人、A及びBの3人で生活していた。
  (2) Aは、精神遅滞自閉症スペクトラム精神障害を有し、平成27年11月(小学校5年時)に実施された知能検査の結果はIQ53、MA(精神年齢)6歳0か月、SA(社会生活年齢)7歳5か月というもので(甲30)、本件当時、中学校の特別支援学級に通学するとともに軽度知的障害と判定されて療育手帳の交付を受けていた(甲9、10)。なお、Bも中度知的障害と判定されて療育手帳の交付を受けていた(甲9、10)。
  (3) 被告人は、平成29年8月に別件窃盗事件で逮捕され、その後勾留の上で起訴され、同年10月12日に執行猶予付き有罪判決を受けて釈放された。
  (4) Aは、平成29年10月25日、中学校から虐待通告を受けた児童相談所によって一時保護された(甲30)。
 2 A及び被告人の供述の概要(以下、特記なき限り日付は平成29年のものである。)
  (1) AのEに対する供述状況及びその内容
  Eの証言によれば、10月25日に前日夜の性交についてAがEに被害申告した状況及びその内容は、以下のとおりと認められる。
  社会科の授業の開始時に前日の生活状況をAに確認したところ、Aの方から、この間の月曜日(日付にすると10月23日)に、被告人と二人で温泉施設のHに行った帰りに車の中で胸とお尻と股間のあたりを触られたと打ち明けられた。Aから聞いた内容を担任のF等に報告した上で被害状況を更に確認していると、前日にも胸、お尻、股間のあたりを触られたとAが言ったので、性交までされたのか尋ねたところ、Aは肯定した(具体的なやりとりについては後記のとおり。)。性交された状況を詳しく聞くと、Aは、24日の夜9時頃に被告人から中古ゲーム販売店のIに行かないかと誘われ、Bは寝ていたので被告人と二人で車で出かけたが、Iには行かずに停車した車の中で性交されたと説明した。避妊具を装着したかどうかや射精の有無について確認すると、Aは、避妊具は装着せず、膣外に射精された旨答えた。
  (2) 10月24日夜の行動に関する被告人の公判供述
  これに対し、被告人は、10月24日夜の行動について、公判廷において、おおむね以下のとおり述べている。
  午後8時40分頃、Bと相談して、Bの母であるCからお金を借りようと思い、Bの携帯電話機及び自己の携帯電話機でC方に電話を掛けたところ、Bの兄のDに一方的に電話を切られたので、腹が立ったが、Cと直接会ってお金を借りるためにB及びAとともにC方に向かった。C方ではDと言い合いになったものの、最終的にCから1万円を借りることができた。その後、自宅に戻る途中で方向転換をしてIに寄り、Aをテレビゲームの太鼓の達人で遊ばせた後、スーパーのJで焼きそばを買って帰宅した。
 3 AのEに対する供述の信用性の検討
  (1) 他の証拠との整合性
  ア 客観的証拠から推認される10月24日の被告人とAの行動経過
  (ア) 携帯電話機の位置情報の履歴について
  関係証拠(甲12、弁3)によれば、被告人が本件当時使用していた携帯電話機には当該携帯電話機の位置情報を検索することができるアプリ(K)がインストールされ、同アプリに本件当時の被告人の携帯電話機の位置情報の履歴(以下「タイムライン履歴」という)が記録されていたことが明らかになっている。そして、被告人以外の人物がこの携帯電話機を使用していたことをうかがわせる証拠はないから、タイムライン履歴は被告人自身の行動経過を示す客観的証拠といえる。
  タイムライン履歴によると、10月24日午後5時35分から午後7時4分までの間に、L店、M店、J・N店にそれぞれ滞在した上で、●●●アパートに帰宅したこと、その後、午後9時3分まで●●●アパートに滞在し、午後9時15分から午後9時57分までC方(G市O町所在)の近くにある「P広場」(以下「P広場」という。)に、午後10時34分から午後10時55分までI店に、午後11時4分から午後11時17分までJ・Q店にそれぞれ滞在し、午後11時35分に●●●アパートに帰宅したことになっている。
  (イ) 被告人の携帯電話機の発着信記録
  被告人の携帯電話機の発着信履歴(甲11)によれば、10月24日午後8時43分に被告人の携帯電話機からC方の固定電話に発信し、5分27秒間通話した記録が残っているが、それ以降同日中は被告人の携帯電話機の発着信履歴(不在着信を含む)はない。
  (ウ) 生活日記の記載
  Aは、毎朝、中学校に登校した後に前日にあった出来事を担任教諭であるFに報告し、Fがこれを生活日記(甲30の別添資料6、弁4)と呼ばれる書面に記録していたものと認められるところ、10月24日の生活日記のメモ欄には、「〈1〉Iでたいこのたつじん、〈2〉M、〈3〉Q・J、わりばし、〈4〉R肉まん、〈5〉●●●のばあちゃん→でんわきられたのをおこりにいく、〈6〉LえいごのCD」との記載のほか、「11:00やきそば」などの記載がある。
  (エ) 上記の客観的証拠から推認できる行動経過
  10月24日にAが行ったと生活日記に記載されている場所は、その順序こそ異なっているものの、その大部分が被告人の携帯電話機のタイムライン履歴上の滞在先と一致していることからすると、実際に被告人がAを連れてこれらの場所を訪れたことが推認できる。
  この点、C方を訪れたことについてはタイムライン履歴に明確な記録がなく、その近く(直線距離にして約150m)にあるP広場に滞在したことを示す記録が残されているにとどまるが、生活日記にはC方を訪問したことがその理由と共に記載され、その内容は前記のとおり被告人が述べる理由ともおおむね合致し、その直前に被告人の携帯電話機からC方に電話が掛けられた記録も残されているのであるから、電話を切られたことをきっかけにC方を訪れたという生活日記の記載は、Aが創作したものではなく、実際に体験した出来事である可能性が高いといえる。加えて、P広場に滞在していたことを示すタイムライン履歴の画面表示(弁3の写真番号361)をより詳しく見ると、I店やJ・Q店に滞在したことを示すものとは異なる点が認められる。すなわち、上記の画面表示では位置情報の軌跡を示す青色の線は●●●アパート方面から来てC方の上で折れ曲がった後にI店方面に向かっており、P広場の上は通過しておらず、C方とP広場は青色の線ではなく灰色の線で結ばれている。しかも、P広場については「訪れた場所ですか?」と同所を実際に訪れたのか確認を求める表示がなされており、I店等に関する表示と異なり、P広場に滞在したことを断定的に示すものではない。こうした画面表示の相違からすると、弁護人が主張するとおり、携帯電話機のタイムライン履歴はC方の上に残されており、P広場に関する画面表示は、C方上の位置情報の記録を基にその付近にあり、名称や住所が登録されているP広場が滞在場所である可能性をアプリが推測して表示したにすぎないものと理解するのが合理的である。そうすると、被告人の携帯電話機のタイムライン履歴は、C方を訪れたという点を含めて生活日記の記載と整合するものといえる。
  このように被告人自身の行動の経過を示すタイムライン履歴、携帯電話機の通話履歴、Aの報告に基づいて作成される生活日記の記載が一致していることからすると、Aが被告人から性交されたと述べる10月24日夜の被告人とAの行動経過は、午後8時43分頃にC方に電話を掛けたが、その電話を切られたことをきっかけにして、午後9時頃に自宅を出てC方に行き、その後I店及びJ・Q店に行き、午後11時半頃に帰宅したというものと推認することができる。また、タイムライン履歴上の滞在地点間の移動時間について見ても、その行動経過に比して不自然に時間を要しているといえるような記録は残っていないため(甲22、23)、被告人とAが同日午後9時頃に自宅を出てから帰宅するまでの間にC方、I店及びJ・Q店以外の場所に滞在した可能性は乏しいといえる。
  イ 客観的証拠から推認できる行動経過と供述との整合性
  (ア) 被告人からIに行くように誘われたが、Iに行かずに停車した車内で性交されたとのAの供述は、外出のきっかけや外出後の滞在先の点などで、前記のとおり客観的証拠から推認される行動経過と全体として整合しない。しかも、10月24日の午後9時頃以降に被告人が滞在した場所は、C方と商業施設のみであることからすると、タイムライン履歴に多少の誤差がある可能性を踏まえても、前記のとおり推認される行動の間に、被告人が停車中の車内でAと性交し、射精に至るなどといった機会があったとは考えにくい。
  (イ) 他方、被告人が供述する10月24日夜の行動経過は、かなり具体的である上、タイムライン履歴や生活日記の内容から推認される行動経過とも合致している。確かに、Aだけではなく、Bも行動を共にしていたという点については客観的証拠による裏付けはないものの、行き先が妻の実家で、しかもその目的が妻の母親であるCに対する借金の申入れであったことからすると、妻のBも同行していたと考えるのがより自然である。そうすると、同日夜の行動経過に関する被告人の公判供述は、Bも同行していたという点も含め、信用性に疑問を抱くべき点は見当たらない。被告人が供述するようにBも同行していたとすると、同日午後9時頃から帰宅するまでの間に被告人がAと性交することはほぼ不可能であり、犯行の機会がなかったことになる。
  なお、Bは、検察官からの尋問の際に、10月24日の夜にお金を借りるためにC方に電話を掛けたところ、Dから一方的に電話を切られ、その後、被告人とAはどこかに出かけてしまったが、自分は外出しなかったなどと被告人の公判供述に反する内容の供述をしている。
  しかし、Bは、弁護人からの反対尋問において、いったんは、Bが児童相談所に一時保護される前日の夜に被告人とAの3人でIに行き、Aが太鼓の達人で遊んだ後にJで焼きそばを買ったと被告人の公判供述に沿う内容の供述をしていた。その後これを翻してそうした出来事があったのは10月22日であったかのように供述したものの、同日の被告人の携帯電話機のタイムライン履歴にはIとJを訪れたことを示す記録がなく、客観的証拠と整合しない。加えて、Bは、10月24日夜にDに電話を切られた後自分は外出しなかったという話の流れの中で、被告人が外出した後に何度か電話を掛けてどこにいるのか聞いたなどとも供述しているが、前記のとおり、10月24日には、午後8時43分にC方に発信して以降、被告人の携帯電話機には発着信履歴がない。こうした供述の変遷状況や客観的証拠との整合性の問題に加え、Bが知的障害を抱えていることを勘案すると、Bが他の日の出来事と区別して10月24日の出来事を供述することができているのか疑問が残るのであって、そのまま信用することはできない。
  したがって、Bの供述は10月24日の行動経過に関する被告人の供述の信用性に対する前記判断を左右するものではない。
  ウ 10月24日以外の性的被害に関する供述と客観的証拠との整合性
  Aは、Eに対する被害申告の際に、10月24日に限らず日常的に被告人から性的被害を受けていた旨述べているところ、同月23日に被告人とHに行った帰りに車の中で体を触られたと述べる点は、被告人の携帯電話機のタイムライン履歴によれば、同日にH及びその周辺に滞在した記録は存在しないこと(甲12、弁3)と整合しない。
  また、Aは、前記の被害申告の際に、中学校に進学した後(年月で言うと、平成29年4月以降)に被告人と一緒にS温泉の近くにあるホテル(ホテルT)に何回か行ったとも述べているが、同ホテルが利用者の車両ナンバーにより特定して記録している利用記録(弁8)によれば、被告人車両は、平成29年以降に同ホテルに来ていないことが認められるのであって、Aの供述は、このこととも整合しない。
  これらの点も、AのEに対する供述全体の信用性に疑問を抱かせる事情である。
  なお、検察官は、タイムライン履歴上は自宅にいたものとされている10月23日午後3時7分に被告人の携帯電話機に自宅の固定電話からの不在着信があることからすると、同日にHへの滞在記録がないのは被告人が自宅に携帯電話機を忘れて外出したことが原因である可能性があるから、Aの供述の信用性を否定する事情にはならないと主張している。
  しかし、被告人は、自動車を運転する際に運転免許証の携帯を忘れることがないように携帯電話機のケースの中に運転免許証を入れて持ち歩くことにしていたため、携帯電話機を自宅に置いたまま自動車で外出することは絶対にないと供述している上、上記の不在着信の際に誰がどのような目的で電話を掛けたのかは一切立証がなされていないことを踏まえても、被告人が携帯電話機を忘れて外出したために自宅からの不在着信が残された具体的な可能性があるとはいえない。この点に関する検察官の主張は採用できない。
  エ 小括
  以上のとおり、10月24日夜に被告人に性交されたとするAのEに対する供述は、その内容が客観的証拠から推認される被告人とAの行動経過と整合しないため、被告人がそのような犯行が可能であったか疑問が残るだけでなく、被告人の公判供述の方が客観的証拠と整合的であり、これによると、被告人には犯行の機会がなかった可能性が高い。10月24日以外の性的被害に関する供述にも、客観的証拠と整合しない点が見られることからすると、これらの点だけからしても、AのEに対する供述の信用性には重大な疑問があるといわざるを得ない。
  (2) 供述経過について
  ア Eの証言によれば、10月24日に性交されたとAが最初に申告した際の具体的状況は以下のとおりと認めれる。
  10月23日に被告人にわいせつ行為をされたという申告を受けた後に被害の日付を確認しようとして「最近触られたのは23日でいいんだよね。」とEが尋ねると、Aが「昨日もやられたよ。」と同月24日にも被告人から体を触られた旨申告した。それ以上の被害を受けていないか確認するため、Eの方から、Aに対して、被告人の男性器をAの女性器に挿入されていないか、ジェスチャーも交えながら確認したところ、Aが「まあね。」という言葉でこれを肯定した。Eが性交までされたか尋ねるまで、Aはジェスチャー等も含め、性交に該当するような表現をしていなかった(E証人尋問調書10頁、11頁、30頁)。
  イ Aは、当時中学1年生であったが、知的障害を抱えており、年齢相応の知的能力は備わっていないため、年少者同様に、大人からの誘導等を受けて事実と異なる供述をしてしまうおそれが比較的高かったといえるのであって、信用性判断に当たってはこのことを踏まえる必要がある。
  そこで、Aの供述経過を改めて見ると、Aは、わいせつ被害の点については自発的に申告したと評価し得る一方で、性交に該当する事実についてはEから尋ねられるまで一切申告しておらず、Eから尋ねられた際も曖昧な表現でこれを肯定したにすぎない。
  しかも、Aが最初に被害申告したのは10月23日のわいせつ行為であり、より深刻で直前の被害に当たる同月24日の出来事についてはEが被害の日付を改めて確認するまでわいせつ行為をされたことさえ述べていなかった。
  このようなAの供述経過は、性交の被害まで直ちに申告することについて躊躇する気持ちがあった可能性を考慮しても、容易に理解し難いものであり、少なくとも10月24日夜の性交については、Eの質問の仕方等に影響を受けて事実と異なる供述をした可能性を疑わざるを得ない。
  ウ また、その後の供述経過をみても、Aは、捜査段階で司法面接の手法を用いた検察官による取調べを2回受けているところ(甲33)、11月3日に実施された初回の取調べの際にEに対して被害申告した日付について尋ねられると、10月25日と正確に答えることができていたが、同月24日に被告人から性交されたことは否定し、同月17日以降に被告人から性交されたのは同月20日と23日だけである旨述べている。Aは当時13歳の児童で知的障害もあるため日付に関する記憶が定着しにくいという指摘(aa証言)を十分考慮しても、検察官による初回の取調べの時点ではEに被害申告をした日付については記憶が正確に保たれていたのに、申告の前日にあったはずの被害の日付については、単に答えが曖昧になったのではなく、当初の説明を否定し、10月23日だと明確に異なる供述をしているのは不自然といわざるを得ず、年齢や知的障害の影響だけでは合理的な説明が困難である。
  エ 以上によれば、AのEに対する供述には、供述経過の観点からも看過できない問題があるといえる。
  (3) まとめ
  以上のとおり、10月24日夜に被告人から性交されたと述べるAのEに対する供述は、客観的証拠との整合性等の観点からして重大な疑問がある上、供述経過にも看過できない問題があるから、その信用性を肯定することは困難といわざるを得ない。
  これに対し、検察官は、〈1〉Aの性器に慢性的な性的接触の痕跡があったとの産婦人科医の診断(甲5)は、以前から繰り返し被告人に性交されていたとのAの供述と整合していること、〈2〉被告人車両の運転席座面部から被告人の精液が検出されていることは、自動車の中で性交されたというAの供述と整合していること、〈3〉Aの供述が被告人から性交される被害を受けたという根幹部分では一貫していること、〈4〉Aに虚偽供述の動機がないことなどを根拠として、Aの供述が信用できると主張する。
  しかし、〈1〉の点については、そもそもAの性器に見られた慢性的な性的接触の痕跡は、性交によるものと断定することはできない上、証拠(甲15ないし17、Aの供述等)によれば、被告人以外の複数の男性がAと性的接触を持っていたことが認められるのであって、性器にみられる性的接触の痕跡が、被告人以外の男性によるものである可能性を排斥することはできない。
  〈2〉の点についても、被告人は、自動車の運転席に座って成人向けDVDを見ながら自慰行為をしたことが複数回あると供述しており、現に車内から成人向けDVDが発見されていることからすると、そうした経緯で精液が付着した可能性も否定できないのであって、Aの供述の裏付けとしての価値はごく限られている。
  〈3〉、〈4〉の点については、供述が根幹部分で一貫しており、虚偽供述の具体的な動機が見当たらなかったとしても、それだけでは、客観的証拠との整合性や供述経過に大きな問題を含んだ供述の信用性を肯定する根拠としては不十分である。
  したがって、この点に関する検察官の主張は採用できない。
第4 結語
  以上のとおり、検察官の主張を十分踏まえて検討しても、10月24日夜に被告人から性交されたというAのEに対する供述を信用することは困難であり、それに基づき本件公訴事実を認定することはできない。また、その他の証拠を検討しても、同月23日から同月25日までの間に、被告人がAと性交したことを認めるに足りる証拠は見当たらない。
  したがって、本件公訴事実については、合理的な疑いを超えた証明がなされたとはいえず、犯罪の証明がないことになるから、刑訴法336条により、被告人に対して無罪の言渡しをする。
(求刑 懲役8年)
 (裁判長裁判官 須田雄一 裁判官 佐藤傑 裁判官 米満祥人)