児童ポルノ・児童買春・児童福祉法・監護者わいせつ・不同意わいせつ・強制わいせつ・青少年条例・不正アクセス禁止法・わいせつ電磁的記録弁護人 奥村徹弁護士の見解(弁護士直通050-5861-8888 sodanokumurabengoshi@gmail.com)

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刺青は医療行為(東京地判H2.3.9)

 地裁レベル。
 包括一罪。

東京地方裁判所判決平成2年3月9日
判例時報1370号159頁
 (罪となるべき事実)
 被告人は、医師の免許がないのに、別紙犯罪事実一覧表記載のとおり、昭和六三年四月七日ころから平成元年四月二四日ころまでの間、東京都港区店内もしくは東京都渋谷区《番地略》所在の渋谷店内において、前後一二回にわたり、同表客氏名欄記載のA他九名に対し、あざ、しみ等を目立ちづらくする目的で、局所麻酔剤キシロカイン注射液を同表身体の部位欄記載の部位に同表行為内容欄記載のように塗布したり、注射したりし、さらには、注射器もしくは針を使用して右治療部位に色素を注入する等の行為をなし、もって医業をなしたものである。
(証拠の標目)《略》
(争点に対する判断)
 弁護人は、被告人が行った判示行為のうち、局所麻酔剤の塗布及び注射並びに注射器による色素注入がいずれも医師法に違反する行為であることは争わないものの、針による色素注入行為は、美容を目的とし、人体に対する危険性が高いとはいえない行為であって、すでに社会内に業種として広まっており、しかも、類似行為といえる入れ墨は社会的に容認ないし黙認されていることからすると、社会的に相当性を有する行為であるから、違法性はない旨主張するので、この点について当裁判所の判断を述べる。
 前掲関係証拠によれば、以下の事実が認められる。
 被告人は、人の皮膚に針を用いて色素を注入する行為(以下、「本件行為」という。)をなしたのであるが、これは、専ら美容を目的として、色素を付着させた針を細い棒の先あるいは電動器具に固定し、これを人の皮膚に多数回刺して色素を埋め込んでいく方法でなされたものであり、本件行為を施すことにより、色素を一定期間皮膚内に定着させ、化粧をしなくても皮膚、眉、唇等の色合いを外見上美しく見せようとするものであり、また、あざやしみ等皮膚の病変を目立ちづらくしようとするものとしてなされたものである。本件行為は、数年前からアートメイクとか消えない化粧などと通称されて、多数の業者により雑誌等に宣伝を繰り返されてきているものである。
 ところで、人の皮膚は、その表面から、表皮、真皮、皮下組織の三層から構成されているが、表皮は部位により、また、個人差により異なるとはいえ、その厚さは〇・一ないし〇・三ミリと極めて薄いため、本件行為を施すと、針の先端を表皮内に止めることは技術的に不可能であり、少なくとも真皮内にまで針が到達し、その部分まで皮膚を損傷させるため出血を伴うことになる。これは、一定期間色素が
落ちないという本件行為の目的を達するためにも、新陳代謝により約一か月で脱落してしまう表皮に色素を入れるのでは意味をなさないことからも当然である。
 そして、本件は、正常な皮膚ではなく、いずれも皮膚が病変しているあざ、しみ、火傷跡に本件行為を施したものであって、その際にはいずれの客にも相当の出血があり、行為後は炎症がみられるという正常な皮膚に対するものより一層深刻な損傷を与えた反面、色素の定着が不安定なために行為前とそれほどの相違がない状態に復してしまったり、あるいは、色素の注入が均一ではないために色素がむらになって目立ち、かえって見苦しくなるという結果に終わっており、前記のようにあざ等を目立たなくするというアートメイク本来の目的はほとんど達成されていないものである。
 以上の事実を前提にして、さらに前掲証拠により本件行為の違法性につき判断する。
医師法にいう医業とは、反復継続して医行為を行うことであり、医行為とは、医師の医学的知識及び技能をもって行うのでければ人体に危険を生ずるおそれのある行為をいい、これを行う者の主観的目的が医療であるか否かを問わないものと解されるところ、本件行為は、針で皮膚を刺すことにより、前記のように皮膚組織に損傷を与えて出血させるだけでなく、医学的知識が十分でない者がする場合には、化膿菌、ウイルス等に感染して肝炎等の疾病に罹患する危険があり、また色素を皮膚内に注入することによっても、色素自体の成分を原因物質とするアレルギーなどの危険があるとともに、色素内に存在する嫌気性細菌等に感染する危険があることが認められ、さらには、多数回皮膚に連続的刺激を与えて傷つけることによりその真皮内に類上皮肉芽腫という病変を生ずることも指摘されていることが認められるのであって、本件行為が医師ではない者がすることによって、人体に対して右のような具体的危険を及ぼすことは明らかである。
 弁護人は、本件行為が美容を目的として人体に対する危険性が高くないものとしてすでに社会的に広まっており、しかも、入れ墨が社会的に容認あるいは黙認されている状況にあり、これに類似する本件行為は営業として宣伝までしているにもかかわらず、何らの取締りを受けていないことからすると、すでに社会に受け入れられた社会的相当行為である旨主張する。しかしながら、本件行為が美容の上から何らかの効果があり、社会的に広く行われている現状にあるとしても、たまたま見過ごされてきた本件行為が、本件により、前記のような人体に対する具体的危険を及ぼすことが判明した以上、医師ではないものが本件行為をなすことに違法性があることは明らかである。
 そして、なるほど、本件行為と古来から行われてきている入れ墨を彫る行為とは、針で人の皮膚に色素を注入するという行為の面だけをみれば、大差ないものと認められるので、入れ墨もまた本件行為と同様医行為に該当するものと一応は認められる。しかしながら、入れ墨が歴史、習俗にもとずいて身体の装飾など多くの動機、目的からなされてきていることに比較し、本件行為は前記のように美容を目的とし、広告等で積極的に宣伝して客を集めているものであり、その宣伝があたかも十分な美容効果が得られるような内容であるのに、これが本件のような病変した皮膚を目立ちづらくするというにはほとんど効果がないか、乏しいものであるうえ 専ら営利を目的とし その料金(皮膚一平方センチメートルあたり三万円ないし五万円程度)も、客の期待がほとんど達せられないという意味で極めて高価であるなどという際立った差異が認められる。このことからすると、入れ墨も本件行為もともに違法であるとはいっても、それぞれの違法性の程度は当然異なるといわざるをえない。そして、入れ墨も本件行為も、結局この違法性の程度に応じて、即ち、その社会的状況を反映した実体ごとに取締りの対象になるかどうかが判断されているものと思われる。したがって、入れ墨が違法ではあっても今日社会的に黙認されているからといって、前記のような違法性の程度が異なる本件行為もまた黙認ないし容認されるべきものと認めることはできない。
 そして、本件行為の実体が前記のようなものである以上、本件行為の違法性は高くないものとは認められず、ましてや、本件行為が社会通念上正当なものと評価される行為とは到底認めることができない。
 以上により、弁護人の本件行為が社会的相当行為であるとの主張は採用することができないと判断した。
(法令の適用)
罰       条 医師法三一条一項一号、一七条
刑種の選択懲役刑
未決勾留日数の算入 刑法二一条
訴訟費用の負担刑事訴訟法一八一条一項本文
(量刑の理由)
(裁判官 岡村 稔)

注釈特別刑法5-1 医事・薬事編(1)[第二版]P101
本罪は、性質上同種の行為の反復が予想されるものであるから、反復してなされた数個の行為は包括的に一個の犯罪として処理される

名古屋高等裁判所昭和26年1月29日
高等裁判所刑事判決特報27号13頁
 まず本件につき職権をもつて審査するに、被告人に対し、(1)昭和二十五年一月二十三日附起訴状により「((一))被告人が医師でないのに昭和二十四年十二月六日頃より同二十五年一月十五日頃迄の間肩書自宅等において急性肺炎患者であるの長女当一才を診療して医業を為し」た事実につき原裁判所に公訴が提起されたのであるが、次で(2)昭和二十五年六月二日附起訴状により同様「(第八)被告人が医師でないのに昭和二十四年三月頃より同二十五年一月初頃に至る間右自宅等において食道癌患者である当五十一才を診療して医業を為し」た事実につき、更に(3)昭和二十五年六月二十日附追起訴状により同様「(第二)被告人が医師でないのに昭和二十四年三月頃より同二十五年五月二十日頃迄の間右自宅において別紙犯罪事実明細表の通り外十名を診療して医業を為し(該明細表添附)」た事実につきいずれも同裁判所に各公訴が提起されたことは記録上明らかであるところ、原審は右各起訴状並追起訴状記載の各公訴事実につき併合審理の上前記(1)(2)(3)の無免許医業の事実をその儘原判決に判示第四の(一)(二)(三)犯罪事実として(同上(三)につき別紙明細表添附)認定しこれに各医師法第十七条第三十一条第一号(第三十一条第一項第一号の誤と認む)を適用し併合罪として処断しておるが、医師法第十七条にいわゆる「医業」とは反覆継続の意思で医行為に従事するを謂うものと解すべく、従て同条の規定に違反してなされる無免許医業もその犯罪構成要件の性質上同種の行為の反覆が予想さるべきものであるから、その反覆して為された場合これら数個の行為は包括的に一個の犯罪としてこれを処断すべきものといわねばならぬ。しかるに被告人の右無免許医業の各行為は既にその前示期間、日時、患者数からみても引続き相接近して繰返されたことが明らかであり、反覆継続の意思で行われたものと観てもよいと思われ、またこの点に関する原判決挙示の証拠上からもそれが窺い得るのであるから、右は包括的に一個の犯罪として取扱うべきものといわざるを得ない。然らば右犯罪事実につき既にその本件公訴の提起において前記(2)(3)の起訴状によりなされた起訴手続は不適法のものというべく、しかるを原審が漫然審理して前示の如く判決をしたのは不法であつて、到底破棄を免かれない