児童ポルノ・児童買春・児童福祉法・監護者わいせつ・不同意わいせつ・強制わいせつ・青少年条例・不正アクセス禁止法・わいせつ電磁的記録弁護人 奥村徹弁護士の見解(弁護士直通050-5861-8888 sodanokumurabengoshi@gmail.com)

性犯罪・福祉犯(監護者わいせつ罪・強制わいせつ罪・児童ポルノ・児童買春・青少年条例・児童福祉法)の被疑者(犯人側)の弁護を担当しています。専門家向けの情報を発信しています。

性的意図不要説になるとわいせつ行為として有罪になるよう治療行為の例(京都地裁H18.12.18)

 治療目的・検査目的の無罪判決が多いので、その主張が封じられることになります

       準強制わいせつ事件
京都地方裁判所判決平成18年12月18日

       主   文

 被告人は無罪。

       理   由

1 本件の概要と当事者の主張
(1)本件公訴事実
   本件公訴事実は,「被告人は,京都市(以下略)所在のa病院において臨床検査技師として勤務しているものであるが,平成17年7月29日午後1時20分ころ,同病院B棟2階超音波検査室内において,A(当時39年)の腹部超音波検査を行うに当たり,同女において,被告人が正当な検査をするものと誤信して抗拒不能であることに乗じ,上記Aにわいせつな行為をしようと企て,同女に対し,「気になるな。膝を胸に付けるようにしてくれる。」などと申し向けて,同女を検査用ベッドに左側臥させて被告人に対して臀部を突き出す体勢をとらせ,さらに,同女の衣類を脱がせてその肛門部及び陰部を露出させた上,検査器具である腹部プローブを同女の肛門部に押し当て,数回にわたり,同所からその陰核に至るまで腹部プローブを密着させた状態で往復させ,もって,人の抗拒不能に乗じわいせつな行為をしたものである。」というものである。
(2)弁護人及び被告人の主張の要点
   弁護人及び被告人は,本件公訴事実中の外形的な事実に関しては,被告人が,腹部検査用プローブ(以下「プローブ」という。)を数回にわたりAの陰核(クリトリス)に至るまで動かしたとされている点のみを否認し,そのような行為は一度もしていないと争うとともに,被告人がプローブを同女の会陰部に押し当てるなどしたという本件公訴事実中のその余の行為は,会陰走査という必要かつ正当な超音波検査として行ったものであり,わいせつな目的はなかったとして,被告人は無罪であると主張する。
(3)本件の概要と検察官の具体的な主張の要点
   このように,本件は,臨床検査技師であった被告人が,上記病院(以下「本件病院」という。)内において,Aに対して,肛門部ないし会陰部にプローブを当てて行われる会陰走査と呼ばれる超音波検査として,おおむねその外観を呈して実施した措置(以下「本件措置」という。)がわいせつ行為に該当するとして,刑事責任を問われているものである。
   そして,検察官は,被告人の本件措置が会陰走査に名を借りたわいせつ行為に該当するとする具体的な根拠として,次のような主張をしている。
  ア 会陰走査では女性の陰核にまでプローブを当てることはあり得ないので,被告人がプローブをAの肛門部から陰核まで数回往復させたという事実から,わいせつ行為であることは明らかである。
  イ 本件措置の際,被告人にわいせつ目的があったことを推認させる事情として,主として,以下のような点がある。
   □ 被告人は,Aに検査着に着替えるよう指示する際,外す必要のないブラジャーを外すよう指示した。
   □ 被告人は,Aの乳房を見たいがために,本件措置に先立つ腹部にプローブを当てて行う通常の腹部超音波検査(以下「本件腹壁走査」という。)に際し,必要もないのに,同女の検査着の上着のひもをほどいた。
   □ 被告人は,他の臨床検査技師が女性に対し検査をするとき胸や臀部が露わにならないようにタオルを掛けるのに,日ごろからそのようなことをしておらず,Aに対する検査のときにも,その乳房や陰部を見たいがため,本件腹壁走査中に同女の乳房が露わになった際,また,本件措置中に同女の臀部等が露わになった際,いずれも,タオルを掛けるなどの措置をとらなかった。
   □ 被告人は,Aの揺れる乳房を見たいがために,本件措置終了後,同女が検査室内の簡易更衣室で着替え中,上半身裸の同女に対し,片足跳びをするよう指示した。
   □ 本件措置は,Aに会陰走査を行う医学的な必要性がないのに行われた。
2 本件の争点と当裁判所の判断の概要
  以上のとおり,本件の主たる争点は,被告人の本件措置がわいせつ行為に該当するかどうかであり,細かい論点は多岐にわたるが,当裁判所は,次のように各論点を検討し,判断した。
(1)まず,本件措置の際にプローブがAの陰核にまで動いたということや本件措置が会陰走査を行う医学的な必要性がないのに行われたということは,いずれも本件措置がわいせつ行為であることを決定的なものとする事情であるから,まずこれらの事情の存否を順次検討した。
   その結果,まず,プローブがAの陰核にまで動いたと認めることはできないと判断した。また,会陰走査を行う必要性はなかったとはいえない上,その必要性を被告人が認識していなかったと認めることはできないと判断した。
(2)次いで,被告人にわいせつ目的があったことを推認させるその余の諸事情について,個別にその存否を検討した上,あったと認められる諸事情を総合考慮しても,被告人にわいせつ目的があったと認めるには合理的な疑いが残ると判断した。以下,順次,当裁判所がこれらの判断をした根拠を詳述することとする。
3 基本的な事実関係
 (なお,以下,括弧内の甲,乙の数字は,証拠等関係カード記載の検察官請求証拠番号を,弁の数字は,同記載の弁護人請求証拠番号をそれぞれ示す。)
  以下の事実については,(省略)等の関係各証拠によって,比較的容易に認められるものである。すなわち,
(1)A(昭和40年8月8日生)は,歯科医師を夫とする専業主婦であるところ,平成17年7月29日正午前ころ,本件病院を訪れた。その数日前から胃,右背部,右下腹部にかなりの痛みを覚え,市販の痛み止めを服用してみたが治まらず,痛みで夜も眠れないほどであったためであった。当日外来担当であった同病院の消化器科医師Bは,Aに対し,問診,触診等の診察を実施したが,同女は,痛みを覚える部位が必ずしもはっきりとせず,問診の際,B医師に対し,「胃と右側の背中に痛みがあり,胃を押さえると右腹部が痛くなる。先月,いとこが膵臓がんで死亡した。」などと述べた。
(2)B医師は,Aの診察後,同女の外来診療録に,「串カツ摂取後,上腹部痛,右側部痛,背部痛」,「現在は,穏やか,右側腹,背部痛み残存」などと記載し,腹部図面中,腹部の中心から右半分にかけて斜線を引き,右上腹部については「腹部は軟で平坦」,「押すと痛い」,右下腹部については「最も強い」,「腹膜炎の症状なし」,「腸の雑音が少ない」などと記載し,特に重篤患者ではないが,上腹部又は下腹部の疾患を想定し,初期の検査として,即日,血液検査,尿検査,超音波検査を行うこととして,超音波検査については,上腹部及び下腹部の検査を臨床検査技師に依頼し,その検査依頼票の臨床診断・目的欄に,腹部の絵を描き,腹部の中心から右半分にかけて斜線を引き,右上腹部に「圧痛」,右下腹部に「最も強い」と記載して,重点的に検査すべき部位を指示した。
(3)被告人は,昭和44年に高校の薬業科を卒業後,滋賀県栗東市にあるb病院で検査助手として1年間勤務し,その後2年間,c専門学校の衛生検査科に学んで同校を卒業し,また2年間上記病院に戻ってその検査室で勤務したが,その間の昭和47年10月に臨床検査技師の国家試験に合格してその資格を取得し,昭和49年4月,専門学校時代の派遣先でもあった本件病院に就職した。本件病院においては,生理検査室に配置され,昭和53年ころ,本件病院にも超音波検査が導入されたことから,以来,ほぼ同検査室で主として超音波検査を担当し,また,昭和55年ころからC医師の開業する個人医院でもおおむね週1回程度(最近数年は月2回程度)超音波検査を行ってきたものであり,これまで約二十数万件の超音波検査(その大部分が腹部の超音波検査)を実施してきた実績があり,また,超音波検査のうち,後述する会陰走査についても,昭和60年ころから始めて,これまで400回くらい行ったことがある。そして,本件当時,本件病院の生理検査部第1課長の立場にあり,超音波検査の技能については,本件病院の臨床検査技師の中でも最も優れているとの定評があって,医師らからも高い信頼を得ていた。そのため,医師から腹部の超音波検査の依頼を受けただけのときにも,自ら検査の必要があると考えた場合には,医師の事前の許可を得なくても会陰走査を行っており,医師もそれを許していた。
(4)Aは,平成17年7月29日午後1時4分ころに,生理検査部の受付を受けた。被告人は,B医師からの上記超音波検査の依頼により,超音波検査1号室(以下「1号検査室」という。)において,Aに対し,超音波検査を実施することにした。1号検査室は,東西約4.7メートル,南北約2.48メートルのほぼ長方形の形をしており,西側の出入口を入ると正面に天井からのカーテンが取り付けられており,部屋のほぼ中央に南側壁面に接着させた状態で南北方向(枕は南側)に検査用ベッド(縦約189センチメートル,横約69センチメートル)が置かれ,更にその東側に超音波画像診断装置がやはり同壁面に接着し,その映像モニター画面をほぼ北向きの状態にして設置されている。北西角にはL字状のカーテンで仕切られた簡易更衣室が設けられ,東側壁面には北方隅に背を付ける形でパソコン等の置かれた机といすが設置されている。
(5)Aは,当時,上はノースリーブのシャツとブラジャー,下はズボンとショーツを着用していたが,1号検査室内の簡易更衣室において,シャツとブラジャーを脱ぎ,検査着を着て,内側と外側の2か所のひもを結んだ。
(6)被告人による超音波検査は,1号検査室内にAと被告人しかいない中で,開始された。被告人は,まず,Aの検査着のすそをたくし上げるなどし,また,同女にズボンとショーツを下げさせ,ズボンとショーツとの間にタオルを挟み込んで,ショーツを陰毛の生え際の辺りまで下げた。その際,検査着のひもが解けたこともあって,同女の乳房が露出する状態となったが,被告人は,その胸部にタオルを掛けるなどの措置をとらなかった。そして,プローブ(腹部検査用の探触子であり,コンベックス(凸面)型と呼ばれ,体表に押し当てる先端部が,凸状に湾曲した長方形の形状をしており,その大きさは投影すると短辺約3センチメートル,長辺約7.5センチメートルである。その先端部で超音波を体内に向けて発信し,そのエコーを受信し,増幅等の処理を行うことを反復することにより,生体内の断面を画像化するのである。)の先端部にゼリーを付け,その先端部をAの腹部に押し当てて,脾臓,左の腎臓,肝臓,胆のう,総胆管,右の腎臓,膵臓,胃,腸管,膀胱,子宮,卵巣の順に見て,合計12枚の写真を撮影した。各写真には,膵臓,肝臓,膀胱,子宮,胆のう等が撮影されている。また,子宮と共に直腸の一部が写っているものがあり,その直腸壁の厚さは,約五,六ミリメートルである。
(7)その後,被告人は,Aに対し,「直腸を見たいのでパンツを脱いでくれる。」などと言って,同女に,左側臥の姿勢になり,ひざを胸部に付け,ズボンとショーツを更に下ろすよう指示した。Aがズボンとショーツを若干(腰骨の辺りまで)下げたところ,被告人は,自ら同女のズボンとショーツを更に下げ,同女の陰部及び臀部を完全に露出させたが,その臀部等にタオルを掛けるなどの措置をとらなかった。被告人は,プローブの先端部にゼリーを付け,その先端部を同女の肛門部ないし会陰部に押し当てた。なお,会陰部にプローブを押し当て,臓器を描出する検査方法は,医師等の間において,経会陰的超音波検査(会陰走査)と呼ばれており,直腸がんや炎症性疾患等,直腸下部周辺の病変の有無等を知るのに有効であるとの見解があるが,腹部にプローブを当てて行う通常の腹壁走査で異常が疑われた場合の二次的検査であるとされている。B医師は,本件において超音波検査を指示するに当たり,会陰走査を行うことは指示していない。
(8)本件病院の臨床検査技師であるDは,消化器の最後の緊急エコーの患者であるAのカルテが受付になかったので,1号検査室でその緊急エコーが終わっているか否か,カルテがあるかどうかなどを確認しようとして,被告人が本件措置を行っていた1号検査室に立ち入ったところ,Aの乳房と陰部の両方が露出した状態であるのを見て驚くとともに,それが探していた緊急のエコーであるのか確かめるため,「これって消化器のエコーですよね。」と言い,室内に若い患者と被告人の2人だけの状況は好ましくないと思い,検査補助という形でその場にいることに決め,被告人の隣で見ていたが,その際,被告人は,「ああ,ここから見ても大丈夫やなあ。」との趣旨のことを言っていた。その後,D技師は,被告人がプローブを置き,Aも起き上がったので,検査が終わったと思い,1号検査室を退出して,隣室の耳鼻科超音波検査の補助に付いた際,別の女性の臨床検査技師に対し,被告人がまた配慮のない状況で検査をしていた旨耳打ちした(なお,D技師が1号検査室に入った際に被告人に問いかけた言葉について,Aは,後述のとおり,公判廷において,「Dは,「本当に超音波検査ですよね。」と言った。」旨供述しているが,D技師は,被告人の行っている検査が会陰走査であることは即座に認識し得たと思われる上,被告人が上司であることも考えれば,被告人が行っている検査の状況を見て,被告人に対し,検査であること自体に疑いを呈するような「本当に」というような言葉を入れて問いかけるということは考えられないのであり,Aの供述経過を見ても,D技師が「本当に」というような言い方をしたということは,A作成の後記□記載のメモを始め,同女の捜査段階の供述には一切含まれておらず,公判廷で初めて供述されたということも併せ考えると,同女の上記公判供述は信用できない。これに対し,D技師は,あいまいながら,上記認定内容と符合するともいえる供述をしており,その内容のAの上記メモとの整合性等にかんがみると,D技師の問いかけた言葉については上記のとおり認定した。)。
(9)被告人は,本件措置の際,写真撮影を行うことはなく,検査依頼票の所見欄(以下「所見用紙」という。)に,直腸壁が目立つ,憩室の疑い,虫垂は検出できないなどと記載したが,会陰走査を実施した旨を記載せず,B医師にその旨の報告もしなかった。
(10)本件措置後,Aが簡易更衣室内で着替えをしている最中に,被告人は,同女に対して右足で片足跳びをするよう指示し,同女がこれに従ったところ,右腹部に痛みが響くかを尋ね,同女は,これを否定した。なお,片足跳びをさせることは,腹膜炎,虫垂炎等が疑われる場合に,炎症の波及の有無等を確認するのに有効な検査方法であるとの見解がある。
(11)Aは,被告人による検査内容に不信感を抱いたことから,1号検査室を出た後,本件病院の看護師であるEに,肛門部に腹部プローブを押し当てるなどする検査があるのかを尋ね(もっとも,その詳細については,A及び同看護師の各供述に食い違いがある。),同看護師が,かかる質問があったことをD技師に伝え,同技師から会陰走査という検査方法があることを聞き,これをAに伝えるなどした。E看護師は,Aからの苦情があった旨,被告人に伝え,これを受けた被告人は,本件病院検査部長医師であるFに対し,「女性の患者さんに会陰部のエコー走査をしたら,その患者さんが「何でこんな検査必要なんですか。説明も全然してもらってない。」と外来の看護師さんに文句を言って,怒って帰られた。まあ,大丈夫だと思いますが,誰かから耳に入るかもしれないので,先に報告しておきます。」などと述べた。
(12)Aは,E看護師の上記説明に納得せず,帰宅後,1号検査室内における被告人とのやりとり等についてメモ(弁1はその写し)を作成した。上記メモには,「着衣をはだけ,タオルもかけてくれない。手で押さえていると,手は上に上げてくださいと言われた。」,「痛いところはどこかと聞かれたので,お中の右下を押さえると胃にひびくと答えているが,肛門から指を入れた検査は受けたかと何度も聞かれ,受けてませんと答えると,○(「直」と記載した上に塗りつぶし)腸も見たいのでパンツをぬいでくれると言われ,」「半信半疑で横になり少し下着を下ろし始めたら下までずらされ,ひざを胸に付けて下さいと言われ,言われた通りにし始じめると,エコを○○(「黄門(肛門の誤記であると考えられる。)」と記載した上に塗りつぶし)に当ててきた。」,「女性のスタッフが入ってきて,消化器の検査ですよねとたずねていたが,だまっていた」,「変に思った。」,「女性のスタッフが退出してから,関係なかったのかなあと言った。」,「頭の上のティッシュでお中のゼリーをふこうとティッシュを取りかけたら,」,「それで(検査着)でふいてよ」,「着かえの所に入りカーテンをしめ自分のタオルなどでふき着がえ始めた」,「ズボンをはきおえたところで急にカーテンを開けられあわててブラジャーを胸に当てて」,「右足でケンケンをしてくれると言われ」,「右のお中にひびくと聞かれ」などと記載されている。
(13)Aは,平成17年8月2日,夫と共に本件病院に赴き,医療社会事業部相談室において,上記メモを夫がワープロで打ち直してプリントアウトしたものに基づき,医療社会事業課員のGに対し,本件措置に疑問を抱いている旨申し立てて,カルテの開示を求めるとともに,本件措置について,医師の指示どおりの検査であったかどうか,技師の独断で余分な検査をしたのではないか,女性スタッフの立ち会い等の手順があったのではないか,事前説明があるはずではないかなどの点に関し,文書によって回答するよう要望した。Gは,Aの相談内容の概要について,「胃の検査のはずなのに「パンツを脱いで」等,裸に近い状態で検査を受けさせられた。」,「本当に服を脱ぐ必要があったのかどうか」等記載した報告書(弁10はその写し)を作成している。Aの上記要望を受けて,本件病院の副院長兼第1消化器科部長医師であるHの指示の下,B医師,F医師及び被告人が分担して草稿を書き,これにH副院長が加筆修正を加えて,平成17年8月5日付け回答書を作成し(ただし,作成名義に被告人の氏名はない。),同月10日付けで,謝罪の文言を含む文書を添えて,Aに郵送した(弁11はその写し)。上記回答には,検査の必要性について,「直腸壁に炎症所見を認めたために,より正確な診断のために会陰部からの観察が必要と思われましたので,説明の上,検査を行ったつもりでした。」,「当院での下腹部の超音波検査では,異常所見が認められた場合は会陰部からの観察が必須とされています。」,本件病院の今後の対応について,「下記のルールを再確認し,全検査技師に徹底させました。」,「検査説明は十分にする。1)必ず1人で実施しない。2)技師1人の場合 女性看護師又は女性職員が立会いする。3)技師2名(内1名は女性)で対応する。」などと記載されているが,検査の必要性及び本件病院の今後の対応についての記載部分を作成したH副院長は,F医師及び被告人が共同作成した原案について,「会陰部からの観察が必要」とあったのを「会陰部からの観察が必須」に,「ルールを作成」とあったのを「ルールを再確認」にそれぞれ変更している。
(14)Aは,本件病院の上記回答に納得せず,友人の女性警察官と相談の上,平成17年12月13日,警察に被告人によるわいせつ行為の被害を受けた旨の被害申告をし,その旨の告訴状を提出した。なお,上記告訴状には,腹部プローブを肛門から陰部の間を滑るように動かされた旨記載されている。
(15)また,本件病院は,同月,同病院副院長兼一般外科部長医師であるIを委員長とする内部調査委員会(メンバーはF医師,泌尿器科部長医師であるJ,臨床検査技師であるK,L,M看護師係長)を設け,被告人ら関係者からの事情聴取を含め,5回の委員会を開催するなどした上,会陰走査は正当な検査であり,被告人が行った腹部超音波検査には,何ら問題は認められず,むしろ少しでも患者の病態を把握し,正確な診断をつけられるよう努力したものであり,被告人にセクハラの意図は全くなかったが,女性患者に対し単独で会陰走査を施行したことは極めて軽率であり,十分な事前説明と同意が必要であったと考えられることから,Aに謝罪し,十分に説明して理解を得るとともに,患者対応マニュアルの早期作成及びその周知徹底が必要であるとの結論に至り,その旨の書面(弁9はその写し)を作成した。
   以上のとおりである。
4 本件措置実施の状況等に関するA及び被告人の各供述内容
(1)Aは,公判廷において,1号検査室内における被告人とのやりとり等について,要旨,以下のとおり供述した。すなわち,
   「被告人の外見から,身長が低くて太り気味,髪の毛が薄め,ねっとりした感じ,おたく系の気持ち悪い感じという印象を抱いた。被告人から,「ブラジャーは外して,下はそのままで結構ですので,上は検査着を着て出てきてください。」と言われたので,これに従った。これまでにも病院で検査着を着て検査を受けたことがあり,検査の内容によって,ブラジャーを外したり外さなかったりしていた。どういう検査の内容であればブラジャーを外すかについて,詳しくは分からない。胸がはだけたら嫌なので,検査着の内側と外側のひもをちょう結びでしっかりと結んだ。被告人が診察台に横になった私の検査着のすそをたくし上げたので,検査着の胸元が開き,胸が見えるようになった。私は,両手で交差するように胸を覆ったが,被告人から,両手を上に上げるよう言われ,これに従った。被告人が検査着のすそをたくし上げた後,検査着のひもが2か所ともほどけていた。私は,ほどいておらず,手を上げた状態でじっとしていたから,自然にほどけることもないと思うので,被告人がほどいたのだと思う。しかし,ほどくところを見てはいないし,検査着が引っ張られるような感触もなかった。私の胸がもろに見えるようになったが,タオルも掛けてくれないので,嫌な気持ちになった。私は,被告人に対して,胃と右側の背中が痛く,胃を押さえると右下腹部が痛くなると説明した。被告人から,どこが痛いかを聞かれたことはない。被告人から,プローブを膀胱の上辺りに押し当てられながら,「もうすぐ生理やねえ。」と言われ,関係ないと思い,すぐには答えなかったが,何度もしつこく聞いて押さえるので,「そうです。」と答え,「何か関係あるんですか。」と聞き返すと,被告人は,「お腹にはいろいろな臓器があるからねえ。」と答えた。また,被告人は,「肛門に指を入れる検査をしましたか。」と聞き,「気になるな。おかしいな。」と言っていた。膵臓がんだったらどうしようとか考えていたので,すごく不安になった。私がそういう検査は受けていない旨答えると,被告人は,「気になるなあ。」と言いながら,「左を下にして横になり,ズボンを下ろし,パンツも下ろしてほしい。」と言った。ズボンとショーツを下ろせという指示はおかしいと思い,聞き間違いかなとも思ったので,すぐには下ろさなかった。左を下にして横になると,被告人は,「ひざを胸に付けて,下ろして。」と言うので,ひざを胸に付けたが,おしりを出すのはおかしいと思い,ズボンとショーツは腰骨の辺りまで少しだけ下げたところ,被告人は,何も言わずに,ズボンとショーツをがあっとおしりが全部見えるまで下げ,下げたと同時に,プローブを肛門にぐっと当ててきた。私は,びっくりして,「本当にそんなところから見るんですか。」と聞いたが,被告人は,独り言のように,「はい。」とだけ言って,その検査の必要性等の説明はしてくれず,おしりにタオルを掛けることもしてくれなかった。検査なのか,検査でないのか分からなかった。被告人は,プローブを肛門から,膣,クリトリスまでつるっと縦に動かし,また肛門まで戻すという動きを二,三回した。1回の往復に4秒から6秒くらいかかった。痛いということはなかった。プローブが陰核まで動いたといえる根拠は,そういう感覚があったことと,後で更衣室でゼリーを拭いた際に,体の前の部分の陰毛の先にゼリーが付いていたことである。その時,ゼリーが付いているのを見ながら拭いている。腹部にプローブを当てていた時には,陰毛の生え際より下の部分にプローブが動くことはなかった。なお,捜査段階で自分の肛門から陰核までの長さを自ら指で測ってみたら,7センチメートル以上あった。上も下も全部見えていたし,子供のころから排尿の時は前へ,排便の時は後ろへ拭くようにしており,肛門から膣を通るというのは,とても汚い,ばい菌が入らないかなと思って,すごく嫌だった。本当に検査なのかどうか半信半疑でいるうち,1号検査室に女性技師が入ってきて,被告人に近づき,「本当に超音波検査ですよね。」と驚いたように言った。その言葉を聞いて,わいせつな行為をされているという確信を持った。被告人は黙っており,女性技師が入ってきたのと同時に,被告人の手は肛門の所で止まった。女性技師は,すぐに出て行き,その後,被告人は,「関係なかったかな。」と言いながら,プローブを外した。私は,「もう終わりですよね。」と強い口調で言い,被告人は,無言だったが,起き上がってティッシュでゼリーを拭こうとすると,「それで拭かないで。」と言われた。ショーツとおなかの間に挟み込まれていたタオルで拭こうとすると,「それでも拭かないで。」と言われ,検査着で拭くように言われた。検査着で拭くものとは思わず,拭かないまま,検査着で身体を覆うなどして着替える所まで行き,カーテンを閉め,自分の持っているティッシュでゼリーを拭いた。ショーツとズボンを上げ,ブラジャーを着けようとしていたところ,被告人が,何も言わずに突然カーテンを開け,右足でケンケンをするよう言った。どうして今すぐそんなことをしなければいけないのかと思ったが,しつこく言われ,仕方なく,ブラジャーを胸に当てた状態のまま2回くらい片足跳びをした。被告人から,「右のおなかに響く。」と聞かれ,「響きません。」と答えた。私が1号検査室から出ようとドアの所にいると,被告人から「出ないで,待ってて。」と言われ,被告人がカルテか何かを書いてこちらに来たので,ドアに手を掛けて出ようとすると,被告人が「開けるからいい。」と言って,自らドアを開け,私は,少しでも早く出たかったので,被告人と一緒に身体がひっつくようにして出た。1号検査室を出てから,被告人は,何か説明をして,なかなかカルテを渡してくれず,先に病院備え付けのバッグを取りに行こうとしたら,被告人が,「いいから。いいから。」と言って,自らバッグを取り,その中にカルテを入れて私に渡した。このようなことをされて気持ち悪かった。さっき1号検査室に入ってきた女性技師に,同女の発言の意味を聞きたかったが,残っていた尿検査の方に行こうとしたところ,婦長(E看護師のこと。)と会い,「肛門に当てて,クリトリスまで動かして。そんな検査あるんでしょうか。」と尋ねた。婦長に待合室で待つように言われ,待っている間に夫に電話をして,「超音波検査の時におかしいと思っていたが,何かおかしいことがあったようだ。」などと話した。婦長は,しばらくして戻ってきて,「女性技師が,私のことを気になっていた,心配していたなどと言っていた。」と話し始め,「被告人が,そういう検査も必要と思われたので行ったのではないか。被告人は,とてもまじめで,ちゃんと見たかったのではないか。」などと説明した。ちょっと納得のいかない説明ばかりだった。男性の技師と2人きりで検査した点ばかりを強調して「申し訳ない。」と言っていた。尿検査後,B医師に結果を聞くために待っていたら,婦長から,「担当医師にも話しておりますので。本当に申し訳ございませんでした。」と言われ,夫と一緒にB医師の部屋に入ったが,被告人の行為についての説明はなく,本件病院の態度に不信感を持った。家に帰ってその日のうちに,気持ちを落ち着かせ,あったことを思い出しながらメモに書いた。しかし,あったことすべてを書いたわけではなく,被告人とのやりとり等を,忘れてしまうような,忘れていいことも含めて思い付くままに書いた。平成18年1月31日,検察官の取調べで,プローブをクリトリスまで動かされたと説明し,調書では尿道口と記載されていたが,きっちりした書面にはそう書くのかと思った。」
(2)これに対し,被告人の公判供述の要旨は以下のとおりである。
   「本件当日の午後,手の空いている技師がおらず,私が1人でAの腹部超音波検査を担当することになった。Aに対し,「上を取って,これに着替えてください,下はいいですよ。」と検査着への着替えを指示した。ブラジャーを外すように指示してはいない。これまで女性患者にブラジャーを取らなくてもいいという指示をしたことはないが,私の指示でブラジャーを外す女性患者が結構多かった。私が検査着を上に上げ,両手を耳の辺りまで上げてもらった。検査着のひもをほどいた記憶はない。検査でどうしても必要なとき,外側のひもを解くことはあるが,内側のひもを解くことはない。検査依頼票の臨床診断・目的欄を見て,心窩部痛と,右下腹部痛が最も強いと書かれているので,虫垂炎を一番に考え,婦人疾患も除外しなければならないと考えた。カルテや問診票は,見ると先入観が入ってしまうので,見ないようにしている。生理の時に血が逆流して卵巣が腫れるということがあり得るので,生理がもうすぐではないかということを言った。上腹部に痛みの原因となる所見は見当たらなかったが,下腹部では,エコー写真を見ると,直腸壁が五,六ミリメートルと壁肥厚となっており,壁の層が不整となっているのが見受けられ,黒っぽく写っているところに何らかの炎症所見があるので,特に直腸を精査するために,会陰走査が必要であると思った。また,Aには,「痛いところがあったら言ってください。」と言っていたが,プローブを右下腹部を中心に,横行結腸から下行結腸,S状結腸にかけて押さえた際に,「痛い。」と言われたことも会陰走査を実施した動機となっている。直腸の壁肥厚によって最も疑われたのは,憩室炎である。虫垂炎は腹部エコーでは発見できなかった。プローブを動かしながら,「気になるな。」とか,「おかしいな。」という言葉をつぶやいたりしたかどうかははっきり覚えていない。Aに対し,「ちょっと気になるところがありますので,おしりの方から見させていただきます。」などと言った。直腸という言葉を言ったかどうかは覚えていないが,言ったかもしれない。詳しい説明が足りなかったと思う。Aは,下着を少し下ろしたが,下ろし方が不十分だったので,「もう少し下ろしてください。」と言った。それでも下ろさないため,「もう少し下ろさしてもらいます。」と言ったところ,Aは何も言わないので,了解があると思い,私が下着を下ろした。ゼリーを腹部に当てるときよりも多めに付け,プローブの先端部を会陰部に押し当てた。プローブの先端部を,角度を変えながら,二,三回くらい,前後左右に二,三センチメートル動かしたが,陰核まで動かしたことは絶対にない。陰核まで動かしたのであれば,見たこともない画像が写るはずだが,そのような写り方はしなかったし,プローブを腹部エコーよりもかなり強く押さえているので,陰核まで動かしたとすると,激痛があるはずである。また,陰核は,大陰唇と小陰唇で囲まれているから,プローブが直接当たることはまずないし,陰核の真上までプローブが来たとしたら,ゼリーが陰毛の先だけでなくその根本やその周辺の皮膚にもべったりと付くはずである。途中,D技師が1号検査室に入ってきて,私の後ろか横辺りに来たが,私は画面を見ており,特に何とも思わず,何か話し掛けられたか記憶にない。直腸をずっと見ながら,子宮,卵巣,ダグラス窩を見たが,大きな所見がなかったので,写真撮影をしなかった。結局,直腸の気になる部分は,会陰走査では写らなかった。直腸は20センチメートルくらいあり,腹壁走査で写る部分と会陰走査で写る部分が違うということがあるためだと思う。会陰走査は,一,二分で終わった。検査後,Aにゼリーを何で拭くかについてどう言ったか覚えていないが,「タオルやティッシュペーパーを使ってください。」とはよく言っているので,同女にティッシュやタオルでゼリーを拭いてはいけないと言ったことはあり得ない。検査着で拭いてもいいということはよく言っている。その後,所見用紙に結果を記入した。本件程度の内容なら1分30秒くらいで書けると思う。会陰走査を実施したことは記載していない。異常所見がなかった場合,所見欄に書かないことはあるが,本件では書いた方がよかったとは思っている。会陰走査を実施したことをB医師に連絡してもいない。カーテンを開けたり,片足跳びをさせたかは記憶がない。腹痛の原因がはっきりせず,回盲部の裏側に虫垂が付いていて,超音波像では写らないような場合,炎症の波及を見るため,右足で片足跳びをしてもらうことはあると思う。しかし,カーテンを開けるとしたら,一言声を掛けると思うので,断りなくカーテンを開けることはあり得ないと思う。検査の結果がすぐ書けるので,1号検査室を出ようとするAに「待ってください。」などと言い,袋の中にカルテを入れて,Aに渡した。患者にカルテを渡すのは普段からしていることで,1号検査室のドアを開けてあげることもある。午後1時27分ころ,Aにカルテを渡し,すぐに予約枠の外科エコーに取り掛かった。腹部エコーの際に女性の胸があらわになった場合,もう一人補助者がいるとき,時間的に余裕があるので,タオルを掛けたりしたことはある。会陰走査を行うときに臀部にタオルを掛けたことはない。本件病院では一般に医師も臨床検査技師もそういう配慮をしていると思うし,D技師とL技師から,女性に対する配慮が足りないと注意されたことはあるが,私は,どうしてもいち早く診断することを優先してしまい,余り配慮がなかったとは思う。また,1号検査室には大きなタオルは1枚しかなく,午前中である程度ゼリーでべたべたになるので,午後の検査では大きなタオルはないと思う。Aに対してわいせつな目的は一切なかった。Aに対する検査の際のことも覚えていないことが多いが,毎日毎日同じような検査を繰り返す業務なので,個別の検査時のことを思い出すのはまず不可能だと思う。取調べの際,検査着のひもをほどいたと言われて,これに反論しなかったが,供述については余りはっきりとした記憶がなく,供述調書に,声を掛けずにカーテンを開け,着替え中のAに片足跳びをするよう指示したという記載があることは覚えていない。捜査段階で,直腸の肥厚だけでは会陰走査をしなかったとは言っていない(直後に,言ったかも分からない,はっきり覚えていないとも供述している。)。プローブが陰核まで動いたという話は,起訴の二,三日前に初めて聞いたような気がする。」
5 プローブを陰核まで動かしたかどうかという点について
(1)この点を判断する前提として,検察官は,会陰走査はプローブを会陰部に当てて行われ,これを扇状に左右に振ることはあっても,前後に動かすこはありえない旨主張するので,一般に会陰走査の際にプローブが前後に動くことがあるか否かについてみるに,昭和40年ころから超音波の研究を始め,これまで多数の超音波に関する著書を出し,約18万件もの腹部等の超音波検査を実施してきた医師Nは,公判廷おいて,プローブを会陰部に当てるだけで超音波ビームが広がっていくため,プローブを前後に動かす必要は全くなく,扇状に振って周辺を見るだけでよい旨供述しているのに対し,平成15年5月から本件病院外科副部長を務め複数の超音波に関する論文を執筆するとともに,これまで7万件以上の腹部等の超音波検査を実施し,約400例の会陰走査の経験を有する医師Oは,公判廷において,会陰部が腹部に比べやや起伏に富む構造になっていることから,会陰部にプローブを密着させる必要があるため,強くプローブを押し当てることが肝要で,プローブを前後に二,三センチメートル動かしたり,左右にずらしたり,あるいはプローブを持つ角度をやや変えるなどの動きをさせ,観察に最適な部位を探すことが必要である旨供述しているところ,N医師は自らは会陰走査を実施したことはないというのであるから,上記供述の説得力は乏しいといえ,これに対し,O医師の上記供述は,供述当時,本件病院の外科副部長という立場にあり同病院の不始末を明らかにしにくい立場にあったという点を考慮に入れたとしても,多数の会陰走査実施の経験に基づく供述であって,検査のやり方につき虚偽のことを述べるとは考えにくく,しかも,D技師も,公判廷で,会陰走査の経験はさほどないが,プローブを肛門部付近に当てて,画像がちゃんと写るように,そう大きくはないが前後にも多少動かす旨供述していることをも併せかんがみると,O医師の上記供述の信用性は高いと解せられ,そうすると,会陰走査では,プローブを前後にも動かすことがあると認められる。
(2)次に,被告人がプローブを肛門部から陰核に至るまで数回往復させたかという点について検討すると,Aの公判供述は,全体としては経験したものでなければ語り得ない内容を詳細かつ具体的に語ったものであり,事実と評価を区別して供述している部分があるほか,被告人や本件病院との間で格別な利害関係を有しているわけでもない(なお,Aは,本件について民事的な賠償を求める意思はないことを表明している。)など,その信用性を肯認できる理由がある。
   しかし,Aは,プローブを陰核まで動かされたと認識した根拠として,感覚と陰毛の先端にゼリーが付着していたことを挙げたが,感覚については,同女は,具体的にどのような感覚があったかまでは明らかにしていないのみならず,同女が供述するとおり,相当な強さでプローブを押し当てられた状態で,これを陰核まで滑るようにして動かされたとすると,プローブの接触等により相当な痛みを感じるはずであるとも考えられるのに(O医師は,公判廷において,「プローブで陰核を押し当てると,尾骨とプローブという硬いものの間に陰核が押し挟まれて,かなり不快な疼痛を来すのではないかと思う。」旨供述している。),同女は,痛みはなかったと述べており,不自然な感を否めない。また,陰毛の先端にゼリーが付着していたという点についても,ゼリーがその部分に付着していたこと自体,明確とはいえない上,付着していたことを前提としても,他の機会に付着した可能性,例えば,被告人が供述するように,腹部超音波検査時に,同女のズボンとショーツとの間に挟んだタオルにゼリーが付着し,ズボン及びショーツを下げた時にそのゼリーが陰毛の先端に付着した可能性も否定できないのである。しかも,そもそも,プローブが会陰部から陰核にまで動き,そこに触れたとすれば,被告人も同旨の供述をするように,ゼリーは陰毛の先端のみならず,陰毛の根本や,陰核に至るまでの大陰唇や小陰唇を含む外陰部にもべったりと付いているはずであるのに,Aはこの点について何ら供述していない。そうすると,Aがプローブが陰核まで動いたと認識した根拠は相当に薄弱であるといわざるを得ない。
   その上,Aの供述経過をみると,同女の検察官調書(不同意)の内容が不明であることなどから,その詳細は必ずしも明確ではないものの,本件当日に作成した上記メモには,プローブを当てたとしか記載されておらず(部位については,肛門と記載した上,塗りつぶされている。),その4日後にAが本件病院に相談に訪れた際に同女の申告を受けてGが作成した上記報告書は,裸にさせられた旨述べたという程度の記載にとどまっており,被害届において,腹部プローブを肛門から会陰部の間を滑らせるように動かした旨記載され,逮捕状(平成18年1月23日付け請求)及び勾留状(同月26日付け請求)各記載の被疑事実の要旨においても,これと同様に,プローブを会陰部方向まで動かしたとされていたものであるが,H医師の同年2月6日付け検察官調書(弁はその写し)中に,Aがプローブを尿道口まで動かされたと述べているとの検察官の発問部分が,被告人の同月13日付け検察官調書(乙8)中には,Aが陰核まで動かされたと述べているとの検察官の発問部分がそれぞれ記載されており,以上によれば,Aは,同年1月26日まで,プローブが膣口下縁に達したと述べたことはなく,同月27日から同年2月6日までの間に,プローブが尿道口まで動かされた旨供述するようになり,陰核まで動かされたとの供述は,同月7日から13日までの間に初めてなされたものとみるべきである。そのことは,被告人が同年1月24日に本件により逮捕,勾留されて以降の取調べにおいて,その供述調書の中で,陰核にまでプローブを動かしたか否かにつき述べているのは,起訴の前日である同年2月13日付け検察官調書だけであって,それ以前に作成された警察官調書や検察官調書には,陰核に触れた記載が全くないことからも裏付けられているといえる。そして,Aが述べるように,肛門部から膣を通って陰核に至るまでプローブを動かされたことについて,不潔に感じ,強く不快に思ったのであれば,上記メモにその旨を記載し,たとえそうでなくても,早期の段階から,被害状況としてその旨供述するはずであるのに,上記のように供述が変遷していることは,同女が当初よりプローブを膣口下縁より上部に動かされたと認識していたことに多分の疑念を抱かせるものである。なお,Aは,上記メモに陰部までプローブを動かされた点を書かなかった理由について,メモは覚え書きであり,絶対に忘れられないようなことは書いていないなどとも供述しているが,到底納得のいく説明とはいえない。また,Aは,公判廷において,本件当日,E看護師に対し,プローブをクリトリスまで動かされた旨述べた旨供述しているが,本件当日からそのように明確に述べているのであれば,その後に作成されている上記各書面にその旨の記載がないのも不自然である。そして,Aは,同年1月31日の検察官による取調べの際にも,同様に述べたと供述しているが,そのような供述がありながら,検察官が,あえて供述調書に陰核とは明らかに部位の異なる尿道口と記載するというのも到底考え難いものがある。
   したがって,プローブを陰核にまで動かされたとするAの供述内容は,外見や態度から気持ち悪いと感じた被告人に対する悪感情,時間の経過等が要因となり,表現が誇張されたり,記憶が変容した疑いが濃厚であって,信用性はないというべきである。
(3)以上によれば,被告人は,Aの肛門部ないし会陰部にプローブの先端部を押し当て,会陰部の範囲内でこれを動かしたと認めるべきである。
6 会陰走査の必要性及び被告人の認識について
(1)肛門部ないし会陰部にプローブを押し当て,会陰部の範囲内でこれを動かした行為は,正当な会陰走査の外観を呈するものであり,その行為自体から,これをわいせつ行為に当たるものと認めることはできない。しかし,そもそもAに対して会陰走査を行う必要性がなかったり,あるいは,会陰走査の必要性はあっても,被告人が,そのような行為を行うに当たり,その必要性を認識していなければ,本件措置は,わいせつ行為であったと認めるほかない。そこで,本件において会陰走査が必要でなかったといえるかどうか,被告人が会陰走査の必要性を認識していなかったといえるかどうかについて検討する。
(2)まず,会陰走査の必要性については,上記のとおり,本件腹壁走査の際,撮影されたAの直腸を含む部位の写真によれば,その直腸壁の厚さは約五,六ミリメートルであり,「消化管超音波診断ビジュアルテキスト」と題する文献(医学書院。弁33はその一部の写し)の13頁に,「直腸下部の正常な厚みは,3ないし6ミリメートルである。」,「一般に,直腸では6ミリメートル以上を異常な壁肥厚と判定する。」,「壁肥厚の強いものは,おおむね炎症が強い,あるいはがんの場合進行度が高いといえる。」旨記載され,「腹部エコーのABC第2版」(日本医師会発行。弁31はその一部の写し)の387頁に,「壁肥厚は,消化管の超音波診断の中で最も重要な所見である。」旨それぞれ記載されていることなどに照らせば,少なくともAの直腸壁の上記所見を異常な壁肥厚であるとみる余地はある。Aの訴える症状は,右上腹部から右下腹部,背部に及ぶ痛みであり,その部位が一定しているとはいえない上,本件腹壁走査の段階ではその原因を明確に特定するに至らなかったことも考え併せると,上記のとおり,本件において直腸等の病変の有無を知るのに有効であるとの見解がある会陰走査の必要性がなかったとはいえない。なお,この点,N医師は,公判廷において,会陰走査は,直腸の描出率が非常に悪く,他の検査で存在が発覚した直腸がんの深さを知るのに有効な程度で,直腸に病変があるのであれば,指診や内視鏡等による検査の方が確実に病変を知り得るのであり,そもそもAの直腸壁の厚さは正常の範囲内であるとの見解に基づき,本件における会陰走査の必要性を否定する旨の供述しているが,上記のとおり,N医師の見解と異なり,Aに直腸壁の肥厚が見られるという見解も成り立ち得る上,N医師は,上記のとおり,自身会陰走査を実施した経験がないというのであって,その見解に他説を排斥するほどの重きを置くわけにもいかない。
(3)以上のとおり,本件における会陰走査の必要性を否定することはできないから,それを前提に,さらに,被告人が,その会陰走査の必要性を認識しないで本件措置を実施した可能性について検討する。
  ア 被告人は,上記のとおり,公判廷において,Aの直腸壁に肥厚が見られたことを主たる理由とし,不定愁訴もあったことから,何らかの炎症性疾患(憩室炎等)を疑い,会陰走査を実施した旨供述する。
  イ そこで,この供述の信用性について検討すると,まず,上記のとおり,本件腹壁走査の際に撮影された写真によって異常とみる余地のある直腸壁の厚さが認識可能な状態となっており,Aの直腸壁に肥厚が見られたという点には客観的な裏付けが存する。そして,被告人も,所見用紙に「直腸壁が目立つ」との記載をしていることから,被告人が,本件措置を実施する前に,Aの直腸壁が少なくとも「目立つ」程度に厚くなっているとの異常所見を認識していたことも明らかである。
  ウ もっとも,本件措置を実施した理由に関する被告人の捜査段階における供述をみると,当初は,「上腹部の検査では何ら病変は認められず,次いで,Aの訴える部位が左右の下腹部や恥骨の下部付近まで及んでいることから,恥骨周辺からエコー検査を実施したところ,直腸と思われる部位に炎症らしきものを発見し,盲腸の破裂や直腸の炎症によるもの,又は卵管炎の場合には膿瘍形成する場合があることから,骨盤腹膜炎を起こしている可能性があると認めて,私自身の判断で会陰走査を実施することとした。そして,会陰走査の際に直腸壁の肥厚を発見した。」旨供述し(平成18年1月24日付け警察官調書(乙5)),次いで,「腹壁走査で,直腸壁に肥厚が目立っていて,憩室炎の疑いを払拭しておく必要があると考え,会陰走査を行った。」旨供述したが(同年2月8日付け検察官調書(乙6)),その後,「Aの直腸の肥厚は通常より目立つと考えた。目立つ程度は中度くらいだったと思う。仮にこの所見のみでは会陰走査までは考えなかった。壁が目立つというだけならば,炎症所見はあるかもしれないが,その判定は医師に任せればよく,他のデータと併せて判断してもらい,その後医師が必要と判断すれば,会陰走査や大腸ファイバー等の検査を行えば済むからである。腹壁走査での直腸の所見だけでは会陰走査はしておらず,会陰走査を行ったのは,Aがあちらもこちらも痛いと主張する不定愁訴があったからである。腹壁走査で得た子宮と直腸が写った超音波画像写真を見ても,同様であり,痛みの訴えがなければ,会陰走査までしなかった。」旨(同月10日付け検察官調書(乙7)),「Aの痛みの訴えは,私の記憶では,右,左,下が痛いと言われていた。不定愁訴だったことが一番の理由で,また盲腸の疑いもあったために会陰走査が必要であると判断した。もちろん,直腸の肥厚の所見が前提にあった。」(同月13日付け検察官調書(乙8))旨それぞれ供述している。
  エ 会陰走査を必要と考えるに至った理由は,臨床検査技師である被告人の専門的な判断にかかわる事項であり,本来明確かつ一貫した説明をすることが期待できるはずであるところ,この点に関する上記のような捜査段階の供述内容は,一見一貫しているとはいえないものであり,公判供述とも軌を一にしていないと考えざるを得ない面がある。とりわけ,当初の警察官調書(乙5)における供述は,会陰走査前には直腸の肥厚を発見していなかったとの趣旨に読むことが可能であるとともに,会陰走査の必要性について相当詳細に述べたものであるにもかかわらず,公判供述との間は大きな隔たりがあるように思われ,また,超音波画像写真を示された上,その所見のみでは会陰走査を行っていない旨述べた検察官調書(乙7)における供述も,公判供述との間にかなり説明困難な食い違いがあるといわざるを得ない。
  オ しかし,上記捜査段階の供述内容は,被告人が,本件措置を行う前に直腸に異常所見を認め,少なくともこれを本件措置を実施する必要性を基礎付ける事情として認識していたという点では一貫性を有するものである。検察官調書(乙6)の供述は,これを端的に説明したものとみることができる。しかも,平成17年12月に本件病院内に設置された本件に関する調査委員会(3□参照)のメンバーであった証人J医師は,公判廷において,被告人が,同調査委員会に対し,「直腸に病変があって会陰走査を追加した。」旨説明したのを聞いたことなどを前提として,本件措置が正当な検査行為から逸脱しているところはなく,順当な検査であった旨供述していることなどに照らすと,直腸の異常所見が本件措置を実施した主たる理由であるとの供述は,同調査委員会に対して被告人が説明した内容とも軌を一にしていることがうかがわれるのである。無論,その直腸の異常所見が,会陰走査の必要性を基礎付けるに足りる程度のものであるとの認識をも有していなければならず,特に上記検察官調書(乙7)における供述内容に照らすと,その点はあいまいであることは否めないが,被告人が,「出来るだけ早く診断して,たらい回しにならないように,ある程度エコー検査で診断を付けて結果を渡すようにしていた。」旨述べていること,上記調査委員会の結論(弁9はその写し)でも本件措置をそのような努力の結果として是認していることなどにかんがみれば,直腸の異常所見が会陰走査を必要とする程度に達していないとの認識しかなかったのに本件措置を実施したものと認めることはできない。
  カ さらに,被告人は,公判廷で,Aの不定愁訴をも会陰走査を必要と判断した付随的な理由として挙げるが,同女が,来院時から痛みの部位を胃や右背部,右下腹部と訴えており,同女に対して問診,触診等を実施したB医師も,外来診療録及び検査依頼票に,同女の訴えに沿った内容の記載をしていること,被告人が所見用紙に,その供述のように,同女がB医師に対し痛みを訴えていた右腹部辺りとは明らかに異なる下行結腸等における圧痛を訴える不定愁訴があった旨の記載をしていないこと,同女も被告人から痛みの部位を尋ねる質問を受けたことはない旨供述しており,その信用性にさほどの疑念を抱く理由も見当たらないことなどに照らすと,被告人が,捜査段階で,同女が左の腹部にも痛みを訴えていた旨の供述を当初からしていたことや,おおむね一貫して不定愁訴を会陰走査を実施したむしろ主たる理由に挙げていたことを考慮しても,同女が,本件腹壁走査時において,被告人に対し,来院時の訴えと明らかに異なる部位について痛みを訴える不定愁訴をしたとは認め難いといわざるを得ない。
    そうすると,被告人は,会陰走査を実施することとした理由として,Aの不定愁訴があったとの虚偽の供述をしていることが疑われるのであって,そのことは,被告人が直腸壁の肥厚等,会陰走査の必要性を明確に認識して本件措置を実施したとみることに疑念を抱かせるものであることは否めない。
  キ しかし,被告人の述べる「不定愁訴」の内容は,B医師から超音波検査を重点的に行うよう指示された右上下腹部とは異なる左腹部の痛みの訴えを含むものと解さざるを得ないが,上記のとおり,Aが訴える痛みの部位は,右腹部を中心にしてはいるものの,明確に特定されたものではなく,もとより本件腹壁走査時においてもその正確な部位や原因が明らかになっていなかったのであるから,その時点でもAの訴えは,それ自体不定愁訴といえるものであることもまた確かである。そして,左腹部の痛みを訴えたと供述している点については,上記捜査段階の供述が,本件の直後から,本件措置の必要性が問題とされていたとはいえ,いずれも本件措置の実施後約6か月以上も経過した後に録取されたものである上,被告人自身供述しているように,平成18年1月に逮捕された上で取調べを受けるようになって以来,普段から行っていることがわいせつ行為に当たると言われて相当動揺するとともに,そもそも腹壁走査は,被告人が毎日日常的に行っていることであって,個別のケースでの具体的な状況を明瞭に記憶喚起して述べることは非常に困難であるという旨の被告人の供述にも得心がいく面があり,他の患者のケースとの記憶の混濁もないとはいい切れない。特に,上記警察官調書(乙5)における供述は,逮捕当日になされたものであり,精神の動揺等が原因となって,記憶が十分に整理されないまま供述された可能性も否定できず,そのような記憶の不明瞭さに加え,直腸壁の肥厚のみでは会陰走査を実施する理由として説得力が乏しいと見られ,結果として罪に問われることとなることを恐れる余り,左腹部の訴えも含む不定愁訴があったとの供述をしてしまい,その後の供述もそれとの一貫性を意識して行った可能性も否定できない。
    このように,被告人が会陰走査を必要と判断したことに関し,Aの不定愁訴を,公判廷においては付随的な理由として,また,捜査段階においては主たる理由として挙げていることについては,その変遷も含めて,不自然な感を否めないが,必ずしも説明ができないというわけではなく,したがって,被告人の供述する不定愁訴の内容やその点に関する供述の変遷が,被告人が直腸の肥厚を主たる理由とする会陰走査の必要性を認識していなかったことの有力な根拠になるとまでは認め難い。
  ク さらに,被告人は,所見用紙に,会陰走査を実施した旨記載しておらず,これをAの担当であるB医師に報告もしていないが,被告人自身,会陰走査を実施した旨記載すべきであった旨供述し,本件病院の医師らも,捜査段階においては,記載等が必要である旨供述している(F医師は,「腹壁走査をした結果異常かもしれないと判断して会陰走査を実施したのであれば,その旨をきちんと書き残すのが当然のことだろうと思いますし,望ましいことです。」旨(検察官調書写し(弁4)),H医師は,会陰走査を実施した旨のフィードバックが必要であることを認めた上,「なぜ,フィードバックがなされなかったかについては,私には答えようがありません。」旨(警察官調書写し(弁5)),J医師も,「会陰走査を施行したこと及びその結果は書くべきだった。」旨(警察官調書写し(弁8)),それぞれ供述している。)。また,被告人は,会陰走査の結果についても,公判廷においては,会陰走査では壁肥厚が見られた直腸の部分は写らなかったと述べているのに対し,捜査段階においては,「会陰走査の結果は,上から見たよりもシビアでない程度の弱い所見だったので,所見用紙に結果を書かなかった。」旨供述している(検察官調書(乙6,8))。
    このように,被告人が,会陰走査を行ったこと自体報告をしなかったり,記録に残していなかったことや,会陰走査の結果に関しても供述が変遷するほどあいまいな認識しか有していなかったことについて,検察官は,会陰走査の必要性がなかったことを如実に物語るものである旨の主張もしているが,会陰走査の客観的な必要性については,上述のとおりこれを否定できないとしても,これらのことは,被告人が,本件において,会陰走査が必要であると明瞭に認識し,その認識下に本件措置を行ったかどうかについて,疑念を生じさせるとみる余地がある。
  ケ しかし,本件措置を行ったことを隠そうとして,それを実施したことや結果について所見用紙に記載せず,また報告もしなかったというのは,D技師に会陰走査を実施しているところを目撃されていることに照らすと,考えにくい(むしろ,わいせつ目的で行ったのであれば,そのことを隠すために,会陰走査の結果等を報告するなどする方が自然である。)。しかも,さしたる所見がなかったので,会陰走査の実施や結果を所見用紙に記載せず,報告もしなかったという弁解も,所見がない以上,その後の検査,診断に大きな影響を与えるとも考え難いのであって,あながち不自然とまではいえないのである。
    また,本件措置の結果に関する認識についての被告人の記憶の変遷等に関しても,重要な所見がなかったとの点では供述が一貫しているといえるとともに,その変遷やあいまいな部分は,専門技師であるが故に,上記のような記憶の希薄化や混濁によって生じたとみる余地がある。
    そうすると,これらのことから,被告人が,会陰走査の必要性を認識しないまま,本件措置を実施したとまでは認め難い。
  コ 以上によれば,被告人が,本件措置を実施する前に,Aの直腸壁が少なくとも「目立つ」程度に厚くなっているとの認識を有しており,その時点で,直腸壁に異常所見があるとの認識を有していなかったと認めるわけにはいかない。上記のとおり,左腹部にも痛みがあるとのAの不定愁訴があったとの被告人の供述は信用し難いといわざるを得ないが,直腸壁の異常を認識していただけでも,上記6(2)記載のとおり,超音波検査において,壁肥厚は,何らかの疾患の存在をうかがわせる最も重要な所見であるとともに,会陰走査は,直腸下部周辺の病変の疾患の有無等を知るのに有効な検査方法であるとの見解があるのであるから,被告人が,本件腹壁走査時に,Aの直腸壁に肥厚があると判断したことによって,さらに,直腸に何らかの疾患が存する可能性があると考え,直腸の状態をより仔細に見るため,会陰走査を実施する必要があると認識するに至ったことは,十分あり得るのであって,被告人の供述に不自然な点があることは否めないものの,それを考慮しても,被告人の上記公判供述は,その重要部分において一定程度の信用性を有しているというべきである。
(4)以上によれば,本件において会陰走査は必要ではなかったとはいえない上,被告人は,本件における会陰走査の必要性について認識しないまま本件措置を実施したと認定することもできない。
7 わいせつ目的を推認させる事情について
(1)そうすると,本件において,被告人は,会陰走査が必要ともいえる状況の下で,その必要性を認識しつつ,会陰走査の外観を呈する本件措置を行ったことになるが,なお,被告人が本件措置を実施するに際し,わいせつ目的をも併わせ持つ心理状態であったとすると,被告人が会陰走査の名目でわいせつ行為に及んだと認定する余地がある。そこで,次いで,検査中あるいは検査前後の被告人の言動等から,被告人のわいせつ目的が推認されるかについて検討する。
(2)まず,検察官が主張する上記1(3)イの□ないし□の各点に関する被告人の不作為を含む行為について,A及び被告人の各供述の信用性を中心に検討する。
  ア 被告人が,Aにブラジャーを外すよう指示したかどうかという点については,上記のとおり,Aは,そう指示された旨供述しているものの,検察官による主尋問の際,指示内容を問われ,いったんは,上は外すよう言われた旨供述し,再度,検察官から正確に言うよう問われた後,ブラジャーは外すよう言われた旨供述し直しているのであって,あいまいさを否めない上,Aの証人尋問時の問答状況によれば,捜査段階において,同女は当初からブラジャーを外すよう言われた旨明言してはいないことがうかがわれる。また,Aは,本件以前に検査着を着て検査を受けたときは,ブラジャーを外したり外さなかったりした旨述べているが,どのような場合にブラジャーを外したのかを具体的に述べておらず,むしろ,本件と同様の検査時に,ブラジャーを外したことがあった経験から,上を取るよう言われたことによって,ブラジャーを外した可能性も否定できない。そうすると,Aの公判供述の信用性は高いとはいえない。もっとも,Aに検査着に着替えるよう指示する際,ブラジャーを外すよう明言したことは認められないとしても,上を取るようにと言えば,本来必要のないブラジャーまで取ってくる女性もかなりいるというのであるから,ブラジャーはいいが上を取るようにといった指示をしなかった点で配慮を欠いたものであったといえる。
  イ 被告人が,Aの検査着のひもを2か所とも解いたかどうかという点については,被告人に必要もないのに乳房を見られたくないとの思いから検査着のひもを2か所とも硬く結んだという同女の供述は自然であること,これらのひもがいずれも自然に解けるというのは考え難いこと,被告人自身,捜査段階において,検査をやりやすくするために,検査着のひもを自ら解き,検査着を胸部までまくり上げた旨,同女の供述と整合する内容の供述をしていること(警察官調書(乙5),検察官調書(乙8))などに照らすと,Aの上記公判供述は信用することができるのに対し,被告人の公判供述の信用性は乏しい。腹壁走査を実施するのに検査着の内側のひもをほどく必要は必ずしもないことは,被告人自身も認めているところである。
  ウ 被告人が,本件腹壁走査中にAの胸が露わになった際,また,本件措置中に同女の臀部等が露わになった際,いずれも,タオルを掛けるなどの措置をとらなかったことについては,被告人自身も認めており,これらの不作為が女性患者に対する配慮に欠けるものであることは明らかである。
  エ また,被告人が,Aの着替え中にブラジャーを胸にあてがった状態のままの同女に片足跳びをさせたことについてや,その前に,同女に声を掛けることなくカーテンを開けたかどうかという点については,同女と被告人の各公判供述に食い違いがある。しかし,Aの供述は,同女が本件当日に作成した上記メモの記載内容とほぼ一致しており,当初より一貫したものであることがうかがわれること,同女の心理状態を考慮しても被告人が声を掛けたのを聞き漏らしたということも考え難いこと,被告人の公判供述は,カーテンを開けたとすれば,声を掛けるはずであるというものであり,具体的な記憶というより推測の域にとどまる上,被告人が他にもAに対して配慮に欠ける行為を行っていることからすれば,その推測が必ずしも説得的であるとは言い難いものがあること,そして,被告人が,捜査段階において,声を掛けることなくカーテンを開け,片足でケンケンするよう言ったところ,同女は,いきなりカーテンを開けられたことから,上半身裸の胸を両手で隠すようにしながら,指示に従った旨,同女の供述と一致する内容の供述をしていること(警察官調書(乙5))などに照らすと,Aの公判供述の信用性は高く,被告人の公判供述がその信用性を左右するものとみることはできない。
  オ 以上のとおり,検察官が,被告人にわいせつ目的があったことをうかがわせる事情として主張するもののうち,Aに対し,検査着に着替えるよう指示するに際し,同女に対し,上を取るように指示したにとどまり,ブラジャーを外すように明言したことは認められないが,①必ずしも必要がないのに,検査着のひもを2か所とも解いたこと,②露出したAの胸部及び臀部にタオルを掛けなかったこと,③Aが着替え中に声を掛けることなくカーテンを開け,上半身裸でブラジャーを胸に当てがった状態の同女に片足跳びを指示したことが認められる(なお,検察官は,被告人が,Aがゼリーを拭くに当たり,ティッシュペーパー及びタオルで拭こうとするのを制止し,検査着で拭くよう指示した点も,被告人のわいせつ目的をうかがわせる一事情である旨付言するが,F医師の公判供述等にかんがみても,検査着で拭くように指示することも必ずしも不自然ではないことから,この点を被告人のわいせつ目的をうかがわせる事情とみることは相当でない。)。
(3)以上の7(2)オ①ないし③の各行為に加え,④本件腹壁走査から本件措置に移行する際に,Aが尋ねなかったとはいえ,会陰走査の必要性等の説明を十分に行わなかったこと,⑤そもそも女性患者に対して男性技師1人で超音波検査を実施している中で,更に陰部を露出することになる本件措置を実施したこと,⑥その際,下着を下げるのをAがためらったとはいえ,被告人自身が強引に同女の下着を下げたこと,⑦Aを1号検査室内にとどめて同時に検査室を出た際に身体が接触したことなどの事情もある。
(4)しかし,これらの①ないし⑦の各行為が被告人にわいせつ目的があったことをどの程度推認させるかについてみると,
  ア まず,上記①の行為は,腹部超音波検査を実施するに当たり,腹部を露出させるのに必要な限度を超えた行為であるが,より広く腹部を露出させ,検査をしやすくするもので,被告人もそのように考えた可能性もある上,もともと患者の羞恥心に配慮することなく検査を実施していたことも考え併せると,検査着の内側のひもまでほどいたことをわいせつ目的があったことの有力な徴表とみるには疑問がある。
  イ 上記②の行為については,患者に配慮してその身体にタオルを掛けることは,D技師や本件病院の医師も行っていることであり,被告人自身,補助者がいるときは行っている旨述べており,やろうと思えばできない行為でないことは明らかであるが,被告人は,本件に限らず,普段から検査を短時間で終わらせることを優先し,ほとんどの場合タオルを掛けることはしていないというのであって,必ずしもこれを被告人にわいせつ目的があったことの表れとはみることができない。
  ウ また,上記③の行為については,Aが着衣を着終わった後に行ったとしても差し支えがないものであるが,被告人が,会陰走査後に念のため片足跳びによる検査を実施することを思い付いたものの,直後に外科の検査の予定があり,時間的制約があったことなどから,同女が着衣を着終わるのを待つことなく,これを直ちに実施したいと考えたとみる余地もあり,カーテンもその勢いで開けてしまった可能性があり,また,上半身裸といっても,患者はブラジャー等で胸部を隠して片足跳びをするのが普通であるから,上記のような状況下で,片足跳びをさせても,患者の乳房を見ることはできないのであるから,上記の被告人の行為をもって,わいせつ目的によるものとは考えにくい。
  エ 上記④の行為についても,インフォームドコンセントの理念に照らせば,本来あるべき状況とは異なるといわざるを得ないが,時間的な制約がある中で検査を実施する必要があること,一応「気になるところがある。」「直腸を見させてくれる。」旨述べた上で本件措置を実施していることに照らすと,会陰走査の必要性やその検査内容について十分な説明を行わなかった被告人の対応をもって,わいせつ目的の徴表とみるのは無理がある。
  オ さらに,上記⑤,⑥の各行為については,それ自体,女性患者に対する配慮を欠く行為であることは明らかである。そして,D技師は,公判廷において,「女性を男の人1人だけで見るというのは,余りよくない状況だから,必ず女性がつくようにするという決まりのようなものがあったが,被告人はつい1人でやってしまうことがある。私たちが検査をする際,腹部を見るのに,胸までは見る必要がないので,はだけないように隠したり,下腹とかを見るときも,腰骨まで下げてもらうようにし,なるべく本人に下げてもらうようにしたり,一言声を掛けてから下げたりするが,被告人は,いきなりがあっと下げ過ぎてしまうなど,配慮のない検査をすることがたまにある。Lという女性の検査技師と一緒に,被告人に対し,もっと配慮するよう言ったことがあり,被告人は,もっと気をつけるなどと言って,しばらくは気をつけている感じであったが,また元に戻ってしまうことがあった。また,うわさで,以前に被告人が検査をした女性患者が,「下着をがあっと下げられて恥ずかしかった。」旨述べていたという話を聞いたことがある。」旨供述し,上記3(8)記載のとおり,本件措置時に,Aの乳房や陰部がはだけているのを見て,別の女性臨床検査技師に耳打ちするなどしていることから,被告人が普段から女性患者の羞恥心に対する配慮を欠く行動をとっていたことも認められるが,一方で,D技師は,被告人に関し,「わいせつ行為やセクハラといった苦情は耳にしたことはない。単にデリカシーのない人というか,無神経な人としか受け止めていなかった。」とも供述しており,被告人が上司であることを考慮しても,普段から被告人がわいせつ行為を行っている疑いまでは抱いていない様子がうかがわれ,これらの行為が,女性患者に対する配慮を欠くという範疇に属する行為にとどまり,そこから直ちに本件時にわいせつ目的を有していた有力な徴表であるとみることには,なおためらいを禁じ得ない。
  カ さらに,上記⑦の行為についても,被告人が,一見必要のない,あるいはAに配慮のない対応をしているようにも思えるが,患者にカルテを渡したり,1号検査室のドアを開けてあげることもある旨の被告人の公判廷での弁解も必ずしも不自然とまではいえず,やはりこれを被告人のわいせつ目的の徴表とみるのは無理がある。
  キ さらに,上記③⑦の各行為については,Aに対する本件措置の状況をD技師に目撃された後の事情であるところ,被告人が本件措置時にわいせつ目的を有していたのであれば,これをD技師に目撃されているのであるから,普通は更にわいせつ行為に及ぶというのは考えにくく,わいせつ行為を目撃された犯人の心理状態からして,不自然である。
(5)結局,上記①ないし⑦の各行為は,いずれも,女性患者の羞恥心に対する配慮を欠いた,あるいはその配慮が足りないと評価すべきものではあるが,他方で,それらの行為は,いずれも,わいせつ目的の存在を推測するには無理のあるものであるか,わいせつ目的の存在を推測させる程度が必ずしも高いとはいえないものであって,上記のとおり,被告人は,普段から同様の行動をとっており,D技師らから直接的に注意を受けた後も,自己の検査態度を十分に改善させることがなかったというのであり,これらの行動ないし対応を,検査上の便宜や時間の短縮等を優先する余り,わいせつ目的に基づくことなく行ったとみる余地があることは,否定できないといわざるを得ない。
(6)さらには,上記のとおり,被告人が,会陰走査を必要とした根拠について供述を変遷させていることも併せ,会陰走査の必要性についての認識が希薄であったのではないかとの疑いや,会陰走査を行ったことやその結果を所見用紙に記載していないことも,わいせつ目的の存在をうかがわせる事情とみる余地がないではないが,そのような被告人の行動や供述経過等が生じた理由等に関して上述したところも併せ考えると,それらをもって,被告人のわいせつ目的の存在を疑う程度には一定の限界があるというべきである。
(7)そうすると,被告人には,以上のような女性患者に対する配慮に欠ける,あるいは不十分な行動がいくつも見られること,また,被告人の供述には,特に会陰走査を必要と判断した理由という重要な点を含め,変遷したり,不自然なところや虚偽の疑いがある部分が存在していることなどが認められるが,それぞれの事情は,わいせつ目的を推測させる程度が必ずしも高くなく,それらを総合考慮したとしても,被告人にわいせつ目的があったと認定するにはなお合理的な疑いが残るといわざるを得ない。
8 結論
  以上のとおり,被告人は,Aに対し正当な会陰走査の外観を呈する検査を行ったものである上,そのような措置をとる必要性がなかったとは認められないのみならず,被告人がその必要性を認識しないまま本件措置を行ったとはいえず,さらに,本件措置時やその前後の同女に対する配慮に欠ける,あるいは不十分な行為,そして,本件に関する被告人の供述内容,経過等,本件措置時において,わいせつ目的を有していたことの徴表とみる余地のある事情も存するが,それらを総合しても,被告人がわいせつ行為に及んだとの確信を抱くには足りず,合理的疑いが残るといわざるを得ない。
  本件は,被告人が,腹壁走査を受けにきた女性患者に対し,会陰走査というそれ自体患者を羞恥させる検査を更に追加して行うに際し,十分な説明をせず,さらに,乳房や陰部を露わにさせたまま検査をするなど,検査やその前後を通じて配慮を欠く,あるいは配慮の足りない行動をとり,しかも,被告人が本件措置を実施している最中に被告人の同僚技師が検査室に入室し,その際に同人の発した言葉等を患者が誤解して聞いたことなどの偶発的な事情も重なって,患者に,本件措置が正当な検査ではないわいせつ行為であるとの疑いを抱かせたことに端を発する事案であり,被告人の責めに帰すべき事情も多々あるけれども,証拠を総合的に考察しても,本件措置がわいせつ行為であったと合理的な疑いなく認定することはできなかったというものである。
  したがって,本件公訴事実について犯罪の証明がないことになるから,刑訴法336条により,被告人に対し無罪の言渡しをする。
  よって,主文のとおり判決する。
(求刑・懲役3年)
 平成18年12月18日
    京都地方裁判所第1刑事部
        裁判長裁判官  東 尾 龍 一
           裁判官  景 山 太 郎
           裁判官  炭 村   啓