児童ポルノ・児童買春・児童福祉法・監護者わいせつ・不同意わいせつ・強制わいせつ・青少年条例・不正アクセス禁止法・わいせつ電磁的記録弁護人 奥村徹弁護士の見解(弁護士直通050-5861-8888 sodanokumurabengoshi@gmail.com)

性犯罪・福祉犯(監護者わいせつ罪・強制わいせつ罪・児童ポルノ・児童買春・青少年条例・児童福祉法)の被疑者(犯人側)の弁護を担当しています。専門家向けの情報を発信しています。

送信可能化権侵害罪検閲説

 検閲性はどこで切れるでしょうか?
 主体ですか?押収・逮捕の主体は誰ですか?

 送信可能化の処罰は「検閲」(憲法21条2項)である。
(1)はじめに
 検関とは、一定の表現が外部に発表されるに先立つて公権力がそれを審査し、特定の場合にそれの発表を抑圧することである。
 送信可能化権侵害罪は、警察・裁判所という公権力が、「公衆送信」という表現行為について、表現に先立ち審査して、著作権侵害と認めるとき、強制捜査ないしは罰則によってその全部又は一部を事前に禁止できるのであるから、これは憲法21条2項の禁止する検閲にほかならない。
 検閲は絶対禁止であるから、そもそも送信可能化権侵害罪は憲法21条2項に違反し、文面上無効である。
 また、送信可能化権侵害罪についての強制処分(捜索・押収・逮捕)は「検閲」ないし「違法な事前抑制」であるから違法である。

(2)送信可能化行為の表現行為としての未完成性
 憲法21条にいう「表現」とは、情報の収集→発信→受領という一連の行為をいう。
 ところで、送信可能化行為は、公衆送信行為が別途規定されていること・そもそも公衆送信行為の予備・未遂の行為類型であることから、公衆送信に至らない行為のみを指す。
 刑事裁判所になじむ概念を用いて、「法条競合」で説明すれば、送信可能化侵害罪と公衆送信罪とは、「補充関係」である。

 著作物がインターネットを通じて発表される場合、受信者が実際に受信して、情報を受領して初めて、発信者の表現行為は完了するのであるから、だとすれば、送信可能化行為は、表現行為を公衆送信される直前の準備段階をいうのであるから、送信可能化行為の処罰・差止めは、表現行為の発信前の抑制に他ならない。

 インターネットにおける情報送信の過程における、
送信可能化罪・公衆送信罪の行為の位置付けと、同じく、情報発信型犯罪であるわいせつ物公然陳列罪との比較を図示すると、このようになる。
 送信可能化罪が作用する範囲は、「UL完了時から公衆が実際に受信するまで」であって、わいせつ物公然陳列罪よりも前段階で既遂となるが、時系列上の成立範囲は公然陳列罪よりも狭いことがわかる。



 公然陳列罪との差異が生じる理由については、保護法益と犯罪の性格(侵害犯・危険犯の区別)から簡単に説明できる。
 すなわち、わいせつ物公然陳列罪は社会的法益に対する危険犯であるのに対して、送信可能化侵害罪・公衆送信権侵害罪は個人的法益に対する侵害犯であるからであって、わいせつ物公然陳列罪は危険犯故に、現実の情報の受領がなくてもその危険があれば成立するが、送信可能化侵害罪・公衆送信権侵害罪は細分化された財産権に対する侵害犯であるから、個々の権利の守備範囲に限定され、その権利が実際に侵害された場合に限定されるのである。
 また名誉毀損罪については、危険犯ではあるが「人の名誉を毀損した者」という文言から、表現行為後に成立する。

 この意味で、わいせつ物公然陳列罪・名誉毀損罪について事前抑制・検閲に当たらないという従来の議論は全く妥当しない。

 なお、検閲・事前抑制の問題については著作権審議会でも言及されている。著作権表現の自由が対立関係にあることは公知である。
文化審議会著作権分科会司法救済制度小委員会(第5回)議事要旨
1 日 時 平成15年9月29日(月)14:00〜16:00
2 場 所文部科学省分館第201・202特別会議室
○ 差し止めの必要がある場合があるということや、一般論としては、不法行為に基づく差
止請求権というものが民法上認められていないので、なかなか差し止めが難しいという点はよくわかる。ただ、書き方としては、やはり相当限定した形でしか書けないだろう。
もう1つは、会場の提供のように表現手段の提供を奪うという形になると、憲法上の表現の自由の関係や検閲の問題などがあり、侵害予防として機能させるのは非常に難しいのではないか。仮に可能であっても、現にその幇助者なりの行為によって侵害が行われている場合に、そのものを止めるという限度でなければ、難しいのではないか。

(3)検閲の禁止
 検閲の定義・検閲禁止の趣旨については最高裁大法廷S59.12.12を引用する。
輸入禁制品該当通知処分等取消請求事件[税関検査の合憲性に関する最高裁大法廷判決]

【事件番号】最高裁判所大法廷判決/昭和57年(行ツ)第156号
【判決日付】昭和59年12月12日
 1 憲法二一条二項前段は、「検閲は、これをしてはならない。」と規定する。憲法が、表現の自由につき、広くこれを保障する旨の一般的規定を同条一項に置きながら、別に検閲の禁止についてかような特別の規定を設けたのは、検閲がその性質上表現の自由に対する最も厳しい制約となるものであることにかんがみ、これについては、公共の福祉を理由とする例外の許容(憲法一二条、一三条参照)をも認めない趣旨を明らかにしたものと解すべきである。けだし、諸外国においても、表現を事前に規制する検閲の制度により思想表現の自由が著しく制限されたという歴史的経験があり、また、わが国においても、旧憲法下における出版法(明治二六年法律第一五号)、新聞紙法(明治四二年法律第四一号)により、文書、図画ないし新聞、雑誌等を出版直前ないし発行時に提出させた上、その発売、頒布を禁止する権限が内務大臣に与えられ、その運用を通じて実質的な検閲が行われたほか、映画法(昭和一四年法律第六六号)により映画フイルムにつき内務大臣による典型的な検閲が行われる等、思想の自由な発表、交流が妨げられるに至つた経験を有するのであつて、憲法二一条二項前段の規定は、これらの経験に基づいて、検閲の絶対的禁止を宣言した趣旨と解されるのである。
 そして、前記のような沿革に基づき、右の解釈を前提として考究すると、憲法二一条二項にいう「検閲」とは、行政権が主体となつて、思想内容等の表現物を対象とし、その全部又は一部の発表の禁止を目的として、対象とされる一定の表現物につき網羅的一般的に、発表前にその内容を審査した上、不適当と認めるものの発表を禁止することを、その特質として備えるものを指すと解すべきである。

(4)思想性
 著作物は思想の表現であるから、著作権侵害のおそれがある表現行為もまた、思想の表現である。
第2条(定義)
この法律において、次の各号に掲げる用語の意義は、当該各号に定めるところによる。
一 著作物 思想又は感情を創作的に表現したものであつて、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するものをいう。
 そして、送信可能化権侵害罪の捜査・処罰は、著作物の内容を審査して、保護される著作物の侵害を判断するものであるから、「思想内容等それ自体を網羅的に審査し規制することを目的とするもの」に他ならない。

(5)事前抑制性について
 送信可能化権侵害罪の捜査・公判は、自動公衆送信装置の押収・没収・身体拘束を含むことは自明である。本件でも被告人のPCが押収されている。
 機械を押収され、没収され、身柄も拘束されるというのは、発表の機会を事前にかつ全面的に奪うことに他ならない。
 表現行為の準備行為を犯罪として強制捜査を行うことは、税関検査に比べると遙かに強烈な処分である。
最高裁H59
 しかし、これにより輸入が禁止される表現物は、一般に、国外においては既に発表済みのものであつて、その輸入を禁止したからといつて、それは、当該表現物につき、事前に発表そのものを一切禁止するというものではない。また、当該表現物は、輸入が禁止されるだけであつて、税関により没収、廃棄されるわけではないから、発表の機会が全面的に奪われてしまうというわけのものでもない。その意味において、税関検査は、事前規制そのものということはできない。
 公衆送信権侵害したというのであれば事後であるが、それが証明できないのであるから、「事前」に他ならない。

 さらに、情報の受領者からすれば、たとえ送信行為・送信可能化行為が違法とされても、受信行為が違法とされることがない(著作権法でも、児童ポルノでも、わいせつ図画でも)にもかかわらず、内容審査の上、受領行為を事前に差し止められることになる。この意味でも「検閲」である。

(6)最終処分性
 著作物は思想の表現であるから、著作権侵害のおそれがある表現行為もまた、思想の表現である。
第2条(定義)
この法律において、次の各号に掲げる用語の意義は、当該各号に定めるところによる。
一 著作物 思想又は感情を創作的に表現したものであつて、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するものをいう。
 そして、そもそも著作権侵害罪とは、保護される著作物について保護の範囲にかかる表現行為を規制するものであることも明かである。
 従って、著作権侵害罪の捜査(強制処分)は、処分が先行し、あとから準抗告等の手続を取りうるに過ぎない(刑事訴訟法420条)。
 しかも抗告の理由は手続面の違法に限られ、身体拘束については罪とならないことを理由にできない明文まであるのである。
刑訴法第420条〔判決前の決定に対する抗告〕
③勾留に対しては、前項の規定にかかわらず、犯罪の嫌疑がないことを理由として抗告をすることはできない。
 つまり、表現行為は事実上、行政権の行使によって事前差し止めを受け、それが最終的な判断である。

(7)審議会
 プロバイダー責任制限法に関する審議会においては、著作権侵害の公衆送信・送信可能化が認められた場合でも、表現の自由に配慮して、ノーティスアンドテイクダウンの制度が必要であると結論されている。
2000/12 答申等
著作権審議会第1小委員会 審議のまとめ
著作権審議会第1小委員会審議のまとめ
 ただし、著作権侵害により生じ得る被害の拡大を速やかに防止することの必要性と同時に、発信者の表現の自由にも配慮する必要があるため、例えば、通知さえあれば不実権利者からのものであっても著作物が削除等されてしまうことを防止する観点から、サービス・プロバイダーは通知を受けた後、ただちに著作物の削除等を行うのではなく、発信者に対して通知を受けた旨を知らせ、異議申立ての機会を与えた上で、短期間の期限内に発信者からの異議申立てがなければ削除することとすることが適当である。

(8)送信可能化権侵害罪自体の検閲性
 送信可能化権侵害を犯罪としてとらえる限り、このような「検閲」に該当する捜査方法・罰則は避けられないから、そもそも送信可能化権侵害罪自体が検閲禁止に違反して無効である。