児童ポルノ・児童買春・児童福祉法・監護者わいせつ・不同意わいせつ・強制わいせつ・青少年条例・不正アクセス禁止法・わいせつ電磁的記録弁護人 奥村徹弁護士の見解(弁護士直通050-5861-8888 sodanokumurabengoshi@gmail.com)

性犯罪・福祉犯(監護者わいせつ罪・強制わいせつ罪・児童ポルノ・児童買春・青少年条例・児童福祉法)の被疑者(犯人側)の弁護を担当しています。専門家向けの情報を発信しています。

売春代金を払うつもりがないのに、払うと偽って買春行為をした場合の詐欺利得罪の成否

 雑誌から原稿依頼があって、調べて結論を出したら、それなら原稿書かなくていいですということで調べた結果を置いときます。

 否定説(札幌高裁)と肯定説(名古屋高裁)があるんですがどちらも昭和30年以前の事件で、売春防止法施行前です。
 売春防止法違反施行後の行為については、強盗罪の広島地裁s43が否定説です。
 売春代金の詐欺罪は最近も見かけません。

条解刑法 
公序良俗に違反する契約のため民法上対価請求権の認められない場合において,欺く行為によりその請求を免れる行為に関し,裁判例は,売春させた後女子を欺いてその対価の支払を免れた事例につき,詐欺利得罪を認めるもの(名古屋高判昭30・12・13判時69-26)と否定するもの(札幌高判昭27・11・20高集511 2018)とがある(大コンメ2版(13)18参照)。
・・・
判例コンメンタール刑法第3 巻p295
③ 売淫行為をする意思なく、かつ前借金を返済する意思がないのにかかわらずこれあるごとく装い、相手方を欺問して前借金の交付を受ければ、前借契約の民事的効力の如何を拘わず詐欺罪が成立する(最決昭3. 9 ・1 )
もっとも、2 項詐欺については、判例・学説ともに見解が分かれる。
売淫料である遊興代金であっても、欺罔手段によりその支払を免れる行為は、詐欺罪を構成するとする判例(名古屋高昭30 ・12 ・13 ) とこれを否定する判例(札幌高判昭27 ・11 ・20 ) 、なお、2 項強盗について、売春代金は非財産的利益であるとしてその成立を否定した広島地判昭43 . 12 . 24 ) がある。
学説も、売淫の財産的利益自体は認められないとして売淫料を免れる詐欺を否定する説(大塚・各論352 、高橋・大コンメ刑法Ⅱ13・16 、西田 各論186 ほか)と肯定説(同藤各論618 、内田・各論306 、前田 ・各論238 、大谷・各論280 ほか)に分かれるほか、そもそも民事上保護されない利益については2 項詐欺の客体から除外すべきであるとする有力説がある(山口・各論244) 。
売淫料のように公序良俗に反するものは、法的保護に依せず、本罪にいう財産上の利益とは認めがたいといえよう。もっとも、売淫料を免れるために暴行を加えて致傷の結果を生じさせた場合に、これを単なる傷害(致死)として擬律することには若干の躊躇があるが、少なくとも、人の生命・身体に危険が及ぶものではない本罪については、その成立を否定するのが妥当であろう。(担当渡辺咲子)

       詐欺被告事件
札幌高等裁判所昭和27年11月20日
【掲載誌】  高等裁判所刑事判例集5巻11号2018頁
       高等裁判所刑事裁判速報集15号17頁

       主   文

 原判決を破棄する。
 被告人を懲役拾月に処する。
 但本裁判確定の日から参年間右刑の執行を猶予する。
 原審及び当審における訴訟費用は全部被告人の負担とする。

       理   由

 弁護人中田克已知の控訴趣意は同人提出の控訴趣意書記載の通りであるから、ここにこれを引用する。
 弁護人の控訴趣意第一点について、
 原判決判示罪となるべき事実中第二の(一)中「恰も飲食遊興費等支払うものの如く装いて清酒、銚子で十六本、ビール四本、料理三皿、通し物一皿、フルーツ一皿合計三千二百三十円相当を出させて飲食し、hを同衾して宿泊しその宿泊及び遊興費千円総計四千二百三十円の債務を負担したる後云々」と判示していることは所論の通りであつて、原判決挙示の証拠中hの検察官に対する第一回供述調書中「淫売料は一晩で千円でその中から営業主の方に三百円位を蒲団代としてやつて居ります私が本年六月十九日の晩にkと云う人の要求により同人に淫売した、同人が金をくれると思うたからで、金をくれないのであれば売るのではなかつたのです」との供述記載によると、原判決が「hを同衾して宿泊しその宿泊及び遊興費千円」というのは、売淫料の千円であることが認められるのであつて、総計金四千二百三十円中にはこの千円が入つていることが認められる。元来売淫行為は善良の風俗に反する行為であつて、その契約は無効のものであるからこれにより売淫料債務を負担することはないのである。従つて売淫者を欺罔してその支払を免れても財産上不法の利益を得たとはいい得ないのである。よつて右千円については詐欺罪は構成しない。然るに原判決は、これをもつて、債務を負担したる後その支払を免れ、財産上不法の利益を得たものとして処断したのであるから、原判決には事実の誤認があり、この誤認は判決に影響を及ぼすものであるから破棄を免れない。弁護人は原判決は理由にくいちがいがあるというのであるが、その内容は事実の誤認を主張するのであるから此点において、論旨は理由がある。
(裁判長判事 藤田和夫 判事 成智寿朗 判事 臼居直道)

名古屋高等裁判所判決昭和30年12月13日
高等裁判所刑事裁判速報集147号
高等裁判所刑事裁判特報2巻24号1276頁
判例時報69号26頁

原判決は本件公訴事実中被告人がhを欺罔し二回に亘り同人の抱芸妓wと遊興した代金合計二千五百円の支払を免れ財産上不法の利益を得光点に関し被告人が支払を免れた遊興代金は売淫料である旨認定し、売淫契約は公序良俗に反する無効のものであつて財産上不法の利益を得たとはいゝ得ないから詐欺罪を構成しない旨判示し、右詐欺の点を無罪とした。然しながら原審認定の契約が売淫を含み公序良俗に反し民法第九十条により無効のものであるとしても民事上契約が無効であるか否かということと刑事上の責任の有無とはその本質を異にするものであり何等関係を有するものでなく、詐欺罪の如く他人の財産権の侵害を本質とする犯罪が処罰されるのは単に被害者の財産権の保のみにあるのではなく、欺る違法な手段による行為は社会秩序を乱す危険があるからである。そして社会秩序を乱す点においては売淫契約の際行われた欺罔手段でも通常の取引における場合と何等異るところがない。今本件につき検討するに、原判決は本件公訴事実中被告人が右h方を訪れ同家の抱芸妓wを相手に二回に亘り無銭遊興をした事実を肯認しながら、右は二回共判示メトロホテルで近子と同衾宿泊した(二回共メトロホテルで同衾した旨の原判決は事実誤認で初めの一回は右h方である)近子の花代即ち売淫料である旨認定しているけれども、前説明の如く売淫料も刑法第二百四十六条第二項℃詐欺罪の対象となり得るから詐欺罪を構成しない旨判示した
原判決は法律の適用に誤があり、その誤は判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、右無銭遊興が全部売淫料であるか否かを判断する迄もなくこの点において原判決は失当であつて破棄を免れない。
よつて刑事訴訟法第三百九十七条第一項、第三百八十条に則り原判決を破棄し、当裁判所は同法第四百条但書に則り更に次の通り自判する。
罪となるべき事実は原判示第一を
被告人は
第一、
(イ)昭和三十年七月五日午前零時頃名古屋市芸妓置屋「」ことh方において同女に対し、真実遊興代金支払の意思がないのにある様に装い遊興方申入れ同女をしてその旨誤信させ、同時刻から同日午前十時頃迄の間同置屋抱芸妓wと遊興させ、その間の遊興代金の支払を免れ、以て財産上不法の利益を得
(ロ)約束手形を偽造し之を行使して遊興代金の支払を免れんことを企て昭和三十年七月五日午後八時頃同区メトロホテルことi客室において行使の目的を以て約束手形用紙に擅にs名義を冒書し、その名下に同日印刷風より買求めたsなる認印を押捺して佐藤てい振出の額面三万五千円、支上期日同年六月二十五日、支払場所東海銀行今池支店、支払地振出地共名古屋市、宛名人h商店という約束手形一通を偽造し、同日午後九時頃遊興代金支払の意思がないのにある様に装つて同所から電話を以て右h方に遊興方申入れ同女をしてその旨誤信させ、同時刻から翌六日午前十啼頃迄の間右wと、遊興させ、同日午前十時頃同区若宮町四丁目二十番地k方において右hに対し右偽造の約束手形を真正に成立したものの様に装つて提示し「この約手で金を作って来て支払う」旨申向けて之を行使して同女を欺岡し、その間の遊興代金千五百円の支払を免れ以て財産上不法の利益を得
たものである。旨訂正した外第二事実げ乃至(二)並びに前科の事実は原判決の記載と同じであるから之を引用する。
 (裁判長判事 高城運七 判事 柳沢節夫 判事 中浜辰男)

       強盗強姦被告事件
広島地方裁判所判決昭和43年12月24日
【掲載誌】  判例タイムズ229号264頁
       判例時報548号105頁
判例時報552号16頁
       理   由

(罪となるべき事実)
 被告人は昭和四一年五月に妻と結婚し、翌四二年五月に長女を出産したが、その前後ころ妻の体調がすぐれなかつたために性的不満をもつようになつたが、一方生活費も充分でなかつたため売春婦に対し暴行、脅迫を加えて無理に関係することにより不満を解消しようと考え、同年七月ごろ広島市内において右企図を実行したところ、被害を受けた売春婦らがいずれも売春行為の発覚をおそれて警察に届出ず、その企図が成功したため、翌四三年五月ごろの長男出産の前後にも同種犯行を思たち、
第一、(一)昭和四三年三月上旬の午後一〇時ごろ売春婦h(当時四三才)に対し「お姉さん遊ばんか」と声をかけて同女を広島市比治山町三番二三号とびきり旅館ことn子方二階一号室に誘い込み、同所において右hが売春料金を前金で請求したところ、矢庭に同女をベッドの上に引きづり上げ「金は持つていない。警察に言つてやろうか。」「殺してやる。」などと語気鋭く申し向け、ベッドに押し倒してその反抗を抑圧して強いて同女を姦淫し
(二)その直後ころ同所において前記暴行により同女が極度に畏怖しているのに乗じ金員を強取しようと決意し、反抗を抑圧されている同女からハンドバツグを取りあげてなかの財布から同女所有の現金二、〇〇〇円を抜き出してこれを強取し
第二、判示第一の犯行の成功により、再び売春婦に脅迫暴行を加えて強いて姦淫し、かつ金品を所持していれば同時にそれも強取しようと企て
(一)同年三月二九日午後一〇時すぎごろ売春婦n(当時三八才)を同市的場町二丁目三番二一号白鳥ホテルことg方二階つばめの間に誘い込み、同所において右nが売春料金を請求するや、矢庭に同女の顔面を数回殴打し、胸倉をつかんで「わしをだれじや思うとるんなら、ここまで来て帰ろうと思うか。」などと申し向けてベッドに押し倒し、強いて同女を姦淫し、さらに同女のハンドバッグを取り上げたうえ、なかの財布に入つていた同女所有の現金約八三〇円位と女物腕時計一個(時価約五、〇○○円相当)及び同女が指にはめていた指輪一個(時価約三、〇〇○円相当)を強取し
(二)同年五月九日午後一〇時すぎごろ売春婦s(当時三一才)を同市富士見町一〇番一号富士ホテルことm方に誘い込み、右kが売春料金を請求するや「わしを誰じや思うとるんなら」と申し向けて、矢庭に同女の顔面を二回位殴打する暴行を加え、同女の腕をつかんでベッドに押し倒し、さらにのど元を押えつけてその反抗を抑圧し、強いて同女を姦淫し、さらに同女のハンドバッグを取り上げ、そのなかの財布から同女所有の現金約二、三〇〇円位を強取し
(三)同年七月八日午後一一時ごろ売春婦n(当時二五才)を前記富士ホテルことm方に誘いこんだところ、右nが被告人の挙動から所持金のないことに気付いて帰ろうとするや、矢庭に「おどりやわしをだれじや思うとるんならと言つて右nの胸倉をつかみ顔面を数回殴打し、さらに、その場にあつた同女のハンドバッグ(昭和四三年押第一〇七号の一)の止め金部分で同女の頭部を数回強打し、首を締めつけてベッドに押し倒し同女に対し加療約一〇日間を要する頭部打撲傷、頸部捻挫の傷害を負わせて同女を失神させたうえ、強いて姦淫し、さらに右ハンドバッグから同女所有の現金一、三〇〇〇円及び同女所有の男物腕時計一個(時価約五、〇〇〇円相当)を強取したものである。
(証拠の標目)〈省略〉
(法令の適用)
 被告人の判示第一の(一)の所為は刑法一七七条前段に、同(二)の所為は同法二三六条一項に、判示第一の(一)乃至(三)の各所為はいずれも同法二四一条前段、二三六条一項に各該当するところ、判示第(二)の(一)乃至の各罪についてはいずれも所定刑中有期懲役刑を選択し、以上は同法四五条前段の併合罪であるから同法四七条本文、一〇条により最も重い判示第二の(三)の強盗強姦罪の刑に同法一四条の制限内で法定の加重をした刑期の範囲内で被告人を懲役八年に処し、なお同法二一条を適用して未決勾留日数中一二〇日を右刑に算入することとし、訴訟費用については刑事訴訟法一八一条一項但書により被告人に負担させないこととする。
(一部無罪の理由)
 本件公訴事実中いわゆる売春婦に暴行脅迫を加えてその反抗を抑圧して姦淫し売春料金相当の財産上不法の利益を得たとの点の要旨は
 被告人は判示第一の(一)及び第二の(一)乃至(三)の各事実につきいずれも「売春婦に脅迫暴行を加え、売春料金を支払わないで売春行為をなさしめるとともに金品を強取しようと企て」判示の各脅迫暴行を加えてその各反抗を抑圧して強いて姦淫した結果判示第一の(一)の事実につき売春料金五、〇〇〇円相当の、判示第二の(一)の事実につき売春料金金五、〇〇〇円相当の判示第二の(二)の事実につき売春料金三、〇〇〇円相当の、判示第二の(三)の事実につき売春料金二、〇〇〇円位相当のそれぞれ「財産上不法の利益」を得たと言うのである。(なお検察官は右事実をもつて強盗強姦罪として起訴しているものと認められる。)
 当裁判所が右の各事実売春料金相当の不法利益を得たとの点につき無罪とした理由は次のとおりである。
第一、構成要件該当性について
(一)刑法二三六条二項の強盗罪の構成要件に該当するためには「財産上不法の利益」を得ることを要するのであるが、まず売春婦との情交それ自体は財産上の利益と言い得ないことは明らかである。すなわち情交そのものは性欲の満足という本来非財産的利益であるから情交それ自体は賄賂の目的にはなつても(最高裁判第二小法廷昭和三六年一月一三日判決)財産犯の対象にはなり得ないものであつて、通常の婦女子に対する強姦罪が何等強盗罪の疑をかけられないこともこの理によるものであつて右の点で情交それ自体を労働等と同視して経済的利益と解することは妥当でないと言わなければならない。
(二)次に売春料金の支払を免れた点が財産上不法の利益を得たことになるか否かについて検討する。
 そもそも売春行為は「人としての尊厳を害し、性道徳に反し社会の善良の風俗をみだす」(売春防止法一条)ものであつて「何人も売春をし、又はその相手方となつてはならない」(同法三条)のであり、又その故にこそ売春防止法は売春に関し種々の刑事罰を科しその違法反社会性を強調しているのであり、もとよりその対価(同法で言う対価)の授受約束は公序良俗に反し無効であつて、売春行為自体は処罰対象にはなつていないものの、それは別の刑事政策に因るものであつて、これを放置放任する趣旨ではなく厳禁していることは前記のとおりであり、その売春防止法の趣旨よりすれば、その対価約束の違法性は強度のものであつて、単なる統制法規違反と比肩すべきではなく、むしろ犯罪行為の依頼を受けたものが依頼者にその報酬を請求する場合に似た明白に公序良俗に反する性質を有するものと考えられる。
 たしかに一般的には民事上保護を受け得ない対価の支払免脱でも刑事上処罰対象となり得ることは否めないにしても、単なる統制法規違反や違法性の軽微な場合はともかく、本件の如く対価の支払請求がまつたく公序良俗に反する場合には民事上のみならず、刑事上も対価請求は何等法的意味をもたないもの(刑法上の保護を受け得ないもの)として評価すべく、従つてこの支払を暴行脅迫をもつて免れても、事実上財産的利益を得た如くの外観を呈するが法的に観察すれば、何等「財産上の利益を得」たと言う構成要件に該当しないと言うべきである。(なお、すでに金銭その他の財産的給付を受けとり、その給付の原因が公序良俗に反する場合には別論が可能であろうか。)刑法財産犯の規定は単なる特定個人の具体的財産の保護よりも違法手段による利得行為が財産権一般に関する社会秩序を紊す危険を防止することにあることを強調するのであれば或は本件の場合に強盗罪を認めることができるかもしれないが、右の議論は利得行為の有無(構成要件該当性)についての法的評価を欠いた一般論であつて、当裁判所としては前記の如く被告人は違法手段を用いて社会秩序を紊しているのであつても(違法手段の点は暴行罪脅迫罪、強姦罪等に問えば足りる。)何等強盗罪に言う利得をしておらず従つて強盗罪の構成要件に該当せずと判断し、むしろ本件のような場合に強盗罪を成立させれば、犯罪行為の報酬に似た売春料金の支払を間接的に強制することとなり、民事上絶対に保護されない請求権を民事秩序を維持すべき刑法財産犯の規定が支持する結果となり、又通常の婦女子を強姦した場合より極端に重い刑(売春婦を強姦すれば常に強盗強姦罪になるとすれば強盗強姦罪の最低刑は懲役七年、仮に強盗罪と強姦罪の観念的競合と解しても最低刑は懲役五年で、通常の強姦であれば最低刑は懲役二年)を科することとなり、法秩序全体の均衡を著るしく破ることにもなり妥当でないと解するものである。
第二、責任について
 今、仮に構成要件該当性についての議論は暫くこれを措くとしてもなお被告人の犯意の点から見ても結局同一の結論に達せざるを得ないのである。公訴事実によれば被告人の犯意は「売春婦に脅迫暴行を加え売春料金を支払わないで売春行為をなさしめ」ることにあつたとされているが、当裁判所としては脅迫暴行を加えて反抗を抑圧しようということと、姦淫行為はともかく売春行為をなさしめることは二律背反ではないかという疑問を抱かざるを得ない。
 なるほど被告人は「反抗抑圧して強姦する意思」のほかに「只でやる意思」が存したように捜査官に対し自白しているが、脅迫暴行を加えて反抗を抑圧すれば通常の婦女子に対すると同様の強姦行為ではあつても、いわゆる売春行為はあり得ないのであつて強姦の犯意の存する限り対価支払云々の意思は強姦の犯意のなかに包摂霧消し去つているものと解せられるのではないかということである。すなわち犯人が売春料金につき詐欺又は恐喝の犯意を有している場合には、売春婦には完全ではないにしてもともかくその自由意思による売春行為の存する余地があり、その対価請求をすることが考えられるし、犯人としてもその犯意のうちに対価請求を当然予想するのであるが、本件の如く被害者に全く自由の失なわれている強姦の場合には売春婦といえどもまつたく通常の婦女子と同様に、完全なる被害者であつて、そこには既に対価請求なる概念の生ずる余地はないと考えられる。
 相手が売春婦であり、外観的に売春料金の支払免脱という事実が随伴するために「只で」という意思が事実あるかの如くみえるが、「脅迫暴行を加えても姦淫しよう」という意思がある場合には、相手が売春婦であることの特殊性は相手の物色、犯行の着手が比較的容易であり、かつ犯行が漏れにくいという点に存したのみで、こと姦淫行為に関しては相手が売春婦であるか否かはまつたく関係がないわけであるから、その点では通常の婦女子を強姦する犯意と同様であり、その対価支払を免れようという意思が存したと認めるには無理があり、従つて被告人は強姦の犯意のみを有しているのではないかとの疑問があり、前記自白は矛盾があり被告人には強盗の犯意は認められないと判断したわけである。
第三、以上いずれにしても売春料金の支払を暴行脅迫によつて免れて財産上不法の利益を得たとの点については犯罪の証明がないが、判示金品の強取の点と包括して強盗強姦罪として起訴されたと認められるから主文において特に無罪の言渡をしない。
 よつて主文のとおり判決する。(牛尾守三 青山高一 安原浩)