児童ポルノ・児童買春・児童福祉法・監護者わいせつ・不同意わいせつ・強制わいせつ・青少年条例・不正アクセス禁止法・わいせつ電磁的記録弁護人 奥村徹弁護士の見解(弁護士直通050-5861-8888 sodanokumurabengoshi@gmail.com)

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性的意図不要説になるとわいせつ行為として有罪になるよう正当な治療行為の例(東京地裁H24.10.31)

 こういうのを客観的には性的自由を害するような行為だとすると、医師がやってれば性的意図があっても正当行為として一律に準強制わいせつ罪にはならないという結論もとれないので、結局、正当性レベルで性的意図が要件になってきます。
 こういうのを客観的には性的自由を害するような行為ではないとすると、医師がやってれば性的意図があっても一律に準強制わいせつ罪にはならないという結論になって、それでいいのかということになりますよね。医師に有利な解釈としてはあり得るのでしょう。

東京地方裁判所判決平成24年10月31日
       主   文

 平成23年5月16日付け起訴状,同年6月17日付け及び同年7月13日付け追起訴状記載の各公訴事実につき,被告人は無罪。

       理   由

一 公訴事実及び当裁判所の判断の骨子
 1 公訴事実の骨子
   本件公訴事実は,「東京都品川区(以下略)において□□クリニックという名称の診療所(以下,「本件クリニック」という。)を開設する医師である被告人が,いずれもその通院患者であるA(A。当時27歳),B(B。当時26歳)及びC(C。当時28歳)が診療を受けるものと誤信して抗拒不能の状態にあることを利用し,同人らにわいせつな行為をしようと考え,
  (1) 平成23年2月22日午後6時24分ころから同日午後6時37分ころまでの間,本件クリニックにおいて,Aに対し,同人が診療を受けるものと誤信して抗拒不能になっていることに乗じ,パンティーを脱がせ,両脚を開かせるなどして,その膣内に手指を挿入して弄んだほか,その着衣をたくし上げさせ,両乳房を露出させて両手でもんだり,乳首を指先でつまむなどし(同年5月16日付け起訴状記載の公訴事実。以下「A事件」という。),
  (2) 同年4月15日午後3時10分ころから同日午後3時30分ころまでの間,本件クリニックにおいて,Bに対し,同人が診療を受けるものと誤信して抗拒不能になっていることに乗じ,着衣をたくし上げさせ,両乳房を露出させて両手でもんだり,乳首を指先でつまんだほか,そのパンティーを脱がせ,両脚を開かせるなどして,その陰部に右手を押し当てて弄ぶなどし(同年6月17日付け追起訴状記載の公訴事実。以下「B事件」という。),
  (3) 同年4月18日午後5時ころから同日午後5時30分ころまでの間,本件クリニックにおいて,Cに対し,同人が診療を受けるものと誤信して抗拒不能になっていることに乗じ,着衣をたくし上げさせ,両乳房を露出させて両手で押したり,乳首を指先でつまんだほか,そのパンティーを脱がせ,両脚を開かせるなどして,その陰部に右手を押し当てて弄ぶなどした(同年7月13日付け追起訴状記載の公訴事実。以下「C事件」という。)」
  というものである。
 2 当裁判所の判断の骨子
   当裁判所は,外形的行為そのものに争いがあるB事件及びC事件については,被告人の認める限度での事実が認められると判断した上,各公訴事実記載日のA,B及びCに対する行為は,全人的医療の立場から行った医療行為であるとの被告人の主張を不合理として排斥することはできず,いずれの事件についても,わいせつ目的があったと認めるには合理的な疑いが残るから,被告人は無罪であると判断した。
二 前提事実及び争点
 1 前提事実
   関係証拠によれば,以下の事実を認定することができる。
  (1) 被告人の経歴等
    被告人は,昭和52年に医師国家試験に合格した後,大学附属病院での臨床経験や産業医としての勤務等を経て,平成15年に本件クリニックを開院した。被告人は,同院において,精神科,神経科,心療内科及び内科を標ぼうして,患者の診療に当たっていた。
  (2) A,B及びCの通院歴等
    Aは,平成20年6月2日からA事件当日である平成23年2月22日までの約2年半の間,中断を挟みつつも,合計65回にわたり,本件クリニックに通院し,被告人の診察を受けていた。Aは,その間,初診時から平成22年6月まではドグマチールを,同月以降はベゲタミンB又はベゲタミンAを処方されていた。
    Bは,平成23年1月26日からB事件当日である同年4月15日までの3か月弱の間,12回にわたり,Cは,同年2月18日からC事件当日である同年4月18日までの2か月の間,10回にわたり,いずれも継続的に本件クリニックに通院し,被告人の診察を受けていた。B及びCは,それぞれの通院期間を通じ,ドグマチールを処方されていた。
  (3) 薬剤の効能及び副作用等
    ドグマチールは,胃・十二指腸潰瘍,統合失調症うつ病うつ状態に対して効能を有する薬剤であり,うつ病うつ状態の患者に対しては,通常成人1日150〜300mgを分割経口投与し,症状により適宜増減するが,1日600mgまで増量することができるとされている。ドグマチールの副作用の一種として,乳汁分泌,月経異常,乳房腫脹,体重増加があるとされ,その能書には,乳汁分泌等の症状が現れることがあるので,観察を十分に行い,慎重に投与すべきと記載されている。
    ベゲタミンA及びベゲタミンB(以下,両者をあわせて「ベゲタミン」ということがある。)は,統合失調症,老年精神病,躁病,うつ病又はうつ状態並びに神経症における鎮静催眠の効能を有する薬剤であり,鎮静には,通常,成人1日3〜4錠を分割経口投与し,催眠には,通常,成人1日1〜2錠を就寝前に経口投与し,年齢,症状により適宜増減することとされている。ベゲタミンの副作用の一種として,乳汁分泌,体重増加があるとされている。
  (4) A,B及びCの告訴
    Aは,平成23年4月20日,Bは,同年5月23日,Cは,同年6月11日,各公訴事実記載日における行為が準強制わいせつ罪に該当するとして,被告人を告訴した。
 2 争点及び当事者の主張
  (1) 争点
    本件の主たる争点は,各公訴事実記載の日時におけるA,B及びCに対する被告人の行為がわいせつ目的に基づくものであるか否かである。このほか,B事件及びC事件については,B及びCに対する外形的な行為の内容,A事件については,Aが抗拒不能の状態にあったか否かも争点となっている。
  (2) 争点に関する当事者の主張
    各公訴事実記載の日時における被告人の外形的な行為についての当事者のの主張は,別紙「当事者の主張一覧」のとおりである。
三 わいせつ目的の有無の判断基準
  強制わいせつ事件(準強制わいせつ事件を含む。)において,被告人が意図的に女性の胸部や陰部に触るなどの行為を行ったと認められる場合,一般的には,そのような行為自体からわいせつ目的の存在を推認することが可能である。しかしながら,医師が行う診察行為には種々様々なものが存在し,この中には女性の胸部や陰部等に対する触診も含まれ得る。したがって,医師が診察として行った行為については,それが女性の胸部や陰部に触れる行為であったとしても,医療行為として合理的に説明可能な場合も当然に想定され得るのであって,そのような行為を行ったこと自体から直ちにわいせつ目的を推認することは許されない。他方,医師が診察として行った行為であっても,その状況において全く必要性のないものであるなど,正当な医療行為としておよそ説明し得ない場合には,わいせつ目的を推認することができる。
  そして,医師の行為が医療行為として説明可能か否かは,当該行為の内容,性質に加え,患者の訴え及び症状,診療の経緯,当該医師の知識及び技量の有無・程度等の事情やこれら事情に係る当該医師の認識を総合考慮し,かつ,当該医師の属する医療機関や医療に対する信条,基本方針等をも踏まえて判断する必要がある。この点,医師としての知識,技量には個人差がある上,医療を実践する環境,立場や医療に対する信条,基本方針も一様でない以上,医療行為としての説明可能性については,具体的な状況及び当該医師の個別事情を踏まえ,個別具体的に判断されなければならず,もとより,医療行為としての適否ないし相当性とは次元が異なることにも留意する必要がある。
  そこで,以下,各事件当日における被告人のA,B及びCに対する外形的行為やこれに至る診察経緯等について認定した上で,これに関する被告人の説明を踏まえ,各外形的行為が医療行為として説明可能であるか否かにつき,順次検討することとする。
四 A事件について
 1 A事件当日の外形的行為及び同日までのAに対する診察経緯
  (1) A事件当日の外形的行為
    Aが携帯オーディオプレーヤーを用いて撮影した動画(甲17)などの関係証拠によれば,被告人が,事件当日,Aに対し,問診を行った後,以下のとおり内診,胸部への触診等を行った事実が認められ,その限りにおいては当事者間にも争いがない。
   ア 内診等
     被告人は,Aに対し,ズボンとパンティーを脱いだ状態で椅子に座らせ,両脚を自己の膝の上に乗せて開脚させた上,その膣内に指を挿入し,膣内から抜いた指の臭いを嗅ぎ,さらに,Aの股の間に顔を近づけて,陰部の臭いを嗅ぐなどした。続いて,被告人は,Aを向かい合うように立たせ,Aの前方から膣内に指を挿入した後,Aに対し,後ろを向いて椅子の座面に膝を乗せて四つん這いのような体勢を取らせ,その後方から膣内に指を挿入した。
   イ 胸,腰及び臀部への触診
     被告人は,再びAを向かい合うように立たせた上,その胸,腰及び臀部に両手のひら全体を軽く押し当てるようにして触れた。
   ウ 胸部の触診
     被告人は,再びAを着席させ,服をたくし上げて胸部を露出させたAに対し,両手で片胸ずつ乳房全体を触るなどした後,右の乳頭部を左手で,左の乳頭部を右手で,それぞれ親指の根元と人差し指の根元で挟み込むようにして圧迫した。
  (2) A事件当日までのAに対する診察経緯
    また,被告人の公判供述やAの診療録(甲20,弁3)等の関係証拠によれば,被告人は,Aに対し,初診から約1か月経過した平成20年7月初旬ころ以降,上記(1)ウと同様の胸部への触診を継続的に行っていたほか,平成22年6月終わりころ以降は,月経中である場合を除き,同アと同様ないしこれに類似する態様での内診を継続的に行っていたとの事実が認められる(なお,Aは,公判廷において,内診が開始されたのは,平成20年の秋又は冬ころであった旨証言している。しかし,上記認定に沿う被告人の公判供述は,A事件当日の被告人とAの会話内容(甲7)や診療録上の記載に概ね符合しているのに対し,Aの証言は,これらと矛盾・齟齬するものであり,上記被告人供述の信用性を否定するに足る十分な根拠を示しているとはいえない。)。
 2 Aに対する行為に関する被告人の説明内容
   上記1で認定した被告人のAに対する胸部の触診及び内診等に関する被告人の説明は,概要,次のとおりである。
  (1) 被告人の医師としての信条,基本方針
    平成15年に本件クリニックを開設して以来,個人開業医として,「全人的医療」の立場から医師業務を行ってきた。「全人的医療」とは,患者の診察に当たり,患者の訴える症状や所見のみを診るのではなく,より健康的な状態で社会適応性を十分に発揮できるように患者を全人的に診るという医療である。本件クリニックにおいては,自分の知識・経験・能力の範囲内で,患者一人一人を全人的にケアするよう心がけており,Aに対しても,「全人的医療」の立場から,その診察等に当たったものである。
  (2) 胸部の触診について
    初診時の診察結果を踏まえ,ドグマチール等の薬を処方したところ,その後,ドグマチールの副作用である乳房の張りと乳汁分泌が出現したため,その程度を診るために胸部の触診を開始した。これらの副作用と抗うつ効果の程度を診て,メリット,デメリットを勘案しながら,ドグマチールの投与を継続すべきか,中止すべきかなどを判断すべきものと考えていた。患者から副作用の程度について問診するだけではなく,自ら触診することにより,熱感,痛み,乳汁分泌の有無・程度等,客観的な副作用の程度を見ながち,薬の処方を判断していた。
    平成22年5月ころに,月経不順,体重増加等,ドグマチールの副作用が悪化したため,同年6月21日にその使用を中止する一方,抗不安効果の薄れや睡眠障害の悪化に対応するため,ベゲタミンBを処方することにした。平成23年1月には交際相手の浮気が発覚したことを契機にAの精神状態が非常に不安定な状態に陥ったことから,ベゲタミンBに代えてベゲタミンAの投与を行うようになった。ベゲタミンB,ベゲタミンAにも乳房の張り,乳汁の分泌の副作用が出る可能性があったので,A事件当日まで,引き続き,胸部の触診を継続した。
  (3) 内診及び胸,腰,臀部への触診等について
    Aは,風俗店での勤務中に客から乱暴な扱いを受けることに対する不満を口にし,陰部に傷をつけられたり,感染したりすることを心配していたところ,ドグマチールを減量した影響もあり,一層不安感が増したことから,平成22年6月終わりころ,Aに対し,陰部の傷や感染について,自分が診ることのできる範囲で確認することを提案し,Aがこれを了承したため,視診,触診及び内診を開始した。Aはその後も風俗店での仕事を続けるとのことだったので,その後の診察においてもこれを継続した。
    A事件当日においても,Aからは,五反田の店を辞めたとの申告はなく,平成23年2月から吉原の店に移るとの従前からの話にも変わりはなく,風俗店での勤務を続けるものと理解していたことから,それまでと同様に内診を行った。その結果,膣後壁に,前回には認められなかった凹凸が認められたため,座位に加え,立位,後背位と体位を変更してもらい,診察を行った。凹凸が短期間に出現していること,痛みや違和感など自覚症状もないことから,便秘による便の滞留と判断し,経過を見ることとした。
    また,Aは,従前から「おりものはそんなには出ないが,臭気が一番気になる」などと言って,陰部の臭気を気にしていたことから,内診の過程で,陰部に顔を近づけて外陰部の臭いを嗅いだ。
    さらに,Aは,ドグマチールの副作用により体重が大幅に増加し,そのことで,風俗店の店長から注意されたこともあり,体重や体型を気にしていたところ,A事件当日の時点でも,なお元の体重には戻らず,体型やスタイルのことも気にしていたため,胸部,下腹部及び臀部に触れて脂肪の付き方等を確認した。
 3 わいせつ目的の有無について
   そこで,上記2の被告人の説明内容を踏まえつつ,上記1の外形的行為に係るわいせつ目的の有無を検討する。
  (1) 胸部の触診について
   ア まず,Aの診療録等によって認められる初診時からA事件当日に至るまでのAの症状,所見等に照らし,ドグマチール及びベゲタミンを含む薬剤の処方そのものについて,特段問題とすべき点はないものと認められる。
   イ 次に,ドグマチール及びベゲタミンの処方の経緯,これら薬剤に想定される副作用や使用上の留意点(上記二1(3))に加え,Aに対する副作用の出現状況等に照らすと,これら薬剤を処方している期間を通じ,継続的に,これら薬剤による副作用の程度を確認する必要が存在したものと認められる。
     すなわち,Aの診療録,被告人供述及びA証言等の証拠によれば,平成20年7月初旬ころ,Aに乳房の張りや乳汁分泌等の副作用が出現したこと,それ以降も同様の副作用が続いたが程度としては軽く,ドグマチールの処方を継続したこと,平成22年3月ころから月経が不規則になるなどの副作用が現れ,同年4月10日にドグマチールを減量したこと,その後,ドグマチール減量によりAに抑うつ感が生じたが,増量による副作用がきついとのAの申告を受け,処方薬を変更することとなり,同年6月初旬にベゲタミンBの処方を開始する一方,同月下旬にはドグマチールの処方を中止したこと,平成23年1月には,ベゲタミンBに代えてベゲタミンAを処方し,以降,A事件当日に至るまでベゲタミンAの処方が続いていたこととの各事実が認められる。
     そして,以上の経過に照らすと,Aに乳房の張りや乳汁分泌の副作用が出現した平成20年7月初旬以降は,ドグマチールの継続投与の可否や投与量の判断材料とするため,それら副作用の程度を継続的に把握する必要性が特に高かったと認められる上,ドグマチールの投与を中止した平成22年6月以降も,同じく乳汁分泌等の副作用があるとされるベゲタミンを処方していた以上,A事件当日に至るまでの間,副作用の程度を把握する必要性がなお存在していたと認められる。
   ウ さらに,ドグマチール等の副作用の程度を把握するための方法として,上記四1(1)ウのような態様による胸部の触診を行うことも,上記目的に沿う医療行為として説明可能なものと考えられる。
     すなわち,副作用の程度を調査する方法としては,患者からの問診により聴取する方法,血中のプロラクチン濃度を測定する方法等,いくつかの方法が考えられるところであるが,前者については,患者の自覚し得る副作用の程度と客観的に認められる副作用の程度との間には齟齬が生じるおそれがあり,それだけでは必ずしも十分とはいえない点において,後者については,費用等の点において,それぞれ短所も存在することは否定し得ない。一方,胸部の触診は,これにより医師が客観的な副作用の程度を知ることが可能となり,かつ,追加的な費用負担を伴うものでもないから,上記の短所を補う診察ということができ,その必要性を否定することはできず,E証人がかつて同様の触診を行っていたとの事実もこれを裏付けるものといえる。
   エ そこで検討するに,被告人がAに対し胸部の触診を行っていた期間は,ドグマチール等の副作用の程度を把握する必要が存続した期間と外形的に一致するだけでなく,上記イに認定したとおり,被告人は,その間,副作用の程度に応じてドグマチールの処方を増減させたり,処方薬を変更するなど,きめ細かく対応していたことが認められる上,胸部の触診という方法を選択した理由についても,上記ウに沿う事情を含め,詳細かつ具体的に説明をしており,その内容に特段不合理な点はうかがわれない。そうである以上,医療行為として胸部の触診を行ったとの被告人の説明(上記2(2))は合理的なものとして理解し得るというべきである(なお,Aの診療録上は,平成22年8月6日分に「副作用は,消失へ」との記載があるほか,被告人自身,A事件当日にはAに乳汁分泌の副作用は認められなかったと供述しており,遅くとも同時点までに乳汁分泌等の副作用が出現しない状態になっていたと認められるのであって,同時点における胸部の触診の必要性が高かったとまではいえないように思われる。しかし,上記イのとおり,A事件当日においても,ベゲタミンによる副作用が出現する可能性はあったと認められ,それを前提とした胸部触診の必要性も否定し得ないので,この点を踏まえても,上記判断は左右されない。)。
  (2) 内診等について
   ア 内診等を行うに至った診療経緯等について
     被告人は,公判廷において,Aに対し内診等を行うに至った経緯等について,骨子,上記2(3)のとおり供述するところ,このうち内診を開始し,これを継続することになった事情として述べられているAの風俗店での勤務状況や陰部への傷や感染についての不安の申告等の外形的な事情については,その内容自体に特段不自然な点は見られない上,「弁護士ドットコム」へのAの投稿内容(弁4)やA事件当日の被告人自身の発言に符合ないし裏付けられている。
     したがって,被告人の公判供述は,少なくとも上記の限度においては十分に信用することができるというべきであり,同供述を含む関係証拠によれば,平成22年6月ころ,Aから風俗店の勤務中に客から乱暴な扱いを受け,陰部の傷や感染が心配である旨の不安が述べられたこと,同月下旬ころから内診を開始したこと,Aの風俗店での勤務はその後も続いていたが,同年12月末に,Aから,翌月末で五反田の店を辞め,吉原の店に移る旨の申告があったこと,平成23年1月に入っても,仕事を休んでいるとの申告はあるものの,五反田の店を辞めたとの話はなく,吉原の店に移るとの話にも変わりがなかったこと,Aからは,平成22年5月ころ以降,薬の副作用により大幅に増加した体重や体型が気になるとの申告や,同年12月ころには陰部の臭気が気になるとの申告があったことなどの事実が認められる。
     これに対し,Aは,公判廷において,内診が開始されたのは平成20年9月16日ころである,風俗店に勤務していたのは平成21年1月か2月までであるなどと述べ,上記認定と明らかに異なる証言をしている。しかし,内診開始時期に係るA証言は,前述のとおり,A事件当日の被告人とAの会話内容等に符合せず,風俗店での勤務状況に係るA証言は,Aの診療録の記載やA自身による「弁護士ドットコム」への投稿内容と齟齬するなど,A証言には,重要な点において客観証拠等との食い違いが存在する。したがって,A証言は,上記の各点を含め,被告人供述に反する限度においては信用することができず,上記認定は左右されない。
   イ 医療行為としての説明可能性について
     上記アのとおり,被告人が内診を開始した平成22年6月当時,Aは風俗店に勤務しており,その勤務中に客から陰部に傷をつけられることや,感染について心配していたことが認められる上,Aの診療録によれば,同年5月から7月ころにかけて,ドグマチール減量の影響等により,断続的に抑うつ感が強まり,自傷衝動に駆られるなど,精神症状が悪化する傾向にあったことがうかがわれる。そして,これらの事情を前提とすると,陰部の傷や感染の有無を確認するために内診を行う必要性が存在したこと自体を否定しがたい上,風俗店での勤務を継続していく上での不安を払拭し,精神症状の悪化を防ぐためにも意味のある診察であったというべきである。
     もっとも,内診は,通常,婦人科において行われる診察であり,かつ,被告人においては,Aに婦人科を紹介することも可能であったのであるから,Aにとって内診が必要であったからといって,精神科医である被告人による内診が当然に医療行為として説明可能なものになるわけではない。この点,D証人は,正当な医療行為といえるためには,医師に相応の知識,技量及び設備があることが必要であり,かつ,患者のメリットがデメリットを上回るものである必要がある旨証言する。D証人の示す基準は,「医療行為はどうあるべきか」という観点から述べられているきらいがあり,「医療行為としての説明可能性」の基準としてそのまま用いることはできないものの,相応の知識,技量及び設備もなく,患者のメリットにもならないような行為は,医療行為として説明可能なものと評価し得ないことはいうまでもない。
     そこで,検討するに,被告人の述べるところの内診(及び陰部の視診,触診)は,陰部に容易に発見し得るような傷や感染がないかを調べるという初歩的な診察として行われたものであり,婦人科における治療をも視野に入れた精密な検査とは性質を異にするものであるから,医師に要求される知識及び技量という点でも自ずと差異があるといえる。被告人が婦人科を標ぼうしておらず,婦人科医として十分な経験を有しているといえないことを踏まえても,上記のような初歩的な診察としての内診を行うことは,被告人の知識及び技能の範囲内で行った医療行為とみる余地がある。また,被告人は,婦人科に紹介せずに,自ら内診をするようになった経緯について,Aの不安状態が強まっており,仕事以外の日は活動性も低く,動くことができない状況にもあったため,必要があれば婦人科に紹介するとの前提で内診を提案し,Aの了解を得て内診を開始したなどと説明する。このうち,当時のAの症状についてはAの診療録上の記載にも符合する上,Aに対し,自ら内診を提案した理由についても,開業医の立場において「全人的医療」を実践するという被告人の信条にも沿うものとして理解することができ,上記説明は全体として信用することができる。そして,これを前提とすれば,被告人による内診は,A自身の了解の上でなされた,Aにとってメリットのある医療行為であったと評価し得る。
     また,上記アのとおり,被告人が内診を開始した平成22年6月以降も,Aは風俗店での勤務を継続していたと認められるから,A事件当日である平成23年2月22日の時点を含め,引き続き,内診の必要性が存在したものと認めることができる(なお,上記アのとおり,平成23年1月以降は,Aは,実際にはほとんど風俗店で稼働していなかったものと認められるものの,「吉原の店に移る」旨の話をするなど,Aが風俗店での勤務を継続する意思であったことには変わりがなく,被告人もその旨認識していたものと認められる以上,同月以降の内診についても,その必要性を否定することはできないというべきである。)。
     なお,上記1(1)アのとおり,A事件当日の内診は,座位に続き,立位及び後背位でもなされており,婦人科において行われる標準的な座位による内診と異なる態様で行われている。しかし,このように体勢を変えつつ内診を行った理由に関する被告人の説明(上記2(3))についても,特段,不自然,不合理な点は見受けられず,これを排斥することはできない。
     また,上記アのとおり,Aは陰部の臭気や体型を気にする旨話していたと認められ,これを前提とすれば,内診を行った指や陰部の臭気を確認した行為,胸,腰及び臀部を両手のひらで触れた行為についても,それらAの申告に対応し,陰部の臭気や脂肪の付き方を確認したとの被告人の説明(上記2(3))を不合理として排斥することはできない。
  (3) 以上によれば,上記1の認定にかかるAに対する外形的行為は,いずれも医療行為として説明し得ないものとはいえないから,被告人にわいせつ目的を認めることはできない。
  (4) 検察官の指摘するその他の事実について
    これに対し,検察官は,内診等が看護師等の立会いなくして行われたこと,診療録に記載がないこと,内診が素手で行われていることなどを指摘し,これらは,被告人にわいせつ目的があったことを推認させる事情である旨主張する。しかし,これらの事情は,被告人の行為の適否の観点から問題になり得る事情ではあるものの,必ずしもわいせつ目的を推認させるものとはいえず,これら事情を踏まえても,上記(3)の認定は左右されないものと判断したので,以下,それぞれの点について補足して説明する。
   ア 看護師等の立会いがなかったこと
     A証言及び被告人供述によれば,Aに対して内診及び胸部の触診を行う際には,看護師等の立会いはなく,診察室の中にはAと被告人のみがいる状態で実施されたことが認められる。この事実は,被告人が,当該行為について,第三者の目に触れさせることのできない性質のものであると認識していたことをうかがわせる事情とみる余地がある。とりわけ,検察官の主張するように,内診及び胸部の触診は,患者に対して誤解を与える可能性のある行為であり,そのような誤解を招かないために第三者を立ち会わせることの有効性については,医師として長年の経験を有している被告人も,当然認識していたと考えられる。
     しかしながら,被告人は,この点について,「精神科,心療内科における問診の内容には第三者に余り聞かれたくないものも含まれるので,第三者を立ち会わせることは余り考えていなかった」と供述している。たしかに,医師としては患者のプライバシーに関する事柄も診療に当たって考慮する必要があるといえ,そのような事情を聴取するために,なるべく患者が話をしやすい状況を作るべく,あえて第三者を立ち会わせないこととすることは必ずしも不合理とはいえない。加えて,被告人は,平素の診察時から第三者を立ち会わせていなかったのであり,内診や胸部の触診を行う場合に限って立ち会わせなかったというような事情もないのである。そうすると,患者に配慮して第三者を立ち会わせていなかったという被告人の供述が虚偽のものであるとしてこれを排斥することはできない。
     したがって,内診及び胸部の触診において第三者を立ち会わせなかったという事実は,必ずしも,被告人のわいせつ目的を推認させる事情とはいえない。
   イ 診療録に記載がないこと
     Aの診療録には,Aからの聴取内容などが詳細に記載されている一方で,内診に関する記載は一切なく,胸部の触診についても「副作用」又は「月経」に関する記載はあるものの,乳汁分泌及び乳房の張りの程度に関する記載や,胸部の触診行為に関する記載のないことが認められる。現に診察を行っていながら,その事実について診療録に記載していないという事実は,被告人が,当該診察行為が公にすることができない性質のものと認識していたことをうかがわせるようにも思われる。
     しかしながら,被告人は,この点について,「患者の診療終了後,限られた短い時間の中で診療録を記載していたことから,重要度の高い所見や副作用等について優先的に記載し,身体的な症状については,病的な所見が見られる場合や,専門の医師に診察してもらう必要がある場合等を除いては,記載をしていなかった」「副作用については,前回と違いがなければ,特段記載はしなかった」などと供述している。そして,Aの診療録の記載は上記被告人の説明に沿うものと理解し得る上,□□クリニック受診状況報告書(弁22)によると,被告人は,現に,30分当たり4名程度の患者の診察を行うこともあったことが認められ,この事実は,診療録を記載する時間が限られていたという被告人の上記供述を裏付けるものといえる。
     そうすると,胸部の触診及び内診について診療録に記載がないという事実は,必ずしも,被告人がわいせつ目的を有していたことを推認させる事情に当たるとはいえない。
   ウ 内診が素手で行われたこと
     A証言及び被告人供述によれば,被告人は,内診の際,ゴム手袋等を装着せず,素手でこれを行ったことが認められる。
     この点,内診を含む陰部等への触診の際には,感染等を防止するため,ゴム手袋等を装着することが望ましいとされているものの,内診を行う際にゴム手袋等の装着が必須とまではいえない。また,被告人は,素手で内診を行った理由につき,婦人科の医師に比べた場合,内診を行う機会は相当程度限られており,十分に消毒していれば感染は防げるし,指の感触を鋭敏にするために素手で行うことを優先したなどと説明しているところ,その内容もあながち不自然,不合理とはいえない。
     そうすると,内診を素手で行ったとの事実から,わいせつ目的を推認することはできない。
  (5) 小括
    被告人が行った上記1(1)の外形的行為については,D証人が医療行為として認められないと述べていることはもとより,E証人も患者に対する配慮に欠ける面があったと述べていることからすると,医療行為としての適切性という意味において問題なしとしないものであったといわざるを得ない。しかしながら,すでに検討したとおり,被告人が行ったこれら外形的行為については,いずれも「全人的医療」の立場から行った医療行為であるとの被告人の説明を不合理なものとして排斥することができず,検察官の指摘する他の事実を踏まえても,医療行為として説明可能であるというべきである。
 4 結論
   以上より,被告人によるA事件の公訴事実記載の各行為については,上記1(1)の限度でこれに沿う外形的行為は認められるものの,わいせつ目的で行われたことの立証がないこととなるから,Aが抗拒不能の状態にあったか否かの点について判断するまでもなく,無罪である。
五 B事件について
 1 B事件当日の外形的行為及び同日までのBに対する診察経緯等
  (1) B事件当日のBに対する外形的行為については,上記二2(2)のとおり,検察官は,直接証拠であるBの証言に依拠し,被告人が陰部に右手を押し当てて弄んだ旨主張するのに対し,弁護人は,被告人の公判供述等に依拠し,腹部全体及び左鼠径部を触診したものの,陰部に右手を押し当てた事実はない旨主張し,当事者間に争いがある。B事件当日の外形的行為については,B及び被告人以外にこれを体験ないし目撃した者はおらず,その認定は,B証言及び被告人供述に依拠して行うほかないところ,両者の間には,B事件当日の外形的行為の内容のほか,同日までのBに対する診察経緯等についても矛盾・齟齬する点が見受けられるのであって,B証言及び被告人供述の信用性を判断するに当たっては慎重を期する必要がある。
  (2) B証言の信用性
   ア そこで,まず,B証言の信用性について検討すると,Bは,平成23年1月に本件クリニックへの通院を開始し,B事件当日の診察まで,約3か月間にわたって12回,被告人の診療を受けており,Bの診療録(甲36,弁2)及び被告人供述によれば,その間にBの精神状態が改善していったことも認められるのであるから,被告人は,Bとの間で,良好な医師・患者関係を構築しており,Bも被告人を信頼していたと考えられる。そうすると,Bには,被告人に不利となるような虚偽の事実を敢えて述べるような動機があるとは考えがたい。また,Bは,内診が行われた経緯や,胸部及び陰部等を触られるなどした際の状況を具体的に証言している。
   イ しかしながら,B証言については,次の点を指摘することができる。
     まず,Bが被告人の行為をわいせつ行為であると考えるようになった経緯についてみると,Bによれば,B事件の当時(同年4月15日)においては,被告人による診察が適正な医療行為と信じていたが,同月25日に,知人を通じ,被告人の逮捕がニュースで報じられたことを知り,インターネットで調べたところ,その被害者の書いていた内容が自分のされていたことと「同じこと」(Bの証人尋問調書22頁)であったため,自分もわいせつ行為の被害に遭ったと思うようになったというのである。このような経緯からすると,Bの記憶が,被告人はわいせつ犯の犯人であり,自分以外にも「同じこと」をされた被害者がいるなどという先入観によって,それに沿うように変容しているのではないかという疑問が生ずるところである。とりわけ,Bは,上記のとおり,B事件当日の時点においては,被告人の行為をわいせつ行為であるという疑いを抱いていなかったのであるから,これを意識的に観察,記憶しようとしてはいなかったと考えられる上,Bのいうところの陰部には,下腹部や鼠径部,さらには太ももの上部付近をも含む広い範囲が含まれるというのであって(同39頁),触られた具体的な部位についてのBの記憶がもともとあいまいなものであった可能性を否定し得ない。そして,B事件当日からBがわいせつ行為の被害に遭っていたと思うまでに10日間,その後告訴までの間には更に約1か月が経過していることからすると,記憶が変容するだけの時間的間隔も存在していたといえる。これらの事情に照らすと,被告人の行為がわいせつ行為であるなどという思い込みによって,もともとあいまいであったBの記憶が変容したというおそれは,単なる抽象的可能性として捨て置くことのできないものというべきである。
   ウ また,弁護人は,診療録の記載によれば,B事件の当日,Bが生理中であったことが認められ,月経中でありながらパンティーを陰部が露出するまで下げるということは経験則上あり得ないから,Bの証言が客観的証拠と矛盾していると主張している。この点,B事件当日のBの診療録には「menses(月経の意)+となり」との記載があるところ,これは「月経がある状態になった」という意味に解するのが自然であり,B事件の当時においてBが月経中であったことを必ずしも意味しないと考えられるが,少なくともBが月経中であった可能性を示唆するものであるから(なお,B自身も月経中であった可能性を認めている。),その限度においては,B証言の信用性を疑わせる事情といえる。
     さらに,Bによれば,被告人は,椅子に座った状態で,かつ,パンティーを陰部が全部出る程度まで下げた状態のBに対し,右手の親指以外の4本の指を逆手で押すようにして触ってきたというのであるが,Bの証言するような態様でBの陰核付近まで触ることは,Bが椅子に浅く腰かけるなどすれば,物理的に不可能とまではいえないにせよ,不自然であることは否定できない。
   エ 以上のようにみると,B証言の信用性には疑いを容れる余地があるというべきである。
  (3) 被告人供述の信用性
    次に,被告人供述の信用性について検討すると,被告人の供述は,Bの陰部を触ったことがないとする点も含め,捜査段階から一貫しており,検察官の反対質問にも揺らいでいない。また,その内容をみても,全体として,診療録の記載とよく整合しており,B事件当日における客観的な診察内容に関する供述自体には特段不自然,不合理な点があるとはいえない。
    もっとも,B事件以前の診察経緯に関するものではあるが,Bに対して内診を行った経緯についての供述には,いささかの違和感を禁じ得ないところもある。すなわち,被告人は,Bから「性交後に起き上がれなくなるくらい強い痛みがある」などとの訴えがあったことから,器質的な疾患があるのかもしれないと考え,Bに対し,内診を提案し,その承諾を得た上,内診を行ったというのであるが,Bは,公判廷において,強い痛みを訴えた事実を明確に否定している上,Bの診療録にも上記申告については一切記載されていない。重要度の高い所見を優先的に記載するという被告人の診療録への記載方針を前提としても,「起き上がれなくなるくらいの強い痛み」について何ら記載がないことは不自然にも思われる。
    しかし,Bは,被告人から性交時の痛みを問われて,子宮に当たる感じがして違和感がある旨答えた,小柄な人のほうが子宮が手前にあるという話を聞いたが,そのせいではないかなどと言ったこともあるとも述べており,被告人が器質的な疾患を疑う契機となる会話があった限度においては被告人供述と一致している。また,診療録に記載がない点についても,内診の結果,膣長が少し短いという実感があったものの,特に異常はないと判断したので,特段の記載をしなかったという被告人供述は,むしろ,身体的な症状については,病的な所見が見られる場合等を除いては,記載をしていなかったという被告人の記載方針にも沿うもので,あながち不合理とはいえない。
    結局のところ,被告人供述は,少なくともBに対する客観的な診察経緯及び内容に関する限りにおいて,その内容自体が,明らかに不自然,不合理であるとすべき点は見受けられない。
  (4) 小括
    以上を踏まえ,B証言の信用性について更に検討すると,B証言は具体的であるものの,上記のとおり,思い込みにより記憶が変容した可能性等が否定できないのであって,他方で,被告人供述には,少なくとも客観的な診察経緯及び内容に関する限りにおいて,これが直ちに虚偽であるといえるような不自然,不合理な点がないことからすれば,B証言に,被告人供述を排斥し得るような高度の信用性を認めることには疑問が残るというべきである。
    そうすると,公訴事実記載の行為のうち,被告人がBのパンティーを脱がせ,両足を開かせるなどして,その陰部に右手を押し当てて弄ぶなどしたという点については,これらの事実がなかったとする被告人供述を排斥することができず,当該事実を認定するには合理的疑いが残ることとなるから,被告人が供述する限度での事実を認めるのが相当である。
    したがって,B事件当日の被告人の外形的行為については,被告人が,Bに対し,?両乳房を露出させて両手で押し,乳首を指先でつまんだほか,?パンティーを腰骨の下辺りまで下げさせ,椅子に座らせた状態で,右手で腹部及び左鼠径部を触ったとの事実が認められる。
    また,Bの診療録や被告人供述等の関係証拠によれば,被告人は,Bに対し,初診時より腹部の触診を行い,二,三回目の診察時以降,上記?と同様の腹部,鼠径部への触診を継続的に行っていたこと,初診から約1か月経過した2月下旬ころから上記?とほぼ同様の胸部への触診を継続的に行っていたとの事実が認められる。
 2 Bに対する行為に関する被告人の説明内容
   上記1(4)で認定した被告人のBに対する胸部,腹部等の触診に関する被告人の説明は,概要,以下のとおりである。
  (1) Bには,初診時からドグマチールを処方したが,それから10日目ころには胸の張りが現れ,1か月が経ったころには乳汁の分泌がみられるようになったので,この段階で,副作用の程度を診るため,胸部の触診を行った。その後も同様の目的で胸部の触診は継続的に行った。
  (2) 二,三回目の診察時,腹部の触診を行っている際に,Bから,鼠径ヘルニアの既往があることを聞き,Bの訴えている胃痛や腹部膨満感が鼠径ヘルニアの再発によるものである可能性を調べるため,鼠径部の触診を行った。このときは,上の服はたくし上げてもらい,ズボンとパンティーについては,腰骨から二,三センチ下のところまで下げてもらった。触診は右手で行い,パンティーに隠れた部分については,左手でパンティーを少し下げるようにして行った。その後の診察時においても,腹部の触診を行う際に,併せて鼠径部の触診も実施した。
  (3) 平成23年4月15日(B事件当日)の診察では,問診及び聴診に引き続き,胸部,腹部及び鼠径部の触診を行った。胸部の触診は,もうほとんど乳汁の分泌はみられない状況であったので,触診を開始した当初の内容に加え,乳頭部をつまんで痛みを診たり,乳房全体を親指と4本の指で挟むような方法でも触診を行ったが,特に痛みの増強はなかった。腹部及び鼠径部の触診の内容・目的はそれまでと同様である。
 3 わいせつ目的の有無について
   そこで,上記2の被告人の説明内容を踏まえつつ,上記1の外形的行為に係るわいせつ目的の有無を検討する。
  (1) 胸部の触診について
    ドグマチールを処方している患者が乳汁分泌等の副作用を訴えた場合に,その副作用の程度を確認する必要があり,そのために胸部の触診を行うことが医療行為として説明可能であることについては,既にA事件における検討において述べたとおりである。
    この点,Bの症状,所見等に照らし,初診時以降,継続的にBにドグマチールを処方したこと自体に特段問題とすべき点はないものと認められる上,初診から約10日後に副作用が現れ,その後もB事件当日まで副作用が消失していないことは,Bの診療録に裏付けられており,B自身も概ねこれに沿う証言をしている。そうである以上,ドグマチールの副作用の程度を診るために胸部の触診を始め,B事件当日においても同様の目的で胸部の触診を行ったとの被告人の説明は合理的なものとして理解することができる。
  (2) 腹部及び鼠径部への触診について
    診療録の記載から,Bに鼠径ヘルニアの既往があること,Bが胃痛や腹部不全感を訴えていたことが裏付けられており,これを前提とすれば,ヘルニアの診察として鼠径部等の触診を行う必要性が存在したこと自体は否定されない。
    また,ヘルニアの触診は,鼠径部等を軽く押すようにして触診をしつつ,違和感の有無を確認するというもので,学生時代に研修を受けていれば,特別な技量を要せずして行い得るというのであって,Bに対する鼠径部等の触診も,被告人の知識,技能の範囲内で行った医療とみることができる。
  (3) 以上によれば,上記1の認定にかかるBに対する行為はいずれも医療行為として説明し得るものといえるから,被告人にわいせつ目的を認めることはできない。また,上記行為は看護師等の立会いなくして行われ,かつ,診療録にも記載されていないが,これらの事情が必ずしもわいせつ目的を推認させるものではないことはA事件との関係で既に説示したとおりであり,これら事情を踏まえても,上記認定は左右されない。
 4 結論
   以上のとおり,被告人によるB事件の公訴事実記載の各行為については,上記1(4)の限度でこれに沿う外形的行為は認められるものの,わいせつ目的で行われたことの立証がないこととなるから,被告人は無罪である。
六 C事件について
 1 C事件当日の外形的行為及び同日までのCに対する診察経緯等
  (1) C事件当日のCに対する外形的行為については,上記二2(2)のとおり,検察官は,直接証拠であるCの証言に依拠し,被告人が,椅子に座った状態及び立った状態のCに対し,その陰部に右手を押し当てて弄ぶなどした旨主張するのに対し,弁護人は,被告人の公判供述等に依拠し,腹部及び下腹部を触診したものの,陰部に右手を押し当てた事実はない旨主張し,当事者間に争いがある。C事件当日の外形的行為については,C及び被告人以外にこれを体験ないし目撃した者はおらず,その認定は,C証言及び被告人供述に依拠して行うほかないところ,両者の間には,C事件当日の外形的行為の内容のほか,同日までのCに対する診察経緯等についても矛盾・齟齬する点が見受けられるのであって,C証言及び被告人供述の信用性を判断するに当たっては慎重を期する必要がある。
  (2) C証言の信用性
   ア そこで,まず,C証言の信用性について検討すると,Cは,平成23年2月に本件クリニックへの通院を開始し,C事件当日の診療まで,2か月間にわたって10回,被告人の診察を受けており,Cの診療録(甲41,弁1)及び被告人供述によれば,その間にCの精神状態が改善していったことも認められるのであるから,被告人は,Cとの間で,良好な医師・患者関係を構築しており,Cも被告人を信頼していたと考えられる。そうすると,Cには,被告人に不利となるような虚偽の事実を敢えて述べるような動機があるとは考えがたい。また,Cは,胸部及び陰部等を触られるなどした際の状況を具体的に証言している。
   イ しかしながら,C証言については,次の点を指摘することができる。
     まず,Cが被告人の行為をわいせつ行為であると考えるようになった経緯についてみると,Cによれば,C事件の当時においては,被告人による診察が適正な医療行為と信じていたところ,その後,本件クリニックでの受診ができなくなり,新たに受診した病院において,「あなたも被害者なのか」という旨の質問を受け,自分もわいせつ行為の被害に遭ったと思うようになった,それからも自分の思い込みなのではないかと思ったりもしたが,自分以外に2人被害者がいると聞き,まだ泣き寝入りをしている人がいるのではないかと思ったことなどから,最終的に告訴することを決意したというのである。このような経緯からすると,Cの記憶が,自分がわいせつ行為の被害者であるという先入観や既になされていたA及びBの告訴の影響により,変容しているのではないかという疑問が生ずるところである。とりわけ,Cは,上記のとおり,C事件の当時においては,被告人の行為をわいせつ行為であるという疑いを抱いていなかったのであるから,これを意識的に観察,記憶しようとしてはいなかったと考えられる上,Cによれば,被告人が陰部を触る行為は「ちらっとは見」たにとどまり(Cの証人尋問調書23頁),その際の手の見え具合や感触に基づいて認識,記憶したというのであって,Cの記憶がもともとあいまいなものであった可能性を否定し得ない。そして,C事件当日からCがわいせつ行為の被害に遭っていたと思うようになるまでに少なくとも1週間から10日程度,その後告訴までの間には更に1か月強を要していることからすると,記憶が変容するだけの時間的間隔も存在していたといえる。これらの事情に照らすと,被告人の行為がわいせつ行為であるという思い込みによってCの記憶が変容したおそれというのは,単なる抽象的可能性として捨て置くことのできないものというべきである。
   ウ また,Cは,C事件当日に陰部を触られた際の状況について,?被告人は,椅子に座った状態で,かつ,パンティーを陰部が全部出る程度まで下げた状態のCに対し,その恥骨と膣の間くらいを片手または両手の指先で強く押し,?その後,向き合って立った状態のCに対し,右手の人差し指と親指を付けるようにして上に押すようにして陰部の奥を触ってきた旨証言する。しかし,?については,Cの証言するような態様でCの恥骨と膣の間くらいを片手または両手で触ることは,Cが椅子に浅く腰かけるなどすれば,物理的に不可能とまではいえないにせよ,不自然であるといわざるを得ず,また,?についても,Cによれば,立ち上がった際の両脚の間隔は肩幅より狭い程度であったというのであって,そのような体勢で,Cの証言するような態様で,陰部の奥を親指と人差し指で触ることは不可能ではないにせよ,不自然であるといわなければならない。
   エ 以上のようにみると,C証言の信用性には疑いを容れる余地があるというべきである。
  (3) 被告人供述の信用性
    次に,被告人供述の信用性について検討すると,被告人供述は,腹部の触診の範囲を広げて下腹部まで触診を行うようになった時期について,供述録取書(弁6,15)との間で変遷がみられるものの,その余の点については,捜査段階から大筋において一貫しており,検察官の反対質問にも揺らいでいない。また,その内容をみても,全体として,診療録の記載とよく整合しており,C事件当日における客観的な診察内容に関する供述自体には特段不自然,不合理な点があるとはいえない上,被告人が,Cから,婦人科でピルを処方されており,腹痛については診察を受けていない旨を聴取していたことは,診療録の記載によって裏付けられている。
  (4) 小括
    以上を踏まえ,C証言の信用性について更に検討すると,C証言は具体的であるものの,上記のとおり,思い込みにより記憶が変容した可能性等を否定できないのであって,他方で,被告人供述には,少なくとも客観的な診察経緯及び内容に関する限りにおいて,これが直ちに虚偽であるといえるような不自然,不合理な点がないことからすれば,C証言に,被告人供述を排斥し得るような高度の信用性を認めることには疑問が残るというべきである。
    そうすると,公訴事実記載の行為のうち,被告人がCのパンティーを脱がせ,両足を開かせるなどして,その陰部に右手を押し当てて弄ぶなどしたという点については,これらの事実がなかったとする被告人供述を排斥することができず,当該事実を認定するには合理的疑いが残ることとなるから,被告人が供述する限度での事実を認めるのが相当である。
    したがって,公訴事実記載の被告人の外形的行為については,被告人が,Cに対し,?両乳房を露出させて両手で押し,乳首を指先でつまんだほか,?パンティーを腰骨の下辺りまで下げさせ,椅子に座らせた状態で,腹部及び下腹部(恥骨上縁までの範囲)を手で触ったとの事実が認められる。
    また,Cの診療録や被告人供述などの関係証拠によれば,被告人は,Cに対し,初診時より腹部の触診を行い,初診時から約1か月後に,腹部の触診の範囲を上記?と同様の範囲に拡げ,以降,継続的に腹部及び下腹部の触診を行っていたこと,初診時から1か月を過ぎたころから上記?とほぼ同様の胸部への触診を継続的に行っていたとの事実が認められる。
 2 Cに対する行為に関する被告人の説明内容
   上記1(4)で認定した被告人のCに対する胸部,腹部等の触診に関する被告人の説明は,概要,以下のとおりである。
  (1) Cには,初診時からドグマチールを処方したが,初診から1か月を過ぎたころから,乳房の張りに加え,乳汁分泌の副作用も現れたことから,副作用の程度を確認するために乳房及び乳頭の触診を行った。それ以降も,同様の目的で胸部の触診を継続的に行った。
  (2) Cは,初診時に,胃痛,吐き気などを訴えていたので,器質的な疾患があるかなどの所見を得るため,腹部の触診を行い,以降の診察時にも同様に腹部の触診を行っていた。また,Cからは,生理痛のため,婦人科で処方されたピルを服用していると聞いており,ドグマチールとののみ合わせによる症状の経過を慎重に観察する必要があったことから,初診から1か月くらいが経過したころ,Cの腹痛ないし腹部不全感の原因を探る目的で,腹部に加えて下腹部の触診を行った。このときは,上の服はたくし上げてもらい,ズボンとパンティーについては,腰骨から二,三センチ下のところまで下げてもらった。触診は右手で行い,パンティーに隠れた部分については,左手でパンティーを少し下げるようにして行った。それ以降も,同様の目的で,腹部及び下腹部の触診を継続的に行った。
  (3) 同年4月18日(C事件当日)の診察時には,聴診を行った後,上記(1)と同様の目的,方法で胸部の触診を行い,さらに,上記(2)と同様の目的,方法,範囲で腹部及び下腹部の触診を行った。
 3 わいせつ目的の有無について
   そこで,上記2の被告人の説明内容を踏まえつつ,上記1の外形的行為に係るわいせつ目的の有無を検討する。
  (1) 胸部の触診について
    ドグマチールを処方している患者が乳汁分泌等の副作用を訴えた場合に,その副作用の程度を確認する必要があり,そのために胸部の触診を行うことが医療行為として説明可能であることについては,既にA事件における検討において述べたとおりである。
    この点,Cの症状,所見等に照らし,初診時以降,継続的にCにドグマチールを処方したこと自体に特段問題とすべき点はないものと認められる上,初診から1か月を過ぎたころから乳汁分泌の副作用が現れたことは,Cの診療録に裏付けられており,その後,C事件当日までの期間は1か月足らずであることが認められる。そうである以上,ドグマチールの副作用の程度を診るために胸部の触診を始め,C事件当日においても同様の目的で胸部の触診を行ったとの被告人の説明は合理的なものとして理解することができる。
  (2) 腹部及び下腹部に対する触診について
    Cからは,初診時から吐き気や胃痛の訴えがあったほか,生理痛のため,婦人科で処方されたピルを服用している旨の申告があったこと,初診時から1か月を過ぎたころからドグマチールの副作用が出現したことについては,いずれもCの診療録の記載により裏付けられている。そして,これを前提とすれば,器質的な疾患があるかなどの所見を得るなどの目的で腹部の触診を始め,これを継続していたとの被告人の説明は,一応,合理的なものとして理解することができる。
    一方,その後,下腹部に拡大して触診を行った目的については,被告人自身,「両方(ピルとドグマチール)の薬の干渉で何らかの下腹部の所見の違いが出てくる可能性がある」(被告人質問調書54頁)との抽象的な説明をするにとどまり,いかなる所見が想定されたのかについての具体的な説明に欠けている。下腹部の触診の目的,必要性について,必ずしも十分に説得的な説明がなされているとはいいがたく,D証言及びE証言を踏まえても,下腹部の触診が客観的に必要な医療行為であったかについては疑問なしとしない。
    しかしながら,関係証拠によれば,Cが処方されていたピル(アンジュ28)の副作用の1つには下腹部痛があるとされていることが認められる上,C事件当日の診療録の記載によれば,被告人は,同日の診察において,婦人科では腹痛の診察を受けていない点を確認していることがうかがわれるのであって,これらの事情を踏まえると,婦人科での受診を促しつつ,恥骨上縁までの触診により圧痛の有無の確認をしたという被告人の説明を不合理として完全に排斥することには躊躇を禁じ得ない。
    また,腹部及び下腹部の触診が,上記の目的・意図で行われたことを前提とする限り,いずれも,被告人の知識及び技能の範囲内で行った診察行為であるとみることができる。
  (3) 以上によれば,上記1の認定にかかるCに対する行為はいずれも医療行為として説明し得ないものとはいえないから,被告人にわいせつ目的を認めることはできない。また,上記行為は看護師等の立会いなくして行われ,かつ,診療録にも記載されていないが,これらの事情が必ずしもわいせつ目的を推認させるものではないことはA事件との関係で既に説示したとおりであり,これら事情を踏まえても,上記認定は左右されない。
 4 結論
    以上のとおり,被告人によるC事件の公訴事実記載の各行為については,上記1(4)の限度でこれに沿う外形的行為は認められるものの,わいせつ目的で行われたことの立証がないこととなるから,被告人は無罪である。
七 結語
  以上に検討したとおり,本件各公訴事実のいずれについても,証明が不十分であり,結局,犯罪の証明がないことに帰するから,刑事訴訟法336条により,被告人に対し,無罪の言渡しをする。
  よって,主文のとおり判決する。
(検察官前田佳行,弁護人横山聡(主任),同古谷和久,同島戸圭輔各出席)
  平成24年10月31日
    東京地方裁判所刑事第13部
        裁判長裁判官  大西直樹
           裁判官  佐藤哲
           裁判官  田原慎士