問
甲ら4人の暴力団員は、乙がエロ写真とそのネガを所有していることを知り甲らに対して売る意思のない乙に「売ってくれ。」と執劫に食いさがり、ついにこれを手に入れた(ネガは売ってもらえなかった。) この場合、甲ら4人を猥褻図画販売罪の教唆犯に問うことができるか。
筈消極に解する。
猥褻文書図画等版売罪における売手と買手は、本罪の必要的共犯であり、対向犯である。つまり、売手と買手がなければ、そもそも本罪は成立しないわけである。この点賄賂罪とまったく同じである。しかし、賄賂罪と異なる重要な点は、一方が処罰されないという点である。すなわち、売手と買手は、本罪の成立に必要な共犯であるが、買手の方が不可罰的共犯とせられている点で、賄賂罪と重要な差異がある。買手が不可罰とせられた理由は、法益侵害の危険性において買手は売手の比ではないと考えられたためであろう。そこで、通説は、元来不可分的関係に立つ必要的共犯において、法が、そのうちの一方だけを可罰的とし、他の一方については沈黙している趣旨を考えると、たとえ後者の行為が前者の行為の教唆行為または幇助行為にあたる場合においても、これを前者の罪の教唆犯または幇助犯として処罰すべきではないとしている。
しかし、法が不可罰とする趣旨を著るしく超えるような場合までも、これを不可罰とするというのはいかがなものであろうか? 通説は、いかなる場合も絶対に不可罰と考えているようであるが、疑問である。本罪が行なわれる場合の態様について考えてみると、(1)売手も買手も積極的、(2)売手は積極的だが買手は消極的、(3)売手は消極的だが買手が積極的の3つの場合が考えられよう。これらの場合のうち、第175条の予想する一般的な型としては(1)と(2)であろうが、(3)の場合、つまり売るつもりのない者に執拗に食いさがって遂に手に入れてしまう場合は、法が買手を不可罰とした趣旨を逸脱してはいまいか。東北大学の荘子教授も、同旨の疑問を示しておられる(刑法総論・演習・P.399以下)。
それはともかく、通説は、必要的共犯には総則の共犯規定を適用する余地なしとして、本件のような場合にも甲らを猥褻図画販売罪の教唆犯に問擬することはできないとしている。では、判例の見地はどうかというと、必要的共犯についての総則の適用関係および猥褻文書図画等販売罪について共犯者の教唆行為の擬律等につき判示したものが見あたらないのである。そこで、結局、通説の見地にしたがい、本件甲ら4人を猥褻図画販売罪の教唆犯に問擬することについては、消極に解せざるを得ない。