児童ポルノ・児童買春・児童福祉法・監護者わいせつ・不同意わいせつ・強制わいせつ・青少年条例・不正アクセス禁止法・わいせつ電磁的記録弁護人 奥村徹弁護士の見解(弁護士直通050-5861-8888 sodanokumurabengoshi@gmail.com)

性犯罪・福祉犯(監護者わいせつ罪・強制わいせつ罪・児童ポルノ・児童買春・青少年条例・児童福祉法)の被疑者(犯人側)の弁護を担当しています。専門家向けの情報を発信しています。

鳥取県青少年健全育成条例違反容疑につき大阪府民が「犯罪とは思わなかった」と容疑を否認している事例。

 大阪府ではR02改正まで、欺罔威迫が無ければ青少年淫行を処罰していなかったので、「鳥取県条例なんて知らない」「犯罪とは思わなかった」と弁解する人もいるでしょうね、
 鳥取県は法定刑が軽いようです。青少年淫行罪の要件や法定刑がまちまちなのも、社会的法益説の理由になります。

鳥取県青少年健全育成条例の解説r02
(4) 第4章青少年に対する不健全な行為の禁止
(みだらな性行為及びわいせつな行為の禁止)
第18条
1何人も、青少年に対し、みだらな性行為又はわいせつな行為をしてはならない。
2何人も、青少年にわいせつな行為をさせてはならない。
3何人も、青少年に対し、みだらな性行為又はわいせつな行為を教え、又は見せてはならな
い。
【関係条文】
第26条第18条第1項又は第2項の規定に違反した者は、 1年以下の懲役又は50万円以下の罰金に処する。
2~5略
6次の各号のいずれかに該当する者は、 20万円以下の罰金に処する。
(1)第17条の5、第17条の6第1項、第18条第3項又は第21条の2第2項の規定に違反した者
(2)略
7及び8略
9第17条の7第1項若しくは第2項、第18条又は第21条の2第1項の規定に違反した者は、当該青少年の年齢を知らないことを理由として、第1項、第5項又は第6項の規定による処罰を免れることができない。ただし、当該青少年の年齢を知らないことに過失がないときは、 この限りでない。
【要旨】
本条は、青少年に対して淫らな性行為、又はわいせつな行為をしたり、わいせつな行為をさせることを禁じるほか、 これらの行為を教え、見せることを禁じる旨を規定したものです。
【解説】
1本条は、刑法の規定による暴行又は脅迫を用いる場合(強制わいせつ、強制性交等)や心神喪失若しくは抗拒不能に乗じる場合(準強制わいせつ、轌重制性交等)のほかにも、青少年に対するみだらな性行為又はわいせつな行為を、青少年の保護という面から取り上げて規制したものです。
2 「何人」の解釈は、第15条の解釈と同じく、県民はもとより旅行者、滞在者などの全ての自然人を指し、国籍性別、年齢を問いません。この他、毒舌や手紙、インターネッl、などを通じて県外から県内の青少年に接する者も含まれます6
3 「青少年に対し」 とは、第10条第1項に規定する青少年に対し直接にという意味です。
4 「みだらな性行為」 とは、刑法(第182条)及び児童福祉法(第34条第6号)に定める「淫行」 と同義で、一般社会人から見て不純とされる性行為をいい、結婚を前提としない単なる性欲を満たすための、あるいは好奇心からのみ行う性行為がこれに当たり、いわゆる売春行為も含まれますも。なお、不純であるかどうかは、あくまでも社会通念上判断されるべきものです。
5 「わいせつな行為」とは、刑法第22章に規定する「わいせつ」な行為と同義であり、いたずらに性欲を刺激させる行為や、その露骨な表現によって健全な常識を有する一般社会人に対し性的蓋恥心や嫌悪の情を起こさせる行為をいいます。なお、現に差恥心や嫌悪の情を起こさせたことを必要とするものではなく、このような情を起こさせる性質の行為であれば、これに当たります。
6 「わいせつな行為をさせ」とは、直接又は間接に強制して青少年にわいせつな行為をさせる場合のみならず、青少年に対してわいせつな行為をするよう示唆若しくは暗示したり、青少年がわいせつな行為をすることにつき便宜を供与した場合も含まれます。
7 「教え」 とは、単なる「わい談」などの漠然としたものではなく、みだらな性行為又はわいせつな行為に関する知識を具体的、直接的に与えることをいい、その方法を問いません。例えば、青少年に対してこれらの行為の写真図画、雑誌、DVD、ビデオテープ、フィルム等を見せる行為はこれに当たる場合があります。
「見せ」 とは、みだらな性行為又はわいせつな行為を直接見せることをいいます。従って、図耆、映画、有線テレビ等の媒体を通して見せることは、 これには当たりません。
・・・・


4第9項は、いわゆる年齢知情特則です.青少年を保護するという条例の実効性をより高めるため、平成8年の改正で新たに追加されました。
「当該青少年の年齢を知らないことに過失がないとき」とは、社会通念に照らして通常可能な調査が適切に尽くされていると言えるか否かで判断されることとなります。
「過失がないとき」 とは、単に青少年に年齢、生年月日等を尋ねただけ、又は身体の外観的発達状況等から判断しただけでは足りず、学生証、運転免許証等の公信力のある耆面、又は当該青少年の保護者に直接問い合わせるなど、その状況に応じて通常可能とされるあらゆる方法を用いて青少年の年齢を確認している場合などがあたります。 この場合、過失がないことの証明は、違反者自身が行うことが必要です。

10代女性の胸を同意を得ずに撮影し保存、男を逮捕「犯罪とは思わなかった」
5/6(金) 18:31配信
山陰中央新報

 鳥取県警倉吉署は6日、児童買春・ポルノ禁止法違反(盗撮・製造)、鳥取県青少年健全育成条例違反の疑いで、大阪市東住吉区、アルバイト従業員の男(22)=別の未成年者誘拐罪で起訴済み=を再逮捕した。「犯罪とは思わなかった」と容疑を否認している。
 再逮捕容疑は4月4日午後、鳥取県中部のホテルで、県中部在住の10代女性の胸部を、同意を得ずに撮影し、画像を保存した疑い。また同5日午前に同じホテルでみだらな行為をし、その様子を撮影し、画像を保存した疑い。

「画像を送らないと関係者に危害を加える」などと脅し、女性にわいせつな画像や動画を撮影させて送信させたという強制わいせつ被疑事件

 東京高裁h28.2.19 によれば「撮影に係る画像データを被告人使用の携帯電話機に送信させるという,それ自体はわいせつな行為に当たらない」とされています。強制わいせつ罪説を「失当」と評価しています。
 送信型強制わいせつ罪の高裁判例としては。
   大阪高裁r030714(1審京都地裁
   大阪高裁r040120 (1審京都地裁
があります。

https://digital.asahi.com/articles/ASQ563W7GQ56UTIL00N.html
成城署によると、容疑者は1月29日、東京都内の20代女性のインスタグラムに別人を装ってダイレクトメッセージ(DM)を送信。「画像を送らないと関係者に危害を加える」などと脅し、女性にわいせつな画像や動画を撮影させて送信させた疑いがある。

東京高裁h28.2.19 (一審新潟地裁高田支部H27.8.25)
判例タイムズ1432号134頁
 (1) 強要罪が成立しないとの主張について
 記録によれば,原判決は,公訴事実と同旨の事実を認定したが,その要旨は,被害者が18歳に満たない児童であることを知りながら,同女に対し,要求に応じなければその名誉等にいかなる危害を加えるかもしれない旨脅迫して,乳房,性器等を撮影してその画像データをインターネットアプリケーション「LINE」を使用して送信するよう要求し,畏怖した被害者にその撮影をさせた上,「LINE」を使用して画像データの送信をさせ,被告人使用の携帯電話機でこれを受信・記録し,もって被害者に義務のないことを行わせるとともに,児童ポルノを製造した,というものである。
 すなわち,原判決が認定した事実には,被害者に対し,その名誉等にいかなる危害を加えるかもしれない旨脅迫して同女を畏怖させ,同女をして,その乳房,性器等を撮影させるという,強制わいせつ罪の構成要件の一部となり得る事実を含むものの,その成立に必要な性的意図は含まれておらず,さらに,撮影に係る画像データを被告人使用の携帯電話機に送信させるという,それ自体はわいせつな行為に当たらない行為までを含んだものとして構成されており,強要罪に該当する事実とみるほかないものである。
 弁護人は,①被害者(女子児童)の裸の写真を撮る場合,わいせつな意図で行われるのが通常であるから,格別に性的意図が記されていなくても,その要件に欠けるところはない,②原判決は,量刑の理由の部分で性的意図を認定している,③被害者をして撮影させた乳房,性器等の画像データを被告人使用の携帯電話機に送信させる行為もわいせつな行為に当たる,などと主張する。
 しかしながら,①については,本件起訴状に記載された罪名および罰条の記載が強制わいせつ罪を示すものでないことに加え,公訴事実に性的意図を示す記載もないことからすれば,本件において,強制わいせつ罪に該当する事実が起訴されていないのは明らかであるところ,原審においても,その限りで事実を認定しているのであるから,その認定に係る事実は,性的意図を含むものとはいえない。
 また,②については,量刑の理由は,犯罪事実の認定ではなく,弁護人の主張は失当である。
 そして,③については,画像データを送信させる行為をもって,わいせつな行為とすることはできない。
 以上のとおり,原判決が認定した事実は,強制わいせつ罪の成立要件を欠くものである上,わいせつな行為に当たらず強要行為に該当するとみるほかない行為をも含む事実で構成されており,強制わいせつ罪に包摂されて別途強要罪が成立しないというような関係にはないから,法条競合により強要罪は成立しないとの弁護人の主張は失当である。
 (2) 公訴棄却にすべきとの主張について
 以上のとおり,本件は,強要罪に該当するとみるほかない事実につき公訴提起され,そのとおり認定されたもので,強制わいせつ罪に包摂される事実が強要罪として公訴提起され,認定されたものではない。
 また,原判決の認定に係る事実は,前記(1)のとおり,強制わいせつ罪の構成要件を充足しないものである上,被害者撮影に係る画像データを被告人使用の携帯電話機で受信・記録するというわいせつな行為に当たらない行為を含んだものとして構成され,これにより3項製造罪の犯罪構成要件を充足しているもので,強制わいせつ罪に包摂されるとはいえないし,実質的に同罪に当たるともいえない。
 以上のとおり,本件は,強要罪および3項製造罪に該当し,親告罪たる強制わいせつ罪には形式的にも実質的にも該当しない事実が起訴され,起訴された事実と同旨の事実が認定されたものであるところ,このような事実の起訴,実体判断に当たって,告訴を必要とすべき理由はなく,本件につき,公訴棄却にすべきであるとの弁護人の主張は,理由がない。

控訴理由
(1)強要罪とした裁判例*1
強要罪とした裁判例はたくさんある。
弁護人が刑事確定訴訟記録法により閲覧して、脅して撮影送信させた行為が強要罪として処理された事例
福島 地裁 会津若松 H18.2.8
大津 地裁 H18.3.22
松山 地裁 西条 H18.12.11
岡山 地裁 倉敷 H19.2.13
高知 地裁 H19.5.31
水戸 地裁 H19.7.4
福島 地裁 会津若松 H19.8.1
札幌 地裁 H19.12.11
徳島 地裁 H20.2.13
福井 地裁 H20.10.8
札幌 地裁 H20.12.11
盛岡 地裁 一関 H21.5.13
徳島 地裁 H21.5.15
大津 地裁 H21.7.31
水戸 地裁 土浦 H21.9.8
横浜 地裁 H21.11.27
神戸 地裁 H21.12.10
大阪 地裁 H21.12.25
千葉 地裁 H22.2.10
大阪 高裁 H22.6.18
横浜 地裁 川崎 H22.7.8
岡山 地裁 H22.8.13
長野 地裁 上田 H22.9.16
青森 地裁 H22.10.29
名古屋 地裁 H22.11.1
札幌 地裁 室蘭 H22.12.1
広島 高裁 岡山 H22.12.15
仙台 地裁 登米 H23.2.7
さいたま 地裁 H23.5.13
福岡 地裁 H23.5.30
札幌 地裁 H23.8.10
札幌 地裁 H24.6.23
福井 地裁 敦賀 H24.9.26
佐賀 地裁 H24.10.3
東京 地裁 H24.11.5
新潟 地裁 長岡 H24.12.25
横浜 地裁 H25.7.4
東京 地裁 H25.8.8
旭川 地裁 H25.8.9
和歌山 地裁 H25.9.20
松山 地裁 H26.1.30
水戸 地裁 土浦 H26.6.16
福井 地裁 H27.1.8
岐阜 地裁 御嵩 H27.2.16
富山 地裁 高岡 H27.3.3
札幌 地裁 苫小牧 H27.3.10
大阪 地裁 H27.6.15
新潟 地裁 高田 H27.8.25
福井 地裁 敦賀 H30.1.25

 50件程度確認しているが、ほんまか?と言われるので、手元に判決書があるものを並べておく。
判例1  水戸地裁H19.7.4
判例2  福島地裁会津若松支部h19.8.1
判例3  徳島地裁H20.2.13
判例4  徳島地裁H21.5.15
判例5  大阪地裁H21.7.17
判例6 東京地裁立川支部H21.10.9(12歳)
判例7 横浜地裁川崎支部H22.7.8
判例8 神戸地裁H22.12.10(大阪高裁H22.6.18)
判例9 広島高裁岡山支部H22.12.15(岡山地裁h22.8.13)
判例10 青森地裁h22.10.29
判例11 名古屋地裁H22.11.1
判例12 大阪地裁堺支部H22.11.22
判例13 仙台高裁H23.9.15(仙台地裁古川支部H23.5.10
判例14 さいたま地裁H23.5.13
判例15 仙台地裁登米支部H23.2.7
判例16 福岡地裁H23.5.30
判例17 東京地裁h25.8.8
判例18 札幌地裁H23.8.10
判例19 福井地裁敦賀支部h24.9.26
判例20 旭川地裁h25.8.9
判例21 山口地裁h25.12.18 強要未遂
判例22 名古屋高裁金沢支部H27.7.23(福井地裁h27.1.8)
判例23 東京高裁H27.12.22(新潟地裁高田支部h27.8.25
判例24 名古屋高裁金沢支部H27.7.23(富山地裁高岡支部H27.3.3)
判例25 広島地裁h27.10.2 自慰行為させ
判例26 広島高裁h28.3.10(広島地裁H27.10.2)
判例27 千葉地裁h31.2.22
判例28 大阪高裁r2.10.2(奈良地裁葛城支部R02.3.30)
判例29 大阪高裁R2.10.27(奈良地裁葛城支部R2.2.27)

 高裁レベルでも脅して送らせる行為を強要罪とするものは多く 弁護人が「強制わいせつ罪の告訴無しだ」という主張に対して、ことごとく「強要罪でいいのだ」と判断してきた。
仙台高裁H23.9.15(仙台地裁古川支部H23.5.10)
広島高裁岡山支部H22.12.15(岡山地裁H22.8.13)
阪高裁H22.6.18(神戸地裁H21.12.10)
東京高裁H27.12.22(新潟地裁高田支部H27.8.25)
阪高裁R2.10.27 (奈良地裁葛城支部R2.2.27)
阪高裁r2.10.2(奈良地裁葛城支部R02.2.27)
名古屋高裁支部H27.7.23(富山地裁高岡支部h27.3.3)
名古屋高裁金沢支部H27.7.23(福井地裁h27.1.8)
広島高裁h28.3.10(広島地裁H27.10.2)

 最近でも、脅迫して撮影送信させた行為について、性的意味合いを認めつつ、強制わいせつ罪には足りないとした高裁判例もでている。
 大阪高裁は、「このような行為がその性質上当然に強制わいせつ罪に当たる行為とみることはできず」と言いましたよね。

阪高裁r2.10.2(奈良地裁葛城支部R02.3.30)裁判例28
すなわち,原判決が認定した原判示第1及び第3の各事実の要旨は,被告人が各被害者に対し,それぞれ脅迫文言を記載したメッセージを送信するなどして脅迫し,これによって被害者らを畏怖させ,被害者らに裸の姿態をとらせて自らこれを撮影させた上,その画像ないし動画データを被告人の携帯電話機に送信させ,又は送信させようとしたが未遂にとどまったというものであるところ,なるほどこれらの事実中には,各被害者を脅迫し畏怖させた上,同人らに裸の姿態をとらせて自ら撮影させ,又はさせようとしたという点では,性的な意味合いを持つ行為が含まれている。
しかし,このような行為がその性質上当然に強制わいせつ罪に当たる行為とみることはできず,その該当性を判断するに当たっては,当該事案における具体的状況等に則して強制わいせつ罪に係る構成要件を充足するに足る事実があるか否かを総合的に考慮する必要があることに加え,

 この大阪高裁判決も、こういう罪となるべき事実では、強制わいせつ罪を充たさない・なんか足りないという。

奈良地裁葛城支部R02.3.30
第3 と共謀の上,年月21日から同月23日までの間
県内又はその周辺において,被告人が,(当時歳)に対し,被告人の携帯電話機から前記「インスタグラム」及びアプリケーションソフト「カカオトーク」を使用し,同の携帯電話機に,「あのさ,動画撮ろうよ?これバレたら大変でしょ?ブロックしたらいろんな人に見せちゃうからね?」などと記載したメッセージ及び同人の裸の画像データを順次送信し,~~これらのメッセージを閲覧させて脅迫し,同人をして,もしこの要求に応じなければ,既に被告人に送信させた同浅野の裸の画像データを不特定多数人に頒布するなど同の名誉等にいかなる危害を加えられるかもしれない旨畏怖させ,よって,同日,府内の同人方において,5回にわたり,同人に,その乳房,陰部等を露出した姿態をとらせ,これを同人の携帯電話機のカメラ機能で撮影させた上,同人の乳房等を撮影させた動画データ5点を,同「カカオトーク」を使用して,被告人の携帯電話機に送信させ,

撮影済の画像を流布するという脅迫方法からして、本件と同じであって、葛城支部R02.3.30が葛城支部の事実認定では強制わいせつ罪に足りないというのであれば、本件原判決の罪となるべき事実も強制わいせつ罪に足りないし、原判決は訴因外の事実を援用して強制わいせつ罪を認定していることになる。

 その共犯者の共犯者の控訴審では強要罪と強制わいせつ罪とを分ける事情は「訴因外の事情」とされている。

阪高裁R2.10.27(奈良地裁葛城支部R2.2.27)裁判例29
1 被告人の行為が強要罪ではなく,強制わいせつ罪にあたることを前提とした主張
 弁護人は,原判示第1及び第4は,強制わいせつ罪を構成し,強要罪は成立しないから,強要罪の成立を認めた原判決には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令適用の誤りがある,というのである。
 そこで検討すると,検察官は,広範な訴追裁量権を有しており,当該事案につき,立証の難易等を考慮して,強制わいせつ罪ではなく,強要罪として公訴を提起することが可能であり,このような場合,公訴の提起を受けた裁判所は,訴因である強要罪の成否のみを審判の対象とすべきであり,それにつき別途強制わいせつ罪が成立するかどうかといった,訴因外の事情に立ち入って審理判断すべきものではない。
 そうすると,原判決が,原判示第1及び第4につき,強制わいせつ罪が成立するか否かにつき立ち入ることなく,検察官が起訴状の罪名で特定した強要罪の成否についてのみ認定判断した上,刑法223条1項(原判示第4につき,さらに刑法60条)を適用したことは正当であって,法令適用の誤りはない。

 大阪高裁R2.10.27は、この事実では、強制わいせつ罪は充たさない・なんか足りない・訴因外事実を持ってくるなというのだが、

奈良地裁葛城支部R2.2.27
(罪となるべき事実)
被告人は
第1 年月13日,県内において,■■■■(当時歳)に対し,アプリケーションソフト「インスタグラム」を使用して,「お願いだよ。kのいう通りして。それともママにばらしていい?」などと記載したメッセージを順次送信し,その頃,同■■にこれらのメッセージを閲覧させて脅迫し,同人をして,もしこの要求に応じなければ,既に被告人に送信させた同■■の裸の画像データを同人の母親に頒布して同■■の名誉にいかなる危害を加えられるかもしれない旨畏怖させ,よって,その頃,府内の同人方において,2回にわたり,同人に,その乳房,陰部等を露出した姿態をとらせ,これを同人の携帯電話機のカメラ機能で撮影させた上,同人の乳房等を撮影させた画像データ2点を,同「インスタグラム」を使用して,被告人の携帯電話機に送信させ,

撮影済の画像を流布するという脅迫方法からして、本件と同じであって、大阪高裁R2.10.27が葛城支部の事実認定では強制わいせつ罪に足りないというのであれば、本件原判決の罪となるべき事実も強制わいせつ罪に足りないし、原判決は訴因外の事実を援用して強制わいせつ罪を認定していることになる。

「携帯電話のメールで家出をそそのかし、少女の自宅周辺で車に乗車させて家出させた疑い。」という茨城県青少年健全育成条例違反(非行助長行為)の逮捕事例

茨城県青少年健全育成条例違反(非行助長行為)の逮捕事例
 児童ポルノ要求行為というのも「非行助長行為」で検挙できそうです。

(非行助長行為の禁止)
第38条
何人も,青少年に対し,有害行為,家出,傷害,脅迫,恐喝,詐欺,窃盗,強盗,器物損壊逮捕若しくは監禁を行うよう勧誘し,あおり,そそのかし,若しくは強要し,又はこれらの行為を行わせる目的をもって金品その他の財産上の利益若しくは便宜を供与してはならない。

・・・

茨城県青少年の健全育成等に関する条例 の解説h21
【要旨】
本条は,青少年が非行や不良行為に及ぶことのないよう,青少年に有害行為等を行うよう勧誘するなどの非行助長行為を禁止する規定である。
【解説】
家庭や地域の教育カの低下や,大人の規範意識の低下が問題となっている状況下にあって,青少年が人から勧誘されるなどして非行や不良行為に及ぶ事例が後を絶たないことから,青少年を保護するため,青少年に非行や不良行為を勧誘,強要等したり,非行や不良行為を行わせるために金品等を供与してはならないことを規定するものである。
「何人」 - 県民はもとより,旅行者,滞在者も含め,成人であると,未成年者であるとを問わず,現に本県内にいるすべての人(法人を含む。)を指すものである。
「有害行為」第32条の有害行為のための場所提供等の禁止で、規定する行為をいう。具体的には, 「みだらな性行為」,「わいせつ行為」,「賭博」,「飲酒」, 「喫煙」,「暴行」,「入れ墨若しくはこれに類するものを施す行為」,「指定薬品類等の乱用」,「毒物及び劇物取締法施行令(昭和30年政令第261号)第32条の2に規定する興奮,幻覚若しくは麻酔の作用を有する物の乱用」,「麻薬の使用」,「大麻の使用」,「覚せい剤の使用」,「催眠剤の使用」,「使用済みの下着の売渡し(青少年が使用した下着(青少年がこれに該当すると称した下着を含む。))」 をいう。
「家出」一地域や学校などが行う外泊の終期が決まっている行事への参加や,児童虐待の防止等に関する法律第2条各号に規定する児童虐待行為を回避する必要があるなどの正当な理由がなく,生活の本拠から離脱することをいう。
「傷害,脅迫,恐喝,詐欺,窃盗,強盗,器物損壊,逮捕若しくは監禁」ーそれぞれ,刑法に規定する「傷害」,「脅迫」,「恐喝」,「詐欺」,「窃盗」,「強盗」,「器物損壊」,「逮捕」,「監禁」をいう。
「勧誘」一青少年に対し,自己の欲するとおりのある種の行為を行うよう誘い勧めることをいい,手段,方法や青少年の意思の有無を問わない。また,勧誘された行為を実行することを要しない。例えば,青少年に対して,一緒に喫煙しようと誘う,みだらな性行為やわいせつ行為を行おうと家出を誘うなどが該当する。
「あおり」 一特定の行為を実行させる目的をもって,青少年に対し,その行為を実行する決意を生ぜしめ,又は既に生じている決意を助長させるような勢いのある刺激を与えることをいい, 「あおり」を受けた青少年が犯罪を実行することを要しない点が,刑法上の教唆犯及び常助犯と異なる。例えば,青少年に対して,喫煙をすると気分が良くなるなどと言い喫煙させる,家出をすれば自由が得られるなどと言い家出させるなどが該当する。
「そそのかし」一特定の行為を実行させる目的をもって,青少年に対し,その行為を実行する決意を新たに生じさせるに足りる慫慂(しようよう)行為をすることをいい, 「そそのかし」を受けた青少年が犯罪を実行することを要しない点が,刑法上の教唆犯と異なる。例えば,青少年に対して,この場所ならば喫煙しでも見つからないなどと言い喫煙させる,両親がいない隙に家出すればうまくいくなどと言い家出させるなどが該当する。
「強要」一物理的,心理的な圧迫を加えることによって,特定の行為を実行する意思がない青少年に対し,その意に反して当該行為の実行を求め,又は実行させようとすることをいい,生命,身体,財産等に害悪を加える旨を告知して脅迫し,又は暴行を用いることを要件としない点が,刑法上の強要と異なる。例えば,青少年に対して,喫煙や家出をしないと仲間はずれにするなどと言い喫煙や家出をさせるなどが該当する。
「金品その他の財産上の利益」一人の需要又は欲望を満足させるべき利益のうち,金銭,有価証券,物品等の有形的利益のほか,債権の譲渡,債務の免除など金銭をもって換算し得る無形的利益をいう。
「便宜の供与」 一人の社会生活上の地位に基づいて行う一切の役務の供与をいい,例えば,就職先,住居等の斡旋,提供や,非行の用に供する物品の提供等が該当する。なお,これらの提供にあたって報酬の有無は問わない。
【罰則】
青少年に対し,有害行為等を行うよう勧誘等し,又はこれらの行為を行わせる目的をもって金品等を供与した者は, 1年以下の懲役又は50万円以下の罰金に処せ.られる。

(有害行為のための場所提供等の禁止)
32条 何人も,みだらな性行為,わいせつ行為,賭と博,飲酒,喫煙,暴行,入れ墨若しくはこれに類するもの(第36条において「入れ墨等」という。)を施す行為,指定薬品類等若しくは毒物及び劇物取締法施行令(昭和30年政令第261号)第32条の2に規定する興奮,幻覚若しくは麻酔の作用を有する物の乱用,麻薬,大麻覚醒剤若しくは催眠剤の使用又は使用済みの下着(青少年が使用した下着(青少年がこれに該当すると称した下着を含む。)をいう。第37条において同じ。)の売渡し(以下この条及び第38条において「有害行為」と総称する。)が,青少年に対してなされ,又は青少年が有害行為を行うことを知って,場所を提供し,又はその周旋をしてはならない。
(令2条例40・一部改正)

2022.04.28 茨城新聞
 取手署は26日、県青少年健全育成条例違反(非行助長行為)の疑いで、容疑者を逮捕した。逮捕容疑は1月2日午後9時10分ごろ、県内在住で当時中学3年の少女(15)が18歳未満と知りながら、携帯電話のメールで家出をそそのかし、翌3日ごろ、少女の自宅周辺で車に乗車させて家出させた疑い。同署によると、容疑を否認している。同日に少女の父親が行方不明届を出していた。4月26日、容疑者が自宅とは別に契約している東京都のアパートで、同署員が少女を発見、保護した。

不同意堕胎致傷被告事件の控訴審で、「自らの手で医師免許を返納したことは,医師による医事に関する犯罪について社会的な責任をとったともいえ,相応に被告人に有利に考慮すべき事情である。」として2項破棄した事例(広島高等裁判所岡山支部令和3年7月14日

不同意堕胎致傷被告事件の控訴審で、「自らの手で医師免許を返納したことは,医師による医事に関する犯罪について社会的な責任をとったともいえ,相応に被告人に有利に考慮すべき事情である。」として2項破棄した事例(広島高等裁判所岡山支部令和3年7月14日)
 原判決の量刑理由にも批判的です。

不同意堕胎致傷被告事件
広島高等裁判所岡山支部判決令和3年7月14日
       主   文
 原判決を破棄する。
 被告人を懲役2年6月に処する。
 この裁判確定の日から5年間その刑の執行を猶予する。
       理   由
第1 弁護人の控訴理由
  被告人を懲役2年の実刑に処した原判決の量刑は重すぎて不当であり,被告人については刑の執行猶予を付すべきである。
第2 控訴理由に対する判断
 1 本件は,外科医である被告人が,被害者である妊娠中の交際相手の嘱託を受けず,かつ,承諾を得ないで,被害者を堕胎させようと考え,病院内において,被害者に対し,全身麻酔薬等を投与して昏睡させ,その意識を消失させて,下腹部を穿刺針で刺した上,子宮の胎嚢内に無水エタノールを注入し,妊娠約9週の胎児を死亡させるとともに,被害者に治癒まで約9日間を要する腹部刺傷及び約3時間30分間にわたる意識障害等を伴う急性薬物中毒の傷害を負わせた不同意堕胎致傷の事案である。
  まず,犯行に至る経緯,動機をみると,被告人は,婚約者がいながら,割り切った関係として付き合っていた被害者から妊娠したことを告げられ,堕胎を提案したものの被害者から断られ,このまま被害者が出産することになった場合の困難に思いをはせ,自らの手で堕胎させることを決意して犯行に及んだものと認められ,身勝手かつ自己中心的であって酌むべき点はない旨の原判決の説示は相当である。この点,弁護人は,被害者において被告人に婚約者がいることを認識しながら被告人との交際を続け,避妊を行おうとしなかったという事情があり,被告人は,被害者の妊娠が判明して精神的に追い詰められて犯行に及んだものであり,自己保身の目的で行った狡猾な犯行ではない点を斟酌すべきである旨主張するが,そのように追い詰められた原因を被告人が自ら生み出したことを等閑視する主張というべきであって,採用できない。
  次に,犯行態様をみると,被告人は,堕胎させる方法を検討する中で,外科医として6年以上の経験を有し,診療行為として腹部に針を刺す手技を多数行っていたことから,母体にとって自分が単独で行い得るものの中で最も危険が少なく,堕胎を確実に行えるものとして,下腹部を穿刺して胎嚢内に無水エタノールを注入する方法によることとし,被害者に対して胎児の状態を病院のエコーで確認したいなどといって,当直勤務体制中の勤務先病院に被害者を呼び出したこと,被告人は,あらかじめ必要と思われる薬剤等を準備した上で,被害者に全身麻酔薬等を投与して昏睡させ,非常に細い穿刺針を使用し,エコー(超音波機器)を利用して胎嚢の位置を確かめながら下腹部を穿刺したが,穿刺針が真っすぐ進まず他の臓器に当たる危険を考慮したため,穿刺針を刺したものの皮膚の表層辺りでうまくいかないと判断して抜くことを2回繰り返したこと,2回目の穿刺針を抜いた後に被害者に原因不明のけいれんが起こったため,たまたまロッカーに保管していた抗けいれん薬を投与した上で,3回目の穿刺で胎嚢内に無水エタノールを注入し,堕胎させたことが認められる。被告人は,医師として人命を尊重すべき重責を担い,経験を重ねて知識や手技等を高めながら,公衆衛生の向上及び増進に寄与することが期待される立場であったのに,その知識や手技等を悪用して本件犯行を遂行したのであって,厳しい非難に値するというべきである。計画的犯行であり,被害者の信頼を裏切った点も看過できない。この点,原判決は,被告人が被害者を病院に誘い出した上,全身麻酔薬等を投与して,被害者において抵抗もできず,意識を失った状態で堕胎されたことをもって,被害者の人格を踏みにじるものと非難するが,やや過剰な評価である。
  そこで,犯行態様の危険性等について検討する。被告人の行為は,被害者の皮膚の上から体内に向けて針を刺すという外科的侵襲を伴うものであり,また,麻酔管理の方法も,現在の医療体制や技術を前提とすると到底そのレベルに達しておらず,母体である被害者の身体に様々な危険が生じるおそれが具体的にあったと認められる。しかしながら,被告人が被害者の生命身体にいかなる危険が生じようとも意に介さないまま本件犯行を行ったとまでは認められず,むしろ,被告人のこれまでの外科医としての経験を踏まえ,上記のような方法であれば被害者の身体に重大な結果が生じない状態で堕胎が行えると判断し,それなりの準備と方法で行ったともいえるのであって,被害者に生じた傷害結果も重大なものとはいい難い。これに関して,本件犯行途中で被害者がけいれんを起こしたことは上記のとおりであるが,その原因は不明であり,そのような事態に至る可能性が高かったといえる事情も認められないし,その後被告人は抗けいれん薬を被害者に投与した後に穿刺を再開したのであるから,けいれんの発生をもって誤穿刺の危険性が高いとの原判決の説示は相当ではない。加えて,本件犯行が救急医療体制の整った病院内で行われたことを併せ考慮すると,本件犯行に際し,実際に母体である被害者の身体自体に重大な傷害結果を生じさせる具体的な危険性が高かったとはいい難いのであって,被告人の一連の行為態様が被害者の身体の安全を軽視した悪質なもので,その違法性は高い旨の原判決の説示も相当ではない。
  被害者は,出産を望んでいたのに,信頼していた被告人にだまされた形で堕胎させられたのであり,被害者の悲嘆等の精神的苦痛も大きかったというべきである。これに対し,被告人は,被害者に対して謝罪するとともに,本件犯行による一切の損害賠償として800万円の支払義務を負うことなどを内容とする示談を被害者との間で成立させ,その後同額が被害者に支払われたことが認められるところ,事後的かつ金銭的な被害回復であるとはいえ,相応に被告人に有利な事情になるというべきである。この点,堕胎罪は,胎児を生育中の生命体として,その生命,身体の安全を保護法益としていると解されるところ,胎児に関して生じた様々な損害の補填を受けるのは母体である被害者しかいないのであるから,被害者が上記金額の支払をもって示談に応じたことは,死亡した胎児を含めた被害全体に関する一般情状として相応に考慮すべきなのであって(被害者と被告人との示談書には「失った子に対する損害の補てんの趣旨」を含むことが明記されている。),胎児が出生していれば被告人は養育費等として支払が必要となる可能性があったとか,回復不能な胎児の生命も保護法益に含まれているとして,被告人による示談金の支払をさほど重視することはできない旨の原判決の説示は相当ではない。
  以上によれば,原判決が指摘する被告人に有利なその他の事情を考慮しても,本件は刑の執行を猶予すべき事案であるとはいえないとの原判決の判断は,いささか被告人に酷に過ぎるとも考えられる。他方,人命を尊重すべき立場にある医師という職責の重要性,また,それ故に社会内において高い信頼を受けていることに鑑みれば,それをないがしろにした被告人は厳しく非難されるべきであり,本件犯行が社会に与えた衝撃も大きかったことは容易に推察されるのであって,被告人に実刑を科すことも選択肢の一つとして首肯できる。そうすると,懲役2年の実刑に処した原判決は,その言渡しの時点において重すぎて不当であるとまではいえない。
 2 もっとも,当審における事実取調べの結果によれば,被告人は,原判決後,厚生労働大臣宛てに医師籍登録抹消を申請し,その申請書に医師免許の再交付の意思がないことを明言する旨の自筆の文書と医師免許証を添付して提出したことが認められ,公判でも今後医師免許を取得するつもりがない旨供述している。被告人については厚生労働大臣が本件を理由に医師免許の取消処分を行う可能性はあるものの,自らの手で医師免許を返納したことは,医師による医事に関する犯罪について社会的な責任をとったともいえ,相応に被告人に有利に考慮すべき事情である。これらの事情と先に指摘した情状を併せ考慮すると,原判決の量刑は,現時点では重きにすぎることとなったというべきであり,これを破棄しなければ明らかに正義に反すると認められる。
第3 破棄自判
  そこで,刑訴法397条2項により原判決を破棄することとし,同法400条ただし書を適用して被告事件について更に判決する。
(罪となるべき事実及び証拠)
  原判決の記載と同じ。
(法令の適用)
  原判決と同一の法令を適用した刑期の範囲内で被告人を懲役2年6月に処し,刑法25条1項によりこの裁判確定の日から5年間その刑の執行を猶予することとする。
(量刑の理由)
  本件は上記のとおりの事案であるところ,犯情を中心に据えて一般情状事実を併せ考慮すると,現時点では被告人に対して刑の執行猶予を付すのが相当であると認め,主文掲記の量刑をしたものである。
  令和3年7月14日
    広島高等裁判所岡山支部第1部
        裁判長裁判官  片山隆夫
           裁判官  秋信治也
           裁判官  重高 啓

不同意堕胎致傷被告事件
岡山地方裁判所判決令和3年2月24日

       主   文

 被告人を懲役2年に処する。

       理   由

(罪となるべき事実)
 被告人は,別紙記載の被害者(当時26歳)の嘱託を受けず,かつ,その承諾を得ないで,同人を堕胎させようと考え,令和2年5月17日午後1時45分頃から同日午後3時25分頃までの間に,勤務先病院である別紙記載の場所において,同人に対し,同人の左腕に留置させた点滴ルートの三方活栓から鎮静薬であるミダゾラム及び全身麻酔薬であるプロポフォールを投与するとともに,鎮静薬であるジアゼパムを同人の下腹部から皮下注射して投与し,これら全身麻酔薬及び鎮静薬の薬理作用により同人を昏睡させてその意識を消失させ,穿刺針を同人の下腹部に複数回穿刺し,同穿刺針の針先を妊娠約9週の胎児がいる子宮の胎嚢内又はその付近で複数回動かした上,同胎嚢内に挿入し,同穿刺針に無水エタノールを入れたシリンジを装着して無水エタノール約2ないし3シーシーを同胎嚢内に注入し,よって,その頃から同月19日午前10時22分頃までの間に,同胎児を死亡させ,もって同人の嘱託を受けず,かつ,その承諾を得ないで堕胎させるとともに,同人に治癒まで約9日間を要する腹部刺傷及び同月17日午後1時50分頃から同日午後5時20分頃までの約3時間30分にわたる意識障害等を伴う急性薬物中毒の傷害を負わせた。
(証拠の標目)
(法令の適用)
 被告人の判示所為は,刑法216条に該当するので,同法10条により同法215条1項所定の刑と同法204条所定の刑とを比較し,重い傷害罪について定めた懲役刑(ただし,短期は不同意堕胎罪の刑のそれによる。)により処断することとし,所定刑期の範囲内で被告人を懲役2年に処することとする。
(量刑の理由)
 本件は,外科医である被告人が,妊娠中の当時の交際相手に対し,その同意なく,全身麻酔薬等を投与して昏睡状態にした上,穿刺針で胎嚢内に無水エタノールを注入し,胎嚢内で妊娠約9週の胎児を死亡させ,被害者に傷害を負わせた不同意堕胎致傷の事案である。
 被告人は,勤務する病院において,予め麻酔薬や穿刺針等を入手して準備し,エコーで胎児の様子を詳しく見たいと被害者を同院内に誘い出し,つわり抑制薬を点滴した後,隙を見て堕胎する目的で鎮静薬ミダゾラム及び全身麻酔プロポフォールを投与し,被害者を昏睡状態にしている。被害者は麻酔薬の作用により意識を失い,自己や胎児が危険にさらされた状況を理解できず,抵抗することも全くできないまま堕胎されることとなったもので,その態様は被害者の人格を踏みにじるものである。被告人は,被害者の生殖機能の中心部である子宮内部の胎嚢へ穿刺し薬剤を注入しており被害者の身体への侵襲の程度は相当に高い。
 被告人は堕胎の方法等を調べ,自己の職場を利用して周到な準備をし,医師であることによる被害者からの厚い信頼や好意に付け込んで誘い出し,消化器外科を専門として経験が豊富で確実に実行できる腹部への穿刺の方法を選択しており,生命を尊重すべき医師としての立場を悪用しているといえる。
 犯行態様の危険性についてみると,全身麻酔薬の使用量は概ね安全な量であったといえるものの,全身麻酔薬を投与して意識を消失させた状態での穿刺は,刺激への反応や麻酔が切れて覚醒することで体が動いてしまう可能性もあり,現に被害者は複数回の穿刺のうちに痙攣を起こしており,誤穿刺の危険性が高い行為であったと認められる。そして,全身麻酔薬や鎮静薬は,麻酔科医師が管理し,看護師や医師が複数いる体制において,患者の呼吸状態等を連続的に観察し,緊急時に十分な措置が可能な施設においてのみ使用しなければ,患者が副作用により呼吸抑制に至るなど容態が急変した場合に対処できず死亡または低酸素脳症に至る症例もあるところ,被告人は,被害者の痙攣時に必要な抗痙攣薬等を室内に準備しておらず,一旦被害者を残して同室を出るなど,十分な体制ではなく,被害者は危険にさらされた。さらに,被告人は,全身麻酔薬の投与直前に被害者に飲料を飲ませたり,拮抗薬フルマゼニルを使い覚醒させた後,眠気を訴え,明らかに全身麻酔薬の効果が残っている状態の被害者を放置して病院を後にするなど,麻酔薬投与の前後に必要な注意もしていないことに照らせば,一連の行為態様は,被害者の身体の安全を軽視した悪質なもので,その違法性は高く,強い社会的非難に値する。
 本件犯行の経緯について,被告人は,本件犯行以前,被害者から避妊薬を服用していると聞いていたが,その後,被害者から,妊娠したものの流産して自殺を図ったと打ち明けられたのに対し,落ち着かせるため甘言を用いて,避妊することなく性交渉を継続し,被害者が妊娠したものであった。そして,婚約者と入籍する直前に,被害者からこの妊娠を告げられ,認知や養育費を求められると,中絶するよう懇願したものの拒絶され,被害者に胎児をエコーで見れば気持ちが変わるかもしれないと告げた。しかし,被害者が子供を産めば,関係が一生続くことを恐れ,婚約者との将来や職場での立場などを優先し本件犯行に及んだもので,上記の経緯や動機は身勝手かつ自己中心的であって,酌むべき点はない。
 被告人はエコーを見ながら無水エタノールを胎嚢に確実に注入した後,エコーで胎児の心拍が明らかに弱まっているのを確認するなど,強固な犯意に基づき堕胎を行い,妊娠約9週まで順調に発育していた胎児の尊い生命が失われた結果は重大で回復不能なものである。被害者に生じた傷害の結果は,腹部刺傷と約3時間30分間にわたる意識障害等を伴う急性薬物中毒であるが,そればかりか,被害者は母子健康手帳の交付を受ける予定でいたところ,医師として尊敬する胎児の父である被告人から,大切な胎児の生命を奪われたのであって,その精神的苦痛は察するに余りあり,示談後も,なお厳しい処罰感情を述べるのも当然である。そうすると,被告人の刑事責任は重いと言わざるを得ない。
 一方,被告人が本件犯行を認めて謝罪文を作成し,反省の言葉を述べ,被害者に対し被害弁償として800万円を支払い示談が成立し,これにより被害者に生じた損害がある程度填補されている。しかし,本件前に被告人は被害者に対し,慰謝料もしくは養育費を支払う旨話をしていた経緯からすれば,胎児が出生していれば養育費等として支払が必要となる可能性があったことや,回復不能な胎児の生命も保護法益に含まれていることからすれば,この支払をさほど重視することはできない。また,被告人の姉が出廷して監督を誓っていること,被告人に前科前歴がないこと,医師免許については医道審議会の処分を待ちつつも,勤務先を懲戒解雇されるなどの社会的制裁を受けていること等の被告人に有利な事情を考慮しても,本件は,刑の執行を猶予すべき事案であるとはいえず,上記の有利な事情は刑期において考慮することとし,主文の刑を量定した。
(求刑:懲役5年)
  令和3年2月24日
    岡山地方裁判所第2刑事部
        裁判長裁判官  御山真理子
           裁判官  五十部隆
           裁判官  松浦絵美

13歳のAを誘拐した(未成年者誘拐)上,(イ)Aに2回にわたり被告人を相手に性交及び口淫をさせて児童に淫行をさせる行為をし(児童福祉法違反),(ウ)その際,Aの姿態を撮影して児童ポルノを製造した事案で、刑事損害賠償命令申立に対して刑事和解で約300万円を支払った事案(札幌高裁h30.11.14)

13歳のAを誘拐した(未成年者誘拐。同第5の事実)上,(イ)Aに2回にわたり被告人を相手に性交及び口淫をさせて児童に淫行をさせる行為をし(児童福祉法違反。同第6の事実),(ウ)その際,Aの姿態を撮影して児童ポルノを製造した(同第7の事実)事案で、刑事損害賠償命令申立に対して刑事和解で約300万円を支払った事案(札幌高裁h30.11.14)
 報道では、原判決は岩見沢支部h30.6.18で懲役4年(求刑懲役5年)だったようです。
 刑事損害賠償命令に応じて払った場合は、普通2項破棄になります。
 Aを誘拐した(未成年者誘拐。同第5の事実)上,(イ)Aに2回にわたり被告人を相手に性交及び口淫をさせて児童に淫行をさせる行為をし(児童福祉法違反。同第6の事実),(ウ)その際,Aの姿態を撮影して児童ポルノを製造した(同第7の事実)のうち、刑事損害賠償命令の対象になるのは、未成年者誘拐罪だけです。科刑上一罪にしてくれれば、被害者Aは全部の罪名について、刑事損害賠償命令を利用できるんですが。

犯罪被害者等の権利利益の保護を図るための刑事手続に付随する措置に関する法律(平成十二年五月十九日法律第七十五号)
損害賠償命令の申立て)
第二十三条  
1次に掲げる罪に係る刑事被告事件(刑事訴訟法第四百五十一条第一項 の規定により更に審判をすることとされたものを除く。)の被害者又はその一般承継人は、当該被告事件の係属する裁判所(地方裁判所に限る。)に対し、その弁論の終結までに、損害賠償命令(当該被告事件に係る訴因として特定された事実を原因とする不法行為に基づく損害賠償の請求(これに附帯する損害賠償の請求を含む。)について、その賠償を被告人に命ずることをいう。以下同じ。)の申立てをすることができる。
一  故意の犯罪行為により人を死傷させた罪又はその未遂罪
二  次に掲げる罪又はその未遂罪
イ 刑法 (明治四十年法律第四十五号)第百七十六条 から第百七十八条 まで(強制わいせつ、強姦、準強制わいせつ及び準強姦)の罪
ロ 刑法第二百二十条 (逮捕及び監禁)の罪
ハ 刑法第二百二十四条 から第二百二十七条 まで(未成年者略取及び誘拐、営利目的等略取及び誘拐、身の代金目的略取等、所在国外移送目的略取及び誘拐、人身売買、被略取者等所在国外移送、被略取者引渡し等)の罪
ニ イからハまでに掲げる罪のほか、その犯罪行為にこれらの罪の犯罪行為を含む罪(前号に掲げる罪を除く。)

札幌高等裁判所判決平成30年11月14日未成年者誘拐,児童買春,児童ポルノに係る行為等の規制及び処罰並びに児童の保護等に関する法律違反,北海道青少年健全育成条例違反,児童福祉法違反被告 岩見沢

       主   文

 本件控訴を棄却する。

       理   由

 本件控訴の趣意は,弁護人加藤正佳(主任)及び同高嶋智共同作成の控訴趣意書及び「答弁書に対する反論書」に記載のとおりであり,これに対する答弁は,検察官藏重有紀作成の答弁書に記載のとおりである。論旨は,法令適用の誤り,事実誤認,理由齟齬,訴訟手続の法令違反及び量刑不当の主張である。
 第1 法令適用の誤りについて
 論旨は,「児童に淫行をさせる行為」を禁止した児童福祉法34条1項6号は,処罰範囲が広範に過ぎる上,「させる行為」の内容が不明確であるから,憲法31条に違反するのに,原判決は原判示第6の事実について,児童福祉法34条1項6号を適用しているから,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令適用の誤りがある,というのである。
 しかし,児童福祉法36条1項6号にいう「淫行」とは,児童の心身の健全な育成を阻害するおそれがあると認められる性交又はこれに準ずる性交類似行為をいい,「させる行為」とは,直接たると間接たるとを問わず児童に対して事実上の影響力を及ぼして児童が淫行をなすことを助長し促進する行為をいう(最高裁判所昭和40年4月30日第二小法廷決定裁判集刑事155号595頁,同裁判所平成28年6月21日第一小法廷決定刑集70巻5号369頁参照)のであって,同号の処罰範囲が広範に過ぎるとも,構成要件が不明確ともいえない。論旨は理由がない。
 第2 事実誤認及び法令適用の誤りについて
 1 原判決は,罪となるべき事実第6において,以下の事実を認定している。すなわち,被告人はTwitter(以下「ツイッター」という。)上で家出をしたいと書き込んでいた被害者Aに対し,家出をして被告人の下に来るように誘惑し,平成29年11月16日午後7時44分頃,Aと合流して被告人方へ連れ去り,その頃から同月20日までの間,Aを被告人方に寝泊まりさせて自分の支配下に置いていたが,その立場を利用し,Aが18歳に満たない児童であることを知りながら,①同月16日午後9時過ぎ頃と②同月17日午後5時過ぎ頃に,いずれも,被告人方で,Aに自分を相手に性交及び口淫をさせ,もって児童に淫行をさせる行為をした,というのである。
 これに対し,論旨は,「児童に淫行をさせる行為」をしたというためには,行為者と児童との間に,児童の全人格の形成に関わる一定の依存関係がなければならないと解されるが,原判決は被告人とAとの間にこのような依存関係がないのに,「淫行をさせる行為」をしたと認定して児童福祉法34条1項6号を適用しているから,判決に影響を及ぼすことが明らかな事実誤認及び法令適用の誤りがある,というのである。
 2 しかしながら,「児童に淫行をさせる行為」とは,前記のとおり,淫行(すなわち,児童の心身の健全な育成を阻害するおそれがあると認められる性交又はこれに準ずる性交類似行為)を児童がなすことを,直接たると間接たるとを問わず児童に対して事実上の影響力を及ぼして助長し促進する行為をいうのであって,児童の心身の健全育成という児童福祉法の趣旨に照らせば,所論が主張するような依存関係がなければ「児童に淫行をさせる行為」をしたとはいえないと限定して解釈するのは相当ではない。所論は独自の見解を主張したものといわざるを得ず,採用できない。
 そして,「児童に淫行をさせる行為」に当たるか否かは,行為者と児童の関係,助長・促進行為の内容及び児童の意思決定に対する影響の程度,淫行の内容及び淫行に至る動機・経緯,児童の年齢,その他当該児童の置かれていた具体的状況を総合考慮して判断するのが相当である(最高裁判所平成28年6月21日第一小法廷決定刑集70巻5号369頁参照)。これを前提に,本件について検討すると,以下のとおりである。
 (1) 関係証拠によれば,以下の事実が認められる。すなわち,
 ア 当時34歳の被告人は,好みに合った女子児童を自宅に監禁して,ペットのように飼育,調教し,思うがまま性交等をして,奴隷のように支配したいとの願望を有していた。そこで,家出や自殺願望のある児童であれば簡単に自宅に連れ込めると考えて,ソーシャルネットワーキングサービスのツイッター上でそのような投稿をしているAを見付け,Aとの間でツイッター上でのやり取りを始めた。そして,女子児童を入れるための犬用のケージと拘束具をあらかじめ購入し,飼育成長を記録するためとして,室内にビデオカメラを設置するなどの準備を行った。
 イ Aは,当時13歳の中学生であったが,保護者との折り合いが悪いため,強い家出願望を有していた。しかし,所持金が3万円ほどしかなく,家出して被告人と合流した後は,被告人方に寝泊まりして生活を被告人に頼らざるを得ない状況にあった。Aは,性交の経験がなく,被告人と性交しなければならなくなるのが嫌であり被告人に犯されないか心配しているとか,自宅にいるくらいなら毎日口淫させられることも頑張るが,性交することは困るなどと伝えて,被告人の意図を確認しようとした。これに対し,被告人は,自分の意図を隠し,性交渉を持つつもりはない旨返答して,原判示第5の事実のとおり,Aの誘拐に及んだ。
 ウ 被告人は,平成29年11月16日,Aを誘拐して自宅に連れ込んだ後,入浴を促し,入浴のために裸となったAを,そのまま風呂場から連れ出し,鎖付きの首輪を付けて,ガムテープで後ろ手に両手首を縛って,口淫をさせるとともに性交に及び,膣内に射精し,その際の状況を撮影した(原判示第6の1及び第7の1の事実)。
 エ 被告人は,翌17日,Aの陰毛などの体毛を剃った上,やはり鎖付きの首輪を付けたまま,口淫をさせるとともに性交に及び,膣内に射精し,その際の状況を撮影した(原判示第6の2及び第7の2の事実)。被告人は,Aが首輪を外そうとすると,「Aを飼うために買った。」「悪いことをしたらケージに入れるからね。」などと言い,Aを5日間にわたり寝泊まりさせ,その後も複数回性交等に及んだ。
 (2) このように,被告人は,被告人に対して好意を抱いているわけでもなく,被告人との間で性交等をしたくないと考えていたAに対し,自分の倒錯した性的欲望を満たすだけのために性交等に及んでいる。これが,児童の心身の健全な育成を阻害するおそれがあるものであることは明らかであり,Aの性交等は,「淫行」に該当するといえる。
 また,13歳という年齢や,強い家出願望を有するなどのAの状況からすれば,Aに自分の性行動に関する適切な判断能力がなかったことは明らかである。そして,被告人のAに対する性的行為は,被告人宅に寝泊まりして生活を被告人に頼らざるを得ないAの状況を利用したものである上,特に,原判示第6の1の事実の性交等については,特異な嗜好に基づく強力かつ直接的な態様のものであって,性交経験を有さず,被告人との性交を嫌がっていたAが自律的意思に基づいて応じたとはおよそ考えられないものであった。原判示第6の2の事実の性交等についても,Aが被告人を頼らざるを得ないことなど,その他の状況が変わっていないことや,原判示第6の1の事実の性交等が一旦行われた後のものであることや,それ自体陰毛を剃るなどの特異な嗜好に基づく行為がされていることなどからすれば,Aが自律的意思に基づいて応じたとはおよそ考えられない。以上によれば,本件は,判断能力に乏しい児童を狙って,これを自己の影響下に置き,その影響力を行使して,自己の倒錯した性的欲求を満足させようと計画した被告人が,実際に,その計画に従って,性交等を望んでいなかった児童を自分の影響下に置き,強い影響力を及ぼして,淫行を助長,促進した事案と評価できるのであって,被告人が,Aに「淫行をさせる行為をした」といえることは明らかである。
 したがって,被告人が「児童に淫行をさせる行為」をしたと認定した原判決は相当である。
 (3)ア これに対し,所論は,Aが被告人とのツイッター上のやり取りの中で,家出先で口淫することについては容認していたことや,小学6年生時に自分の裸の画像を見知らぬ者に送信したことがあるなど,不健全な性行動に親和的な生活を送っていたといえるから,被告人の行為が,Aに事実上の影響力を及ぼしてAが淫行をなすことを助長し促進する行為に当たるとはいえない旨主張する。
 しかし,13歳というAの年齢や心身の状態等に照らせば,Aが自分の性行動に関する十分な判断力を有していたとは認められない。前記の淫行に至る動機・経緯や当時のAの状況,被告人とAの関係,淫行に向けて及ぼした影響力の程度や態様等によれば,被告人がAに事実上の影響力を及ぼしてAが淫行をなすことを助長し促進させる行為を行っていたことは明らかである。
 イ 所論は,原判決が認定した最初の淫行は,被告人がAと合流してわずか1時間17分後にされたものであるから,Aが被告人に依存するといった関係性が生じていたとはいえないと主張する。
 しかし,上記のとおり,Aは13歳で,十分な判断力を備えておらず,強い家出願望を有していた。被告人は,このようなAを,安心させて家出をさせ,自宅に連れ込み,Aを被告人に頼らざるを得ない状況の下に置いた上で,前記のとおり,淫行に向けて直接的かつ強力な態様で影響力を及ぼしているのであるから,最初の淫行の時点でも,既にAに事実上の影響力を及ぼして,Aが淫行をなすことを助長し促進させる行為を行っていたといえる。
 (4) 所論の指摘するその他の点を検討しても,原判決に所論のような事実の誤認又は法令適用の誤りはない。論旨は理由がない。
 第3 理由齟齬について
 論旨は,原判決は「罪数に対する判断」の「3 未成年者誘拐罪,児童ポルノ製造罪及び児童福祉法違反の罪の関係について」の項で,「未成年者誘拐罪は,わいせつ目的がないことを前提とする」としながら,「量刑の理由」の項で,「性交等の相手にしようなどと考えて各犯行に及んだ」などとして,わいせつ目的があったことを前提に量刑判断をしており,理由に食い違いがある,というのである。
 しかし,原判決の「罪数に対する判断」の項の上記説示が未成年者誘拐罪の構成要件を説明したにすぎないものであるのに対し,「量刑の理由」の項の上記説示は,被告人が未成年者誘拐に及んだ動機を説明したものであって,両者は趣旨を異にしているから,理由に食い違いはない。論旨は理由がない。
 第4 訴訟手続の法令違反及び法令適用の誤りについて
 論旨は,Aに対する未成年者誘拐の事実(原判示第5の事実),児童に淫行をさせる行為をした事実(同第6の事実)及び児童ポルノを製造した事実(同第7の事実)については,検察官に釈明をするか,訴因変更を促すなどして,未成年者誘拐の事実をわいせつ目的誘拐と認定した上で,かすがい理論により,上記三つの罪を科刑上一罪として処理すべきであったのに,原判決はそのような釈明等をせずに,未成年者誘拐と認定して,いずれも併合罪の関係にあるとしているから,判決に影響を及ぼすことが明らかな訴訟手続の法令違反及び法令適用の誤りがある,というのである。
 しかし,検察官が未成年者誘拐として起訴したのに対し,原裁判所が,より法定刑の重いわいせつ目的誘拐に訴因変更するよう促さなかったからといって,これが訴訟手続の法令違反になるとは,およそ考えられない。未成年者誘拐罪の事実を認定した原判決の判断に誤りがあるとはいえない(なお,仮に,論旨が主張するように,誘拐の事実と児童に淫行をさせる行為をした事実と児童ポルノを製造した事実とが科刑上一罪になるという見解に立つとしても,処断刑の下限が重くなり,被告人に不利になるだけで,考慮すべき量刑事情に違いがあるわけではないから,明らかに判決に影響を及ぼすとはいえない。)。論旨は理由がない。
 第5 法令適用の誤りについて
 論旨は,当時18歳に満たない被害者Bや被害者Cに対し,それぞれ,性交又は性交類似行為をして淫行した北海道青少年健全育成条例違反の行為(原判示第1及び第3の事実)と,その際その姿態を撮影し,動画データを記録させて保存した児童ポルノの製造の行為(原判示第2及び第4の事実)は,被告人の1個の行為が2個の罪名に触れる観念的競合として1罪となるのに,原判決は併合罪の関係にあるとしており,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令適用の誤りがある,というのである。
 しかし,被害児童と性交又は性交類似行為をして撮影し,これをもって児童ポルノを製造した場合,被告人の上記条例に触れる行為と児童ポルノ法7条4項に触れる行為とは,一部重なる点はあるものの,両行為が通常伴う関係にあるとはいえない。また,両行為の性質等に鑑みると,それぞれにおける行為者の動態は社会的見解上別個のものといえるから,両罪は,刑法54条1項前段の観念的競合の関係にはなく,同法45条前段の併合罪の関係にあるというべきである(児童福祉法の児童に淫行をさせる罪と児童ポルノ製造罪との罪数に係る最高裁判所平成21年10月21日第一小法廷決定刑集63巻8号1070頁を参照。
 なお,仮に,条例違反の行為と児童ポルノ製造の行為とが観念的競合の関係にあり,これを併合罪の関係にあると解することが誤りであるとの立場に立ったとしても,処断刑の範囲や考慮すべき量刑事情に差異を生じさせるものではないから,明らかに判決に影響を及ぼすとはいえない。)。論旨は理由がない。
 第6 量刑不当について
 論旨は,被告人を懲役4年に処した原判決の量刑が重過ぎて不当である,というのである。
 そこで検討すると,本件は,被告人が
①(ア)当時15歳の児童であるBと3回にわたり性交して淫行をし(条例違反。原判示第1の事実),(イ)その際,Bの姿態を撮影して児童ポルノを製造し(同第2の事実),
②(ア)当時16歳(3回目の行為時は17歳)の児童であるCと3回にわたり性交又は性交類似行為をして淫行をし(条例違反。同第3の事実),(イ)その際,Cの姿態を撮影して児童ポルノを製造し(同第4の事実),
③(ア)当時13歳のAを誘拐した(未成年者誘拐。同第5の事実)上,(イ)Aに2回にわたり被告人を相手に性交及び口淫をさせて児童に淫行をさせる行為をし(児童福祉法違反。同第6の事実),(ウ)その際,Aの姿態を撮影して児童ポルノを製造した(同第7の事実)
という事案である。
原判決は,以下の諸事情を考慮して,量刑を行っている。すなわち,被告人は,家出願望のあったAを誘拐し,5日間にわたり被告人方に寝泊まりさせて,複数回性交等に及び,その姿態を撮影した。この一連の犯行は,保護すべき児童を性的に弄んだ卑劣かつ悪質な犯行であり,Aに与えた悪影響は大きい。B及びCに対する各犯行も,出会い系サイトで知り合った後,複数回性交等をし,その姿態を撮影して児童ポルノを製造したものであって,児童らに与えた悪影響は大きい。被告人には厳しい非難が向けられるべきである。他方で,Aに対し100万円とその遅延損害金を供託し,Aとその母に謝罪したことや,反省の態度を示し,性嗜好障害を治療する意向を有していること,親族が監督をする意向を表したこと,同種の前科がないことなどの被告人に有利な事情も認められるので,これらの事情も考慮し,懲役4年に処するのが相当である,というのである。この量刑判断は相当であり,是認できる。
 これに対し,所論は,以下のとおり主張する。すなわち,①Aが被告人方に寝泊まりをしていたのは5日間にすぎないこと,被告人方は,Aが独力で帰宅できる範囲内にあったこと,本件で問題とされたAに対する性交等は2回にすぎないこと,被告人は,100万円及びその遅延損害金をAに対する関係で供託していること,同種前科がないこと,反省し,性嗜好障害の治療を受け,再犯をしない旨誓っていることなどの事情からすると,原判決の量刑は,同種の事案と比較して,重きに失する。②原判決後,被告人が,A及びその親族との間で和解を成立させ,これに基づき上記供託金のほか200万円を支払ったこと,B及びCに対するしょく罪の趣旨で,合計40万円を法律援護基金に寄附したこと,性嗜好障害の通院治療を継続する必要性が認められること,反省を深めたことを考慮すべきである,というのである。
 しかし,①については,原判決も所論指摘の事情を考慮して量刑判断を行っている。被告人がB及びCに対する条例違反及び児童ポルノ製造にも及んでおり,複数の児童に対して同種の行為を常習的に繰り返した点をも踏まえると,原判決の量刑判断が,同種事案と比較して,重過ぎて不当とはいえない。
②については,確かに,当審における事実取調べの結果,Aは親権者である母らと共に,刑事損害賠償命令を申し立てて,被告人に対して損害賠償の請求をしていたところ(その請求額は,証拠上明らかではない。この刑事損害賠償命令申立事件は,原裁判官が担当している。),原判決後の審尋期日において,被告人がAらに対し供託金101万8493円に加えて200万円を支払う旨の和解が成立し,被告人はこれを履行した事実が認められる。
また,被告人がB及びCに対するしょく罪の趣旨で,原判決後に合計40万円寄附した事実も認められる。しかし,Aは被告人に対して刑事損害賠償命令を申し立てていたのであるから,原審の段階で,原判決後に,適当な賠償額で,被告人のAに対する賠償命令が出されるか,あるいは,和解が成立するかが,見込まれていたといえる。また,被告人の伯母であるDの原審証言や被告人の公判供述によれば,被告人がB及びCに対する賠償の趣旨でしょく罪金を支払うことを検討していたことや,被告人には賠償金を支払う資力はないが,伯母や両親の助力で賠償金を用意したことが認められる。そうすると,被告人にとって,Aに対する適当な賠償額で賠償金を支払うことや,B及びCに対するしょく罪の趣旨で寄附をすることは,原審の段階で実現可能であったといえるし,原判決も,原判決後にこれらのことが実現され得る可能性も一定程度踏まえて量刑判断をしたものと思料される。さらに,本件各犯行は児童らの心身の健全な成長や発達を害した犯行であり,各児童,特にAの心身に与えた影響の大きさ等の本件の犯情や各罪の保護法益を考慮すると,原判決後に金銭賠償された事実を量刑上大きく評価することはできない。以上によれば,所論指摘の各事情が認められるとしても,原判決を破棄しなければ明らかに正義に反するとまでは認められない。所論はいずれも採用できず,論旨は理由がない。
 第7 よって,刑事訴訟法396条により,主文のとおり判決する。
  平成30年10月29日
    札幌高等裁判所刑事部
        裁判長裁判官  登石郁朗
           裁判官  瀧岡俊文
           裁判官  深野英一

(申立550万円 認容額440万円)強姦致傷・刑事損害賠償命令(東京地裁令和元年6月21日)

行為否認

損害賠償請求事件
東京地方裁判所
令和元年6月21日民事第1部判決
       判   決
1 東京地方裁判所平成30年(損)第23号刑事損害賠償命令事件の仮執行宣言付損害賠償命令を認可する。
2 異議申立て後の訴訟費用は被告の負担とする。


       事実及び理由

第1 請求
 主文と同旨
第2 事案の概要
1 本件は,原告が,被告による強姦致傷の被害を受けたと主張して,被告に対し,不法行為に基づき,損害賠償金440万円及びこれに対する不法行為の日である平成29年4月22日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。
 原告は,上記強姦致傷を公訴事実とする刑事事件において,不法行為に基づき,被告に対し,550万円の支払を求める刑事損害賠償命令の申立てをし,裁判所は,このうち440万円の限りで一部認容する仮執行宣言付損害賠償命令を行ったところ,被告が異議の申立てをした。また,原告は,上記仮執行宣言付損害賠償命令を受け,移行後の民事訴訟手続において,請求の趣旨を主文と同旨のものに変更し,請求の減縮を行った。
2 前提事実(争いのない事実並びに掲記の証拠及び弁論の全趣旨により容易に認定できる事実)
(1)原告及び被告は,平成29年4月22日午後11時24分頃から同月23日午前1時頃までの間,原告の自宅(以下「原告宅」という。)において性交渉を持った(以下「本件性交渉」という。)。
(2)原告は,同日,順天堂大学医学部附属浦安病院を受診し,全治まで約5日間を要する顔面打撲,右膝内出血及び外傷性頸部症候群と診断された。(甲8)
(3)被告は,同年11月10日,本件性交渉につき,原告に対する強姦致傷を公訴事実として,東京地方裁判所に起訴された(同裁判所平成29年合(わ)第251号,甲1。以下「本件刑事事件」という。)。被告は,平成30年6月19日,東京地方裁判所において,原告に対する強姦致傷罪により懲役7年の有罪判決の宣告を受け(甲6),東京高等裁判所に控訴したが,同年12月13日,控訴棄却の判決がなされ(同裁判所平成30年(う)第1473号,甲10),同判決は同月28日に確定した。
(4)ア 原告は、平成30年5月31日,本件刑事事件において,被告に対して,損害賠償金550万円及び遅延損害金の支払を求める損害賠償命令の申立て(東京地方裁判所平成30年(損)第23号)をした。
イ 東京地方裁判所は,同年8月20日,上記アの申立てについて,被告が原告に対し,440万円及びこれに対する平成29年4月22日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度でこれを認容する仮執行宣言付損害賠償命令を行ったところ,被告が,平成30年9月4日,異議を申し立てたため,本訴訟事件に移行した。(顕著な事実)
ウ 原告は,上記イの仮執行宣言付損害賠償命令を受け,平成31年1月17日付け「請求の減縮申立書」により,請求額を440万円とする請求の減縮を行い,また,同年2月5日付け「請求の減縮申立書訂正申立書(兼訴え変更申立書)」により,請求の趣旨を主文と同旨のものに変更した。(顕著な事実)
3 争点及びこれに関する当事者の主張
(1)被告による強姦致傷の被害の存否(争点1)
(原告の主張)
 被告は,原告が,携帯電話をなくして困っていたことに乗じて,言葉巧みに原告宅に上がり込み,その後,原告にいきなり抱きついてベッドに押し倒し,原告の身体に覆いかぶさって口を塞いだ上,「静かにしろ。」などと言って,スカート及びパンツを引き下ろし,膣内に手指を入れ,さらに,原告が逃げようとすると,背後から抱きついて,目を手で塞ぐなどした上,ベッドに押し倒し,膣内に手指を入れながら「おとなしくしろ。」と言うなどの暴行脅迫を加えた上で,本件性交渉を行った。これにより,原告は,全治まで約5日間を要する顔面打撲等の傷害を負った。 
 以上のとおり,被告は,原告に対して強姦致傷に当たる行為を行ったものであり,不法行為が成立する。
(被告の主張)
 否認する。被告は,ナンパ目的で原告に声を掛けて知合い,原告宅に行き,その際,「付き合う?」などと言ったところ,原告の方から「恋人になってよ。」と言われ,合意の上で本件性交渉を持ったのであり,本件性交渉を持つ際に暴行や脅迫などは行っていない。
 原告の主張は,原告本人の本件刑事事件における供述を根拠とするものであるが,原告は,一度原告宅から逃げようとした際に台所付近で相当程度暴れて抵抗した旨供述するところ,台所の床に置かれた空のペットボトルは倒れておらず,客観的状況と整合しないなど,暴行脅迫の有無という核心部分について,客観的事実と反する供述を行っている。
 他方,被告の本件刑事事件における供述は,暴行脅迫に関する部分を除き,基本的には原告の供述と符合するのであり,また,被告が本件性交渉の後,証拠隠滅行為等を行うことなく日常どおりの生活を送っており,逮捕から刑事裁判の控訴審まで,一貫して同内容の主張を続けていることからすると,信用性が高いといえる。
 以上によれば,原告の供述を信用することはできず,被告が原告に強姦致傷に当たる行為を行ったということはできないから,不法行為は成立しない。
(2)損害の発生及び数額(争点2)
(原告の主張)
 原告は,被告の不法行為により,全治5日間の傷害を負い,また,精神的苦痛を被った。原告が被った精神的苦痛は,被告による不法行為そのものによる苦痛のみならず,念願の仕事を諦めざるを得なくなった苦痛,周囲の人間と信頼関係を築くことができなくなり,社会生活上支障が出ていることによる苦痛等も存在するのであり,これらを慰謝するには,400万円を下らない。
 また,原告は,本件に関し,弁護士に委任せざるを得なくなったのであり,被告の不法行為と因果関係のある弁護士費用相当損害金としては,40万円が相当である。
(被告の主張)
 否認ないし争う。
 原告の主張する各種の症状や人間関係,仕事関係への支障等はいずれも抽象的なものである上,本件との因果関係を基礎付ける証拠はない。
 また,本件性交渉に至る経緯の中で,被告による欺罔や脅迫等は行われておらず,原告が負った傷害の程度も軽微であるし,原告は,現場である原告宅に,事件以降,居住を続けていたというのであり,これら事情からすれば,原告の受けた精神的損害の程度は,同種事案と比べると評価を異にするものというべきである。
第3 当裁判所の判断
1 争点1(被告による強姦致傷の被害の存否)
(1)本件性交渉に至る経緯及びその後の経過について,原告は,本件刑事事件において,大要,以下の供述をする(甲2)。
 原告は,携帯電話をなくし,会う約束をしていた仕事関係者と連絡がとれなくなっていたところ,自宅の最寄り駅近くにある交番に遺失物届を出すため,同駅の改札を出たところで,被告及びその友人から声を掛けられ,携帯電話をなくしたことを伝えた。その後,交番に行って遺失物届を出した際に,警察官から,ノートパソコンをWi-Fiに繋げて連絡をとる方法があるなどとアドバイスを受けたため,ノートパソコンのある原告宅に帰ることとし,交番を出ると,被告から再び声を掛けられた。原告が,上記経緯を説明すると,被告は,自身の携帯電話のデザリング機能を使うよう提案してきた。原告は,当初断ったものの,被告の提案を受けることとして,被告に,自宅からパソコンを持ってくるので,ここで待つよう伝えたが,被告は,原告の話を聞かず,原告についていき,「住民の目もあるし,寒いから入らせて。」「エントランスまでしか入らないから。」などと述べ,結局,原告宅に入れることになった。原告宅においては,ベッドなどがある奥の部屋には入らず,玄関近くでインターネット接続作業を行ったが,結局,上記仕事関係者とは連絡が取れなかった。この間,被告は,しきりに奥の部屋に行きたがったため,原告は怖くなり,パソコンから,元交際相手に「たすけて」,「しらないひといてこわい」などのメッセージを送信したものの,すぐに返事はなかった。原告は,被告に帰ってもらおうと思い,その旨を伝えたところ,被告から,「チューしようよ。」と言われ,突然抱きつかれ,その後,両手で体を持ち上げられて奥の部屋まで連れて行かれ,ベッドに押し倒されて,身体に覆い被さられて口を塞がれた上,「静かにしろ。」などと言われ,スカート及びパンツを引き下ろされ,膣内に手指を入れられ,さらに,原告が逃げようとすると,背後から抱きつかれ,目を手で塞がれるなどされた上,再びベッドに押し倒され,膣内に手指を入れられ,「おとなしくしろ。」などと言われるなどして,本件性交渉が行われた。原告は,性交が中断した段階で,逃げ出そうと考え,一緒にシャワーを浴びようと提案し,一緒に浴室に入った。そして,原告は,「タオルを取ってくるから。」などと言って浴室から先に出ると,ショーツを履き,ルームウェア1枚だけを羽織った上で,裸足で自宅を飛び出し,前記交番に駆け込み,警察に被害を申告した。その後,病院に行き,前記前提事実(2)の診断を受けた。いずれの傷害も,本件性交渉の前には存在しないものであった。
(2)証拠(甲3,8)及び弁論の全趣旨によれば,原告は,本件性交渉直後に,ショーツを履き,ルームウェア1枚のみを羽織り,裸足のまま交番に駆け込み,被害の申告をしたことが認められるところ,同事実は,上記(1)の原告の供述と符合するものであり,強姦被害直後の被害者の行動として,不自然なところはない。また,原告は,本件性交渉の直前に,元交際相手に対し,「たすけて」「しらないひといてこわい」などのメッセージを送信しているところ,同事実は,原告宅に被告を入れたものの,被告がしきりに奥の部屋に行こうとしたため怖くなったという供述と符合するものである。さらに,原告において,初対面の被告に対し,敢えて強姦被害について虚偽の申告をする動機は存在しない。
 以上によれば,原告の上記(1)の供述の信用性は高いというべきである。
(3)ア これに対し,被告は,〔1〕原告は,一度奥の部屋から逃げようとした際に被告に背後から捕えられ,奥の部屋に連れ戻される際に台所付近で相当程度暴れて抵抗した旨供述するが(甲2・証人尋問調書54頁),台所の床に置かれた空のペットボトルは倒れておらず,その他のものも倒れずに整然と並んだままであること,〔2〕上記抵抗の際は,付近に設置されていた洗濯機がずれるほどの力で抵抗した旨供述するが(甲2・証人尋問調書54頁),実況見分時の写真では,ずれているとはいえないこと(甲7),〔3〕本件性交渉中に鼻血が出た際にティッシュで拭った旨供述するが(甲2・証人尋問調書88頁),当該ティッシュは原告宅から発見されていないこと(甲7),〔4〕原告宅を出る際に,暖簾が外れていた旨供述しているが(甲2・証人尋問調書72頁),実況見分時には掛かっていたことなどを挙げ,原告の本件刑事事件における供述は,客観的事実に反し,信用できないなどと主張する。
 しかしながら,上記〔1〕については,ペットボトルに原告や被告の手足等が直接当たらなければ,倒れなくても不自然ではない。この点,被告は,原告の供述を前提とすれば,床や台所においてある物が倒れると考えるのが経験則に照らし相当であるなどと主張するが,原告の供述を前提としても,手足等が当たらない可能性があるのであって,被告の主張は採用できない。また,上記〔2〕について,原告は,被告に暖簾や洗濯機の位置を戻すよう述べた旨も供述しているのであり(甲2・証人尋問調書84頁),原告の供述は,実況見分時の写真と矛盾するものではない。さらに,上記〔3〕については,たしかに,甲7からは,実況見分時にティッシュが発見されていないとは認められるものの,他方で,掛け布団には,血痕ようのものの付着が認められるのであり,ティッシュが未発見であることは,本件性交渉の際に鼻血が出たという原告の供述の核心部分を否定するまでの事情であるということはできない。加えて,上記〔4〕については,そもそも,本件性交渉後の原告の供述内容を問題とするものであり,暴行脅迫の有無という原告の供述の中核部分の信用性を特段左右するものではない。
 このほか,被告は,本件刑事事件において,原告に虚偽供述の動機がないと評価したことは不当であるなどと主張するが,被告の指摘は抽象的なものであり,前記(2)で述べた被害申告の態様に照らしても採用し難い。
イ また,被告は,本件刑事事件における被告の供述は,暴行脅迫に関する部分を除き,基本的には原告の供述と符合するのであり,信用性が高いなどと主張する。
 しかしながら,被告の本件刑事事件における供述を前提とすると,原告は,元交際相手に対し,「たすけて」などとメッセージを送信したにもかかわらず,直後に心変わりをして被告と合意の上で本件性交渉を行い,その後,再び心変わりして,ショーツを履き,ルームウェア1枚だけを羽織って,裸足で外に出て,警察官に強姦の被害申告をしたことになるが,そのような可能性は考え難く,被告の供述は信用し難い。
 被告は,本件性交渉の後,証拠隠滅行為等を行うことなく日常どおりの生活を送っていること,一貫して同内容の主張を続けていることからすると,被告の供述は信用できるなどと主張するが,被告が本件性交渉後に日常通りの生活を送っていたとしても,原告と合意の上で本件性交渉を行ったことが裏付けられるわけではないし,一貫して同内容の主張を続けていたとしても,上記の供述内容の不合理性に照らせば,被告の供述は信用できない。そして,このような信用性に乏しい被告の本件刑事事件における供述をもって,原告の供述の信用性が左右されることはないというべきである。
(4)以上のとおり,原告の本件刑事事件における供述は信用性の高いものであり,これによれば,本件について,前記(1)の事実を認めることができ,原告は,被告から暴行脅迫を受け,同意なく本件性交渉が行われたと認められる。
 また,本件性交渉の前に,前記前提事実(2)記載の顔面打撲等の傷害は負っていなかったことからすると,上記の傷害は,本件性交渉に際して生じたものと認められるから,原告は,被告による強姦致傷の被害を受けたといえる。
2 争点2(損害の発生及び数額)
(1)慰謝料について
 被告による強姦致傷の態様,これにより原告の被った恐怖感や屈辱感及び社会生活上の支障の程度,その他本件全証拠及び弁論の全趣旨によって認められる本件不法行為に関する一切の事情を総合考慮すると,慰謝料として400万円を認めるのが相当である。
(2)弁護士費用相当損害金について
 本件訴訟の類型,難易度,認容額その他本件全証拠及び弁論の全趣旨によって認められる本件訴訟に関する一切の事情を考慮すると,弁護士費用相当損害金としては40万円を認めるのが相当である。
第4 結論
 以上によれば,原告の請求は理由があるから,全部認容すべきである。
 よって,被告に対して440万円及びこれに対する平成29年4月22日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を命じた仮執行宣言付損害賠償命令を認可することとして,主文のとおり判決する。
東京地方裁判所民事第1部
裁判長裁判官 前澤達朗 裁判官 中畑章生 裁判官 神本博雅

(申立額330万円・認容額220万円)強制わいせつ罪・刑事損害賠償命令(東京地裁令和2年12月8日)

強制わいせつは行為態様に強弱ありますので「平成24年8月5日未明,札幌市内の路上において,歩行中の原告に対し,正面から両肩を両手でつかんで住宅敷地内に連れ込み,頭部を両手で押さえつけ,無理やりせっぷんして口腔内に舌を入れた上,着衣の上から右胸及び陰部を左手で触った(以下「本件不法行為」という。)。」の場合、220万円という判断です。

損害賠償請求事件
東京地方裁判所
令和2年12月8日民事第30部判決
       主   文

1 本件につき札幌地方裁判所令和2年(損)第4号事件の仮執行宣言を付した損害賠償命令(主文第1項及びこれに係る第4項)を認可する。
2 原告のその余の請求を棄却する。
3 訴訟費用は,これを3分し,その1を原告の負担とし,その余を被告の負担とする。


       事実及び理由

第1 請求
1 主文第1項と同旨
2 被告は,原告に対し、前項の認可に係る金額のほか,110万円及びこれに対する平成24年8月5日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
3 第2項につき,仮執行宣言
第2 事案の概要
1 本件は,原告が,被告から強制わいせつ行為をされたと主張して,被告に対し,不法行為に基づき,損害賠償(慰謝料,弁護士費用)及びこれに対する不法行為の日から支払済みまで平成29年法律第44号による改正前の民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。 
2 前提事実
(1)被告は,平成24年8月5日未明,札幌市内の路上において,歩行中の原告に対し,正面から両肩を両手でつかんで住宅敷地内に連れ込み,頭部を両手で押さえつけ,無理やりせっぷんして口腔内に舌を入れた上,着衣の上から右胸及び陰部を左手で触った(以下「本件不法行為」という。)。(甲1,2,弁論の全趣旨)
(2)札幌地裁は,令和2年3月24日,本訴被告を被告人とする強制わいせつ被告事件(平成31年(わ)第149号,令和元年(わ)第392号)につき,罪となるべき事実として,本件不法行為ほか1件(深夜,歩道上において,いきなり本件原告とは別の女性である被害女性の背後から左肩越しに左手を伸ばして,左胸をわしづかみにして揉んだというもの。以下「別件不法行為」という。)の強制わいせつ行為を認定した上,懲役2年の判決を言い渡した。(甲1)
(3)原告は,札幌地裁に対し,前記「第1 請求」同旨の支払を求める旨の損害賠償命令を申し立て(同庁令和2年(損)第4号),札幌地裁は,令和2年3月30日,220万円及びこれに対する平成24年8月5日から支払済みまで年5分の割合による金員の限度で申立てを認め,仮執行宣言を付する旨の決定(以下「本件損害賠償命令」という。)をし,これに対し,被告が適法な異議を申し立てた。(当裁判所に顕著な事実)
3 主たる争点及び当事者の主張
 損害額
(原告の主張)
 本件不法行為の態様,原告に何ら帰責性がないこと,原告が被害後,男性や夜間外出に恐怖を抱くようになったこと,刑事事件への対応の負担を余儀なくされたこと,被告が刑事事件において本件不法行為を否認し,何らの慰謝の措置も講じていないこと,反省謝罪もなかったことなど,本件に顕れた一切の事情を考慮すれば,慰謝料額は300万円が相当である。
 そして,上記慰謝料額等の諸事情に照らせば,本件不法行為と相当因果関係のある弁護士費用の額は30万円とするのが相当である。
(被告の主張)
 原告の主張は,否認ないし争う。
 本件損害賠償命令が認めた慰謝料200万円及び弁護士費用20万円も,高額に過ぎる。
第3 当裁判所の判断
1 被告の行った本件不法行為は,未明に,犯行現場である住宅敷地に連れ込み,頭部を両手で押さえつけた上でわいせつ行為に及んだというものであるところ,原告に対し相応の強さの有形力が行使されており,さらに,わいせつ行為についても,無理矢理せっぷんして口腔内に舌を入れた上,着衣の上から右胸及び陰部を左手で触るという性的自由に対する侵害の程度が相応に高いものであったといえる。そして,本件不法行為が必然的に刑事裁判への対応等の負担を生じさせたこと等をも考慮すれば,原告の受けた精神的苦痛は,甲第2号証,第3号証にも表れているように,大きかったといえる。
 以上に鑑みれば,原告の精神的苦痛を慰謝するに足りる金額としては200万円が相当である。そして,上記慰謝料額や,原告において執ることを余儀なくされた裁判手続の内容等の諸事情に鑑みれば,本件不法行為と相当因果関係のある弁護士費用の額は20万円とするのが相当である。
 被告は,札幌地裁令和2年(損)第3号刑事損害賠償命令事件を引き合いに出し,同事件で問題となった不法行為と本件不法行為とでは態様が異なるのに慰謝料額が同額であるのは不当であるなどと主張する。しかしながら,同種事犯であっても,事情は様々であるから,単純な比較は困難である。そもそも,上記札幌地裁令和2年(損)第3号事件における不法行為の内容自体,記録上明確ではないから,比較はなおさら困難である。仮に,これが別件不法行為をいうものと解した場合,むしろ,本件不法行為の方が別件不法行為よりも有形力行使の態様やわいせつ行為の態様において違法性が高いといい得るから,少なくとも,行為態様の比較において,本件不法行為の違法性が別件不法行為のそれよりも低いなどとは到底いえない。以上によれば,いずれにしても,被告の上記主張は理由がない。
2 結論
 よって,本訴請求は,220万円及びこれに対する遅延損害金の限度で理由があるからその限度で認容するのが相当なところ,この判断は本件損害賠償命令(主文第1項及びこれに係る第4項)と符合するのでこれを認可し,原告のその余の請求を棄却し,訴訟費用の負担につき民事訴訟法64条本文,61条を適用して,主文のとおり判決する。
東京地方裁判所民事第30部
裁判官 佐藤康平

(請求額1280万円・認容額440万円)強制わいせつ罪・刑事損害賠償命令(東京地裁平成21年12月7日) 

「被告は,個人レッスンの際に,原告に対し,キスをする,全裸にさせる,乳房をもむ,乳首をなめる,陰部付近を触る,陰部に指を入れる,全裸の写真を撮るなどのわいせつ行為を繰り返した。(甲7,8,13) (3) 平成18年10月中旬ころ,被告の自宅での個人レッスンの際,被告は,原告を怒鳴るなどして脅して全裸にさせた上で,原告に対し,乳房をもむ,乳首を触る,乳首をなめる,陰部付近を触る,陰部に指を入れる,自己の陰茎を原告に握らせるなどのわいせつ行為を行った」という一連のわいせつ行為について440万円認容されています。

主文
 1 被告は,原告に対し,440万0600円及びこれに対する平成18年10月31日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
 2 原告のその余の請求を棄却する。
 3 訴訟費用はこれを3分し,その1を被告の負担とし,その余を原告の負担とする。
 4 この判決は,第1項に限り,仮に執行することができる。
 
 
事実及び理由

第1 請求
 被告は,原告に対し,1280万9360円及びこれに対する平成18年10月31日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
 1 事案の要旨
 本件は,原告が,平成17年12月から平成18年10月までの間,クラリネットの個人レッスンの講師である被告から,個人レッスンの際に,キスをする,着衣を脱がせて全裸にする,乳房をもむ,乳首をなめる,陰部付近を触る,陰部に指を入れる,被告の陰茎を握らせるなどのわいせつ行為を受けたなどとして,不法行為に基づき1280万9360円及びこれに対する不法行為日の後である平成18年10月31日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めている事案である。
 なお,本件は,刑事損害賠償命令事件が,民事訴訟に移行した事件であるが,原告は,本件訴訟において,請求の原因を変更し,刑事被告事件の訴因となった事実以外の事実を含めた被告の一連のわいせつ行為について不法行為に基づく損害賠償を請求している。
 2 前提事実(以下の各事実は,当事者間に争いがないか,掲記の各証拠及び弁論の全趣旨により容易に認められる。)
  (1) 当事者
   ア 原告は,平成18年当時,神奈川県立a高校(以下「a高校」という。)の高校生であり,吹奏楽部に在籍していた。(甲7,弁論の全趣旨)
   イ 被告は,b音楽大学を卒業し,ハンガリーの音楽院への留学経験もあるプロのクラリネット奏者であり,原告がa高校吹奏楽部に在籍していた当時,同部の外部講師を務めていた。(甲4,7)
  (2) 原告は,音楽大学へ進学するために,平成17年11月から平成18年11月までの間,被告からクラリネットの個人レッスンを受けていたが,被告は,個人レッスンの際に,原告に対し,キスをする,全裸にさせる,乳房をもむ,乳首をなめる,陰部付近を触る,陰部に指を入れる,全裸の写真を撮るなどのわいせつ行為を繰り返した。(甲7,8,13)
  (3) 平成18年10月中旬ころ,被告の自宅での個人レッスンの際,被告は,原告を怒鳴るなどして脅して全裸にさせた上で,原告に対し,乳房をもむ,乳首を触る,乳首をなめる,陰部付近を触る,陰部に指を入れる,自己の陰茎を原告に握らせるなどのわいせつ行為を行った(以下,上記(2)及び(3)の被告の一連のわいせつ行為を指すときは「本件各わいせつ行為」という。)。(甲1,2,4,7,8,13)
  (4) 平成18年11月,原告は被告の個人レッスンを止め,音楽大学の受験をすることもあきらめ,高校卒業後は短期大学に進学した。(甲8,10)
  (5) 平成19年12月10日,原告は,原告の父親に対し,被告から本件各わいせつ行為を受けていたことを打ち明け,平成20年10月ころ,警視庁昭島警察署長に対し,前記(3)の被告の行為が強制わいせつ罪に当たるとして被告を告訴した。その後,被告は逮捕・勾留され,平成21年2月10日,同行為について,強制わいせつ罪で東京地方裁判所八王子支部に起訴された。被告は,公訴事実について認め,同年4月21日,東京地方裁判所立川支部において懲役3年の実刑判決を受け,同判決は確定した。
 なお,原告は,平成21年3月27日,犯罪被害者等の権利利益の保護を図るための刑事手続に付随する措置に関する法律17条1項に基づき,東京地方裁判所八王子支部に対し,損害賠償命令の申立てを行った(同支部平成21年(損)第4号)が,第2回審尋期日において,4回以内の審理期日では審理を終結することが困難であるとして,同法32条1項により,同事件を終了させる旨の決定がされ,本件訴訟へ移行した。(以上につき,甲1ないし4,10,弁論の全趣旨)
 3 争点
  (1) 損害額
  (2) 過失相殺の可否
 4 争点についての当事者の主張
  (1) 争点(1)(損害額)について
 (原告の主張)
   ア 慰謝料 1000万円
 本件各わいせつ行為によって原告が負った精神的損害は甚大であり,その額は1000万円を下らない。
   イ 財産的損害
 (ア) 個人レッスン代 55万6000円
 原告は,平成17年11月から平成18年11月まで被告の個人レッスンを受けていたが,被告が行ったのはわいせつ行為であり,個人レッスンとはいえないから,被告に支払った個人レッスン代は原告の被った損害である。そして,原告は,平成17年は1か月3回ないし4回のペースで,平成18年は平均すると1か月5回のペースで個人レッスンに通い,1回の個人レッスンにつき,平成17年は8000円,平成18年は1万円を被告に支払っていた。したがって,原告の支払った金額の合計(なお,平成18年11月分の個人レッスン代は除く)は,8000円×7(平成17年11月は3回,同年12月は4回で計算)+1万円×5×10か月=55万6000円であり,これは原告の被った損害である。
 (イ) クラリネット代 40万円
 原告は,本件各わいせつ行為により,クラリネットを吹くことはもちろん,見ることもできなくなってしまった。
 したがって,クラリネットの購入代金40万円は原告の被った損害である。
 (ウ) クラリネットパーツ(リード)代 36万円
 クラリネットを演奏するにはリードと呼ばれる部品が必要で,原告は,1箱2000円以上するリードを1か月に少なくとも5箱以上購入していた。しかし,これらのリード代は,原告がクラリネットを吹くことができなくなってしまったため,すべてが無駄になった。
 したがって,3年分のリード代36万円(2000円×5×12×3=36万円)は原告の被った損害である。
 (エ) 交通費 8万4360円
 被告のレッスンは,被告の自宅又は厚木市内のカラオケボックスで行われた。原告の自宅から被告の自宅までの往復交通費は1回当たり1560円であり,厚木市内のカラオケボックスまでの往復交通費は1回当たり800円である。被告の自宅での個人レッスンは合計51回,カラオケルームでの個人レッスンは合計6回であったから,個人レッスンに通うための交通費の合計は,1560円×51+800円×6=8万4360円である。
 そして,前記(ア)のとおり,被告が行ったのは個人レッスンとはいえないのであるから,レッスンに通うために要した往復交通費は原告の被った損害である。
 (オ) カラオケボックス使用料 9000円
 カラオケボックスでの個人レッスンは合計6回行われたが,カラオケボックス使用料は1回当たり1500円ないし2000円であり,原告は少なくとも合計9000円の使用料を支払った。この使用料も交通費と同様の理由から原告の被った損害である。
   ウ 弁護士費用 140万円
 原告は,本件各わいせつ行為について,告訴,刑事裁判への被害者参加,損害賠償命令の申立て,本件訴訟の追行等を原告訴訟代理人弁護士に依頼し,損害額の1割を弁護士費用として支払うことを約した。よって,上記損害額の合計の約1割である140万円は原告の被った損害である。
 (被告の主張)
 いずれも争う。
   ア 慰謝料について
 原告は,本件各わいせつ行為の結果,重度の精神障害を負ったという事情もない。強制わいせつ行為よりも法定刑が重く,かつ,肉体的・精神的苦痛もはるかに大きいと評価される強姦の事案であっても,慰謝料は300万円程度であり,強姦の事案でもない本件各わいせつ行為について,慰謝料が1000万円というのは極めて高額にすぎる。本件各わいせつ行為による精神的苦痛に対する慰謝料としては,弁護士費用を含め高くとも200万円程度であると評価するのが相当である。
   イ クラリネット代について
 原告は,被告の個人レッスンを開始する以前にクラリネットを購入していたのであるから,本件各わいせつ行為と原告のクラリネット購入との間に因果関係はなく,クラリネットの購入代金は,本件各わいせつ行為により生じた損害ではない。
   ウ 個人レッスン代,交通費,カラオケボックス使用料について
 原告は,本件各わいせつ行為が継続している間も,自らの意思で個人レッスンを受けることを希望し,被告から個人レッスンを受けていたのであるから,本件各わいせつ行為と個人レッスン代等との間に因果関係は認められない。
 仮に,本件各わいせつ行為と個人レッスン代等との間に因果関係があると評価されるとしても,被告が原告に対し個人レッスンを行った回数は,約30回程度であったのであるから1か月につき5回程度のレッスンを行っていたことを前提としてレッスン代を計算することは誤りである。
   エ 弁護士費用について
 本件訴訟は刑事裁判の証拠を援用して行われるのであり,弁護士が行うべき特段の作業はないのであるから,本件各わいせつ行為と相当因果関係のある弁護士費用は高く見積もっても20万円程度が相場であり,140万円は高額にすぎる。
  (2) 争点(2)(過失相殺の可否)について
 (被告の主張)
 被告は,個人レッスンにおいて,原告に対し,被告から本件各わいせつ行為をされるのが嫌であればレッスンを止めてもいいこと,その場合は他の指導者を紹介することを伝えていた。原告は当時高校生であり,十分に常識的な行動をとることができる年齢であったのであるから,被告の本件各わいせつ行為を受け入れたくなければ,別の指導者を紹介してもらうなどして被告の個人レッスンを拒否することは十分に可能であった。
 原告は,被告に対して個人的な恋愛感情を抱いたことから本件各わいせつ行為に至ったのであるが,原告が明確に拒否の意思表示をしなかったために,被告は,本件各わいせつ行為を継続することになってしまったのである。
 原告と被告との間の師弟関係は,原告が被告から完全に支配されていたというものではなく,わいせつ行為を拒否することが不可能であったというような特段の事情もないのであるから,原告にも落ち度があったというべきであり,その原告側の過失割合としては3割が相当である。
 (原告の主張)
 被告は,原告に対し,最初の個人レッスンの際に,「音大を目指すなら俺の言うことを全部聞け」,「俺の言うことが聞けないなら止めろ」などと述べ,個人レッスン中は,最初から最後まで怒鳴り,譜面台を蹴り,譜面を破り,原告のふくらはぎを蹴り,胸ぐらをつかみ,髪の毛をわしづかみにするなどの暴行を加えていた。また,被告は,レッスンの際,原告に対し,自らの携帯電話に保存していた原告の全裸の写真を突きつけ,練習をしなければ他人に同写真を見せると脅迫もしていた。さらに,被告は,音大受験に迷いが生じたと打ち明けた原告に対し,憤慨し,「俺がお前と費やした時間を無駄にするのか」と怒鳴り続けた。
 かかる状況の下で,原告は,被告に止めたいと申し出たら被告からまた怒鳴られるという恐怖心,原告を応援して高いレッスン代を払ってくれる両親に対する罪悪感,被告のレッスンをやめたら吹奏楽部にすら所属していられないかもしれないという孤独感や絶望感から,止めたいという気持ちを押し殺し,被告の個人レッスンを受け続けていたのである。
 したがって,原告に,本件各わいせつ行為を拒否する選択肢などなかったことは明らかであり,原告に何ら落ち度は存在しない。
第3 当裁判所の判断
 1 認定事実
 掲記の各証拠及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。
  (1) 被告による個人指導を受けるようになる経緯
   ア 原告は,中学時代に吹奏楽部でサックスを担当し,このころからプロの音楽家になりたいと考えるようになった。そのため,吹奏楽部が盛んであったa高校を受験して,平成16年4月,同校に入学した。原告は,同校に入学後すぐに吹奏楽部に入部し,当時,同部の外部講師を務めていた被告から部活動の際に指導を受けるようになった。被告は,吹奏楽部において非常に厳しい指導をしており,生徒がミスをすると,怒鳴る,譜面台を蹴飛ばす,指揮棒を投げる,楽譜を破るなどの行為を行っており,吹奏楽部の部員から怖れられていた。
 なお,原告は,吹奏楽部に入部後,サックスの担当を希望したが,当時,吹奏楽部のサックスの定員に空きがなかったため,クラリネットを担当することとなり,このころクラリネットクランポンRC prestige)を約40万円で購入した。(以上につき,甲7,10,13,18,19,弁論の全趣旨)
   イ 平成17年の秋ころ,a高校吹奏楽部内でサックスのオーディションがあり,原告は,元々サックスの担当を希望していたことから,同オーディションに参加した。同オーディションで審査員を担当していた被告は,原告がサックスを演奏しているのを聞いて,原告に音楽大学を目指さないかと声をかけ,サックスで目指すなら他の指導者を紹介するし,クラリネットで目指すのであれば被告が個人レッスンをする旨伝えた。
 原告は,サックスよりもクラリネットの方が上手く演奏できると思っていたこと,プロのクラリネット奏者である被告から音楽大学を目指さないかと勧誘を受けたことなどから,クラリネット音楽大学を目指そうと考え,その旨を被告に伝え,同年11月ころから,被告の個人レッスンを受けるようになった。(以上につき,甲7,10,13)
  (2) 被告による本件各わいせつ行為
   ア 平成17年11月下旬,原告は,被告の自宅において,被告から最初の個人レッスンを受けた。その際,被告は,原告に対し,本当に音大を目指すのであれば俺の言うことを全部聞け,俺の言うことが聞けないなら止めろ,今までの先輩で音大の入試の前に緊張してうまく吹けない先輩がいたが,裸になって吹けといって,裸にして吹かせたらうまくいった,体を売って演奏会に出ている人もいるなどと述べた。(甲7,17)
   イ 平成17年12月上旬ころ,厚木市内のカラオケボックスにおいて個人レッスンが行われた際,被告は,原告に対し,ブラジャーがきついから呼吸がうまくできないと述べ,ブラジャーを外すようにと指示し,原告は,その被告の言葉を信じて,その日はブラジャーを外してレッスンを受けた。(甲7)
   ウ 平成17年12月末,厚木市内のカラオケボックスでの個人レッスンの際,被告は,クラリネットを吹くときは唇を柔らかくする必要があり,キスをする感じでやる必要があるなどと述べ,原告に対し,キスをした経験があるか尋ねた。これに対し,原告が経験がないと答えると,被告は,今からキスをすると述べ,原告に対しキスをした。その後,被告は,被告の自宅やカラオケボックスでのレッスンの際,原告と二人きりになると,原告に対しキスをするようになった。原告は,被告とキスをすることに苦痛を感じていたが,キスを拒否すれば,個人レッスンが受けられなくなり,音楽大学への進学もできなくなると考えて我慢していた。(甲7,12,13)
   エ 平成18年2月ころ,被告の自宅でのレッスン中に,被告は,原告に対しパジャマに着替えるように指示し,原告が被告から渡されたパジャマに着替えると,被告は,腹式呼吸の練習をすると述べ,原告を上半身裸にさせた上で,原告の腹部等を触るなどした。(甲7,13)
   オ 平成18年3月ころになると,被告は,被告の自宅での個人レッスンの際(被告の家族が在宅していないとき)には,原告が演奏を間違えると服を脱げと怒鳴り,服を脱がせて全裸にした上で原告に演奏させるようになった。そして,同月下旬ころのレッスンの際,全裸にさせられた原告が演奏していると,被告が,原告に対し,異性と交際したことがあるかと尋ねてきたことから,原告が異性と交際した経験はないと答えたところ,被告は,異性と交際した経験がないのがいけない,女性ホルモンを出さないといけないなどと述べて,原告の陰部付近を触り,陰部に指を入れて動かすなどした。また,このころから,被告は,全裸にした原告の乳房をもんだり,乳首をなめたりするようにもなった。
 原告は,被告から上記のようなわいせつ行為をされるようになってから,そのことが苦痛で被告の個人レッスンを止めたいと思っていたものの,音楽大学に進学するためには,被告に指導をしてもらうことが必要であると考えたことに加え,個人レッスンを止めると言って被告から怒鳴られるなどして怖い思いをすることや個人レッスンを止めてa高校の吹奏楽部に在籍できなくなる事態を回避したかったことから,個人レッスンを止めると言い出すことはできず,被告のわいせつ行為を我慢して個人レッスンを受けていた。(以上につき,甲7,13)
   カ 平成18年夏ころになると,被告は,原告に対するレッスンをより厳しく行うようになり,原告に対し,「下手くそ」などと怒鳴る,譜面台を蹴飛ばす,楽譜を破って投げつけるといった行為をより頻繁に行うようになった。なお,このころは,被告の自宅ではなく,a高校で個人レッスンが行われることが度々あった。(甲7,13)
   キ 平成18年9月上旬ころ,原告が被告に対し個人レッスンを止めたいと伝えたところ,被告は,原告が個人レッスンを止めるのであれば,当時,原告を含めた吹奏楽部8人で組んでいたクラリネットアンサンブルの指導も行わないと述べた。この被告の言葉を聞いて,原告は,他のアンサンブルのメンバーに迷惑をかけることは避けたいと考え,被告に対し,個人レッスンをこのまま続けると述べた。
 しかし,その後,個人レッスンを止めたいという気持ちはより強くなり,同年9月下旬ころ,被告の自宅での個人レッスンの前に,原告は,被告に対し,音楽大学へ進学したいのかどうかわからなくなってしまったと述べた。被告は,この原告の言葉を聞いて激怒し,原告に対し,俺がお前に費やした時間を無駄にするのかなどと怒鳴った。原告は,被告から怒鳴られて恐怖を感じ,泣きながら音楽大学を目指す旨述べた。
 それからレッスンが開始されたが,泣きながら演奏した原告が演奏を失敗すると,被告は,ペナルティーだと言って原告に服を脱ぐように命じて原告を全裸にさせ,原告の全裸の姿を被告の携帯電話で写真に撮った。そして,被告は,原告に対し,練習しないとこの写真を他人に見せるぞなどと述べた。(以上につき,甲8,13)
   ク 平成18年10月上旬,被告は,a高校で原告の個人レッスンを行った際,原告がうまく演奏できなかったとして,原告の胸ぐらをつかむ,原告の髪の毛を片手でつかんで原告の頭を揺さぶる,原告の目の前の譜面台とともに原告のふくらはぎを蹴るなどの暴行を加えた。さらに,被告は,原告に対し,前記キの原告の全裸の写真を見せ,これを他人に見せると述べた。(甲8,13)
   ケ 平成18年10月中旬ころ,被告の自宅でのレッスンの際,原告が演奏を何度も間違えたところ,被告は,舌打ちをして,「下手くそ。何だその汚い音は。なぜ言われたとおりにできないんだ。服を脱げ」などと怒鳴って原告を脅した。原告は,被告から怒鳴られて恐怖を感じたことに加え,以前のように暴行を受けることや被告が以前撮影した原告の全裸の写真が第三者の目にさらされる事態をおそれ,被告のいうとおり服をすべて脱いで裸になった。被告は,裸になった原告に対し,乳房をもむ,乳首を触る,乳首をなめる,陰部付近を触る,陰部に指を入れるなどのわいせつ行為を行った上,さらに,自らも服を脱ぎ,右手で原告の左手首をつかんで無理矢理自らの陰茎に引き寄せ,露出した陰茎を握れと怒鳴って原告を脅し,原告に自己の陰茎を握らせた。(甲1,8,13)
   コ 平成18年10月下旬,原告が被告の自宅での個人レッスンに遅刻したところ,被告は,原告に対し,土下座して謝れと怒鳴り,原告が土下座をすると,原告の頭を足で踏みつけ,さらに,原告に対し,原告が遅刻したために無駄になった時間の代償を払え,払えないのであれば体で払えなどと怒鳴った。(甲8,13)
  (3) 個人レッスンの中止
   ア 前記(2)コのレッスンの後,原告は,a高校において,被告のレッスンを2,3度受けたが,被告の行為に耐えられなくなり,平成18年11月,被告に対し,電話で個人レッスンを止める旨を伝えた。(甲8,13)
   イ 原告は,被告の個人レッスンを止めた後,吹奏楽部での活動は継続したものの,音楽大学を受験することはなく,高校卒業後は短期大学に進学した。(甲4,8,10,13)
  (4) 被告の本件各わいせつ行為の発覚
   ア 短期大学に進学後,原告は当時の交際相手に対し,被告から本件各わいせつ行為を受けたことを打ち明け,その交際相手から原告の両親に対しても同事実を話すようにと説得を受けたことから,平成19年12月10日,原告の父親にも同事実を告白した。原告の父親は,原告の話を聞き,平成20年1月下旬,原告訴訟代理人の弁護士に同事実について相談した。(甲4,10)
   イ そうしたところ,平成20年3月12日ころ,被告から原告の携帯電話にメールがあり,原告は,両親や弁護士と相談の上,被告との間でメールで連絡を取るようになった。
 そのメールのやり取りの中で,被告は,当初,原告が個人レッスンを止めたことについて「君は僕との約束を一方的に破りました」,「僕はこの件でとても傷つきました」などと述べ,原告に対するわいせつ行為について,「純粋に表現者の世界へ導くものであった」,「なぜ裸になるかは羞恥に慣れ,自分を隠さなくなるようにするため」,「何故身体に触れるかは音楽表現のほとんどは,SeXの感覚の移し替えなので,身体を触られる感覚,それもSeXに関係した場所を触られる感覚を知ると,自分が表現する側にまわった時,人と人との間に存在する間や緊張感,相手を壊さずに刺激を与える際の手加減の度合い等を上手くコントロール出来るようになる」,「基礎的な音楽力が未開発なのに短期で結果を出さなければいけない状況の君にはもっとも効果的と考えた」などと述べていたが,最終的には,個人レッスン中に原告に対しセクシャルハラスメントを行ったとして謝罪した。(甲9,10)
 2 争点(1)及び(2)(損害額及び過失相殺の可否)について
  (1) 慰謝料
 原告は,当時,高校生という多感な時期にあり,異性と交際した経験もなかったにもかかわらず,指導者として信頼していた被告から約10か月という長期間にわたり,個人レッスンの際に何度も前記1(2)ウないしオ,キ,ケのようなわいせつ行為を受けたのであり,本件各わいせつ行為によって原告が被った精神的苦痛は察するに余りあるものがある。これに加え,前記1(4)イのとおり,被告は,原告が本件各わいせつ行為に耐えきれず個人レッスンを止めた後も,自己の卑劣な行為を正当化し,悪いのは原告であると言わんばかりの内容の電子メールを原告に対し送信するなど,事後の対応も極めて不誠実であること,前記1(3)イのとおり,本件各わいせつ行為により,原告は音楽大学を受験することすらあきらめ,音楽とは無関係の進路に進まざるを得なくなったことなど,その他本件に現れた一切の事情も考慮すると,本件各わいせつ行為によって原告が被った精神的苦痛に対する慰謝料としては,350万円が相当である。
  (2) 財産的損害
   ア クラリネットレッスン代
 (ア) 前記1(2)イ,ウのとおり,被告は,原告の個人レッスンを開始して1か月も経たないうちに,原告に下着を外すように指示をしたり,原告にキスをするなど,わいせつ行為ないしそれに類する行為を行ったものと認められるものの,その後も継続的に原告に対し本件各わいせつ行為を行い,その内容は徐々に悪質になっている。こうした経過にかんがみると,被告の原告に対する個人レッスンは,当初から,クラリネットの指導というよりも,原告に対しわいせつ行為を行うことを主たる目的としたものといわざるを得ない。被告は,わいせつ行為を行う目的で個人レッスンを行い,実際に,被告は,原告に対し,個人レッスンの際に何度もわいせつ行為を行っていることに加え,個人レッスンの際に原告が覚えた恐怖心等は重大なものであり,クラリネットの指導の実質があったとは認められないことを考えれば,被告が原告に対し行った個人レッスンは,わいせつ行為を行わなかった個人レッスンも含め,金銭を支払うに値しないものというべきである。したがって,原告が被告に対し支払ったレッスン代は原告の被った損害であるといえる。
 (イ) ところで,原告は,平成17年11月分から平成18年10月分まで合計57回(平成17年11月は月3回,同年12月は月4回,平成18年は各月5回)の個人レッスン代を損害として請求している。
 しかし,平成17年11月については,前記(3)アのとおり,個人レッスンが初めて行われたのが同月下旬であることからして,1回を超えて個人レッスンが行われたと認めることはできない。また,平成17年12月以降については,原告は,平成21年2月5日の時点では,個人レッスンの回数について,基本的に週に1回,月に3回か4回,土曜日か日曜日,時には祝日にレッスンをしたと述べていること(甲7),原告の父親も週に1回の割合であったと述べていること(甲10)などからすると,月に平均4回の割合で行われていたと認めるのが相当であり,これを超える回数が行われたと認めるに足りる証拠はない。(なお,被告は個人レッスンの回数は合計で30回以上であると述べるが,内訳を具体的に述べているわけではなく,上記認定を左右するものではない。)
 (ウ) 上記の個人レッスンの回数を前提とすると,1回あたりのレッスン代は平成17年が8000円,平成18年が1万円であったと認められること(甲19)から,原告が被告に対し平成17年11月から平成18年10月までに支払ったレッスン代は,8000円×5(平成17年11月が1回,同年12月が4回)+1万円×4回×10か月=44万円であり,これは原告の被った損害である。
   イ クラリネット
 原告は,クラリネットの購入代金40万円は,被告のわいせつ行為により原告が被った損害であると主張する。
 しかしながら,原告は,平成16年4月に吹奏楽部に入部した後の高校1年時にクラリネットを購入し(甲19),本件各わいせつ行為後も平成19年3月の卒業時まで吹奏楽部での活動を続けていたこと(甲8),本件各わいせつ行為により原告所有のクラリネットが毀損したなどの事情はないこと,クラリネットを使用しなくなったとしても,原告においてクラリネットを売却することは何ら妨げられないことなどからすると,原告にクラリネット購入代金相当額の損害が発生したとは認めることはできない。
 よって,原告の上記主張は採用することができない。
   ウ クラリネットパーツ(リード)代
 原告は,クラリネットのリード購入代金についても本件各わいせつ行為により原告が被った損害であると主張する。
 しかしながら,本件各わいせつ行為によりリードが毀損したわけではなく,リードは,被告の個人レッスンを受けなくとも,原告がクラリネットを演奏する際に使用して費消したと考えられることからすると,原告にクラリネットのリード購入代金相当額の損害が発生したと認めることはできない。
 よって,原告の上記主張は採用することができない。
   エ 交通費
 原告は,被告からクラリネットの個人レッスンを受けるために交通費を支出したものであるが,前記アのとおり,被告が原告に対し行ったのは個人レッスンの名に値しないものであり,原告が支出した交通費はすべて無駄になったというべきであるから,これは,本件各わいせつ行為により原告が被った損害といえる。
 ところで,前記アのとおり,原告は,被告から計45回の個人レッスンを受けたと認められるが,後記オのとおり,その内6回は厚木市内のカラオケボックスで行われたものである。また,前記1(2)カ,(3)アのとおり,個人レッスンは,a高校においても度々行われていたと認められるところ,被告が,被告の自宅での個人レッスンの回数は3分の2程度であるとの趣旨の供述をしていること(甲17)にかんがみると,被告の自宅での個人レッスンは,30回と認めるのが相当である。そして,原告の家から被告の自宅までの往復交通費は1560円であり,厚木市内のカラオケボックスまでの往復交通費は800円である(甲19)。
 よって,1560円×30+800円×6=5万1600円が原告の被った損害である。
   オ カラオケボックス使用料
 上記エの交通費と同様の理由から,カラオケボックスの使用料として支払った金額も原告の被った損害といえる。
 原告は,カラオケボックスを使用した個人レッスンの回数について,警察から聞いた回数として6回であると述べており(甲19),被告からこれに対する特段の反論もない。したがって,カラオケボックスを使用した個人レッスンの回数については,原告の主張どおり,6回と認めるのが相当である。そして,1回あたりのカラオケボックスの使用料は1500円程度であったと認められる(甲19)ことから,1500円×6=9000円が原告の被った損害である。
  (3) 過失相殺
 被告は,原告が本件各わいせつ行為を拒否できる状況にあったにもかかわらず,これを明確に拒否しなかったことから,被告が本件各わいせつ行為を継続することになったのであるから,原告にも落ち度があり,3割の過失相殺をすべきであると主張する。そこで,以下過失相殺の可否について検討する。
   ア 平成18年9月以後について
 前記1(2)キのとおり,原告は,平成18年9月上旬及び同年9月下旬ころに,被告に対し個人レッスンを止めたいと訴えている。この行動が被告のわいせつ行為を拒否する原告の意思表示であることは誰の目にも明らかであり,原告が被告のわいせつ行為を明確に拒否しなかったとの被告の主張はその前提を欠く。
 したがって,平成18年9月以後については,原告に何ら落ち度は認められない。
   イ 平成18年8月以前について
 (ア) 平成18年8月以前,原告は,被告の個人レッスンを止めたいと述べるなどの行動はとっていない。
 しかしながら,原告が,上記のような行動をとることなく,被告のわいせつ行為を我慢していたのは,前記1(2)ウ,オのとおり,原告に対する恐怖感や被告の個人レッスンを止めると音楽大学の進学が困難になることを怖れていたためである。前記1(1)アのとおり,被告は,指導の際には,日常的に,怒鳴る,譜面台を蹴飛ばす,指揮棒を投げる,楽譜を破るなどの行為を行っていたことから,原告を含む吹奏楽部員からは怖れられていたのであり,そのような被告に対し,当時高校生であった原告が,怒鳴られたり暴力的な行為を受けることを覚悟して,自己の意思を明確に示すことは非常に困難なことであったといえる。また,原告は,目標とする音楽大学の進学のためには,被告から指導を受ける必要があると信じ,被告の理不尽な個人レッスンを耐えなければならないと思い込んでいたものであり,冷静な判断をすることは難しい状態にあったものと認めることができる。
 こうしたことからすると,原告が,被告に対し,被告の個人レッスンを止めると述べたり,わいせつ行為を行う被告に対して明確に拒否の意思を示すなどの行動をとらなかったとしても,それはやむを得ないというべきであり,そのことをもって原告の落ち度ということはできない。
 (イ) なお,被告は,個人レッスン開始後も被告による個人レッスンが嫌であれば他の指導者を紹介すると述べていたと主張するが,これを認めるに足りる証拠はない。仮に,そのような事実が認められるとしても,原告が被告に対し,被告の個人レッスンを止め,別の指導者を紹介してほしいと申し出ることができない状態にあったことは上記(ア)と同様である。したがって,いずれにしても原告に落ち度は認められない。
   ウ 小括
 以上のとおり,原告には何ら落ち度は認められないのであるから,過失相殺をすべきとする被告の主張は採用することができない。
  (4) 弁護士費用
 原告が損害賠償命令申立て及び本件訴訟の提起・追行を原告訴訟代理人弁護士に依頼したことは当裁判所に顕著である。そして,本件事案の性質・内容,本件訴訟の経過,原告の被った損害等に照らせば,被告の本件各わいせつ行為と相当因果関係のある弁護士費用は,40万円と認めるのが相当である。
  (5) 合計
 以上の合計440万0600円が,被告の本件各わいせつ行為により生じた原告の損害である。
 3 結論
 以上のとおり,原告の請求は,440万0600円の限度で理由があるからこれを認容し,その余は理由がないから棄却することとして主文のとおり判決する。
 (裁判長裁判官 本間健裕 裁判官 田口治美 裁判官 小野本敦)

歯科助手に対する強制わいせつ致傷で有罪判決(懲役3年執行猶予4年)を受けた歯科医について歯科医師免許の取消処分取消請求事件(東京地裁R03.10.19)

歯科助手に対する強制わいせつ致傷で有罪判決を受けた歯科医について歯科医師免許の取消処分取消請求事件(東京地裁R03.10.19)
 刑事事件の方は示談未了で執行猶予になったようです。
 処分事例集をみると、院内のセクハラ事案も重い行政処分になっています。

歯科医師免許の取消処分取消請求事件
東京地方裁判所令和元年(行ウ)第368号
令和3年10月19日民事第51部判決
口頭弁論終結日 令和3年5月13日
       判   決
被告 国
代表者法務大臣 B
処分行政庁 厚生労働大臣 C
指定代理人 別紙1指定代理人目録記載のとおり


       主   文

1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。


       事実及び理由

第1 請求
 厚生労働大臣が原告に対して令和元年6月27日付けでした,歯科医師免許を取り消す旨の処分を取り消す。
第2 事案の概要
 本件は,歯科医師の免許を有し,矯正歯科クリニック(以下「本件クリニック」という。)を経営していた原告が,同クリニックの歯科助手であった女性(以下「被害者」という。)に対する強制わいせつ致傷の罪により有罪判決を受けたことを理由に,厚生労働大臣(処分行政庁)から,歯科医師法(令和元年法律第37号による改正前のもの。以下同じ)7条2項3号に基づき歯科医師免許を取り消す旨の処分(以下「本件処分」という。)を受けたことから,被告を相手に,本件処分の取消しを求める事案である。
1 関係法令の定め
 本件に関係する歯科医師法の定めは別紙2に記載したとおりである。
2 前提事実(争いのない事実,顕著な事実並びに掲記の証拠及び弁論の全趣旨により容易に認められる事実)
(1)原告について
 原告(昭和49年○月○○日生)は,平成15年5月21日,厚生労働大臣から,歯科医師法2条,6条に基づき歯科医師免許(以下,単に「免許」ということがある。)を付与され,医療法人の理事長として,市内に矯正歯科クリニック(本件クリニック)を開設し,その院長として矯正歯科診療を行っていた(甲2,4,13)。
(2)原告が受けた有罪判決及び被害者との示談について(甲2,8)
ア 原告は,平成27年7月2日,大津地方裁判所において,強制わいせつ致傷罪により懲役3年,執行猶予4年の有罪判決(以下「本件有罪判決」といい,この刑事事件を「本件刑事事件」という。)を受け,同月16日に同判決は確定した。
 本件有罪判決において認定された罪となるべき事実は,原告が,平成25年9月29日に本件クリニックでの仕事を終えた後,同クリニックの歯科助手であった女性(被害者)と午後6時30分頃から午後11時過ぎ頃までの間,2件の飲食店で飲酒するなどし,その後,本件クリニックが所在するマンション(以下「本件マンション」という。)の敷地まで戻った同日午後11時20分頃,同敷地内において,被害者に抱き付いて壁に押し付けた上,その唇や頚部に接吻し,着衣内に手を差し入れて被害者の陰部を直接触り,その際,抵抗する被害者をその場に転倒させ,全治約10日間を要する頚部挫傷,右股関節挫傷,右下腿挫傷,左膝関節挫傷の傷害を負わせた(以下「本件犯行」という。)というものである。
 本件有罪判決では,原告は,本件犯行の際,約10分間にわたり被害者の陰部を直接触った上,執拗に被害者を本件マンションに連れ込もうとしていたものであり,被害者は,これらの際に原告から逃げようとして転倒したものと認定されている。
イ 原告は,平成27年7月16日,本件刑事事件に関して被害者との間で示談をし,300万円の慰謝料を支払った。
(3)本件処分及び本件訴えに至る経緯等
ア 厚生労働大臣は,歯科医師法7条5項に基づき,平成31年4月17日,滋賀県知事に対し,原告に対する意見聴取を行うよう求め,同知事は,令和元年5月15日に原告に対する意見聴取を実施し,その結果を踏まえ,同月20日,同大臣に対し,意見の聴取に係る報告書を提出した。同報告書には,原告が被害者との間で示談したことについての記載がある。(甲5,乙1,2)
イ 厚生労働大臣は,歯科医師法7条4項に基づき,令和元年6月26日,原告に対する処分について,医道審議会(医道分科会。以下同じ)に諮問し,医道審議会は,同月27日,原告に対しては免許の取消しが相当である旨の答申をした(乙3~5)。
ウ 厚生労働大臣は,令和元年6月27日付けで,原告に対し,歯科医師法7条2項3号に基づき免許を取り消す旨の処分(本件処分)をした。本件処分に係る命令書(以下「本件命令書」という。)は,理由欄に「強制わいせつ致傷により,懲役3年,執行猶予4年の刑が確定したため」と記載されていたほか,原告の免許を「平成31年2月13日をもって」取り消すとの記載(以下「本件始期の定め」という。)があった。本件命令書は,令和元年7月3日に原告に到達した。(甲1)
 一方,厚生労働大臣は,令和元年6月27日に厚生労働省のホームページに掲載した本件処分に係るプレスリリース(以下「本件プレスリリース」という。)においては,本件処分の効力発生日につき同年7月11日と記載していた(乙14)。
エ 原告は,令和元年7月16日,本件訴えを提起した(顕著な事実)。
オ 厚生労働大臣は,令和元年8月7日付けで,原告に対し,本件命令書の記載のうち「平成31年2月13日をもって」と記載されていた部分(本件始期の定め)については明白な誤りであり,「令和元年7月11日をもって」が正しい記載であるので補正する旨の書面(以下「本件補正書」という。)を送付した(乙6)。
3 争点
 本件の争点は,本件処分の適法性であり,具体的には,〔1〕本件命令書に本件始期の定めが記載されていたこと(以下「本件記載」ということがある。)は,本件処分を取り消すべき瑕疵に当たるか否か,〔2〕原告に対して歯科医師免許取消処分(以下「免許取消処分」ということがある。)を選択したことにつき,厚生労働大臣がその裁量権の範囲を逸脱し,又はこれを濫用したものといえるか否かである。
4 当事者の主張
 争点に関する当事者の主張の要旨は,別紙3記載のとおりである。なお,別紙で定義した略語は本文においても用いる。
第3 当裁判所の判断
 当裁判所は,本件始期の定めに係る本件記載は本件処分を取り消すべき瑕疵には当たらず,また,原告に対して免許取消処分を選択したことにつき,厚生労働大臣による裁量権の範囲の逸脱又はその濫用があるとは認められないから,本件処分は適法であって,原告の請求は理由がなく棄却すべきものと判断する。その理由の詳細は以下のとおりである。
1 争点1(本件記載は本件処分を取り消すべき瑕疵に当たるか否か)について
(1)ア 歯科医師法上,同法7条2項3号に基づく免許取消処分の効力発生時期について定めた規定はなく,同処分をする場合にその効力発生時期につき別段の定めを設けるか否か,設けるとした場合にどのように定めるかは,厚生労働大臣の裁量に委ねられているものと解される。そこで,厚生労働大臣が効力発生時期を定めずに免許取消処分をした場合には,その効力は同処分に係る命令書が被処分者に到達した時点において発生するが,特定の時点を効力発生時期と定めて免許取消処分をした場合には,その効力は同時点において発生することとなる。
 ところで,本件においては,本件処分に係る命令書(本件命令書)に効力発生時期の定め(本件始期の定め)が記載されているものの,その定めは本件命令書の作成日付である令和元年6月27日よりも4か月以上前の平成31年2月13日とされていることから,本件始期の定めの効力及びこれに伴う本件処分への影響が問題となる。
イ 歯科医師法7条2項3号に基づく免許取消処分は,歯科医師が同法4条各号に定める欠格事由のいずれかに該当し,又は歯科医師としての品位を損するような行為のあったときに,当該歯科医師に与えた免許を取り消すものであり,免許を取り消された者は同法17条により歯科医業を行うことができない。また,その者がこれに違反して歯科医業を行う場合には,同法29条1号に定める罰則の適用対象となる。
 このような免許取消処分の内容・性質に鑑みると,同処分は将来に向かって免許の取消しの効力を発生させるものであり,厚生労働大臣は,命令書の作成日付より前に遡って免許取消処分の効力発生時期を定める権限を有するものではない。したがって,本件命令書の作成日付より前の日付を効力発生時期とする本件始期の定めは明らかな誤記であり,無効であるというべきである。
ウ そうすると,本件処分は,効力発生時期を定めずにされた免許取消処分というべきであるから,同処分の効力は,上記アに説示したところに照らし,本件命令書が原告に到達した時点(令和元年7月3日)において生じたものと解するのが相当である。
(2)効力発生時期に関する被告の主張について
 被告は,行政庁の意思決定と表示が一致しない場合に,その誤りが外形上明らかなときは,行政庁の真意に従って行政処分の効力が認められると解すべきであるから,本件処分の効力発生時期は厚生労働大臣の真意である令和元年7月11日と解すべきである旨主張する。
 しかしながら,上記(1)ウに説示したとおり,本件始期の定めが無効である以上,本件処分は効力発生時期を定めずにされたものと解するべきであって,本件始期の定めと異なる効力発生時期の定めがあったものと解することはできない。そもそも,本件命令書の作成日付より前の日を効力発生時期として定める旨の本件記載が明らかな誤記であるとしても,本来記載すべき効力発生時期の日付が被告の主張する令和元年7月11日であったことは本件命令書の記載から読み取ることができない。被告は,被処分者への便宜のため処分告知から効力発生時期までの間に若干の猶予期間を設ける行政実務の運用や,本件処分についても同運用に従って令和元年7月11日を効力発生時期とすることが企図され,本件プレスリリースでもその旨の公表がされたことを挙げるが,上記(1)イに説示したような免許取消処分の内容・性質に鑑みれば,厚生労働大臣が効力発生時期を定めて免許取消処分をする場合には,その定めは同処分に係る命令書の記載上明確でなければならないというべきである。
 したがって,本件処分の効力発生時期に関する被告の主張は採用することができない。
(3)本件処分の効力に関する原告の主張について
 原告は,本件始期の定めが無効である以上,本件処分もこれと不可分一体のものとして,あるいは,効力発生時期の特定を欠く処分となることによって,違法,無効となる旨主張する。
 しかしながら,上記(1)アに説示したとおり,歯科医師法7条2項3号に基づく免許取消処分において効力発生時期につき別段の定めを設けることは必要的ではなく,効力発生時期を定めるか否かは厚生労働大臣の裁量に委ねられているのであるから,本件始期の定めが無効となったことで効力発生時期の定めが欠けることになったとしても,これにより本件処分自体の効力に影響を及ぼすこととなるものとは解されない。また,上記(1)アのとおり,厚生労働大臣が効力発生時期を定めずに免許取消処分をした場合には,その効力は同処分に係る命令書が被処分者に到達した時点において生ずるのであるから,本件処分が効力発生時期の定めを欠くことによりその効力がいつ発生するかの特定ができないこととなるものでもない。
 なお,このように解した場合には,本件命令書に記載された日付とは異なる時点で本件処分の効力が生ずることとなるが,本件命令書の作成日付より前の日付を効力発生時期とする本件始期の定めが明らかな誤記であり,無効であることは上記(1)イに説示したとおりであるから,これにより被処分者である原告に不測の損害をもたらすものということはできない。
 以上によれば,本件処分の効力に関する原告の主張は採用することができず,本件始期の定めが無効であることによって本件処分を取り消すべき瑕疵が生ずるものと解することはできない。
2 争点2(原告に対して免許取消処分を選択したことにつき,厚生労働大臣がその裁量権の範囲を逸脱し,又はこれを濫用したものといえるか否か)について
(1)原告は,本件有罪判決により懲役3年,執行猶予4年の刑に処せられ,歯科医師法4条3号の欠格事由に該当することとなった(前提事実(2)ア)。
 歯科医師法7条2項は,歯科医師が「罰金以上の刑に処せられた者」(同法4条3号)に該当するときは,厚生労働大臣は,〔1〕戒告,〔2〕3年以内の歯科医業の停止又は〔3〕免許の取消しをすることができる旨定めている。この規定は,歯科医師が同法4条3号の規定に該当することから,歯科医師として品位を欠き人格的に適格性を有しないものと認められる場合には歯科医師の資格を剥奪し,そうまでいえないとしても,歯科医師としての品位を損ない,あるいは歯科医師の職業倫理に違背したものと認められる場合には,一定期間歯科医業の停止を命ずるなどして反省を促すべきものとし,これによって歯科医業が適正に行われることを期するものであると解される。
 したがって,歯科医師歯科医師法4条3号の規定に該当する場合に,免許を取消し,又は歯科医業の停止を命ずるかどうかということは,当該刑事罰の対象となった行為の種類,性質,違法性の程度,動機,目的,影響のほか,当該歯科医師の性格,処分歴,反省の程度等,諸般の事情を考慮し,同法7条2項の規定の趣旨に照らして判断すべきものであるところ,その判断は,医道審議会の意見を聴く前提のもとで歯科医師免許の免許権者である厚生労働大臣の合理的な裁量に委ねられているものと解するのが相当である。それゆえ,厚生労働大臣がその裁量権の行使としてした免許取消処分は,それが社会観念上著しく妥当を欠いて裁量権を付与した目的を逸脱し,これを濫用したと認められる場合でない限り,その裁量権の範囲内にあるものとして,違法とならないものというべきである(最高裁昭和63年判決参照)。
(2)そこで検討すると,本件犯行の罪名である強制わいせつ致傷罪は,法定刑が無期又は3年以上の懲役であり(刑法181条1項),性犯罪の中でも特に重い法定刑が定められている(同法第22章参照)。
 本件犯行の態様についてみると,原告は,本件クリニックの歯科助手という立場にあった被害者に対し,夜間における本件マンションの敷地内において,抱き付いて壁に押し付けた上,その唇や頚部に接吻し,約10分間にわたり被害者の陰部を直接触るというわいせつ行為に及ぶとともに,被害者を執拗に本件マンションに連れ込もうとし,これらの際に被害者を転倒させるなどして傷害を負わせたというものであって,相当に悪質で,違法性の程度が高いものであり,本件有罪判決においても懲役3年,執行猶予4年の刑に処せられ,比較的長期間の執行猶予が付されている。
 これらの犯行は計画的に行われたものではないものの,原告の経営する医療法人が雇用する被害者に対し,原告からの誘いを断りにくい状況下で長時間の飲食を共にし,飲酒の影響もあって犯意を生ずるに至ったものである(甲2)から,犯行に至る経緯に照らしても非難の程度が減ずるような事情は見られない。また,本件有罪判決に示された証拠関係や犯行当時の状況に照らすと,原告は,被害者が履いていたスキニーズボンのボタンを外し,ズボン及び下着の中に手を差し入れて陰部を直接触ったものと認められ,また,抵抗する被害者を本件マンションに連れ込もうとして被害者を転倒させたものと認められるところ,このような行為自体が,被害者の身体及び心情を著しく軽視するものとをいわざるを得ない。
 このように,原告は,患者の身体を直接預かる資格である歯科医師という立場にありながら,上記のとおり悪質な犯行に及び,その社会的信用を失墜させ,また,他人の身体及び心情を著しく軽視した行為をしたといえるのであるから,歯科医師として求められる品位を欠き,人格的に適格性を有しないとの評価を受けてもやむを得ない。
 そうすると,原告の主張する原告に有利な諸事情(本件犯行が計画的であったとは認められないこと、被害者の致傷結果が比較的軽微なものであったこと,本件有罪判決宣告後に被害者との間で示談が成立し,300万円の慰謝料が支払われたこと,原告に前科や処分歴がないこと,原告が本件犯行について反省の態度を示していること,複数の歯科医師等から原告の免許取消しに関する嘆願書が提出されていること〔甲9~16〕など)を踏まえても,厚生労働大臣医道審議会の意見を踏まえて免許取消処分を選択したことについて,社会観念上著しく妥当性を欠くとはいえず,その裁量権の範囲を逸脱し,又はこれを濫用したものと認めることはできない。
(3)原告の主張について
ア 原告は,本件始期の定めがあることにより,本件処分は社会観念上著しく妥当性を欠くものであり,厚生労働大臣裁量権の範囲を逸脱し,又はこれを濫用したものである旨主張する。 
 しかしながら,前記1(1)に説示したとおり,本件始期の定めが無効であるからといって,本件処分自体が違法となるものではなく,無効な本件始期の定めがあることは裁量権の範囲の逸脱又は濫用を基礎付けるものとはならないから,原告の上記主張は採用することができない。
イ 原告は,本件犯行につき,凶器を用いていないことから暴行は軽微であり,致傷結果も軽微であり,計画性もなかったこと,被害者との間で示談が成立しているが本件有罪判決の後であったためその量刑には織り込まれていないこと,原告が飲酒をやめ反省していること,前科や処分歴がないこと等の事情を踏まえると,原告に対する処分は歯科医業の停止で十分である旨主張する。
 しかしながら,原告が本件犯行に凶器を用いていないからといって,その犯行が軽微なものとはいえないことは,前記(2)の説示に照らし明らかである。
 また,被害者との示談は本件有罪判決の後に成立しているものの,同判決では,原告が被害者に対する賠償金の支払のために300万円を準備していることも考慮して原告に対し刑の執行を猶予するものとしているのであり,他方,本件犯行の犯情に照らせば酌量減軽をして法定刑の下限を下回る刑を選択すべきではなく執行猶予期間も比較的長期間とするのが相当であるとして懲役3年,執行猶予4年という量刑が定められたものである。そうすると,仮に,被害者との示談が本件有罪判決前に成立し,量刑において考慮されていたとしても,上記と異なる量刑とはならない可能性も十分に考えられ,本件処分において,厚生労働大臣が,本件有罪判決の量刑を前提としつつ,同判決後の示談成立等の事情も考慮した上で免許取消処分を選択したことが,裁量権の範囲の逸脱又は濫用を基礎付けるものとはいえない。
 そのほかに原告が主張する事情は,いずれも前記(2)に説示したとおり,本件犯行の違法性の程度等の事情を踏まえてもなお原告に対し免許取消処分を選択したことが社会通念上著しく妥当性を欠くものとするに足りるものとはいえない。
 よって,原告の上記主張は採用することができない。
ウ また,原告は,医師・歯科医師が強制わいせつ致傷罪又は強制わいせつ罪(準強制わいせつ罪を含む。以下同じ)を犯した場合の行政処分例と比較すると,本件処分は不当に重い処分であって,平等原則に反する旨主張する。
 しかしながら,そもそも事案の異なる行政処分例を単純に比較して処分の軽重を論ずることは困難である。この点をおき,原告が指摘する他の行政処分例と比較してみても,原告が強制わいせつ致傷罪で懲役3年,執行猶予4年の有罪判決を受けていることや,前記(2)に説示した本件犯行の違法性の程度等に照らせば,本件処分が不当に重いということはできず,平等原則違反をいう原告の主張は採用することができない。
エ 原告は,免許取消処分は歯科医師にとって最も重い処分であるところ,本件指針(甲6)において,「診療の機会に医師,歯科医師としての立場を利用したわいせつ行為などは,国民の信頼を裏切る悪質な行為であり,重い処分とする。」と記載されていることからすれば,上記類型の行為に該当しない本件犯行に対しては,免許取消処分以外の処分が選択されるべきであり,本件処分は比例原則に反する旨主張する。
 しかしながら,本件指針(甲6)は,医道審議会行政処分に関する意見を決定するに当たっての基本となる一定の考え方を示したものであり,そこには「わいせつ行為は,医師,歯科医師としての社会的信用を失墜させる行為である」とあるところ,本件指針における該当部分は,強制わいせつ,売春防止法違反,青少年保護育成条例違反等のわいせつ行為一般についての考え方を示したものであり,原告の指摘する記載部分は上記わいせつ行為一般について特に重い処分にすべき場合を例示したものにすぎず,「基本的には司法処分の量刑などを参考に決定する」とも記載されていることにも照らせば,本件指針において,原告主張のように診療の機会に直接,歯科医師としての立場を利用してされた行為に当たらない場合は免許取消処分以外の処分を選択するという考え方が示されているとはいえない。
 したがって,比例原則違反をいう原告の上記主張は,その前提を欠くものであって採用することができない。
3 まとめ
 以上によれば,本件記載は本件処分を取り消すべき瑕疵には当たらず,また,原告に対して免許取消処分を選択したことにつき,厚生労働大臣による裁量権の範囲の逸脱又はその濫用があるとも認められないから,本件処分は適法である。
第4 結論
 よって,原告の請求は理由がないから,これを棄却することとして,主文のとおり判決する。
東京地方裁判所民事第51部
裁判長裁判官 清水知恵子 裁判官 横地大輔 裁判官 定森俊昌

(別紙1)指定代理人目録《略》
(別紙2)歯科医師
(別紙3)当事者の主張の要旨

メール等で遠隔操作で自慰行為をさせる行為は、わいせつ行為とか、わいせつ行為を教えるとか、性交類似行為と評価される

 強制わいせつ罪の関係で「わいせつ行為」と評価された裁判例が増えてるので、青少年条例の関係でも「わいせつ行為」とされる傾向ですよね。

高知地裁R2.10.28
A(13)が、青少年であることをしりながら
被告人方において
被告人のpc使用して ブラウザ会議システム○○のビデオ通話機能及びチャットを利用してa方のaとビデオ通話中に、aに指示して aが使用するタブレット端末に内蔵されたカメラの前で、乳房陰部等を露出させその乳房をもませて 陰部を指で開いて触らせるなどしてもって青少年にわいせつ行為をさせた
○○県青少年条例違反
・・・
伊丹簡裁R2.11.2
○○市においてLINEを用いて、同児童に対して、同児童が使用するスマホに、
肛門にマジックに突っ込め
出し入れしろ
などとメッセージを送信して、
そのころ××市内にいた同児童に閲読させ、もって、青少年に対してわいせつな行為を教えたものである。
○○県青少年条例違反
・・・
札幌地裁H29.11.15
B(17) 児童であることを知りながら
チャットレディとして雇用し
Bをして前記ライブの映像配信システムを利用して電気通信回線を通じて即時配信する方法により、不特定又は多数の視聴者に向け、陰部にバイブを挿入するなどの自慰行為をさせ、もって児童をして性交類似行為させる行為をした(児童淫行罪)
・・・
東京地裁
a(19)に強制わいせつ行為をしようと企て
被告人方周辺において
架空の第三者を装い 被告人の携帯電話からaの携帯電話機に
脅迫文言
などの文言を内容とする電子メールを送信して
いずれもそのころ前記各メールをaに閲読させ脅迫して、その犯行を著しく困難にしたうえ いずれもそのころ a方において aをして着衣を脱いで陰部や乳房を露出させた姿態を同人が使用する携帯電話機のカメラ機能で撮影させ その各画像を被告人が使用する前記携帯電話に送信させた
強制わいせつ罪(176条前段)
・・・
高松地裁H28.6.2
強いてわいせつ行為しようと企て
被告人方 a12に 被告人の携帯電話から LIN利用して 
脅迫文言
○県の同人に閲読させ着衣をぬぎパンツの中に手を差し入れさらにパンツも脱ぎその姿態を撮影することを要求して
その要求に応じなければLINEや写真を流布させることを告知して 畏怖させ
同人に着衣脱がせて上半身裸にしてパンツ内に手を入れさせ、さらにパンツを脱がせてそれぞれ上半身裸の写真 パンツ内に差し入れた写真 陰部の写真を児童の携帯で撮影させた上 同画像データを被告人の携帯電話に順次送信させ
もって 強いてわいせつ行為した

臀部が性的部位であることから臀部への接触が原則的に性的意味を有するということはできないのであり,本件各行為は,男性である被告人が男子小学生の臀部を1回軽く叩くという行為態様からすると,卑わいな言動に当たると解することは困難である。(神戸地裁r031130)

臀部を着衣の上から手で触ったこと,その態様がいずれも1回軽く叩くというものであった

神戸地裁令和 3年11月30日公衆に著しく迷惑をかける暴力的不良行為等の防止に関する条例違反被告事件
主文
 被告人は無罪。
理由
 1 本件公訴事実の要旨は,「被告人は,第1 令和3年3月24日午後2時36分頃,神戸市〈以下省略〉a店において,A(当時10歳)に対し,その臀部を着衣の上から手で触り,第2 同日午後2時40分頃,同店において,B(当時10歳)に対し,その臀部を着衣の上から手で触り,もって公共の場所において,人に対する,不安を覚えさせるような卑わいな言動をした」というものである。
 被告人が公訴事実記載の日時場所においてA及びBの臀部を着衣の上から手で触ったこと,その態様がいずれも1回軽く叩くというものであったことは証拠上容易に認められ,当事者間にも争いがない(公訴事実記載の各行為を以下「本件各行為」という。)。その状況は次のとおりである。
  (1) 被告人は現場となったコンビニエンスストアの男性店員であり,A及びBはいずれも客として同店を訪れた男子小学生である。Aは被告人と初対面であり,Bは被告人を何度か見かけたことがある程度であった。
  (2) 本件当日,A及びBは他の男女の小学生とともに十数名で現場店舗を訪れた。
  (3) 被告人は,本件各行為に先立ち,別の男子小学生3名の臀部を触った。
  (4) 被告人は,通路に立っていたAに背後から近付き,臀部を無言で軽く叩いた(公訴事実第1)上,その横を通り過ぎた。Aはその場から店を出て敷地外まで走り去り,間もなく付近の交番に行って被害申告をした。
  (5) 被告人は,店内を歩いていたBを手招きで呼び寄せ,後ろを向いてと言って背を向けさせた上,臀部を軽く叩いた(公訴事実第2)。Bは間もなく付近の交番に行って被害申告をした。
  (6) Bの被害申告に先立ち,上記(3)の小学生のうち1名以上も,付近の交番に行って被害申告をした。
 2 公衆に著しく迷惑をかける暴力的不良行為等の防止に関する条例(兵庫県)3条の2第1項は「何人も,公共の場所又は公共の乗物において,次に掲げる行為をしてはならない。」と定め,同項第1号は「人に対する,不安を覚えさせるような卑わいな言動」と定める。
 ここにいう卑わいな言動とは,社会通念上,性的道義観念に反する下品でみだらな言語又は動作をいい,その該当性は行為態様や犯行当時の状況,被害者及び被告人の関係等の客観的事情に照らして判断すべきであって,性的な動機や目的があることを要しないと解すべきである(以上は検察官が主張するとおりであり,弁護人もこれと相反する主張をするものではないと解される。)。また,卑わいな言動該当性は,当該事案の具体的状況を前提として,被害者の立場に置かれた一般通常人を基準に判断すべきである。
 当裁判所は,以上の見地に立って,本件各行為は卑わいな言動に該当しないと判断した。その理由は以下のとおりである。
 3 検察官が主張するとおり,臀部は性的な部位である。児童買春,児童ポルノに係る行為等の規制及び処罰並びに児童の保護等に関する法律2条3項3号,私事性的画像記録の提供等による被害の防止に関する法律2条1項3号も,臀部を性的部位と定めている。
 しかし,大多数の男性の性的対象は女性であると認識されているから,男性の男性に対する身体的接触が性的意味を有すると認識される度合いは小さいと考えられる。また,臀部の性的意味の程度は,性的部位の中では比較的低く,また,女性よりも男性の方が低いと考えられ,臀部を叩くという行為は,特に男性に対しては,冗談,励まし,注意,体罰など,様々な意味でなされることがあり得る。
 そうすると,臀部が性的部位であることから臀部への接触が原則的に性的意味を有するということはできないのであり,本件各行為は,男性である被告人が男子小学生の臀部を1回軽く叩くという行為態様からすると,卑わいな言動に当たると解することは困難である。
 これに対し検察官は,本件条例は性別を限定しておらず,性的平等が重視される現在の社会において,客観的に卑わいな言動と評価されるべき行為は,対象者の性別にかかわらず卑わいな言動と評価すべきであり,まして小学生の段階では性差も未だ顕著ではないと主張する。しかし,ある者が行為者の性的対象にされていると認識されるか否かや,身体のある部位が持つ性的意味の程度は,それが小学生である場合を含め,性別により現実に差があると考えられるから,対象者の性別により卑わいな言動該当性は異なり得る。
 被告人とA及びBとの関係や,被害前の状況からして,被告人がA及びBに触ることを正当化する事情がなく,A及びBには臀部を叩かれる合理的理由がないこと,被害後のA及びBの行動からして,本件各行為が嫌悪感や不安感を感じさせる行為であったと認められることは,検察官が主張するとおりである。しかし,検察官が指摘する点は,本件各行為が性的道義観念に反し下品でみだらなものであることまで基礎付けるものではない。
 被告人は,公判廷において,Aの臀部を叩いたのは通路を空けるように促す目的であり,Bの臀部を叩いたのは店内を走り回るグループの一員として注意する目的であったと供述するのに対し,検察官は,被告人の供述は信用できず,被告人はA及びBの臀部を触ること自体を目的としていたと主張する。しかし,前述のとおり卑わいな言動該当性は客観的事情に照らして判断すべきであるから,検察官の主張はこれを左右しない。
 なお,被告人が本件各行為に先立ち別の男子小学生3名の臀部を触った事実は,当該行為が性的意味を有する態様で行われ,かつ,A及びBがそのことを認識していたなどの事情を認めるに足りる証拠のない本件では,本件各行為を卑わいな言動と認める根拠にならない。
 4 よって,刑事訴訟法336条により,主文のとおり判決する。
 (求刑 罰金30万円)
 神戸地方裁判所第1刑事部
 (裁判官 安西二郎)

「被害児童が13歳未満の者であることを知りながら,同日■(省略)■同校■において,自己の陰茎を露出して被害児童の面前で見せつけるなど」というわいせつ行為(延岡支部r4.2.25)


 わいせつの定義はないので、いちいち聞いて下さい。
「本件行為は,自己の陰茎という性器そのものを被害児童の面前で露出するものであり,それ自体強い性的意味合いを有している。しかも,被告人は,約20分間という長時間にわたり,自己の陰茎を被害児童に見せつけ続け,その間,着席した状態の被害児童の肩付近から約10cmという至近距離まで接近させるなどしたというのである。そして,本件行為が教室内での1対1の授業中に行われたことや,教師とその生徒という関係性,被害児童の年齢等に照らせば,被害児童はその場を離れることが心理的に困難な状況であった。このように本件行為そのものの性的性質に加え,本件行為の行われた具体的状況等をも考慮すれば,」というのであれば、それも訴因で主張してもらわわないと。

宮崎地方裁判所延岡支部
令和4年2月25日判決

(罪となるべき事実)
 被告人は,令和3年4月■日当時,宮崎県■(省略)■学校の教諭であったが,同校生徒の■(当時12歳。以下「被害児童」という。)にわいせつな行為をしようと考え,被害児童が13歳未満の者であることを知りながら,同日■(省略)■同校■において,自己の陰茎を露出して被害児童の面前で見せつけるなどし,もって13歳未満の者に対し,わいせつな行為をした。
(証拠の標目)
(法令の適用)
罰条 刑法176条後段
執行猶予 刑法25条1項
訴訟費用不負担 刑訴法181条1項ただし書
(法令の適用に関する補足説明)
 被告人の本件行為が刑法176条後段の「わいせつな行為」に当たると判断した理由について説明する。
 本件行為は,自己の陰茎という性器そのものを被害児童の面前で露出するものであり,それ自体強い性的意味合いを有している。しかも,被告人は,約20分間という長時間にわたり,自己の陰茎を被害児童に見せつけ続け,その間,着席した状態の被害児童の肩付近から約10cmという至近距離まで接近させるなどしたというのである。そして,本件行為が教室内での1対1の授業中に行われたことや,教師とその生徒という関係性,被害児童の年齢等に照らせば,被害児童はその場を離れることが心理的に困難な状況であった。このように本件行為そのものの性的性質に加え,本件行為の行われた具体的状況等をも考慮すれば,本件行為は,性的意味合いが相当強いものといえるから,刑法176条後段の「わいせつな行為」に当たることは明らかである。
(量刑の理由)
 
令和4年2月25日
宮崎地方裁判所延岡支部
裁判長裁判官 大淵茂樹 裁判官 中出暁子 裁判官 高木航

鹿児島県警察本部3階中会議室において,自己の性的好奇心を満たす目的で,児童ポルノである画像データ4点及び動画データ1点を記録したスマートフォン1台を所持した(鹿児島地裁r03.10.26)

 撮影した時とか、ダウンロードした時点であれば、自己の性的好奇心を満たす目的で所持していた時点はあったと思うんですが、警察本部に取調に呼ばれた時点では、自己の性的好奇心を満たす目的というのはあるのかなあと思うんですよ。

鹿児島地裁令和 3年10月26日
事件名 住居侵入,建造物侵入,児童買春、児童ポルノに係る行為等の規制及び処罰並びに児童の保護等に関する法律違反被告事件

 
 上記被告人に対する住居侵入,建造物侵入,児童買春、児童ポルノに係る行為等の規制及び処罰並びに児童の保護等に関する法律違反被告事件について,当裁判所は,検察官福林千博及び私選弁護人穂村公亮(主任)各出席の上審理し,次のとおり判決する。 
理由
 【罪となるべき事実】
 被告人は,
 第1 正当な理由がないのに,令和元年6月9日午前1時5分頃,鹿児島県a警察署長Bが看守する鹿児島県奄美市〈以下省略〉同警察署3階女性用更衣室兼仮眠室に,不正に入手した合い鍵を使用して出入口ドアの施錠を解いて侵入した
 第2 正当な理由がないのに,同年9月2日午前0時53分頃,前記女性用更衣室兼仮眠室に,無施錠の出入口ドアから侵入した
 第3 被害者A(氏名は別紙記載のとおり)の私生活をのぞき見る目的で,令和2年2月5日午後10時44分頃,同市〈以下省略〉b職員宿舎502号の当時の同人方に,合い鍵を使用して玄関ドアの施錠を解いて侵入した
 第4 自己の性的好奇心を満たす目的で,令和3年4月3日,鹿児島市〈以下省略〉鹿児島県警察本部3階中会議室において,衣服の全部又は一部を着けない児童の姿態であって,殊更に児童の性的な部位が露出され又は強調されているものであり,かつ,性欲を興奮させ又は刺激するものを視覚により認識することができる方法により描写した児童ポルノである画像データ4点及び動画データ1点を記録したスマートフォン1台を所持した
 ものである。
 【証拠の標目】
 【法令の適用】
 被告人の判示第1ないし第3の各所為はいずれも刑法130条前段に,判示第4の所為は児童買春、児童ポルノに係る行為等の規制及び処罰並びに児童の保護等に関する法律7条1項前段,2条3項3号にそれぞれ該当するところ,判示各罪についてそれぞれ懲役刑を選択し,以上は刑法45条前段の併合罪であるから,刑法47条本文,10条により刑及び犯情の最も重い判示第3の罪の刑に法定の加重をした刑期の範囲内で被告人を主文掲記の懲役刑に処し,情状により刑法25条1項を適用してこの裁判が確定した日から主文掲記の期間その刑の執行を猶予することとする。
 【量刑の理由】
 本件は,現役の警察官であった被告人が,①当直勤務中,警察署内の女性用更衣室兼仮眠室に2回にわたって侵入し(判示第1及び第2。以下「建造物侵入事件」という。),②同じ職員宿舎の同僚宅に侵入し(判示第3。以下「住居侵入事件」という。),③児童ポルノである動画データ等を記録したスマートフォンを所持した(判示第4。以下「児童ポルノ所持事件」という。)という事案である。
 被告人は,①建造物侵入事件においては当直という立場を,②住居侵入事件については職員宿舎の管理人という立場を,それぞれ利用して各犯行に及んでいるほか,③児童ポルノ所持事件においても,当時,警察署内の証拠品保管庫に立ち入ることができる立場にあったことを利用し,証拠品であるCD-Rに記録されていた児童ポルノである動画データ等を私用スマートフォンに取り込んだ末に本件犯行に及んだものである。いずれの犯行も,自らの立場への信頼を裏切る卑劣なものであるし,とりわけ,児童ポルノ所持事件については,警察官としての立場を悪用したものであって,警察活動全体に対する住民の信頼をも裏切るものといわざるを得ない。各犯行の動機も,性的好奇心を満たすというものであり,酌むべき点はない。
 これらの犯情に照らすと,被告人の刑事責任を軽視することはできず,本件は懲役刑を選択すべき事案である。
 以上を前提に,①被告人が本件各犯行を認めた上で贖罪寄付をするなど,反省の態度を示していること,②被告人に前科前歴はないこと,③被告人の母親が,公判廷において,今後被告人を監督する旨述べていることなどの事情も踏まえ,被告人については,主文の刑に処した上,今回に限り,その刑の執行を猶予するのが相当であると判断した。
 (求刑 懲役2年)
 鹿児島地方裁判所刑事部
 (裁判官 此上恭平)

自宅内盗撮行為を、卑わい行為として検挙した事例(京都府迷惑行為等防止条例)

自宅内盗撮行為を、卑わい行為として検挙した事例(京都府迷惑行為等防止条例)
 国法(窃視罪)では、他人の住居をのぞいた場合だけが規制されているのに、条例で、自分の住居内の盗撮行為を処罰できるのかという論点があり、京都府京都地検の検察協議でも検討が続いていました。

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h26改正のときの検察協議

昭和二十三年法律第三十九号
軽犯罪法
第一条 左の各号の一に該当する者は、これを拘留又は科料に処する。
二十三 正当な理由がなくて人の住居、浴場、更衣場、便所その他人が通常衣服をつけないでいるような場所をひそかにのぞき見た者

https://www.iza.ne.jp/article/20220412-VE3LMY4QK5JVZNCAZOL6VBZCFU/
男は男女の友人グループを自宅に招いては、少なくとも4年前から自宅トイレなどで20人以上の女性に対し約400回動画を撮影していた。府警のこれまでの任意聴取に対して「性的欲求を満たすため。将来的に(動画を売買して)小遣いも稼ぎたかった」と話しているという。

捜査関係者によると、男は昨年3~12月、自宅のトイレや脱衣場に設置した複数の小型カメラで、友人女性3人を7回盗撮した疑いが持たれている。男はトイレの天井につるした観葉植物や穴をあけた歯磨き粉のチューブなどにカメラを設置し盗撮していたという。

男は撮影した動画をツイッターに投稿していた。動画には女性らの顔も写っており、女性の1人から相談を受けた府警が捜査を進めていた。

京都府迷惑行為等防止条例
(卑わいな行為の禁止)
第3条
3 何人も、住居、宿泊の用に供する施設の客室、更衣室、便所、浴場その他人が通常着衣の全部又は一部を着けない状態でいるような場所にいる他人に対し、第1項に規定する方法で、みだりに次に掲げる行為をしてはならない。
(1) 当該状態にある他人の姿態を撮影すること。
(2) 前号に掲げる行為をしようとして、他人の姿態に撮影機器を向けること。
4 何人も、第1項に規定する方法で第2項に規定する場所若しくは乗物にいる他人の着衣等で覆われている下着等又は前項に規定する場所にいる着衣の全部若しくは一部を着けない状態にある他人の姿態を撮影しようとして、みだりに撮影機器を設置してはならない。

京都府迷惑行為等防止条例逐条解説
2)解説
第3項は、列挙している住居、宿泊の用に供する施設の客室、更衣室、便所、浴場のほか、人が通常着衣の全部又は一部を着けないでいるような場所にいる 「当該状態にある他人の姿態」を盗撮する行為を禁止している。そのほか、盗撮行為を未然防止するため、 当該場所にいる他人に対し、盗撮目的で撮影機器のレンズ部分を向ける行為についても規制の対象とするものである。盗撮目的であれば、 当該行為があった時点で違反が成立し、実際に他人の裸体等が撮影されたことは必要としない。
(3)用語の解釈
ア 「住居」 とは、人の起臥寝食に使用する建物をいい、その居住は、永続的であることを要せず、一時的でもよい。便所や浴室のように人が通常着衣の全部又は一部を着けないでいる場所はもちろんのこと、 リビングや廊下、玄関等であっても、着衣を着けないでいる場合があることから、 ここにいう 「住居」に当たる。したがって、住居内の便所、浴室などは、後述する 「便所」 、 「浴場」等ではなく、 「住居」 として規制されることとなる。
イ 「宿泊の用に供する施設の客室」 とは、宿泊の用に供することができる建物や乗
物内などの客を泊めるための部屋をいう。
具体例としては、
・ ホテルや旅館、民泊の客室
・ 山小屋、バンガローなどの客室
・ ラブホテル、モーテルの客室
・ 宿泊施設が併設されたサービスエリアや合宿所の客室
〔第3条:卑わいな行為〕
寝台列車やフェリーなどの乗物内にある宿泊用の客室
などが想定される。
なお、宿泊の用に供する施設の客室内に設置された「便所」や「浴室」などについては、 「宿泊の用に供する施設の客室」 として規制の対象となる。
ウ 「更衣室」 とは、人が着衣等を着替えるための場所のことであり、会社、学校、病院、 スポーツジム等に設けられている更衣室のほか、洋服店等で試着室として使用されている場所なども該当する。 また、会社内の空き部屋、倉庫等を更衣室として使用している場合も、それらの場所を「更衣室」 として使用している実態がある場合は、 ここにいう 「更衣室」に該当する。
エ 「便所」 とは、公衆便所のほか、学校、会社、官公庁、デパートなどの各種施設に設置されている便所、 イベント会場等で一時的に設けられた仮設便所、新幹線や高速バス等の乗物に設けられた便所など、あらゆる 「便所」が含まれる。
オ 「浴場」 とは、公衆浴場法(昭和23年法律第139号)第1条に規定する公衆浴場、旅館等の大浴場、露天風呂、会社、 スポーツジム、病院等に設けられた浴場などが該当する。浴場は浴室のみならず、脱衣場も含むと解する。
力 「その他人が通常着衣の全部又は-部を着けないでいるような場所」 とは、 「住居」 、 「宿泊の用に供する施設の客室」 、 「更衣室」 、 「便所」 、 「浴場」以外で、人が通常着衣の全部又は一部を着けない状態でいるような場所をいう。
具体例として、キャンプ・場のテント内、デパートやショッピングセンターの授乳室、病院の診察室、エステの施術室、検診車の車内などが該当する。そのほか、学校の教室を体育の授業のために一時的に更衣の場とする場合など、当該場所が行為発生時に「通常」着衣の全部又は一部を着けないでいるような場所に該当する場合があるので、個別に検討する必要がある。
第1号
(1)条文図解
(2)解説
第1号は、通常着衣の全部又は一部を着けない状態でいる他人の姿態を撮影する行為を規制するものである。 したがって、着衣を脱いでいない状態の他人を盗撮した場合は、本号の違反にはならず、第2号の「撮影機器を向ける行為」 を検討することとなる。
(3)用語の解釈
「当該状態にある他人の姿態」 とは、着衣の全部又は一部を着けないでいる状態にある他人の姿態をいい、例えば住居や更衣室等で裸体になっている人、又は着衣を脱ぎつつある人、若しくは着装しつつある人の姿態をいう。ただし、単に上着や靴下などを脱いだだけの姿態を撮影した場合は、 「人前に出れない差恥の姿」 とまでは言い難いため、 ここでいう 「一部を着けないでいる状態」には該当しないと解する。
当該状態にある 他人の姿態を 撮影すること
〔第3条:卑わいな行為〕
第2号:盗撮しようとする行為
(1)条文図解

前号に掲げる行為をしようとして ~ 他人の姿態に撮影機器を向けること

(2)解説
第2号は、盗撮行為を未然防止するため、盗撮目的で、通常着衣の全部又は一部を着けない状態でいるような場所にいる他人に対し、撮影機器を向ける行為を規制の対象とするものである。実際に他人の裸体などが撮影されたことは必要とせず、盗撮目的であれば、他人に撮影機器を向けた時点で違反が成立する。 したがって、盗撮する目的以外の撮影については、規制の対象とならない。
(3)用語の解釈
ア 「前号に掲げる行為」 とは、通常着衣の全部又は一部を着けない状態でいるような場所にいる他人に対し、 当該状態にある他人の姿態を撮影する行為をいう。
イ 「しようとして」 とは、他人の裸体等を盗撮する目的を有していたということである。 したがって、偶然に撮影機器のレンズ部分が女性が着替えている姿の方向に向いてしまった場合などは本号には該当しない。盗撮目的であるかは、行為者の撮影機器に記録された映像、 目撃状況、関係者の供述などから総合的に判断する必要がある。
ウ 「向ける」 とは、盗撮目的で、 「通常着衣の全部又は一部を着けないでいるような場所」にいる他人に対し、撮影機器のレンズ部分を向ける行為である。
(2)解説
第4項は、盗撮行為を未然防止するため、盗撮目的で、撮影機器をあらかじめ設置する行為を規制するものである。実際に他人の下着等や裸体などが撮影されたことは必要とせず、盗撮目的であれば、設置行為があった時点で違反が成立する。具体的には、駅や教室にいる女子高生のスカート内を盗撮するため、撮影機器をセットした鞄を置く行為や、着替えている女性の裸を盗撮するため、銭湯の脱衣場に小型カメラを取り付ける行為などが該当する。
(3)用語の解釈
ア 「第1項に規定する方法で」 とは、他人を著しく差恥させ、又は他人に不安若しくは嫌悪を覚えさせるような方法をいう。
イ 「第2項に規定する場所若しくは乗物」 とは、公共の場所、公共の乗物、事務所、教室、 タクシーのほか、不特定又は多数の者が出入りし、又は利用する場所又は乗物をいう。
ウ 「前項に規定する場所」 とは、住居、宿泊の用に供する施設の客室、更衣室、便所、浴場のほか、人が通常着衣の全部又は一部を着けない状態でいるような場所をいう。
エ 「設置」 とは、撮影する機能を有する機器を身体から離れた状態にして、置いたり、取り付けたりする行為をいう。
実際に他人の裸体などが撮影されたことは要せず、盗撮目的で、撮影機器をみだりに設置した時点で、違反が成立する。

島岡まな「ひそかに児童の姿態を記録した者が当該電磁的記録を別の記録媒体に記録させる行為と児童ポルノ法7条5項の児童ポルノ製造罪」令和3年度重要判例解説 (ジュリスト臨時増刊)

 盗撮後、タビングされて押収されたHDDを没収したいので、複製行為まで製造罪を認めたいというのがこういう判決の本音です。

 単なる複製行為は製造罪ではなく、4項・5項の製造罪には、「写真、電磁的記録に係る記録媒体その他の物に描写することにより」という手段の限定がある。盗撮してきた画像を犯人方で複製するというのは、単なるダビング行為になるので、これが「ひそかに」というのであれば、盗撮以外の児童ポルノ画像をコッソリ複製するのもひそかに製造罪になってしまい、単なる複製行為は製造罪ではないという立法趣旨に反して、広すぎるというのが上告趣意でした。 この最決では「盗撮犯人が」ということで、主体が限定されました。

4前項に規定するもののほか、児童に第二条第三項各号のいずれかに掲げる姿態をとらせ、これを写真、電磁的記録に係る記録媒体その他の物に描写することにより、当該児童に係る児童ポルノを製造した者も、第二項と同様とする。
5前二項に規定するもののほか、ひそかに第二条第三項各号のいずれかに掲げる児童の姿態を写真、電磁的記録に係る記録媒体その他の物に描写することにより、当該児童に係る児童ポルノを製造した者も、第二項と同様とする。

島岡まな「ひそかに児童の姿態を記録した者が当該電磁的記録を別の記録媒体に記録させる行為と児童ポルノ法7条5項の児童ポルノ製造罪」令和3年度重要判例解説 (ジュリスト臨時増刊)
5本決定の意義
本決定は,平成18年決定と共通する判例法理に基づき,①「製造者自身による複製」および②「(ひそかにという)当該手段で作成した電磁的記録の別の記録媒体への記録」は, 5項製造罪に当たるとした。
その結論は, 立法趣旨および保護法益の観点から支持できる。
上述の①主体の制限や②記録の同一性の要件は。7条による法益保護を最大限に目指しつつ.無限定な処罰範囲の拡大に歯止めをかけるぎりぎりの限界点であるように思われる。
他方で。多数説から主張される「犯意の同一性」や「時間的場所的近接性」等,一次的製造行為と一連一体といえる程度の関連性(包括的評価の可能性)を,本決定は明示的に示していない。
前者の犯意はともかく。後者の近接性の過度の強調は, 児童ポルノ根絶に向けて闘う国際水準に照らして疑問であり, それを特に要求しない本決定を支持する。
なぜなら, 盗撮と無関係な第三者を除き(坪井・前掲3045頁),盗撮した本人が同じ画像を他の記録媒体に複製する行為は,撮影直後だろうが1年後であろうが法益侵害性に相違はなく,前述したようなデメリット(立件や没収の困難性等) も合わせ考えれば,時間的場所的近接性を過度に強調した区別の合理的理由は見いだせないからである(包括的評価を必要としつつ時間的場所的近接性は緩やかでよいとするものに, 西貝吉晃・論ジユリ35号226頁)。
したがって,本決定の射程は,上記①②が揃った事案に及ぶと思われる。
一部の学説による,児童に「姿態をとらせる」行為のみが性的虐待で盗撮や複製はそれに当たらないとする解釈は,性的虐待・搾取の意味を狭く捉えすぎている。
情報技術, IoT等の発展に伴う有体物を中心とした立法方法への疑問(西貝・前掲231頁) もさることながら,今も深刻な性的虐待・搾取を受けている多数の児童を犠牲にしてはならないとの人権感覚および国際感覚が,学説に求められている。