児童ポルノ・児童買春・児童福祉法・監護者わいせつ・不同意わいせつ・強制わいせつ・青少年条例・不正アクセス禁止法・わいせつ電磁的記録弁護人 奥村徹弁護士の見解(弁護士直通050-5861-8888 sodanokumurabengoshi@gmail.com)

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未成年者喫煙禁止法違反被告事件(無罪) 高松高裁h27.9.15)

 故意犯だからなあ。

高松高等裁判所平成27年9月15日第1部判決
       判   決
職業 会社員 A 
有限会社B
上記代表者代表取締役 C
 上記両名に対する各未成年者喫煙禁止法違反被告事件について,平成26年10月27日丸亀簡易裁判所が言い渡した判決に対し,被告人Aに関する有罪部分につき同被告人から,被告人有限会社Bに関する無罪部分につき検察官から,それぞれ控訴の申立てがあったので,当裁判所は,検察官関一穂並びに私選弁護人田岡直博(主任),同佐藤倫子及び同中田幸雄出席の上審理し,次のとおり判決する。
       主   文

1 原判決中,被告人Aに関する部分を破棄する。
 被告人Aは無罪。
2 検察官の本件控訴を棄却する。

       理   由

 被告人A(以下「被告人A」という)の控訴趣意は,原審の不法な公訴の受理及び事実誤認の主張である(弁護人は,控訴趣意書中,訴訟手続の法令違反とある点は,公訴権の濫用であり,不法に公訴を受理したことを控訴理由とするものである旨釈明した)。
 検察官の控訴趣意は,事実誤認の主張である。
 そこで,記録を調査し,当審における事実取調べの結果を併せて検討する。
第1 被告人Aの控訴趣意(1)=原審の不法な公訴の受理=について
1 論旨は以下のとおりである。すなわち,本件公訴事実は,コンビニエンスストアE F店(以下「本件店舗」という)のアルバイト従業員である被告人Aが,本件店舗において,被害児童に1回,たばこ2箱を販売したというものであり,未成年者喫煙禁止法5条の罪が想定する最も軽微な事案である。しかも,仮に被告人Aが有罪判決を受ければ,本件店舗を経営する被告人有限会社B(以下「被告会社」という)は,株式会社Eとのフランチャイズ契約を解除されて,多額の違約金を支払わなければならず,また,たばこ販売許可が取り消されて売上の33%を失うことにもなり得る。したがって,本件は当然に起訴猶予になるべき事案であり,検察官は,故意又は重過失により訴追裁量を濫用して本件を起訴したものであって,原審裁判所は不法に公訴を受理したものである。
2 そこで検討するに,未成年者の喫煙防止が重要な社会的課題であり,平成12年法律第134号による未成年者喫煙禁止法の改正によって,未成年者に対して,その自用に供することを知ってたばこを販売する行為を処罰する同法4条(現行法5条)の罪(以下「本罪」という)に対する罰金額が引上げられたことにも照らすと,たばこ2箱を1回販売したという事案であっても,それが当然に起訴猶予となるべき極めて軽微な事案とはいえない。被告会社に対する影響についても,上記法改正によって両罰規定が設けられたことに照らし,被告人Aに対する起訴の不当性を基礎付けるものではない。そして,検察官がその訴追裁量を逸脱,濫用したことにより公訴提起が無効とされるのは,公訴提起自体が職務犯罪を構成するような場合に限られる(最高裁昭和55年12月17日第一小法廷決定,刑集34巻7号672頁参照)ところ,上記の検討によれば,本件公訴提起自体が職務犯罪を構成するものとは到底いえない。
 不法な公訴の受理の論旨は理由がない。
第2 被告人Aの控訴趣意(2)=事実誤認=について
 論旨は,原判決は,被告人が,被害児童が未成年者であることを知りながらたばこを販売したとして有罪としたが,被告人は,被害児童が未成年者であるとは知らずにたばこを販売したから無罪であり,原判決には判決に影響を及ぼすことが明らかな事実誤認があるというのである。
1 原判決の認定事実及び被告人Aの主張
 原判決が認定した罪となるべき事実は,本件公訴事実とほぼ同じであり,「被告人Aは,平成25年4月22日午後9時19分頃,本件店舗において,被害児童(男性,平成9年○月生,当時15歳)に対し,同人が未成年者であることを知り,かつ,自ら喫煙するものであるかもしれないことを認識しながら,あえて,たばこ2箱を代金820円で販売した」というものである。被告人Aは,上記のとおり被害児童にたばこを販売した事実(以下「本件販売」という)は認めるが,被害児童が未成年者であることは知らなかったと主張している。
2 未成年者であることの認識に関する原判決の認定理由要旨(事実認定の補足説明の第4)
(1)被害児童は,一見して未成年者と分かる顔立ちをしており,その容貌を認識すれば未成年者であると認識できるところ,被告人Aは,被害児童の容貌を少なくとも2回確認しているから,被害児童が未成年者であると認識したと推認できる。すなわち,
ア 被害児童は,当時15歳の高校1年生で,頬ににきびがあるなど,あどけない顔をしており,一見して未成年者であると分かる顔立ちである。身長も同年代の未成年者と比較しても高いものではない。本件の6日後に被害児童を職務質問した警察官2名は,パトカー乗務中に被害児童を未成年者と認識している。したがって,被告人Aが被害児童の容貌を認識していれば,未成年者であると認識することができる状況にあったと認められる。
イ 捜査状況報告書(原審甲4。レジカウンター内側後方からレジカウンター付近を撮影した防犯カメラ映像を撮影した写真6枚)によれば,被告人Aは,被害児童がレジ付近に現れてから,たばこの精算が行われるまでの約19秒間に,少なくとも2回,被害児童の容貌を確認したと認められる。1回目は顔を正面から見ており,2回目も容貌を確認できるような状態の被害児童を見ている。
(2)被害児童が未成年者であると思ったという被告人Aの捜査段階の自白は,信用することができる。
3 当裁判所の判断
 被告人Aが被害児童を未成年者であると認識したとする原判決の認定には事実の誤認がある。
(1)被害児童の容貌について
 本件後間もない時期に撮影された被害児童の顔写真及び全身写真(原審甲26,27),そして,原審裁判官が本件の約8か月後の証人尋問時に被害児童を直接観察していることに照らせば,「被害児童は,頬ににきびがあるなど,あどけない顔をしており,一見して未成年者であると分かる顔立ちをしている」という原判決の認定が誤りであるとはいえない。
 しかし,被害児童の身長は約167cmで,成人男性であってもおかしくはなく,また,被害児童は,本件当時,学校の制服等ではなく,黒色系ジャージを着ていたのであるから,観察者の感じ方や容貌観察の状況によっては,未成年者であると気が付かないこともあると考えられる。この点,原判決は,被告人Aが被害児童の容貌を認識していれば,未成年者であることを認識することができる状況にあったとしているが,本罪の故意である未成年者であることの認識を認めるには,単に容貌が目に入っただけでなく,そこに未成年者である(かもしれない〔以下同じであり,略す〕)という判断が伴わなければならないことに留意すべきである。
 現に,被害児童は,α町のたばこ屋のおばあさんから20回近くたばこを買った,P Q店では5回位たばこを買おうとして,二,三回断られ,二,三回買った,本件店舗では本件以外に2回位買い(販売担当者は分からない),一,二回位断られたと証言している(第3冊90頁〔以下,3−90のように記す〕,3−108)。そうすると,被害児童は,コンビニエンスストアで,本件以外に四,五回たばこを買っているのであり,全ての販売者が未成年者と分かって売ったとは考えにくいから,成人と見誤った販売者もいたという疑いがある。なお,パトカー乗務中の警察官2名が,たばこを吸っていた被害児童を未成年者と認めて職務質問をしたことは原判示のとおりであるが,それは,観察者の感じ方や観察の状況によって,被害児童を未成年者と認識しない場合があることを否定するものではない。
(2)被告人Aが被害児童の容貌を観察した状況について
ア 本件店舗における,通常のたばこ販売の流れ
 関係証拠によれば,次のように認められる。〔1〕店員は,客からたばこの銘柄を聞くと,レジカウンター内側の背後の陳列棚からたばこを取り,レジカウンター上でたばこのバーコードを読み取る。〔2〕レジスターのキーボード上の画面(店員側)には,「20歳以上に見えますか?」という画面が表示され、店員は,「20歳以上(確認)」又は「未成年(中止)」のボタンを押す。〔3〕店員側画面の裏側に客側を向いた別の画面があり,たばこのバーコードを読むと自動的に年齢確認画面が表示される。〔4〕客が同画面上の「私は20歳以上です」というボタンを押し,店員が「20歳以上(確認)」というボタンを押せば(押していれば),販売,清算に進む。〔5〕店員が「未成年(中止)」ボタンを押せば,客側画面に「証明書の提示をお願いします」との表示が出る。客が身分証明書等を提示し,店員が20歳以上と判断して,あらためて「20歳以上(確認)」のボタンを押せば,販売,清算に進む。〔6〕店員は,清算の最後に,男女別と年齢層を選択するボタンを押す(たばこ以外の販売でも同じ)。
イ 本件における販売の状況
《1》)原審甲4号証の写真番号〔1〕から〔6〕には,以下の状況が写っている。〔1〕被害児童がレジカウンターのすぐ前に来ており,被告人Aは,たばこ陳列棚に向かって立ち,同陳列棚で何か作業をしている(21時19分18秒〔21:19:18〕)。〔2〕被告人Aは,同陳列棚のところから,カウンター前に立っていた被害児童の上半身を,振り向いた姿勢で見ている。被害児童は,顔を上げて,被告人Aの方を見ている(21:19:21)。〔3〕被告人Aは,レジスターの前に立って,たばこ陳列棚の方を振り向いている。被害児童は,やや下を向いて財布を開けるような仕草をしている(21:19:23)。〔4〕カウンター上にたばこが置かれ,被告人Aは,レジスターのキーを操作している。被害児童は,下(真下に近い)を向いて財布を触っている(21:19:32)。〔5〕被告人Aは,レジスターの店員側画面を見ている。被害児童は,下(前同)を向いて両手をカウンター上に伸ばしている(21:19:37)。〔6〕被害児童は,カウンターから離れて背を向けている。被告人Aは,レジスターの開いた引出の上に手をやっている(21:20:17)。 
 これらの写真のうち,被告人Aが被害児童の顔を見ているのは,写真〔2〕(以下,その時点を単に「〔2〕」ともいう。他も同じ)だけである。
 なお,写真の流れから,〔2〕の後,〔3〕の直前に被害児童が,少なくともたばこの銘柄ないし番号を言ったこと,〔4〕までの間に被告人Aが陳列棚からたばこを取ったこと,〔4〕の前後から〔5〕の間に双方の年齢確認画面の操作がなされたことが推認できる。
《2》)本件販売にかかるジャーナル(原審甲9)及び被害児童の原審証言によれば,被害児童がカウンターで被告人Aに,あめも1個注文して購入したこと,被告人Aが,男女別及び年齢層につき,男,20〜29のボタンを押したことが認められる。
ウ 原判決要旨1回目の容貌観察(写真〔2〕)について
《1》)〔2〕の写真では,被告人Aは,振り返った姿勢であるが,近い距離で(2m以内と認められる),被害児童の上半身と顔を正面から見ており,これが原判決要旨の1回目の容貌観察(原判決によれば確認)である。しかし,〔2〕の後,レジスターの前で被告人Aが陳列棚の方に振り向いている〔3〕までの時間は,わずか2秒間である(〔1〕から〔2〕は3秒間)。これは,〔2〕のように,陳列棚から振り返って被害児童の顔を見た時間が極めて短時間であったことを示している。
 また,この時点で,被告人Aにおいて,被害児童がたばこを注文している客であると認識していたとは認められない。被害児童は,〔2〕の前に「たばこを下さい」などと言ったとは証言していないし,仮に,そのように言ったとすれば,被告人Aは,陳列棚のところで銘柄を聞いて,たばこを取ればよいのに,〔3〕でレジスターのところに戻っているからである。
《2》)前記(1)のとおり,被害児童は,その背格好から当然に未成年者と判断できるわけではなく,現に未成年者と判断されないで,たばこを買った例があることも疑われる。単にその容貌が目に入っただけでなく,未成年者であるという判断がなされたかという観点からすると,〔2〕の観察は,たばこを注文する客という認識がなく,極めて短時間,振り返って見たにすぎないのであるから,それによって,被告人Aが被害児童は未成年者であると判断し,認識したと断定するのは困難である。原判決も,〔2〕の観察のみで,その旨の認識を推認してはいない。
エ 原判決要旨の2回目の容貌観察について
《1》)原判決は,a)被害児童は,年齢確認画面のボタンを押した際に,被告人Aがその顔を確認できないような程度に顔を下に向けて押すことは困難であるから,その際,被告人Aは被害児童の容貌を確認できる状態にあったといえる,b)そして,被害児童の証言によれば,被害児童が同ボタンを押すころに,被告人Aが被害児童の顔を見たことが認められる,として,そのころ被告人Aは被害児童の容貌を確認したと認めている。
《2》)たしかに,被告人Aが被害児童の方に目を向けていれば,その顔をある程度観察することはできたと考えられる。しかし,被害児童がボタンを押したのは〔4〕前後から〔5〕の間であるところ,〔4〕でも,その5秒後の〔5〕でも,被告人Aは,レジスターのキー操作をしたり,その画面を見たりしていて,被害児童の方に目を向けていない。そうすると,被害児童がボタンを押した際(ころ)も,被告人Aは,被害児童の方を見ていなかったと推認するほうが合理的である。ボタンを押している場面の写真が存在しないことも,この推認を支持している(後記オ参照)。
《3》)原判決b)が根拠とする被害児童の証言は,主尋問において,ボタンを押したときの状況につき,「店員さんは,あなたの顔を見たわけですか」と質問されて,「はい」と答えたものである(3−93)。しかし,被害児童は,反対尋問では,〔2〕につき,目を合わせないようにしていたことを認めた上,「目を合わせたら,もうばれてしまうかなということ」と答え,ボタンを押したときについては,「店員さんとは顔を合わせたりはしてないんですね」と質問されると,「合わしてないですね」と答えている(3−112)。しかも,このころ,被害児童は,年齢確認画面に目を向けていたのであるから,被告人Aがどこを見ていたのか分からなかった可能性が高い。そうすると,主尋問での単なる「はい」という答えから,被害児童が上記ボタンを押すころに,被告人Aがその顔を見たとは認めるのは無理である。
《4》)したがって,上記a),b)の理由によって,被害児童がボタンを押した際(ころ)に,被告人Aがその容貌を確認したと認めた原判決の認定は,是認することができない。
 なお,被告人Aは,当審被告人質問において,客が年齢確認のボタンを押すときにも客の方を見ると述べ,見るとしても,一瞬斜めから見るだけであり,最初に成人だと思っていたら,もう見ないかもしれないと述べている。それ自体は合理的な供述であるが,これも一般論による考察にすぎず,本件における観察状況については,上記のようにいえるにとどまる。
オ その他の容貌観察の有無について
 〔2〕以外にも,被告人Aが,被害児童の顔に目を向けた可能性は考えられる。しかし,G及びH両警察官の原審証言によれば,両警察官は,本件店舗で防犯カメラの映像を見分して必要な場面を写真撮影し,その中から6枚を抽出,印刷して原審甲4号証を作成し,写真データは消去したこと,捜査機関において,防犯カメラの映像データ自体につき押収その他の保全措置をしなかったことが認められる(映像データは,その後消去になったと考えられる)。そうすると,防犯カメラの映像には,〔2〕以外に,被告人Aが被害児童の顔に目を向けている映像はなかったとみるのが合理的である。また,顔が視野に入る程度に被害児童の方に目が向いていたかについても,防犯カメラの映像が捜査機関によって保全されていない以上,6枚の写真以外の場面で,そうした場面があったと推認することはできない。
カ 小括
 原判決が2回目の容貌確認を認めたことは誤っており,原判決が,被告人Aは被害児童の容貌を少なくとも2回確認したから,被害児童が未成年者であると認識したと推認できるとしたことは不合理である。
(3)未成年者であることの認識に疑問を抱かせる事情について
ア 認識していながら,あえて販売する動機がないこと
 写真〔1〕,〔2〕,〔4〕及び〔5〕では,レジカウンター付近に被害児童以外の客は写っていない。〔3〕では被害児童の後ろに1人写っているが,通り過ぎようとしている。販売が終わった写真〔6〕になって,2人の客がカウンターに近づいている。後記(4)のとおり,店内には五,六人の客がいたという自白があるが,仮にそうだとしても,レジカウンターはすいていたのであり,被告人Aとしては,殊更,本件販売を早く終わらせなければならない状況ではなかったといえる。また,被害児童は,まさにその容貌からして,仮に身分証明書等の提示を求めても,文句を言ってきたりして,トラブルになると思われるような相手には見えない。
 被告人Aは,本件店舗で10年間以上アルバイトをし,徹底されていたかはともかく,たばこを未成年者に売らないように指導を受け,前記(2)アの年齢確認のシステムを使ってきたのであるから,未成年者にたばこを売ったことが発覚すれば,問題になることは分かっていたと認められる。本件の際も,他の客や同僚従業員の目を考えると,一見して未成年者と見える客にたばこを売るのには躊躇を感じるであろう。
 こうした点からすると,本件当時の被告人Aについては,通常,たばこを注文するのは成人であるから,軽率にも成人と思い込んで販売したということはあっても,未成年者であると思いながら,あえて販売する動機や理由はなかったとみるほうが合理的である。
イ 被告人Aが本件を記憶していなかった疑いがあること
 被告人Aは,本件販売について,記憶がないと供述している。被告人Aは,本件7日後の平成25年4月29日に初めて取調べを受けたが,担当した前記G警察官は,被告人Aは,当初,少年について覚えていないと言っていたが,防犯カメラの映像を撮影した写真を順次見せたところ,あっというふうに思い出した感じであった,そして,売っちゃってますね,未成年ですねと言ったと証言している(3−262)。一方,被告人Aの供述は,取調べの前日,店長から,未成年者にたばこを売ったことが問題になっており,Aさんかもしれないと言われたが,自分では売った記憶がなく,翌日の取調べでは,当初,覚えていないと言ったが,写真を見せられて,売った相手のことは思い出せなかったが,しまったなと思ったというもので(3−188),あっという反応を見せたというG証言と整合している。
 1週間前のたばこの販売というありふれたことであっても,あえて未成年者に売ったとすれば,非日常的な出来事として,記憶に残っている可能性が高いといえる(被告人Aが頻繁に未成年者と認識して販売していたことをうかがわせる証拠はない)。ところが,写真を見せられたときの被告人Aの驚いたような反応は,その前には本件販売の記憶がなかったことを示している(思い出したかについては争いがある)。この点も,未成年者であることの認識を疑わせるものである。
(4)捜査段階における被告人Aの自白の信用性について
 捜査段階の自白は,平成25年4月29日付け被告人作成のK警察署長あて上申書(原審乙2),同年7月18日付け警察官調書(同乙3)及び同年9月6日付け検察官調書(同乙4)である。
ア 原判決が信用性を肯定した理由のうち,本件販売の事実が客観的事実により裏付けられている点は,未成年者であることの認識についての自白を裏付けるものではない。店内に五,六人の客がいたと説明する点が当時被害児童のほかに客がいたという限度では写真によって裏付けられているとの点は,上申書の「当時レジはすいていましたが,店内にはお客さんが5〜6人はおり」という部分についてである。しかし,写真上でも,被害児童を入れて,最大5人の客が確認できるのであって,写真を参考に適当に五,六人ということは可能であり,これも争点についての自白を裏付けるものではない。当時の店内の状況を具体的に説明しているとの点は,上記の人数以外に格別の供述は見当たらない。警察官調書では,販売の具体的な流れを説明しているが,写真やジャーナルで分かることである。
イ 原判決の理由のうち,販売時の心境を交えながら供述しており,迫真性があるとの点について検討する。
 上申書では,上記記載に続いて,「たまに1度にお客さんがレジに集中しお客さんをまたせてしまう事があるのでお客さんを効率よくさばく為に少年がレジに来た時明きらかに未成年者でこの少年が自分で吸うのを分かっていながら年れい確認をせずにタバコを売ってしまったのです」となっている。しかし,前記(3)アで述べたように,レジカウンターに他の客が並んでいなかったのに,店内に客が五,六人いたという程度の理由で,年齢確認をせずに販売したというのは,むしろ不自然である。その程度の客がいるのは日常的なことであろう。
 ところで,上申書のこの記載に関し,被告人Aは,警察官から当時の状況を思い出してくれと言われ,過去に客がレジに並んでいたときに,未成年かどうか分からない人に年齢確認をしないで売ったことがあったので,そのことを本件に当てはめてしゃべったと供述している(3−194)。この供述を検討すると,まず,担当のG警察官は,被告人Aは,上申書にあるように,店内に五,六人の客がいたという理由を述べたと証言しているが(3−263),警察官調書の取調べを担当したJ警察官は,被告人Aは,レジに五,六人並んでいたので身分確認をしないで販売したと言ったと証言している(3−288)。そして,客がレジに並んでいることは年齢確認をしない理由として一応理解できるところ,実際の防犯カメラ映像の写真では,レジに他の客は並んでいない。そうすると,被告人Aは,当初,レジに客が並んでいることを理由として述べたが,上申書又はその際の最終的な供述では,レジではなく,店内に客が五,六人いたので年齢確認をしなかったという不自然な供述になったと解することが可能である。被告人Aの上記供述の信用性は否定できず,これによれば,上申書にある年齢確認をしなかった理由は作り話である疑いがある。
 なお,被告人Aは,後の公判期日の被告人質問(3−351,354)で,レジに客が詰めかけたときに,未成年かもしれないのにたばこを売ったことがあったかについて,推測で言った,あるいは,ないですと答えている。原判決は,これを供述の変遷として,被告人Aの供述の信用性を否定する根拠としている。しかし,当初の供述も,「未成年かどうか分からない人に」というものであって,必ずしも,未成年者と思いながら,あえて年齢確認をしなかったという趣旨ではない。要は,レジに客が並んでいて忙しいときに,しっかり年齢確認をしなかったことがあることを言ったとも解されるから,格別信用性を否定すべき事情とはいえない。
 次に,警察官調書では,店内に五,六人の客がいて,身分証の確認をすれば,対応に時間がかかり,他の客がレジに来たときに待たせてしまう,写真〔6〕では他に2人の客がレジを待っており,私は焦っていたと思います,過去に身分証を確認したときに成人だったこともあり,未成年でも大事になることはないだろうという安易な気持ちもあったと思います,同僚従業員を呼べばよかったが,普段頼んでもなかなか来てくれないので,それもレジに時間をかけられなかった理由です,などと述べられている(検察官調書に目新しい供述はない)。ここでは,他の客を待たせる心配に加えて,過去の身分証確認の経験や同僚従業員の仕事ぶり,売っても大事にならないとの予想が,年齢確認をしなかった理由として並んでいるが,約19秒の間(販売を決意するまでなら,もっと短い)に,このようにいろいろな事柄を想起し,衡量したというのは,むしろ非現実的である。
 被告人Aの原審公判供述によっても,過去の経験など個々のエピソードは被告人Aが自ら話したことがうかがわれるが,警察官調書で述べられている理由付けは,それらの要素が適当に寄せ集められたものと評せざるを得ず,迫真性があるなどとはいえない。
ウ 原判決が理由として挙げる,被告人Aが写真を見て「あっ」と思い出したような様子を見せたとの点は,前記(3)イでも述べたように,むしろ,未成年者であることを認識していなかったために本件販売を記憶していなかったのではないか,したがって自白は虚偽ではないかという疑いを生じさせる。なお,G警察官は,「思い出した感じ」と証言するが,根拠を尋ねられても,やりとりや仕草からというにすぎない(3−276)。被告人Aは,思い出していないと供述しており,この供述を排斥する決め手はない。
エ 原判決は,被告人Aが誘導されることなく説明したことも信用性の根拠としている。たしかに,取調官は誘導を否定し,被告人Aも,最初のG警察官の取調べについては,写真を見せられて,しまったなと思い,最後に上申書を書いたと供述しているが,その間については,いろいろ聞かれて答えたというだけで,具体的に何かを誘導されたとは供述していない。しかし,被害児童の服装や本件販売の事実については,上申書においても,防犯カメラ映像の写真を確認して,あるいは,警察官から販売履歴を教えられて分かりましたと記載されており,自己の記憶で供述したものとはいえない。上申書にある年齢確認をしなかった理由については,前記のとおり,過去の経験を当てはめた創作である疑いがあり,警察官調書についても同様である。したがって,これらの供述部分が不当な誘導によるものでないとしても,そのことは,被告人Aが本件販売を記憶しており,被害児童が未成年者であることを認識していたという核心部分の自白の信用性を補強するものではない。
オ 以上のように,原判決が列挙する事項のうち,客観的事実による裏付けがあるとする点,誘導なく供述したという点は,いずれも本件争点についての自白の信用性を支えるものではない。むしろ,販売時の心境ないし年齢確認をしなかった理由の供述や,初めて写真を見たときの被告人Aの反応は,自白が虚偽であることを疑わせる。
 こうした点だけでも自白の信用性を肯定することは困難であるが,念のため,原判決が指摘する,被告人Aが一貫して自白を維持したことについて検討する。
《1》)各自白の内容は基本的に一致しており,自白の信用性を一応裏付けている。もっとも,警察官調書及び検察官調書に係る各取調官は,被告人Aが各取調べの最初から認めていたと証言しているが,被告人Aは,取調べの途中まで,又は取調べのはじめに,売った記憶はない,未成年者とは分からなかったと言ったと供述している。原判決は,各取調官の証言につき,具体的かつ詳細で臨場感がある,不自然な点がないとして,全般的に信用しているが,被告人Aの上記言い分に対する言及はない。この点について特に決め手となる事情はないが,検察官調書の,「未成年であると思ったと思いますが」,忙しかったので,たばこを売ったとの記載は,被告人Aがはっきりした自白をしなかったことをうかがわせる。結局,上記各取調べにおいて,被告人Aが一切否認しなかったと認めることはできない。
《2》)被告人Aは,当審において,略式命令を受け取ると,未成年者だと知って売ったと書いてあったが,未成年にたばこを売ったから罰金を取られると思っていたので,違うと思った,そして,被告会社の社長も,罰金刑になるとフランチャイズ契約を取り消され,違約金も発生するので困るということで、一緒に佐藤倫子弁護士(弁護人)のところに行って相談した,その結果,未成年者だと知りながら売ったことが犯罪だと知り,正式裁判の申立をしたと供述している。この供述を,上記《1》)の供述と併せて解釈すると,取調べでは,未成年者であると知っていたかを質問され,覚えていないと否定したけれども,やむなく自白した,しかし,そのことが有罪無罪を分けるような重要な事実ではないと思っていたところ,略式命令を見ると,それがはっきり書かれていて,おかしいと思ったということであろう。
 これらの供述について検討するに,上申書は,G警察官が,ひととおり尋問した後,警察署長あての反省文のようなものを書くように言い,同警察官が下書きをして,別の警察官がその下書きを見ながら,内容を被告人Aに口頭で伝え,被告人Aがそのとおり書いたものである(G証言及び被告人A供述共通)。そこには,「4.店長からは未成年者きつえん禁止法という法律の説明を受けており,未成年者にタバコを販売しないように年れい確認と身分証明書のてい示を求めるように教育を受けています。・・・」,「5.・・・少年がレジに来た時明きらかに未成年者でこの少年が自分で吸うのを分かっていながら年齢確認をせずにタバコを売ってしまったのです。」「ですから私は年れい確認をおこたり身分証明証の確認をしなかった事になり法律にいう販売者の必要そちを取らなかった事になります。」,「6.理由は何であれ15才の少年に私がタバコを売ったのは事実であり,法律に違反した事になり今思えば年れい確認をてっていしていればと反省しています。」と記載されている。 
 ところで,未成年者喫煙禁止法5条は,「満二十年ニ至ラサル者ニ其ノ自用ニ供スルモノナルコトヲ知リテ煙草又ハ器具ヲ販売シタル者ハ五十万円以下ノ罰金ニ処ス」と,同法4条は「煙草又ハ器具ヲ販売スル者ハ満二十年ニ至ラザル者ノ喫煙ノ防止ニ資スル為年齢ノ確認其ノ他ノ必要ナル措置ヲ講ズルモノトス」と定めている。これを上申書と対比すると,5.後段と6.は,同法4条の年齢確認その他の必要な措置をとらなかったことを反省する内容になっている。5.の前段に,明らかに未成年者で自分で吸うのを分かっていながら,という記載はあるが,未成年者であることを認識していたことをも意味するかどうかは必ずしも明確ではない(略式命令に引用された起訴状の公訴事実は,「同人が未成年者であり,自ら喫煙するものであることを知りながら」となっていて,より分かりやすい記載になっている)。そして,G警察官は,上申書は4条と5条の二つの趣旨を合わせた意味の反省文である,4条違反に罰則がないことの認識はなかったと証言しており(3−272),同警察官のそのような考えから,先に引用した内容になったとみることができる。
 また,本件店舗において店員が毎月1回内容を見て署名することになっている確認表(原審弁3)には,「万が一,成年者であることを確認せず,未成年者へ販売をしてしまった販売者は,警察や検察庁で長期に渡り厳しい取調べを受けます」とあり,被告人Aが,故意過失を問わず,未成年者にたばこを販売すれば罪になると考えたとしても不思議ではない。
 これらの点からすると,最初の取調べを受け,上申書を作成するに当たって,被告人Aは,未成年者であることの認識が,処罰の要件であることその他の重要な意味を持つものという認識はなかった可能性が高い(G警察官の理解もはっきりしない)。そして,未成年者に販売したことは否定できない事実であり,それほど重大な罪になるとも思われなかったことから,被告人Aが,妥協して,販売を記憶しているように振る舞い,未成年者であることの認識を認めたということは十分に考えられる。
《3》)続く,警察官調書と検察官調書に係る取調べでは,未成年者であることの認識については,より明確に質問されたと考えられるが,既に上申書で責任を認めており,被害児童の写真(警察官調書添付)を示されて,未成年者に見えることは否定できないことから,否認する,又は否認を続けることは困難であるとして,自白するに至ったと考えることが可能である。略式命令を見て,あらためて不満に思ったというのも,理解できないことではない。
 したがって,捜査段階で自白を繰り返し,その後否認した経緯についての被告人Aの供述は,関係証拠に照らし,一応の合理性をもって理解することができ,これを排斥することはできない。
カ よって,被告人Aの自白の信用性を肯定した原判断は是認することができない。
4 論旨についての結論
 以上のとおり,原判決の事実認定には,2回の容貌確認を認めて被告人Aが未成年者であることを認識したと推認できるとした点,同認識の存在に疑問を抱かせる事情を考慮しなかった点,自白の信用性を肯定した点において誤りがあり,上記認識を肯定した原判決の認定は論理則,経験則等に照らし,不合理であって,事実を誤認したものである。そして,それが判決に影響することは明らかであるから,被告人Aの事実誤認の論旨は理由がある。
第3 検察官の事実誤認の主張について
 論旨は,原判決は,被告会社は本件店舗を営み,被告人Aは同店でたばこ販売等を担当する被告会社の従業員であるが,被告人Aは,被告会社の業務に関し,前記第2の1のとおりたばこを販売したという本件公訴事実に対し,被告会社が未成年者喫煙禁止法5条所定の違反行為に対し,事業主として,行為者の選任,監督その他違反行為を防止するために必要な注意を尽くした事実を認めることができるとして,両罰規定の適用を否定し,被告会社に無罪を言い渡したが,この判断は,被告会社が講じていた措置の評価を誤った結果,事実を誤認して被告会社を無罪としたものであるから,原判決には判決に影響を及ぼすことが明らかな事実の誤認があるというのである。
 論旨に先立ち職権をもって検討するに,未成年者喫煙禁止法6条は,法人についていえば,法人の代表者又は法人の使用人その他の従業者等が,法人の業務に関し,同法5条の違反行為をしたときは,行為者を罰するほか,法人にも同条の刑を科すという両罰規定であり,従業者である被告人Aについて同条の違反行為の成立が認められなければ,被告会社を処罰することはできないという関係にある。そして,前記第2で検討したところによれば,被告人Aについては,被害児童が未成年者であると認識してたばこを販売したと認めるには合理的な疑いがあり,同条の違反行為の成立が認められないから,被告会社を同法6条によって処罰することはできないことに帰する。原判決は,被告人Aに上記認識があると認めた点において事実の誤認があるが,被告会社に対して無罪を言い渡しているから,それは判決に影響を及ぼすことが明らかな事実の誤認とはいえない。
 よって,検察官の事実誤認の論旨を検討するまでもなく,検察官の本件控訴は理由がない。
第4 結論
 被告人Aの本件控訴は理由があるので,刑事訴訟法397条1項,382条により原判決を破棄し,同法400条ただし書により,当裁判所において更に判決する。前記第2に説示したところによれば,被告人Aが被害児童は未成年者であると認識していたと認めるには合理的な疑いがあり,本件公訴事実について犯罪の証明がないことに帰するから,同法336条により,被告人Aに対し無罪の言渡しをすることとし,主文1項のとおり判決する。
 被告会社に関する検察官の本件控訴は理由がないから,刑事訴訟法396条により,これを棄却することとし,主文2項のとおり判決する。
平成27年9月15日
高松高等裁判所第1部
裁判長裁判官 半田靖史 裁判官 澤田正彦 裁判官 辻井由雅